人事制度ミニコラム2のカテゴリー別分類
 
 人事制度全般
 契約社員の無期限雇用化について
 多様な正社員に関する報告書~その1
 多様な正社員に関する報告書~その2
 多様な正社員に関する報告書~その3
 定着支援の重要性~定着率が低いことによるコスト
 人事制度構築の効果
 人事制度構築は橋づくり
 女性活躍のための5ポイント
 女性活躍推進の課題
 ホワイトカラー高齢社員活用の課題~その1
 ホワイトカラー高齢社員活用の課題~その2
 ホワイトカラー高齢社員活用の課題~その3
 人事の常識の逆転発想
 評価制度
 人事評価の弱点
 個人評価と企業業績との整合性
 評価制度構築にあたって検討すべきこと~その1
 評価制度構築にあたって検討すべきこと~その2
 評価制度構築にあたって検討すべきこと~その3
 評価制度構築にあたって検討すべきこと~その4
 目標管理制度構築にあたっての検討事項~その1
 目標管理制度構築にあたっての検討事項~その2
 評価制度と人材像
 目標管理におけるプロセス評価の問題点
 評価の公平性と納得性
 報酬管理
 日本版ESOPとは
 年俸制導入企業の減少
 配偶者手当の見直し
 賃金引上げ等の実態に関する調査について
 簡易に組織業績を報酬に反映させる方法~その1
 簡易に組織業績を報酬に反映させる方法~その2
 配偶者手当見直しに関する報告書
 退職金の類型
 能力開発管理
 人材育成会議のすすめ
 平成27年度「能力開発基本調査」について
 採用管理
 外国人を雇用するときの確認事項
 新卒者の選考にあたって重視する能力
 転職者の実態~厚生労働省の調査より
 人事組織
 課長の実態
 要員計画における要員分析の手法
 人事諸制度
 最近の目標管理のトレンド
 役割等級のデメリットと対応~その1
 役割等級のデメリットと対応~その2
 チャレンジ登用制度~その1
 チャレンジ登用制度~その2
 降格の是非
 インセンティブとしての永年勤続表彰
 2014年度「経団連福利厚生費調査結果」について
 役職任期制のメリットとデメリット
 専門職制度の留意点
 働く場所・時間を社員が自由に選べる制度

 
 外国人を雇用するときの確認事項 Column No.51

 建設業や外食産業などでは人手不足が顕著となり、外国人労働者の需要が高まっている。
 外国人の雇用にはさまざまな留意点があるが、ここでは、採用にあたってどのような確認が必要かを整理してみたい。
 ポイントは、在留資格上、仕事に従事することが認められるかどうかを確認することと、従事することが認められない者については採用してはならないことである。
 外国人労働者を雇用したときには、氏名や在留資格などについて雇用保険被保険者資格取得届または外国人雇用状況届出書をハローワークへ届け出ることが義務づけられており、この点からも資格の確認は必須となる。

 
では、どのように確認するかであるが、その前に在留資格について整理をしておこう。

 在留資格は次のような分類となる。なお、具体的な内容や要件は、厚生労働省の外国人雇用のルールについてのパンフレットP14~にて確認してほしい。

1.就労可能な在留資格
 投資・経営、研究、企業内転勤など14の資格が認められている。これらの外国人は、定められた資格の範囲で就労することができる。

2.就労に制限がない在留資格
 永住者、日本人の配偶者等、永住者の配偶者等、定住者が該当する。職種や就労条件等の制限はまったくない。
  
3.その他の在留資格
 技能実習、特定活動が該当する。それぞれ認められた範囲内での就労が可能となる。

4.就労活動が認められていない在留資格
 文化活動、短期滞在、留学、研修、家族滞在が該当する。これらは、原則として就労活動を行うことができない。就労が認められるためには、資格外活動許可の申請が必要となる。
 資格外活動は、入国管理局により、本来の在留資格の活動を阻害しない範囲内(1週間当たり28時間以内など)で、相当と認められる場合に報酬を受ける活動が許可される。留学生や家族滞在者などをアルバイトに雇うときなどは特に注意が必要である。

 続いて、確認事項である。確認が必要なのは次の7項目である。 

①氏名、②在留資格、③在留期間、④生年月日、⑤性別、⑥国籍・地域、⑦資格外活動許可の有無

 これらは基本的に、在留カード、外国人登録証明書、パスポートのいずれかで確認するが、以下の点に留意する必要がある。

・確認する際の基本は在留カード。在留カードを所持していない人は外国人登録証明書かパスポートで確認する。

・在留カードとは、2012年7月9日からの新在留管理制度の開始に伴い、中長期在留者に交付されるようになったものである。外国人登録制度が廃止されたが、中長期在留者が所持する「外国人登録証明書」は、一定の期間(遅くとも2015年7月まで)、在留カードと見なされるので、その人が引き続き外国人登録証明書を所有している場合は、外国人登録証明書等によって必要な届出事項を確認することになる。

・書類は必ず原本で確認する。原本の提示がなされないときは、雇用しないようにする。

・氏名は本名を確認する。外国人登録証明書の氏名欄には、姓、名、ミドルネームの順で記載されており、3つ目以降に記載されているものはすべてミドルネームである。

・在留資格をパスポートで確認するときは、上陸許可証印をチェックする。

・資格外活動許可の有無を在留カードで確認するときは、カードの裏面下部をチェックする。

・資格外活動許可の有無をパスポートで確認するときは、資格外活動許可証印をチェックする。

・資格外活動許可の有無は「資格外活動許可書」でも確認できる。

・住民票でも①~⑥は確認できるが、⑦資格外活動許可の有無は確認できないため、住民票による確認は避けたほうがよい。

・きちんと確認をせずに、就労制限のある者や不法滞在者を働かせた事業主は、不法就労助長罪(入管法第73条の2)として3年以下の懲役または300万円以下の罰金に処せられるなど、処罰を受けることもある。

・特別永住者(在日韓国・朝鮮人)の方々は、外国人雇用状況報告制度の対象外であり、確認・届出の必要はない。

・通常の注意力をもって当該者が外国人であると判断できない場合にまで確認を求めるものではない。

 
以上、外国人労働者を雇用する際の確認事項についてまとめてみた。現場で適切に対応できるようマニュアル化しておくのもよいと思う。

 なお、雇用管理全般の留意点については、「外国人労働者の雇用管理の改善等に関して事業主が適切に対処するための指針」があるので、こちらを参照してほしい。

(2014年5月26日)

 
 
 契約社員の無期限雇用化について Column No.52

 7月24日の日経新聞に、三菱東京UFJ銀行が契約社員の雇用を60歳まで保障するとの記事があった。制度は来年4月から実施するとのことである。
 2013年に施行された改正労働契約法により、5年超の有期契約社員が希望する場合は無期雇用に転換しなければならなくなるが、これが実際に効力を発揮する2018年を先取りする形となった。
 導入の理由は、改正労働契約法への対応以外に、雇用の安定によってモチベーションを高め、人材のつなぎ留めを図ろうとするものである。背景には、昨今の人手不足と今後の労働力人口減少があるとのことだ。

 
さて、この記事に関して、いくつか頭に浮かんだことがある。

 1つは、無期限雇用化後も「契約社員」にするという点である。
 一般に契約社員というのは、一定の雇用期間を定めた契約を結んだ社員なのだから、無期限雇用の契約社員というのはどうもしっくりしない。
 契約社員を無期限雇用とする動きは他企業でも見られる。スターバックス、ファーストリテイリング、全日空、日本郵政などである。 ただ、これらの企業は契約社員を正社員化するという点で三菱UFJと異なる。三菱UFJは、契約社員という雇用形態はそのままなのだ。
 三菱UFJとしては、今回見直すのは、基本的に雇用期限だけ(新たな休職制度などもあるようだが)で、賃金等の主要な労働条件に変更はないので、契約社員という言葉を存続させるのだろうか。ちなみに、ボーナスや退職金は今後も支給しないとのことで、人件費の増加はそれほど見込んでいないようである。
 この点、人件費増加を見込んだうえで、あえて正社員化を打ち出したスターバックスやユニクロ等とは違っている。まあ、対象者が1万人以上というから、安易な正社員化は無理があるし、正社員への転換ルートも別に制度化されているとのことなので、三菱UFJのやり方に問題があるとまでは言わないが。
 ともかく、そのようなわけで「契約社員」という呼び名は変えるのではないかと思っている。

 
次に、60歳以降の雇用はどうなるのかという点である。
 記事によれば、60歳の定年まで保障するということだが、2013年に施行された改正高齢者法では、希望者を65歳まで雇用しなければならない。この規定は、期間の定めのない労働者を対象としているので、今回の措置はそれに当てはまると考えられる。つまり、60歳までの雇用と言いながら、実際は65歳雇用保障ということになるだろう。

 
3つ目は、この動きが他のメガバンクにも影響を与えるかである。
 金融機関というのは横並びを好むし、人材確保の面以外にも対外的なイメージの問題もあるので、追随する可能性は高い。そもそも今回の三菱UFJの措置自体が最近の一連の流れに乗ったものともいえるので、メガバンクに限らず、同様の制度を導入する企業は増えると考えられる。
 ただ、企業にとって雇用無期限化の一番のリスクは、いざというときの人員削減が困難になることである。マクロ的には将来にわたって労働力不足になるとはいえ、ミクロでは人余りになる業種・企業も必ず出てくる。三菱UFJ等は、当然これを承知でリスクテイクをしたわけで、それはそれで評価したいが、体力のない普通の中堅・中小企業が、安易にこの流れに乗るのはリスクが大きいかもしれない。

(2014年7月29日)

 
 
 多様な正社員に関する報告書~その1 Column No.53

 昨年来、「限定正社員」という言葉をよく耳にするようになった。周知のとおり、背景にあるのは現政権が目指す雇用改革である。
 日本の労働者が雇用契約を結ぶとき、職種や勤務場所、労働時間などに制限を設けようとすると、待遇の低い非正規社員にならざるをえない。何でもありの正社員と極端に限定された非正規社員とに2極化されているわが国の労働市場の現状を踏まえ、多様な働き方に対応できるよう、その中間ポジションの担い手として限定正社員がクローズアップされるようになったわけである。 
 これに関して厚生労働省では、「多様な正社員の普及・拡大のための有識者懇談会」を設け、10
ヶ月にわたって議論を重ねてきたが、7月30日に報告書がまとまり公表された。厚労省は、この報告書を元に、多様な正社員についての事例紹介や雇用管理上の留意事項、就業規則の規定例などを周知していくとのことだ。

 
正社員の多様化は、いっときのブームで終息するようなものではなく、大企業を手始めに着実に普及していくものと考えられる。今回の報告書は、導入に向けての指針としてしっかり確認しておく意義があると思われるので、本コラムにて概要をまとめておきたい。

 報告書は50ページほどで、本文は、

Ⅰ 多様な正社員の現状
Ⅱ 多様な正社員の円滑な活用のために使用者が留意すべき事項と促進するための方策

 
の2部構成になっている。 今回はⅠについてポイントを整理してみる。

1 多様な正社員の導入状況
 
●「多様な形態による正社員に関する研究会」報告書によれば、多様な形態による正社員の雇用区分を導入している企業は約5割で、このうち、職務限定正社員区分を導入している企業は約9割、勤務地限定正社員区分を導入している企業は約4割、労働時間限定正社員区分を導入している企業は約1~2割である。
●独立行政法人労働策研究・研修機構「『多様な正社員』の人事管理に関する研究」によると、「限定正社員」(包括的な人事権には必ずしも服さず働き方に限定のある正社員)を導入している事業所の割合は47.9%である。職務限定正社員がいる事業所は23.0%で、これに一般職社員(主として事務を担当する職員で、概ね非管理職として勤務することを前提としたキャリアトラックが設定された社員であって、事実上職務限定で勤務地限定と思われる正社員)がいる事業所 32.8 %も加えると43.5%となる 。勤務地限定正社員がいる事業所は11.6 %で、これに一般職社員がいる事業所も加えると37.5 %となる。所定勤務時間限定社員がいる事業所は5.7 %となっている。

 2つの報告書から、職務限定正社員(事実上も含む)は4割程度、勤務地限定正社員(事実上も含む)は2~3割程度、労働時間限定正社員は0.5~1割程度、すでに存在することがわかる。
 この結果は、「意外と多いな」というのが大方の感想ではないかと思う。ただ、文中にあるように、職務限定と勤務地限定は一般職の社員を含んでいるケースが多いと思われ、厳密な意味での限定社員となると半分以下になるのではないだろうか。

2 多様な正社員の導入理由

●多様な正社員の導入理由として企業が挙げた理由
① 優秀な人材を確保するとともに、従業員の定着を図るため
② 仕事と育児・介護や自己啓発等の生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)を支援するとともに、女性社員が幅広い職務に従事できるような環境整備のため
③ 安定した雇用の下でのものづくり技能の安定的な継承のため
④ 地域のニーズに根ざした事業展開のため

●多様な正社員を導入していない企業が挙げた理由
① いわゆる正社員はそもそも多様な働き方が可能であるため
② 新たな区分を設けると労務管理が煩雑になるため
③ 非正規雇用の労働者を積極的に活用すれば足りるため
④ 全事業所が転居を伴わない範囲内に立地しており、必要性に乏しいため

 導入していない理由の①や③を見ると、多様な正社員導入の意義がまだ理解されていないと感じる。

3 就業規則や労働契約における限定の内容の明示
 
就業規則や労働契約において職務や勤務地を限定している企業は多くはなく(職務限定については約5割、勤務地限定については約3割)、就業規則や労働契約では職務や勤務地を限定していないが実際には職務や勤務地を限定している企業も多い(職務限定、勤務地限定ともに約5割)。

 これも、2で指摘したように、実態として限定正社員となっている例は多いが、契約で明確に区分している例は少ないということを裏付けている。

4 処遇
 
(1)賃金
勤務地限定正社員をはじめとする現在の多様な正社員の賃金水準は、いわゆる正社員の賃金水準に比べて8割~9割超とする企業が多い。 多様な正社員に対していわゆる正社員と異なる賃金テーブルを適用する企業が多い。
(2)昇進・昇格
多様な正社員について、いわゆる正社員と比して昇進のスピードを遅くしたり、また昇進に上限を設けるなど差を設ける場合が多い。

 賃金や昇進・昇格の取扱いは大方のイメージ通りという気がする。

5 転換制度
 
(1)非正規雇用の労働者から多様な正社員への転換制度
転換制度又は転換の慣行がある企業は5割程度である。 本人からの申出に基づく転換制度と、企業側からの申出に基づく転換制度とがあり、いずれも勤続期間、勤務評価、面接、試験に合格することを要件とする場合が多い。
(2)多様な正社員からいわゆる正社員への転換制度
転換制度がある企業は7割程度で、労働者本人の希望に基づくものが42%、企業側の申出に基づくものが35%である。 労働者本人からの申出に基づく転換制度と、企業側からの申出に基づく転換制度とがあり、いずれも上司による推薦、選考への合格、転換後の仕事に必要なスキルを有すること、勤務成績、勤続年数等を要件とする企業が多い。
(3)いわゆる正社員から多様な正社員への転換制度
転換制度がある企業は7割程度で、労働者の希望に基づくものが48%、企業側の申出に基づくものが36%である。 転換の要件としては、上司による推薦、勤務成績、勤続年数等を要件とする場合が多い。

 労働者からの希望はともかく、企業側からの申出によるものが結構あるなという印象を受ける。もっとも、会社の命令により転換できるわけでなく、本人の同意得たうえで転換することになるのはいうまでもない。

6 教育訓練

多様な正社員では、業務の必要に応じてその都度能力を習得させるとする企業が39%と最も多く、長期的な視点で計画的に幅広い能力開発を行う企業は31%となっている。

  普通の正社員のデータがないので明確なことは言えないが、限定正社員では、長期的な視点よりも短期的な視点が重視されることがうかがえる。

7 労使コミュニケーション

多様な正社員について、労働組合や従業員の要望を受けて制度を導入している事例、制度導入に当たって労働組合や労働者の代表と事前に協議している事例、従業員に対して十分に情報提供を行っている事例が多い。
 
8 雇用保障

事業所閉鎖時等の人事上の取扱いについて労働契約や就業規則で定めている割合は、いわゆる正社員が32%に対し、多様な正社員が33%と大差はない。 事業所閉鎖時には、他の事業所への配置転換を打診し、本人が配置転換を希望すれば配置転換し、希望しなければ会社都合退職(合意解約)とする企業が多い。

 雇用保障については、正社員と同様ということがうかがえる。この点を契約上どうするかが大きな課題となる。

9 多様な正社員の解雇の裁判例分析

(1)整理解雇
 限定があることゆえに整理解雇法理の適用を否定する裁判例はなく、整理解雇法理又はこれに準拠した枠組みで判断するものが多い傾向がみられる。
 勤務地のみの限定については、裁判所が明示的に限定を認定している事案であるか、採用の目的、就労実態等から黙示的に限定を認めている事案であるかにかかわらず、整理解雇法理又はこれに準拠した枠組みで判断されている傾向が認められる。
 他方、職務限定については、裁判所が明示的に限定を認定している事案であるか、裁判所が黙示的に限定を認めている事案であるかにかかわらず、整理解雇法理又はこれに準拠した枠組みで判断しているものと、整理解雇法理に基づく判断枠組みとは異なる判断枠組みを用いたと解しうるものとが見られる。このような整理解雇法理に基づく判断枠組みに影響を与えるのは、その職務が高度な専門性、それに応じた高い職位や処遇を伴う場合が多い傾向にある。

 限定正社員であっても整理解雇の4要件は適用される。職務限定の場合には、専門性の有無や職位の高低が特に解雇回避努力の判断に影響を与えることを指摘している。

(2)能力不足解雇
 限定された職務が高度な専門性や高い職位を伴わない場合には、限定が無い場合と同様にその職務に必要な能力を習得するための教育訓練の実施や警告による改善のチャンスを与える必要があると判断される傾向がみられる。
 一方、中途採用で限定された職務が高度な専門性や高い職位を伴う場合には、警告は必要とされるものの、高い能力を期待して雇用していることから、その職務に必要な能力を習得するための教育訓練の実施は必ずしも求められないという傾向がみられる。

 職務限定のときは、当然にその職務を遂行するのに必要なレベルの能力が求められる。特にレベルが高い場合には、能力不足による解雇のハードルは低くなるということである。

 
次回は、以上の現状を踏まえ、「多様な正社員の円滑な活用のために使用者が留意すべき事項と促進するための方策」について整理をしていきたい。

(2014年8月5日)

 
 
 多様な正社員に関する報告書~その2 Column No.54

 厚生労働省「多様な正社員の普及・拡大のための有識者懇談会」の報告書について、前回は「多様な正社員の現状」を整理した。この現状を踏まえ、多様な正社員の円滑な活用のために使用者が留意すべき事項と促進するための方策として、会議では次の8項目および就業規則の規定例の提言を行っている。今回はそのうちの1~4をみてみる。

1 多様な正社員の効果的な活用が期待できるケース
2 労働者に対する限定の内容の明示
3 事業所閉鎖や職務の廃止等への対応
4 転換制度
5 均衡処遇
6 いわゆる正社員の働き方の見直し
7 人材育成・職業能力評価
8 制度の設計・導入・運用に当たっての労使コミュニケーション
○ 就業規則の規定例
 
1 多様な正社員の効果的な活用が期待できるケース

企業が多様な正社員を円滑に導入、運用するため、以下のような活用方策や留意事項が考えられる。
(1)勤務地限定正社員
○ 育児や介護の事情で転勤が難しい者等について、就業機会の付与と継続を可能とする。
○ 有期契約労働者の多い業種において、改正労働契約法に基づく有期契約労働者からの無期転換の受け皿として活用できる。
○ 安定雇用の下で技能の蓄積・承継が必要な生産現場における非正規雇用からの転換の受け皿として、また、多店舗経営するサービス業における地域のニーズにあったサービスの提供や顧客の確保のために、それぞれ活用できる。
(2)職務限定正社員
○ 金融、IT等で特定の職能について高度専門的なキャリア形成が必要な職務において、プロフェッショナルとしてキャリア展開していく働き方として活用できる。
○ 資格が必要とされる職務、同一の企業内で他の職務と明確に区別できる職務で活用できる。
(3)勤務時間限定正社員
① 育児や介護の事情で長時間労働が難しい者等について、就業機会の付与と継続を可能とする。
② 労働者がキャリア・アップに必要な能力を習得する際に、自己啓発のための時間を確保できる働き方として活用できる。

 (1)の勤務地限定正社員は、いわゆる総合職と一般職の中間的な存在として、また、パートタイマー正社員化の登用先として、結構なニーズがあると思う。
 (2)の職務限定正社員は、高度な専門性を必要としない職務で職務限定をする場合は、労働市場が柔軟でない日本では、解雇の問題が生じたときにリスクが高まるだろう。このため、勤務地限定正社員に比べて活用が限られるのではないかと思う。
 (3)の勤務時間限定正社員では、①での活用がメインとなるだろう。②の労働時間を短くしてキャリア・アップをしようとする労働者は限られるのではないかと思う。上司や同僚に気兼ねをして、そのような選択は取りづらいからである。報告書でも指摘しているが、職場内の適切な業務配分、長時間労働を前提としない職場づくりの取組が必要であり、さらに経営者・労働者双方の意識改革がなければ、育児・介護のためといった限定的な利用しか見込めないと思われる。
 
2 労働者に対する限定の内容の明示
 
○ 転勤、配置転換等の際の紛争の未然防止のため、職務や勤務地に限定がある場合には限定の内容について明示することが重要である。これにより、労働者にとってキャリア形成の見通しの明確化やワーク・ライフ・バランスの実現が容易になり、企業にとっては優秀な人材を確保しやすくなる効果がある。

 これは当然のことである。なお、報告書では、限定にあたっての法的根拠として、労働契約法第4条の書面による労働契約の内容の確認の対象に職務や勤務地の限定も含まれることについて、労働契約法の解釈を周知するようにし、定着の度合いを見ながら、将来的に労契法の改正、労働基準法の改正を提言している。
 
3 事業所閉鎖や職務の廃止等への対応
 
(1)整理解雇
○ 事業所廃止等に直面した場合、配置転換を可能な範囲で行うとともに、それが難しい場合には代替可能な方策を講じることが、紛争を未然に防止するために求められる。
(2)能力不足解雇
○ 使用者は、改善の機会を与えるために警告を行うとともに、可能な範囲で教育訓練、配置転換、降格等を行うことが紛争の未然防止に資する。

 前回も確認した通り、これまでの裁判例では、勤務地や職務が限定されていても、事業所閉鎖や職務廃止の際に直ちに解雇が有効となるわけではない。また、能力不足を理由に直ちに解雇できるわけでもない。したがって、限定正社員であっても、このような対応が求められるだろう。ただ、限定正社員制度が定着していけば、解雇の判断基準は緩やかになると思われる。
 
4 転換制度
 
(1)非正規雇用の労働者から多様な正社員への転換
○ 非正規雇用の労働者の希望に応じて、雇用の安定を図りつつ勤続に応じた職業能力開発の機会や処遇が得られるよう、多様な正社員への転換制度(社内のルール)を設けることが望ましい。
○ 有期契約労働者の時から契約の更新ごとに職務の範囲を広げ、無期転換後も職務の範囲やレベルを上げていくことは、労働者のキャリア・アップと企業としての人材育成の双方に効果的である。
(2)いわゆる正社員と多様な正社員の間の転換
○ 労働者のワーク・ライフ・バランスの実現等のため、いわゆる正社員から多様な正社員へ転換できることが望ましい。他方、キャリア形成への影響やモチベーション維持のため、いわゆる正社員への再転換ができることが望ましい。
○ 転換制度の活用促進や紛争の未然防止のため、転換を社内制度として明確にすることが望ましい。
○ 職務、勤務地等が限定されていても、その範囲や習得することができる能力についていわゆる正社員と差が小さい場合には、「キャリアトラックの変更」として、いわゆる正社員と多様な正社員の区分をするのではなく、「労働条件の変更」として取り扱うことが適切な場合もある。 そのような場合には、適切な人事評価を前提に、職務の経験、能力開発、昇進・昇格のスピード・上限に差を設けない、あるいは、できるだけ小さくするといった対応が考えられる。また、転換・再転換の要件を緩やかに設定することが考えられる。

 転換制度をどのように設けるかは企業にとっても大きな関心事となる。また、労働者にとっても、キャリアに関わることなので重要である。できる限り柔軟に転換できるのが望ましいが、企業の立場からは、公平性や要員管理の観点から難しい面もある。その意味で、単に労働条件の変更として扱うという手法は検討に値する。たとえば、仕事に有効な資格を取得するために、一時的に労働時間限定の労働条件を付して、学校に通うなどの活用が期待できる。

 次回は、残りの5~8および就業規則の規定例を概観してみたい。

(2014年8月18日)

 
 
 多様な正社員に関する報告書~その3 Column No.55

 厚生労働省「多様な正社員の普及・拡大のための有識者懇談会」の報告書の「使用者が留意すべき事項」について、残りの5~8および就業規則の規定例をみてみる。

5 均衡処遇

○ 多様な正社員といわゆる正社員との双方に不公平感を与えず、又、モチベーションを維持するため、多様な正社員といわゆる正社員の間の処遇の均衡を図ることが望ましい。
○ 多様な正社員は限定の仕方や処遇が多様であり、また、賃金や昇進は企業の人事政策に当たることから、定型的な人事労務管理の運用が定着していない中で、何をもって不合理とするのか判断が難しい。
特に、多様な正社員の処遇についていかなる水準をもって均衡が図られているとするかについては一律に判断することは難しいが、企業ごとに労使で十分に話し合って納得性のある水準とすることが望ましい。

 パートタイマーと正社員との待遇差と違い、正社員同士なので、均衡処遇の主要な焦点は賃金、中でも月例給与ということになるだろう。限定正社員だから賞与や退職金が不支給というケースは、あまりないと考えられる。では、給与の格差はどれくらいが適当かといえば、前々回の「現状」でみたとおり、8~9割というのが妥当な線ではないだろうか。どのような手段で差をつけるかについては、基本給テーブルは同じで、手当で差をつけるのがよいと考えられる。限定正社員であっても、普通の正社員であっても担当する仕事そのものは同じと想定されるからである。
 
昇進・昇格については、スピードの問題とレベルの問題とがある。スピードは正社員と基本的に同じでよいだろうが、レベルについてはたとえば課長までといった一定の上限を設けざるを得ないだろう。

6 いわゆる正社員の働き方の見直し

○ 多様な正社員の働き方を選びやすくするため、所定外労働、転勤や配置転換の必要性や期間等の見直し等、いわゆる正社員の働き方を見直すことが望ましい。

 この項目の趣旨は、現状では正社員の働き方が長時間労働や所定外労働を前提としているため、勤務時間限定正社員に担当させる職務の切り出しが難しいこと、他の労働者へ負担が生じること、労働者自身も勤務時間限定正社員としての働き方を選択しにくいこと等が背景にあるため、まずは、これらの見直しが必要ということである。

7 人材育成・職業能力評価

○ 非正規雇用から多様な正社員へ、多様な正社員からいわゆる正社員への円滑なキャリア・アップを可能とするため、業種・職種共通の職業能力を対象とした評価の「ものさし」の整備により、職務に必要な職業能力の「見える化」が必要。
○ 職業能力の「見える化」により明確にされた目標に即して、職業能力の計画的な習得を可能とするため、職業訓練機会を付与するとともに、中長期的キャリア形成に資する専門的・実践的な能力開発への支援を行うことが考えられる。

 限定正社員であっても、人材育成は求められ、そのために評価制度の充実やキャリアパスの明確化などが必要なのは言うまでもない。

8 制度の設計・導入・運用に当たっての労使コミュニケーション

○ 多様な正社員制度が納得性を得られ、円滑に運用できるようにするため、制度の設計、導入、運用に当たって、労働者に対する十分な情報提供と、労働者との十分な協議が行われることが必要。
○ 労働組合との間での協議、また、労働組合がない場合であっても過半数代表との協議を行うなど、様々な労働者の利益が広く代表される形でのコミュニケーションを行うようにすることが重要であると考えられる。

 組合がある企業では当然、組合との協議を行うと考えられるが、そうでない企業であっても、労働者代表との協議のほか、ヒアリングやアンケートなどにより、何らかの形で社員の意見を聞いたうえで制度設計することが適切だろう。
 
◎ 就業規則の規定例

 
報告書では、別紙とういう形で就業規則や労働契約の例文を紹介している。別紙だが10ページもあって内容も豊富かつ具体的である。企業の実例を基にしているので、実際に活用できると思う。

 
以上、3回にわたって厚労省による有識者の提言を整理した。メンバーが全員学者なので、「あるべき論」に傾いている感はあるものの、限定正社員の制度化について体系的に検討するうえで、適切な資料になると思う。特にⅡの「使用者が留意すべき事項」は、制度化にあたってのチェックポイントとして活用できると考えられる。

(2014年8月25日)

 
 
 人事評価の弱点 Column No.56

 先日、気象予報士で健康社会学者でもある河合薫さんのエッセーを読んでいたら、産業心理学の分野で人事評価は古くから研究対象の1つとなっているが、どうすれば公正・公平な評価が実現できるか未だに有効な理論は示されておらず、研究テーマとして不毛の地になっているとの話があった。

 筆者自身も、評価制度づくりに際して、できるだけ誤りや偏りが生じないような工夫を心がけてはいるものの、あくまで「可能な限り」である。もしも、真に公正・公平な評価制度を実現できたのなら、ノーベル賞に値すると本気で思っている。

 先日の日経新聞に、グーグルはユーザーが検索入力する前に意図を予測して、答えを提供する人工知能を研究中であるとの記事があった。それが可能となれば、一定期間の社員の言動を読み取り、解析することで、自動的に評価結果が出てくるようなシステムもやがてはできるかもしれない。そうなると、ノーベル賞も夢ではないだろう。
 ちなみに受賞分野は経済学賞ではなく医学賞か生理学賞、あるいは物理学賞となるだろうか。公正・公平な評価は、人間にとって大きなウェイトを占める企業社会から多くの争いの要因をなくすことにもなるので、平和賞での受賞も考えられる‥‥。 

 話が逸れたが、それくらい公正・公平な人事評価というのは難しいもので、なぜ難しいかと言えば、次のような構造的な問題点を抱えているからだ。
 
(1)評価者によって見方が異なる

例 : ある人の行動について、Aさんは優れていると評価し、Bさんは普通と評価する。

 同じ行動・事実であっても、評価者により評価結果が違ってくるというのは、評価の最大の問題であろう。ヒトは機械ではないので、ある現象を見て、どのように受け取るかはその人次第ということである。
 評価結果の違いには大きく2つの内容があり、1つは例のように評価レベルが相違することで、もう1つは、ある評価者が積極性の問題と見た行動を他の評価者は責任性と見るなど、評価項目が相違することである。
 さらに、同じ評価者であっても、時間の経過などで見方が違ってくることもある。たとえば、気分のよいときには良い評価をし、不機嫌なときには悪い評価をするといった具合である。
 
(2)被評価者の行動の一部しか把握できない

例 : 月曜の朝のミーティングでしか顔を合わさない部下の行動をどうやって評価すればいいの?

 次に問題となるのは、評価者は被評価者の一部始終を観察しているわけではないのに、適正な評価ができるかという点であろう。
 典型的なのは外勤営業職などであるが、日常の部下の様子を目にする機会が少ない評価者はたくさんいる。特に最近は仕事のモバイル化が進んでいるため、この問題はますます顕著になると思われる。
  例のように、主な接点が会議のときなどに限られると、部下の側面のごく一部しかつかめない。また、1つの印象的な行動がその期間の評価に大きな影響を与えたりするので、結果として、偏った評価となる懸念もある。
 
(3)仕事のパフォーマンスは、個人の能力よりも外的要因に左右されることが多い

例 : 受注できなかったのは、担当者の能力の問題ではなく、単に他社のオファーが優れていたから(=誰が担当しても結果は同じ)。

 人事評価とは、部下の行動や、その結果として出現した事実を評価するものだが、なぜそのような行動をとったのか、あるいは、なぜそのような結果が生じたのかは、外的要因による部分が多大にある。
 ところが、ヒトというのは、それを個人の能力や性格のせいにする傾向がある。社会心理学で「帰属のバイアス」とか「帰属のエラー」と呼ばれるもので、特に他者の行動に対して帰属のバイアスは起きやすい。
 多くは評価を下げる場合に働くが、逆の場合もある。たとえば、素直で仕事能力が高い部下に恵まれれば、それほどリーダーシップがなくても、管理者は担当部署の業績を上げられるだろう。そうすると、この管理者の統率力は優れていると評価を受けたりするのである。
 そのような外的要因は、個人の評価から排除すべきであるが、どこまでが環境要因かの見極めは困難なので、排除したくてもできないのだ。結局のところ、評価は運・不運に大きく左右されるということになる。

 
以上のような弱点があるので、「人事評価はすべきでない、ましてや評価を報酬に結びつけるのはもってのほか」という意見も出てくる。これに対しては、「確かにマイナス面もあるが、プラス面もたくさんある。総合的に見れば人事評価のメリットは大きい」というのが筆者の言い分である。

 ただ、弱点は放っておけばよいというわけではなく、やはり何らかの手は打たなければならない。今回、弱みを整理したのは、あらためてそれを検討するきっかけにしたいと思ったからだ。

 教科書的にいえば、これらの弱点をカバーするために、評価基準の明確化や評価者トレーニングの実施があるが、冒頭に述べたように、完全に解決するための魔法はなく、企業の実態に即してコツコツと改善していくしかないのが現状だろう。しかしながら、筆者には人事評価のメリットは非常に大きいとの思いがあるので、そのような地道な努力は決して無駄ではないと自負している。

(2014年9月1日)

 
 
 定着支援の重要性~定着率が低いことによるコスト Column No.57

 9月も半ばを過ぎ、4月に入った新入社員の会社生活も半年を迎えようとしている。「会社・仕事とはこういうものか」と実感しているところではないだろうか。改善しつつあるとはいえ、まだまだ厳しい就職戦を経て縁を得た会社なのだから順調に過ごしてほしいが、現実は数年内に辞めてしまう人が多くいる。いや、すでに辞めてしまった人もいるだろう。

 平成25年の厚生労働省の調査によると、大学卒業後3年後の離職率は31.0%となっている。若年者は3年間で3割辞めてしまうといわれているが、まさにその通りなのだ。
 ところで、その年ごとの内訳を見ると、1年目12.5%、2年目10.0%、3年目8.5%となっている。高卒は、1年目19.5%、2年目11.3%、3年目8.4%(計39.2%)である。
 これをみてわかるように、一口に3年と言っても、1年目に辞める者が最も多い。2年目以降の退職も、1年目からの不満が積もり積もってというケースが多いだろうから、早期離職の予防には入社1年目のケアが特に重要になると考えられる。
 ちなみに業種別のワースト5は、「その他」68.4%、「宿泊業、飲食サービス業」51.0%、「教育、学習支援業」48.9%、「生活関連サービス業、娯楽業」45.4%、「不動産、物品賃貸業」39.6%である。

 
定着率を高めることの重要性は企業も認識しており、それなりの努力はしている。ただ、どちらかといえば、人事制度の改定や労務管理の改善という主要課題が先にあり、その副次的な効果として定着率の向上があるように思える。いわば目的でなく結果であり、定着率向上にピタリと照準を合わせての取り組みは少ないと感じている。

 
本コラムでは、あらためて定着率向上に「本気で取り組むこと」の重要性を指摘したい。まずは、定着の必要性を理解するために、定着率が低いことでどのようなコストが余計に発生するかを検討してみよう。

 定着率が低いことによる主なコストには、①採用コスト、②育成コスト、③風評被害コストの3つがある。

① 採用コスト
 通常、企業は退職者の補充をしなければならないため、そこに新たな採用コストが発生する。直接的な採用費だけでなく、面接や選考に社員を割く必要があり、それを時給換算すれば結構なコストになるはずだ。
 ちなみにマイナビの2013年の調査では、採用費総額の平均(採用費/入社予定数)は692万円とのこと。これは優良企業対象ということなので、一般の企業はこれほどかからないにしても、採用活動に割く人件費を含めれば数百万円になるはずだ。一度、自社のコストを計算してみてほしい。

② 育成コスト
 新入社員研修などのOFF-JTコストもあるが、むしろ現場のOJT負担が大きい。一通りの仕事ができるまでに上司や先輩が指導にかける時間は馬鹿にならないはずで、若年者が退職してしまうと、また一からやり直しということになる。こういったことが続くと、現場としても新人育成に力を注がず、一向に若手が育たないという悪循環に陥りかねない。育成コストは看過できないほど大きいと認識すべきである。

③ 風評被害コスト
 上記と違って明確なコストとして認識しづらいが、風評被害によるコストは、想像以上に甚大になる可能性がある。
 中でも重大なのは、優秀な人材が集まらなくなるリスクだ。これによって逸失する利益は計り知れず、言い換えると多大なコストを払っているということになる。
 近年、ブラック企業の判断の目安として学生が注目するのは離職率である。特に、離職率が元々高い業界だと、一般的な数値よりもかなり高くなるため、若者を使い捨てる会社と見られ、学生に敬遠されるリスクが高まる。離職率を公表していない企業であっても、社員が長続きしないことは顧客や取引先にはわかるものだ。取引先などから、「人使いの荒い会社」などマイナスイメージをもたれて得することはない。特に地方の名士的な企業などは噂になりやすく、人材確保以外にも商売にも悪い影響を与えかねない。

 
こういったコストを見積もって、1人辞めることが、たとえば300万円の損失になるとする。見方を変えると、退職者を1人減らすことで300万円の利益増につながるということだ。売上高利益率が3%だとすると、1億円の売り上げを上げるとの同じである。1億円の売り上げがどれだけ大変かは、ここでいうまでもない。そう考えると、定着率を上げることのメリットは大きいことが理解できるだろう。 

 売上責任や利益責任を認識しにくい人事部門であるが、リテンション・マネジメント(定着管理)に関しては、疑似的に責任を明確化できる。そのようなイメージをもって、改善に取り組むのも効果的と思う。

(2014年9月16日)

 
 
 個人評価と企業業績との整合性 Column No.58

 人事評価は、一定期間の社員個人の能力や業績を一定の尺度に基づいて評価する。
 人事評価を絶対評価で行っている企業であれば、高評価の社員が低評価の社員よりも多かったとすると、その企業の業績は伸びているはずである。逆に、低評価の社員が多ければ企業業績は悪化しているはずである。このように、個々人の人事評価の合算と企業業績や組織業績は連動しているはずである。
 
 ところが実際は、そのような連動が見られない企業が多い。よくあるのは、5段階評価で社員の平均値が3.5くらいはあるのに、前年業績マイナスが続いているようなケースである。
 このような現象が、能力評価を取り入れている企業ならまだしも、成果主義を標榜している企業でもしばしば見られるのである。 経営者からすれば「おかしいじゃないか」となるはずだが、「まあ人事評価とはそんなものだ」と半ばあきらめ加減で放置されているのが実態ではないだろうか。

 たまたま一部の部門が大不振で、全社業績の足を引っ張ったというならともかく、恒常的にそのような状態が続いているのであれば、評価制度の仕組み、あるいは運用の仕方に何らかの欠陥があると考えるべきだろう。

 どのような欠陥があるかを整理すると、次の3つに分けられる。

①評価項目に問題がある
 評価項目と企業業績がリンクしていないケースである。
 具体的には、潜在能力や保有能力を評価するなど、評価項目自体が業績とあまり関係ない場合や、目標管理において、設定した目標が的外れである場合などだ。当然ながら、このような場合は、たとえ正しく評価したとしても業績と連動しない。

②評価基準に問題がある
 評価基準の設定の仕方に問題があるケースである。
 具体的には、評価レベルの期待値が低い場合や、設定した目標が低い場合などである。いずれも、客観的には大した能力や業績でなくても、評価としては高くなってしまい、結果的に業績と連動しなくなる。

③評価結果に問題がある
 評価が正当になされていないケースである。
 具体的には、評価が甘すぎるなど管理者の評価スキルに問題がある場合や、基準があいまいなために年功評価
 になっている場合などである。社員の実際のパフォーマンスと評価結果が乖離しているので、これも当然に業績と連動しなくなる。

 
このうち、特に多いのは③のケースである。評価者には寛大化傾向や中心化傾向が多く見られるため、業績にかかわらず、一定の評価(ほとんどが「少し上」の評価)になりがちなのである。
  
 このような個人評価と企業業績との乖離を防ぐには、まずは実態をきちんと検証することから始めなければならない。
 ある企業では、評価の度、いくつかの部門をピックアップし、部門業績と個人評価の妥当性を確認している。具体的には、部門の評価指標が前年度に比べてどうなったかと、個人評価の分布状況をチェックしている。たとえば、部門評価指標が下がったのに、個人評価の高評価分布が増加しているときは、個人評価の妥当性を疑い、場合によっては評価をやり直す制度を設けている。
 
 実際に再評価させるかどうかはともかく、まずは実態を把握し、部門ごとの評価傾向を探るのは重要だろう。その結果、全社的に同一の傾向が見られるのであれば、上記①②の問題も含んでいる可能性が高く、評価項目や評価基準の見直しも検討課題になるといえよう。

 なお、ここで言っているのは、あくまで個人評価の集積と企業業績との関連であって、個々の評価が企業業績と整合していなければならないということではない。たとえば、今期は会社業績が悪いから、どんなに成果を上げた社員であっても、5や4はつけられないというわけではないことに留意していただきたい。

(2014年9月29日)

 
 
 日本版ESOPとは Column No.59

 ESOP(イソップ)とは、米国の税制適格退職金制度であるEmployee Stock Ownership Planの略で、株式給付型退職金のことである。
 簡単にいえば、退職時に自社株式を給付するもので、2010年頃から日本企業でも導入されるようになった。本来は退職金という報酬制度の一手法であるが、日本では、福利厚生制度の性格をもつ独自の制度としても普及している。

 
これを日本版ESOPの2つのタイプから説明しよう。日本版ESOPには、持株会型株式給付型の2つのタイプがある。

 持株会型は、ビークルと呼ばれる資産保有機関に自社株式を取得させ、持株会が機関から定期的に購入する手法である。
 企業はビークルに対して、借入金の債務保証をしたり自己株式の提供をしたりする。持株会が市場から直接購入すると、定期的な購入が必要となるため、高値での購入を余儀なくされるケースも出てくるが、ビークルを経由することで、市場の状況に応じた機動的な買い付けができる。
 持株会型は、購入資金は基本的に従業員が提供するものであり、退職せずとも株式の受け取りや売却ができるので福利厚生制度としての性格が強い。

 一方、株式給付型は、企業が従業員にポイントを付与し、その保有ポイントに応じて株式を給付するものだ。ポイント制退職金の変形版と考えればよいだろう。
 給付する株式は、金融機関に金銭を信託し、市場から取得してもらっておく。購入資金は企業が負担するので、どちらかといえば報酬制度としての性格を有する。
 株式給付型は、給付をいつ行うかによって在職給付型と退職給付型の2つに分けられる。本来のESOPという意味では、後者の退職給付型が該当する。

 ちなみに、新日本有限責任監査法人の調査によれば、2014年1月時点の導入企業は全部で214社であり、うち持株会型が7割(153社)、株式給付型が3割(61社)ということである。ただ、時系列でみると株式給付型の割合は増えており、いずれは逆転するのではないかと思われる。

 
以下、株式給付型の設計のポイントを整理しておこう。

●対象者
 退職金であれば正社員全員とするのが一般的であるが、ESOPは通常の退職金に付加して支給するものなので、対象者を限定する仕組みもありうる。
 多いのは、管理職に限定するというパターンである。管理職に限るのは、株価は業績に連動するものであり、業績を強く意識してもらうためには管理職がふさわしいというロジックである。
 これは企業の考え方次第なので、一般社員であっても株価を意識してほしいのであれば対象にするという選択もある。例外的だが、元々退職金が存在しない新興企業で、全社員を対象とする事例も見られる。

●ポイントの付与の仕方
 ポイント制退職金と同様に、勤続ポイントや業績ポイント(あるいは等級ポイントなど)で付与する手法が考えられるが、一般論としては業績ポイントを重視すべきであろう。退職金は、老後の生活保障の意味合いから、社員間で極端な格差を設けるのは好ましくないといえるが、ESOPであれば、業績に応じてドラスティックな差を設けるのも適切だからである。
 社員の定着を促す観点から、勤続年数を評価したいのであれば、一定勤続年数経過者を優遇する仕組みも考えられる。ある企業では、勤続年数15年以上の退職者には保有ポイントを1.2倍している。また、株式給付を受けられる権利を勤続10年以上にすることで長期勤続を促進する企業もある。

●ポイント単価
 社員にわかりやすくするため、1ポイント=1単元株、あるいいは1ポイント1株とする例が多い。後者の場合、単元株が100株であれば、100ポイントを基準に付与するケースが多く、実質的に両者は同じである。

所得税
 具体的な税金は、制度の実態によるため税務署に確認することになるが、基本的には、給付株式数に株価(時価)を乗じたものが退職所得として扱われる。

 
最後に導入のメリットとデメリットを整理しておこう。

●メリット
① 社員に株価を意識してもらうことができる
② 社員の長期雇用のインセンティブとなる
③ 既存の退職金よりもメリハリをつけることができ、高業績社員へのインセンティブとなる
④ 保有する自社株を活用できたり、持ち合い解消の受け皿として活用できたり、さらに従業員を安定株主として確保することができる

●デメリット
① 株式公開企業でなければ導入が困難である
② 持株会社型では、株価が当初の想定よりも下がった場合、企業が損失を補てんしなければならない
③ 株価が高くなったときは、退職者が増える可能性がある
④ 企業が破たんすれば給付はゼロになる

(2014年11月10日)

 
 
 最近の目標管理のトレンド Column No.60

 目標管理は多くの企業で導入されており、特に人事評価の一環として運用されているケースが大半である。一時期、成果主義がブームとなったときに、業績評価のために導入した企業も多いのではないかと思う。

 ところが、行き過ぎた成果主義に批判の目が向けられるようになり、目標管理もやり玉にあげられた。弊害として指摘されたのは、低評価を恐れてチャレンジングな目標を設定しなくなったことや、自己の目標のみに専念し部下指導やチームワークがおろそかになったこと、部門間に難易度のバラツキがあって不公平感が高まったことなどである。

 いずれも放置できない問題ゆえ、企業はその是正に迫られることになったが、目標管理そのものを止めるのではなく、制度の修正という形で対応する企業がほとんどである。
 対応の仕方はさまざまだが、企業によっては弊害の是正という視点だけでなく、最近の人事の動きなども取り入れながら“進化”させているケースもある。
 どのように進化させているかについて、特徴的なケースとして次の3つを指摘しよう。

1.目標を上司が設定する
2.部門のミッションを明確化する
3.加点目標を設定する

 
これらは、実際の企業や専門誌の事例紹介などで複数見られたもので、目標管理のトレンドと呼べるかもしれない。以下、それぞれ内容を確認してみよう。

1.目標を上司が設定する
 目標管理の原則論では、目標は部下自身が設定するものだが、現実論として、部下に任せると毎年同じような目標を掲げたり、組織目標とは関連の低い目標を設定したりして、目標管理の本質的な目的である業績向上に結びつかないという実態が見られ、その対策として出された手法である。
 上司が設定した目標に対して達成意欲が起きるかという懸念があるが、自ら課題を見つけるより、与えられた仕事にコツコツ努力することが得意な日本の社員には、案外抵抗なく受け入れられるかもしれない。
 原則論からすれば、正確には目標管理と呼べないと思うが、名よりも実を取ったといえる。 ただ、やはり、企業の将来を支えるのに必要な自律型の人材を育てるにはどうかと思われる方策である。

2.部門のミッションを明確化する
 組織目標との関連を明確化するために、まずは、会社や組織のミッションを明文化し、はっきりと認識させておこうという仕組みである。近年、人事制度設計にあたって企業理念やミッションを重視する動きが強まっており、それが目標管理にも反映されたものといえる。
 個人目標と組織目標とをリンクさせるために、①よりも適切な手法と個人的には考える。 ただ、①と併用している企業もあり、そのような企業では、上司から設定された目標であるが、企業としての必要性をあらためて認識することで、コミットメントを深めるといった意味合いがあるのかもしれない。

3.加点目標を設定し評価する
 これにはいくつかのパターンがあり、大きく、

① 目標に対する頑張り度合いを評価するもの
② 当初に設定した目標以外のことを評価するもの
③ チャレンジ度合いの高いものを評価するもの

 の3つに分けられる。いずれも加点のみで減点はないのが原則である。部下の自己申告に基づき上司との話し合いのもと評価するのが一般的だが、上司の判断のみで加点する例もある。
 チャレンジしなくなった、設定した目標以外のことをしなくなった、他の業務に時間を取られて目標が未達となり不公平感が生じた、等の不具合を是正する方策となる。
 ①については、恣意的な運用になる恐れがあることや、頑張り度合いならば能力や行動評価でみればよいことから、個人的にはどうかと思うが、②③は頑張った成果を積極的に取り上げることで、本人のやる気を高め、組織の活性化につなげるものであり、目標管理の形骸化を防ぐためにも有効な仕組みと考える。

 
これらのトレンドは、今後も普及していくものと思われる。他社がやっているから自社もやるというのは、人事制度においては好ましくないが、現状、目標管理制度に何らかの問題を抱えているのならば、これら3点について、検討だけでもしてみる価値はあるだろう。

(2014年12月9日)

 
 
 役割等級のデメリットと対応~その1 Column No.61

 役割等級制度は、果たしている役割の重さや大きさを基準に社員の格付けを行うものである。長い間、日本企業に親しまれてきた職能資格制度に代わるものとして、近年は多くの企業で取り入れられている。

 役割等級制度の人気が高いのは、実際に果たしている役割に着目することで、年功型から成果重視型の処遇への転換が期待できるからだ。これにより、人件費も変動費的要素を高めることができる。
 成果主義型の等級制度として職務等級もあるが、詳細な職務評価が必要であったり、人事異動の際に給与が変動したりするなど、構築・運用が難しいという問題がある。その点、役割等級であれば、詳細な職務評価や異動時の給与変動は避けられるので、職務等級に比べて構築・運用が簡素で済む。

 ただ、役割等級制度にも短所はあり、主なものは次の2点である。
 
ア.役割やポストの変動により、賃金が大きく増減する可能性があること
イ.ポストが限られるため、昇格できない社員が多く出てくること

 これ以外にも、役割の定義に手間がかかるとか、大きな組織変更があるとメンテナンスが大変といった短所もあるが、これらは人事部門が我慢をすればよい。社員に大きな影響を与えるものは上記の2点だろう。

 ア.については、通常、給与は役割給という形で等級と結びついているので、役割が上がれば給与もアップするし、逆に、役割が下がったり、ポストを外れたりすれば給与もダウンする。
 賃金増加は人件費の観点から、減少は社員の生活維持の観点から問題となる。まあ、人件費については、総額で見れば役割等級導入により減額が期待できるのでそれほど問題はないが、賃金減額は社員のモチベーションへの影響が大きい。大幅なダウンとなれば不利益変更の問題もからんでくる。
 この点、資格とポストの関係があいまいな職能資格制度であれば、一般社員の等級のままで管理職への登用ができるし、管理職を外れても、管理職レベルの等級に留まることができる。このため、基本給は変えずに、役職手当の変更だけで対応ができたのである。 
 
 イ.についても、職能資格制度の下では、たとえポストに就けなくても昇格はできたのだが、役割等級の下では、ポストに就かない限り昇格はないのが原則である。昇格が難しければ、社員のモチベーションに影響する。このため、部下なしの管理職で帳尻を合わせている企業も多い。中には、無理やりに新たな課を設けて課長ポストを増やしている企業もある。

 これらのデメリットが生じるのは、役割等級においては、原則として資格とポストが対応しているからだ。役割を明確にするということは、当然、対応するポストも明らかにすることなのである。

 もちろん、これらのデメリットには目をつぶり、今後はこのような変動が当たり前であるとして、導入を決断する選択もある。社員のぬるま湯意識を一掃する手段として、効果は確実に見込める。
 ただ、基本的に降級に慣れていない社員には、副作用も大きいことが予想され、実際にそのような決断ができる企業は多くない。また、導入しても、厳格な運用を避け、従前の職能資格と同様の処遇をしている企業も見られる。

 
では、こういったデメリットにどう対応すればよいだろうか。次回に考えてみたい。

(2015年1月13日)

 
 
 役割等級のデメリットと対応~その2 Column No.62

 前回、役割等級制度には次の2つのデメリットがあることを示した。
 
ア.役割やポストの変動により、賃金が大きく増減する可能性があること 
イ.ポストが限られるため、昇格できない社員が多く出てくること

 今回は、その対応策として4つの方法を提示したい。

① 賃金の変動に対して激変緩和措置を設ける
 まずは、等級は移行するが、給与の変動を少なくするという手法である。
 いきなり、その等級に対応する役割給を支給するのではなく、一定期間(たとえば3年)を設けて段階的に昇給・降給させるものである。やり方としては、昇給・降給いずれも適用する場合と、降給するときのみに適用する場合の2種類が考えられる。
 ただ、これはイの短所の解決策とはならない。

② 役割等級に能力等級の要素を組み込み、職能資格等級と同様に等級変更をともなわずに役割変更ができる仕組みを構築する
 役割変動があっても、等級は変動させない手法である。
 純粋な役割等級ではなく、「役割を発揮するための能力の保有度に応じて格付ける」というロジックで資格定義を行う。いわば役割等級と能力等級との折衷案である。そうすれば、職能資格と同様に、現在の等級を維持したままでの柔軟なポスト運用が理論的には可能となる。
 ただし、資格制度としてわかりづらい点は否めず、単に呼び方を変えただけという印象が残る。

③ 役割等級は管理職のみに適用し、一般社員には職能資格等級を適用する
 一般社員のポスト登用に際して、等級は変動させない手法である。
 この方式をとれば、職能資格等級に位置する一般社員は、等級変更を行わず管理職ポストへの抜擢ができる。そもそも、若手社員は役割発揮を求めるよりも能力育成段階にあると考えることもできるので、一般社員に職能資格等級を残すことには、一定の合理性はある。
 デメリットとしては、資格制度が複雑になることと、管理職がポストを失った場合の問題点は解消されないことである。

④ ライン管理職とは別に専門管理職を設置する
 イの短所への対応策である。
 ライン管理職だけではポスト数が限られるため、部下を持たない管理職相当のポストを設置する。いわゆる専門職のイメージだが、技術的な部門だけでなく、営業や事務部門にも対象を拡大する。
 専門管理職には、ライン管理職と同等の大きな役割責任を課し、成果を厳格に査定する。査定は、一般的な人事評価ではなく、できれば役員による面談などが求められる。そうすることで、役割責任を果たすことへの実効性が高まるし、評価への納得性も高まるからである。
 なお、専門管理職としてふさわしい役割を果たしていないと判断されれば、降格することになる。
 職能資格等級から役割等級に移行する場合に、ポストに就いていない管理職の処遇に困るケースがあるが、そのときの対応策としても活用できる。
 ただ、きちんと運用せず、生ぬるい処遇をすれば、これまでと同様に専門管理職が増えていく恐れは十分にある。

 
これらは、いずれも本来の役割等級の運用からすれば、「邪道」なのだが、組織の混乱を避けるための現実的な対応ともいえる。将来的にはあるべき姿に移行するとし、その過渡期の制度として上記方法を導入するのも有効な考え方と思う。

(2015年2月23日)

 
 
 人事制度構築の効果 Column No.63

 等級制度や評価制度、賃金制度などの人事制度は、企業の創業時点から存在することは少なく、企業が成長し、ある程度の規模になったときに構築するケースが多い。
 大まかな目安としては社員が30人くらいになると、人事制度の導入を考えるようになるようだ。それまでは、社長自らが評価し、賃金を決めるのが一般的である。
 これはこれで、よいところはあるのだが、社長の恣意的な運用は避けられないし、一定人数を超えれば手が回らなくなるだろう。
 ということから企業は制度導入を検討するわけだが、今回は、そもそも人事制度を構築することで、どのような効果が期待できるかを整理してみたい。

 
効果を大きく分けると、1.会社の経営基盤強化2.社員のモチベーション向上3.社員の意識・行動改革、の3つを指摘できる。以下、それぞれの内容をみてみよう。

1.会社の経営基盤強化 

 会社が成長するためには、生産基盤、財務基盤、営業基盤、情報基盤、人材基盤等の経営基盤の強化が必要である。このうち、人事制度構築は人材基盤を中心に、以下のような強い影響を及ぼす。

① 人事管理の仕組みの確立
 今後の組織拡大に向けて、システマティックに人事管理ができる仕組みが確立する。言葉を換えると、社長は人事管理から解放されるということだ。
② 人員体制が確立
  能力と適性に応じた人員体制が確立し、組織効率が高まる。
③ 人材育成の制度基盤の確立
  計画的な人材育成のための制度基盤がつくられる。特に、会社の中枢を担い、経営者を補佐する有能な幹部を育てられる。
④ 人件費の適正化
  能力や業績に応じた適切な人件費配分ができるようになる。

2.社員のモチベーション向上

 社員のモチベーション向上は、人事政策の最大の目的といえる。人事政策の中核となる人事制度構築は、社員のモチベーション向上にも、次の点で大きな効果を及ぼす。

① 処遇の明確化
 組織内で期待されることや自己の役割がハッキリするとともに、どうすれば処遇がよくなるのかが明確となる。
② 将来のキャリアの明確化
 プライベートも含め、将来のキャリアビジョンを描きやすくなり、仕事や能力アップへの動機付けが高まる。
③ 承認感や達成感の獲得
 成果や努力が昇格や昇給に結びつくことで、承認感や達成感が得られる。
④ コミュニケーションの拡大
 目標管理や面談制度が機能することで、コミュニケーションの拡大が図られ、協働意識が高まる。

3.社員の意識・行動改革

 ヒトの意識や行動を変えるのは難しく、簡単にはコントロールできないが、人事制度を通じ以下の項目などで、かなりの効果を及ぼすことができる。

① 経営理念の浸透
 経営理念やビジョンを評価制度に落とし込むことで、社員への浸透させることができる。
② 改革の促進
 たとえば、年功序列から成果主義への転換など、人事制度に会社が重視するものを反映させることで、改革を促進させることができる。
③ 期待する人材像の実現 
 求める能力やスキルを明確化、評価し、処遇に活用することで、期待する人材像へと育成することができる。

 
このように整理してみると、人事制度というのは企業の成長に非常に強い効果があることがわかるだろう。逆に言えば、自社に合わない制度は、負の影響を及ぼし、企業を誤った方向に導きかねない。
 人事制度が必要になったからといって、他社の制度をそのまま導入したり、担当者任せにして拙速な導入をしたりするのは、大きなリスクであることを認識すべきである。

(2015年3月16日)

 
 
 人事制度構築は橋づくり Column No.64

 人事部門の目的は、企業の経営ビジョンの達成に向けて、人材を有効活用したり、人材を育成したりすることである。たとえて言えば、そういった目的に向かって橋を架けるのが人事制度構築ということになる。

 今いる場所と目的地との間には川が流れている。人事制度が整備されていない状況とは、社長がボートを一所懸命に漕いで、社員を向こう岸に渡そうとしているようなものである。

 これにはこれでいいところもあり、フェイストゥフェイスのコミュニケーションが取れるし、社員に応じた柔軟な対応も可能である。
 一方で、大量に運ぶのは難しいし、うまく運べるかは社長の腕次第となる。ボートを漕ぐのが下手な社長だと、蛇行したり、沈没したりする。つまり、えこひいきや思い付きの人事などで、うまく育成できなかったり、退職してしまったりするわけである。

 ということで、ある程度企業が成長して、経営者の目が全社員に届きにくくなった場合や、社長の恣意的な人事などで人材の活用や育成がうまくいっていない場合は、目的とする場所に向かって人事制度という橋が必要になる。

 これには主に4つの内容がある。

 まずは人事制度の骨格となる等級制度で、これはたとえて言えば橋桁である。これがなければ、架橋はできない。まさに制度の基盤、土台である。

 次に評価制度で、人事制度の中核、すなわち橋そのものである。人材活用も育成も、社員がどのような能力をもち、どのような貢献ができるのかがわかっていないと適正には行えない。つまり、橋がきちんとできていないと、向こう岸(ビジョンや成長)にたどりつけない。

 3つ目は報酬制度で、これは舗装である。納得性の高い報酬制度であれば、きれいに舗装されたアスファルトを走るように快適に進めるだろう。逆に、頑張りが認められないような制度であれば、でこぼこ道をイライラしながら進むことになる。

 4つ目は就業規則などで定められた職場ルールで、これはガードレールだ。まっすぐ走っている際は問題ないが、何かあったときに事故を最小限に抑えるものだ。古い規定や実態に合っていない規定は、ガードレールがところどころ欠けているのと同じである。危なっかしくて、通れたものではない。

 
このように人事制度構築は橋づくりにたとえられるわけだが、制度の見直しは、補修あるいは造り替えということになる。経年とともに橋が劣化するように、人事制度も環境変化とともにくたびれてくる。マメにメンテナンスをしていても、いずれは限界が生じる。もし、思うように人材の活用や育成ができていないのであれば、橋げた(=等級制度)から変えることも検討しなければならない。

(2015年6月8日)

 
 
 年俸制導入企業の減少 Column No.65

 先日、平成26年度の就労条件基本調査を眺めていたところ、年俸制の導入企業が4年前と比べて約4ポイント減少していることに気づいた。気になって過去の調査を確認してみると次のようになった。

平成14年
11.7%
16年
13.7%
18年
17.3%
19年
13.7%
22年
13.4%
24年
13.5%
26年
9.5%

 つまり、傾向としては、平成14年以降増加を続けて平成18年にピークを迎え、19年には13%台に落ち込んだものの、その後は同レベルで推移していたのが26年にまた、ガクンと下がったということである。

 
確かに筆者の感覚でも、10年くらい前までは賃金制度改革の話しで、年俸制にしたいという企業が結構あった気がするが、最近はあまり聞かなくなった。ただ、それにしても頭打ちというのならわかるが、減るのはどうしてだろうか?

 
もしこれが増えているのなら、それなりの理由は思いつく。たとえば、

・年功賃金から業績・成果重視賃金へのシフト
・年俸制が受け入れられやすいITなどのサービス産業の拡大

 などである。

 
このような理由で年俸制を導入する企業もあるはずだが、実際は、それ以上に廃止する企業の方が多いということだ。原因をいくつか考えてみよう

原因1 行き過ぎた成果主義の反動で、成果主義の象徴ともいえる年俸制が廃止された
 年俸制といえば、業績に応じてドラスティックに報酬額を決定するのが特徴である。そうした中で、社員は個人業績に走ってしまい、他者のことを省みなくなり、結果として会社業績が低迷してしまうのはよくあるパターンである。その是正のために年俸制を廃止し、通常の月給制に戻すというのは考えられる。

原因2 大企業が減少した
 先日の日経新聞に、2013年の税法上の大企業は2年前と比べて約2,500社も減ったとの記事があった。ちなみに、減少の理由は税負担回避のための減資とのことだが、リストラや分社化などによるダウンサイジングもあるだろう。年俸制を採用しているのは大企業が多い(平成26年調査で1,000人以上は26.4%、30~99人は7.3%)ため、一理はありそうだが、大企業から規模を縮小したからといって、年俸制を止めるというのはピンと来ず、今一つ説得力に欠ける。

原因3 管理職が減らされ、年俸制の対象者が少なくなったことで、制度を廃止した
 賃金構造統計調査で、平成22年、24年、26年の部課長比率(社員に占める部長クラスと課長クラスの割合)を調べると以下のとおりである。

平成22年
10.7%
24年
10.7%
26年
10.3%

 平成26年に微減しており、関係はあるかもしれないが、影響を与えるほどではない感じもする。対象者が減少していることの根拠にはなるだろうが、導入企業の減少の根拠としては希薄である。

 
以上、いろいろと検討してみたが、これといった原因が思い浮かばないというのが正直なところだ。

 
年俸制導入のメリットで一番に挙げられるのは、社員の意識改革だと思う。貢献度によってメリハリのある査定を行い、話し合いの元で報酬を決めていくのは、業績や成果への責任意識を高めるのに効果的であると考える。

 ただ、実際にはそのような運用は行われず、業績との関係が不明確のまま増額・減額したり、月給制と同様に機械的に定めたりして、年俸制の意味が薄れているのが多くの企業の実態ではないかと思う。このように年俸制が形骸化したことが、一番の減少理由かもしれない。

 
2年ほど前、国立大学の教員に年俸制導入を目指すことを産業競争力会議で提言された。その後、どうなったかを確認してみると、一部の大学で実際に導入が検討されているようだ。民間企業では少なくなっているのに、公務員の世界で拡大していのも面白い話ではある。

(2015年6月15日)

 
 
 女性活躍のための5ポイント Column No.66

 女性活躍推進法案が全会一致で衆議院を通過し、大企業への女性活用推進計画の義務づけなどが確定的となった。
 法的な義務だから仕方なくやるではなく、この際、女性活用に本腰を入れて取り組みたいものだ。とはいえ、たとえ真剣に取り組んだとしても、中身が的外れであっては失敗する可能性が高い。本稿では、女性活用が失敗しないための5つのポイントを示したい。

1.理由や目的を明確にすること 
 流行だから、他社がやっているから、安倍さんが言っているから、外聞がいいからなど、企業の課題を踏まえていないものはNGである。まずは社員が本気で取り組まない。「うちの会社(社長)はハヤリモノが好きだから」と冷ややかに傍観する社員が目に浮かぶ。
 いい加減な気持ちで取り組んで、痛い目に合うのが経営者ならまだよいが、割を食うのは主役のはずの女性社員となる可能性が高い。たとえば、女性社員を抜擢したとしても周囲の理解や協力なしに活躍できるわけがない。結果だけ見て、「だから女性はダメ」で片付けられては目も当てられない。

2.トップが本気になって主導すること  
 多くの人事施策と同じく、女性活用もトップ主導の取り組みが重要となる。カギは男性上司の意識改革にあるので、そのためには不可欠である。人事やプロジェクトチームがいくら旗を振っても、トップが動かなければ、大半の上司の意識は変わらない。

3.課題を絞り込むこと  
 課題を明確化し、絞り込み、規模や業種、企業の実態に応じた取り組みにすることである。実現性の乏しい課題を掲げても意味がない。たとえば、大企業でなければ、社内託児所などは難しいし、製造業が在宅勤務を認めても絵に描いた餅である。サービス残業が横行している会社が、定時帰りを実施しても他の社員の理解を得られない。

4.男性管理職の意識を変えること 
 男性管理職の意識改革が大切だ。今の時代、さすがに表だって女性の活用を否定する人はいないだろうが、程度の差はあれ、どこか色眼鏡でみることは多い。
 今、求められているのは、「男性のルール」を維持したまま、女性をそれに適用させようとすることではない。これまでは、「男性のルール」に適応できたスーパーウーマンだけが活躍できたが、普通の男性と同様に普通の女性が活躍できる場をつくることだ。そのためには、男性のルールと女性のルールを合わせて、新たなルールをつくらなければならない。これは、現ルールの中心的担い手である男性管理職の意識改革なしには実現できない。

5.多少の失敗は許容する
 これまでずっと男性のルールでやってきた仕事に女性のルールが加わることになる。とはいえ、当面は男性ルールが優先しているのが現実だ。
 したがって、うまくいかないケースは多々あるだろう。「だから、やっぱりダメだ」で終わらせず、少しでも成果を認め、次に進むことが重要だ。
 失敗の要因は、当該女性の能力にあるのではなく、周囲の環境にあると考え、その是正を課題とすべきだ。
 
 女性が活躍できる企業の理想は、男性も女性も区別なく活躍できる職場の実現である。人事管理の観点から言い換えると、原則として男性・女性という区分を無くした管理ができている企業
である。
 たとえば、異動を除けば、出身地の違いで人事管理を区別する会社はないだろう。同様に、法定の女性保護以外は、性別を考慮していない状態になっていれば、女性が活躍できている企業となるはずである。

(2015年6月29日)

 
 
 人材育成会議のすすめ Column No.67

 今回は、筆者が最近の人事制度構築に組み込んでいる「人材育成会議」について解説したい。
 
 人材育成会議とは、人事評価の公平性を確保するとともに、社員の能力開発を明確化することで、人材を継続的に育成するための会議体である。
 一般に、「人事評価委員会」などと称して、社長や役員、部長等の上級管理者が集まり、全社的な見地から評価の調整や最終決定の場を設けることがあるが、これをさらに発展させて社員の能力開発に主眼を置いたもの考えればよいだろう。

 その目的をあらためて整理すると次の4つが挙げられる。

① 次年度の能力開発課題を明確化・共有化することで、社員の継続的な育成を図る。
② 上司のスキルに左右されない育成システムを確立する。
③ 部門間の評価のばらつきを是正し、評価の公平性および納得性を高める。
④ 評価者の評価/育成スキルを向上させる。

 ①に関して、当会議は全社的に能力開発を推進するためのエンジンになるということである。「わが社は育成を大切にしている」と言いながら、実態は人事部門や上司に育成を任せきりの企業が目立つが、そうではなく、経営者が人材育成に具体的に関わっていることを示せる。これにより、社員としても、自己の能力開発によい意味でのプレッシャーを感じることができる。

 
また、②に関しては、人材育成を上司任せにすると、上司の意欲やスキルにより結果に大きな差が出てしまうリスクがあるため、これを防ぐ機能を持たせるということだ。同時に、④にも関連するが、会議を通じて上司も能力開発課題の着眼点、設定の仕方、進め方など多様な意見を吸収し、人材育成スキルを向上させることができる。

 
次に実施の概要を説明しよう。 

  対象者(被評価者)は、全社員とするのがベストであるが、管理職のみ、一般社員のみという形で、自社に合った区分を設定するのもよい。

  実施時期は、評価に合わせて開催する。つまり、評価が年1回なら1回、前期・後期に分かれているのならそれぞれ開催する。ただし、前後期の場合で、それぞれの開催が困難であれば年1回でもよい。

  会議メンバー(評価者)は、対象者にもよるが、社長、役員、部門長クラスおよび1次2次評価者が基本となる。対象者が一般社員の場合は、担当役員、部門長クラスおよび1次2次評価者というように適宜編成する。なお、1次2次評価者は自身の部下に係る会議に参加する。
  上記のメンバー以外に意見を聴くことが有効と考えられる者や、任意に参加したい者がいる場合は、出席できる仕組みを設けておくことも考えられる。

 
会議の基本プロセスは次のとおりである。

① 1次評価者が評価内容、課題等を説明する。
② 2次評価者が補足説明する。
③ 不明点や疑問点など、質疑応答を行う。
④ 部門間の均衡、各評価者の評価特性、許容人件費などを踏まえ、全社的見地から最終評価を確定する。
⑤ 次期の目標や能力開発課題、行動課題、自己啓発課題等を確認する。

 ①の前に、「被評価者が自ら評価結果や今後の課題を説明する」という自己説明のプロセスを入れるものよい。特に部長クラスなどには有効である。なお、会議に被評価者を出席させる場合は、決して本人を問い詰めたり、叱ったりしてはならない。
 また、メンバーは会議前に全被評価者の評価結果を一覧しておくとスムースに進められる。
 会議後はフィードバック面談等を通じて、1次評価者が被評価者に内容を伝達する。

  人材育成会議は、人事評価に関する会議とは切り離して設置してもよいのだが、適正な能力開発は適正な評価が前提となることや、評価と能力開発の連動を意識すること、会議の時間確保の問題などから、評価会議と一体化させるものである。

 
人材育成会議の目的は最初に述べたとおりだが、より本質的な目的は、各人の成長に向けて全社が一体となることである。言葉を換えると、一人ひとりの社員が大切であることを全社員が共有することだ。これは、今後の企業の継続的な成長に重要なことである。人材育成会議はそのための基盤になると考えている。

(2015年7月6日)

 
 
 チャレンジ登用制度~その1 Column No.68

 高レベルのパフォーマンスを示す若手社員を目にし、「早く管理職にしたい」とか「責任のあるポジションにつけて力を発揮させたい」と経営者や幹部が思うことは少なからずあるだろう。

 
ところが、いざ抜擢・登用させようとなる、昇格要件を満たしていなかったり、先輩社員が管理職予備軍の先の列に並んでいたりして、簡単には実施できない実態がある。

 
そのような問題を解決するために提案したいのが「チャレンジ登用制度」である。本コラムにおいて、この制度について2回にわたって解説をしたい。今回は、その概要である。

 チャレンジ登用制度とは、社員が現在所属する資格等級に留まったまま、上位等級の役職に一定期間登用する制度である。いわば「役職者としての試用期間」をイメージしてもらえればよい。

 目的は、

・社員の能力開発、特に将来の幹部の早期育成
・役職者としての資質チェック
・流動化を進めることによる組織活性化

 などである。

 特にチャレンジ登用制度が有効となるのは、役割等級制度や職務等級制度などの成果主義人事を導入している企業である。

 一般に職能資格制度など能力主義のもとでは、能力というあいまいなものが等級要件となるため、上位等級役職への登用は柔軟にできる。たとえば、本来係長クラスの等級であっても、課長職への登用が可能となる。

 ところが、役割等級制度や職務等級制度では、等級と役職が結びついているので、管理職に登用するには、原則として対応する等級に昇格させなければならない。
 しかしながら、昇格要件を満たしていない、昇格させると降格が困難になる、賃金アップが必要となるなどの諸要因により、原則どおりに昇格させることが困難なケースが多い。年功制を排除する人事制度なのに、若手の抜擢人事ができなくなるという皮肉な現象が発生してしまうのだ。

 次回に詳細を説明するが、チャレンジ登用制度は一定期間を限定して管理職の職務を果たしてもらうものなので、役割等級等のもとであっても臨時的な抜擢が可能となる。成果主義人事の理念を崩さずに、柔軟な運用ができるということだ。

 もちろん、職能資格制度等の能力主義の下であっても、社員の能力開発を主眼に置いて制度化することが可能である。

 業務拡大や新規業務の開始で新たな課ができるとか、現在の管理者では力不足で役割交替が必要となっているなど、若手の登用が求められるケースはあるはずだ。
 その際、既存のルールに縛られた中での登用だと人材の範囲が狭められる。チャレンジ登用制度があれば、その枠を拡大することで、より最適な人材を配置できる機会が増えるのである。

 
次回は、チャレンジ登用制度構築のポイントを実際の導入例に即して整理してみたい。

(2015年9月8日)

 
 
 チャレンジ登用制度~その2 Column No.69

 今回はチャレンジ登用制度構築の際のポイントを、実際の導入例に即して整理する。囲みの部分は規定あるいは運用ルールと考えていただきたい。

1.対象者および登用先

チャレンジ登用制度の対象者および登用先は次の通りとする。 
 対象者 : 管理職でない社員
 登用先 : 管理職(課長)

 課長の者を部長に登用することも考えられるが、ここで想定している制度は若手社員の育成なので、非管理職者の管理職の登用に限定している。
 対象者を「管理職でない社員」としているのは、いわゆる「飛び級」もありうるからだ。ただ、キャリアパスや社員数など企業の特性により、管理職手前の等級に限定してもよい。

2.登用者の選定
 
管理職への登用者は、所属長・人事担当部長の推薦および役員会の承認によるものとする。

 この辺りも規模によって異なる規定となるだろうが、基本的には通常の管理職の登用と同じにすべきだろう。

3.登用の期間

(1)登用の期間は原則として1年間とする。ただし、会社の判断により、期間中であっても終了させることがある。
(2)2年目以降も登用する場合は、該当する役職の等級に昇格させる。

 チャレンジ登用期間は1年が適切である。2年も3年も登用が続くのであれば、「試行」の趣旨からは逸脱し、事実上の昇格となってしまうからだ。また、6ヵ月では、短すぎて職場が混乱する恐れがあるし、適性の判断にも不足する。
 
4.登用の時期

登用の時期は、通常の昇降格と同じにする。

  他の社員を4月1日付で昇格させるのなら、それに合わせるということだ。業務運営や職場運営の都合もあるので、通常の昇降格と同時期にするのが原則である。

5.2年目以降の登用の適否および通知

(1)登用期間末に、下記の者により、登用者の役割発揮度合いおよび職務遂行度合いについて評価を行い、2年目以降の登用の適否を判定する。
  所属担当役員・人事担当役員・所属長
(2)登用の適否は、人事担当役員から本人に通知する。通知にあたっては、人材育成の観点から登用期間中の評価についてフィードバックを行う。

 単なる適否通知だけではなく、登用期間がどうであったのかの具体的なフィードバックを求めることが重要である。この制度が形骸化しないためのポイントといえる。

6.登用者の給与

(1)登用者の給与は、現等級におけるものを維持する。ただし、その額が、登用する役職の等級の1号よりも低い場合は、差額を調整給として支給する。
(2)役職手当は、登用する役職のものを支給する。
(3)時間外労働手当、法定休日労働手当は支給しない。

 試行とはいえ、役職者の任務を遂行するのであるから、それに見合った給与を支払うのが原則である。ただし、この点は、資格等級や企業による考え方にもよる。たとえば、能力等級であれば、現在の能力給でかまわないとも考えられる。ただ、その場合は、(3)の割増賃金の支給は考慮すべきだろう。

7.登用者の人事評価

(1)登用者の人事評価は、登用する役職の等級を基準に実施したうえで、結果について次のとおり読み替えを行う。
評価
読み替え

 読み替えを行うのは、上位等級の仕事を期待されて低評価を受け、報酬が低くなったり評価履歴が悪くなったりするのを防ぐためである。
 この辺も企業の考え方次第であるが、チャレンジさせておいて評価が厳しくなるのは社員にとっては不合理のため、なんらかの救済措置をとったほうがよいだろう。

 
以上がチャレンジ登用制度のポイントである。「チャレンジ」を重視する企業が多いなか、実際にそれを人事制度化してアピールできるメリットもある。ぜひ、検討をいただければと思う。

(2015年9月14日)

 

 評価制度構築にあたって検討すべきこと~その1 Column No.70

 企業が人事評価制度の構築を考えたとき、担当を命じられるのは、人事や総務部門ということになる。あるいは、経営者自らが取り組むこともあるだろう。
 担当者が制度構築のゴール(成果物)として、まず思い浮かべるのは評価シートではないかと思う。ただ、シートを作ればおしまいというわけでなく、運用のルールを定めて規程化したり、評価者のためにマニュアルを作成したりと、やるべきことはたくさんある。
 ひとくちに評価制度構築といっても内容は多岐にわたるのだ。構築を任される人事・総務部門も、何から手を付けてよいのかよくわからないというケースは多い。
 
 本コラムでは4回にわたって、評価制度構築にあたって、これだけは検討しなければならないという14の項目を整理してみたい。なお、前提として、企業のビジョンや求める人材像の確認、制度コンセプトの策定なども必要であるが、ここでは評価制度そのものに絞って、構築のポイントを指摘する。

(1)被評価者の範囲
 まずは被評価者の範囲である。これは組織のタテ(部門)とヨコ(雇用形態および等級)で考える。
①タテ(部門)
 通常は全部門を対象とする。ただし、企業によっては、正社員や自社の社員がいない部署があったりするので、そのような部署は対象外となる場合がある。
②ヨコ(雇用形態および等級)
 雇用形態とは、正社員と非正規社員ということで、通常は正社員のみを対象とするケースが多い。ただし、契約社員やパートタイマー等も対象とする場合もある。
 等級について検討課題となるのは、執行役員や本部長等、部長よりも上位の等級に属する社員を評価対象とするかどうかである。こういった社員は、能力開発というよりは、とにかく「成果」「業績」が求められるため、通常の評価制度を当てはめるよりも、役員会などで個別に評価した方が適切な場合も多い。
 
(2)評価体制
 評価体制とは、誰が評価するかの枠組みである。
 よくあるのは、直属の上司が1次評価者、その上司が2次評価者とするケースである。調整者については、組織の規模により、さらに上の上司が行ったり、役員を含む委員会で行ったりする場合が多い。
 最近では、部下や同僚、他の上司などの評価(いわゆる360度評価)や、顧客の評価を取り入れる企業もある。

(3)評価要素
 評価要素とは、社員の何を評価するかで、能力・情意、行動、コンピテンシー、業績等から選択することになる。
 このうち、能力・情意、行動、コンピテンシーは同様の切り口なので、いずれかの1つを選ぶというのが一般的である。業績評価は、売上や利益等の指標を用いるほか、目標管理によることも多い。
 評価制度の中核となる部分なので、評価の目的、企業の特性、社員の評価能力などを考慮しながら、じっくり検討する必要がある。

 
4つ目は評価の仕方であるが、これは説明することがたくさんあるので、次の機会としたい。

(2015年10月13日)

 
 
 評価制度構築にあたって検討すべきこと~その2 Column No.71

 評価制度構築のときに検討すべきことについて、4つ目「評価の仕方」から整理していこう。前回、最後に示した「評価要素」とともに、制度構築の核となるテーマである。

(4)評価の仕方
 どのように評価するかであるが、これには、①評語方式か数値化方式か、②総合勘案方式か個別チェック方式か、③基準を共通なものにするか個別に設定するか、という3つのポイントがある。

①評語方式か数値化方式か
 評語方式というのは、評価結果を「SABCD」や「54321」といった評語で示すものである。数値化方式は、項目ごとに点数を付けて合計点を示すものだ。
 それぞれのメリットとデメリットは次の通りである。

 
メリット
デメリット
評語方式
・結果の良否がわかりやすい
・結果の調整がしやすい
・個別項目と総合評価の連動が困難
・項目ごとのウェイト付けが困難
・差が出にくい
・結果の相対化が困難
数値化方式
・項目ごとのウェイト付けが容易
・差が出やすい
・結果の相対化が容易
・結果の良否がわかりにくい
・結果の調整がしにくい

 評語方式の最大のメリットは、評価結果が一目でわかることである。これに対して、数値化方式は点数だけが示されるので、結果としてわかりにくい。そのため、両者を組み合わせて、数値化方式で合計点を算出し、それをSABCDに分けるという方式も多く使われている。

②総合勘案方式か個別チェック方式か
 総合勘案方式とは、定義や着眼点を基に総合的に勘案して評価するものだ。これに対して、個別チェック方式は、評価項目ごとにいくつか(通常3~5)のチェック項目が記述されていて、それぞれを評価するものである。

 
メリット
デメリット
総合勘案方式
・柔軟性がある
・設計が容易
・評価が短時間で済む
・評価が不透明になりやすい
・評価のブレが生じやすい
個別チェック方式
・評価しやすい
・柔軟性に欠ける
・項目の設定が大変
・評価に時間がかかる

 総合勘案方式の最大のメリットは「柔軟性がある」という点で、言い換えると、評価に際して融通が利くということだ。ただ、その分不透明となってしまうので、評価スキルの低い社員が行うと評価がブレやすくなる。
 その点、個別チェック方式だと、初心者でも評価しやすく、比較的ブレも生じにくい。ただし、評価がチェック項目に限定されるため、どうしても評価対象となる事項の範囲が狭くなる。いかに重要な項目を抽出するかがカギとなることから、項目設定は慎重に行う必要がある。
 
③基準を共通なものにするか個別に設定するか
 評価基準を全項目共通・同一にするか、それとも、項目ごとに詳細な基準を設定するかである。

 
メリット
デメリット
共通
・設計が容易
・基準があいまいになりやすい
個別設定
・評価しやすい
・基準の設定が大変

 当然ながら、項目ごとに設定した方が適正な評価につながりやすいが、作業は結構大変であり、いい加減な基準を設定すると、かえって不適切な評価となってしまうこともある。
 なお、業績評価の場合は、共通基準というのは困難のため個別に設定する必要がある。

(5)評価項目の示し方
 評価項目の示し方は、基本的には、定義のみか、定義+着眼点とするかの選択となる。着眼点とは文字通り、評価の際の「目の付けどころ」のことで、たとえば、「知識・技術」でいえば、
 
 ● 一定の知識・技術を持っていること
 ● 知識・技術を業務に活用していること
 ● 知識・技術の研鑽に努めていること

 といった視点に分けて、定義内容の具体的な解釈を記述するものである。 定義だけの方が設計は容易だが、評価者により定義の解釈が多様になるので、評価がブレやすくなる。そのため、着眼点(行動例等)を設けて、評価者の視点の統一化を図るケースが多い。


(2015年10月19日)

 
 
 評価制度構築にあたって検討すべきこと~その3 Column No.72

 評価制度構築で検討すべきことについて、3回目は6つ目の「評価段階数と表記の仕方」から説明する。

(6)評価段階数と表記の仕方
 評価段階数は一般的には5段階が多い。ただし、個別の着眼点は3段階で評価し、それを踏まえ、各項目は5段階評価をするなどのパターンもある。評価の中心化傾向を防ぐために、4段階や6段階で設置するところもある。また、目標管理の達成度評価では7段階、さらには10段階なども見かける。結局のところ、報酬などの査定に活用することも念頭に置いて、段階数を決定することになる。
 表記の仕方は、SABCDや54321をよく目にするが、企業によりさまざまである。同じ5~1評価であっても、1が最高評価となっている企業もある。

(7)評価項目数
 能力・情意評価で8~10程度、業績評価(目標管理を除く)で5程度というのが一般的である。あれもこれもと欲張らず、評価者の負担を考えて可能な限り絞り込みたい。

(8)対象者の区分
 対象者の区分とは、等級や職位、部門や部署によって評価項目をどのように設定するかである。区分ごとに別の評価シートを作成することになる。管理職クラスと一般社員クラスでは求める能力や業績は違うものになるし、製造と営業でも違うはずである。ただし、あまり細かく分けすぎると、運用が煩雑となるので注意しなければならない。
 企業によっては、全社員共通の項目と、等級・部門ごとに特徴的な項目とに分けて設定する場合もある。たとえば、企業の「バリュー」を全社員共通の項目として用い、その他は部門ごとに設定するケースなどである。

(9)自己評価(本人評価)
 上司評価をする前に、本人に自己評価をしてもらうかどうかである。近年は能力開発目的が主眼となっていることから、自己評価をさせるケースが多い。言い換えると、能力開発目的を標榜するなら、自己評価をすべきだろう。
 なお、自己評価と言っても、あくまで自らの能力・業績を振り返ることが目的であり、正式に評価に反映させるものは少ない。せいぜい、上司が評価をする際の参考といった扱いである。
 
(10)総合評価
 総合評価は、能力評価と業績評価がそれぞれ決まれば、自動的に決まるようにするのが一般的である。ただ、単純に得点を合算するのではなく、等級・職位に応じてウェイトを変えるのが普通である。たとえば、部長クラスであれば業績評価のウェイトが高くなり、一般社員であれば能力評価のウェイトが高くなるように設計することが多い。

(11)評価期間と評価実施時期
 能力・情意評価は1年、業績評価は半年とするケースが多い。業績評価を半年とするのは、夏冬の賞与に反映させるためである。ただ、半年では業績が評価できない企業の場合は、業績評価も1年とすることになる。賞与支給については、暫定評価での支給(後の賞与で調整)や、昨年度の評価を用いるなどの対応が必要となる。
 期間は決算に合わせるのが通常で、3月決算であれば、4月から翌年3月までが評価期間となる。このとき、評価の実施時期は4月以降とするのが筋だが、昇進や昇給の関係で2月3月に実施する企業が実際は多い。

(2015年10月27日)

 
 
 評価制度構築にあたって検討すべきこと~その4 Column No.73

 評価制度構築時に検討すべきこと、第4回目として、(12)以降の残りの3つを説明したい。

(12)評価結果の公開とフィードバック
 最近の人事評価はほとんどが能力開発を目的としている。そうであるのなら、評価結果は原則公開するのが筋である。評価結果がわかなないということは、現在の能力レベルが不明ということであり、適切な能力開発が難しくなるからである。 ただし、評価に不慣れである導入初期は、混乱を避けるために非公開とし、3年後くらいを目途に公開するというやり方もある。
 公開にあたっては「いつ」「誰に」「どこまで」「どうやって」の意思決定が必要である。
 「いつ」とは、1次評価後、2次評価後、最終評価後のどのタイミングで行うかである。できれば、評価が確定する最終評価後に行いたいが、最終評価に時間がかかることや面談の時期の関係で難しい場合は、その前に行わざるを得ない。そのときは、最終評価が変わる可能性のあることを被評価者に伝えておく必要がある。
 「誰に」については、原則として全社員を対象とするが、企業によっては低評価者のみ、あるいは希望者のみという場合もある。
 「どこまで」は公開の範囲のことで、全項目、各評価要素のみ、総合評価のみ、といった区分がある。基本的には全項目とすべきであるが、上記の「誰に」と組み合わせて、対象者や範囲を設定することも考えられる。
 「どうやって」は、公開の手法のことで、一般的にはフィードバック面談によることになる。公開内容が総合評価のみということであれば、文書によることもある。社員の能力開発のためには、面談が重要な機会となるのは間違いない。

(13)結果の活用
 結果は給与、賞与、昇格、昇進、異動、能力開発に使われるのが一般的である。
 このうち、給与査定には能力評価を用い、賞与査定には業績評価を用いるというケースがよくある。これは、能力評価は比較的安定しており、また、本人の努力がそのまま結果に結びつきやすいので、報酬の基礎となる給与に反映させ、本人の努力以外の要素で大きく変動する可能性のある業績評価は、賞与に反映させるべきという考えによるものである。

(14)その他運用ルール
①1次評価と2次評価が相違した場合
 この場合、両者間で協議を行うのが一般的である。中には、相違したままにして、両者の平均を評価とする企業もあるが、本人へのフィードバックを前提とすると、協議により確定するのが望ましい。

②評価補助者の設置
 被評価者が遠隔地にいる場合や多数いる場合に、評価のための情報提供者を設けることがある。情報提供者には、非管理職のうち係長や主任など、その職場である程度の権限・責任を有するものを任命するのが適切である。

③異動等への対応
 これには2つの観点があり、1つは、評価者あるいは被評価者が評価期間中に異動した場合の対応である。評価者の異動の場合は、後任者に引き継ぎ事項として申し送りをしたり、後任者が評価する際に意見を述べたりするのが一般的である。被評価者の異動の場合には、異動時点で評価を行うようにする例が多い。
 もう1つは、異動で新規の部署に移ったときの評価をどうするかである。普通に評価すると低評価となりやすいため、半年間は評価対象としないなどの救済措置を設ける場合もある。

④苦情対応
 公務員の人事評価では、公式の窓口や苦情処理機関を設置するなど、苦情対応がきちんと制度化されているのが通例だが、民間企業でそこまでやるところは少ないと思われる。ただ、機関はともかく人事部門などが窓口を設けて、社員の不平・不満に耳を傾けることが重要と考えられる。

 以上、評価制度構築にあたって検討すべきことのポイントを整理してみた。あらためて、考えなければならないことの多さに気づく。それだけ選択肢もあり、迷路に入り込む可能性も高いということだ。迅速・適切な意思決定ができるよう、事前に制度構築コンセプトを明確化しておくことが非常に大切である。

(2015年11月16日)

 
 
 配偶者手当の見直し Column No.74

 11月15日付の日経新聞に、経団連が配偶者手当の見直しを推進する方針を固めたとの記事があった。来年1月にまとめる春季労働交渉の経営側の基本方針に掲げるとのことである。

 企業は、一定収入以下の配偶者を持つ社員に配偶者手当(一般的な名称は「家族手当」「扶養手当」が多いと思う)を支給する例が多いが、支給基準のほとんどが「103万円」または「130万円」となっており、主婦の就労意欲を損なっている実態を受けてのことである。

 平成27年の就労条件総合調査によると、家族手当(扶養手当、育児支援手当含む)の支給額は企業平均で約17,300円/月であるから、「配偶者手当」で考えると1万円~1万5,000円くらいが相場ではないかと思う。
 下手に数時間余分に働いて、これがもらえなくなるよりは、労働時間を抑制して、支給対象となるのは合理的な選択といえる。
 「103万円」「130万円」の壁は、所得税の負担や配偶者控除、社会保険料負担も関係するため、配偶者手当がなくなったからといって就労時間が一気に増加することはないだろうが、就労を促す大きな要因になるのは間違いない。
 特に配偶者控除が廃止されれば、壁はなくなったのも同然であり、パートタイマーの就労時間はかなり増えることが予想される。
(※なお、来年10月から、年収106万円以上等の要件を満たすパートに社会保険加入義務が生じるので、一部のパートは「106万円の壁」となる。)

 この件、経団連はあくまで推進するだけであり、配偶者手当の支給・不支給は各企業が決めるべきこととなる。ただ、問題はどうやって配偶者手当を廃止するかである。

 以前のコラムで家族手当・住宅手当の廃止について述べたが、まさにこれと同じ対応が求められることになる。
 有力案として、日経の記事では、トヨタの新たな家族手当が示されていた。トヨタでは、これまで、妻の年収が103万円以下の場合、子供の有無にかかわらず1月19,000円を支給していたが、これを子供1人あたり2万円にしたとのことだ。
 ただし、これだと、子供のいる社員はともかく、子供のいない社員は減額となり、不公平感があることは否めない。
 他にもボーナスや基本給に反映させる企業もあるとのことだが、いずれにしても、手当の廃止というのはやっかいなもので、企業が人件費を増額させない限り、誰かが不利益を被る。

 実施にあたっての基本的な対応としては次の3つである。

① 廃止の目的や企業としての考え方を明確にすること 
 配偶者手当の廃止であれば、「女性の社会進出の促進」など、万人が納得できる大義名分があればなおよい。
② 原資を減らさず、①に合致する形で他の費目に振り替えること
 原資を減らせば人件費カットと思われ反発を受けるので、業績不振でない限りは、原則として原資はそのまま基本給・手当・福利厚生費等の他の人件費に流用すべきである。
③ 社員にきちんと説明すること
 「文句を言われるのはわかっているので、説明なしで導入する」というのは、最悪のパターンである。手当の変更は労働契約の変更であり、労働契約法の定めからも問題といえる。

 ①に合理性があることが前提となるが、上記を誠実に取り組めば、多少の不平・不満は出たとしても、大きくモチベーションが低下するようなことはないはずだ。もし、モチベーションが低下したのであれば、配偶者手当の見直しはきっかけにすぎず、その他の要因が積み重なってのことと考えるべきである。

(2015年11月24日)

 
 
 目標管理制度構築にあたっての検討事項~その1 Column No.75

 本コラム№70~73では、評価制度構築にあたって検討すべき事項を示した。そこでは、主に評価全般と能力評価の観点から説明したので、今回からは業績評価の手法としてよく用いられる目標管理制度構築の際の検討事項をまとめてみたい。10あるポイントのうち、まずは(1)~(4)である。

(1)対象部門と職位
 原則として全社員だが、生産部門のライン作業者や事務のオペレーター等の定型業務従事者や、入社3年未満の修行中の社員など、比較的目標管理をしづらい業務・職位も存在する。
 ただ、そのような業務・職位でも、生産性向上や安全管理、自己啓発などの観点から目標設定できないことはない。目標管理のメリットの1つに、社員が主体的に取り組むことでモチベーション向上を図るという点があるので、導入するのであれば、全社員を対象とすべきだろう。
 
(2)目標の数とウェイト
 設定する目標数の考え方にはいろいろあるが、3つ前後とするのが一般的である。
 中には10項目設定できるシートを使っている企業を見たことあるが、さすがに多すぎで、最大でも4~5にすべきである。人間、そんなにたくさんの目標をうまく管理できない。6番目以降の目標は、わざわざ目標管理に掲げて管理しなくてもよい瑣末的な目標と考えるべきだ。
 ある企業では、「二兎を追う者は一兎をも得ず」の考えから、設定する目標は1つだけとしている。それだけ達成に集中して取り組んでほしいということで、これはこれで合理性のある仕組みだと思う。

 複数の目標を設定した場合には、重要度や業務量に応じてウェイト付けを行うのが適切である。ウェイトは%で付けるのが一般的で、5%刻みや10%刻みとする例が多い。また、1つの目標に対して最大でも60%といった具合に、上限を設ける例もよく見られる。
 
(3)設定目標の内容
  目標管理の目標には、①組織目標と関連のあるものにする、②チャレンジングな内容にする、という2
大原則があるが、先に述べたように定型業務従事者など、しっくりと当てはまらないケースがある。
 そうした一部の企業では、
 ・ルーティンワークも認める
 ・自己啓発目標も認める
 ・組織目標と関連の低いものも認める
 といった取扱いも見られる。これらを認める場合には、対象とする等級や職種を限るべきと考える。
 
(4)目標以外の業務の扱い
 業績評価にあたって、事前に設定した目標以外の業務を評価するケースもある。その趣旨としては、
①目標以外の突発業務の発生や、通常業務の負荷が過重になった場合に備えること
②ルーティンワークを目標として設定しない場合に、その遂行度合いのチェック
 の2点である。社員は目標として掲げた業務だけに従事すればよいわけではないので、それらにも配慮しましょうということである。
 評価の公平性を考えてのことだが、本来的な目標管理の取扱いからすれば「邪道」であることは否めず、個人的には推奨しない。上記①②については、能力評価や(7)にて指摘する努力加点により、ある程度フォローできると考えている。

 では、その(7)も含め、(5)以降は次の機会に説明したい。

(2015年12月7日)

 
 
 賃金引上げ等の実態に関する調査について Column No.76

 給与をどれくらい上げるか(あるいは上がるか)は、経営者・社員双方にとって大きな関心事である。その実態を調査した、厚生労働省の平成27 年「賃金引上げ等の実態に関する調査」の結果が12月3日に公表された。ポイントを概観しておこう。
 なお、調査対象は、製造業・卸売業・小売業については常用労働者30人以上、その他の産業については常用労働者100人以上を雇用する企業なので、零細企業も含めた企業平均からするとやや高めの傾向が出ると考えられる点に注意していただきたい。

1.賃金の改定
(1)改定の実施状況
 (調査対象の)全企業のうち、平成27 年中に「1 人平均賃金を引き上げた・引き上げる」は85.4%(前年83.6%)で、前年を上回った。
  逆に、「1人平均賃金を引き下げた・引き下げる」は1.2%(同2.1%)、「賃金の改定を実施しない」は8.4%(同9.7%)となっている。
 業績の好調さに加えて、政府の賃上げ要請も効果があってか、賃金の引き上げは確実に進んでいるようだ。

(2)賃金の改定額・改定率
  平成27 年の1 人平均賃金の改定額は5,282 円(前年5,254 円)、改定率は1.9%(同1.8%)で、いずれも前年を上回った。
  「1人平均賃金の改定額」を企業規模別にみると、5,000人以上の企業で7,248円(同6,044円)、1,000~4,999人は、5,999円(同6,126円)、300~999人は4,633円(同4,844円)、100~299人は3,947円(同4,229円)となっており、当然のことながら、規模間の差が現われている。

2.定期昇給等の実施
(1)定期昇給制度の有無
  平成27 年中の賃金改定が未定以外の全企業のうち、管理職の定期昇給制度の有無をみると、「定昇制度あり」が76.3%(前年73.0%)、「定昇制度なし」が22.7%(同26.4%)となっている。
  一般職では、「定昇制度あり」が83.1%(同80.0%)、「定昇制度なし」が16.5%(同19.2%)となっている。

(2)定期昇給の実施状況
  「定昇制度あり」のうち、定期昇給を「行った・行う」は、管理職69.9%(前年66.1%)、一般職77.6%(同 74.3%)で、ともに前年を上回った。

(3)ベアの実施状況
  定期昇給制度がある企業のうち、平成27 年中にベースアップを「行った・行う」は、管理職20.5%(前年18.6%)、一般職25.0%(同 24.8%)で、ともに前年を上回った。
  ちなみに5年前(平成22年)の調査では、管理職9.4%、一般職9.6%だったので、倍以上に増加している。数年前までは、「定昇が精一杯で、ベアなどもってのほか」という空気であったが、そうでもなくなっていることがうかがえる。

3.賃金カットの実施状況

(1)賃金カットの対象者
 賃金の改定を実施または予定している企業のうち、平成27年中に賃金カットを実施・予定している企業は9.5%(前年9.0%)となっている。ここでいう賃金カットとは、賃金表等を変えずに、ある一定の期間につき、一時的に賃金(基本給、諸手当)を減額することである。5年前(平成22年)の調査結果は23.0%だったので、それと比べると大きく減少しており、経営状況の改善ぶりが見てとれる。
 対象者別にみると、「管理職のみ」は28.1%(同15.2%)、「一般職のみ」は11.7%(同16.7%)、「管理職と一般職」は57.8%(同67.3%)となっている。
 賃上げのムーブメントがある一方で、賃金カットせざるを得ない企業もある。そのターゲットは管理職に向けられている。
 
(2)賃金カットの内容
 賃金カットを実施または予定している企業について、対象者別に賃金カットの内容をみると、管理職では、「基本給のみ減額」が、管理職の「一部」で35.8%(前年35.6%)、管理職の「全員」で27.5%(同14.5%)と最も多くなっている。
 また、一般職についても、「基本給のみ減額」が、一般職の「一部」で38.8%(同38.2%)、一般職の「全員」で10.5%(同13.2%)と最も多くなっている。

4.賃金の改定事情
 平成27年中に賃金の改定を実施または予定している企業について、賃金の改定の決定にあたって最も重視した要素をみると、「企業の業績」が52.6%(前年50.7%)と最も多く、「重視した要素はない」を除くと、「労働力の確保・定着」が6.8%(同5.8%)、次いで、「親会社又は関連(グループ)会社の改定の動向」が5.4%(同4.6%)、となっている。
 このように、現在は「企業の業績」が圧倒的に重視されているわけだが、20年前くらいまでは、「世間相場」が30%を超えることもあり、かなりの存在感を示していた。世間相場の27年の数値はわずか3.6%で、経済成長が止まり、よそを気にする余裕がなくなったことを如実に表している。

(2015年12月14日)

 
 
 目標管理制度構築にあたっての検討事項~その2 Column No.77

 目標管理制度構築にあたっての検討事項、後半の(5)~(10)を説明する。
 
(5)難易度の設定
 難易度は、評価時の不公平感の大きな要因となるので、設けた方が適切である。高い目標にチャレンジして達成できなかった社員よりも、低い目標を達成した社員が評価されるような制度では、まじめに取り組む者がいなくなってしまう。
 また、難易度を無視してよいのなら、高評価を得られるよう、大半の社員は容易に
達成できる目標を立てるだろう。そうなると、組織業績を高めていくことは困難であり、その観点からも難易度の設定は必要といえる。
 難易度は2~4段階に分けるのが普通で、3段階というのが最も一般的である。
 難易度の高い目標は、たとえ未達成でも高得点を得られるケースが多いので、難易度が適切に設定されているか上司が慎重に判断しなければならない。企業の中には、2次評価者や人事、さらには評価調整機関などが関わったりするところもある。
 
(6)達成度評価の仕方
 能力(行動)評価に合わせるのが一般的で、能力評価がS~Dの5段階評価であれば、同じようにするという具合である。ただ、業績評価は賞与とリンクさせるケースが多いので、実際の賞与査定に合わせてレベル数を設けることもある。たとえば、賞与査定を7段階に分けて行うのであれば、業績評価もこれに合せて7段階とするようなケースである。
 
(7)「努力」の扱い
 業績評価においては、「結果」だけを評価するのが原則である。この場合、目標遂行過程における「努力」は能力評価等でフォローをすることになる。
 業績評価で努力を考慮しないのは、努力を評価対象にすると、どうしても評価があいまいになってしまうからだ。Aさんの努力が評価され、Bさんの努力が評価されなかった場合に、その境界を説明するのは困難ということだ。
 ただ、努力を評価する企業も存在する。そのような企業では、たとえば、十分に努力をしたけれど
本人に責任のない外的影響により目標達成できなかった場合に、努力点をプラスしたり、本来よりも1ランク上の評価をしたりしている。
 
(8)評価得点の計算方法
 評価得点は、目標項目ごとに、難易度・ウェイト・達成度を勘案して計算するのが一般的である。
 主な方法としては、難易度と達成度でマトリクスを作成して得点を決定し、それにウェイトをかけるマトリクス方式や、難易度に応じて「1.3」「1」「0.7」といった係数を設け、それに達成度・ウェイトを乗じる係数方式などがある。
 
(9)目標の妥当性の確認
 設定された目標が妥当かどうかのチェックである。難易度のところで指摘したように、1次評価者に任せるだけでなく、2次評価者や会社全体による確認が望ましい。
 チェック事項のポイントは以下のとおりである。
 ア.組織目標との整合性がとれているか
 イ.職位・等級にふさわしい目標か
 ウ.評価のときに達成度が判断できるか(「何を」「いつまで」「どの水準まで」行うかが具体的に示されているか)
 エ.手段・方法は実効性があるか
 オ.難易度・ウェイトは適切に設定されているか
 
(10)目標の公開
 社員の目標を公開する企業もある。なぜ公開するかと言えば、次のメリットが期待できるからだ。
 ・見られても恥ずかしくない目標を立てる
 ・達成に向けて、良い意味でプレッシャーがかかる
 ・目標を共有することで、支援が得られやすくなる 
 ある自治体では、職員どころかHPで誰でも閲覧できるようにしている。そこまでやるかはともかく、少なくとも同部署内では公開すべきと考える。
 
 以上、目標管理制度構築のポイントを整理してみた。他の人事制度構築にもいえることだが、実施してみなければ何が妥当かわからないことも多い。まずはやってみて、よりよい方向へ修正していくという柔軟な姿勢が非常に大切である。

(2015年12月21日)

 
 
 降格の是非 Column No.78

 めでたい年明けの話題としてあまりふさわしくないかもしれないが、今回は企業にとって降格の是非を考えてみたい。降格制度は必要かどうかということである。

 降格とは、資格等級制度において下位の等級に下がることをいう。広義には、部長から課長になるなど、役職が下位に下がることもいうが、厳密にはこれは降職である。 ここでは、等級の引き下げの意味で話を進めるが、降格と降職はセットになっているケースが多いので、降職をイメージしていただいても構わない。

 
さて、企業が社員を降格させるケースには大きく2つあり、1つは人事権行使として降格で、所属等級に期待される能力を満たしていないとか、役割を果たしていないとかの理由によるものだ。もう1つは、何らかの懲戒に該当する行為を行った場合の懲戒処分として降格であるが、今回テーマとするのは前者の人事権行使としての降格である。

 
企業が降格をどれくらい実施しているか統計データを見てみると、リクルート・マネジメント・ソリューション社の「昇進・昇格実態調査2009」では、降格を実施している企業は3割超とのこと。
 また、やや古いが、2005年の労務行政研究所の調査では、降格制度のある企業が59.7%で、そのうち降格の実態のある企業は37.3%とのとこである。
 ただ、上記調査はどちらかといえば大企業で、中小企業では制度に基づかず、ワンマン社長の鶴の一声で降格というようなケースもよく見られる。
 まあ、大まかな目安として、企業の3分の1くらいは降格を実際に行っているとみてよいと思う。

 ところで、企業はなぜ降格を実施するのだろうか?

 上記の労務行政研究所の調査では、降格制度導入のねらいとして回答が多いのは、「資格・職務と成果のギャップの是正、公正な処遇の実現」が最多で、以下、「人事考課の公平性・納得性の向上」「従業員の意識改革、職責の自覚の醸成」と続く。

 ひと言でいえば、仕事と報酬のアンマッチということだろう。
 たとえば、課長ポストからは外すが等級は引き下げない(したがって、給与は基本的に役職手当がなくなるだけ)という運用では、上位等級の滞在者が増えてしまって人件費の増加が避けられない。役割等級制度や職務等級制度を導入している場合は、「役割(職務)=等級」という原則に反する運用となり、制度の形骸化にもなりうる。

 もう1つ、やはり組織が成長していくには新陳代謝が不可欠であり、それを促す仕組みの1つとして降格制度は必要という点もある。定年制や役職定年制だけでは、近年のスピードについていけないのだ。

 
一方で、降格制度で最も問題となるのは、降格対象者のモチベーションである。降格制度を導入しようとすると、「降格させると本人のモチベーションが低下してしまうので、原則として降格は避けるべき」という反論が必ず起きる。
 もっともな理屈なのだが、ここで見過ごしてはならないのは、他の社員のモチベーションである。明らかに課長クラスに求められる仕事をしていない社員が、ぬくぬくと居続けることが、どれだけ周囲に悪影響を与えるかも考えなければならない。その人のせいで昇格できないと、会社に見切りをつける優秀な若手社員がいるかもしれないのだ。

 
そう考えると、降格は企業にとって必要な仕組みといえるだろう。

 もちろん経営者の思い付きで降格させたり、部長から一気に平社員に引き下げたりするような懲罰的なやり方はNGで、社員が納得できる合理性のある仕組み・ルールが求められる。
 たとえば、人事評価で連続して低評価を受け、さらに、上司から指導を受け、それでもダメな場合に降格させるといった仕組みである。
 ある企業では、一定の評価基準を満たさなかった社員に対して、本人を含め、所属部長、人事部長、全役員との話合いの下で降格の決定をしている。このとき、単に降格を通告するのではなく、今後の能力開発課題を与え、奮起を促すようにしている。主眼は人材育成なのである。社長をはじめとする全役員から降格を受けるわけだから、ある意味納得せざるを得ない仕組みといえる。

 もう一つ大切なのは、敗者復活ができる仕組みである。大相撲では大関から陥落しても、次場所で10勝以上を挙げれば復帰できるようになっているが、例に挙げた企業でも、降格後に一定の人事評価を得れば再昇格できる仕組みを設けている。

 降格というと、どうしても負のイメージがあるが、「役割交替」として社員の理解と納得を得られるようになるのがベストである。適材適所のポジションに異動するというイメージだ。そのような流動性のある組織ができれば、人材競争力を高められるはずだ。困難な理想には違いないが、そこに近づく努力は非常に重要と考える。

(2016年1月5日)

 
 
 インセンティブとしての永年勤続表彰 Column No.79

 中高年社員などに余剰が生じている大企業はともかく、中小企業では自社に居続けてくれる社員というのは貴重で、大切に扱いたい。勤続に対して何らかの報奨(インセンティブ)を与えるのも1つの手である。

 勤続のインセンティブには、さまざまなものがあるが、代表的なのは、一定年齢まで毎年昇給させる年齢給や勤続給である。ただし、昇給額は数千円~数百円で、インセンティブとして機能しているとは言い難い。そして、一定年齢後は下がるのが普通なので、逆のインセンティブが働くことになる。
 何より、昨今の脱年功序列の流れの中で、年齢給・勤続給はどうやって廃止するかが課題となっており、今更導入するというのもためらわれる。賃金に関しては不利益変更の問題もあって、いったん既得権化すると廃止するのは難しくなる。

 
そこで、あらためて見直したいのが永年勤続表彰である。永年勤続表彰とは、「長期勤続者を対象として一定周期ごとに表彰状に金または物品をそえてその勤続を表彰すること」(日経連「人事労務用語辞典」)だ。

 導入状況を見ると、古いデータなのだが、2006年の産労総研の調査では79.2%とのこと。当時において毎年0.8ポイント前後の割合で減少しているということなので、現在では7割くらいではないかと思う。

 
永年勤続表彰のメリットは、年齢給や勤続給に比べて、もらった社員のインパクトが強いことである。休暇とセットになっていれば効果はさらに大きい。
 また、設計の仕方によっては、所得税や社会保険料の点から社員に有利となる。具体的にみてみよう。

 永年勤続者に支給する記念品等(記念品や旅行や観劇への招待費用の支給)は、次に掲げる要件をすべて満たしていれば、給与として課税しなくてもよいことになっている。

① その人の勤続年数や地位などに照らして、社会一般的にみて相当な金額以内であること。
② 勤続年数がおおむね10年以上である人を対象としていること。 
③ 同じ人を2回以上表彰する場合には、前に表彰したときからおおむね5年以上の間隔があいていること。

 現金、商品券などを支給する場合には、その全額が給与として課税されるが、
旅行券の支給に関しては、次の要件を満たしている場合には、課税しなくて差し支えない。

① 旅行の実施は、旅行券の支給後1年以内であること。
② 旅行の範囲は、支給した旅行券の額からみて相当なもの(海外旅行を含む)であること。
③ 旅行券の支給を受けた者が当該旅行券を使用して旅行を実施した場合には、所定の報告書に必要事項(旅行実施者の所属・氏名・旅行日・旅行先・旅行社等への支払額等)を記載し、これに旅行先等を確認できる資料を添付して会社に提出すること。
④ 旅行券の支給を受けた者が当該旅行券の支給後1年以内に旅行券の全部又は一部を使用しなかった場合には、当該使用しなかった旅行券は会社に返還すること。

 
続いて社会保険料を確認しておくと、 健康保険・厚生年金保険については、臨時的、一時的に受けるものは報酬とみなされないので、保険料の算定基礎とはならない。
 また、雇用保険料(労働保険料)についても、勤続報奨金や年功慰労金は賃金総額に算入しないとされている。

 
永年勤続表彰があるからといって、それだけで勤務を続けることはないだろうが、長く勤務したことを認めてもらうという意味で、それなりのインセンティブにはなる。少なくとも、年齢給・勤続給よりはインセンティブの効果は高いと思われる。設計の仕方を工夫すれば、費用も同等か抑えられるはずだ。
 近年創業した企業では、永年勤続表彰を設けていないところも多いだろうが、導入を一考してはいかがだろうか。

(2016年1月13日)


 
 
  簡易に組織業績を報酬に反映させる方法~その1 Column No.80

 コンサルティングを行っていると、会社業績や部門業績などの組織業績を、給与・賞与等に反映させたいという要望をよく聞く。
 そのような企業の中には、体系的な評価制度や報酬制度を整備していないところもあり、社員が納得できる形で組織業績を反映させるのが困難なケースも見られる。

 そこで、本コラムにて、人事制度が未整備の企業が組織業績を反映させる簡単な手法を紹介したい。紹介するのは一時金として支給するケースだが、給与として支給するのなら、その額を12分割するなど適宜応用すればよい。
 組織業績は大きく、会社業績に応じるものと部門業績に応じるものとに分けられるが、まず今回は、会社業績に応じて支給するものから説明する。

■会社業績に応じて支給するもの

(1)個人評価を考慮しない場合

 個人評価を考慮しない場合とは、同じ資格・等級であれば、同じ支給額になるという方法である。人事評価制度を導入していない場合や、とりあえず簡素なやり方で支給したい場合に適切である。

 支給額は次の計算式により算出する。

支給額=原資×等級別係数÷等級別係数計(社員の等級別係数の合計)

 原資は、会社があらかじめ決定しておく。最終利益が確定した段階で、その一部を原資に充てることなどが考えられる。
 等級別係数は、資格・等級・役職等に応じて設定するが、ここでは役職に応じたものを下記に例示しておく。

役職
部長
課長
主任
一般
係数
0.8
0.6
0.5
 
●計算例
原資:100万円
役職分布:部長2人、課長3人、主任5人、一般10人

 このときの課長職の支給額を計算すると、
 100万円×0.8÷12.4(=1×2人+0.8×3人+0.6×5人+0.5×10人) =64,516円 となる。

(2)個人評価を考慮する場合
 続いて、個人の人事評価を考慮する場合である。人事評価を実施しているのならば、こちらによる方が妥当性は高い。もちろん、その人事評価が一定に機能していることが前提となる。
 ところで、人事評価には「能力評価」(あるいは「行動評価」など)と「業績評価」があるのが一般的だが、ここは組織業績の査定なので「業績評価」の結果を用いるのが妥当といえる。

 計算式は次の通りで、計算の仕方は(1)と同様である。

支給額=原資×等級別評価別係数÷等級別評価別係数計(社員の等級別評価別係数の合計)

 ここで用いる等級別評価別係数は、下記のように設定する。

評価
部長
1.4
1.2
0.8
0.6
課長
1.1
0.95
0.8
0.65
0.5
主任
0.8
0.7
0.6
0.5
0.4
一般
0.7
0.6
0.5
0.4
0.3

 等級別評価別係数の設定でポイントとなるのは、管理職が低評価のときの係数をどうするかである。会社業績に対する責任は重いとして、極端に低い係数を設定する考え方もあるが、一般職並み、あるいはそれ以下にしてしまうのは、管理職のモチベーションのうえでどうかと思う。少なくとも、最高位職(例では部長)であれば、最下位職(例では一般)のB評価以上の係数を設定すべきである。

 
次回は、部門業績に応じて支給する場合を説明する。

(2016年1月18日)

 
 
  簡易に組織業績を報酬に反映させる方法~その2 Column No.81

●部門業績に応じて支給するもの

 組織業績を報酬にどのように反映させるか、続いて部門業績に応じて支給する場合を考えてみる。基本的な考え方は、前回の会社業績に応じる場合と同じである。

(1)個人評価を考慮しない場合
 支給額の計算方法は以下となる。

支給額=原資×部門別係数×等級別係数÷部門別等級別係数計(社員の部門別係数×等級別係数の合計)

 このとき、部門別係数は次のように定める。
 
評価
係数
1.2
1.1
0.9
0.8

 等級別係数は、前回「会社業績に応じて支給するもの」の
(1)にて示したものと同じである。

 ここで課題となるのは、部門評価をどのように行うかである。
 部門評価の仕方は大きく2つあり、1つは、部門目標の達成度を評価するものだ。売上目標や利益目標、コスト削減目標その他の数値目標の達成率で見たり、定性目標の達成度合いをあらかじめ設けた基準により評価したりする。
 もう1つは、業績結果を前年(あるいは過去3年の平均)などと比べて評価するものである。
 どちらにしても、管理部門など数値目標が設定しづらい部門は、全社(あるいは部門平均)の業績で評価することもある。

(2)個人評価を考慮する場合
 支給額の計算方法は以下となる。考え方はこれまでの手法とまったく同様である。
 
支給額=原資×部門別係数×等級別評価別係数÷部門別等級別評価別係数計(社員の部門別係数×等級別評価別係数の合計)

 部門業績に応じて支給する場合は、部門業績の評価がカギとなる。成長段階にある企業では部門により業績格差が激しい場合もあるし、ベンチャー企業の投資部門などでは、当面は赤字も仕方がない部門もある。
 そのような企業で単純に売上・利益目標などを設定すると不公平感が生じる。 評価の仕方に不公平感があると、低評価部門の社員の不満は当然に高まる。部門業績に大きな責任を有する管理職はともかく、一般社員の納得は得られないだろう。
 そこで、規模が小さく部門業績が安定しない企業や、発展段階で投資部門がある企業などは、まずは前回説明した会社業績をベースに支給をするのが適切である。そして、何年か経過後にシミュレーションを行い、社員の納得性が得られると判断されたなら、部門業績ベースに移行するのがよいだろう。

(2016年1月25日)

 
 
 2014年度「経団連福利厚生費調査結果」について Column No.82

 先般、日本経団連が毎年報告している福利厚生費調査結果の2014年度版が公表された。
 
 福利厚生費の実態について継続的に調査している資料は厚生労働省などにもなく、非常に有益な資料である。概要だけでなく細目をネットで閲覧できる点もうれしい。
 しいて難を言えば、対象企業に大企業が多い(平均従業員数は4,754人。500人未満は全体の24.2%)ため、中小企業からすると「高嶺の花」の感がする点であるが、参考にはなるはずである。

 早速、2014年度版のポイントをチェックしておこう。

 企業が負担した福利厚生費は、従業員1人1ヵ月平均108,389円(前年度比2.0%増)となった。
 福利厚生費が増加したのは、業績好調により福利厚生を充実させたからというわけではなく、主要因は法定福利費の増大である。

 福利厚生費の内訳をみると、「法定福利費」は、社会保険料の増加等により、83,500円(同2.8%増)となった。これに対し、「法定外福利費」は、24,889円(同0.5%減)となっている。
 法定外福利費の減少率は、過去2年よりは低下しているものの、これで8年連続の減少である。今後も法定福利費の増加は避けられず、そのバランスをとるために、法定外福利費の減少がこれからも続くのは間違いないだろう。
 ちなみに2万5千円台を下回るのは1989年以来とのことで、そのときは法定福利費と法定外福利費の構成比は65:35だったのが、2014年は77:23になっている。法定福利費増大のしわ寄せが法定外福利費に来ていることが如実に示されている。
 
  もっとも、法定外福利費の具体的項目の中には増えているものもあるので、その中身を見てみよう。

●「住宅関連」
 「住宅関連」全体は、前年度比0.4%増加の12,278円となった。
 内訳をみると、独身寮や社宅の管理・運営費用である「住宅」が前年度比0.9%増加の11,747円となった。
 法定外福利費の約半分を占める「住宅」は法定外福利費の中でも見直しの対象となりやすく、特に近年は、従業員への住宅施策の在り方の見直しや自社保有の老朽化した社宅の閉鎖等を背景として、2000年度以降、減少傾向にあったが、今回は増加した。
 ただし、住宅ローンの利子補給等の費用である「持家援助」は同9.2%減少の531円となっている。

●「医療・健康」
  「医療・健康」全体は、同2.4%減少の2,891円となった。
 内訳は、診療所等の運営費である「医療・保健衛生施設運営」が同5.0%減少の1,953円となり、労働安全衛生法に基づく健康診断費や人間ドックに対する補助費である「ヘルスケアサポート」が同3.4%増加の937円となっている。

●「ライフサポート」
 「ライフサポート」全体は、同1.1%増加の5,860円となった。
 内訳をみると、「保険」が 同8.5%増加の1097 円、「財産形成」が同17.1%増加の946円となり、対象者が幅広く、生活支援的色彩が強い施策が増額となっている。

●「文化・体育・レクリエーション」
 「文化・体育・レクリエーション」全体は、同3.0%減少の1,942円となった。 内訳は、「施設・運営」が前年度比7.0%減少の830円、「活動への補助」が前年度比0.2%増加の1,112円となった。
 2011年度から「活動への補助」が「施設・運営」を上回っており、今回はその差が開いて6割近くとなった。法定外福利厚生のメニューが保養所等の運営から社内運動会などのレク活動の支援にシフトしていることがうかがえる。

 このように、法定外福利厚生の中身は、施設関連など、資産として重くのしかかかるものから、なるべく低額で、しかもなるべく多くの社員が対象となるものに支給対象が移ってきていることがわかる。見方を変えると、費用対効果の判断がより厳密になってきており、人事労務部門にはその責任が大きくなってきているといえる。

(2016年2月8日)

 
 
 女性活躍推進の課題 Column No.83

 先日、(財)
日本生産性本部から第7回「コア人材としての女性社員育成に関する調査」の結果が公表された。
 女性活躍推進法への対応について、「課題がある」とする企業が7割を超えるなどの興味深い内容が示されたが、特に注目したのは、「女性社員の活躍を推進する上での課題」である。
 結果を詳しく見てみると、

① 「女性社員の意識」 (81.6%)
② 「育児等家庭的負担に配慮が必要」 (59.1%)
③ 「管理職の理解・関心が薄い」 (53.3%)
④ 「男性社員の理解・関心が薄い」 (46.8%)
⑤ 「経営者の理解・関心が薄い」 (22.7%)
⑥ 「女性社員の離職率が高い」 (14.1%)
⑦ 「その他」 (5.6%)

 となっている。回答方法は、あらかじめ設定された選択肢から3つを選ぶものだが、やはり、「女性の意識」がトップとなった。女性活躍の課題として、多くの人が真っ先に思い浮かぶ事項ではないだろうか。
 ちなみに回答者は、人事担当責任者またはダイバーシティ推進責任者で、女性活躍への関心も高く、またある程度企業の実態をつかんでいる人たちと考えられる。
 筆者の考えは、確かに「女性社員の意識」もあるが、裏腹の関係で「男性社員の意識」にも問題があるというものだ。しかしながら、それに近い「男性社員の理解・関心が薄い」は4位である。ただ、「管理職の理解・関心が薄い」の方に選択が分散していることも考えられ、設問の仕方を変えれば、もっと上位となった可能性もある。

 
調査では、「女性社員の意識」が課題と回答した企業に、男性の上司の女性社員に対する見方を尋ねている。

① 「昇進や昇格することへの意欲が乏しい」 (76.2%)
② 「難しい課題を出すと、敬遠されやすい」 (64.1%)
③ 「仕事に対する責任感が乏しい」 (31.9%)
④ 「感情的になりやすく、注意を受け入れない」 (30.1%)
⑤ 「女性だけでまとまってしまう傾向が強い」 (28.0%)
⑥ 「文句や不満が多いので、ものを言いづらい」 (26.3%)
⑦ 「その他」 (9.0%)

 上位2つと3位以下とに大きなポイント差があり、上位2つの見方が典型であることがわかる。確かに上位2つは、世間一般で思われているイメージといえる。
 だが、そもそも、男性がそのような見方をするから、女性の方はますます仕事に対する意識が低くなってしまうという悪循環のようなものがあると思う。期待されないなかで頑張るのは、男性であっても困難なはずだ。

 経営者または管理職の理解・関心が薄いと回答した企業に、そう思われる理由を訊いたところ、

① 「女性社員の育成の経験がない(または少ない)」 (61.7%)
② 「女性に戦力としての期待が乏しい」 (52.9%)
③ 「女性の数が少ない」 (46.6%) 
④ 「女性が限られた職務に就いている」 (45.5%)
⑤ 「男性と女性を分けて考える必要はない」 (30.6%)
⑥ 「今までの企業風土を変えたくない」 (19.0%)
⑦ 「女性社員と同じ職場で働いたことがない(または少ない)」 (10.2%)
⑧ 「その他」 (4.4%)

 という結果になっている。これらは⑤を除いて根本的には同じことで、②の「女性に戦力としての期待が乏しい」に集約されると思う。国がハッパをかけても、企業側の意識は追いついていないのだ。まあ、だからこそ、政府としても躍起になっているのだろうが。

 
女性社員の意識を高めるための取り組みとして多くの企業が挙げたのは、

① 「チャレンジャブルな仕事の機会を与えている」(45.0%)
② 「仕事の幅を広げるような異動や転勤等の機会を与えている」(42.9%)
③ 「責任の重い仕事・リスクのある(逃げない)仕事を与えている」(34.4%)

 である。一方で、

④ 「キャリアについてサポートしている」 (27.3%) 
⑤ 「上司に対して、女性社員の育成に今まで以上力を注ぐよう指示している」 (26.7%)
⑥ 「意思決定の場に参画する機会を与えている」 (26.7%)

 などは相対的に低かった。
 この中で⑤の「上司による育成」は重要課題と思う。なぜなら、これにより上司自身の意識や行動も変化することが期待できるからだ。
 もちろん、すんなりと進むことは難しいだろうが、上司同士あるいは経営者と上司の話し合いの場をつくるなど、会社として試行錯誤しながら着実に前進してほしいものである。確実に言えるのは、経営者や上司の意識が変わらない限り、女性の意識も変わらないということだ。

(2016年2月15日)

 
 
 評価制度と人材像 Column No.84

 評価制度を構築する際、その組織に求められる人材像(あるいは社員像・職員像)を整理・明確化することがある。制度構築の必須項目ではないが、有力なステップとなる。
 筆者が制度構築をするときにも、人材像として明文化するかどうかは別にして、トップヒアリング等で必ず確認することにしている。もちろん、すでに策定されているのならそれを活用する。

 
なぜ評価制度において人材像の明確化が必要かといえば、その意味は次の通りである。

① どのような能力・意識・行動が求められるかの指針となる
② 評価制度が人材育成システムの手段であることを明確にできる
③ 人材像→評価制度の一貫性を持たせることで、社員の理解や納得が得られる

 
要は制度に体系性を持たせ、有効に機能させるためということだが、細かく言えば、①は適切な評価項目の設定のため、②③は社員の理解や納得性を高めるためである。

 では、
どのようにして人材像を整理するか、その方法には主に次の3つがある。

① トップの考え
② 経営理念や経営ビジョン
③ 社員の考え

 まずはトップの考えや思いである。特に創業者(後継者)=株主=経営者が多い中小企業では重要となる。
 人材像のさらに上位に位置する経営理念や経営ビジョンから導き出すこともできる。自治体などでは、人材育成基本方針を策定しているところが多いが、これから導出するのも同様の観点である。
 社員の考えも有力な情報となる。幹部社員にヒアリングをしたり、全社員にアンケートを取ったりする。ただ、どちらかといえば、①②がどれだけ浸透しているかの確認という意味合いが強く、人材像整理にあたっての補完資料と位置づけるべきだろう。
 どれに重きを置くかはケースバイケースだが、少なくとも、3つが矛盾しないよう策定する必要がある。

 
最後に人材像を整理する際のポイントを5つ指摘しておこう。

① 経営理念や経営ビジョン、人材育成基本方針との整合性をとること
 当然のことながら、理念やビジョン等との整合性が求められる。人材像というのは、理念等を実現するためにどのような人材が必要かを示すものだからである。
② なぜその人材像なのか、わかりやすく説明できるものにすること
 脈絡なく唐突に示されたのでは社員の理解は得られない。自社の現状や課題を踏まえ、その必要性を明確化する必要がある。
③ 一覧してわかるように全職種、全階層で共通の要素とすること
 職種や階層ごとに必要な人材要件は多々あるとは思うが、人材像として示したいのは、企業全員に共通して求められる要件である。細かすぎるとインパクトに欠けるため、一覧性を重視したい。したがって数としては3~5個程度とすべきである。
④ 一言で表すだけでなく、その内容を簡潔に示すこと
 たとえば「誠実」という一言だけだと、社員によって受け止め方が違ってくる。誠実とは「お客様、関係者、他の社員に真心を尽くすこと」など、簡潔に説明しておきたい。
⑤ 評価項目への展開を意識すること
 評価制度構築のステップとしては、人材像を能力・意識・行動といった評価項目に落とし込んでいくことになるため、それを意識しておくことが求められる。そのため、幅広く展開できるよう多様な視点から整理すること、評価項目と同レベルの限定的な要素としないこと、などに留意しなければならない。

(2016年2月22日)

 
 
 新卒者の選考にあたって重視する能力 Column No.85

 企業はどのような能力を持った新卒者を求めているのだろうか?

 経団連が毎年実施している「新卒採用に関するアンケート」では、選考にあたって特に重視した点を調査している。会員企業に25の選択肢から5つ選んでもらい、多数を占めたものから順に示す方式である。

 2015年度の調査(2016年4月入社対象)でのベスト5は以下の通りである。

① コミュニケーション能力 85.6%
② 主体性 60.1%
③ チャレンジ精神 54.0%
④ 協調性 46.3%
⑤ 誠実性 44.4%

 妥当な結果というのが多くの人の認識だと思う。これらは新卒者に限ってというよりは、社員全員に求めるものだろう。だからこそ新卒者にも求めるわけだが。
 筆者も経営者や幹部に求める人材の要件を尋ねることがあるが、上記項目はよく耳にする。特にコミュニケーション能力は、業種や規模、社風にかかわらず、ほとんどの方が指摘する。

 
ちなみに10年前の2005年度の調査(2006年4月入社対象)では以下の通りとなっている。

① コミュニケーション能力 75.1%
② チャレンジ精神 52.9%
③ 主体性 52.5%
④ 協調性 48.7%
⑤ 誠実性 39.1%

 
ベスト5の項目に変化はなく、これらは現代の企業が欲しがる人材の定番能力といえよう。

 その他、10年前と比較すると

●6位以下の占有割合が低下していること(特に、6位責任性37.7%→6位27.4%、7位ポテンシャル30.6%→8位20.8%)
●その中にあって、論理性(9位21.1%→7位27.2%)とリーダーシップ(12位16.1%→20.5%)が上昇していること

 などが目立つ。論理性やリーダーシップの重要性が高まってきたのは、素直に言うことを聞く受け身の学生よりも、自分から発言し、他者に影響力を及ぼすような能動的な学生が、より求められるようになったということだろうか。ただ、協調性も変わらず高い評価を受けていることから、「俺が俺が」というタイプではなく、メンバーを気遣いながらチームをまとめるようなタイプが望まれていると考えられる。

 
コミュニケーション能力については、この10年で10ポイント高めており、さらに重要性が増しているといえる。ちなみに15年遡って2001年をみると、1位ではあるものの50%ほどで、チャレンジ精神と拮抗していた。以降、大きく伸び、他の項目と差がつくようになったのは興味深い。

 なぜ、コミュニケーション能力が重視されるようになったかを考えると、その背景には、
 
●仕事が高度化・複雑化して、「阿吽の呼吸」で仕事を勧めること難しくなったこと
●社会の変化やIT化で人間関係が希薄となり、コミュニケーションの重要性がかえって高まったこと
●顧客ニーズの多様化や競争の激化により、多様な人を相手にする必要があり、説明や説得の機会が増えたこと
●かつてのように誰もが懸命に働く時代ではなくなり、社員のモチベーションに配慮する必要性が高まったこと

 などがあるのではと思う。

 
コミュニケーション能力の重要性が高まっていることは確かであるが、留意したいのは、それだけが高くても仕方ないということだ。コミュニケーションとは自分の考えや思いを相手にわかりやすく伝えることであり、「自分の考えや思い」に価値があることが前提となる。まずは、ベースとなる常識や知識、そしてそれらに基づく自分なりの軸を持たなければ、コミュニケーション能力は宝の持ち腐れになると考えるべきだろう。

(2016年2月29日)

 
 
 役職任期制のメリットとデメリット Column No.86

 役職任期制とは、文字通り任期を定めて役職者を登用する制度である。
 具体的には、管理職の役職を一定期間で改選することを前提にこの期間の業績を管理し、任期末に管理職としての適・不適を審査し、再任、昇進、降職、他のポストへの異動などを行う制度をいう。

 役職「定年制」を導入している企業はよくあるが、役職「任期制」は、ほとんど導入されていないといってよい。やや古いが、産労総研による「中高年層の処遇と継続雇用制度の実態に関する調査」(2006年)では、導入企業は2.7%となっている。

 今回は、役職任期制のメリットとデメリットについて説明したい。まず、
制度のメリットは次の4つである。

(1)組織の新陳代謝が進めやすくなる
 最大のメリットは、役職者の交代を促し、組織の新陳代謝を進めやすくすることである。役職任期制の導入目的といってもよい。日本企業では、一般的にいったん役職に就くと、その地位を保障されるのが普通で、定年(役職定年も含む)にでもならない限り、外すのはなかなか難しい。役職ポストや人件費は限られているので、能力ある若手を登用したくてもできないケースが出てくる。役職任期制であれば、交替が定期的かつ頻繁に起こり得るので、登用のチャンスが大きく拡大できる。

(2)不要のポストを設置しなくて済む
 上記に述べたような新陳代謝を進めるために、元部長を推進役としたり、元課長を専門課長としたりするなど、処遇のためのポストを用意するケースがあったが、その必要性はなくなる。結果として、組織のスリム化が行われ、意思決定も迅速化できる。

(3)社員の競争意識を高め、パフォーマンスの向上が期待できる
 大きなミスをしないかぎりは役職の地位に安泰というわけにはいかず、むしろ何らかのプラスがなければ継続はされなくなるので、役職者として業績向上が期待できるようになる。

(4)人件費の適正化が期待できる
 役職者の成果・業績と報酬のミスマッチが少なくなる。また、給与制度の設計の仕方や役職者だった社員の処遇の仕方にもよるが、不要のポストを減らすことができれば、それに伴って、給与や手当の高騰も抑制できる。

 
一方、デメリットは次の3点だ。

(1)実力があっても短期で結果を出せない社員が埋もれてしまう
 成果や業績は、必ずしも本人の実力によるものではない。外部環境の影響も受けるし、部下の資質にもよる。また、1~2年では真の実力が発揮できない不器用な社員もいるだろう。そのような事情で、有為な人材に「役職者失格」の烙印を押してしまう可能性がある。

(2)頻繁な交代があると業務の混乱を引き起こす
 交代の度に方針やマネジメントの仕方が変わるので、あまりに役職者が頻繁に交代すると業務に支障をきたしてしまう。対外的にも、「あの会社は責任者がすぐに代わる」との評判は、マイナスイメージを持たれるだろう。

(3)役職者へのストレスが過大となる
 役職者にはこれまで以上のストレスがかかる可能性がある。適度のストレスであればよいが、経営者や上司の負荷の程度、本人のストレス耐性などによってはストレス過剰となり、メンタル不調などを引き起こすおそれもある。

 上記のデメリットを解消するために、次のような取り組みが求められる。

(1)任免の基準の明確化や審査プロセスなど、きちんと制度化しておくこと
 なぜ「お役御免」なのか、明確かつ合理性のある理由を示さなければ、社員が会社に不信感を持つことになる。そのため、任免の基準を明確化しておき、その審査プロセスや社員への伝え方など、制度をきちんと設計しておく必要がある。
 社員の納得性を確保するには、それなりの手間をかけて制度設計しなければならない。特に、ささいな失敗を理由に交代させたり、経営者や上司の感情的な理由で罷免したりするのは避けなければならない。

(2)降職者のケアをする
 降職の理由がきちんと説明されたにしても、降職者のモチベーションダウンは避けられない。本人は納得したとしても、周囲の目もある。
 役職交代があるのが普通の組織になれば、それほど気にはならなくなるだろうが、導入後しばらくは上司や人事部門によるケアが求められる。たとえば、降職の理由となった問題が、その後、どれくらい修正されているかを計画立ててフォローしていくなどである。
 
 
このように役職任期制は、成果主義を色濃く反映させた制度で、効果も期待できるが副作用も大きい。導入を考えるときには、業種・業態による特性や社風、企業の歴史等により、「適性」を見極める必要がある。組織が固定化していない、創業まもない企業や発展途上にある企業では、受け入れられやすい可能性は高い。

(2016年3月7日)

 
 
 平成27年度「能力開発基本調査」について Column No.87

 厚生労働省から平成27年度「能力開発基本調査」の結果が公表された。 この調査は、国内の企業・事業所と労働者の能力開発の実態を明らかにすることを目的に、平成13年度から毎年実施しているものだ。
 結果の中から興味を惹くものをいくつかピックアップしてみよう。

1.「選抜重視」か「全体重視」か

・正社員に対する重視する教育訓練対象者の範囲について、「労働者全体を重視する」またはそれに近いとする企業は58.6%( 前回59.6%) と、前回と比べるとやや減少している。
・「選抜した労働者を重視する」またはそれに近いとする企業は40.8%( 前回39.4%) とやや増加している。

 ちなみに平成18年度の調査では、「労働者全体を重視する」またはそれに近いとする企業は52.1%、「選抜した労働者を重視する」またはそれに近いとする企業は46.5%で、平成27年度よりも選抜重視のウェイトは高い。
 2000年代に入ってから、能力開発にあたって、将来の経営幹部育成のために、一部エリートに重点投資をする企業が増えてきたような印象があったが、少なくとも現在は、労働者全体重視の傾向があることがわかる。

2.「外部委託・アウトソーシング」か「社内」か

・正社員に対する教育訓練の実施方法の方針について、「社内」を重視するまたはそれに近いとする企業は61.0%( 前回63.9%)と、過半数を占めているが前回と比べると減少している。
・「外部委託・アウトソーシング」を重視するまたはそれに近いとする企業は38.2%(前回35.0%) と増加している。

 これについては景気に左右される面が多いと思う。平成27年度は好況で業績もよかったのでアウトソーシングが増加したのではないだろうか。ということで、景気の悪化が予想される平成28年度は、社内重視が増えそうである。

3.能力開発の実績・見込みについて

・正社員に対する過去3年間(平成24年度~ 平成26年度)のOFF-JTに支出した費用の実績は、「増減なし」とする企業が35.4%、「増加した」とする企業は24.8%であった。
・同様に自己啓発支援に企業が支出した費用の実績については、「増減なし」とする企業は28.9%、「増加した」とする企業は10.6%であった。
・「今後3年間」の見込みと「過去3年間」の実績を比較すると、OFF-JT、自己啓発支援ともに、今後3年間は「増加予定」とする企業割合が高くなり、OFF-JTでは35.4%、自己啓発支援では27.3%となっている。

 要するに今後は、OFF-JTや自己啓発支援を増加させる意向の企業が増えているということだ。これも同様に好業績の反映であると思う。

4.人材育成に関する問題点

・能力開発や人材育成に関して何らかの「問題がある」とする事業所は71.6%( 前回75.9%) と前回と比べると減少している。
・能力開発や人材育成に関して何らかの「問題がある」とする事業所のうち、問題点の内訳は、「指導する人材が不足している」( 53.5%) が最も高く、「人材育成を行う時間がない」( 49.1%)、「人材を育成しても辞めてしまう」( 44.5%)、「鍛えがいのある人材が集まらない」(29.1%)と続いている。

 ちなみに平成18年度調査では「問題がある」とする事業所は、80.6%で、内訳を見ると、「指導する人材が不足している」59.1%、「人材育成を行う時間がない」55.7%とする事業所が多く、次いで、「鍛えがいのある人材が集まらない」36.3%、「人材を育成しても辞めてしまう」35.6%となっている。
 過去と比べてもわかるように、問題の中身はいずれも恒常的といえる。

 その中で、「人材を育成しても辞めてしまう」が平成27年度に約10ポイント高まり第3位となっているのは、人材の流動化が進んでいることの表れといえ、企業としても頭の痛いところである。
 ただ、見方を変えれば、高スキルの人材を確保するチャンスが広がっているということでもある。企業側は、優秀な社員をいかに辞めさせないか、そして、いかに優秀な人材を迎えるかが課題となっている。突き詰めて言えば、いかに魅力ある企業にするかということである。

(2016年4月4日)

 
 
 目標管理におけるプロセス評価の問題点 Column No.88

 目標管理を業績評価のツールとして用いる企業は多い。ちなみに公務員の業績評価は、「目標管理によることが適当」との通達が総務省から出ており、事実上、業績評価=目標管理となっている。

 この目標管理の達成度を評価する際、達成に至るプロセスも含めて評価するものを見かける。
 たとえば、ある季節商品について、1,000万円の売上を目標としていたところ、暖冬の影響があって実績は950万円となった。本来は「未達」でC評価なのたが、環境変化の中で頑張ったことを認め、「達成」とみなしてB評価とするといった具合だ。

 
そのような評価の仕方は3つの点で問題がある。

 1つは、原因究明があいまいになってしまうことだ。 
 そもそも何のために評価をするのか? 給与・賞与等の査定のためというのもあるが、これは副次的な目的にすぎない。評価は、目標到達度がどうであったかを判定し、なぜ、未達となったのか、その原因を考え、明らかにして、今後に活かすことである。これを達成していないのに達成したことにすると、究明がおろそかになる可能性が高い。

 2つ目は、今後の目標管理に悪影響を及ぼすことである。
 目標管理は、マネジメントサイクルの1つであり、1期間をもって終了するのではない。その結果を踏まえて新たな目標を立て、管理していくというサイクルを回すことで、業績を向上させるとともに本人が成長していくものである。もし、達成していないのに達成したということになれば、スタート段階で誤っていることとなり、適正なサイクルを回せなくなる。

 3つ目は、評価者の主観が入り評価が不公平になることである。
 たいていの社員は目標に向かって努力をするし、程度の差はあれ、何らかの逆風が吹く。このとき、ある上司はそれを認めて、評価の底上げをし、ある上司は認めずに結果だけを評価するというこ事態が発生する。評価の底上げが行われるのは、多くはC評価をB評価にする場合である。つまり、頑張ったのだから、せめて標準のB評価にしようという温情をかけるのだ。中には、そのような温情により、恩を売ったり、上司の権威を見せつけようとしたりする管理者もいるかもしれない。

 
こういった問題を防ぐには、目標管理の評価においては達成度そのものを評価するという原則に徹することである。
 では、達成に至るプロセスを無視するのかといえば、そうではない。その点は、次の2つで対応する。

① 努力そのものは、能力評価・行動評価等でフォローする
② 環境変化には、目標の修正や変更を行う

 なお、どうしても業績評価の中でプロセスを評価したいのであれば、達成度評価とプロセス評価を別にすべきである。
 たとえば、次のような努力加点のルールを設けるケースがある。

「達成度評価がCまたはDで、考えられる手段・方法はすべて実行したにもかかわらず、外的要因で期待どおりの成果が得られなかった場合や、突発業務の発生等、当初に予見できなかった事態への対応のために目標達成できなかった場合は、1・2次評価者の合議により〇点を加点することができる」

 ただし、「評価者の主観が入り評価が不公平になる」という問題が残る点には注意しなければならない。

 
最後に誤解のないように付け加えておくと、業績評価において、結果に至るプロセスがどうでもよいというわけではない。むしろ、なぜ達成できたか、なぜ未達だったのか、プロセスにも焦点を当て、しっかりと検証していくことは極めて重要である。だからこそ、達成度を正しく評価することが大切なのである。

(2016年4月18日)

 
 
 課長の実態 Column No.89

 先月、産業能率大学から、従業員数100人以上の上場企業に勤務し部下を1人以上持つ課長を対象とした、職場の状況や課長自身の意識などに関する「上場企業の課長に関する実態調査」のアンケート結果が公表された。

 
結果を見ると、激しい変化の中、プレーをしながら組織をまとめていくというマルチタスクを課されて苦闘する課長の実態が浮かび上がる。以下、要点をみてみよう。

プレーヤーとしての仕事の割合「半分以下」増加
・職場のマネジメントを担う課長に、プレーヤーとしての仕事の割合を尋ねたところ、「半分以下」とする回答は54.8%で、前回調査に比べ3.8ポイント増加した。
・プレーヤーとしての仕事割合は減少傾向にあるものの、「プレーヤーとしての仕事はない」は前回調査同様に1%を下回り、99.1%がプレーヤー業務を兼任している。

 
課長がプレーヤーに走り、マネジャーの役割を果たしていないという経営幹部の不満をしばしば耳にする。課長とすれば、「プレーに忙しくてマネージする暇がない」という言い分だろう。

 多くの場合、プレーヤーとして優秀な人が課長に昇進するので、課長にとってプレーは得意分野である。一方、中には部下のマネジメントが苦手な人もいる。そのような人は、「組織目標達成のためには、自ら成果を出すことが不可欠」との理由でプレーヤーに重点を置きがちとなるが、これが経営幹部の目にはプレーヤーに逃げていると映る。実際、自分の仕事に専念しているときのほうが気楽と心情を吐露する課長もおり、経営幹部の見方には一理ある。
 
 「有能な怠け者は司令官にせよ」と言ったドイツの軍人がいる。つまり、自分が怠けるために部下に仕事を任せるので、結果的に組織全体のことを考える余裕が生まれるというわけだ。組織の長期的な成果、そして課長自身の成長のためにも参考にしてほしい考え方である。

マネジメント環境が変化
・3年前と比較した職場の変化について、「外国人社員が増加」(前回比4.3ポイント増)、「非正規社員が増加」(前回比3.8ポイント増)などが前回調査から増加となっている。
・職場の部下についても、「介護が必要な家族を持つ部下がいる」(前回比2.7ポイント増)、「外国人の部下がいる」(前回比2.3ポイント増)などが増加している。

 
介護や育児への配慮、外国人社員への対応など、近年は職場の変化が顕著となっている。3年前と比較してこの変化であるから、数年経てば、さらに変化は進むと考えられる。
 必要なのは変化にどれだけ対処できるかで、前例がどうだとか、他者がどうやっているかといった情報よりも、自分でどうするのが適切かを考え、実施し、コントロールしていく能力が重要となるだろう。

●課長の悩みは「部下がなかなか育たない」
・現在の悩みについて、選択肢の中から当てはまるものを複数回答で尋ねたところ、最も多かったのは、「部下がなかなか育たない」(42.7%/前回比0.9ポイント増)。次いで、「業務量が多すぎる」(35.8%)、「部下の人事評価が難しい」(27.3%)となった。

 
部下に関することが課長の悩みの大きなウェイトを占めている。これらは相互に関連し合っていると考えられ、つまり、

・部下が育たない→業務がこなせない→業務量が多すぎとなる
・部下が育たない→低い評価をせざるを得ない→部下の人事評価が難しい
・業務量が多すぎる→部下育成の時間がない→部下が育たない
・業務量が多すぎる→部下のことを見ている時間がない→部下の人事評価が難しい
・部下の人事評価が難しい→評価を育成に活用できない→部下が育たない

 といった具合だ。
 基本はいかに効率よく仕事を進めるかで、ポイントは必要性の低い仕事をなくすことと、業務分担のバランスをよくすることだ。
 後者は、課長自身あるいは特定の部下に大きな負荷がかかっているケースが多い。権限委譲を進めることや仕事のアサインの仕方を変えることが重要となる。
 これらの実践には、課長の努力だけでは限界があり、部長、さらには経営者の積極的な関与が必要である。基本的には、部下育成の重要性を今一度、会社として認識し、全社的に権限委譲を進めるような取り組みが求められる。「任せることで社員は育つ」という文化の醸成が望まれる。

「プレーヤーの立場に戻りたい」過去最高
・最終的になりたい立場を尋ねたところ、「部長クラスのポジションに就く」が最も多く35.5%、次いで「現在のポジション(課長)を維持する」35.2%となった。
・「プレーヤーの立場に戻る」とする回答は、年々増加しており、14.9%(前回比1.4ポイント増)で過去最高になった。

 
疲弊する課長の痛切な声を反映している。最近はサービス残業に対する視線も厳しくなり、きちんと残業代が支払われる企業が増えてきた。部下の方が収入が多い課長も少なからず存在するはずだ。課長などやってられないという気持ちもわかる。
 経営者は課長に成果や業績、責任ばかりを問うのではなく、「課長のやりがい」について、ざっくばらんに話し合うなどの機会を設けてほしいものだ。

(2016年4月26日)

 
 
 配偶者手当見直しに関する報告書 Column No.90

 4月11日、厚生労働省から「女性の活躍促進に向けた配偶者手当の在り方に関する検討会」の報告書が公表された。
 この検討会は、平成27年6月に閣議決定された『改訂版日本再興戦略』を踏まえ、同年12月に設けられたもので、以後3回にわたって、配偶者手当見直しの背景、課題、留意事項等について検討を行ってきた。

 
企業にとって配偶者手当の見直しは、今後避けては通れない課題である。見直しにあたって、厚労省からの情報は大いに参考になると考えられるので、報告書を読んでみたのだが、率直に言って物足りなさを感じた。
 
 厚労省の示す報告所のポイントは以下のとおりである。

1 配偶者手当の在り方
 配偶者手当は、家事・育児に専念する妻と仕事に専念する夫といった夫婦間の性別役割分業が一般的であった高度経済成長期に日本的雇用慣行と相まって定着してきた制度であるが、女性の就業が進むなど社会の実情が大きく変化している中、税制・社会保障制度とともに、就業調整の要因となっている。
 今後労働力人口が減少していくことが予想され、働く意欲のあるすべての人がその能力を十分に発揮できる社会の形成が必要となっている中、パートタイム労働で働く配偶者の就業調整につながる配偶者手当(配偶者の収入要件がある配偶者手当)については、配偶者の働き方に中立的な制度となるよう見直しを進めることが望まれる。
 
2 労使による企業の実情を踏まえた検討
 労使においては、「経済の好循環の継続に向けた政労使の取組(平成26年12月16日合意)」に基づき、個々の企業の実情(共働き、単身者の増加や生涯未婚率の上昇等企業内の従業員構成の変化や企業を取り巻く環境の変化等)も踏まえて、真摯な話合いを進めることが期待される。
 
3 配偶者手当の見直しに当たっての留意点
 配偶者手当を含めた賃金制度の円滑な見直しに当たっては、労働契約法、判例等に加え、企業事例等を踏まえ、以下に留意する必要がある。
(1)ニーズの把握など従業員の納得性を高める取組
(2)労使の丁寧な話合い・合意
(3)賃金原資総額の維持
(4)必要な経過措置
(5)決定後の新制度についての丁寧な説明

 ご覧のとおり、ごく当たり前のことが書かれているという印象である。特に最も期待していた3の「留意点」は、多くの人事諸制度の見直しに当てはまることだ。内容に間違いはないが、有識者が集まっているのだからもう少し踏み込んだ提言が欲しかった。

 
それでも何か実務に役立つ情報はないかと報告書を探してみたところ、別添資料2によいものがあった。「配偶者を対象とした手当に関する見直しが実施・検討された事例等」というもので、18社の配偶者手当廃止や縮小の事例が、「見直しの背景・経過」「見直しのポイント」「見直しの内容」の3点から、結構具体的にまとめられている。中でも「見直しの内容」は、見直し前と見直し後が下記のように詳細に例示されていて利用価値がありそうだ。

A社(小売業、1万人以上)の例
【見直し前】
<支給額>
①部長職:子ども6,000円
②課長・係長職:配偶者6,000円、子ども9,500円、その他扶養者6,000円
③係員:配偶者8,000円、子ども10,500円、その他扶養者7,000円
※税制上の控除対象扶養親族(配偶者は年収103万円未満)が手当の対象
【見直し後】
※制度変更と合わせて段階的に廃止
<1年目:係長職以上の見直し実施後の支給額>
①課長・係長職:子ども9,500円※配偶者、その他扶養者は廃止
②係員:配偶者8,000円、子ども10,500円、その他扶養者7,000円
<2年目:係員の見直し実施後の支給額>
①課長・係長職:子ども9,500円(※改正なし)
②係員:子ども10,500円 ※配偶者、その他扶養者は廃止
※ 現在 係員のみ:子ども10,500円(対象18歳まで)

 配偶者手当という具体的な項目について、ここまで、詳細かつ豊富な例示したものはなかなかないと思う。金額まで示しているので、実務で重要となる“落としどころ”がつかめる点が特によい。18社全部がA社のように金額まで紹介しているわけではないが、見直しを考えている企業や人事担当者には十分に利用可能な情報だと思う。

 なお、別添3には「配偶者手当の見直しを行う場合の留意点」という資料もあり、これも一見役立ちそうなタイトルだが、中身は、配偶者手当見直しというより労働契約や就業規則の変更に係る法律論や判例を整理したもので、制度見直しに直接関連するものではない。ただ、法的な留意点を確認しておくには有効となるので、ざっと目を通しておくのもよいだろう。

(2016年5月9日)

 
 
 専門職制度の留意点 Column No.91

 専門職制度とは、高度の専門性や豊富な経験を持つ社員をライン管理職のスタッフとして置き、組織の競争優位性を高めようとするものである。専門職は原則として部下を持たないが、ライン管理職と同等の役割発揮が期待されるため、給与をはじめとする処遇もライン管理職と同等のものとなる。

 
専門職を置くメリットは主に次の3つである。

① マネジメント力は不足するが、高度の専門性を有する社員を処遇できる
 プレーヤーとしては優れているが、部下の管理や指導は苦手という社員は少なからず存在する。そのような社員を管理職に登用すると、本人はもちろん、部下も本来のパフォーマンスを発揮できなくなる可能性が高い。と言って一般社員のままだと、せっかくの才能を評価されずに、やる気をなくしたり、退職したりするケースもありうる。専門性を高く買い、それに見合った処遇をすることで、企業・本人双方がメリットを享受できる。

② ライン管理職を外れる社員に対して、管理職としての処遇を続けることで、モチベーションの維持が図られる
 管理職として大きな問題はないものの満足もできない。つまり、降格とまではいかないが、ライン管理職からはいったん外れてもらった方がよいというケースはある。このときのポジションとして有効ということだ。ただし、この後指摘するように、運用を誤るとデメリットと化す。

③ 若手の抜擢や高度技術者の中途採用・処遇が可能となり、組織の活性化を促進することができる
 企業にとって有能な若手が育つというのは大切であり、喜ばしいことだ。伸びてきた社員には、より大きな役割を与えたくなる。そのとき、すでにポストが埋まっているという理由で登用できないのは組織にとって重大な損失である。専門職があれば、管理職への登用が柔軟にできるので、組織として新陳代謝を進めやすくなる。

 
一方、主な問題点は次の3つである。

① スタッフとして高度の専門性を発揮してもらうという本来の趣旨を見失い、ライン管理職を外された社員の“溜まり場”になってしまう

② 以前は専門性を有していたが、技術が陳腐化するなど、専門職にふさわしくない社員が専門職として残ってしまう

③ ①②により、期待される役割と実際の成果に乖離が生じ、人件費の高騰や社員(特に若手)のモラールの低下を招く

 
このような事態を避けるためには、以下の方策が考えられる。

① 専門職としての働きぶりの厳密なチェック
 専門職にふさわしい能力発揮や役割を果たしているかを審査し、努力や成果が見られない場合は降格する仕組みを設ける。そして、実際に該当者が出たときには降格させる。このチェックは、できれば社長をはじめとする役員が、人事評価等のデータを基に行うのがベストである。

② ライン管理職と専門職とで役職手当に差を設ける
 原則として、専門職はライン管理職のスタッフの位置づけであるから、役職手当はライン管理職よりも低額にすべきという考え方である。したがって、ライン管理職から専門職に移った場合は、基本的に給与は下がることになるが、役職手当の変更によるものであれば社員も受け入れやすい。

 専門職制度は、職能資格制度の下で降格が困難な日本の企業において、“元ライン管理者のプールの場”として使い勝手のよい制度であった。しかしながら、現在では、そのような古き良き時代の運用の仕方は困難である。

 本来の趣旨どおりの運用をするためには、基本的には、高度な技術を核とする企業が利用すべきであり、適用対象も研究開発など真に専門性が求められる部門に限るべきである。安易に営業部門や管理部門の社員にも適用するのは避けたほうがよい。どうしてもということであれば、上記のように専門性や成果を経営層が厳密にチェックをする必要がある。

(2016年6月6日)

 
 
 働く場所・時間を社員が自由に選べる制度 Column No.92

 家庭用品大手のユニリーバ・ジャパンが、働く場所と時間を社員が自由に選べる新人事制度「WAA」(Work from Anywhere and Anytime)を7月から導入するという。

 
「WAA」の概要は以下の通りである。

・上司に申請すれば、理由を問わず、会社以外の場所(自宅、カフェ、図書館など)でも勤務できる。
・平日の6時~21時の間で自由に勤務時間や休憩時間を決められる(なお、1日の標準労働時間は7時間35分、1ヶ月の標準勤務時間=標準労働時間×所定労働日数)。
・工場、お客様相談室などの部署を除く全社員が対象で、期間や日数の制限はない。

 プレスリリースでは、
働き方の例として、保育園に通う子どもがいる社員の自宅勤務の例や、体を動かすのが好きな社員の例が揚げられており、子どもの起床前に会議の準備をしたり、帰宅後、ランニングや食事・入浴をした後で働いたりするなど、かなり自由な働き方が示されている。また、出勤前のカフェでのメールチェックも勤務時間とするなど、労働時間かどうか微妙なところも明確にしている。

 
「WAA」の目的は、「すべての社員が それぞれのライフスタイルを継続して楽しむことで自分らしく働き、生産性を高められるよう」にすることである。
 ユニリーバでは、これまでフレックスタイム制度(2005年~)や在宅勤務制度(2011年~)を導入していたが、これを見直し、新たに「WAA」を導入することで、働き方の多様性を高め、社員1人ひとりが自分の能力を最大限発揮できるよう支援していくとともに、成果につながらない時間を減らし、業務効率の改善を図るとのことだ。

 
また、導入の背景にあるのは、ダイバーシティの一層の推進である。
  ユニリーバは、ダイバーシティの推進を重要な経営戦略の1
つと位置づけており、すべての社員が自分らしく働きながら、1つのチームとして最大限能力を発揮することが、ビジネス成長の基盤だと考えているという。

 
ユニリーバと言えば、社員に求める行動を「企業行動原則」として明確化していることで知られる。日本企業にありがちな「顧客第一」「共存共栄」など、抽象的な標語ではなく、具体的に説明している点がポイントである。

 
たとえば、「社員」という項目では、「ユニリーバは、お互いが信頼と尊敬で結ばれ、会社の業績と社会的評価について誰もが責任感を持てるような職場環境の多様性を推進します」と示されている。

 
「WAA」は、この原則に基づいて具体化された制度と考えられる。一見、社員には自由な制度であるが、その分、会社からの信頼と尊敬に応えなければならず、社員には自律と成果責任が求められている。単純に“社員に優しい制度”ではないと理解すべきだろう。

 
「WAA」は、ユニリーバが人事制度において先進的な取り組みを重ねてきた上で実施するものである。上司から管理されることに慣れた多くの企業の社員にとっては、決して働きやすい環境ではなく、そのような企業が、「WAA」に類似した制度をいきなり導入しても失敗する可能性が高い。

 
ただ、昨今の流れからして「WAA」は理想の働き方の1つであるのは確かで、その方向に向けて、現状を変えていく姿勢は非常に大切になる。そういった意味でも、「WAA」は大きな意義があると思う。

(2016年7月4日)

 
 
 要員計画における要員分析の手法 Column No.93

 要員計画を立てるには、経営計画に基づく人件費予算の枠内で要員総数を決定する総枠方式と、部門・部署ごとの必要要員を合算する積み上げ方式の2つの手法があり、この2つを勘案して計画化するのがオーソドックスなやり方である。

 
後者の積み上げ方式は、単純に部門・部署から必要人員を報告してもらうと、どうしても多くなりがちである。そこで、要員分析により、人事部門と各部門・部署が擦り合わせをしながら決めていくのが効果的である。

 要員分析とは、要員ニーズを体系的・具体的に整理・分析することで真に必要な要員を明らかにしようとするものである。本コラムにて、要員分析の進め方を説明したい。

 
要員分析は、(1)要員ニーズの分類(2)ニーズごとの対応の仕方の整理(3)ニーズの必要性の検討 という3つのステップから成る。順番に説明しよう。

(1)要員ニーズの分類
 一口に要員といっても、その中身はさまざまである。必要性を判断する前提として、何のための要員かを明確にしておくのが大切である。分類の際には、次のようなニーズに区分する。各社の実態に応じて区分を設定したい。

① 定型業務対応のための要員
② 臨時繁忙業務対応のための要員
③ 高度専門業務対応のための要員
④ 管理業務対応のための要員
⑤ 新規事業のための要員

(2)ニーズごとの対応の仕方の整理
 次に、各ニーズにどのように対応するかを整理する。
 ヒトを増やすといっても、外部調達なのか内部調達なのか、外部調達であれば新卒なのか中途採用なのか、パートタイマーなのか契約社員なのかといったことを考える。
 また、ヒトを増やすという発想ではなく、業務の見直し、IT化、社員のスキル向上など生産性向上の視点もある。
 以下の体系を参考にしてほしい。

●人員増加
外部調達
直接雇用
新卒採用、中途採用、パートタイマー、アルバイト、契約社員
他社活用
派遣社員、請負社員、アウトソーシング・業務委託
内部調達
配置転換、昇進・昇格
●生産性向上
業務の見直し、IT化・機械化、社員のスキル向上

(3)ニーズの必要性の検討
 ニーズの必要性の検討にあたっては、次のような要員ニーズ対応整理表を部門・部署ごとに作成するとよい。このとき、重要度に応じて◎○△などを記す。
 
【〇〇部・要員ニーズ対応整理表】
ニーズ/対応
直接雇用
新卒採用
中途採用
パートタイマー
契約社員
・・・
定型業務
 
・・・
臨時繁忙業務
 
 
・・・
高度専門業務
 
 
・・・
管理業務
 
 
 
・・・
新規事業
 
 
 
・・・

 なお、会社として、社員構成(年齢構成・等級構成等)の視点を加味することも忘れないようにしたい。

 
このように、要員分析を用いることで、いたずらに要員を増やすだけでなく、各部門・部署の業務推進上の課題を踏まえた対応が可能となる。

 要員分析は、人事部門と各部門・部署が共同して取り組むことが大切である。人事部門だけで進めると、実態が反映されずに組織が混乱したり、所属員のモチベーション低下を招いたりする恐れがあるからだ。

(2016年7月11日)

 
 
 ホワイトカラー高齢社員活用の課題~その1 Column No.94

 2012年の高年齢者雇用安定法改正により65歳までの雇用確保が義務化されたことや、労働力不足への対応の観点から、高齢社員の活用は人事戦略の重要課題となっている。

 これについて、本年5月、日本経団連から「ホワイトカラー高齢社員の活躍をめぐる現状・課題と取組み」が発表された。ホワイトカラーの継続雇用者(60~65歳)に焦点を絞り、その現状と課題を整理するとともに、20社の企業事例を基に、活躍推進に向けた効果的な取組みを取りまとめたものである。

 このような資料はマクロ的な視点からの提言に終始し、個々の企業にとってはあまり参考にならないものが多いのだが、今回の報告は、個別企業の方向性や施策を考えるうえで大いに役立ちそうだ。本コラムにて、概要を整理しておきたい。

 
報告は、第1部の報告書編と第2部の資料編に分かれており、第1部の内容は以下の通りである。

Ⅰ わが国における高齢者の雇用状況と今後の動向
 1.高年齢者雇用安定法(高齢法)に基づく雇用確保の進展
 2.高齢社員の雇用をめぐる今後の動向

Ⅱ ホワイトカラー高齢社員の現状と課題
 1.ホワイトカラーの人員構成と高齢社員雇用の現状
 2.ホワイトカラー高齢社員の活躍に向けた2つの課題

Ⅲ ホワイトカラー高齢社員の活躍推進に向けた取組み
 1.意欲の維持・向上策
 2.「高齢期」における活躍の場の拡大
 3.活躍を促進する社内体制の整備と職場風土の醸成

 今回はⅠのポイントを整理しておく。

Ⅰ わが国における高齢者の雇用状況と今後の動向

1.高年齢者雇用安定法(高齢法)に基づく雇用確保の進展

 厚生労働省の平成27年「高年齢者の雇用状況」によると、従業員31人以上の企業のうち81.7%が継続雇用制度を導入しており、その他(定年の引上げ・定年制の廃止)は2割に満たない。
 60歳定年企業における定年到達者に占める継続雇用者の割合は、法改正前の73.6%から82.1%まで高まっており、高齢者の高い就労意欲と、継続雇用制度の対象となる労働者を労使協定で限定できる経過措置の対象年齢が順次引き上げられることを背景に、この割合は今後も上昇することが見込まれる。

2.高齢社員の雇用をめぐる今後の動向
 総務省「労働力調査」によると、2015年平均で最も就業者数が多い年齢階級は、団塊ジュニア世代を含む40代前半層であり、バブル期の大量採用世代を含む40代後半層が続いている。今後、これらの層が20年程度の間に高齢期へ順次シフトするため、高齢社員数の大幅な増加が見込まれる。
 そして、2035年を見通した場合の高齢社員の特徴として、「ホワイトカラー」(「管理的職業従事者」「専門的・技術的職業従事者」「事務従事者」「販売従事者」「サービス職業従事者」)の割合が高まることが挙げられる。

(2016年7月25日)

 
 
 ホワイトカラー高齢社員活用の課題~その2 Column No.95

 日本経団連から発表された「ホワイトカラー高齢社員の活躍をめぐる現状・課題と取組み」について、今回は、Ⅱの「ホワイトカラー高齢社員の現状と課題」のポイントをまとめてみる。

Ⅱ ホワイトカラー高齢社員の現状と課題

 経団連「中高齢従業員の活躍推進に関するアンケート結果」に基づき、次の現状と課題を指摘している。

1.ホワイトカラーの人員構成と高齢社員雇用の現状
(1)人員構成
 ホワイトカラーの人員構成に最も近いイメージとして、「ひょうたん型」(40.5%)と「ひし型」(32.2%)の形状との回答が多く、40代~50代層の割合が高い企業が大半を占める。

(2)ホワイトカラー高齢社員への期待
 企業がホワイトカラーの高齢社員に最も期待するものとして、「今まで培った経験等を活かした専門能力の発揮」、「スキルやノウハウ、人脈や顧客等の継承を通した後進の指導」の割合が高い。
 一方、「定年前と同様の職務の遂行」「職場におけるリーダーシップの発揮」は低い。特に、「職場におけるリーダーシップの発揮」は0%で、全く期待されていないといってよい。

2.ホワイトカラー高齢社員の活躍に向けた2つの課題
 企業の人員構成と、各社がホワイトカラー高齢社員へ期待する内容を踏まえると、活躍に向けた課題には次の2つがある。

(1)定年前からの意欲の維持・向上
 1つ目は高齢社員の意欲の維持・向上である。
 高齢社員に関して現在生じている問題としては、「再雇用後の処遇の低下・役割の変化等により、モチベーションが低下」(53.4%)しているとの回答が最も多い。役職定年や定年到達後の再雇用に伴って、役割や責任の範囲が変化・縮小するなかで、意欲の低下をどのように防ぐかが課題となる。
 役割や処遇の変化の代表的な例としては、①役職定年等に伴う役割の変化・縮小、②一定年齢への到達を理由とする処遇の低下が挙げられる。このため、以下の対応が必要と考えられる。

①役職定年等に伴う役割の変化・縮小への対応
 高齢期を見据えたキャリア啓発を定年前の早い段階から実施するなど、役割の変化・縮小に対する積極的な支援を行う。
②処遇への納得性の確保
 50代後半で賃金が低下・昇給ペースが鈍化する制度を導入している中で、処遇に対する納得性をどのように確保していくか課題となっている。 意欲の向上に向けては、適切な総額人件費管理の要請を踏まえつつ、本人の能力、仕事や役割の内容、成果などに応じた処遇を実現するとともに、必要に応じて継続雇用者に適した人事考課を実施し、フィードバックを徹底することが重要となる。

(2)社内外における活躍の場の確保
 2つ目の課題は、高齢社員の活躍の場の確保である。
 今後(5年程度で)生じる可能性のある問題として「自社において、活用する職務・ポストが不足」と回答した企業が約6割に達しており、ホワイトカラー高齢社員の今後の増加を見据え、従来の配置先にとどまらず、新たな活躍の場を創出していくことが喫緊の課題となっている。このため、以下の対応が必要と考えられる。

①事業環境と労務構成の見通しを踏まえた全社方針の決定
 事業構造の変化が少なく、労働需給の逼迫等に伴って人手不足感がある企業では、社内を中心に活躍の場を拡大していく傾向がみられる。一方、事業構造の変化が激しい企業では、従来の事業領域に従事する社員を中心に高齢化が進み、新たな事業分野では高齢社員がこれまで培った能力・スキルを活かしづらく、活躍の場を十分に創出することが難しい場合が多い。こうした企業では、社外も含めて活躍の場を開拓していくことを課題と認識している。取組みにあたっては、自社の事業環境や労務構成の今後の見通しを踏まえ、全社的な方針を決定していく必要がある。
②グループ企業雇用・社外転進の現状と推進に向けた課題
(ア)グループ企業における継続雇用
 2012年に改正された高齢法では、継続雇用者の雇用先の範囲をグループ企業に拡大する特例が設けられており、新たな活躍の場の選択肢として期待されている。親会社等の高齢社員がグループ企業の役員・管理職等として出向・転籍した際に、プロパー社員の意欲が低下し、新陳代謝が滞る懸念もあり、グループ企業を中心とした雇用確保の機会を拡大することが難しくなっている面が影響しているとみられる。今後については、受入れ先企業の現状にも配慮し、グループ経営を最適化する視点で雇用先の選定・確保を進めていく必要がある。
(ⅱ)接続期(55~59歳)における社外転進
 社外転進の促進に向けては、高いスキル・能力を持つ高齢社員の受入れを望む転進先候補企業の開拓と、社外での活躍を望む高齢社員のマッチングが課題となっている。他方、高齢社員自身の問題として、出向・転籍等に対するマイナスイメージから、社外転進をためらう場合も多いとみられ、セカンドキャリアにおける社外での活躍に対する考え方について、前向きな風土を全社的に醸成していくことも重要な視点である。

(2016年8月1日)

 
 
 ホワイトカラー高齢社員活用の課題~その3 Column No.96

 日本経団連の「ホワイトカラー高齢社員の活躍をめぐる現状・課題と取組み」について、第3回目として、Ⅲの「ホワイトカラー高齢社員の活躍推進に向けた取組み」のポイントをまとめてみる。

 
ホワイトカラー高齢社員の活躍には、次の3つの柱が重要となる。

1.意欲の維持・向上策
2.「高齢期」における活躍の場の拡大
3.活躍を促進する社内体制の整備と職場風土の醸成

第1の柱:意欲の維持・向上策
 これには、(1)役割の変化に対応するための意識改革(2)仕事・役割・貢献度に応じた処遇の徹底、がある。

(1)役割の変化に対応するための意識改革
 役割の変化・縮小に対応できる心構えを定年前の早い段階から身につける支援が重要となる。主な取組みとしては以下の2つである。
①接続期(55~59歳)の支援
 研修を通じた情報提供や、人事考課の活用と上長の継続的なコンサルティングの実施
②若年期(主に30~40代)の支援
 キャリア意識の確立に向けた節目年齢ごとの研修、定期的な面談等の実施

(2)仕事・役割・貢献度に応じた処遇の徹底
①接続期の処遇制度(役職定年・処遇調整)の見直し
 役職定年制や処遇調整の廃止など、年齢を理由とした一律の措置の工夫・見直し
②高齢期の処遇制度の見直し
 複線型処遇制度への移行、人事考課の実施・拡充、定年延長の検討

第2の柱:「高齢期」における活躍の場の拡大
 これには、(1)社内における活躍の場の拡大(2)社外における活躍の場の確保・拡大、がある。

(1)社内(グループ企業を含む)における活躍の場の拡大
 事業運営の要請と職場ニーズを踏まえながら、多様な働き方を実現していくことが重要である。主な取組みとして、以下の3つがある。
①専門的・基幹的業務への配置の見直し
 意欲等を踏まえて、現役並みの活躍を期待し、専門的・基幹的業務への配置を推進
②健康状態等に配慮した勤務形態の整備
 健康状態等に配慮した隔日や短時間勤務等の勤務形態の整備
③継続雇用者が中心となって活躍するグループ企業の設立
 軽作業などの一部の業務を委託することで、雇用の場を確保

(2)社外における活躍の場の確保・拡大(接続期の社外転進支援)
①転進先の開拓とフォローアップ
 自社が保有するネットワークの活用等による転進先の開拓、転進先企業の担当者との信頼関係の構築
②転進社員の不安の解消
 セミナー等での好事例紹介、転進後の定期面談の実施、早期退職優遇制度等による処遇面での支援

第3の柱:活躍を促進する社内体制の整備と職場風土の醸成
 これには、(1)高齢社員の活躍を推進する社内体制の整備(2)本人の意識改革を促す職場環境づくり、がある。

(1)高齢社員の活躍を推進する社内体制の整備
①体制整備に向けた取組み
 専門部署の設置による体制の強化とノウハウ等の蓄積、職場や事業部に占める高齢社員の割合の増加に向けた人員計画の調整

(2)本人の意識改革を促す職場環境づくり
 高齢社員がマイナスイメージを持たれないよう、各種施策の展開と車の両輪となる職場風土の変革が重要で、主な取組みとして、以下の2つがある。
①活躍推進に向けたトップメッセージの発信
 高齢社員の活躍推進を人事の重要方針に位置づけ、経営トップからメッセージを発信
②上長のマネジメント力を強化するための支援
 「年上部下」のマネジメントの円滑化に向けた現役管理職を対象とした研修の実施

 
以上、3回にわたって「ホワイトカラー高齢社員の活躍をめぐる現状・課題と取組み」の要所を整理してみた。長々とまとめたのは、高齢社員の活用を体系的に考えるよい機会になると思ったからである。
 企業が実際に活用するにあたっては、報告書の「おわりに」にも述べられている通り、これらの方策を自社に適した形で継続的に見直しを重ねながら構築・運用していくことが重要となる。
 その前提として、高齢社員をきちんと戦力として認めることが大切だろう。これは、周囲の人たちはもちろん、高齢社員自身の意識も課題となる。さらにその前提として、社員が互いに尊重し合う風土が大切となるのは間違いない。

(2016年8月15日)

 
 
 評価の公平性と納得性 Column No.97

 人事評価の公平性と納得性の確保は、評価を行うあらゆる組織の課題といえる。ヒトがヒトを評価するため、完璧な確保は不可能であるが、そこに向けての努力はしなければならない。

 ところで、公平性と納得性という形でひとまとめにされるが、両者は異なる。

 公平性とは、誰が行っても同じ評価になることで、簡単にいえば評価のバラツキをなくすことだ。一方、納得性とは、文字通り評価を受けた側が自分の受けた評価に納得することである。

 公平であることは、納得性に大きな影響を与えるが、公平だからといって必ずしも納得するわけではない。たとえば、公平な評価の結果、低評価となった社員がそれに納得するかどうかは別問題である。納得できるかどうかは、評価制度や評価者に対する信頼性、評価者のフィードバックの仕方などに大きく関わってくる。

 
以上を踏まえた上で、人事評価の公平性と納得性を高めるための重要事項をチェック形式で整理してみたい。ポイントは次の5つである。

1.評価制度の適切性
① 評価項目が妥当であるか
 当該企業や部門に属する社員の評価項目として妥当性があるかということだ。たとえば、部下のいない一般社員に「人材育成力」を問うのは無理があるし、管理職に「規律性」を求めるのも妥当性は低いだろう。妥当性のない評価項目で評価をされても社員は納得しない。
② 評価項目の定義や着眼点、行動例等がわかりやすいか
 定義があいまいであったり、着眼点や行動例が実務とかけ離れた記述であったりすると、評価者にはわかりづらく、結果としてバラツキが生じることになる。
③ 基準が明確で、わかりやすいか
 基準があいまいだと、評価者が自分のイメージで基準を適用することになり、評価にバラツキが生じる。

2.評価者のスキル
① 評価者研修等によりスキル向上が継続的に実施されているか
 公平性と納得性を確保するには、評価制度の理解、評価の仕方の理解、基準の統一、の3つが必要である。これを担保するために継続的な評価トレーニングが欠かせない。
② 評価結果に関する情報提供やアドバイスがなされているか
 評価スキル向上のためには、評価者が自己の評価傾向を認識しておくことが大切である。そのために、人事部門等による情報提供や、結果に対するアドバイスが求められる。

3.フィードバックの適切性
① 評価項目や基準がオープンにされているか
 評価のフィードバックは納得性を高めるために不可欠と言えるが、公平性にも大きな影響を与える。部下にフィードバックするとなると、評価者はいい加減な評価はできなくなるからだ。前提として、まずは評価項目や基準が全社員に公開されている必要がある。部下からすると、どのような制度かを知らないのに結果をフィードバックされても高い納得は得られない。
② 評価結果のフィードバックが行われているか
 フィードバックにもいろいろな段階がある。たとえば、最終的な総合評価のみを伝える企業もあるが、納得性の観点からは、評価項目ごとの評価までフィードバックすることが望ましい。
③ 研修等によりフィードバックスキルの向上がなされているか
 評価スキルと同様に、フィードバックも基本知識や方法を学ぶことでスキルを高められる。

4.職場環境
① 評価者と被評価者の信頼関係があるか
② 社員を大切にしたり、人材育成を重視したりする組織風土があるか
 殺伐としたブラックな職場環境では、どのような立派な評価制度を導入しても、公平性や納得性は期待できないだろう。職場環境や上司と部下の人間関係は、適正な評価に大きく影響する。

5.評価結果の活用の適切性
① 報酬への反映は適切に行われているか
② 昇進・昇格への反映は適切に行われているか
 評価制度そのものではないが、評価結果をどのように活用するかにより、評価制度の信頼性は変わってくる。たとえば、評価結果にかかわらず報酬が大して変わらないのであれば、評価など、どうでもよくなるだろう。

 
以上、特に重要な項目を整理してみた。公平性や納得性に大きな課題がある企業は、どこかに欠落や不足、不備があるはずである。見直しに向けて、参考にしていただければと思う。

(2016年9月12日)

 
 
 退職金の類型 Column No.98

 最近のベンチャー企業には退職金制度がないところも多い。業績が安定していないことや、利益は投資に回したいことなどの経営側のニーズに加え、社員側も長期雇用の意志はあまりなく、退職金に期待していない面もあるからだ。一方で、社員を固定化させたいニーズも高まっており、インセンティブの1つとして退職金制度を検討する企業もある。制度を持たない企業が多いなか、制度があることは人材確保の上で大きなアドバンテージになる。

 
退職金といってもさまざまな種類がある。退職金制度の導入にあたって、まず、考えなければならないのは自社にどれが適しているかである。今回は、どのようなものがあるか、退職金の類型を簡単に整理してみたい。

 説明の前に断わっておくと、
退職金制度というのはややこしい。それは、退職金の支給額算出方法(個々の退職金がいくらになるか)と退職金の原資積立方法という2つを検討しなければならないからである。しかも、この2つは、それぞれをきっちり区別できるものではなく、重なっている部分があるのでさらに複雑となる。ここでは、その点にも注意しながら説明を加えたい。

1.退職金の支給額算出方法
 まず、社員個々の退職金の支給額算出方法である。これには主に次の5つがある。

①基本給連動方式
 退職時の基本給に勤続年数に応じて定めた係数を乗じるもの。
 例)基本給40万円×係数40(勤続年数40年)=1,600万円
②ポイント方式
 資格等級や勤続年数に応じて毎年ポイントを付与し、退職時の累積ポイントに所定の単価を乗じるもの。
 例)累積ポイント1500×単価1万円=1,500万円
③定額方式
 勤続年数等に応じて支給額を定めるもの。
 例)勤続40年の所定額1,000万円
④別テーブル方式
 資格等級に応じて算定基礎額を定め、これに勤続年数に応じて定めた係数を乗じるもの。
 例)資格等級別算定基礎額30万円(4級)×係数40(勤続年数40年)=1,200万円
⑤掛金方式
 後述の中退共等への掛金から退職金額を算出するもの。
 例)掛金1万円を40年間掛けた場合→約600万円(中退共の場合。なお、これに運用収入の状況等に応じて付加退職金が加算される)

 これらのうち、主流は①②⑤であり、③と④は現在ではほとんど見かけない。
 また、中退共だからといって必ずしも⑤の方式をとっているわけではなく、①~④と併用しているところもある。①~④により計算した額が、中退共から支給された額よりも多い場合は、差額を支給するという方法である。このとき、計算額が中退共の支給額より少ない場合は、中退共の支給額となる。

2.退職金の原資積立方法
 これには大きく、公的制度利用と自社積立の2つがある。それぞれの主な制度を、積立金が税法上の損金となるかどうかの観点からまとめると次のようになる。

(1)公的制度利用
厚生年金基金
全額損金
確定給付企業年金
全額損金
確定拠出年金
全額損金
中小企業退職金共済制度
全額損金
特定退職金共済制度
全額損金

 厚生年金基金については、解散や脱退が進んでおり、今更加入するのも現実的でない。したがって、これから加入するのなら他の4つということになるだろう。
 支給額算出方法との関係でいえば、いずれも、上記①~④の方式を活用できるが、中退共や特退共は、1年以内の退職は掛金の掛け捨てになったり、懲戒解雇に対する減額・不支給が困難であったりする。また、確定拠出年金は、懲戒解雇に対する減額・不支給は不可となる。

(2)自社積立
生命保険
1/2損金
内部留保
損金不可

 自社運用の場合、退職金の支給の仕方を自由に設計できるのが大きなメリットである。ただし、生命保険は、早期に退職する社員の保険料が割高になるため、雇用の流動化が激しい企業には不向きなところがある。最も、損金不可のデメリットは大きいため、自社積立の中では生命保険の利用が大半を占める。

 以上、これらの選択肢から自社に適したものを選ぶことになるが、最後に重要なことを指摘したい。それは、いったん導入した退職金制度は、簡単には廃止できないということだ。導入のメリットとデメリットをしっかりと整理・検討したうえで賢明な判断をしていただきたい。

(2016年9月20日)

 
 
 転職者の実態~厚生労働省の調査より Column No.99

 社会人なら誰もが一度は転職を考えたことがあるはずだ。実際に転職する/しないはともかく、転職者の実態は気になると思う。
 これについて、9月20日に厚生労働省から平成27年「転職者実態調査」の結果が公表された。調査は事業所調査と個人調査に分かれるが、ここでは、個人調査から興味深い結果をピックアップしてみたい。

1.離職理由
 転職に関して、まず気になるのは「なぜ転職をしたか?」だろう。調査では次の結果となっている。

・主な理由として、「自己都合」が75.5%で最も高い。
・「自己都合」による離職理由(3つまでの複数回答)は、「労働条件(賃金以外)がよくなかったから」が27.3%で最も高く、次いで「満足のいく仕事内容でなかったから」(26.7%)、「賃金が低かったから」(25.1%)となっている。
・男女別では、男性は「会社の将来に不安を感じたから」が30.9%、女性は「労働条件(賃金以外)がよくなかったから」が27.2%で最も高い。

 他に、年齢階級別の離職理由があるが、面白いのは「人間関係がうまくいかなかったから」という項目である。15~19歳が最高で31.0%、次に20~24歳で27.2%、そして3番目は45歳~49歳の26.1%となっているのだ。中高年社員の管理者として、あるいは年上の部下として人間関係に悩む姿が思い浮かぶ。

2.転職者の労働条件(賃金・労働時間)の変化
 転職して賃金や労働時間がよくなったかという点も気になるだろう。これについては次の通りである。

・賃金が「増加した」は40.4%、「減少した」は36.1%、「変わらない」は22.1%である。
・D.I.(「賃金が増加した転職者割合」-「賃金が減少した転職者割合」)をみると、44歳以下の年齢階級ではプラス、45歳以上の年齢階級ではマイナスとなっており、概ね年齢階級が若いほどD.I.が高くなっている。
・労働時間が「減少した」は34.2%、「変わらない」は33.0%、「増加した」は31.6%である。
・D.I.(「労働時間が増加した転職者割合」-「労働時間が減少した転職者割合」)をみると、女性が4.5ポイント、男性が-7.7ポイントとなっており、女性が男性よりD.I.が高くなっている。

 転職者全体で見ると、増加と減少は拮抗しているということだ。ただ、これは指摘されているように年齢にもよるし、調査にはないが転職理由にもよるだろう。若年者が能力の向上・発揮の場を求めて転職する場合などは、増加がかなり多いのではないかと思う。

3.転職活動の方法
 転職者が現在の勤め先に就職するために、どのような方法で転職活動を行ったか(複数回答)は次の通りである。

・「ハローワーク等の公的機関」が41.4%と最も高く、次いで「縁故(知人、友人等)」(27.7%)、「求人情報専門誌・新聞・チラシ等」(24.2%)である。

 「縁故(知人、友人等)」の割合が高いのは予想外である。年齢階級別でも、ほとんどの世代で20~30%を維持している。転職にあたって人脈は重要な武器になるということだ。

4.現在の勤め先を選んだ理由
 続いて、なぜ現在の勤務先を選択したか(3つまでの複数回答)である。

・「仕事の内容・職種に満足がいくから」が40.8%で最高、次いで「自分の技能・能力が活かせるから」(37.5%)、「労働条件(賃金以外)がよいから」(24.9%)となっている。

 ちなみに「賃金が高いから」は12.6%で10項目中8番目となっており、それほど重要ではないことがうかがえる。男女で差があるかとも思ったが、男女ともに12.6%である。2で述べた「賃金の変化」も踏まえると、転職の決め手は賃金よりも仕事内容そのものといえそうだ。

5.現在の勤め先における満足度
 最後に転職者の現在の勤め先での満足度はどうだろうか?

・「満足」及び「やや満足」とする者の割合と「不満」及び「やや不満」とする者の割合の差であるD.I.をみると、「職業生活全体」で43.0 ポイントとなっている。
・満足度項目ごとにみると、全ての項目で「満足」が「不満足」を上回っているが、「仕事内容・職種」が61.2 ポイントと最も高く、「賃金」が17.7 ポイントと最も低くなっている。

 他の項目をみると、「労働時間・休日・休暇」35.3ポイント、「福利厚生」38.5ポイント、「役職」24.1ポイント、「人間関係」46.8ポイント、「通勤の便」52.7ポイント、「会社の規模・知名度」49.3ポイントである。
 これを見るかぎり、全般に転職は成功しており、特に「仕事内容・職種」や「人間関係」に関しては、転職のメリットは大きそうである。一方、賃金に関する満足度はあまり期待できないようだ。モチベーション理論に、「賃金は低いと不満要因になるが、高くても満足要因にはならない」という考え方があるが、それを表わしているのかもしれない。

(2016年9月26日)


 
 
 人事の常識の逆転発想 Column No.100

 人事制度に関するミニコラムも今回で100回目となった。「記念に」というのも大げさだが、今回は日頃漠然と考えていたテーマに挑みたい。

 あえてジャングルのような見づらい陳列で商品探しを楽しませる雑貨量販店、布団敷きを利用客に任せることでプライベート感を高める旅館など、ヒット商品・サービスが世間の常識とは逆の発想で生まれることをしばしば見聞する。 これを人事制度にも応用してみてはどうだろうか―。
 ということで分野ごとにいくつか考えてみた。左が常識、右が逆転の発想である。

<採用>
●優秀な人材を採用する ⇒ 優秀でない人材を採用する

 そのままではありえないが、少し発想を変えて、珍しい人材を探してみてはどうだろうか。たとえば、スマホを持ってない学生など。

●会社が採用するかどうかを決定する  学生が入社するかどうかを決定する

 最終面接まで学生の判断で進める会社が実在する。主体的で自立心のある人材確保のために、一定枠を設けて学生に採用権を預けているそうだ。学生が企業を選ぶというスタンスなので、自ら質問を用意する必要があり、学生にとっては大変とのことだ。
 
●最初に社員が面接をし、最終的に役員が決定する  最初に役員が面接をし、最終的に社員が決定する

  現場に合う人材を採るために有効かもしれない。役員の手間が大変だが。

<報酬>
●給与は会社が決定する  給与は社員が決定する

 さすがに本人自らが決めるところは聞いたことはないが、社員全員で決めるという会社はある。ある企業では、自らの成果を皆の前でプレゼンし、そこで給与を決める仕組みとなっている。 
 
●若年時は年功主義で、中年以降は成果主義となる  若年時は成果主義で、中年以降は年功主義となる

 人事に関する新書でこのような主張を読んだ記憶がある。少なくとも社員のニーズは結構高いと思う。

●賞与は現金で支給する  賞与を宝くじで支給する

 全額は無理にしても、1万円分くらいを宝くじで支給というのはイベント感があって面白いかもしれない。「最初から現金でほしいという」せりふは野暮である。

<人事評価>

●上司が部下を評価する  部下が上司を評価する

 ご存じのとおり360度評価という形で取り組む企業があるが、目指すのは部下のみの評価である。上司の能力向上と部下の評価に対する理解促進のために、3年に1回くらいやってみてはどうだろうか。

●何を評価するかは会社が決める ⇒ 何を評価してほしいか被評価者が決める

 全項目はともかく一部の評価項目について、被評価者が自ら選択できる制度は現実性があるだろう。ちなみに上司が選択できる制度は一部の自治体で実施されている。

●評価は部下の納得性を重視する  評価は上司の納得性を重視する

 部下に納得してもらわなくてもよいので、とにかく自分が納得できる評価をする‥‥。一見、上司はラクなようだが、実は課せられた責任は重い。上司は部下の生殺与奪の権を握ることになるからだ。より真剣な評価を求めるには、こちらの方がよいかもしれない。

<目標管理>

●部下が自分の目標を決める  上司が部下の目標を決める。さらに、部下が上司の目標を決める
 
 営業部門の売上目標など、実質的に上司が部下の目標を決めることは多く見られる。これを1歩進めて、部下が上司の目標を決めるというのは斬新ではないだろうか。もちろん、全目標を決めるのではなく、一部について、複数の部下が話し合って、上司に何らかリクエストをするのである。リクエストは業務そのものに限らず、マネジメントの仕方などでもよい。組織活性化のためにも結構有効と思える。
 
●目標は個人で設定する  目標はチームで設定する

 個人単位での目標管理をやめて、チームあるいは部署単位の目標管理にするということだ。もちろん、達成手段として各メンバーに役割を与えるが、個々の仕事に関する目標管理はしない。チームへの参加意識の向上や、個々の目標管理の時間の効率化など、メリットは意外に大きいと思う。

 以上、思いつくままに挙げてみた。人事制度というのは、どうしても固定観念に引きずられて当たり障りのないものになりがちで、ともすると、現在あるいは今後の経営環境にマッチしていなかったり、社員のニーズを反映できていなかったりするケースが多い。
 今回のような逆転発想は、制度の本質をあらためて考える機会になるとともに、有効なアイデアの源泉にもなりそうである。何よりも自由な発想というのは、やっていて面白い。別の機会に能力開発や労務管理といった他のテーマにもチャレンジしたい。

(2016年10月3日)