労務管理ミニコラム1のカテゴリー別分類

 労働時間
 60時間超時間外割増
 特別条項付36協定
 タイムカードと社員申告時間の乖離
 特別条項付36協定の書き方
 事業場外労働と割増手当
 時間外労働のダブルカウント
 事業場外労働~必要時間みなしの場合
 サービス残業は危険!
 特別条項付36協定の回数について
 月200時間の残業と労基署の対応
 非常災害時の時間外・休日労働の許可基準
 役員運転手の労働時間管理
 1ヶ月単位の変形労働時間制のポイント
 1ヶ月変形労働時間制に関する事例
 1年単位の変形労働時間制のポイント①
 1年単位の変形労働時間制のポイント②
 休日の移動時間の取扱い
 休日・休暇
 法定休日と法定外休日
 時間単位の年次有給休暇
 休日は24時間ではなく暦日
 年次有給休暇の買取り
 震災での交通機関マヒによる欠勤
 休日振替と代休の違い
 休日振替と代休について応用編
 代休を無給にするときの留意点
 労働基準法(労働時間、休日・休暇以外)
 労働条件通知書を交付しているか
 労働協約と労使協定の違い
 休業手当の使用者の責に帰すべき事由とは
 途中休業したパートタイマーの休業手当
 天災事変による派遣社員の休業
 育児介護休業法、パート労働法、労働者派遣法
 改正育児介護休業法
 パート労働法に関する是正指導
 育児介護休業の規定例
 派遣労働における付随的業務
 派遣法の雇用努力義務と雇用申込み義務
 介護休業はどのような場合にできるか
 派遣法改正はどうなったのか?
 労働関連法規
 障害者雇用納付金制度の改正
 労働法の基礎知識
 次世代育成支援対策推進法
 次世代法行動計画のポイント
 セクハラ・パワハラのリスク
 定年年齢の引き下げは可能か
 安全衛生
 労災対応マニュアルのすすめ
 リスクアセスメントのすすめ
 社会保険
 社会保険料削減の方策
 傷病手当金支給中の社会保険料負担
 社員の処遇
 社員の転勤拒否
 懲戒規定適用のポイント
 諭旨解雇の規定の仕方
 
60時間超時間外割増 Column No.1


 2010年4月、改正労働基準法が施行された。
 
メインとなるのは、月60時間超の時間外労働の割増賃金を50%以上とするものである。「60時間」の計算対象となるのは、あくまで時間外労働(法定外休日労働)であり、法定休日労働時間は含まない。なお、法定外休日労働は時間外労働として扱われる。
 週休2日制の会社で、日曜日を法定休日に土曜日を法定外休日に定めている場合、休日労働の割増賃金は35%なので、月末に時間外労働が60時間を超えるケースでは、土曜日に働かせると50%割増となり、日曜日に働かせると35%割増で済むということになる。
 60時間超割増の代替として、労使協定を結べば、有給休暇の取得もできることになった。つまり、法改正により上乗せされることになった25%分を手当でもらうか、それを労働時間に換算して、休暇をもらうかの選択ができるという仕組である。この選択権は労働者にある。
 しかし、この制度を利用する労働者はいるのだろうか。有給休暇の取得率は約50%である。多くの労働者が昨年分を使い切っていないのが実態である。通常の有給休暇が余っているのに、25%分の賃金を放棄してまで、この代替休暇を取得する人は少ないと考えられる。しいてメリットをあげれば、働いた代償という点が明らかなため、代替休暇の方が取りやすいというところだろうか。

(2010年4月26日)

 

改正育児介護休業法 Column No.2


 2010年6月30日から改正育児介護休業法が施行される。主な改正点は以下のとおり。

1.子育て期間中の働き方の見直し
 ①3歳までの子を養育する労働者について、短時間勤務制度(1日6時間)を設けることを事業主の義務とし、労働者からの請求があったときの所定外労働時間の免除を制度化する。
 ②子の看護休暇制度を拡充する(小学校就学前の子が、1人であれば年5日(現行どおり)、2人以上であれば年10日)。
2.父親も子育てができる働き方の実現
 ①父母がともに育児休暇を取得する場合、1歳2ヶ月(現行1歳)までの間に、1年間育児休業を取得可能とする(パパ・ママ育休プラス)。
 ②父親が出産後8週間以内に育児休暇を取得した場合、再度、育児休業を取得可能とする。
 ③配偶者が専業主婦(主夫)であれば育児休業の取得不可とすることができる制度を廃止する。
3.仕事と介護の両立支援
 ①介護のための短期の休暇制度を創設する(要介護状態の対象家族が、1人であれば年5日、2人以上であれば年10日)。

 目玉となるのは、2①のパパ・ママ育休プラス。一読しただけではよくわからない制度だが、要は、改正前は1歳になるまでしか取れなかった育児休業が、父と母の2人が取れば、各人1年づつ、1歳2ヶ月まで取れるようになったもの。たとえば、母が1年取り、それを引き継ぐ形で父が2ヶ月取るという具合である。なお、現行法で、保育所に入れない等の事情があれば、1歳6ヶ月まで休業を延長できる制度があるが、これはそのまま存続する。
 2の「父親も子育てができる働き方の実現」が法制化された背景には、父親の育児休業取得率が1.56%(平成19年度)と非常に低いことがある。最近、東京都文京区の成沢区長が育児休業を取ることが話題となった。企業の経営者が取得するのは難しいだろうが、もし取得できれば、マスコミに取り上げられ、会社のPRになるかもしれない。

(2010年5月14日)

 

パート労働法に関する是正指導 Column No.3


 先日、厚生労働省から「平成21年度パートタイム労働法の施行状況等について」というのが発表された。都道府県労働局雇用均等室への相談、同室の指導状況などを取りまとめたものだが、特に目に付いたのは是正指導件数の大幅な増加である。
 平成21年度は、13,992事業所に対して報告徴収(実地調査や報告を求めること)を実施し、うち何らかのパート労働法違反が確認された12,172事業所に25,928件の是正指導を行ったとのことである。「違反率」は実に87%にも達する。因みに、平成20年度の報告徴収は6,273事業所で、是正指導は8,900件であった。
 大幅に増えているのは、当局が「均等待遇・正社員化推進プランナー」を増員したことに起因する。つまり、行政としては、平成20年に改正・施行したパート労働法の浸透のために、取締りの強化を図っているのである。
 是正指導の中身を見ると、多いものから順に(1)「通常の労働者への転換」8,249件(31.8%)、(2)「労働条件の文書交付等」6,036件(23.3%)、(3)「短時間雇用管理者の選任」5,576件(21.5%)となっている。
 (1)について、パート労働法では、事業主は次のいずれかの措置を講じなければならないとされている。
 ①正社員の募集を行う際、事業所に掲示すること等の方法で、パートに周知すること
 ②正社員の配置を新たに行う際に、配置希望を申し出る機会をパートに与えること
 ③一定資格を有するパートを対象とした試験制度を設けること
 ④パートが正社員として必要な能力を取得するために教育訓練を受ける機会を確保すること
 ⑤その他正社員への転換を推進するための措置を講ずること
 件数/事業所数で見ると、6割近くの企業がこれらを怠っていたということになるが、具体的に何をするか事前に準備しておかなければ実施は難しい。
 (2)については、労働契約の期間、就業の場所・従事する業務、労働時間・休日・休暇、賃金、退職等、労働基準法の定めによるものに加えて、パート労働者に対しては、昇給・賞与・退職金の有無を文書で明示しなければならない。
 これについては、厚生労働省で労働条件通知書の雛形を用意しているので、契約内容に不安のある使用者は、これを参考に、その他の要求事項も含めてチェックをするとよい。
 (3)については、常時10人以上のパートタイマーを雇用する事業所に選任の努力義務を課すものである。義務規定ではないので、絶対に選任しなければならないわけではないが、行政から言われる前に対応しておくのもよい。
短時間雇用管理者を設置し、パートタイマーの相談窓口とするのも実務上有益と考えられる。
 実際のところ、労働時間や賃金などを規制する労働基準法に比べて、パート労働法まではなかなかフォローしきれていないだろう。正社員に比べて、ついつい等閑になるということもあるかもしれない。
 とはいえ、是正指導などはできる限り避けたいものである。何よりも、上記(1)~(3)をはじめ、パート労働法に従った適切な労務管理を実施するのは、パートタイマーにとって歓迎すべきことであり、その努力と誠意は必ず伝わるはずである。
 パートで働く人の多くは、他社での就業経験を持つ。この会社はこれまでと違って私たちのことを考えてくれていると思ってもらうことの効果は大きい。現場のモチベーション向上に大いに役立つに違いない。

(2010年6月14日)

 

育児介護休業の規定例 Column No.4


 改正育児介護休業法が6月末から施行されることになり、自社の規定の改定などで頭を抱えている担当者も多いと思う。
 少子化が社会問題となっている時勢を反映してか、この法律はとにかくよく改正される。それだけに、いつの間にか規定に不備が生じているケースもよくある。
 パパ・ママ育休プラスや介護休暇などが創設された今回の大幅改正を機に、自社の規定が現行法と合致しているか、モレはないか、一度全体を見直してみるのもよいだろう。
 その際、参考として重宝するのが、厚生労働省が作成している「就業規則への記載はもうお済みですか-育児・介護休業等に関する規則の規定例-」という資料である。都道府県労働局で手に入るほか、ネットでダウンロードもできる。
 表紙のキャラクターの名前(=両立するべえ)には、センスを疑うところもあるが、肝心の中身はなかなか充実している。
 まず、今回の改正事項だけでなく、全体を網羅している点が非常にありがたい。つまり、もし自社の規定内容がこの資料と相違していれば、現行法に対応していない可能性が高いということである。
 また、労使協定を締結している場合など、さまざまなケースに応じて記載例が示されているのもわかりやすい。
 労使協定といえば、育児介護休業法上のいろいろな制度の対象者について、会社の判断で制限を設けられる者と、労使協定を締結したうえで制限を設けられる者とが混在しており、注意が必要である。
 たとえば、勤務時間の短縮措置では、日々雇用される従業員や1日の所定労働時間が6時間以内である従業員は、会社の判断で対象から除外できるが、勤続1年未満である従業員や1週間の所定労働日数が2日以下の従業員を除外するには、労使協定が必要になるといったことである。
 これについては、上記資料の最後の方に「労使協定の例」が示されており、育児介護休業法に関して労使協定が必要となる6つのケースが揚げられているので、これでチェックするとよいだろう。
 この他にも、「育児休業申出書」や「休業取扱通知書」など、実際の運用で必要になる各種様式もそろえてあり、利用価値は高い。
 育児介護休業規定の見直しで悩んでいる方に、ぜひお勧めしたい。

(2010年6月23日)

 
  
障害者雇用納付金制度の改正 Column No.5


 改正障害者雇用納付金制度が7月からスタートする。
 障害者雇用納付金制度は、障害者雇用促進法に基づき、雇用する障害者数が法定雇用率(1.8%)を下回る場合に納付金の納付が必要となり、法定雇用率を超えていれば調整金を受給できる制度である。
 主な改正内容は、①適用対象の範囲の拡大、②計算基礎となる労働者・雇用障害者の範囲の拡大である。
 改正点について、少しわかりづらいところがあるので簡単に整理しておきたい。
 ①については、これまで常用雇用労働者301人以上を適用対象としていたものを201人以上300人以下の中小事業主にも拡大したということである。平成22年7月1日からの適用であり、該当事業主は、7月から来年3月まで各月の雇用障害者数等をカウントし、平成23年5月15日までに申告書を提出しなければならない。平成23年度以降は4月~翌年3月までの1年間をカウントし、5月15日までに申告という形となる。
 ②については、納付金等の計算の際、1週間の所定労働時間が20時間以上30時間未満の短時間労働者を労働者数および雇用障害者数に算入するというものである。障害者の短時間労働へのニーズに対応するためだが、別の見方をすると、これも適用範囲の拡大といえる。
 
 今回の改正で自社が適用対象となるのかどうかは、「常用雇用労働者」の数を正確に算出し判断しなければならない。その数え方だが、労働者を次のA・Bのように分け、
A.「雇用期間の定めのない労働者」と「一定の雇用期間を定めている労働者であって、その雇用期間を反復更新し雇入れから1年を超えて引き続き雇用すると見込まれる労働者または過去1年を超える期間引き続き雇用している労働者」のうち、1週間の所定労働時間が30時間以上の労働者数
B.(同上)のうち、短時間労働者(1週間の所定労働時間が20時間以上30時間未満の労働者)数
A+0.5Bで計算をするとよい。0.5となっているのは、短時間労働者は0.5人でカウントするということである。雇用障害者数のカウントの際にも短時間労働者は0.5人となる。
 AまたはBの要件を満たせば、正社員はもちろん契約社員やパートタイマー等も含まれることになる。
 たとえば、正社員160人、1年以上継続雇用or継続雇用見込みで週24時間労働のパートタイマー100人の企業は、
 (A)160人+(B)0.5×100人=210人となるので、今回の改正の適用対象になるということだ。
 なお、派遣労働者を受け入れている場合は、直接雇用しているわけではないので、派遣先においては労働者数に含まない(派遣元では常用雇用に該当すれば含まれる)。
 同様に、派遣労働者として障害者を受け入れていたとしても、雇用障害者としてカウントすることはできない。
 
 雇用納付金の計算は、
 (各月の法定雇用障害者数の年合計-各月の雇用障害者数の年合計)×40,000円
となる(平成27年7月から5万円)。
 また、この値がマイナスになる場合、つまり法定雇用障害者数を上回って障害者を雇用している場合は、下記の障害者雇用調整金が支給される。
 (各月の雇用障害者数の年合計-各月の法定雇用障害者数の年合計)×27,000円
 因みに、各月の法定雇用障害者数と雇用障害者数は各月の初日における人数である。
 ついでながら、常用雇用労働者200人以下で、上記のように一定数を超えて障害者を雇用している事業主には、月額21,000円/人の報奨金が支給される。

 今回の改正で適用対象は常用雇用労働者201人以上とされたが、平成27年度からは、101人以上200人以下の中小事業主にもさらに適用拡大されることが決まっている。障害者の雇用が企業の社会的責任として当たり前に求められるようになるといえる。
 障害者の戦力化に成功しているある企業の人事担当者は、「障害者にできないことがあるのは事実だが、できることに価値を見出していくことが重要」という。適用対象になったのだからやるという義務感も大切だが、この機会に障害者に活き活きと働いてもらえる場の形成にしっかり取り組んでいく姿勢を示したいものである。
 そのような人事労務環境の「ふところの深さ」は企業の大きな財産になると思うのだが。

(2010年6月30日)

 
 
法定休日と法定外休日 Column No.6


 休日には法定休日と法定外休日があることをご存知の方は多いと思うが、この2つの取り扱いは割増手当などの関係で結構やっかいだ。
 労働基準法が制定されたのは昭和22年であり、もともと週休1日制だった頃を前提につくられている。週休2日が当たり前の今日、法定休日を原則週1日としていることから、運用上ややこしいことが生じているのだ。
 特に法定休日を特定していない企業は注意が必要である。何が要注意なのかを述べる前に、まず休日に関する用語を整理しておこう。

 休日を定義的に言えば「労働契約で労働の義務がない日」となる。
 因みに年次有給休暇や慶弔休暇等の「休暇」は、「労働の義務があるにもかかわらず使用者からその義務を免除された日」なので、両者の違いは労働義務の有無である。
 次に、法定休日とは、労働基準法の定めで毎週少なくとも1回は与えなければならない休日である。これは変形休日制という形で4週を通じて4日とすることもできる。
 法定外休日は、労基法の基準を上回って付与している休日で、一般的に、土日のいずれか、祝日、お盆、年末年始等、会社が定めた日である。所定休日と言ったりもする。
 法定休日に労働をさせると休日労働割増手当が発生するのに対して、法定外休日労働にはその必要はない。ただし、法定外休日労働により週40時間を超えれば時間外割増手当が発生する。
 法定休日を特定することは義務ではないが、法定休日と法定外休日の区別を明確にすることが望ましいというのが行政のスタンスである。
 だが、実際には特定をしていない企業が結構ある。
 これは、時間外労働割増手当(25%以上)よりも、休日労働割増手当(35%以上)の方が高いため、下手に特定するよりも、土日のいずれかに労働させた場合に割安の時間外労働手当の方で対応できるという融通性があるからだ。

 ところで、今般の労基法改正での60時間超割増に伴う、厚生労働省が示した質疑応答の中で次の内容があった。

 Q.法定休日が特定されていない場合で、暦週(日~土)の日曜日および土曜日の両方に労働した場合、割増賃金計算の際にはどちらを法定休日労働として取り扱うこととなるのか?
 A.当該暦週において後順に位置する土曜日における労働が法定休日となる。

 この考え方に従えば、法定休日を特定していない企業で、ある1週間にAさんは日曜日と土曜日の両方とも労働し、Bさんは土曜日だけ労働したとすると、Aさんは法定休日労働で35%割増、Bさんは法定外休日労働で時間外の25%割増になる。同じ土曜日の労働であっても、割増率が違ってくるのである。


 また、法定休日を特定しなければ、時間外・休日労働の管理もややこしくなる。法定休日労働であれば休日労働になるし、法定外休日労働であれば時間外労働になるからである。
 特に、時間外労働が月60時間を超えたときは、法定休日労働の割増35%よりも法定外休日労働の割増50%の方が高くなるという逆転現象が起きる。このときに、「当該休日労働は法定休日とする」といった恣意的な取り扱いをするのは明らかに問題である。
 さらに、振替休日や代休を取らせた場合も、両者を明確に区別しておかなければ混乱が生じやすい。

 このようなことを避けるためにも、法定休日は特定した方がよい。法定休日を特定しておけばスッキリと管理できるし、労働条件も明確となり社員にも説明しやすい。
 ただでさえ複雑でミスをしがちな労働時間管理は、まず、運用の基盤となるルールをできるだけシンプルにしておくのが得策である。

(2010年7月13日)

 
 
特別条項付36協定 Column No.7


 厚生労働省の毎月勤労統計調査によると、2010年に入って5ヶ月連続して所定外労働時間が前年比で増加している。景気が本格的に回復しているかどうかは疑わしいものの、企業では一時期に比べて仕事量が増えており、残業も多くなってきていることがわかる。

 残業や休日労働をさせるには、36協定を締結しなければならないのは周知の事実である。
 それでは、36協定を結べば無制限に残業をさせることができるかといえば、答えはもちろんNOである。労働基準法では限度時間というのが定められていて、1週15時間、1ヶ月45時間、1年360時間というように期間ごとに上限が設けられている(因みに1日の労働時間には限度時間はなく、翌日の始業時間までの15時間とすることも可能ではある)。
 これらの範囲内に時間外労働を収めなければならないわけだが、あくまで「時間外労働」であることに注意したい。
つまり、この時間には休日労働時間は含まれないということだ。むろん、休日労働についても36協定で定めた範囲内でしか行えないが、時間外労働とは別枠ということである。予想外の事態で仕事が増えて限度時間を超えそうなとき、休日労働の枠があればそれで対応することもできるのだ。

 さて、この限度時間を超えることは絶対に許されないかというと、そうではなく、例外として認められる場合がある。
それが36協定に特別条項を付す場合である。
 これは、特別な事情で限度時間を超えて時間外労働を行うことが予想される場合に、この条項を付加しておけば限度時間超の労働が可能になる制度である。労働基準監督署の検査で限度時間オーバーが見つかり、是正勧告を受ける例は多いが、その際に特別条項を付けるよう指導されることもある。
 ただ、あくまで例外的な措置だけに、条件もいろいろと厳しい。「業務繁忙なとき」など漠然とした理由では認められず、適用できるのは1年のうち半分以下の期間である。

 では、この特別条項ならば限度時間はないのかというと、これももちろんNOである。明確な基準はないが、過労死の認定の基準とされる月80時間、多くても月100時間、年間600時間を目処にしたい。これを超えると、窓口で指導を受ける可能性が高くなる。
 そもそも、そこまで社員に労働をさせるのは明らかにオーバーワークだ。人を増やすか、分担をさせるか、仕事のやり方を見直すか、何らかの対応が必要だ。
 なお、月80時間超だと「長時間労働抑制のための自主点検結果報告書」の作成を求められる。言わば、長時間労働が恒常化している事業所として目を付けられることになる。その意味からも月80時間以内に収めたいところだ。

 ところで、限度時間の適用を除外される事業や業務があることはあまり知られていない。具体的には、
  イ.工作物の建設等の事業
  ロ.自動車の運転の業務
  ハ.新技術、新商品等の研究開発の業務
  ニ.厚生労働省労働基準局長が指定する事業または業務
 である。このうち、イロニは限定的だが、ハの業務は該当する企業も多いと思う。
 これらの業務であれば、特別条項を付さなくても限度時間を超えられる。健康管理の問題から常識的な対応は求められるが、必要であれば上記の制限時間もオーバーできる。別の見方をすると、研究開発業務については、労使の合意の下、存分に働いてもらうことも可能ということだ。

(2010年7月20日)

 
 
時間単位の年次有給休暇 Column No.8


 平成22年4月から労使協定を結ぶことにより、年間5日分を限度として、年次有給休暇を時間単位で取得できることになった。
 その主旨は、通院や、急に子どもの送り迎えや親の介護が必要になった場合など、ライフスタイルの多様化にともなう臨時的・突発的な用務のための休暇ニーズへの対応である。また、なかなか進まない年次有給休暇の取得を、消化の機会を増やすことで少しでも促進させようとの意向もある。

 実はこの時間単位年休、国家公務員・地方公務員、民営化された一部の企業などの親方ヒノマル関係ですでに実施されていた。
 そのような事業所の労働者にとっては、今回の改正が「改悪」となることもあるようだ。
 なぜなら、これまで年休の範囲内で無制限に取得できたものが、5日分以内という縛りができたからである。この5日分というのは労働基準法の上限であるため、これを上回って時間単位の年次有給休暇を付与することは違法となる。
 したがって、5日の制限を超えて時間単位年休を認めるとするなら、法定の年次有給休暇の上乗せという形で定める必要が出てくる。その場合は労基法の枠外であるから、労使協定も必要なく、運用の仕方も会社が自由に決められる。
 5日分を上限とするのは、本来、年次有給休暇は労働者に休養の機会を与え、心身の疲労を回復するための制度という考え方の下、1日単位での取得を原則としているためである。つまり時間単位年休というのは、本来の趣旨から外れた例外的な措置なのである。

 とはいえ、従来認められていたことが制限されるのは、労働条件の低下と感じる向きがあるかもしれない。
 極端な例だが、8時間勤務の事業所で、20日の有休があるとして、これまで1時間ずつ160日取れたのが、40日しか取れなくなったということである。
 制度がすでに存在する某企業で、頻繁に遅刻する社員が、今回の改正で40日しか遅刻できなくなってがっかりしているとの話を聞いた。
 そんな輩を救済するためではないと思うが、一般職の地方公務員は当該規定が除外され、特に必要があると認められるときに日数の制限なく時間単位年休が取得できるとのことだ。
 国家公務員に認めていないのは、立法の当事者である厚生労働省自らが適用除外となるのはマズイとの判断かもしれない。
 一般の企業の感覚からすれば、時間単位年休は5日分もあれば十分と思うのだが。いや、普通の年休すらなかなか取れないのに時間単位年休など贅沢だというのが本音かもしれない。 

(2010年7月28日)

 
 
労災対応マニュアルのすすめ Column No.9


 先日、知り合いの企業で労災が発生し、社員の方が全治3ヶ月の重症を負った。不幸中の幸いで、療養後は元通りに現場復帰できるとのことだが、一歩間違えば取り返しのつかない事態になっていたかもしれない。
 労働災害は防ぐことがまず大切だが、発生した際に被害を最小限にくい止めることも非常に重要だ。

 ところで、労災などの緊急事態が発生したとき、人間はいつもと違う反応をしてしまいがちである。
 たとえば、思考停止になって正常な判断ができなくなったり、とっさに必要な行動が取れなくなったり、どうでもいいような目先のことに集中してしまったりするのは、経験的にも理解できるだろう。他にも、状況を楽観的な方に解釈したり、多数者の行動に引きずられたりすることも非常時の特性として指摘されている。
 これら被害の拡大につながりかねない行動や反応を減らすためには、非常事態を想定して事前に準備しておくことが大切となる。
 すなわち、緊急時の役割を定め、求められる行動をマニュアル化し、社員に周知するとともに、必要に応じてトレーニングしておくことである。

 このような労災対応マニュアルは、作成の仕方として大きく次の3種類に分けられる。
1.リスクマネジメントの一環として労災に関する規程を設けるケース
 各種リスク対応の1つとして労災対応の規程を設ける。防災管理規程・緊急事態対応マニュアルなどで包括する場合もある。

2.労働安全衛生マネジメントシステムを導入し、その中で規程化するケース
 労働安全衛生マネジメントシステムは、PDCAサイクルを明確にして安全衛生管理を継続的に実施する仕組みをつくることで労災防止を実現しようとする取り組みで、厚生労働省のOSHMSをはじめいくつかの規格がある。要求されるシステムの内容に「緊急事態への対応」というのがあり、具体的要件が定められている。

3.労災対応として独自の規程・マニュアルを設けるケース
 これには、労災事故への対応を中心にしたものと、労災保険の手続を中心にしたもの、両者の内容を合わせたものがある。

 いくつかの大規模メーカーのHPを閲覧したところ、いずれかの形で設けているところが多い。OSHMSは大企業だけでなく、中小企業にも導入事例がある。

 企業規模や置かれた状況にもよるが、1と2はそれなりの労力や費用がかかると思うので、まずは3の作成を考えてみてはいかがだろうか。
 その際の留意点としては、次のものである。
 ①あいまいな指針や心がまえではなく、具体的な行動を示すこと
 ②現場の意見を取り入れて、現場で実際に使えるものにすること
 ③一部の部署だけでなく、全社に周知すること
 ④既存の防災マニュアル等との整合性を図ること
 内容としては、
 ①被災者の救出、②第2時災害の防止、③関係者への速報、④現場の保存、⑤災害の調査、⑥行政機関への報告、⑦原因の究明、⑧防止対策の検討、⑨安全衛生委員会の審議、⑩事後対策の実施
 といったステップが基本となる。
 労災時の対応としては、せいぜい安全衛生管理規程などで簡単に述べられているだけという企業が多いと思う。
製造業や建設業など、特に労災事故が懸念される企業は、このような労災対応マニュアルを整備し、職場の安全性の向上に役立ててほしい。

(2010年8月4日)

 
 
タイムカードと社員申告時間の乖離 Column No.10


 社員の出退勤管理をタイムカードで行うとともに、残業をしたときには、社員に残業報告書等で労働時間を申告してもらい、この報告書に基づいて残業代を支給している会社は多いと思う。
 その場合、タイムカードの退勤時間と残業報告書等の終業時間とに乖離があるときには気を付けなければならない。タイムカードでは20時に退勤となっているのに、残業報告書では19時までしか申告されていないようなケースである。
 これが10分程度のギャップであれば、終業から退社までそれくらいかかってもおかしくはないので問題はないが、1時間を超えるようだと少々やっかいだ。
 実際のところ、この問題は労働基準監督署の臨検でしばしば指摘される事項である。ギャップが見られるのは一部の社員だけとか、件数が少ないとかであれば、「指導」で済むが、日常的かつ大部分の社員に数時間の乖離があったりすると労基法違反として「是正勧告」を受ける可能性が高い。サービス残業とみなされれば、当然、未払い賃金の支払いも必要となる。
 労基署の考え方は、「社員が申告した以後の時間が、労働時間でないことを会社が説明できなければ、タイムカードの時間が終業時間になる」というものだ。裏を返せば、タイムカードの出退勤時間と残業報告書等の申告時間とのギャップの理由を合理的に説明できれば、労基署に対抗できるわけだが、通常は難しいだろう。
 そこで、このようなギャップをなくすことが対応として求められる。完全に一致させることは非現実的なので、ギャップを減少させる取り組みが必要だ。
 現状の乖離のレベルにもよるが、できれば30分以上のギャップが恒常的に発生することのないようにしたい。30分未満であれば、ギャップの理由を逐一説明せずとも、常識の範囲で理解が得られると思う。
 具体的な対策として、例を挙げると次のようになる。
  ①管理者による部下の終業時刻の現認の徹底
  ②朝礼、ミーティング、安全衛生委員会等での社員への周知徹底
  ③不一致がないかの実態調査の定期的実施
  ④不一致の多い社員の個別指導および重点管理
  ⑤時間外労働の事前承認制度の導入による残業削減
 ①~③は、厚生労働省が策定した「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基準」を参考にしたものだ。因みに、労働基準監督署の是正指導も、この文書を基に行われていると考えられる。

 ギャップを減らすための方策として、また、労基署から勧告や指導を受け、改善報告書を求められた際の参考にしてほしい。

(2010年8月18日)

 
 
特別条項付36協定の書き方 Column No.11


 36協定に特別条項を付す場合の書き方について、ときどき質問を受けるので、簡単にまとめておきたい。
 まず、協定内容(=記載事項)だが、厚生労働省の告示(平成10年告示第154号)および通達(平成11年基発第45号)で示されているのは次の5つである。
 ①限度時間を超えて時間外労働をさせる必要のある特別の事情
 ②労使間の手続き
 ③特別延長時間
 ④限度時間を超える回数
 ⑤限度時間を超えたときの割増賃金率
 ①の特別の事情については、臨時的なものに限定され、できる限り詳細に記述する必要がある。「業務の都合上必要なとき」や「業務上やむを得ないとき」は、臨時的なものに該当しないためアウトである。
 ②の手続きには、特に制約はなく、労使による協議、労働者代表への通知等でよい。手続きを労基署に届ける必要はないが、手続きの時期、内容等は書面で明らかにしておく必要がある。書面を残しておかなければ、手続きを行っていないとみなされ、臨検などで指導を受けることになる。
 ③については、以前のコラム「特別条項付36協定」を参考にしてほしい。なお、平成22年4月から上記の告示に、「・・・当該延長することができる労働時間をできる限り短くするよう努めなければならない」との文言が加わった。
 ④は、1年の半分以下となるように設定をしなければならない。期間を1ヶ月とするなら、6回以下ということである。
 ⑤は、平成22年4月に追加された事項である。限度時間を超える場合の割増賃金率を25%超とするのは努力義務だが、特別条項への記載は義務であることに注意する必要がある。25%超は義務ではないので、労使間の協議の結果、引き上げをしなければ、「25%」と記載すればよい。なお、③のところで特別延長時間を複数の期間で設定した場合(たとえば1ヶ月と1年)は、それぞれについて割増賃金率を明記する必要がある。
 次に、これらの事項の記載場所だが、労働局の作成例では次の4つを示している。
 ①36協定届の「延長することができる時間」欄に直接記載する
 ②36協定届の欄外(左下や右下)に記載する
 ③別紙を添付する
 ④特別条項にかかる協定書作成して添付する
 このうち、①②はスペースが厳しいし、④は別に協定書をつくるのも面倒なので、③のやり方が一番よいと思う。
 最後に具体的な例を揚げておこう。
 ①特別の事情・・・通常を大幅に超える受注の集中により、納期が逼迫する場合
 ②労使間の手続き・・・労使の協議による
 ③特別延長時間・・・ア.製造に従事する労働者  1ヶ月70時間  1年500時間
              イ.検査に従事する労働者  1ヶ月60時間  1年450時間
 ④限度時間を超える回数・・・6回
 ⑤割増賃金率・・・1ヶ月45時間を超えた場合 30%
            1年360時間を超えた場合 30%

(2010年8月26日)

 
 
事業場外労働と割増手当 Column No.12


 営業社員の労働時間管理については、多くの会社で事業場外労働により行っていると思う。
 事業場外労働とはみなし労働時間制の1つで、「労働者が労働時間の全部または一部について事業場外で業務に従事した場合において、労働時間を算定し難いときは、所定労働時間労働したものとみなす(労基法38条の2第1項)」ものである。
 つまり、外勤などで労働時間の把握が難しいときは、所定労働時間働いたことにするという制度である。
 なお、同条のただし書きで、所定労働時間を超えて労働することが必要となる場合には、通常必要とされる時間働いたことにするという規定もあるのだが、前者の「所定労働時間みなし」を採用している企業の方が多いと思うので、本稿はこちらを前提に話を進める。
 事業場外労働を適用していれば、割増手当をつけなくてもよいと考えている企業が結構あるのだが、それは大きな間違いだ。
 まず、事業場外労働は労働時間の「時間計算」にかかることなので、深夜労働と休日労働については割増手当が発生する。「営業マンだから深夜に働こうが休日に働こうが割増はなし」との認識は、即刻改めなければならない。
 次に、時間外割増についても発生する。これについては、特に誤解が多いので、詳しく説明しよう。
 先ほど揚げた労基法の条文を再確認してほしいのだが、事業場外労働は労働時間の「全部」または「一部」について事業場外で従事した場合とある。
 始業が9時で終業が18時、休憩が1時間の会社で言うと、「全部」というのは直行直帰の場合を、「一部」というのは午前中は外勤で午後は内勤の場合をイメージすればよい。
 このとき「全部」の場合は、特に問題は生じない。所定労働時間を労働したと考えればよいわけである。
 たとえ実際に働いた時間が8時から20時までであっても、所定労働時間の8時間働いたということになり、時間外割増は発生しない(もちろん、このような乖離が恒常的ならば、「通常必要とされる時間みなし」への変更を検討する必要がある。今年の7月に東京地裁で、事業場外労働の外勤にも3時間の時間外労働を認める判決が出た〔阪急トラベルサポート事件〕)。
 やっかいなのは「一部」の場合である。実際にありがちな次の3つのケースで考えてみよう。
  ①16時に帰社、18時まで内勤
  ②16時に帰社、20時まで内勤
  ③19時に帰社、20時まで内勤
 ①の場合、次の2つの考え方が出てくる。
 A:9時から16時まで事業場外労働で所定労働時間働いたことになり、それに2時間の内勤が加わるから、労働時間は10時間となる。つまり2時間の時間外割増が発生する。
 B:内勤も含めて所定労働時間働いたことになるので8時間労働であり、時間外割増は発生しない。
 労働者にとってはありがたい話だが、Aは直感的におかしいと思うはずである。正解はBで、厚労省の通達で「労働時間の一部について事業場内で業務に従事した場合には、当該事業場内の労働時間を含めて、所定内労働時間労働したとみなされる(昭和63.1.1基発1号)」と定められている。なお、この原則は、「所定労働時間みなし」用であり、「通常必要とされる時間みなし」には別の規定があるので注意をしてほしい。
 ②の場合は、①の結論からもわかるとおり、18時までは所定労働時間労働だが、18時から20時までの内勤は時間外労働となるので2時間の割増手当が必要ということだ。
さて、③はどうなるか?
 A:18時から20時までが時間外労働となり、2時間の割増手当が発生する。
 B:19時から20時までが時間外労働となり、1時間の割増手当が発生する。
 これについては、通達等の明確な基準はないのだが、事業場外労働の基本的な考え方からして19時までは所定労働時間とみなせること、労働時間の把握ができるのは内勤だけであること、の2点からBの取り扱いで差し支えないと考えられる。
 いずれにしても、事業場外みなし制であっても割増手当が発生しうることを理解いただいたと思う。
 そもそも営業社員に対しては、労働時間管理さえやっていない企業もあるようだ。割増手当も必要であるし、その前提となる労働時間管理も求められることを、ぜひ認識していただきたい。

(2010年9月13日)

 
 
労働法の基礎知識 Column No.13


 いきなりだが、「給与明細書の交付は義務か?」と問われて即座に答えられる人はそうはいないだろう。
 答えはYES。少なくとも、労働法だけに詳しくても正解は出てこない。その根拠はどこにあるかというと、労働基準法その他労働法の分野ではなく、所得税法の規定にあるとのことだ。正直なところ初めて知りました・・・。
 前置きはともかく、このことを教えられたのは、厚生労働省が先日出した「知って役立つ労働法ー働くときに必要な基礎知識」という冊子だ。サブタイトルからもわかるように、これから働く大学生や高校生といった若者向けに書かれたものである。
 ざっと目を通してみたが、労働契約から退職手続、社会保険きまでコンパクトにまとめてある。労基法だけでなく、均等法や派遣法、労働安全衛生法など、働く人の視点でポイントを示している。冒頭に述べた給与明細の件はともかく、まさに労働法の基本というべき内容を網羅しているのだ。いわば働く人々の常識と言いたいのだが、多分、人事労務の経験のない普通の会社員は知らないことのほうが多いに違いない。
 1週40時間という法定労働時間を知らない人は結構いるのだ。36協定の存在はかろうじて知っていても、自社の残業時間がどれだけ認められるかという肝心の協定内容を知らない管理職は普通にいる。いや、多分、その方が多いのでは思う。これを読む学生たちは、「社会人の常識」と思って読むのだろうか。
 そういったマジメな新入社員に備えてというわけでもないが、「働くときに必要な知識」があるかどうか、先輩社会人も試しに読んでみてほしい。最近は情報の入手が簡単になって、管理職よりも一般社員のほうが労働法に詳しいという状況もよくあり、それが労務トラブル増加の要因ともなっている。管理職に限らず、それぞれの立場において自らを守るためには、ある程度の労働法の知識を持つことは大切だ。
 主に学生向けではあるけれども、これくらいは知っておきたいという意味で、すでに働いている人たちにもお勧めする。厚労省がこれを出した狙いは、実はそこにあるのかもしれない。

(2010年9月21日)

 
 
派遣労働における付随的業務 Column No.14


 派遣労働では、派遣法に定められた専門26業務であれば期間の定めなく労働者を受け入れることができる。
 ただ、専門業務といっても、それに付随して専門的でない業務を行わなければならないケースも当然出てくる。たとえば、第5号に事務用機器操作の業務というのがある。この典型例はパソコン操作のことだが、付随して書類をコピーしたり、資料として準備したり、郵送したりする作業も発生するのが普通である。
 これらの付随的業務は全体の10%以下なら認められる。週40時間労働だとすると、4時間以下ということである。
これを超えるのであれば、専門業務とは認められず、複合業務を行っているとして一般的業務(自由化業務)の扱いとなり、原則1年最長3年という期間制限を受けることになる。因みに、付随的業務があるのなら、個別契約において、その内容や割合を明示する必要がある。
 まあ、この付随的業務10%というのは、少なくとも人事労務担当者であれば知っている人も多いと思う。
 しかし、これには落とし穴がある。すなわち、この10%が認められるのは、あくまで専門業務に関連する「付随的業務」に限るということだ。
 具体的に説明すると、事務用機器操作の他にも、週2時間程度「市場調査」の業務があったとしよう。つまり、メインはパソコン操作だけれども、全体の5%くらいは市場調査をやってもらうという業務内容だ。派遣先としては、パソコン操作だけでは単調になるかもしれないし、時間が空くことも想定されるので、市場調査の経験も持つ労働者を派遣してもらって、そのスキルを活かしてもらおうとの、なかば親切心からの申し出である。
 ところが、このようなケースは専門26業務に該当しなくなってしまう。なぜなら、市場調査は事務用機器操作の付随的業務とはいえないからだ。上記のような派遣契約を結ぶこと自体は問題ないが、それは一般的業務としての締結となる。
 専門的業務が90%以上を占めていれば、残りはどんな仕事をやってもらっても構わないと認識している方も多いと思うが、それは誤りということだ。
 厚生労働省の「専門26業務派遣適正化プランの実施について」という今年の2月に出された通達で、付随的業務を行う場合の留意点を示しており、全く無関係の業務を少しでも行っているケースは、専門26業務ではないことを明記している。
 このような通達が出されているということは、労働局による指導監督が重点的に行われるということなので、付随的業務について誤った理解をされていた方は、十分に気をつけてほしい。

(2010年9月28日)

 
 
時間外労働のダブルカウント Column No.15


 残業代の未払いで指導を受ける会社が後を絶たないが、実は残業代を過払いしている会社も結構見かける。
 よくある原因の1つが時間外労働のダブルカウントで、これにより、残業代を本来必要な額よりも多く支払ってしまうケースである。まあ、社員にとってはうれしいミスなのだが。
 具体的な事例で見てみる。所定労働時間が1日8時間の会社で、Aさんが以下のように働いたとしよう。
 月曜日:10時間
 火曜日:10時間
 水曜日:有給休暇
 木曜日:10時間
 金曜日:10時間
 土曜日(法定外休日):8時間
 まず、月・火・木・金曜日について、1日2時間の時間外労働が発生しており、計8時間分の残業手当が必要となる。これは問題ない。
 次に、土曜日の8時間の労働について、月から金までで40時間労働しているので法定労働時間超えと認識し、時間外労働の扱いをする。つまり、この週、Aさんに計16時間分の時間外割増手当を支給するということになる。
 この取り扱いは誤り。月・火・木・金の各2時間については、週の時間外労働時間から除外して考えるのが正しく、
したがって、金曜日までは32時間労働であり、8時間を足しても週40時間と法定労働時間に収まることになる。土曜日の労働に対しては、時間外の割増は不要ということだ。
 時間外労働の算定は、①1日についての算定、②1週についての算定(ただし、①で算定した分は除く)という2段階で行うのがポイントだ。なお、変形労働時間制を採用しているのなら、③に対象期間についての算定(ただし、①②で算定した分は除く)という3段階となる。
 このダブルカウントをやっている会社は結構多い。なかには、聞き方に問題があったのかもしれないが、労基署に確認したところ、そのやり方で正しいと言われたという例もある。
 土曜日に出勤させた場合に、何も考えず無条件に割増賃金を支払っている会社もあると思う。上記のようなケースもあるので、ひとつ注意をしてみてほしい。

(2010年10月4日)

 
 
事業場外労働~必要時間みなしの場合 Column No.16


 事業場外労働について、前に「所定労働時間みなし」の場合を書いたので、今回は「必要時間みなし」の留意点を記す。
 必要時間みなしというのは、労基法38条の2のただし書きの部分の「ただし、当該業務を遂行するために通常所定労働時間を超えて労働することが必要となる場合においては、当該業務に関しては、厚生労働省で定めるところにより、当該業務の遂行に通常必要とされる時間労働したものとする」のことである。
 要は、事業場外労働で労働時間の算定が難しいときには所定労働時間働いたとみなすのが原則だが、事業場外労働が所定労働時間を常に超えるようなら、実際に必要となる時間をもって労働時間とみなすという制度である。
 たとえば、所定労働時間が8時間のA社で、営業社員の外勤が通常9時間かかるのなら、9時間を労働時間とみなしなさいということだ。
 では、誰がその必要時間を定めるか。
 同条の第2項で、「・・・(労使協定)があるときは、その協定で定める時間を同項ただし書の当該業務の遂行に通常必要とされる時間とする」とある。
 これを読む限り、労使間の協議が義務づけられているわけではないことがわかる。つまり、理屈の上では必要みなし時間を会社が一方的に決めてもよいわけだ。
 ただ、法定労働時間を超えるのであれば36協定が必要となること、法定内で収まるのであっても労働時間という労働条件の中でも最重要の事項に関しては労使の合意の下に決定がなされた方がよいこと、の2点から労使協定で定めるのが適切といえるだろう。
 因みに、この労使協定は、法定労働時間超の場合には労基署に届出なければならないが、その際、36協定に付記することで、当該届出を省略できることも知っておきたい。
 このように必要時間みなしは表面的にはそれほど複雑な制度ではないのだが、運用は少々、というかかなりやっかいである。
 何がやっかいかというと、1日のうち事業場外と事業場内との両方で労働した場合の労働時間の算定である。この場合の労働時間の算定は次の通達に基づいて行われる。
 「労働時間の一部を事業場内で労働した日の労働時間は、みなし労働時間制によって算定される事業場外で業務に従事した時間と、別途把握した事業場内における時間とを加えた時間となる」(昭和63.3.14基発150号)
 具体例で考えてみよう。

 上記のA社(所定労働時間9時~18時)で、営業社員が午前中2時間会議に出た後に外勤に出かけ、19時に帰社し、そのまま退社したとする。この場合の労働時間はいくらになるか?
 答えは、みなし労働時間(9時間)+内勤時間(2時間)で計11時間である。
 始業が9時で終業が19時なのだから休憩をはさんで9時間という考え方をしている会社は多いと思うが、その運用の仕方は誤りである。
 なお、もしこれが所定労働時間みなしであれば、事業場内の労働時間も含めて、所定労働時間労働したとみなされるので、労働時間は8時間となる。
 このように、必要時間みなしの場合は内勤時間を把握しなければならず(※所定労働時間みなしであっても所定外の内勤時間は把握する必要がある)、結果として労働時間が多くなり、残業代負担が増えてしまう。また、1日のうちで外勤と内勤が頻繁に繰り返されるようだと内勤時間の把握も困難だろう。
 これらのことから、事業場外労働については、ほとんど外勤のみというケースでなければ、可能な限り所定労働時間みなしを選択することをお勧めする。
 もちろん、現状9時間必要なところを放置したまま変えるということではなく、所定労働時間に収まるよう外勤のあり方を変更した上で対応してくださいということである。

(2010年10月13日)

 
 
労働条件通知書を交付しているか Column No.17


 労働基準法第15条では、労働契約の締結の際、会社は労働者に労働条件を明示しなければならないことを定めている。明示の義務がある労働条件は次の5項目であり、これらを絶対的明示事項という。
 ①労働契約期間に関する事項
 ②就業場所・従事する業務に関する事項
 ③始業・終業の時刻、時間外労働の有無、休憩時間、休日、休暇、交代制勤務の交代に関する事項
 ④賃金(退職金・賞与等は除く)の決定、計算・支払方法、締切り・支払時期、昇給に関する事項
 ⑤退職に関する事項
 この他にも、定めがある場合に明示の義務がある相対的明示事項があるが、その明細は省略する。
 上記の絶対的明示事項のうち、④の中の昇給を除いた事項については、書面の交付により明示しなければならない。なお、パート労働法の定めにより、パートタイマーに対しては、昇給・賞与・退職金の有無も書面で明示する必要がある。
 書面による明示は労働条件通知書や雇用契約書という形で行われる。
 労務管理の中でも基本中の基本ともいえる事項であるが、この労働条件通知書の交付がなされていない会社が意外と多い。特に正社員に対してである。パートタイマーや契約社員の場合は、きちんと交付しているのに、正社員には交付されていないのだ。
 これは、正社員の場合、正式採用までに時間がかかり、その過程で労働条件の話も出るため、あらためて書面化する必要性が薄れてしまうからかもしれない。また、内示や辞令という形で、不足ながらも労働条件の書面化がなされており、これで代替しているとの認識があるのかもしれない。
 ともあれ、正社員に対する労働条件通知書の交付は盲点ともいえる。
 ここのところ、労働契約に関する行政の監督が厳しくなっており、労基署の臨検において、この不備は真っ先に指導を受ける可能性が高い。
 もし、交付をしていないのであれば、少なくとも今後入社する社員に備えて準備をしておきたい。
 書面の様式は決められてなく、法定記載事項を満たせばよいわけだが、雛形は労働厚生省で用意しているので、これを用いるか参考にするのがよいだろう。
 昇給に関しては、書面交付の必要はないのだが、明示の必要はあるので通知書に記載しておく方がよい。その際、業績等の事由で昇給を行わない場合があることを就業規則で定めているのならば、その旨を記載しておく方が望ましい。トラブルの芽は可能な限り摘み取っておくことだ。

(2010年10月25日)
 

 
 
サービス残業は危険! Column No.18


 先日、厚生労働省から平成21年度の賃金不払残業(サービス残業)の結果が報告された。
 1年間に労基署の是正指導により、100万円以上の割増賃金の支払いを求められた企業数は1,221件で、前年度比332の減、合計額は約116億円で、80億円の減となっている。うち、1,000万円以上支払ったのは162企業で、最高額は12億4,000万円とのことである。
 件数減少の原因については触れられていないが、景気低迷で残業自体が減っていることがまず第一だろう。また、コンプライアンスの観点から、企業の方でサービス残業を防ぐように努力したこともあるだろう。
 ただ、今年に入ってから時間外労働は増えているので、平成22年度は再び増加する可能性もある。
 サービス残業がなかなかなくならいのは、一言でいえば、会社(=経営者)が本気で取り組まないからだ。経営者としては、「他の会社だって払っていないのに、ウチだけまともに残業代を払っていては立ち行かなくなる」のいうのが本音にあるだろう。
 しかしながら、サービス残業のリスクは確実に高まっている。そのリスクは2つある。
 1つは言うまでもなく、労基署の検査である。「めったにないから大丈夫」と思うのは大間違い。見過ごせないサービス残業(だけではないが)を、社員やその家族が労基署に通報するのは、もはや普通のこととなっているといっても過言ではない。
 2つ目は、社員からの直接請求で、弁護士や司法書士を介して、退職した社員などが請求してくるケースが増えている。ためしに「サービス残業 相談」でネット検索をしてみてほしい。「相談にのります!」という事業者がずらりと出てくる。
 言えるのは、是正指導を受けたり、社員から請求を受けてからでは遅いということだ。
 これらの対応には、未払い賃金のコストだけでなく、余計な仕事が増えることによるさまざまなコストや負担がかかってくる。特に中小企業であれば社長自らが対応することになり、それこそ経営どころではなくなる。
 根拠もなく、「ウチは大丈夫だろう」と思っていた多くの会社が悲惨な目に合っているのだ。少しでもリスクを感じるのであれば、直ちに何らかの対策をとるのが合理的な企業行動である。
 では、サービス残業をどうやってなくすか。
 選択肢は1つしかない。残業を減らすことである。少なくとも、現状支払っている残業代になるまで労働時間を削減することだ。もちろん、残業代を払うという選択もあるわけだが、それができればそもそも問題はないわけで、サービス残業対策には、残業を減らすしか方策はないと考えられる。
 サービス残業対策という面を抜きにしても、残業を減らすことのメリットは大きい。社員の心身の健康によいこと、仕事の合理化を通じて問題意識を高められること、光熱費等の管理コストも低減できること、何よりも社員のモチベーションを向上できること等である。
 残業削減の具体的手法は別の機会に述べたいが、最重要の事項で、これがなければまずうまくはいかないというキーファクターは、ズバリ経営者の「本気」である。
 職場によって残業の多い少ないに違いがあると思う。その原因は業務内容ではなく、多くはその職場の管理者のスタンスだ。遅くまで残ることを評価したり、そうではなくても自分だけは残ろうとする(そのため部下も帰れない)管理者はどの企業にもいる。特に、業績が悪いときには定時になど帰れないという意識が強い。
 この人たちの考え方や行動を改められるのは経営者しかいない。もし、経営者が同様のスタンスを持っているのなら、会社の将来のために自分をどれだけ変えられるかである。
 最後に、先日、知り合いから聞いた話を1つ。
 その知り合いが勤める企業は、残業が一切ないとのこと。正確に言えば、できないのだ。社長が残業が大嫌いだそうで、残業を禁止しているのである。ちなみに、定時に終わらせるために仕事はものすごくキツイそうだ。

(2010年11月1日)

 
 
労働協約と労使協定の違い Column No.19


 労働協約と労使協定。どちらも労働条件に関する会社と労働者との間での決め事を書面化したものだが、その違いをきちんと理解せず、あいまいなままで使っている人も多いと思う。
 別のものであることを認識しているのならまだよいが、会社と労働組合との協定を一般に「労使協定」ということもあり、両者を同じものとみなしている人も少なからずいるようだ。
 言うまでもなく、この2つはまったく違うものである。今回は両者の違いを整理してみる。

 まず、それぞれの内容を簡単にまとめておこう。
 労働協約とは何か。労働協約は、労働組合と会社との間で結ばれる労働条件等に関する契約のことである。労働組合法では、「労働組合と使用者またはその団体との間の労働条件その他に関する労働協約は、書面に作成し、両当事者が署名し、または記名押印することによってその効力が生ずる」としている(14条)。
 これからもわかるように、労働協約が締結できるのは労働組合だけである。
 労働協約の効力として押さえておきたいのが、規範的効力一般的拘束力である。
 規範的効力とは、「労働条件その他の労働者の待遇に関する基準」を定めた労働協約については、これに反する労働契約は無効となり、無効となった部分は労働協約の基準になるということである(労組法16条)。すなわち、個別の労働契約よりも労働協約の内容の方が優先されるということだ。
 注意が必要なのは、労働条件の引き下げとなる場合もあるという点である。つまり、個別労働契約の労働条件の方が高ければ、労働協約のレベルまで引き下げられることもありうるわけだ。
 また、一般的拘束力とは、同一事業場で「常時使用される同種の労働者の4分の3以上」を組織する組合が結んだ労働協約は、非組合員にも適用されるというルールである(労組法17条)。
 ここで注意してほしいのは、一般的拘束力の対象は非組合員であり、他の少数組合員には適用されないという点である。

 次に労使協定は、使用者と過半数代表者(過半数で組織する労働組合がある場合はその組合、ない場合は民主的に選出された労働者の過半数代表者)との書面による協定のことである。
 労使協定が必要となる事項は法定されており、主なものは以下のとおりである。

<労基法>
 ①賃金控除
 ②変形労働時間制(1ヶ月単位、フレックスタイム、1年単位、1週間単位)
 ③一斉休憩の適用除外
 ④時間外・休日労働
 ⑤代替休暇
 ⑥通常必要時間事業場外労働
 ⑦裁量労働(専門職、企画職)
 ⑧時間単位年休
 ⑨年休の計画的付与
<その他>
 ⑩育児介護休業法上の対象除外者
 ⑪高年齢者雇用安定法上の継続雇用対象者の基準、等

 労使協定は、これらの事項について、法が定める最低基準を下回ることを例外的に認めるものである(免罰的効果=違反をしても刑罰に処さないという効果)。
 したがって、法が規定しない項目について労使協定を結んだとしても効力はない。たとえば、「年休の上限を10日とする」という労使協定を締結しても無効ということだ。
 また、労使協定によって、当該協定内容を守る義務が労働者に生じるわけではない。実行させるには、労働協約や就業規則等の根拠が必要となる。
 ただ、原則として効力が組合員にしか及ばない労働協約と違って、労使協定の効力は全社員に及ぶ。

 ところで、過半数組合が労使協定事項について労働協約を締結するとどうなるか? この場合、当該合意は、労働協約としての効力と労使協定としての効力の両方を有することになる。つまり、少数組合員であっても、非組合員であっても、当該協定内容に従わなければならないということである。

 最後に両者の相違点を整理しておこう。

 

労働協約

労使協定

●協定内容労働条件その他の事項労基法等で定められた事項
●一方の当事者労働組合過半数組合か過半数代表者
●労働条件としての効力規範的効力なし(免罰的効果のみ)
●効力の対象組合員のみ。但し、一般的拘束力あり全社員


(2010年11月24日)

 
 
リスクアセスメントのすすめ Column No.20


 先日、ある会社の工場で労働者がベルトコンベアのごみを取ろうとして、ギアに腕を巻き込まれるという事故が起きた。幸いにも腕の擦傷で済んだが、もっと重大な事故につながったおそれも十分にあった。事後の対策として、ごみを取るための棒状の器具を設置することになった。もし、事前にこのような危険を想定して、ごみはその器具を使って取るようにしていたら、事故は起きなかった可能性が高い。
 起きてからでは遅い、起きる前に必要な措置を施す。その体系的な取り組みがリスクアセスメントである。
 具体的には、「職場の危険性や有害性を特定し、それによる労働災害の被害の重大性と災害発生の可能性の度合いを組み合わせてリスクを見積り、そのリスクの大きさに基づいて優先度を定め、リスクの除去や低減措置を検討・実施し、結果を記録をする一連の手法」である。
 内容をステップごとに整理をすると、
 ①危険性や有害性の特定(=ケガをしそうな作業の洗い出し)
 ②リスクの見積り(=リスクの大きさの評価)
 ③優先度の決定とリスク低減措置の検討
 ④リスク低減措置の実施
 ⑤記録
 の5段階となる。カッコ内はわかりやすく言い換えたものである。

 リスクアセスメントは労働安全衛生法第28条の2で努力義務が課されており、現状では企業の自主的な取り組みに委ねられている。努力義務だからやらなくてよいという考え方もできるが、少なくとも、近年に労災が起きている(あるいは起きそうになった)事業場であれば導入を真剣に検討すべきだろう。
 厚生労働省ではリスクアセスメントの効果として次の5つを挙げている。
 ①職場のリスクが明確になること
 ②リスクに対する認識を共有できること
 ③安全対策の合理的な優先順位が決定できること
 ④残留リスクに対して「守るべき決めごと」の理由が明確になること
 ⑤職場全員が参加することにより「危険」に対する感受性が高まること
 である。言葉を換えると、実施にあたっては、これら5つの効果が発揮できるような取り組みにしなければならないということである。労災の被災者は、多くは現場の一般労働者なので、職場のリスクを明確化し、共有化し、意識することは極めて重要となる。

 そして意識の問題だけでなく、実際にハード・ソフトの対策を施すことにリスクアセスメントの意義がある。安全意識は大切だが、意識だけでは労災はなかなか防げないからだ。極端な話、安全意識をしなくても、事故が発生しないような職場にするのがリスクアセスメントの目的といえる。
 ステップを見てわかると思うが、リスクアセスメントの取り組み自体はシンプルで、それほど難しいものではない。というよりは、このような活動は何らかの形ですでにやっているのが普通だと思う。要はそれらの取り組みを、全社的・体系的・継続的に行うことで、より効果を高めようということだ。あまり難しく考えずに、「まずはやってみるか」という姿勢も大切と思う。
 実施の前提として、職場での勉強会なども必要だろう。その際のネタとして、厚労省のサイトに資料がたくさんあるので活用するとよい。
 
(2010年12月1日)

 
 
次世代育成支援対策推進法 Column No.21


 次世代育成支援対策推進法(次世代法)は、2006年4月から10年間の時限立法で施行されており、国、地公体、事業主、国民がそれぞれの立場で次世代育成支援を進めていくことを定めたものだ。いわゆる少子化対策のひとつである。
 企業に対しては、仕事と子育ての両立を図るために必要な雇用環境の整備を進めるための「一般事業主行動計画」を策定し、都道府県労働局に届出ることを義務づけている。
 義務化されているのは、現在は労働者301人以上の大企業だけだが、2011年4月から101人以上の企業にも拡大される(100人以下は努力義務)。
 「行動計画」には、①計画期間、②目標、③その達成のための対策と実施時期、を定めることになっている。
 目標には、育児をする労働者に対する取り組みだけではなく、育児をしていない者も含めての多様な雇用環境の整備や、さらには自社の労働者に限定しない取り組みなど、幅広い目的が設定できる。
 具体例としては、「男性の育児休業の取得状況を年に3人以上にする」、「社員1人あたりの所定外労働時間を年間200時間以内にする」、「来客用の託児施設を設置する」などである。
 これらの行動計画を策定し、HP等で公表するとともに、労働者へ周知(掲示・配布等で)した上で、都道府県労働局へ届出るという流れとなる。
 そして、行動計画が終了し、一定の要件を満たせば、「子育てサポート企業」として、厚生労働大臣の認定を受けられる。認定されれば、その証として「くるみんマーク」が付与され、商品や広告などにも使えるとのことである。
 意地の悪い言い方をすれば、育児休業法や労基法で要求する以上のことを企業に求める、ちょっとおせっかいな法律だ。まあ、法の制定が議論された2003年の男性育児休業取得率が0.44%という低率であったことが背景にあったとしても(因みに2009年は1.72%である)。
 そういうふうに企業側も感じるのか、大企業に義務化されている割には、あまり実施されていないようだ。くるみんマークも目にしない。
 先にも述べたが、時限立法であることも要因の1つだろう。2015年3月末で終了してしまうのである。なくなることがわかっている制度では、実施しようという動機付けが薄れてしまうのもやむを得ない。未実施への罰則もない。
 とはいえ、法律は法律だ。実施を怠っていると都道府県労働局から勧告という形で督促もある。また、来年度から義務の対象企業が拡大することで、行政のキャンペーンも再度高まるだろう。
 制度をみると、形式的に書類を整えて済ますこともできるが、それでは、担当者にとって意味のない仕事が増えるだけになってしまう。どうせ取り組むのなら、形式的ではなく実効性のある取り組みにしたい。計画内容自体は、実際に子育てをする社員にとって意義のあるものもあるだろう。義務だからやるというのではなく、対外的なアピールも含めて、自社の雇用環境の改善にどう活かすかという視点が大切だろう。
 行動計画策定にはいくつかのポイントがある。これについては次回に整理したいと思う。
 
(2010年12月6日)

 
 
次世代法行動計画のポイント Column No.22


 次世代法(次世代育成支援対策推進法)に基づく一般事業主行動計画の作成義務対象が、来年4月から従業員101人以上の企業に拡大される。法の施行から6年近く経つものの、現在義務づけられている301人以上の大企業
も作成をしていないところが多く、都道府県労働局から勧告を受けるケースもある。
 いずれにしろ、計画の作成を求められる企業が増えるのは間違いない。そこで、今回は行動計画作成のポイントを整理してみよう。
 作成にあたって、まず検討しなければならないのは、認定を受けるかどうかである。認定を受ければ、「くるみんマーク」が付与され、HPや商品、広告等でアピールが可能になる。「子育て支援企業」のイメージをアピールできるのは、人材確保や販売促進にそれなりの効果があるだろう。できれば認定を目指したいところである。
 では、認定の要件とはどのようなものか。認定基準は次の9つである。
 ①雇用環境の整備について、行動計画策定指針に照らし適切な行動計画を策定したこと
 ②一般事業主行動計画の計画期間が、2年以上5年以下であること
 ③策定した一般事業主行動計画を実施し、それに定めた目標を達成したこと
 ④一般事業主行動計画について、適切に公表及び従業員への周知をしたこと
 ⑤計画期間内に男性の育児休業等取得者が1人以上いること
 ⑥計画期間内に女性の育児休業等取得率が70%以上であること
 ⑦3歳から小学校に入学するまでの子を持つ従業員を対象とする「育児休業の制度又は勤務時間の短縮等の措 置に準ずる措置」を講じていること
 ⑧所定外労働の削減、年次有給休暇の取得促進、その他働き方の見直しに資する多様な労働条件の整備のための措置のうちいずれかを実施していること
 ⑨法令に違反する重大な事実がないこと
 このうちネックとなるのは⑤と⑥だろう。
 特に⑤は、社員が数千人いるような大会社はともかく、数百人の会社であればかなり厳しい。
 対象者は1年間にせいぜい10人くらいであり、現状の男性の取得率(2009年1.72%)を考えれば、相当困難といえる。因みに⑤も⑥も、計画期間中に実績があればよいとうわけでなく、認定を申請する際に該当者が在籍している必要がある。育児休業後に退職した社員はカウントできないのである。
 300人以下であれば、基準は多少は緩和されるものの、それにしてもハードルは結構高い。
 逆に言えば、この2つをクリアできれば、認定は比較的ラクに受けられると思われる。他の基準は、ムリな目標を掲げないかぎり、企業側でコントロールが可能だからである。
 認定を受けるのであれば、⑦や⑧のうちのどれかを目標に設定するのも得策だ。目標にしてもしなくても、措置を実施する必要があるからだ。極端な話、掲げる目標はこれらのうちの1つだけでも構わない。
 さて、次に行動計画でどのような目標を設定するかである。
 直前のコラムにも書いたが、やるからには会社にとって意味のあるものを掲げたい。そのためには、社員のニーズを踏まえて自社に即した目標を考えるのが第一である。ニーズ確認のために本格的にアンケートを取ることも考えられるが、もっと簡単に育児休暇を取った人や機会はあったが取らなかった人にヒアリングするのもよいだろう。
 他にも、ちょっと安易だが、目標の具体例から適当なものをピックアップするという手もある。厚労省の「中小企業のための一般事業主行動計画策定・認定取得マニュアル」というパンフレットの72~76ページにある目標例は具体的で参考になる。取り組みとして簡単なものもあるので、これだったらウチでもできそうという目標が見つかるのではないだろうか。
 因みにこのパンフは、中小企業だけでなく、大企業でも利用できる内容なので、他の項目も含め、マニュアルとして活用するとよいだろう。
 ただ、程度の差はあれ、諸般の事情で仕方なく作成するというケースもあるかもしれない。そのような場合は、計画期間を次世代法の期限の2015年3月末にして、お座なりの目標をいくつか設定して届出だけしておくという手もある。実施状況を報告する必要はないので、未達に終わればそれまでということだ。まあ、薦めはしないけれど。
 

(2010年12月13日)

 
 
社会保険料削減の方策 Column No.23


 企業にとって社会保険料の支払いは結構大きなコスト要因になる。
 先日発表された日本経団連の「福利厚生費調査結果」によると、2009年度において、ひと月に企業が負担する1人あたりの厚生年金保険料は40,194円、健康保険料は24,911円とのことだ。
 因みに、雇用保険や労災保険料等も含めた法定外福利費は71,480円である。年間では857,760円、社員が1,000人ならば約8億6千万円の負担である。
 経団連なので対象が大企業ということもあろうが結構な金額である。社会保険に加入すると経営が立ち行かなくなるからと、零細企業などで未加入の会社があるが、その気持ちも理解できる。
 必要性はわかっているものの、この社会保険料負担は何とかならないかと思っている経営者は少なくないだろう。
 種々の節税対策が可能な税金と違って、制度自体がシンプルで融通が利かないこともあって、企業側の努力で減らそうと思ってもなかなか減らせるものではないのも、社会保険料のやっかいなところだ。
 とはいっても対策がないわけではない。
 賃金支払いの仕組みを変えるだけで、確実に保険料を減らすことができる。もちろん合法的な方法である。
 効果があるのは、①昇給時期を7月以降にすること、②賞与の支給を年4回以上にするか、逆に賞与支給を年1回にすることである。
 今回は①の方策について、整理をしてみよう。
 社会保険料(健康保険料と厚生年金保険料)の計算基礎には標準報酬月額が用いられるわけだが、これは毎年7月に4月・5月・6月の3か月分の給与を基に算定される。これを定時決定といい、定時決定によって決められた報酬月額は当年9月から翌年8月まで使われる。
 なぜ、4~6月の給与をベースにするかといえば、多くの企業はこの時期に昇給をするので、この期間に給与額が変動することが多く、標準報酬を見直す時期として最も適切だからだろう。
 行政の立場から見れば、7月以降に昇給をする会社は「例外」と考えているともいえる。そこで、その例外の扱いを受けることで、保険料負担を減らそうというわけだ。
 それでは、7月に昇給をすれば、4月昇給と比べてどう違うか。具体的なケースで考えてみよう。
 Aさん(30歳)の給与が300,000円から20,000円昇給して320,000円になったとする。
 昇給前は健保22等級・厚年18等級(標準報酬月額300,000円)である。
 ア.4月昇給の場合は、7月の定時決定により、9月から健保23等級・厚年19等級(標準報酬月額320,000円)に上がる。
 イ.7月昇給の場合は、定時決定は当然元の等級のままで、昇給後も2等級以上の変動とはならないため随時改定の対象にはならない。改定されるのは来年7月の定時決定であり、したがって来年8月までは健保22等級・厚年18等級(標準報酬月額300,000円)のままとなる。
 健保22等級・厚年18等級の事業主負担額は13,980円(※東京都)と24,087円で計38,067円。
 健保23等級・厚年19等級の事業主負担額は14,912円と25,693円で計40,605円。
 その差額は健保932円、厚年1,606円で計2,538円。会社にとって、1月あたり2,538円、1年間で30,456円の負担減となる。
 これだけでは大した節約にはならないかもしれないが、対象が数十人あるいは数百人となれば話は別だ。
 もちろん、よいことばかりでなく、
 ①3ヶ月とはいえ昇給時期が遅くなるわけだから、社員に不利益が生じること
 ②給与額をベースに賞与支給をしているときには、夏季賞与が低くなってしまう可能性があること
 ③7月昇給によって10月に随時改定の必要性が生じ、事務手続きの手間が増えること
 ④納める保険料が減るので、将来の年金受給額や健康保険の傷病手当金額等が少なくなること
 といった問題点もある。
 なお、①②については、昇給は7月にしておき、4月に遡って支給するという手もあるし、④は、一方で社員が負担する保険料額も減るわけだから、問題点とはいえない面もある。
 いずれにしろ、これらの問題点と削減額を秤にかけて、どちらを選択するのが適切かの判断が求められる。
 賃金に直結することなので、会社側で一方的に決めるのではなく、労使間の話し合いが大切である。

(2010年12月28日)

 
 
派遣法の雇用努力義務と雇用申込み義務 Column No.24


 労働者派遣法で定められている内容は、派遣労働者という通常とは異なる性格の労働者を対象としているためか、非常に複雑でわかりづらい事項が多い。
 その中のひとつが、「雇用の努力義務」と「雇用の申込み義務」である。法文や解説書などを読んでも、わかったようなわからないような、今ひとつピンと来ないという感想を持つ方も多いのではないだろうか。
 まず、雇用努力義務について整理してみる。
 雇用努力義務が生じるのは、派遣受け入れ期間に制限のある一般的業務の場合である。制限のない専門的業務にはそのような努力義務は生じない。
 一般的業務の場合、原則1年、最長で3年の派遣受け入れ期間があるわけだが、
①受け入れ期間後も引き続いて同業務に従事させるために他の労働者を雇い入れようとする場合で、
②受け入れの全期間において同業務に従事した派遣労働者であって、
③派遣先に雇用を希望し、
④受け入れ期間後7日以内に派遣元との雇用関係が終了する者
 を雇用するよう努めなければならないというものである(法40条の3)。
 ②にあるように、受け入れ期間の途中から従事している派遣労働者(つまりスタッフが替わった場合)に対しては雇用努力義務が発生しないことに留意する必要がある。
 また、④にあるとおり、次の派遣先が決まっているような場合も雇用努力義務はない。
 当然ながら、努力義務なので、「できるだけ雇用しましょう」ということであり、「絶対に雇用しなければならない」ではない。
 次に雇用の申込み義務について。こちらは、「申込みをしなければならない」という強制力をもつ。
 雇用の申込み義務は、一般的業務の場合と専門的業務の場合の2つに分けて考える必要がある。
 まず、一般的業務の場合、派遣受け入れ期間の制限(最長3年)に抵触する日を超えて派遣労働者を受け入れることはできないわけだが、このとき、派遣元は、抵触日の前1か月の間に、抵触日以後労働者派遣を行わない旨を派遣先と派遣労働者に通知することになっている。
①この通知を受けた場合に、派遣労働者が派遣先に雇用されることを希望し、
②派遣先もその労働者を続けて使用したいときには、
 派遣契約の終了までに雇用契約の申込みをしなければならないというものである(法第40条の4)。
 雇用努力義務のケースと違って、派遣労働者が途中で替わっていても、抵触日の通知を受けた労働者に対して雇用の申込み義務があることに注意してほしい。
 一方、専門的業務の場合は、
①同一の業務に同一の派遣労働者を3年を超えて受け入れており、
②その同一業務に新たに労働者を雇い入れようとする場合に、
 雇用契約の申込みをしなければならないというものである(法第40条の5)。
 ①の「同一の派遣労働者」という点に注意をしてほしい。同一業務を派遣労働により3年超行っていたとしても、途中でスタッフが替わっていて、就業期間が3年以内であれば、このケースには当たらないということだ。
 もう一つ注意してほしいのは、あくまで雇用の「申込み」の義務であって、雇用義務ではないということである。労働条件が折り合わずに、雇用契約に至らなければ、それはそれで問題はない。
 ただし、はじめから契約破談を見越して、他の労働者と比べて著しく低い労働条件を提示するようなやり方は違法となるだろう。

(2011年1月11日)

 
 
休日は24時間ではなく暦日 Column No.25


 労働基準法上、週に1日以上または4週に4日以上の休日を与えなければならないのは周知のとおりである。
 ところで、この1日とは暦日(午前0時~午後12時)のことか、それとも単に24時間のことかというと、答えは暦日である(通達:昭和23年基発535号)。
 休日は、午前0時~午後12時までをまるまる与えてこそ、法律の要件を満たすことになる。
 通常の日勤であれば特に問題はないのだが、日をまたぐ夜勤の場合は少々やっかいだ。
 たとえば、午後10時から午前6時まで働く労働者の場合、休日は、勤務明けの翌日をまる一日付与しなければならない。土曜日の朝の6時に終業したとして、それから日曜日を休日として与え、翌月曜日の夜の10時の始業まで、1日の休日を取らせるために実に64時間もの間隔をあけることが必要となる。
 さらに、この勤務パターンだと1週間のうち、労働日が5日で休日が1日というふうにおかしなことになってしまう。
 このような不合理を避けるために、休日を暦日とする原則には例外を設けており、交替制をとる場合の休日は、暦日ではなく継続する24時間でも差支えないとされる。
 上記の例でいえば、日曜の午後10時からの始業であっても、40時間のブランクがあるからOKということだ。
 ただ、この例外を適用するには、
①番方編成による交替制によることが就業規則等により定められており、制度として運用されていること、
②各番方の交替が規則的に定められているものであって、勤務割表等によりその都度設定されるものではないこと
 の2つの要件が求められる(昭和63年基発150号)。
 つまり、あらかじめ就業規則等で明文化していることと、交替の仕方に規則性があることが必要となる。
 交代制勤務があることを就業規則にうたってない場合や、今週は夜勤だが、次の週は早番か遅番か引き続き夜勤となるかはわからないというような制度ではNGということだ。
 この2点を不備にしたまま「24時間休日制」を取っている企業もあるのではないだろうか。たまたま休日前に深夜業があったという一時的なものなら許容されるだろうが、恒常的に実施しているとなると問題である。万一、労災などが起きた場合には、不適切な状態で働かせていたこととなり、より重い責任を追及されることもありうる。
 ただ、これらは企業側が少し努力をすれば是正できる事項である。①は規程に盛り込めばよいだけの話だし、②は就労パターンを規則化すれば済む。特に②は、ただでさえストレスのかかりがちな深夜労働者の負担減の観点からも、率先して取り組むべき事項といえる。
 休日の考え方を知らなかった会社も、知っていてあいまいにしていた会社も、気づいたときに早目の対応が望まれる。

(2011年1月24日)

 
 
特別条項付36協定の回数について Column No.26


 36協定で特別条項を付ける際には、特別条項を発動する回数を定めなければならないことになっている。回数は何回でもよいわけではなく、発動した状態が「全体として1年の半分を超えない」よう設定しなければならない。対象期間を1週間とするなら、1年は52週なのでその半分の26回、1カ月とするなら12カ月の半分の6回が限度となる。
 ところで、この回数だが何を適用基準に1回と数えるのだろうか? 考え方としては次の3つがある。
  ア.事業場を基準とする。
  イ.部署を基準とする。
  ウ.労働者を基準とする。
 以下、事例で考えてみよう。
 A社B工場では以下の内容で特別条項付36協定を締結した(要点のみ)。
  ・有効期間:2010年4月1日~2011年3月31日
  ・対象者:製造課の社員、物流課の社員
  ・延長できる時間:1か月60時間、1年450時間
  ・1年に発動できる回数:6回
 この協定のもと、B工場の製造課では、2010年4月から12月までの間に特別条項を6回発動した。製造課のCさんは、その6回すべてを限度時間を超えて労働したのだが、2011年1月に物流課に異動となった。Cさんの2月までの累計時間外労働時間は400時間である。
 物流課で3月の予定を立てたところ、限度時間を超える時間外労働が必要との見込みとなった。なお、2010年度において、物流課では特別条項をまだ発動してなく、今回が初めての適用となる。
 このとき、正しい考え方は次のどれだろうか?
 ①アの事業場を基準とすれば、B工場全体ではすでに6回発動しているので物流課での発動は不可となる。
 ②イの部署を基準とすれば、物流課はまだ未発動なので発動可能となり、そこに所属するCさんも対象となる。ただし、Cさんは2月までに400時間労働しているので許容されるのは50時間である。
 ③ウの労働者を基準とすれば、物流課として発動することに問題はないが、Cさんはすでに年6回の発動を受けており、たとえ物流課の労働者としては初めてだとしても制限にかかるため適用はできないことになる。
 正解は③の労働者基準である。厚生労働省の通達(平成15年10月22日基発1022003号)において、「当該回数については、特定の労働者についての特別条項付き協定の適用が1年のうち半分を超えなものにすること」と示されている。
 労働者を基準としているのは、長時間労働防止等の労働者保護の観点からだと推測する。まあ、これはこれでよいのだが、次のような疑問が生じる。
 それは、各労働者の発動回数を対象期間の半分以下になるよう設定しさえすれば、対象労働者を適宜交代させることにより、部署単位では1年を通して恒常的に特別条項を発動しても構わないのかという問題である。
 結論からいえば、これはOKということになる。少なくとも、行政が定めている仕組みに違反はしていない。
 しかし、一時的または突発的な事由に認められる特別条項を恒常的に発動するというのもおかしな話となり、制度の趣旨には明らかに反する。よって、1年間を通した発動というのは避けるべきだろう。
 ただ、年度途中で回数が限度一杯となったとしても、やむを得ない場合は、個々の労働者の適用回数が半分以内に抑えられるのであれば、部署として制限回数を超えることも認められるということだ。
 特別条項の発動期間は、何が何でも対象期間の半分以下にしなければならないということではないのである。

(2011年2月14日)

 
 
月200時間の残業と労基署の対応 Column No.27


 前回に続いて特別条項付36協定ネタである。
 先日(2/23)の日経新聞に、過労自殺者の遺族が会社と国を提訴したとの記事があった。「月に最大200時間の残業を認めた労使協定と、それを受理した労働基準監督署の対応が違法」として1億3,000万円の賠償を求める訴えである。
 過労死で企業が訴えられることはよくあるが、国の行政責任を問われるのは初めてとのこと。
 確かに月200時間もの時間外協定を労基署はよく通したなとは思う。月200時間となると、毎日7時間の残業をさせ、さらに法定外休日4日にも7時間の残業をさせる計算になる(7時間×20日+15時間×4日)。なぜ、労基署はそのような異常ともいえる労使協定を受理したのか? 原因を2つ考えてみた。
 1つは、会社の業種が限度時間の制限のない建設業であったためである。通常の特別条項付36協定ではないため、チェックがおろそかになったということだ。限度時間の適用除外だから、いくら長時間を設定しようが労使間で決めたことであり、行政がとやかく言うことではないとの心理が働いたとも考えられる。要するに、通常の特別条項付36協定であればストップをかけたかもしれないが、適用除外なので通したということである。
 社員が勤めていたのはプラント補修工事業とのことで、時間外労働時間の限度基準は適用除外となる。因みに、適用除外となるのは、
 ア.工作物の建設等の事業
 イ.自動車の運転の業務
 ウ.新技術、新商品等の研究開発の業務
 エ.厚労省労働基準局長が指定した事業又は業務
 である。これらを適用除外とするのは、
 ①労働時間管理等について別途行政指導を行っている分野については、現行の指導基準の水準に到達させることが先決であること
 ②事業又は業務の性格から限度時間の適用になじまないものがあること
 等の理由からである。
 このうち、①については、「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準」という通達で指導を行っている「自動車の運転の業務」が念頭にあると思われる。したがって、建設業は②の理由から限度時間の適用がないと考えられる。
 適用がないからといって無制限の時間外労働が許されるわけでもないが、指導が甘くなるのは避けられないという気がする。企業も、毎年、同様の長時間の協定を結び届け出ていたのではないかと思う。さらに協定とは名ばかりで、実質的に会社が作成したものを形式だけを整えて出したという可能性も考えられる。実際、社員は36協定の内容など知らないことの方が多い。
 2つ目の原因は、この協定が届けられた2008年の時点では現在ほどチェックが厳しくなかったためである。
 限度時間オーバーの時間については、2010年4月に限度基準告示の改正がなされ、延長時間はできるかぎり短くするよう努力義務規定が設けられたが、2008年にそのような規定はなかった。つまり、指導の法的根拠が希薄だったということだ。現在であれば、何らかの指導が行われたかもしれない。
 裁判の行方を注目したいが、私見では上記の理由により、労基署には責任はないと判断するのではないかと思う。
労働時間に関しては、基本的に労使間の自治に委ねており、明らかな違法状態を見過ごしたのでなければ、行政の責任を問うのは困難だからだ。
 ただ、判決がどうあれ、今後は限度時間のない業種だけでなく、通常の特別条項付36協定の労働時間もチェックが厳しくなることが予想される。これまでフリーパスの労基署もあったかもしれないが、このような訴訟が起こされた以上は敏感になるだろう。
 企業側としては、1つの目安として、過労死の認定基準ともなっている月80時間以内の時間外労働に収めるよう努力をする必要がある。長時間労働が避けられない場合も、労働者の裁量を増やすなどして、やらされ感を少なくし、精神的な負荷を減らす工夫をしたい。

(2011年3月1日)

 
 
年次有給休暇の買取り Column No.28


 大企業などでは、余った年次有給休暇を買い取ってくれるところがある。
 そういったことを耳にしてか、有給休暇というのは買い取りが可能なものと思っている人が結構多い。しかし、それが認められるのは、法定の有給休暇を上回る分であり、たとえ社員の依頼であっても、法定分を買い取ることは原則としてできない。
 通達で、「年次有給休暇の買上げを予約し、これに基づいて労基法39条の規定により請求しうる年次有給休暇の日数を減じ、ないし請求された日数を与えないことは同条違反である(昭和30年11.30基収4718号)」と示されている。
 例外は、退職や時効により有給休暇の権利がなくなる際、社員の合意を得て残余の分を買い取るときである。
 退職時の具体例でいうと、有給休暇が20日間残っている社員が退職することになり、退職日まで有給を全部消化したいと申請してきたとしよう。会社としては、残務整理や業務引き継ぎのために5日間は出勤してもらいたい。
 「では、時季を変更してもらおう」と考えても、この場合、退職後を指定するわけにはいかないので、時季変更権は使用できない。そこで、やむを得ない措置として、「5日分は買い取るので、出勤してほしい」と交渉し、社員が受諾をすればOKとなる。
 あくまで、社員との合意の上で認められるもので、会社が一方的に買い取るような仕組みは違法となる可能性が高い。
 因みに買い取り金額は、法の関知するところではないため、いくらでもよい。有給休暇の賃金額(つまりは平均賃金)が妥当と思われるが、5千円とか1万円とかの定額でもよい。最低賃金に満たなくてもかまわない。
 ところで、有給休暇の取得率は47.1%(2009年)で、厚労省では2020年には70%にしたいと考えている。そのために、さまざまな手段を講じているわけだが、手っ取り早いのはこの買い取りを強制的な制度にすることだ。
 先に述べた通達は廃止し、2年の時効が切れた有給休暇は企業が平均賃金で買い取らなければならないとするのである。
 厚労省の調査を見ると、労働者1人あたり平均18日の有給休暇が付与されていて、うち10日が未消化に終わっているので、これを買い取るとどうなるか。
 平均賃金を1万円とすると1年10万円、社員が100人いれば1千万円のコストアップになる。
 今とはうって変わって、「有給休暇を取ってください、いや、取りなさい」と言い始めるに違いない。
 買い取り禁止をうたう通達は、社員の権利を考えてのことだが、いらぬおせっかいである。使わない(あるいは使えない)権利をお金に換えてもらえるのなら、多くの社員は喜ぶだろう。
 まあ、使用者側の反対もあるだろうから強制は無理にしても、少なくとも労使協定により認めるくらいはしてもよいと思うのだが。 

(2011年3月14日)

 
 
震災での交通機関マヒによる欠勤 Column No.29


 このたびの震災で被災された方には心からお見舞いを申し上げる。1日でも早い復旧のためには、一人ひとりが自分のできることをやる必要がある。今回はそのような思いを持っての話である。
 震災の影響により交通機関が不通となったり混乱したり、あるいはガソリンの欠乏や道路の損壊等で出社できなかった社員がたくさん出たと思う。
 このような場合に、社員の勤怠をどう取り扱うべきか?
 もちろん、就業規則に規定があればそれに従うことになるが、実際のところ、そこまで細かく規定していない企業も多いようなので、あらためて整理してみる。
 論点は2つ。(1)出社しなかった事実をどう処理するか(2)賃金をどうするか、である。
 まず、(1)については、①欠勤扱いとする、②年次有給休暇とする、③特別休暇とする、という選択肢が考えられる。
 ①の場合、欠勤に労働者の責任はなく、出社の意思はあるのだから、無断欠勤や事故欠勤とするのは酷である。
因みに、事故欠勤とは、私傷病以外の私的理由による欠勤のことで、無断欠勤のように懲戒対象にはならないものの、人事評価や給与・賞与等に影響するのが一般的である。
 したがって、欠勤とするなら、公務や伝染病による欠勤といったものと同様に「無事故」扱いとするのが適切だろう。無事故であるから、人事評価や皆勤手当、賞与等にマイナスの反映をしないのが原則である。
 ②の年次有給休暇は、賃金の支払いの有無を心配せずに済むが、労働者からすると、このような事情で消化したくないとの思いを持つかもしれない。
 有給休暇の趣旨からしても、会社側で一律的に適用するのではなく、労働者の同意を得て適用するのが適切だろう。
 ③の特別休暇は、今回のような非常事態に際して、臨時的な措置として認めるものである。会社によっては、インフルエンザの対応などで実施したところもあるかもしれないが、それと同様のものだ。これならば、労働者は有給休暇を消化しなくてよいし、有給休暇の権利がない人にも与えられる。
 次に、(2)の賃金をどうするか、である。
 会社からすれば、会社の責任によらず社員が”ノーワーク”なのだから賃金を支払う義務はない。ただ、労働者も不可抗力で出社できなかったのだから、無給とするのは酷だという考えもあろう。
 こればかりは、会社が経営判断をするしかない。適用者の人数・日数、人事制度、特に福利厚生に対する考え方やこれまでの取り扱い、さらには会社のフトコロ事情もあるだろう。
 ただ、苦労して出社した人も少なからずいるはずで、その人たちのことも考慮すれば、全額支払うのは公平感に欠ける気もする。支払うにしても、たとえば休業手当と同様に賃金の6割とするなども考えられる。
 以上から、実際的な対応を整理してみると、まず、年次有給休暇を利用する人はそれを勧める(直前のコラムにも書いたが、権利がたくさん残っている人が多いはずである)。そして、有給休暇を選択しない(できない)人は、無事故扱いの欠勤とし、これは賃金の6割支給あるいは無給とする、といったところだろう。
 特に欠勤が多かったと思われる最初の数日間は、有給の特別休暇とすることなども、場合によっては考えられるだろう。企業の状況に応じた選択を行ってほしい。
 また、今後に備えて、どう対応するかを就業規則等できちんと規定化しておくことも大切である。

(2011年3月17日)

 
 
休業手当の使用者の責に帰すべき事由とは Column No.30


 震災による計画停電は、事業に大きな影響を及ぼしており、操業が難しいことから、やむを得ず社員に休業を命じている企業も多数ある。
 周知のように、労働基準法第26条では、使用者の責に帰すべき事由による休業の場合には、賃金の6割以上の休業手当の支払いを義務づけているわけだが、今回の休業はどのように解されるのだろうか。
 これに関し、厚生労働省では、「計画停電が実施される場合の労働基準法第26条の取扱いについて」との通達を出している。要点をまとめると、
 ①計画停電による休業には、休業手当の支払いは不要。
 ②計画停電以外の時間の休業には、休業手当は原則必要。ただし、休業を計画停電時間中に限るのが不適切ならば、終日休業でも休業手当は不要。
 ③休業したものの計画停電が実施されなかった場合は、予定や変更内容、公表の時期を踏まえて判断する。
 というものである。

 休業手当の支払いは、「使用者の責に帰すべき事由」による休業の場合であるから、天災事変のような不可抗力による休業は元々対象外なのだが、今回は該当企業も多く、無用の混乱を避けるためにも、あらためてそのことを明確化したものであろう。
 因みにここでいう不可抗力とは、①その原因が事業の外部より発生した事故であること、②事業主が通常の経営者として最大の注意を尽くしてもなお避けることのできない事故であること、の2要件を満たすものと解されている。
 ところで、今回のような計画停電は対象外となるものの、労基法26条の趣旨は休業期間中の労働者の生活保護にあるため、「使用者の責に帰すべき事由」の範囲は相当広いことに留意しておかなければならない。
 範囲を整理すると次の3つである。
 ①経営障害
 自社の営業不振や資金難、取引先の都合などで業務ができない場合である。部品供給元が倒産して部品の供給を受けられなくなったケースなどが典型例である。このようなケースは使用者に直接的な責任はないのだが、そのような事態に備えて、別の部品供給元を確保しておくのが経営者の務めというわけである。単に閑散期で受注がない場合の他、雨天で作業ができない場合なども経営障害に含まれる。

 ②ストライキ
 ストに参加していない組合員には休業手当の支給は不要だが、ストに伴って、ストと関係のない非組合員が休業を余儀なくされた場合には、使用者の責に帰すべき事由になるとの判例がある。

 なお、使用者によるストともいえるロックアウト(事業所の閉鎖)は、正当なものであれば休業手当の支払い義務はない。
 ③休職処分
 労働者が法令や就業規則等に違反する行為をした際に、事実関係が判明するまで休職を命じるときがあるが、使用者の責に帰すべき事由にあたる場合がある。

 いずれも、その内容に応じて使用者の責にあたるかを総合勘案することになるが、基本的には労働者の休業手当請求権が優先されると考えた方がよいだろう。

(2011年3月28日)

 
 
非常災害時の時間外・休日労働の許可基準 Column No.31


 今般の震災で、事業所や生産設備等の復旧作業や交通マヒ等で人員がそろわななかったために、時間外労働や休日労働を余儀なくされた企業も多いと思う。
 通常、時間外・休日労働は36協定に基づいて行われるが、災害その他避けることのできない事由によって臨時の必要のある場合には、その必要の限度において、労働基準監督署の許可を受けることで時間外・休日労働が可能になる(労働基準法第33条)。原則は事前の許可であるが、事態が急迫していれば事後の届出でもかまわない。
 この規定について、どのようなケースで許可されるのか、また、36協定との関係はどうなるのか、という2点を整理してみよう。

 まず、許可されるケースだが、法33条は臨時的な措置なので基準は厳しい。
 通達では、「災害、緊急、不可抗力その他客観的に避けることのできない場合の規定であるから厳格に運用すべきものであって、その許可又は事後の承認は概ね次の基準によって取り扱うこと」とし、
 ①単なる業務の繁忙その他これに準ずる経営上の必要は認めないこと
 ②急病、ボイラーの爆発その他人命又は公益を保護するための必要は認めること
 ③事業の運営を不可能ならしめるような突発的な機械の故障の修理は認めるが、通常予見される部分的な修理、 定期的な手入は認めないこと
 ④電圧低下により保安等の必要がある場合は認めること
 という基準を示している(昭和22年9月13日基発17号、昭和26年10月11日基発696号)。
 これを見る限りは、今回のような震災に起因する時間外・休日労働は許可を得られそうである。
 しかし、「必要の限度」とは、たとえば、工場火災等において、消火作業や消火後の後始末の時間をいい、復旧のための作業時間は必要の限度を超えると解されている。
 つまり、必要の限度として認められるのは、事態を悪化させないための緊急的な措置のことであり、収まった事態を通常に戻すための作業はこれに該当しない可能性がある。
 冒頭の例でいえば、事業所等の損壊について、被害拡大の防止や当面の危険を除去するための作業は必要な限度として認められるが、業務を通常通りに行うための作業が認められるかどうかはグレーゾーンとなる。
 復旧作業が事業の運営にどのような影響を及ぼすかを総合的に判断されることになるのだろう。
 また、員数不足によって通常業務に残業が生じたというようなケースは、認められない可能性が高い。

 次に、36協定との関係だが、条文の構成や内容からして、災害等による時間外・休日労働は、36協定による時間外・休日労働とは別の制度として存在するのは明らかである。
 したがって、36協定を締結していない企業でも許可を受けられるし、締結している企業でも協定の枠とは別に時間外・休日労働ができる。
 たとえば、36協定で時間外労働は月30時間までとしていたとしても、それを超えることは可能であるし、また、月45時間の限度基準オーバーも可能である。そもそも限度基準は36協定についての基準であるから、災害等による時間外労働とは関係がない。
 今回の震災による残業によって、36協定で定めた時間を超えそうということであれば、33条に基づく許可を得るのも方策となる。

 最後に、この件に関して留意事項を2つ。
 1つは、災害等による時間外・休日労働であっても割増手当は必要であること、もう1つは、医師の面接指導が必要となる長時間労働者の労働時間の算定においては、両制度による時間外・休日労働時間を合算する必要があることに気をつけてほしい。

(2011年3月31日)

 
 
役員運転手の労働時間管理 Column No.32


 ある程度の規模の企業になると、会長・社長等の役員のために専属の運転手が付くことがある。この方たちも労働者であるから、当然、労働基準法上の労働時間に関する規定を守らなければならない。
 ただ、基本的に役員の行動に従うことになるので、不規則かつ長時間の拘束が生じる一方で運転以外のときには多くの手待ち時間が発生するなど、就労の中身は通常の労働者とはかなり異なる。
 労基法では手待ち時間は労働時間と解されるため、法の原則を当てはめれば、多大の時間外労働が発生することとなり、割増手当も相当な額となってしまう。
 このような役員運転手の労働時間は、どのように管理するのが適切かといえば、次の2段階で考える必要がある。

 まず、第1段階として、労基法第41条に定められた断続的労働従事者の許可を得ることである。労働基準監督署の許可を得られれば、労働時間・休憩・休日に関する規定が適用除外となるので、割増手当負担の必要はなくなる(もちろん、長時間の拘束に見合った手当等の何らかの補償は考えるべきであるが)。
 通達では、「勤務時間の半分以上は詰所において用務の生ずるまで全然仕事がなく待っている場合、これを断続的労働と取り扱って差支えない(昭和23.7.20基収2483号)」と示されている。
 また、断続的労働の許可基準を、「寄宿舎の賄人等については、その者の勤務時間を基礎として作業時間と手待時間折半の程度まで許可すること。ただし、実労働時間の合計が8時間を超えるときは許可すべき限りではない(昭和23.4.5基発535号)」としている。
 さらに、「断続労働と通常の労働とが1日の中において混在し、又は日によって反覆するような場合には、常態として断続的労働に従事する者には該当しないから、許可すべき限りでない(昭和63.3.14基発150号)」との通達もある。
 つまり、①実労働時間が勤務時間の半分未満であること、②実労働時間が8時間以内であること、③運転以外に庶務や事務等の他の業務と兼務をしないこと、の3点が求められているのだが、これらを満たせばOKというわけでもなく、労基署では、1日の勤務時間の限度を12時間とすることを運用の目安としているようである。
 したがって、申請の際には、勤務時間を12時間以内とし、かつ、6時間以上を待機時間として設定する必要がある。

 この許可を得ることができなければ、割増賃金の支払いが必要となるわけだが、では、割増賃金を支給すれば、どのような労働時間でも構わないのかといえば、そうではない。
 第2段階として、「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準(平成12年労働省告示第120号)」に従う必要がある。
 基準では、役員運転手は、「一般乗用旅客自動車運送事業以外の旅客自動車運送事業に従事する自動車運転者の拘束時間等」を定めた第5条が該当する。主な内容は次のとおりである。
 ①拘束時間は、4週間を平均し1週間当たり65時間を超えないこと
 ②1日の拘束時間は、13時間を超えないこと。延長する場合も最大16時間とし、15時間を超える回数は1週間に2回以内とすること
 ③勤務終了後に継続して8時間以上の休息を与えること
 ④運転時間は、2日を平均して1日当たり9時間、4週間を平均して1週当たり40時間を超えないこと
 ⑤連続運転時間は、4時間を超えないこと
 ⑥休日労働は、2週間に1回を超えないこと。当該労働によって①②の限度を超えないこと
 告示であるから、この基準を超えたとしても法律違反にはならないが、労働者の健康管理および事故防止の観点からも遵守をしたい。
 できることなら、労働者・企業双方の立場から、断続的労働の許可を得る(そのように労働時間を設定する)のがベストの選択と考えられる。

(2011年4月11日)

 
 
休日振替と代休の違い Column No.33


 休日振替と代休は、わかりづらい制度が多い労務管理の用語の中でも代表的なものだ。今回は両者の違いを明らかにするために意味や要件など基本的なことを整理をしてみる。
 そもそも休日振替も代休も労働基準法で明文化されているものではなく、通達によって認められている制度にすぎない(昭和23.4.19基収第1397号、昭和63.3.14基発第150号)。
 にもかかわらず、法律上の制度並みに、いやそれ以上に企業に広く利用されているのは、業務の都合によって休日を柔軟化させたいという企業のニーズにマッチしているからだ。
 多くの人事担当者も、この2つが違うことを認識している。ただ、その違いに基づいて適正な運用をしているかといえば「?」であり、制度上は休日振替でありながら実態は代休となっていることがよくある。

 それでは、休日振替とは何か?
 ひとことで言えば「あらかじめ休日と労働日を交換すること」である。ここでポイントとなるのは”あらかじめ”と”休日”だ。
 まず、”あらかじめ”であるから、事前にということである。後述するが事後の措置となる代休との相違点はここにある。
 次に”休日”だが、休日とは労働義務を免除された日のことで、労基法上、週に1日以上(あるいは4週4日以上=変形休日制)与えなければならないものだ。週に1日(あるいは4週4日)の最低限の休日を法定休日と呼び、それを上回って与える休日を法定外休日という。
 休日振替の意義は、振替により本来休日であった日が労働日となり、本来労働日であった日が休日に置き替わるというもので、その結果、もともと休日であった日の労働は休日労働とならず、割増手当も発生しないということだ(ただし、振替の結果、週40時間を超えたときは時間外労働の割増手当は必要となることに注意)。
 休日振替が正当に成立するためには、
①振替後も1週間に1日(変形休日制の場合は4週間に4日)の休日が確保されること
②就業規則に規定しておくこと
③あらかじめ休日を振り替える日を特定しておくこと
④遅くとも、前日の勤務終了までには労働者に通知しておくこと
 の4つの要件を満たす必要がある。

 ①について、1週間の始まりの曜日は会社が任意に定めればよいわけだが、定めがない場合は暦週(日曜日から土曜日まで)となる。
 ②について、就業規則の規定に基づいて行われれば、労働者の個別の同意は必要ない。言葉を換えると、規定がなくても、労働者の同意を得れば可能となる。
 ③について、振り替える休日は、「振り替えられた日以降できる限り近接している日が望ましい」(昭和23.7.5基発968号)との通達がある。ここで「振り替えられた日以降」とあるが、当初の休日の前にもってきても差支えない。

 次に代休は、「休日に労働をさせ、後日に休日を与えること」である。休日振替とは異なり、事後の措置である点がポイントとなる。
 この場合、休日労働の事実は消えないので、当該労働日の割増手当は必要となる。前提として、休日労働をさせるための36協定も必要である。
 よくあるケースで、休日労働をさせた後で「今度の金曜日は休んでいいよ」というのは代休であり、休日振替ではないことに留意したい。
 その他、代休に関する留意事項としては、
①代休自体は任意の制度であるから、会社が代休を与えるかどうかは自由である
②代休は労基法35条の休日ではないから、万一、この日に労働をさせたとしても休日労働とはならず、したがって休日割増も必要ない(ただし、前述のように時間外割増が発生する可能性はある)。
③代休を与える時期に決まりはなく、閑散期にまとめて与えるのもOKである。ただ、休日労働の代償措置という趣旨から、なるべく早目に与えるのが望ましいとはいえる。賃金計算が複雑化しないよう、賃金計算期間内に設定するのがベストである。

 以上、休日振替と代休に関する基本事項をまとめてみた。
 実態として、休日振替と言いながらも、振替日を特定しなかったり、事後に指定したりしていないだろうか? また、振替日も労働させたため振替休日の振替が行われ、それが積もり積もって、管理できなくなるほどたまったりしていないだろうか?
 あいまいな状態でずるずると運用するのも経営者や担当者として気分は悪いし、何より社員のためにもならない。労基署から指摘を受けるリスクもある。どこかでルールを再確立して、すっきりとさせたいものだ。
 なお、次回はさらに踏み込んだテーマを検討するつもりである。

(2011年4月25日)

 
 
休日振替と代休について応用編 Column No.34


 前回のコラム(NO.33)に続いて休日振替と代休について考える。今回は応用編で、筆者が日ごろ疑問に思っていることを整理してみる。テーマは2つ。

 1つは、休日振替の対象となる休日とは、法定休日だけか、それとも法定外休日も含むのかという点だ。言葉を換えると、法定外休日も休日振替の手続きが必要なのかである。この点について、行政解釈を探してみたが特に存在しないようだ。
 考え方としては次の2つがある。
①両者を含むとの立場で、法定であっても法定外であっても会社が休日と定めている以上は、労働義務がない日という意味では同じなのだから、休日振替も同じように扱うとする考え方。
②法定休日に限定する立場で、法定外休日は文字通り法の規制の対象外なのだから、休日振替の対象となる休日とは法定休日のみとする考え方。
 ①は、法定休日と法定外休日の区分を明確化していない企業では運用しやすい。ただ、法定外休日には休日労働割増は必要ないので、法定外休日に対しては代休で対応したとしても効果は変わらない。むしろ、振替後の休日の扱いを考えれば、代休の方が融通性があってよいと思われる。よって、法定外休日にも休日労働割増の特約のある会社を除けば、法定外休日に振替休日を使う意味はあまりないといえる。

 ②の場合、法定外休日に労働をさせるときには代休を利用するしかないので、企業にとっては運用が簡単になる(社員にとっては選択肢が狭められる)。ただし、法定休日と法定外休日の区分をはっきりしておかないと、かえって複雑になってしまうこともありうる。また、就業規則や労働協約で法定外休日も対象とすることを定めている(つまり法を上回る条件を約している)場合には、当然、休日振替の手続きが必要となるだろう。
 さて、①と②のどちらが妥当かといえば、①の方が妥当ではないかと思う。なぜなら、法定休日と法定外休日の区分を明確化していない企業が多いなかで、①の方が運用しやすく、また、いくら明確な定めがないとはいえ、法定外休日を独自に対象外とすることには少しムリがあり、社員にも不利になるからである。

 2つ目のテーマは、休日を振り替えたことから、1週間労働日が連続することになっても構わないのかである。具体的なケースで考えてみよう。
 土日を休日とする企業(1週間は日曜日から土曜日まで)で、6月1日(日)と6月7日(土)の両方の休日を翌週の10日(火)と11日(水)に振り替えた。結果、6月1日から始まる週は1週間労働日が連続したわけだが、この取り扱いは違法なのか? なお、休日振替は法定休日も法定外休日も対象とするという、前記①の立場に立つものとする。
①6月1日(日)と6月7日(土)は休日労働扱いとなるので合法である。
②労基法第35条1項に定める1週1日以上の休日を与えていないので違法である。
③1週1日以上の休日は満たしていないが、労基法第35条2項の4週4日の休日は満たしているので合法である。
 まず①は、休日振替と代休を混同しているので、明らかに誤りである。確かに代休ならば、6月1日(日)と6月7日(土)は休日労働となる(休日割増手当を支給している)ので問題はないが、この場合は休日振替をしているので1日と7日は休日ではなくなる。

 ②は確かにその通りであり、あとは③が認められるかどうかである。
 ③の労基法第35条2項というのは変形休日制のことであり、③の内容はこの変形休日制をとっている場合に限って認められるもので、事例の週休2日制のケースでは適用できないと考えるのが普通だろう。
 しかし、これについては、休日振替は労基法第35条2項の制限の範囲内で行うことができるとする判例がある(「鹿屋市教員事件」昭和43年鹿児島地裁)。
 ただ、当時は週休1日制が当たり前であり週1日の休日確保が今よりも困難だったこと、通常の週休制であっても4週4日の考え方を適用できることを明確にしているわけではないことなどから、この判例が基準として確立しているともいえない。
 結論としては、現代の週休2日制においては②の考え方に立って、少なくとも週に1日の休日が確保できるようにしたほうが無難だといえる。
 よって、事例の場合には、6月1日の週内に1日の振替休日を設定するか、それができなければ、両休日のいずれかに代休を設けるのが適切な取り扱いとなるだろう。そうすれば、週休1日は確保できることになる。 

(2011年5月2日)

 
 
社員の転勤拒否 Column No.35


 企業内で勤務地や仕事内容を変えることを配置転換といい、このうち転居を伴うものを転勤と呼ぶ。
 遠隔地に複数の事業所を有する企業にとって、人事政策の都合から社員に転勤を要請するのは必要不可欠である。
一方、社員の立場に立つと、慣れた職場や気に入った生活環境を変えられるのは、歓迎すべきことではない場合もある。本人だけでなく家族の都合もある。多くの場合、サラリーマンの定めと転勤を受け入れるが、事情によっては転勤を拒否をするケースもある。
 このようなとき、企業はどう対応すればよいのかを考えてみる。ポイントは3つ。
 1つ目は、転勤命令の根拠が明確化されているかどうかの確認である。具体的には、就業規則や労働協約に社員に転勤を命ずることができる旨の規定があり、実際に転勤が行われていればOKである。
 2つ目は、当該社員との労働契約で勤務地を限定する旨の特約がないかの確認である。いわゆる地域限定社員として労働契約を締結していないかということだ。ただ、勤務地について特に明確な定めがない場合は、現地採用された現場の労働者などは特約がなくても、勤務地が限定されていると判断されこともありうる。逆に本社採用の大卒社員等であれば幹部候補生として勤務地の限定はないと判断されうる。
 以上の2点がクリアできれば、基本的に労働者の個別的同意なしに転勤は可能と考えてよい。
 とはいえ、転勤は社員の生活に大きな影響を与えるものなので、無制限に認められるわけではなく、会社に権利の濫用がないかが問われる。これが3つ目のポイントである。
 権利の濫用にあたるケースとは、
①転勤命令に業務上の必要性がない場合、
②転勤命令が不当な動機や目的に基づく場合
③労働者に対して通常甘受すべき程度を著しく超える不利益をもたらす場合
、の3点である。

 ①については、「その人でなければ他に該当者がいない」というような高度の必要性は求められず、労働力の適正配置や業務の円滑化、人材育成といった趣旨であれば合理性があると認められる。
 ②は、判例では、退職を強いるための転勤や、経営方針に批判的な社員を排除する目的の転勤に対して、不当な動機や目的を認めている。
 ③については、転勤をすると家族の介護や看護ができなくなるというような限定的なケースが該当する。単に単身赴任を強いられる場合や、子供の送迎ができなくなるといったレベルでは、③に該当しないとされる。
 また、平成13年に育児介護休業法が改正され、就業場所の変更により育児・介護が困難になる労働者への配慮が求められることになったことも留意する必要があろう。
 以上を整理すると、人事異動の一環として通常に実施されている転勤で、社員の側に転勤を避けなければならない特別な事情がない限りは拒否できないものといえる。
 それでも拒否する社員には、就業規則上の懲罰の適用も考えざるを得ない。
 一般的な懲罰規定では、けん責・減給・出社停止・降格といった比較的軽度の制裁と諭旨解雇・懲戒解雇という重度の制裁との2つに大きく区別し、それぞれ具体例を示しているはずである。
 転勤命令の拒否は、具体例のうちの「業務上の命令に従わない場合」に該当すると考えられ、このようなケースは前者に属するのが通常である。
 もちろん企業によっては、「正当な理由なく転勤・出向命令等の重要な職務命令に従わないとき」を懲戒解雇の事由に明記しているところもあるが、一般的には、いきなり懲戒解雇とするのは困難ということだ。
 ただし、懲戒解雇の定めには「懲戒を繰り返し受け、改悛の見込みがないとき」といったものがあるはずなので、それが数回繰り返されれば、懲戒解雇とすることも可能となるだろう。判例でも、2度の転勤命令を拒否した社員を懲戒解雇したケースを、権利の濫用にはあたらないとしている(東亜ペイント事件。昭和61.7.14)。
 企業としては、まずは拒否する理由を確認し、介護等の事情でなければ、転勤の必要性や社員にとっての有用性などから説得を試み、それでも翻意しないのであれば懲戒処分の対象ということになろう。
 拒否されたからといって安易に命令を撤回するようなことは、他の社員への影響を考慮して避けなければならない。

(2011年5月9日)

 
 
懲戒規定適用のポイント Column No.36


 企業は社内の秩序維持のため社員に対して懲戒権を持っており、その内容は就業規則や賞罰規定に定められているのが通例である。
 ただ、あまり使うことのない規定だけに、いざ問題が発生したときには、具体的にどのような手続きで進めればよいのか不明の場合もある。
 ここでは、懲戒規定の適用の仕方について整理してみよう。ポイントとなるのは、(1)平等性の原則、(2)相当性の原則、(3)不遡及の原則、(4)一事不再理の原則、(5)適正手続きの原則という5つの原則である。
 まず平等性の原則とは、同様の事案について社員を平等に扱わなければならないというもので、たとえば、組合員には重い処分を科すことなどはこれに反する。見方を変えると、処分に不当な目的や動機が隠れていないかともいえる。ただし、次にも述べるが、責任度や影響度の相違から管理職と一般職とで異なる処分をすることなど、合理的な理由に基づいて差を設けるのは認められる。
 相当性の原則とは、懲戒対象となる事実と処分レベルが合致しているかである。処分レベルは次の事項を勘案のうえ、総合的に判断する必要がある。
 ①当該事実を引き起こした理由・事情
 ②当該事実による業務への影響度合い
 ③当該事実による他の社員への影響度合い
 ④これまでの懲戒履歴
 ⑤社員の地位・等級、役割・責任度の大きさ
 ⑥社員の反省の様子、今後の改善の期待度
 ⑦過去の同様の事例での処分内容
 懲罰の内容としては、軽いものから、戒告、減給、出勤停止、降格、諭旨解雇、懲戒解雇というのが一般的であろう。
懲戒規定の適用は慎重な対応が必要といえ、いきなり重い懲罰を科すのは避けたほうが無難だ。まずは、できる限り軽めの処分で反省を求め、それでも繰り返されるのならば重くしていくというのが適切である。
 不遡及の原則は、過去にさかのぼって懲戒することはできないというものである。社員が何か不始末を起こしたが、該当する規定がないため、あわてて作成をし、その規定を適用したりすることはできない。
 一事不再理の原則は、1回の事案で2回以上懲戒することはできないという原則である。たとえば、残業を拒否した社員をいったん減給処分としたうえ、これでは足りないからとさらに出勤停止にするというようなことはできない。ただし、1回の懲戒内容に減給と出勤停止を組み合わせて適用するのは問題ない。
 適正手続きの原則とは、懲戒権が発動されるまでの手続きが適正に行われていなければならないというものだ。手続きが規定に定められていれば、それに則って進めていく必要がある。ポイントとなるのは、
 ①経営者などが1人で決定するのではなく、社員を含めた合議のもとに決定をしているか
 ②本人が意見を申し述べる場があるか
 の2点である。通常は、懲罰委員会といった機関を設けて進めていくことになる。
 懲罰の適用は、異例なことだけに社員のダメージも大きい。重すぎる処分や不透明な手続きは、他の社員も困惑させる。一方で、本来、懲戒処分とすべきことをナアナアで済ますのも企業組織の規律維持の上で問題だろう。
 上記の5原則を守りながら、定められた規定に基づいて慎重に進めてほしい。

(2011年5月23日)

 
 

代休を無給にするときの留意点 Column No.37


 まずは次の事例を考えてほしい。


 日曜日を法定休日とするA社で、中途入社したばかりのBさんに6月5日(日)に休日労働をさせ、6月8日(水)に代休を取得してもらった。代休について、A社の就業規則では、「休日労働をさせた場合には代休を命ずることがある」という規定だけである。
 翌月、Bさんが6月分の給与明細を確認したところ、6月5日の労働に対して休日割増手当が35%分しか支給されていないのに気づき、人事のC課長に照会をした。

Bさん:「あのー、6月分の休日手当なんですけど、35%しか支給されてないんですよ。これって135%じゃないんですか?」
C課長:「ああ、これね。Bさんは代休を取っただろう? だから100%分は支払う必要はないよ。代休を取っていなければ135%だけれど」
Bさん:「えっ、でも前の会社では、代休を取っても135%もらえてましたよ」
C課長:「それは、その会社がおかしいんじゃないか? いいかい、6月は22日の出勤日があって、君は22日出勤したんだよ。そのうちの1日は休日出勤だったから35%の割増をした。もし、135%なら、1日分余計に払うことになるじゃないか。それは、おかしいだろ?」
Bさん:「でも就業規則には、代休を無給にするとは書いてませんよ」
C課長:「そりゃ、働いていないんだから無給にするのが当然だからだよ。わかりきったことを書く必要はないだろ?」
Bさん:「はあ・・・でも、納得できないので労基署に聞いてみます」
C課長:「ああ、労基署でも労政事務所でも聞いてみてよ。これまでもこうやってきたし、うちの処理の仕方が絶対に正しいから」
 と自信をもって答えた。
 後日、労基署からBさんに135%を支払うようにとの達しがあった。
 「そんな馬鹿な!働いてもいないのに、なぜ賃金を支払う必要があるの?」とC課長は憤然とした・・・。

 C課長と同様な疑問を持つ方も多いだろうが、労基署の指摘は正しい。ポイントとなるのは、代休についての就業規則の規定である。
 労働契約上、代休とは労働日の労働を使用者が一方的に免除するものであり、労働者が持っている賃金をもらう権利(=賃金債権)を失くすわけではないのだ。
 つまり、労働者からすると、「この日(=代休日)は働かなくていいと言われたから、そうしただけで、何も賃金の減額を受け入れたわけではない」ということだ。いわば有給休暇のような存在なのである。
 労働者の賃金債権を消滅させるには、労働契約上の何らかの根拠が必要となる。それが就業規則の規定なのである。
 事例のようなリスクを避けるためには、就業規則にひとこと「代休は無給とする」の文言を入れておく必要があるのだ。
 多くの企業では代休に賃金を支給していないと思うが、そのことを就業規則に明記しているだろうか。記載をしなければ本来無給とすることはできないことを認識しておいてほしい。
 実際に請求をしてくる社員が出てくるケースは少ないだろうが、万一に備えて、トラブルの芽は摘み取っておくに越したことはない。

 さて、これまでの話を別の観点から見てみよう。
 それは、休日労働に対して、代休の取得・未取得にかかわらず無条件に135%を支給していないかということである。
代休を取得しているのに、135%を支給しているとすると、1日分余分な賃金を支払っていることになる。
 もちろん、これを承知の上で、ルールとして運用しているのならば問題はないが、知らずにやっているのならムダなコストをかけているともいえる。
 社員と話し合ったうえで、就業規則に代休が無給であることを明記し、取り扱いを改めてはいかがだろうか。

(2011年5月30日)

 
 

介護休業はどのような場合にできるか Column No.38


 介護休業が法制化されて20年近く経つ。休業取得者は2008年度で女性常用労働者の0.11%、男性常用労働者の0.03%となっており、利用はマレという状況である。
 利用者が少ないこともあってか、一般の社員はもちろん人事担当者であっても、介護休業について中身を知らなかったり、誤った理解をしていることがある。
 中でも、「どのような場合に休業できるか」についての誤解が結構見られ、制度利用の妨げとなっているケースもある。
 育児休業は、「1歳未満の子を養育する場合」という具合に非常にはっきりしていて、文字通り子育てのための休業というのが明らかである。
 これに対して介護休業は、「要介護状態にある対象家族を介護する場合」となっているため、どうしても寝たきり老人の世話という印象があり、「高齢者の介護のためにしか取得できない」といった認識をしている社員が多い。
 もちろん、制度の主目的は高齢者の介護にあるが、対象家族を高齢者に限定しているわけではない。
 また、介護保険との混同や、社員が行う介護といえば自宅介護というイメージもあって、「介護保険が適用されていないと取得できない」「自宅で介護していないと取得できない」との認識もある。
 これらはいずれも誤りであり、介護保険を受けていなくても、また入院中であっても、対象家族が「要介護状態」であれば介護休暇は取得可能だ。
 たとえば、小学生の子供が交通事故にあって入院することになり、その世話が必要となれば取得できる場合もあるわけだ。
 それでは、「要介護状態」とはどういう状態か。育児介護休業法では、「負傷、疾病または身体上もしくは精神上の障害により、2週間以上の期間にわたり常時介護を必要とする状態」となっている(法2条)。
 さらに通達において、「常時介護を必要とする状態に関する判断基準」というのを示している。ちなみにこれらの基準は介護保険の要介護認定基準とは別物である。
 この要件に該当をすれば要介護状態となるわけである。ただ、人事担当者がこの状態を確認するわけにもいかないので、社員からの話に加えて、その事実を証明する書類を要求するのが普通である。
 この場合、医師、保健師、看護師、理学療法士、作業療法士、社会福祉士、介護福祉士等が基準に係る事実を証明することとなる。

 ところで、上記の例で、入院中であっても取得可能と述べたが、これはあくまで病院への入院であって、特別養護老人ホームや介護老人保健施設等への入所はどうなるか微妙なところがある。
 このような場合、通常は社員による介護は必要なくなるので、そもそも介護休業の申出はなされないと思うが、何らかの事情でなされた場合に会社側はどうすべきか。
 少なくとも、一方的に拒絶するのは難しい。介護休業の取得に際して、取得できる労働者には一定の条件があるが、対象家族には「要介護状態」の他に条件はないからだ。
 通達(平成21年12月28日職発1228第4号/雇児発1228第2号))でも、介護休業取得中に、他の者が労働者に代わって介護することになった場合や、特別養護老人ホーム等への入所となった場合にも、当然に介護休業が終了するわけでないことを示している。
 休業取得前と取得中とでは置かれた状況も違ってくるが、考慮しなければならない事項といえる。ともかく、休業の必要性を社員と話し合うことが大切となろう。そのうえで、どうしても取りたいということであれば、取得してもらうのがよいだろう。不安を抱えたままで働くよりは、双方にとってメリットがあると思える。

 2010年には、もっと日常的・短期的なニーズに利用できる介護休暇制度もできた。家族の介護は誰の身にも起きうることで、企業として親身に対応するのは、働きやすい職場づくりのためにますます必要となるはずだ。
 担当部門としては介護休業に関して基本知識を再確認したうえ、まずは相談してもらうという態勢で社員サービスの向上に努めてほしい。

(2011年6月26日)

 
 
1ヶ月単位の変形労働時間制のポイント Column No.39


 労働時間の効率化は労使双方に意味のあることだ。効率化の仕方にはいくつかあるが、変形労働時間制は業務の繁閑に対応するための基本的・効果的な手法となる。
 ここでは、1ヶ月単位の変形労働時間制について基本的なポイントをまとめていく。
 まず、その概要だが、1ヶ月以内の一定期間を平均し、1週間の所定労働時間が法定労働時間を超えないようにした場合に、特定の日または週に法定労働時間を超えて労働させることができる制度である(労働基準法32条の2)。
 その内容は、労使協定または就業規則その他これに準ずるもので定める必要があり、労使協定をした場合には労働基準監督署への届け出が必要となる。
 導入および運用のポイントは次のとおりである。
①変形期間の各日・各週の労働時間を具体的に定めておくこと
 この際、「労働時間は1日9時間」という定め方ではなく、始業・終業の時刻も具体的に定める必要がある。

 換言すると、変形期間を平均して法定労働時間の範囲内になるものであっても、会社が状況に応じて任意に労働時間を決めていくようなやり方は法の要件を満たさない。
 「1ヶ月単位の変形労働時間制を採用している」と言う会社の中には、就業規則に1ヶ月単位の変形労働時間制を採る旨を記載するだけで具体的な定めをしないまま、1ヶ月の労働時間を平均して週40時間に収まるよう労働させているだけのところもあるが、このような都合のよい運用の仕方は明らかに違法である。
②変形期間は1ヶ月以内
 変形期間は1ヶ月以内なので、たとえば4週間でも2週間でもよい。ただ、実態としては、月内の業務の繁閑に対応するために1ヶ月で導入するところが多いようだ。

 また、変形期間の単位は1ヶ月以内だが、それを繰り返して1年間継続して行ってもよいし、繁忙なときに特定の1ヶ月以内の期間をとって実施してもよい。
③変形期間の所定労働時間
 変形期間の労働時間を平均して、1週間の法定労働時間を超えないようにしなければならないため、変形期間の所定労働時間は次の式で計算された時間内に収める必要がある。

 1週間の法定労働時間×変形期間の歴日数÷7
 よって、以下のとおりとなる。


1ヶ月の歴日数

労働時間の総枠

31日

177.1時間(194.8時間)

30日

171.4時間(188.5時間)

29日

165.7時間(182.2時間)

28日

160.0時間(176.0時間)

※カッコ内は特例措置対象事業場(週44時間)のもの

④労使協定の締結事項
 労使協定を締結する場合には、以下の事項を協定する。

 ア.変形期間と変形期間の起算日
 イ.対象となる労働者の範囲
 ウ.変形期間中の各日および各週の労働時間、
 エ.協定の有効期間
⑤就業規則等の記載事項
 就業規則その他これに準ずるものには、以下の事項を記載する。

 ア.変形労働時間制を採用する旨の定め
 イ.労働日、労働時間の特定
 ウ.変形期間の所定労働時間
 エ.変形期間の起算日
 イの労働日の特定については、「毎年3月中にカレンダーで明示をする」「毎起算日の1週間前までにシフト表で明示をする」といった記述でも構わない。
 労使協定と就業規則等のどちらを選ぶかは会社が決めればよい。ただ、具体的な労働時間を記載する必要があることや、労働時間という基本的な労働条件に関する事項なので労使の話し合いの下に決めるのがふさわしいことなどから、労使協定によるほうが望ましいと思う。
 ついでに、その他これに準ずるものとは、就業規則の作成義務のない常時9人以下の事業場が定める規則や文書である。この場合、届け出の必要はないが、労働者への周知は必要である。
⑥時間外労働時間の算定の仕方
 時間外労働の算定は次の3段階で行わなければならない。

 ア.1日の労働時間の算定、
  1日8時間を超える時間を定めた日はその時間、それ以外の日は8時間を超えて労働した時間
 イ.1週間の労働時間の算定
  1週40(または44)時間を超える時間を定めた週はその時間、それ以外の週は40(または44)時間を超えて労働した時間
 ウ.変形期間の労働時間の算定
  変形期間の法定労働時間の総枠(③の算式による労働時間)を超えて労働した時間
 この際、イの算定にあたってはアの算定分を、ウの算定にあたってはアイの算定分を除いて計算をする。たとえば、月曜日から金曜日まで1日9時間と定めている週で、水曜日に10時間労働させ、土曜日に4時間労働させたときは、アの計算による1時間と、イの計算による4時間(1週間では5時間オーバーだがアでカウントした1時間は除くため)が時間外労働となるわけだ。
 変形期間全体の労働時間だけを計算して、法定労働時間の総枠に収まれば時間外労働が発生しないというわけではないことに留意する必要がある。
 今回は1ヶ月単位の変形労働時間制について、基本的な事項を整理した。次の機会には、実務で迷いそうな応用事項を検討するつもりである。

(2011年7月4日)

 
 
1ヶ月変形労働時間制に関する事例 Column No.40


 今回は1ヶ月単位の変形労働時間制の応用編として、3つの事例を考えてみたい。いずれも実際に運用している際に遭遇しがちなケースだと思うので、実務に活かしていただければ幸いである。

●事例1
 1ヶ月単位の変形労働時間制は、1ヶ月以内の変形期間を定めることになるが、多くの場合は1ヶ月単位で用いられている。このとき、1週間は、特に定めのない限りは歴週(=日曜日から)で考えるので、月初や月末に7日に満たない週が発生する。たとえば、6月1日が水曜日だとすると、第1週に4日間(水~土曜日)、第5週に5日間(日~木曜日)の端数日が生じる。
 S社では、6月(1日~30日)に1ヶ月単位の変形労働時間制を取った。最後の週は、下記のように9時間労働としており、実際に9時間労働をさせた。7月1日は、通常の労働時間制に戻るため、法定の8時間労働をさせた。このとき当該週の労働時間はどのように考えるのだろうか?

6月
26日


27日


28日


29日


30日

7月
1日


2日

休日

9H

9H

9H

9H

8H

休日


<考え方>
A.週44時間労働となっており、週40時間超なので、金曜日の4時間について時間外労働割増が必要となる。
B.木曜日までの労働時間と金曜日からの労働時間は区別され、当該週に時間外労働は発生しない。

 正解はBである。変形労働時間制における労働時間は、変形期間の範囲内だけで把握する。なお、端数が生じたときの週の法定労働時間は、40×(端日数÷7)で計算する。7月1日・2日の週は、40×(2÷7)=11.4時間となり、仮に2日(土)に4時間労働させたとすると、1日(金)と合わせて週12時間の労働となるため0.6時間の時間外労働が発生することになる。

●事例2
 T社では1ヶ月単位の変形労働時間制のもと、ある週の労働時間を下記のように定めている。このとき、月曜日を振替休日とし、その代わりに日曜日に10時間の労働をさせることは可能だろうか?

休日

10H

7H

7H

7H

10H

休日


<考え方>
A.振替を行うことはできる。水曜日の10時間はそのまま振り替えられるため、日曜日に10時間労働させても時間外割増は必要ない。
B.振替を行うことはできる。ただし、日曜日に10時間労働させた場合には、2時間の時間外割増が必要となる。
C.1ヶ月単位の変形労働時間制の下では、振替休日はできない。

 正解はBである。1ヶ月単位の変形労働時間制でも振替休日はできるが、1日8時間、1週40時間を超える所定労働時間が設定されていない日または週に1日8時間、1週40時間を超えて労働させる場合は、時間外労働となる。この事例では、日曜日の8時間を超える2時間は時間外労働である。

●事例3
 U社では、6月(1日~30日)に1ヶ月単位の変形労働時間制を採用した。U社の賃金締切日は毎月25日で、当月の末日に支払っている。このとき、26日以降に発生する割増賃金や、変形期間が終了した後でないと確定できない割増賃金の支払いはどうすればよいか?

<考え方>
A.賃金締切日までに確定したものは当月に支払い、未確定のものは翌月払いとする。
B.変形期間中の割増賃金は、賃金締切日までに確定したものを含め、すべて確定させてから翌月払いとする。
C.ABのような取り扱いはできないため、賃金計算期間と変形労働時間の期間を合わせる必要がある。

 正解はAである。変形期間の途中に賃金締切日が来た場合は、その締切日までに確定しているものは当該月の支払日に支払う必要があるが、その締切日までに確定していないものは、当該月に支払わなくてもかまわない。

(2011年7月19日)

 
 
1年単位の変形労働時間制のポイント① Column No.41


 1年単位の変形労働時間制は、「1ヶ月を超え1年以内の対象期間を平均し、1週間当たりの労働時間が40時間を超えない範囲内において、特定の日または週に1日8時間または1週40時間を超えて労働させることができる制度」である(労働基準法32条の4)。
 変形労働時間制の中で最も採用割合が高く、厚労省の調査では35%にも昇る(因みに1ヶ月単位は15%程度)。
季節による繁閑に対応する制度として結構なニーズがあるということだ。ただ、変形期間が長いことから規制も複雑で、現場でもわかりづらいという声をよく聞く。
 そこで本コラムにおいて、この1年単位変形導入にあたってのポイントをまとめてみる。ポイントを押さえておけば、それほど難解な制度ではない。

 ポイントは大きく分けると、①労使協定の締結事項、②運用にあたっての制限事項、③時間外労働の算定に関する留意事項の3つである。
 今回はまず①について整理していく。
 1年単位変形の採用にあたっては労使協定を締結し、労基署に届け出なければならない。労使協定以外に就業規則によることもできる1ヶ月変形との違いの1つである。
 労使協定の締結事項は次の5項目である。
 ア.対象労働者の範囲
 イ.対象期間
 ウ.特定期間
 エ.労働日および労働日ごとの労働時間
 オ.協定の有効期間
 それぞれ留意点を確認しておこう。
 アの対象労働者の範囲は、できる限り明確に定める必要があるが、業務名など対象とする部署を特定できればOKである。全社員を対象とするならその旨でよい。
 イの対象期間は、1ヶ月超1年以内となるが、3ヶ月以内に収めるかどうかが1つの目安である。後に述べるように3ヶ月を超えると規制が厳しくなるからだ。 
 ウの特定期間とは、対象期間中に特に業務が繁忙な期間をいう。これを定めることで、原則として6日しか連続させられない労働日を12日まで連続させられる。特定期間は対象期間中に複数設けてもよい。ただし、特定期間は対象期間中の特に業務が繁忙な期間であることから、対象期間の相当部分を特定期間として定めるような労使協定は、法の趣旨に反することになるのでNGだ。また、対象期間中に特定期間を変更することはできない。
 なお、特定期間は必要がなければ設けなくてよいが、その場合にも労使協定において「特定期間を定めない」旨定めることが必要である。特定期間について何ら定めがない協定は、「特定期間を定めない」ものとみなされる。
 エは、労働日と労働時間の特定である。対象期間が最長1年と長期にわたるため、そのような特定は困難だし、特定しても変更もありうるというのが企業の本音だろう。
 これに対する行政の見解は、「たとえば貸切観光バス等のように、業務の性質上1日8時間、週40時間を超えて労働させる日または週の労働時間をあらかじめ定めておくことが困難な業務または労使協定で定めた時間が業務の都合によって変更されることが通常行われるような業務については、1年単位の変形労働時間制を適用する余地はない(平6.1.4基発1号)」とそっけない。
 ただ、対象期間の全部について、労働日と労働日ごとの労働時間を特定しなくても、1か月以上の期間ごとに区分を設けることで、最初の区分以外は、労働日数と総労働時間を定めておけばよいと、企業の実情にも配慮を示している。この場合、各期間の初日の30日前までには、具体的な労働日と労働日ごとの労働時間を定めて通知する必要がある。
 また、労基法では、就業規則で始業及び終業の時刻並びに休日を定めることと規定しているので、1年単位変形を採用する場合にも、就業規則において、対象期間における各日の始業及び終業の時刻並びに休日を定める必要がある。
 ただし、1ヶ月以上の期間ごとに区分を設けて労働日および労働日ごとの労働時間を特定することとしている場合は、勤務の種類ごとの始業・終業時刻および休日並びに当該勤務の組合せについての考え方、勤務割表の作成手続およびその周知方法等を就業規則に定め、これにしたがって、各日ごとの勤務割を、最初の期間におけるものは当該期間の開始前までに、最初の期間以外の各期間におけるものは当該各期間の初日の30日前までに、それぞれ具体的に定めることで足りるとしている。
 オについては、1年変形制は長期にわたる協定となる可能性があり、不適切な変形制が運用されることを防ぐため、期間は1年程度とすることが望ましいが、3年程度以内のものであれば労基署も受理はする。

 次回は、②運用にあたっての制限事項と③時間外労働の算定に関する留意事項について整理を進める。

(2011年8月1日)

 
 
1年単位の変形労働時間制のポイント② Column No.42


 前回(No.41)に続いて1年単位の変形労働時間制のポイントをまとめてみる。1年単位変形のポイントは大きく3つあり、前回はそのうちの①労使協定の締結事項について説明をした。今回は、②運用にあたっての制限事項、③時間外労働の算定に関する留意事項について整理をする。

 運用にあたっての制限事項の主な内容は次の4つである。
ア.1日・1週の労働時間の上限があること
 1日10時間、1週52時間の上限が定められている。

イ.連続労働日数の上限があること
 原則として6日である。したがって、1年単位変形の下では4週4休という変形休日制は利用できない。

 なお、特定期間(対象期間中に特に業務が繁忙な期間)は1週間に1日の休日が確保できる日数とされている。つまり、週の初日と翌週の末日に休日をもってくれば、連続12日の労働も可能となる。
ウ.週48時間超労働の制限があること
 対象期間が3ヶ月超のときには、

a.労働時間が48時間超52時間以内の週が4週連続しないこと
b.労働時間が48時間超52時間以内の週が3ヶ月以内に4週以上ないこと
 という制限がある。ここでいう週とは歴週ではなく、対象期間の初日の曜日を起算日とする7日間である。bの場合に、3ヶ月目の最後の週が4ヶ月目にかけて48時間を超えているときは、その週の初日が属する3ヶ月で、4週以上あるかどうかを判断する。
エ.年間労働日数の制限があること
 対象期間が3ヶ月超のときには、年間労働日数を280日以内としなければならない。

 具体的な労働日数の計算は、280×対象期間の歴日数÷365(端数切捨て)で行う。この年間労働日数や計算方法はうるう年であっても変わりはない。
 ところで、労基署への協定届では旧協定についての記載を求めている。その趣旨は、簡単にいえば、旧協定と比べて不利益変更となっていないかの確認である。
 旧協定とは、新協定の対象期間の初日の前1年以内の日を含む3ヶ月を超える期間を対象期間として定める1年変形の協定である。
 新たな協定の対象期間が3ヶ月超で、旧協定がある場合には、新協定において、
 a.1日の労働時間のうち最も長いものが旧協定のものもしくは9時間のいずれか長い時間を超えるか、
 b.1週間の労働時間のうち最も長いものが旧協定のものもしくは48時間のいずれか長い時間を超えるときは、
 旧協定の労働日数よりも1日減らすか280日のいずれか少ない日にしなければならない。
 たとえば、1日または1週の労働時間をabのように設定するときには、旧協定が283日であれば280日に、278日であれば277日にする必要があるということだ。

 3つ目のポイントとして、時間外労働の算定に関する留意事項をみていこう。
 時間外労働の算定については、1ヶ月単位の変形労働時間制と同様に、①1日について、②1週間について、③対象期間についてという3段階で行う。③の対象期間の法定労働時間の総枠は、40時間×対象期間の日数÷7で計算をする。
 ところで、1年単位変形の場合は対象期間が長いことから、途中で社員が異動したり、入退職したりすることが考えられる。このとき、たまたま所定労働時間が長い期間に勤務した者は不利益を被ることになるので、その調整が必要となる。
 具体的には、当該労働者の実労働時間から時間外労働として清算済みの時間を引いた時間と、当該労働者が勤務した期間の法定労働時間の総枠とを比較し、総枠を超えている時間について割増賃金を支払うことになる。
 事例で見てみよう。
 ・4月1日から翌年3月31日までの1年単位変形で、6月30日にA社員が退職した。
 ・A社員の3ヵ月間の実労働時間は600時間で、うち15時間分は時間外割増を支給済みである。
 ⇒A社員には、(600-15)-40×(30+31+30)÷7=65時間分の割増手当を支給すればよい。
 なお、上記が適用されるのは、職場の所属の変更があったときである。職場に在籍したまま、たとえば育児休業や産前産後休暇の取得等により労働せず、実際の労働期間が対象期間よりも短かった場合には適用されない。
 また、逆のケースで、所定労働時間が短い期間のみに勤務した社員の賃金を減額することは認められない。

 以上、2回にわたって1年単位変形のポイントをまとめてみた。1ヶ月変形よりも規制が多いのは確かだが、要所を押さえておけば、それほど複雑でないことも確認できたと思う。

(2011年8月8日)

 
 
途中休業したパートタイマーの休業手当 Column No.43


 パートタイマーを雇用している会社では、「今日はヒマなのでもう帰っていいよ」と、パート社員に所定の終業時間よりも早く帰ってもらうことがある。もちろん働いていない分の時給は支給しない。会社としては、やることもそんなにないし、時給分だけ人件費が浮くという考えである。
 当然のように行っている会社もあり、気持ちもよくわかるが、これは労基法26条の「休業手当」に違反するケースがある。すなわち、「使用者の責に帰すべき事由による休業の場合においては、平均賃金の6割以上の手当を支払わなければならない」からである。
 やることがないというのは、明らかに「使用者の責に帰すべき事由」である。休業手当を払うのがイヤなら、使用者はやるべき仕事を用意しなさいということだ。
 ところで、この休業手当、丸一日休業したのなら平均賃金の6割以上を支払えばよいのだが、一日の途中で休業した場合にはいくら支払えばよいのだろうか?

 具体的な事例で考えてみよう。
 製造業A社で、ある朝、B社から納めてもらっている部品に不良があることが見つかった。納品元のB社へ連絡したところ在庫はなく、急いでも明朝になるとのことである。
 製造に従事するパート社員には、他の仕事の手伝いや倉庫の整理などをやってもらったが、午前中にはそれも終わり、やむを得ず、午後は休業とし、帰ってもらうことにした。なお、このような部品不良のケースは、自社に直接の責任はなくても「使用者の責に帰すべき事由」となる。
 A社のパートタイマーは、朝の9時から昼に1時間の休憩を挟んで17時までの勤務である。時給は1,000円で、平均賃金は7,000円である。
 このときの休業手当の支給額として妥当なものはどれだろうか?

①休業手当は、1日全部の休業、あるいは一部の休業にかかわらず、平均賃金の6割以上である。したがって、このケースの休業手当は、7,000円の6割の4,200円である。
②休業することになった午後の勤務時間は4時間であり、本来であれば、この分(4時間×1,000円=4,000円)もらえたはずだから、その6割の2,400円を支給すればよい。
③平均賃金の6割の4,200円が保障すべき休業手当となるが、午前中の勤務分で3,000円を支給するので、休業手当としては、差額の4,200円-3,000円=1,200円を支給すればよい。

 正解は③である。休業手当の趣旨は労働者の生活保護にあるので、1日にもらうべき額の6割以上というのが基本的な考え方になる。
 したがって、A社の事例の場合、午後に1,200円分の労働(時間にすると1時間12分)をしてもらった上で終業させても、会社としての負担は同じとなる。
 見方を変えると、賃金の6割分を働いているのなら、休業手当を支給せずに帰ってもらうことも可能ということだ。仕事もないのにだらだらと過ごして、ムダな人件費を払うよりは、そのような判断もすべきだろう。
 ただし、これを頻繁にやると、パート社員も働きづらいし、給与計算等の管理の手間も余分にかかる。そもそも一定時間まで働くことを約定した労働契約に違反することになる。あくまで臨時的な手と心得るべきである。
 どうしても頻繁にやらざるを得ないというのであれば、たとえば②で計算した額を補償として支給するなど、パート社員のモラールを考慮した措置も考えるべきだろう。

(2011年8月29日)

 
 
派遣法改正はどうなったのか? Column No.44


 登録型派遣や製造業派遣の原則禁止などを目玉とする労働者派遣法案が、厚生労働省の労働政策審議会から答申されたのは2009年12月である。
 改正内容はその他にも、日雇い派遣(2ヶ月以内の短期派遣)の原則禁止、法違反企業に対するみなし雇用制度の義務化などで、これまで緩和を続けてきた規制を一転して強化するものであった。派遣労働者を活用する企業にも、当の派遣労働者にも、良くも悪くも大きなインパクトを与える内容である。
 格差社会やワーキングプアが問題視され、その象徴として「派遣切り」が注目を集めていたこともあって、当時はそれなりに話題となった。政権交代を果たした民主党がマニフェストの1つに掲げていた政策でもある。
 この改正案は、2010年1月から開かれた第174回通常国会に提出された。野党となった自民・公明や経済界の反対は強かったが、政権交代の勢いのまますんなりと成立するかに思われた。派遣労働者への依存度の大きな会社では、対応に向けてかなり本気で心配したものである。
 ところが、普天間基地移設問題や小沢元代表のカネの問題などで審議が混乱・停滞し、改正法案は先送りとなってしまった。この間、改正に特に熱心だった社民党が連立政権を離脱したことも影響があるだろう。
 閉会後の2010年7月に行われた参院選挙では民主党が大敗し、与党は過半数割れとなった。参院選挙後の第175回臨時国会、さらには10月からの第176回臨時国会でも審議は続いたが、ねじれ国会の下では法案成立の目途が立たず、またもや見送りとなった。
 そして2011年1月からの第177回通常国会だが、東日本大震災・原発事故とその対応で、派遣法改正どころではなくなった。震災関連の重要法案の陰で細々と審議は続けられていた模様だが、予想通り、日の目を見ることはなかった。もはや派遣法改正など審議のテーブルの隅っこに追いやられてしまったというのが実情だろう。
 法案自体は廃案ではなく、今後も継続審議扱いとなっており、9月からの臨時国会で5度目の上程となる見込みだ。

 さて、今般の首相交代で派遣法改正がどうなるかだが、見透しは全く不透明といえる。
 震災復興や原発処理、TPP、財政改革といった主要テーマからすれば、派遣法の優先順位は限りなく低い。
 党の中では保守志向が強く、財界とも良好な関係を築く野田新首相が、今の時点で派遣法改正に力を注ぐとも思えない。
 ただ、担当大臣となる小宮山厚労大臣の就任会見では、被災者の生活支援や年金・医療問題に続いて雇用問題を大きな課題として掲げ、その取り組みの1つに派遣法改正があることを明言した。
 また、新政権では、これまで冷遇されてきた小沢グループなど民主党の中でも比較的「大きな政府」志向がある議員らが、挙党態勢の下で力を発揮できるようになることも考えられ、派遣法改正が日の目を見る可能性がないとはいえない。
 言えるのは、ねじれ国会で、なおかつ衆院での再可決も期待できない状況では、現状の改正案での成立は無理ということだ。特に、影響が大きい登録型派遣と製造業派遣の禁止は難しいだろう。震災や円高に多くの企業が苦しむ中、これらの実施は負担が大きすぎると考えるのが普通である。
 その他の事項も、改正案よりは規制を緩められる形になるのは確実と思う。せいぜい現案で生き残るのは、弊害が大きいとされ、政権交代前から改正が検討されていた日雇い派遣の禁止くらいか。
 まあ、これは成立するとすればの話であり、実際はさらなる先送りの後に、やがては廃案となり、幻の法案として消え去る可能性が一番高いと思うが。

(2011年9月4日)

 
 
天災事変による派遣社員の休業 Column No.45


 使用者の責に帰すべき事由による休業の場合、労働者に休業手当を支払わなければならない(労働基準法26条)。ただし、天災事変等の不可抗力の場合、支給を免ぜられることは、当コラムでも何度か触れた。
 これは、派遣労働者であっても当然に適用されるルールであるが、派遣社員の場合は派遣先と派遣元との関係があるので少しやっかいだ。
 今回は、天災事変等のやむを得ない事由で派遣社員を休業させた場合の対応の仕方を整理してみよう。具体例で考えてみる。

 製造業A社は、先の台風で工場が浸水し、2日間操業できなくなってしまった。
 その間、派遣社員には休業してもらったのだが、派遣料金の支払いについて、不就労の分をカットしてよいのだろうか? なお、A社は復旧作業に忙殺されていたこともあって、休業させたことについて派遣元への連絡を忘れてしまっていた。


 まず、押さえておきたいのは、休業手当の支払い基準となる「使用者の責に帰すべき事由」にあたるかどうかの判断は、派遣元についてなされることである。
 事例の場合、派遣先が不可抗力による休業であることは明らかだが、だからといって、派遣元も不可抗力による休業になるとは必ずしもいえないのだ。なぜなら、派遣元には他の就業先を確保するなどの対応も残されているからである。
 したがって、派遣先は派遣社員の休業を決定した時点で、派遣元にその旨を連絡し、就業先の確保等の対応をしてもらうのが原則となる。その意味で、結果的に連絡を怠ってしまったA社の対応はまずい。
 しかし、実際には、天災事変は緊急の場合が多いため、連絡が取れない場合もあるだろうし、A社のように混乱の中で失念しまうこともあるだろう。また、事例のような短期の休業期間では、連絡が取れたとしても、実際のところ他の就業先を見つけるのはかなり困難だろう。
 よって、事例のようなケースでは、派遣元についても「使用者の責に帰すべき事由」にはあたらないと考えられる。

 以上より、事例の休業分については派遣料はカットしても差支えないし、特に労使間の決まりのない限りは、派遣元もその分賃金を減額するのもやむを得ないといえる。
 ただ、派遣先としてはどのような緊急事態であろうと、休業させる前に派遣元に対して、「○○の事由でやむを得ず休業させること、派遣料金の支払いはカットすること」の2点を伝えておくべきだろう。
 また、派遣社員の誤解やトラブルを避けるためにも、派遣元から(場合によっては派遣先から)、無給となることをしっかりと説明をしておくことも大切である。
 
(2011年10月3日)

 
 
セクハラ・パワハラのリスク Column No.46


 人事労務コンプライアンスの中でも、セクシャルハラスメントとパワーハラスメントのリスクは様々な面で大きい。
 まず、社内的には、被害者社員のモチベーションの低下や生産性の低下が発生する。そしてこれは被害者だけでなく、周囲の社員のモラールにも少なからぬ影響を及ぼす。
 次に、訴訟が起こされ、社名やハラスメントの中身が対外的に公表されれば、会社は大きなイメージダウンを受ける。取引先の信用も低下するし、収益にも悪影響が出るのは間違いない。特に、消費財メーカーや流通業などではダメージは大きいだろう。
 このような観点からも、企業としてセクハラ・パワハラは絶対に起こしてはならないのだが、リスクをゼロにするのは非常に困難である。
 それは、セクハラ・パワハラには次の3つ特徴があるからだ。

 1つ目は、セクハラ・パワハラ行為は個人の資質に起因するケースが多く、どのような組織にも発生しうる点である。
サービス残業や過労死、労災などの問題は、会社が制度やしくみを整えることで、かなりの程度防止ができる。もちろん、セクハラ・パワハラも啓発や指導によってある程度の防止はできるのだが、結局のところは個人任せの面が大きい。そのため、コンプライアンス重視を謳い、懸命に努力している会社であっても、セクハラ・パワハラ起こりうるのである。
 2つ目は、問題が顕在化しにくい点である。これには2つの理由があり、1つは被害者をはじめ、社員1人ひとりの受け止め方が異なることから、どこまでが許容範囲でどこからが違反行為かの線引きが難しいためである。もう1つは、特に上司と部下間など、パワーに差がある場合に、下位の者が我慢をしてなかなか被害を表に出さないためである。
 3つ目は、顕在化しにくい反面、発覚したときには大きな問題となることが多いという点である。セクハラ・パワハラは、コンプライアンス違反の中でも、その態様がわかりやすいこともあって、マスコミや一般消費者の興味を引きやすく、印象にも残りやすい。たった1人の不心得者のせいで、「○○社といえばセクハラ(パワハラ)」というレッテルを貼られてしまうのだ。

 セクハラの法的責任は、加害者に刑事・民事上の責任が生じるのはもちろん、会社や使用者にも民事上の責任が発生する場合がある。
  「事業主は、(セクハラにより)労働者の就業環境が害されることのないよう、(中略))雇用管理上必要な措置を講じなければならない(均等法第11条)」ため、これに違反した場合には不法行為が成立するからである。
 このとき、セクハラが取引先や顧客など、会社外の人間によって行われた場合でも、被害者がセクハラを受けていることを知っているか知りうる場合には、会社は責任を負う必要がある。
 責任が認められれば、損害賠償責任も出てくる。賠償額は、これまでの裁判では100万円~1,000万円といったところで、数十億円の請求もあるアメリカに比べれば微々たるものだが、イメージ悪化による経済損失を考えれば金額の問題ではないといえる。
 一方、パワハラそのものに対する法規制はまだないが、民法の不法行為や刑法の名誉棄損、侮辱、暴行、傷害罪等で訴訟が起きている。
 こちらもセクハラと同様に、加害者だけでなく、会社や使用者も責任を求められる。退職強要に応じない社員に草むしり等の雑用しか与えなかった行為が、「労働者がその意に反して退職することがないように職場環境を整備する義務が使用者にはある」として慰謝料の支払いを認めたケースもある。

  セクハラ・パワハラを防ぐには、
 ①違反行為に対する社員の感度を高めること
 ②「芽」の段階で摘み取ること
 が重要となる
。この2つは、他のコンプライアンス違反防止にもいえるものなのだが、セクハラ・パワハラの場合は、上記の特徴から特に必要性が高いと思う。
 具体策としては、
①は研修活動や啓発活動などがあり、②は①に加えて情報収集や指導などがある。②では管理者の役割が重要となろう。
 コンプライアンス部門や人事部門などが主体となり、あるいは連携をし合って、発生リスクをゼロに近づける努力をしてほしい。

(2011年10月12日)

 
 
諭旨解雇の規定の仕方 Column No.47


 解雇とは、労働者との労働契約を契約期間中に使用者が一方的に解除することで、種類としては、普通解雇、諭旨解雇、懲戒解雇、整理解雇の4つがある。
 このうち諭旨解雇というのは、本来は懲戒解雇だが、情状酌量により退職扱いにするというものであり、正確には解雇といえない面がある。
 就業規則の中の懲戒の1項目として、ほとんどの企業が諭旨解雇を定めていると思うが、実際に諭旨解雇となるような事例はめったにないだけに、いざ諭旨解雇を適用するとなると、その対応の仕方に困ることもある。特に、諭旨解雇についてあいまいな規定をしていると、
 ア.解雇なのか依願退職なのか
 イ.解雇予告は必要なのか
 ウ.離職票の離職理由はどうするのか
 エ.退職金の減額支給はできるのか
 などの点がよくわからないといった事態が起きる。

 そのような事態を避けるためにも、まずは自社の就業規則で諭旨解雇がどのように規定されているかを確認しておくことが大切だ。
 ポイントは次の3点である。この3つの内容が明記されていれば、特に問題は生じないと考えられる(もちろん、前提として、どのようなときに懲戒解雇・諭旨解雇となるかをはっきりさせておく必要がある)。
 ①懲戒解雇相当の事由がある場合で、本人に反省が認められるなど情状酌量の余地があるときは、退職届を提出するように勧告する。
 ②勧告に従わないときは懲戒解雇とする。
 ③諭旨解雇となる者には、状況を勘案して退職金の一部を支給しないことがある。
 この3要件により、先のア~エの疑問も解消する。すなわち、
 ア.退職届を提出すれば依願退職扱いとなり、提出しなければ解雇扱いとなる
 イ.依願退職扱いであれば解雇予告そのものが不必要となり、解雇扱いであれば懲戒解雇となるので解雇予告は不要となる(但し、行政官庁の認定が必要)
 ウ.退職届を提出すれば「労働者の個人的な事情による離職」となり、提出しなければ「労働者の責に帰すべき重大な理由による解雇」となる
 エ.退職金の減額支給もできる。懲戒解雇の場合は、その規定に従うことになる
 という具合である。

 企業の中には、懲罰により労働契約を終了させるケースを、諭旨退職、諭旨解雇、懲戒解雇の3段階に分けているところもあるようだ。
 つまり、上に述べた諭旨解雇を、退職届の提出があった場合(=諭旨退職)と提出がなかった場合(=諭旨解雇)とに分けているのだ。後者はいわば、広義の諭旨解雇に対する狭義の諭旨解雇ということになる。
 この狭義の諭旨解雇は、懲戒解雇とは別ものになる。それぞれについて、定義、退職金や解雇予告の有無などをきちんと整理していればよいが、整理できていなければ、実際に適用するときに混乱が生じる。
 このようなケースもあるため、②において単に「解雇する」だけでは、諭旨解雇なのか懲戒解雇なのか不明確となるおそれがある。「懲戒解雇とする」と明記することで、混乱が避けられるのである。
 なお、③については、就業規則ではなく賃金規定や退職金規定で定めていても、もちろん構わない。

 上記の①~③は、このようにしなければならないというものではなく、「こうすればスッキリします」というサンプルのようなものだ。
 実際にこれと違う規定の仕方をし、適切に運用しているのであれば、それはそれでOKである。
 但し、規定の仕方があいまいであったり、整合性がとれていなかったりして、結果的に不適切な運用となっている、あるいはそのおそれがあるのなら、この機会にぜひ見直しを行ってほしい。

(2011年10月17日)

 
 
傷病手当金支給中の社会保険料負担 Column No.48


 社員が私傷病で療養するとき、健康保険から傷病手当金が支給される。
 私傷病による休業の場合、社員は無給となることが多いが、無給であっても社会保険料や住民税は払い続けなければならない。負担が必要なのは、健康保険(介護保険)、厚生年金保険、厚生年金基金、雇用保険、住民税といったところで、結構な額になるはずだ。
 この場合、社員負担分をどうやって徴収するか?
 1~2ヶ月で復帰することが明らかであれば、いったん立て替えておいて復帰後に徴収するということもできるが、療養が長期におよびそうな場合や、復帰にめどが立たない場合は問題となる。
 まず思いつくのは、傷病手当金からの天引きで、この方法をとっている企業は結構存在する。
 傷病手当金は原則として社員に直接支給されるが、申請時に社員が会社を受取代理人に指定すれば、会社が受領することも可能となる。
 また、傷病手当金は労働基準法法上の賃金ではないので、「全額払いの原則」に抵触することはない。
 これを見ると傷病手当金から控除してもよさそうだが、一方で、
健康保険法167条および厚生年金保険法84条では、報酬・賞与から保険料を源泉控除できるとしており、傷病手当金からは控除できないとも解される。
 また、同法61条および41条に「保険給付を受ける権利は、譲り渡し、担保に供し、又は差し押さえることができない」という受給権保護の規定があり、その趣旨からも好ましくない。
 行政で配布している「算定基礎届・月額変更届の記載の手引き」にも、同様の理由で認めないことを明記していることから、傷病手当金からの控除は避けるべきだろう。
 となると、少し面倒だが、いったん社員に支給された傷病手当金から、社員負担分を支払ってもらうというのが最善策となる。社員にその旨を話し、毎月請求書を送付するといった対応が必要となろう。

 ところで、高額の医療費負担などで社員にその余裕がないというケースも想定される。そのような社員から、無理に徴収するというのもなかなかできないことだ。
 そのような場合、賞与や退職金の支給が見込めるのであれば、会社が立て替えておいて、支給時に支払ってもらうことも考えざるを得ないだろう。
 賞与・退職金も就業規則に定められていれば賃金となるので、支給時に会社から一方的に天引きすることはできないが、社員の合意があれば問題はない。
 判例でも、労働者が自由な意思に基づいて使用者が労働者に対して有する債権と労働者の賃金債権とを相殺することに同意した場合には、全額払いの原則に反するものではないことを認めている(日新製鋼事件.最二小判平成2.11.26)。
 ただし、口約束だけでは心もとないので、自由意思に基づくことが明らかとなるよう、念書や合意書等を作成しておく必要がある。
 社員の様子から毎月の請求が困難な状況であれば、そういった書類手続きを進めておくべきである。

 療養が長引く社員からすると、少しでも社会保険料負担を減らしたいという思いは当然に抱くだろう。育児休業のように、療養中の社会保険料負担をゼロにできないかであるが、残念ながらそういった仕組みはない。
 唯一とり得る手段としては退職ということになる。傷病手当金は退職をしても同額での支給が継続するので、受給面では問題ない。ただ、新たに国民健康保険と国民年金の保険料負担が発生し、こちらは全額自己負担となるため、かえって高額となってしまう可能性が高い。
 社員からすると、復帰の目途が全く立たず、退職金が早くほしい場合などに考えられる選択肢ではあるが、会社としては、こういった点も説明すべきだろう。

(2011年11月28日)

 
 
定年年齢の引き下げは可能か Column No.49


 高年齢者雇用安定法の改正により、65歳までの雇用延長が企業に義務づけられたのは5年前の2006年4月である。
 大半の企業は、再雇用制あるいは勤務延長制という形でソフトランディングを図ったが、中にはこの際とばかり定年を一気に65歳に引き上げたところもある。平成23年厚労省「就労条件総合調査」によれば、一律定年制を定めている企業のうち、65歳以上定年制を実施している企業は14%である。
 ところが、引き上げてはみたもののさまざまな問題も生じてきて、定年を60歳に戻したいと考える企業も出てきた。時代の針を進めすぎてしまったのだ。
 問題というのは、この5年間で急速に景気が悪化したことを背景に、予想以上に人件費負担が重荷になっていることや、高年齢労働者が情報化をはじめとするめまぐるしい環境変化についていけないことなどである。
 今回は、いったん引き上げた定年年齢を引き下げることは可能かを考えてみる。

 定年の定めは、労働条件の1つとして労働契約で定めるべきことである。
 労働契約法第8条により、労働者と使用者は合意によって労働条件を変更することができるが、合意によれば何でも変更可能というわけではなく、就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は認められない(同法第12条)。
 定年の定めは就業規則の記載事項なので、結局のところこれを変えるには就業規則の変更が必要となる。ところで、労働者に不利益となるような就業規則の変更は原則としてできず、変更のためには、就業規則の変更が合理的でなければならない。合理性の判断は、
 ①労働者の受ける不利益の程度
 ②労働条件の変更の必要性
 ③変更後の内容の相当性
 ④労働組合等との交渉の状況
 ⑤その他就業規則の変更に係る事情を照らして
 行われる(同法第9・10条)。定年年齢の引き下げは不利益変更と解されるので、この①~⑤を勘案したうえで合理的であることが求められる。

 また、定年年齢引き下げについて、同様の視点を示した判例もある(正確には、これら判例の積み重ねを受けて労働契約法が制定された)。
 これは、63歳定年制を60歳に引き下げ、昇給を58歳で停止するという就業規則の変更を、合理性がなく無効としたものである(1995.7.12大阪地堺支大阪府コロニー事業団事件)。
 判例の要旨は、以下の①~④のとおりだ。
 ①変更は就業規則の不利益変更であることが明らかである。
 ②就業規則の変更によって、労働者の既得権を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課すことは原則的に許されないと解すべきである。
 ③しかし、労働条件の統一的・画一的な決定をする就業規則の性質から、当該変更が合理的なものである限り、個々の労働者がその適用を拒否するのは許されない。
 ④合理性については、
  ア.変更の必要性の程度
  イ.労働者の不利益の程度
  ウ.労働組合との交渉経過
  エ.関連業界の取り扱い
  オ.社会的動き
 等を総合勘案する必要がある。
 つまり、変更の必要性と内容から見て、それにより労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお規則として是認できるだけの合理性を有することが必要というわけである。
 さらに、この判例では、「特に、賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の変更は、高度の必要性に基づいた合理的な内容が必要である」ことも示している。
 定年年齢の引き下げは、賃金・退職金など労働者の生活設計に大きく関わってくる事項であることから、「高度の合理性」が求められるのは明らかである。

このように労働契約法や判例を踏まえると、引き下げは可能であるが容易ではない。また、将来を見据えて一度は前進させた制度を逆行させるのも、よいイメージではない。
 60歳定年にどうしてもせざるを得ない事情がある場合以外は、65歳定年制は残したまま、早期退職者に賃金・退職金等で優遇する選択定年制を設けるなどの方法をとるのが適切かもしれない。

(2011年12月12日)

 
 
休日の移動時間の取扱い Column No.50


 新幹線の整備や航空網の発達で、出張は日帰りが随分増えたが、まだまだ宿泊が必要なケースも多い。
 遠方への出張のために前日あるいは当日の宿泊が必要となり、日曜日等の休日に移動せざるを得ない場合、この移動時間は休日労働となるのかという質問をたまに受ける。
 先に答えを言えば、移動中に社員が自由に過ごせるのであれば休日労働には当たらない。したがって、休日労働手当も必要ないし、振替休日や代休も考えなくてよい。
 行政通達でも、「出張中の休日はその日に旅行する等の場合であっても、旅行中における物品の監視等別段の指示がある場合の外は休日労働として取扱わなくても差支えない(昭和23年3月17日基発461、昭和33年2月13日基発90号)」と明確に示されている。
 もっとも、判例の中には、 出張の際の移動時間を出張先での職務に当然付随するものとして労働時間であると判断するものがある (「島根県教組事件」松江地裁・昭和46年4月10 日)。 ただしこれは、修学旅行への同行というやや特殊なケースでもあり、他の多くの判例では労働時間には該当しないと解している。
 学説でも「手待ち時間」とみなすのが妥当との見解が一部にあるものの、労働時間ではないとするのが通説である。
 出張先へ赴いたり、出張先から帰ったりするのは業務に不可欠であるが、何らかの業務命令がない限りは業務に従事しているわけではないので、労働時間とはならないという解釈で一般的にはOKである。
 その意味で、出張のための移動は通勤時間と同じといえる。ただし、出張先への移動や帰途の際の事故は、通勤災害ではなく業務災害となるのでその点は注意しておきたい。

 社員の立場からすると、休日は本来自分の好きなように過ごせるはずなのに、という不満もあるだろう。
 これに対して、多くの企業では出張手当を支給していると思うので、それで納得をしてもらうというのも1つの手だが、やはり、休日の移動はなるべく生じないように配慮するのが適切だろう。頻繁に発生する場合や移動に長時間が必要な場合は、特に留意をしたい。休日の移動には出張手当の割増をするなどの方策も検討すべきだろう。

 なお、上記の通達における「物品の監視等」とは、重要書類や現金・手形・貴金属等の貴重品など、管理に相応の注意が求められるものの運搬だけでなく、商品等の運搬なども該当すると考えられる。そのような場合は移動そのものが業務になるため、当然、その時間は労働時間になるということである。
 「ついでにこのサンプルを持って行ってよ」などと依頼すると、業務になるケースも出てくるので注意が必要である。

(2011年12月27日)