2026/6/7

退職一時金廃止の影響

 王子ホールディングスが、2026年春以降の入社社員を対象に退職一時金を全廃し、その原資を毎月の基本給や企業型確定拠出年金(DC)に上乗せする制度改定を実施した。

 これまでも、従来通り退職金とするか、前払いで給与としてもらうかを社員に選択させる企業はあったが、退職一時金を無くしてしまうのはかなり珍しい。

 企業側のメリットとしては、退職給付債務や将来の一時的な資金負担を抑えやすくなること、賃金原資を給与やDC掛金として明確に配分できること、採用市場で「給与が高い」「DCによる資産形成支援がある」と訴求しやすいことが挙げられる。

 一方、企業側のデメリットは、退職金による長期勤続インセンティブが弱まることだ。退職一時金は、長く勤めるほど受給額が増える設計にしやすいため、一定の定着効果がある。これを給与化すると、在職中に毎月支払われるため、退職抑止効果は低下する。また、給与に上乗せする場合は、社会保険料・労働保険料・割増賃金単価・賞与算定基礎など、人件費の増額に影響する。

 社員側のメリットは、処遇の即時性と透明性である。退職時まで待たずに月例給として受け取れるため、生活費・住宅ローン・教育費などに充てやすくなる。DCに振り替えられる場合は、老後資産を計画的に積み立てられ、運用益非課税などのメリットも得られる。特に若手や中途採用者には、将来の退職金よりも現在の給与や資産形成支援のほうが魅力となるだろう。

 一方、社員側のデメリットは、退職時にまとまった資金を受け取れなくなることにより、老後資金の不透明さが高まることである。退職一時金であれば、一定の老後資金が自動的に確保できるが、給与化をすると増額した分を貯蓄せずに消費してしまう可能性が出てくる。DCについても、運用結果によって将来給付額が変わるため、社員側に一定の投資リスクと運用判断の責任が生じる。

 また、税制面でも、退職一時金には長年の勤労に対する優遇措置が取られており、通常の給与よりも大幅に税負担が軽くなる。給与上乗せ分はさらに社会保険料の対象にもなるため、額面ほど手取りが増えないケースも出てくる。

 実施にあたっての最大の留意点は、既存社員にとって不利益変更にならないようにすることである。退職金制度は重要な労働条件であり、単に「原資を振り替えるので総額は同じ」と説明しても、退職時一時金の喪失、税・社会保険料の変化、長期勤続者への影響、運用リスクの移転などを踏まえると、不利益変更と評価される可能性がある。

 したがって、実務上は、①既得権として現時点までに発生した退職金相当額をどう保全するか、②基本給上乗せ分とDC掛金分をどのように配分するか、③若年層・中堅層・高年齢層ごとの損得をシミュレーションするか、④社会保険料・税・割増賃金・賞与への影響をどう説明するか、⑤移行措置や選択制を設けるか、⑥DC導入時の投資教育を十分に行うか、などを検討する必要がある。ちなみに、冒頭に述べた王子ホールディングスは、今後入社する社員に対しての制度であり、既存社員は現行の退職一時金制度を維持するとのことだ。

 退職金一時金の廃止は、採用競争力や賃金の見える化を重視する企業には有効な制度改定であるが、既存社員、とりわけ長期勤続者・中高年層には不利益感が出やすい改定となる。実施するなら、個人別の影響額を示して丁寧に合意形成することが重要と考えられる。基本的には、少なくとも既存社員は選択制とすべきであろう。         

 


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