中堅・中小企業向け海外給与 |
中堅企業や中小企業もグローバル化の波は避けては通れず、かつては他人事であった海外進出も普通のことになってきました。海外での事業は経営環境がガラリと変わるために、日本国内と同様にというわけにはいきません。人事制度も当然、現地の法制や経営慣行に則ったものになります。現地採用者はそれで問題はないのですが、国内から派遣する社員を現地社員と同様に扱うのは無理があります。特に課題となるのは社員の生活基盤となる給与や賞与をどうするかです。
1.中堅・中小企業向きの海外給与方式
海外給与の類型については、以前にミニコラム「海外給与の決定方法」でも触れたとおり、次の3つがあります。
① 別建て方式
② 購買力補償方式
③ 海外本給方式
中でも、派遣規模がそれほど大きくないことが想定される中堅・中小企業において基本とすべきは、③海外本給方式となります。ここでは、これに基づく設計手法のポイントを事例を用いて説明していきたいと思います。
それでは、まず海外本給方式とは何か確認をしておきましょう。
海外本給方式を定義づけると、「日本勤務時の給与を海外での基本給とするもの」です。ただし、次項で説明するように「給与」のとらえ方により内容はさまざまです。
給与体系としては、
海外基本給+海外諸手当
となります。単純にいえば、海外での生活費に加えて、いろいろと大変だから諸手当も加算するというものです。
2.設計のステップ
設計は次のステップで行います。
1.目的とコンセプトの確認 2.大まかなイメージの確認 3.基本給の設計 4.諸手当の設計 5.賞与の設計 6.支給細則の決定 |
1.目的とコンセプトの確認
賃金を考える際にまず重要となるのは、設計の際の思想やポリシーです。その具体的なものとして、ここでは目的・コンセプトを整理しておきます。
目的は企業が独自に考えるべきことですが、本事例では「社員が海外で安心して勤務できるよう、海外および帰国後の経済的基盤を保障すること」とします。
コンセプトも同様に企業がそれぞれ設定すべきことです。本事例では次の4つを挙げておきます。
① 合理的で納得性の高いものにすること
② シンプルで計算しやすいものにすること
③ 海外勤務者のインセンティブが働く内容にすること
④ 人件費負担や国内勤務者とのバランスも考慮すること
2.大まかなイメージの確認
やみくもに始めるよりは、ある程度ゴールのイメージをつかんでおいた方が効率的に進められます。前述の3つの方式のうちのどれを選択するか、基本給には何を用いるか、主な手当としてはどんなものを設定するか、総額で日本勤務よりもどれくらい増額するかといったことについて、大まかなイメージを整理しておくとよいでしょう。
本事例では、下記のイメージで進めていくこととします。
●採用する方式は、海外本給方式とする
●基本給は、日本勤務時の基本給をベースに考える
●諸手当は、海外勤務の諸手当として一般的なものを取り入れる
●総額は、手取り年収で日本勤務時の20%増となるようにする
3.基本給の設計
海外本給方式の下で基本給をどうするかについては、大まかに次の4つの考え方があります。
① 日本勤務時の基本給と同一
② 日本勤務時の基本給から税金・社会保険料を控除したものと同一
③ 日本勤務時の給与(基本給+諸手当)と同一
④ 日本勤務時の給与(基本給+諸手当)から税金・社会保険料を控除したものと同一
海外賃金の考え方で最も基本となるのは④です。これは、日本においては、手取りの月給額が概ね日常生計費に相当するため、海外でもこれを基本給にするという考え方に基づくものです。ただし、一般に日本の物価は世界的に高いため、これを基本給とすると海外の給与相場としてはかなり高額となります。
購買力補償方式では、海外の物価に合わせた係数を乗じて調整をするのですが、海外本給方式はそのような調整を省略します。このため、日本と物価が同等以上のところ以外は、①か②を採用したほうが適切なときもあります。
また、日本での役職手当や職務手当等は、海外諸手当と重複するケースもありますので、これらを差し引いて基本給を設定することにも一理あります。
中堅・中小企業向けの本事例では、設計の容易さ、計算の手間や支給額の負担を考慮して、①を採用することとします。
なお、②や④を採用したときの税金・社会保険料の控除の仕方ですが、個別に実額を計算するのが適切であるのは間違いありませんが、対象社員が多く、手間がかかるのであれば、一律20%控除などで対応することも可能です。
4.諸手当の設計
海外勤務には特有の諸手当があります。諸手当は職務関連手当と生活関連手当に分けられます。
(1)職務関連手当
①海外勤務手当
海外勤務に対するインセンティブとなるものです。通常は国内払いです。
②海外職務手当
役職手当に相当するものです。通常は国内払いです。
③ハードシップ手当
特に環境が厳しい国・地域に勤務する際に支給されるものです。通常は国内払いです。
(2)生活関連手当
①帯同家族手当
海外勤務に家族を帯同する場合に支給されるものです。通常は海外払いです。
②残留家族手当
家族を日本に残した場合に支給されるものです。通常は国内払いです。
③教育手当
子供の教育には特別な費用がかかることが想定されますので、それを支給するものです。通常は海外払いです。
④海外別居手当
別居に伴う諸費用分として支給するものです。通常は国内払いです。
以上は、一般的に見られる諸手当です。本事例でも、これらを採用します。
5.賞与
賞与は基本的に国内と同様の方法で計算し、国内払いとするのが一般的です。国内勤務社員との公平性を確保するために、社会保険・税金を控除した額を支給するケースもあり、本事例でも、こちらを採用します。
6.支給細則の決定
支給細則には以下のものがあります。
(1)支給割合の選択
海外赴任の場合、海外と日本との二重生活になるケースが多く、帯同家族の有無や人数によってそれぞれの生活費も大きく違ってきます。そこで、社員ごとの実態に応じて、海外支給額と国内支給額の割合を選択してもらうことがあります。選択の対象となるのは通常は基本給ですが、職務関連手当の一部を対象に組み込むことも考えられます。生活関連手当は、その性格から対象とするのは適切ではないでしょう。
本事例では、原則海外通貨払いの海外基本給について、一部を国内円貨払いとすることができる制度を設けます。
(2)社会保険料負担
海外の社会保険料については、全額会社負担とするのが一般的です。これは、国ごとに制度が異なり、保険料がばらばらであることや、掛け捨てのおそれがあることなどから、社員に費用負担をさせると、赴任地によって不公平が生じるためです。国内の社会保険料は、そのようなことはありませんが、会社負担とすることが多いです。ただ、メリットは社員の方にありますので、国内勤務者と同様に社員負担とする選択肢もあります。本事例は、海外社会保険料は会社負担、国内分は社員負担とします。
(3)税金
海外での給与にかかる所得税等の税金は、全額会社負担とするのが一般的です。社会保険料と同様に、税額が異なるため、社員に不公平とならないようにするためです。国内の税金は、海外勤務者は原則として非居住者となるために非課税となります。ただし、赴任前年の住民税など何らか発生することもありますので、国内税金についても負担者を決めていおいた方がよいでしょう。本事例では、海外税金は会社負担、国内税金は社員負担とします。
3.まとめ
海外給与の体系を図表にまとめると以下のようになります。本事例は、中堅・中小企業向けということで、給与計算の手間や会社の人件費負担が少なくるようにしたのが特徴です。