労務管理ミニコラム2のカテゴリー別分類
 
 労働時間
 専門業務型裁量労働制の基本事項
 企画業務型裁量労働制の基本事項
 裁量労働制Q&Aその1
 裁量労働制Q&Aその2
 事業場外労働と携帯電話~その1
 事業場外労働と携帯電話~その2
 就業時間の延長
 名ばかり管理職問題①~通達
 名ばかり管理職問題②~判例
 名ばかり管理職問題③~判例が示す根拠
 休日・休暇
 労働基準法(労働時間、休日・休暇以外)
 有期労働契約に関する法改正について
 管理職にも深夜割増賃金は必要
 継続勤務の際の割増賃金
 営業手当と時間外労働割増
 解雇予告に関するQ&A
 労働基準法上の解雇手続き
 未払い残業代支払いの実務~その1
 未払い残業代支払いの実務~その2
 未払い残業代支払いの実務~その3
 労働基準法の罰則
 育児介護休業法、パート労働法、労働者派遣法
 改正労働者派遣法が成立
 改正労働者派遣法の詳細が明らかに
 2012年改正労働者派遣法に関するQ&A
 労働者派遣法改正の行方
 労働関連法規
 高年齢者雇用安定法の改正
 人事労務コンプライアンスリスクの防止策
 改正労働契約法が成立
 改正高年齢者雇用安定法への対応について
 改正高年齢者雇用安定法に関するQ&A
 65歳雇用義務化とパートタイマー
 障害者雇用促進法改正について
 労働に関する紛争の解決制度~その1
 労働に関する紛争の解決制度~その2
 雇用分野の規制改革
 戦略特区における雇用改革
 改正高年齢者法の実施状況
 規制改革会議の労働時間見直し案
 安全衛生
 請負元である製造業者の安全衛生責任
 じん肺に関する事業者の責務
 メンタル不調社員の職場復帰
 有機溶剤使用事業者の安全衛生管理の留意点
 社会保険
 パートの社会保険の適用拡大
 社員の処遇
 雇止めと助成金の不支給
 退職金不支給と就業規則の不利益変更
 労働者の損害賠償責任
 パワハラ対応の資料
 社内監視カメラの法的問題
 配転命令の有効性
 メンタルヘルス欠勤を繰り返す社員への対応
 メンタルヘルス欠勤に対する規定整備
 
有期労働契約に関する法改正について Column No.51


 2011年12月26日、労政審議会から「有期労働契約のあり方に関する報告」が厚生労働大臣に建議された。制度の整備に向け、2012年の法改正を進言している。
 今や労働者の4割にも達するパートタイマーや契約社員等の処遇に大きく影響することから、その内容を整理してみたい。主な論点は次の5つである。

1.有期労働契約の締結への対応
 審議会では、合理的な理由がない場合には有期労働契約を締結できない仕組みを検討したが、導入を見送ったとのことである。
 具体的には、有期労働契約が締結できる業務を設定し、それ以外の業務は有期労働契約ができないとする仕組みを検討した模様であるが、業務範囲の決め方が難しいことや、雇用機会の減少が懸念されることから、採用には至らなかったようである。
 有期労働契約についても、労働者派遣のような規制をかけようとするものであり、企業・労働者双方へのメリットは少なく、見送られたのはよかったと思う。
2.有期労働契約の長期にわたる反復・継続への対応
 有期労働契約が5年を超えて反復更新された場合には、労働者の申し出により期間の定めのない労働契約に転換させる仕組みを導入することが適当とするものである。
 このとき、有期労働契約期間の計算において、6ヶ月(有期労働契約が1年未満のときにはその2分の1の期間)のクーリング期間を置くことが妥当としている。
 「5年」と明確化するのは適切と思う。ただし、これにより、5年を前に雇止めが多発する懸念はあり、報告書でも、「雇止めの抑制策について労使を含め十分に検討することが望まれる」と指摘している。
3.「雇止め法理」の法制化
 「雇止め法理」の内容を制定法化し、明確化を図ることが適当とするものである。
 「雇止め法理」とは、有期労働契約があたかも無期労働契約と実質的に異ならない状態で存在している場合や、労働者においてその期間満了後も雇用関係が継続されるとの期待を持つことに合理性が認められる場合には、雇止めに合理的な理由がなければ、当該契約が更新されたものとして扱うという判例の考え方である。
4.期間の定めを理由とする不合理な処遇の解消
 有期労働契約の内容である労働条件については、職務の内容や配置の変更の範囲等を考慮して、期間の定めを理由とする不合理なものと認められるものであってはならないことが適当とするものである。
 確かにその通りであるが、有期労働契約は同時に職務や勤務地が限定されていることが多く、この場合に賃金等の労働条件が、正規社員と異なるのは認められるのかという問題はある。
5.契約更新の判断基準
 契約更新の判断基準について、労働基準法第15条第1項後段の規定によって明示するのが適当とするものである。
 労基法第15条第1項後段の規定とは、労働条件の明示事項および明示方法のことで、労基法施行規則第5条にて示されているものである。
 現在、契約更新に係る判断基準の明示については、労基法第14条2項を根拠とする「有期労働契約の締結、更新及び雇止めに関する基準」の中で下記のように規定されている。
①使用者は、有期労働契約の締結に際し、労働者に対して、期間満了後の契約更新の有無を明示しなければならない
②使用者は、契約更新する場合があると明示したときは、更新する場合またはしない場合の判断の基準を明示しなければならない
  これを、労基法施行規則上に明文化しようとするものと考えられる。

 今後の立法にあたって、特に議論の焦点となるのは、2の「有期労働契約の長期にわたる反復・継続への対応」であるのは間違いない。雇用の安定を望む労働側に異論はないだろうが、労働力の流動性を確保したい使用者側としては当然に反対するだろうからだ。
 そのような対立点はあるものの、有期労働契約の更新についてはルールが不明確な点が多いため、それらをはっきりさせるのは、労使ともに歓迎するだろう。労務管理の実務のうえからも、ぜひ改正を実現してほしい事項である。

(2012年1月4日)

 
 
雇止めと助成金の不支給 Column No.52


 先日、ある人事担当者から聞いた話だが、雇用関係の助成金をハローワークに申請したところ、数ヶ月前に会社都合による解雇をしていることを理由に申請を拒絶されたそうだ。
 解雇など覚えのない担当者は、その旨を申し出たが、「3年以上雇用したパートさんを雇止めしてますね? これは会社都合による解雇となります」との返答である。
 「えっ、その場合は契約期間の満了による退職となるのではないですか?」と担当者が尋ねると、「いえ、3年以上経過していれば期間の定めのない雇用契約と同じになり、御社の場合、契約更新をしないことを明示していないので解雇ということになります」と説明されたのである。

 雇用関係の助成金の多くが、不支給の理由に「事業主都合による解雇」がある場合をあげている。
 具体的には、「…の前後6ヶ月に被保険者を事業主都合により解雇している場合、または同期間において被保険者数の6%を超える被保険者を特定受給資格者となる離職理由により離職させている場合」などである。
 このとき注意しなければならないのは、上記のケースのように、通常の普通解雇や整理解雇以外にも、3年以上勤務したパート労働者や契約社員などを雇止めした場合にも、「事業主都合による解雇」になる可能性があるということである。
 つまり、会社としては期間満了でやめてもらったつもりなのに、ハローワークからは解雇とみなされ、助成金を申請できなくなったり、支給を止められたりするわけである。

 期間の定めのある社員の離職において、どういう場合に期間満了となり、どういう場合に解雇となるのか、また受給資格はどうなるのかを整理すると以下のとおりである。

1.雇用期間が3年以上(※1)

直近の契約更新時の定め

社員の契約更新の希望

離職の態様

受給資格

契約更新はしないことを明示

あり

契約期間満了特定受給資格者

なし

契約期間満了受給資格者
契約更新する場合がありうる

あり

事業主都合による解雇特定受給資格者

なし

正当な理由のある自己都合退職特定理由離職者
正当な理由のない自己都合退職受給資格者
契約更新することを明示

あり

事業主都合による解雇特定受給資格者

なし

正当な理由のある自己都合退職特定理由離職者
正当な理由のない自己都合退職受給資格者

(※1)正確には、「期間の定めがある労働契約が更新され、雇用された時点から継続して3年以上雇用されている場合」をいう。

2.雇用期間が3年未満

直近の契約更新時の定め

社員の契約更新の希望

離職の態様

受給資格

契約更新はしないことを明示

あり

契約期間満了受給資格者

なし

契約期間満了受給資格者
契約更新する場合がありうる

あり

契約期間満了特定理由離職者

なし

契約期間満了受給資格者
契約更新することを明示

あり

契約期間満了特定受給資格者

なし

契約期間満了受給資格者


 上記1のように、
 ①労働契約の反復更新により雇用期間が3年以上となっており、
 ②直近の契約更新時にこれが最後の契約であることを明示せず、
 ③社員は契約の更新を希望しているとき

 は事業主都合による解雇に相当することとなる。離職票の右端に離職区分というのがあるが、この場合は「1A」(=解雇)となる。
 こういった離職者が1人でもいれば、助成金の申請や受給は難しくなるということだ。
 よって、雇用関係の助成金を利用している場合には、3年以上となるパート労働者等の契約の更新は特に慎重に行う必要がある。
 また、3年未満であっても特定受給資格者や特定理由離職者となる場合もある。先に示したとおり、特定受給資格者等の人数によっては不支給となることもあるので、この点にも留意したい。
 なお、とりあえず契約更新はしないことを明示しておいて、状況に応じて契約を更新するというやり方は、当然ながらやめておくべきである。そのような会社の都合ばかりを考えたおかしな契約は、従業員に不信感を与えるだけであるし、ハローワークにもいずれ知られることとなり、下手をすると不正受給になりかねないからである。

(2012年1月17日)

 
 
管理職にも深夜割増賃金は必要 Column No.53


 管理職が残業をしたり、休日出勤をしたりしても、時間外手当や休日手当が付かないことはよく知られている。
 これは、「監督もしくは管理の地位にある者は、労働時間、休憩および休日に関する規定は適用しない」と労働基準法第41条にあるからだ。
 ところで、この条文を見ると、深夜業については触れられていないことに気づく。つまり、深夜業の規制は管理監督者にも及ぶこととなり、管理職が午後10時から午前5時の間に勤務をすれば、労基法37条に定める深夜の割増賃金を支給しなければならないというわけである。
 このことは、人事労務担当者ならともかく、一般の社員にはあまり知られていない。そのためかどうかはわからないが、実際のところ管理職に対して深夜労働手当を支給していない会社は多い。就業規則や給与規程に書かれていなかったり、書かれてはいても、支給しなくてよいとの思い込みから不払いだったりするのである。
 「ヨソもやってないのだから、ウチもこのままでいいや」と問題を先送りするのも1つの判断だが、法違反は法違反であり、労基署の指導を受ける可能性もある。やはり気づいたときに、早急に対応するに越したことはない。

 対応策としてまず考えられるのは、管理職が深夜労働をした際に割増手当を支給するというシンプルな方法である。
ちなみに支給するのは割増分にあたる25%部分だけでよい。賃金が50万円だとすると、1時間当たり750円程度となり、月に10時間深夜勤務したとしても7500円と意外に安い。
 とはいえ、人件費アップになるのは事実だし、計算の手間もかかるので、この手法はためらわれるのが正直なところだろう。
 そこで、もっと手っ取り早い方法として、あらかじめ「管理職手当」等の中に深夜労働手当相当分を含んでしまうというやり方がある。これは、下記のとおり行政通達や判例でも認められている手法である。

労働協約、就業規則その他によって深夜業の割増賃金を含めて所定賃金が定められていることが明らかな場合には別に深夜業の割増賃金を支払う必要はない。
(昭和63.3.14基発第150号、平成11.3.31基発第168号)

 

管理監督者に該当する労働者の所定賃金が労働協約、就業規則その他によって一定額の深夜割増賃金を含める趣旨で定められていることが明らかな場合には、その額の限度では深夜割増賃金の支払いを受けることを認める必要はない。
 (ことぶき事件 最高裁平21.12.18)


 この場合、

「管理職手当には、1万円の深夜業務手当を含むものとする」
 といった形で金額を明記することと、

「管理職の深夜労働手当については、法定の深夜割増賃金が管理職手当に含まれる深夜労働手当部分を超えるときは、その超える分を支払う」
 と差額を支給することを明記するのがポイントである。

 なお、このときの割増賃金の計算基礎には、深夜労働手当相当分を除いた管理職手当が含まれることになる。

(2012年2月1日)

 
 
専門業務型裁量労働制の基本事項 Column No.54


 裁量労働制が労働基準法の改正により創設されたのは昭和63年(1988年)のことである。当初は専門業務型だけだったが、平成11年に企画業務型が追加された。
 平成23年の導入状況を見ると、専門業務型が2.2%、企画業務型が0.7%と、創設から約25年経ったにもかかわらず、制度はあまり普及していない。
 その理由は、ひと言でいえば「縛りが多い」ためで、まるで「制度はつくったけれど、導入はさせないぞ」と言わんばかりにあれやこれやと規制をかけている。役所というのは企業性悪説に立っているといわれるが、裁量労働制に関してはそれを実感する。
 それでも、労働者が自己の裁量で仕事を進めて能力発揮していくという働き方や、時間ではなく成果で評価するという考え方は、これからの労使双方のニーズにマッチすると思える。また、情報通信業や専門サービス業等、今後伸びるであろう業種にとっては利用価値が高いし、制度の規制緩和も見込まれることから、徐々には普及していくと思われる。
 そのような裁量労働制の導入や運用のポイントについて、本コラムで順次取り上げていこうと思う。まずは、専門業務型裁量労働制の基本事項を整理してみる。

 専門業務型裁量労働制は、業務の性質上、業務遂行の手段や方法、時間配分等を大幅に労働者の裁量に委ねる必要がある一定の業務を労使で定め、その業務に就かせた場合、あらかじめ定めた時間働いたとみなす制度である。
 この制度の基本は、導入にあたって必要な労使協定事項をみれば理解できる。次の(1)~(8)の事項である。なお、当該協定は労働基準監督署に届け出る必要がある。
(1)対象業務
 対象業務は、新商品・新技術の研究開発業務、情報処理システム分析・設計業務、取材・編集業務、デザイン、プロデューサー・ディレクター、コピーライター、システムコンサルタント、インテリアコーディネーター、ゲームソフト創作、証券アナリスト、金融商品開発業務、大学教授、公認会計士、弁護士、建築士、不動産鑑定士、弁理士、税理士、中小企業診断士の19業務に限定されている。

 当該業務に従事していたとしても、上司から業務遂行の仕方や時間配分などの指示を受ける場合は対象外となる。
たとえば、新商品開発業務のプロジェクトで、業務遂行に関してリーダーの管理・指示のもとに開発にあたっている者や、付随する雑用等のみを行っている者は対象とならない。
(2)対象となる業務遂行の手段や方法、時間配分等に関し労働者に具体的な指示をしないこと
 (1)にて述べたように、業務遂行手段等の指示を受ける場合は対象外となるため、そのような指示をしない旨を協定に定めておくということである。

(3)労働時間としてみなす時間
 対象業務の遂行に必要な時間を1日当たりで示すことが求められる。1週間や1ヶ月といった単位での設定はできない。設定したみなし時間は、その妥当性を一定期間ごとに見直す必要がある。

(4)労働時間の把握方法と健康・福祉を確保するための措置
 求められるのは、次の事項である。

①対象労働者の勤務状況を把握する方法
 タイムカードやIDカードなどである。ただ、通常の社員に対する労働時間管理ほど厳密なものではなく、どのような時間帯にどの程度職場に在籍したかをチェックすればよい。
②労働時間の状況に応じて実施する健康・福祉を確保するための措置
 具体的内容として以下のものが考えられる。
 ア.代償休日や特別休暇の付与
 イ.健康診断の実施
 ウ.年次有給休暇の取得促進
 エ.健康問題についての相談窓口の設置
 オ.必要な場合の配置転換
 カ.産業医等による保健指導
(5)対象となる労働者からの苦情の処理のため実施する措置の具体的内容
 苦情の申出窓口と担当者、苦情の範囲、処理の手順・方法等を明確にしておくことが望ましいとされる。また、窓口は使用者や人事担当者以外として苦情を申し出やすくすること、苦情の範囲については、労働時間だけでなく、評価制度や賃金制度なども含むことなどが留意点である。

(6)協定の有効期間
 不適切な制度運用を防ぐために3年以内が望ましいとされている。

(7)記録の保存
 (4)および(5)に関し労働者ごとに講じた措置の記録を協定の有効期間およびその期間満了後3年間保存することが求められる。

(8)時間外労働・休日労働・深夜業・休憩時間
 ア.時間外労働

 みなし時間が法定労働時間を超える場合は、36協定の締結し、労基署への届出が必要となる。当然ながら、法定労働時間超の労働に対しては、割増賃金の支払いが必要である。このとき、割増賃金の計算は、賃金月額÷月みなし労働時間を基礎とすればよい。
 なお、割増賃金分は裁量労働手当といった形で支給することもある。
 イ.休日労働
 法定休日に労働させる場合には、アと同様に36協定の締結・届け出と割増賃金の支払いが必要となる。
 ウ.深夜業
 裁量労働制であっても、深夜業の規定は除外されないので、深夜業を行った場合には、割増賃金の支払いが必要である。
 エ.休憩時間
 休憩時間を所定の時間に定めるのは時間配分の指示となるので、可能な限り所定の休憩時間を与え、取得できなければ別の時間帯に取得させる。

(2012年2月6日)

 
 
企画業務型裁量労働制の基本事項 Column No.55


 前回No.54では専門業務型裁量労働制の基本事項を整理したので、今回は企画業務型についてまとめてみる。
 企画業務型裁量労働制の導入プロセスは次のとおりである。

1.労使委員会の設置
2.労使委員会の決議
3.労働基準監督署への決議の届出
4.対象労働者の同意
5.制度の実施


 以下、この導入プロセスを踏まえて基本事項を整理していこう。


1.労使委員会の設置
 労使委員会とは、賃金、労働時間その他の労働条件に関する事項を調査審議し、事業主に対し意見を述べる組織体である。2000年の企画業務型の制定に伴って労基法上に新設されたもので、労使協定に代えて、専門業務型裁量労働制や時間外・休日労働、変形労働時間制の決議なども行うことができる。

 設置にあたってのポイントは次の2点である。
(1)労使委員の指名
 労使委員会は、労働者を代表する委員と使用者を代表する委員とで構成される。人数について決まりはないが、労働者側委員が半数を占めていなければならない。また、労使各1名づつの2名かならる委員会は認められない。

 使用者代表委員は使用者が指名をする。労働者代表委員は、対象事業場の過半数労働組合または過半数組合がない場合には過半数代表者が、管理監督者以外の中から任期を定めて指名をする。
(2)運営ルールの決定
 委員会の招集、定足数、議事その他労使委員会の運営について必要な事項を規定する運営規程を策定する。


2.労使委員会の決議
 労使委員会で以下の8項目について、委員の5分の4以上の多数により決議する必要がある。

(1)対象となる業務の具体的な範囲
 対象となる業務は次の4要件を満たさなければならない。

 ①業務が所属する事業場の事業の運営に関するものであること
 ②企画、立案、調査および分析の業務であること
 ③業務遂行の方法を大幅に労働者の裁量に委ねる必要があると、業務の性質に照らして客観的に判断されること
 ④企画、立案、調査、分析という相互に関連し合う作業を、いつ、どのように行うか等についての広範な裁量が労働者に認められている業務であること
 ①について、以前は本社・本店など本社機能を持つ事業場に限られていたが、2004年の改正で支社・支店・工場等の事業であっても認められることになった。
(2)対象労働者の具体的な範囲
 対象労働者は、対象業務に常態として従事していることが原則で、また、対象業務を適切に遂行するための知識・経験等があることが求められる。したがって、大学卒業後5年以上の業務経験を有する者、資格等級3級以上の者等、客観的にみて知識・経験を有すると考えられる範囲の者を対象労働者にする必要がある。

(3)みなし労働時間
 労働時間として算定する時間は1日の労働時間で定めなければならない。このとき、所定労働時間とするか、ある程度の時間外労働を見込んで設定するかを、現にどのような労働時間の状態にあるかを踏まえて設定するのが基本である。

 残業代を支払いたくないという理由で所定労働時間とするのは、制度の趣旨に反し、労働者の理解を得られないのでやめるべきだ。
(4)使用者が対象となる労働者の勤務状況に応じて実施する健康および福祉を確保するための措置の具体的内容
(5)使用者が対象となる労働者からの苦情の処理のため実施する措置の具体的内容
 (4)(5)は、前回の専門業務型裁量労働制の基本事項で述べたものと同じなので、それを参考にしてほしい。

(6)労働者本人の同意を得なければならないことおよび不同意者に対する不利益取扱いの禁止
 不利益取扱いとは、不同意を理由とする解雇、降格、昇給停止、賞与カット、配転、人事評価の引き下げなどが考えられる。

(7)決議の有効期間
 3年以内とすることが望ましいとされている。

 また、委員の半数以上から決議の変更等のための労使委員会の開催の申出があった場合は、決議の有効期間の中途であっても、変更等のための調査審議を行うようにするのが望ましい。
(8)記録の保存
 決議の有効期間中およびその満了後3年間である。

 これら以外にも、使用者が対象労働者に適用される評価制度や賃金制度を変更しようとする場合は、労使委員会に対し事前に変更内容の説明をすることの決議も望ましいとされている。

3.労働基準監督署への決議の届出
 所定の様式により労働基準監督署へ届け出る。届出をしなければ、制度の効果は生じない。


4.対象労働者の同意
 個別の同意が必要で、就業規則による「包括的同意」ではダメである。同意の取り方に決まりはないが、書面により得ておくのが確実である。また、1度得ておけばOKというわけではなく、決議の有効期間ごとに同意を得る必要がある。


5.制度の実施
 企画業務型裁量労働制でも、休憩、法定休日、深夜労働に関する規定は適用される。したがって、法定休日・深夜労働をさせた場合は割増賃金の支払いが必要である。

 また、決議が行われた日から起算して6ヶ月以内ごとに、所定様式により労基署への定期報告が必要である。報告内容は次の2つ。
 ア.対象となる労働者の労働時間の状況
 イ.対象となる労働者の健康および福祉を確保する措置の実施状況

 企画業務型裁量労働制は以上のように、労使委員会の設置・運営など導入手続きや運用が煩雑なこと、適用に労働者の同意が必要で要件が厳しいことなどから、あまり実施されていないのも事実である。平成23年就労条件総合調査によると、導入しているのは全企業の0.7%しかない。
 運用の手間を考えると、ある程度の対象者が見込める大企業しか活用できない制度といえるだろう。

(2012年2月13日)

 
 
裁量労働制Q&Aその1 Column No.56


 前回、前々回のコラムで述べたように裁量労働制は規制が多く、そのため導入や運用も複雑で、わからないことや不明確なことも多い。
 企画業務型は「適正な労働条件の確保を図るための指針(平15.10.22厚生労働省告示第353号)」が示されており、ある程度具体的な説明がなされているが、それでも実際に運用していくとなると不十分である。
 そこで本コラムにおいて、導入・運用のポイントとなるところで、特に明確にしておきたい点をQ&A形式で整理してみる。ボリュームがあるので、今回はその1である。

Q1.
 裁量労働制のみなし労働時間に限度基準の適用はあるか? たとえば、みなし労働時間を10時間としたとき、法定時間外労働が1年間で約480時間となり、年間360時間とする限度時間を超えることが予想されるが、これは認められないのか?

 限度基準の適用はないと考えられる。したがって、事例のケースも認められる。裁量労働は当該時間を働いたとみなすもので、実際にその時間延長させるわけではないからである。
 上記指針でも、いかなる時間帯にどの程度の時間在社し、労務を提供しうる状態にあったかという勤務状況の把握しか求めておらず、そもそも厳格な労働時間管理は求めていない。


Q2.
 みなし労働時間が労働基準法の労働時間の限度基準を超えるときには、36協定の提出にあたって特別条項の締結は必要か?

 限度基準を考慮しなくてよいと考えられるため、特別条項を結ぶ必要はない。そもそも一時的・突発的な事由による特別な事情があるときに限って限度時間超の時間外労働を認める特別条項と、対象業務の遂行に必要な労働時間を定める裁量労働とでは趣旨が合わないと考えられる。


Q3.
 法定労働時間を超えるみなし労働時間を設定したときの割増賃金の計算方法は?

 裁量労働制における割増賃金の計算の仕方は大きく分けて次の2つがある。
  A.基本給を所定労働時間分とする
  B.基本給をみなし労働時間分とする
 基本給は30万円で、みなし労働時間が9時間、1ヶ月の平均労働日数が20日としたときの1時間あたりの割増額を考えてみよう。なお、計算を簡単にするために基本給が割増賃金の算定基礎額になるものとする。

 A:30万円÷(8時間×20日)×125%≒2,344円
 B:30万円÷(9時間×20日)×25%≒417円

 Aは1時間分の賃金+時間外割増で125%となるのに対し、Bは基本給に時間外労働時間分が含まれているので、25%だけでよいところがポイントである。このため、割増賃金額の差は大きく開く。
 多くの企業では時間外割増相当分を裁量労働手当という形で支給している。この例で見ると、Aは2,344円×22日(年間で最大の月労働日数)=51,568円、Bは417円×22日=9,174円を確保しなければならない。したがって、Aは55,000円、Bは10,000円とするなどが考えられる。

 方法論としてはどちらでもOKなので、企業としてはBを選択したいところだが、そう簡単にはいかない。
 裁量労働制の導入は、現在通常の労働時間制を採用している労働者を対象に実施するのが普通であろう。当然、その労働者の基本給は、所定労働時間に対応するものとして支給しているはずだ。
 Bは、これをみなし労働時間に対応する基本給にするということなので、時間当たりの賃金の引き下げとなり、労働条件の不利益変更となってしまうのである。
 賃金のような重要な労働条件の不利益変更は高度の必要性が求められることから、実施は困難で、無理に実施をしても対象者の労働意欲をそぐに違いない。
 したがって、実際のところはAの考え方によらざるを得ないといえる。ただし、これから新規に対象者を採用する場合にはBによることも可能である。


Q4.
 対象労働者に対象業務以外の業務に就かせてもよいか? よいとすればどの程度許されるか?

 これに関して明確な基準はないのだが、上記の企画業務型の指針に、「使用者が対象業務に就かせる者は、対象業務に常態として従事していることが原則である」という記述が見られる。
 つまり、普通の状態において企画・立案・調査・分析の業務に従事していることが求められるわけだが、これをどう解釈すればよいか?
 常識的に考えれば、100%これらの業務に張り付き、労働者の裁量によって遂行していなければならないということではないだろう。中には、対象業務に付随してコピーを取ったり、資料を整理したり、データを打ち込んだりといった単純作業もあるはずだ。これらは業務遂行に不可欠なものとして許容されると考えられる。
 また、対象業務以外の突発的な業務への対応や、種々の会議等への出席を上司に命ぜられたりすることも企業組織の中で当然に起こりうることである。これらも組織として正当な指揮命令権の発動であり、問題ないといえよう。
 ただし、付随業務が半分を占めたり、1日のうち会議が4分の1を占めるような状況であれば、裁量労働を適用するのには無理がある。
 専門業務型については、通達等で特に説明はないが、企画業務型と同様に考えればよいだろう。
 程度について、派遣労働において専門的業務を認める際に付随的業務が10%以下であればよいことから、これを参考にすればよいとの識者の意見もある。行政の見解ではないが、1つの目安とはなるだろう。


 続きは次回に‥‥。

(2012年2月28日)

 
 
裁量労働制Q&Aその2 Column No.57


 前回に続いて裁量労働制の実務的なポイントをQ&A形式でまとめてみる。今回はその後編である。

Q5.
 始業と終業の時間を会社が定めてもよいか?


 裁量労働制は、「時間配分の決定等」に関し労働者の裁量に委ねるものであるが、この「時間配分の決定等」には次の2つの見解がある。
 A.時間配分の決定等には、始業と終業の時刻の決定も含む。すなわち、始業の終業の時刻も労働者の裁量に委ねられる。
 B.時間配分の決定等とは、所定の始業・終業時刻の範囲内で時間配分ができるという意味。すなわち、始業の終業の時刻は労働者の裁量に委ねられない。
 Aの見解に立てばNOであり、Bの見解に立てばYESということになる。これについて、行政の見解は明確ではないが、一般的にはAの考え方で運用されている。
 とはいえ、労使の話し合いの下で、Bの形で協定を結んだり決議したりすることも可能である。その辺は労使間の自治に任されていると考えてよいだろう。
 ただ、このとき、通常の労働者と同様に遅刻や早退について賃金カットをするのは、裁量労働制の趣旨に反することになるので注意が必要である。


Q6.
 コアタイムを設けることはできるか?

 Q5の考え方により、労使間で協定をすればコアタイムを設定することも可能である。
 たとえば、毎週月曜日の午前中に定例会議があるのならば、その曜日・時間帯にコアタイムを設定するというような運用もできる。
 ただし、Q5で指摘したように、コアタイムに遅刻したからといって賃金を減額するというような取り扱いは不適切となる。


Q7.
 労使委員会の委員は社外の者でもよいか?


 法的な決まりはないが、指針で「調査審議にあたり対象労働者となる労働者および対象労働者の上司の意見を反映しやすくする観点から、指名する委員にそれらの者を含めることを検討することが望ましい」と示されていることから、事業場のことを熟知している者、したがって社内の者の方が適切といえる。
 もちろん、委員の1人くらいは弁護士や社労士等の外部者にして、客観的・専門的な立場から意見を述べてもらうというのも1つの有効な考え方であろう。


Q8.
 労使委員会において、労働者側の委員の方が人数が多くてもよいか?

 労働基準法では、「委員の半数については」労働組合または労働者代表により指名されることとなっていて、半数でなければならないのか、半数を確保していればよいのか定かではない。
 ただ、規定の趣旨から、労働者側に不利とならないように設けられていると考えられるため、半数を超えても構わないと思われる。
 ただし、会社側の人数を少なくする必要性もあまりないので、労使同数とするのが基本であろう。


Q9.
 労使委員会の適正な人数はどれくらいか?

 労使双方1名づつというのは認められないとされていること、労使双方同人数とするのが基本であることから実質的に4名以上となる。
 ただし、4名では、5分の4の可決条件を満たすためには全員一致が必要となることから、6名以上とするのが適切と考えられる。
 さらに、上記の理由により定足数を6名以上にしたいことと、委員会として機能する人数を考えれば、事業場の規模にもよるが8~12名程度が最も適切といえるだろう。


Q10.
 法定外休日の労働は、みなし労働時間に含められるか?


 原則として含むことはできない。なぜなら、みなし労働時間として定めているのは、1日についてであり、所定労働日の労働時間を示していると考えられるからである。
 したがって、法定外休日に労働をさせたとすると、その分の賃金が必要となり、週40時間を超えるのであれば時間外割割増賃金が必要となる。
 これに関しては36協定の観点からも注意が必要である。裁量労働制の場合、みなし労働時間の分だけしか延長できる時間を定めていないことがある。このとき法定外休日労働をさせると、限度を超えてしまい、労基法違反となるので気を付けなければならない。法定外休日の労働が想定されるのなら、1か月45時間といった限度時間までの延長を可能としておくべきだろう。

 このように原則はできないわけだが、例外的に法定外休日労働をみなし労働時間に含める方法がある。それは、1日のみなし労働時間以外に、1週のみなし労働時間を定めておくことである。
 たとえば、1日のみなし労働時間:8時間、1週のみなし労働時間:48時間としておけば、1週間に何時間労働をしても48時間ということになるので、法定外休日をみなし労働時間に含めることが可能である(もちろん、この場合、8時間の時間外割増賃金は必要)。
 ただしこれは、仕組み上できるというだけの話で、実際のところ、行政はみなし労働時間を1日単位でしか認めていないので、このような協定は労基署から指導を受ける可能性が高い。現に受領してもらえなかったという話も聞く。


 裁量労働制は導入例が少ないせいか、行政の対応も今一つ定まっていないという気がする。労基署に照会をしてみても、明確な回答を得られないこともある。それを逆手に取るわけではないが、ある程度労使間で自由に決めていくというスタンスもよいと思う。もちろん、法の枠を超えたり、労働者が不利益を被ったりするような定めはNGだが、仕事を労働者の裁量に委ねて能力を発揮してもらうという考えから労使が合意形成を行い、互いにメリットを享受するのは有意義なはずである。

(2012年3月7日)

 
 
継続勤務の際の割増賃金 Column No.58


 継続勤務とは暦日にわたって勤務することで、たとえば、残業がその日のうちに終わらず、翌日に及んだときなどを想定すればよい。
 そのような際の時間外・休日・深夜の割増賃金がどうなるかについて、誤認や混乱が見られる。適切な考え方を、次のA社のケースで整理してみよう。

 【A社】
 ・所定労働時間:9時~18時(休憩1時間)
 ・法定休日:日曜日
 ・割増率:時間外労働/深夜労働25%、休日労働35%

1.まずは、たまにあると思われる次のケースである。

 社員のBさんは、ある週の水曜日に残業をし、結局、木曜日の始業時間まで勤務した。さらに、その日は所定の終業時間まで勤務を続けた。
 このときの割増賃金は?


 計算にあたって、確認しておきたい事項が2つある。
 1つは、継続勤務に関する次の行政解釈で、
 「継続勤務が二暦日にわたる場合には、たとえ暦日を異にする場合でも一勤務として取り扱い、当該勤務は始業時刻の属する日の労働として、当該日の1日の労働とするものであること(昭63.1.1.基発第1号)」というものだ。
 つまり、ある日の勤務が翌日にわたる場合は、翌日の始業時刻までの労働が前日の勤務になるということである。
 もう1つは、その際の割増賃金についての原則で、
 「翌日の所定労働時間の始期までの超過時間に対して、法第37条の割増賃金を支払えば法第37条の違反にならない(昭26.2.26基収第3406号)」というものである。

 以上から、

水曜日18時~22時時間外割増25%
水・木曜日22時~5時時間外割増25%+深夜労働割増25%
木曜日5時~9時時間外割増25%
木曜日9時~18時割増なし


 という計算になる。継続勤務はともかく、残業が翌日にわたるケースはよくあることから、実務的にはそれほど問題はないだろう。

2.では、次のようなケースはどうなるか。

 Cさんは、法定外休日の土曜日に午前9時から勤務を始め、法定休日である翌日曜日の午前9時まで働いた。なお、金曜日までの週の労働時間は40時間である。


 この場合、1にて示した原則どおりに計算をすると誤りとなる。
 なぜなら、法定休日がからむ継続勤務の場合の割増賃金は、次の通達による必要があるからだ。
「①休日労働となる部分の考え方。
 法定休日である日の午前0時から午後12時までの時間帯に労働した部分が休日労働となる。
 したがって、法定休日の前日の勤務が延長されて法定休日に及んだ場合及び法定休日の勤務が延長されて翌日に及んだ場合のいずれの場合においても、法定休日の日の午前0時から午後12時までの時間帯に労働した部分が3割5分以上の割増賃金の支払いを要する休日労働時間となる(平6.5.31基発331号)」。
 つまり、法定休日の割増賃金にかぎっては暦日単位で適用されるということだ。


 以上から、下記の計算が正しい。

土曜日9時~22時時間外割増25%
土曜日22時~24時時間外割増25%+深夜労働割増25%
日曜日0時~5時休日労働割増35%+深夜労働割増25%
日曜日5時~9時休日労働割増35%


3.2の応用ということで、次のケースも考えてみよう。

 Dさんは、日曜日の午前9時から休日勤務を行い、月曜日の所定の終業時間まで労働した。


 このケースを考える際には、先ほどの通達(平6.5.31基発331号)の続きも参考にする必要がある。

「②時間外労働となる部分の考え方
 ①で休日労働と判断された時間を除いて、それ以外の時間について法定労働時間を超える部分が時間外労働となる。この場合、1日及び1週間の労働時間の算定に当たっては、労働時間が2暦日にわたる勤務については勤務の開始時間が属する日の勤務として取り扱う。」

 したがって、計算をすると次のようになる。

日曜日9時~22時休日労働割増35%
日曜日22時~24時休日労働割増35%+深夜労働割増25%
月曜日0時~5時深夜労働割増25%
月曜日5時~8時割増なし
月曜日8時~9時時間外割増25%
月曜日9時~18時割増なし


 月曜日の9時までは日曜日の勤務となるが、8時までは法定労働時間に収まっているので、時間外割増が発生するのは8時から9時までの1時間であること、そして9時からは月曜日の勤務となることに留意したい。

 このように継続勤務の際の割増賃金は、平日勤務の場合と間に休日勤務が入る場合とで違ってくるので注意が必要である。

(2012年3月12日)

 
 
高年齢者雇用安定法の改正 Column No.59


 2月に行われた労政審議会で、高年齢者雇用安定法の改正が厚生労働大臣に建議され、2012年度中の改正が実現しそうである。
 主な改正内容は次のとおり。

1.継続雇用制度の対象者を限定できる仕組みの廃止
・ 継続雇用制度の対象となる高年齢者につき、事業主が労使協定により定める基準により限定できる仕組みを廃止する。
2.継続雇用制度の対象者が雇用される企業の範囲の拡大
・ 継続雇用制度の対象となる高年齢者が雇用される企業の範囲をグループ企業まで拡大する仕組みを設ける。
3.義務違反の企業に対する公表規定の導入
・ 高年齢者雇用確保措置義務に関する勧告に従わない企業名を公表する規定を設ける。
4.「高年齢者等職業安定対策基本方針」の見直し等
・ 雇用機会の増大の目標の対象となる高年齢者を65歳以上の者にまで拡大するとともに、所要の整備を行う。
5.その他
・ 所要の経過措置を設ける。
(施行期日:平成25年4月1日)


 このうち、企業に最も大きな影響を与えるのは1である。
 現行の高年齢者雇用安定法では、60歳定年と65歳までの安定した雇用を確保するための措置として、企業に「定年の廃止」や「定年引き上げ」、「継続雇用制度の導入」のいずれかの措置を講じるよう義務付けている。
 ただし、労使協定により継続雇用制度の対象となる高年齢者に係る基準を定め、当該基準に基づく制度を導入したときは、継続雇用制度を講じたものとみなすという例外措置を設けている。改正法は、この例外措置を無くそうというわけである。審議会では、65歳定年制という”過激案”も検討されたが、さすがにそれは時期尚早との意見が強く、このような形に収まったもようである。
 いわばソフトランディングの案であり、厚生年金の支給開始年齢の引き上げに応じて、2025年度までの経過措置も予定されているとはいえ、65歳までの雇用保障を行えばは人件費の増大は避けられない企業側は大反対である。

 
では、企業にどれくらい影響があるのだろうか。
 厚労省の平成23年「高年齢者の雇用状況」によると、雇用確保措置の実施済企業の割合は95.7%で、その内訳は、
 ①「定年の定めの廃止」 2.8%
 ②「定年の引上げ」 14.6%
 ③「継続雇用制度の導入」 82.6%
 となっており、定年制度により雇用確保措置を講じるよりも、継続雇用制度により雇用確保措置を講じる企業の比率が高い。
 さらに、継続雇用制度を講じている企業のうち、
 ①希望者全員を対象とする継続雇用制度を導入している企業 43.2%
 ②対象者に係る基準を労使協定で定め、当該基準に基づく継続雇用制度を導入している企業 56.8%
 となっている。
 つまり、この②の企業が今回予定されている改正によって大きな影響を受けることになる。大ざっぱな計算で企業の半数と考えればよい。
 ところで、過去1年間の定年到達者(43万5千人)のうち、継続雇用を希望しなかった者の数(割合)は10万7千人(24.6%)である。
 また、継続雇用を希望した者をみると、
 ①継続雇用された者の割合 97.7%
 ②基準に該当しないことにより離職した者の割合 2.3%
 となっており、現状では継続雇用を望まない者も多く、また、継続雇用を希望する者の大半が継続雇用されており、義務化されてもそれほど影響は大きくないとも見られる。
 ただし、2013年度から、厚生老齢年金の報酬比例部分の支給開始年齢が引き上げられることから、継続雇用希望者はこれまで以上に増加するはずである。
 また、継続雇用は業種による違いもかなりある。3月13日の日経新聞によれば、継続雇用を希望する人が再雇用される割合は、鉄鋼・化学・繊維・流通ではほぼ100%であるのに対し、自動車・電機では0~50%とのことである。
 このように、現在はともかく今後影響が拡大していくこと、特に一部の業界では大きな問題となることが想定される。

 
経済界の強い反対はあるものの、年金受給と雇用収入の空白を国として放任するわけにもいかず、これ以外にも、
 ・就業者数が減少しており、マクロ的な労働力不足に対応する必要があること
 ・わが国の高年齢者の就業意欲が非常に高いこと
 などから、法案は基本的にこの内容で成立するものと思われる。
 大企業はともかく、中小企業にその体力があるかだが、実は中小企業の方が65歳まで働ける仕組みは整っている。
先ほどの「高年齢者の雇用状況」では、希望者全員が65歳以上まで働ける企業の割合は47.9%で、企業規模別に見ると、
 ①中小企業 50.7%
 ②大企業 23.8%
 となっており、中小企業の取組の方が進んでいるのである。
 このように「中小企業いじめ」にならない点も、世論に受け入れられやすく、法案通過の追い風になるといえるだろう。企業経営者にとっては、また頭痛のタネが1つ増えることになるわけだが。

(2012年3月19日)
 

 
 
営業手当と時間外労働割増 Column No.60


 営業社員に対しては、営業手当といった名称で特別の手当を支給することが多い。
 その支給理由には、営業職は外回りやお客様との折衝で大変だから、内勤社員に比べて身だしなみや食事等のさまざまな経費がかかるから、仕事で帰りが遅くなっても残業代が出ないから、といったものがある。
 このうち、3つ目の理由は法的に誤りであり、営業社員も法定労働時間を超えれば、時間外割増賃金を支給しなければならない。
 この点を認識していない経営者もいるが、認識はしていても、「いや、だからその分を営業手当として払っている」と主張する経営者も多い。
 いわゆる残業手当の定額払いであるが、これが正当に認められるには次の要件を満たさなければならない。
①何時間分の残業代として営業手当を支払うのかを規程上で明確化すること
②実際の労働時間がその時間を超えた場合は、別途、割増賃金を支払うことを規程上で明確化すること
③給与明細において、営業手当が残業手当であることを明確化すること

 これら(特に①②)がきちんと担保されていなければ、労基署の検査があったときに労基法37条違反として是正勧告を受ける可能性がある。また、万一、社員から未払い残業代を請求された場合には、その要求を認めざるを得ないだろう。
 そのようなリスクを防ぐためには、次の例のように就業規則等を変更し、社員い周知しておく必要がある。

 営業手当は、営業職に従事する社員に対して、20時間分の時間外労働手当として支給する。なお、現実の労働時間が20時間を超えた場合、別途、所定の時間外割増手当を支払う。


 「営業手当は時間外労働相当分として支給する」といったあいまいな表現では、上記の要件を満たしているとはいえないので留意したい。

 
ところで、このような規定をするためには、営業手当が何時間分の時間外労働手当に相当するかをあらかじめ計算しておかなければならない。
 計算にあたってモデルとすべきは、営業社員の最高給者となる。そうしなければ、時間外労働相当分が営業手当の範囲内に収まらない社員が出てくるからだ。
 一方、最高給者で設定をすると、給与の低い者は時間外労働相当分以上の営業手当をもらうこととなる。特に営業社員間の給与の格差が大きいときには、この問題は顕著である。具体的に考えてみよう。

 A社の営業社員の割増賃金基礎額は最高給者で40万円、最低給者が20万円である。営業手当は5万円。月の所定労働時間数は160時間とする。このとき、
 ・最高給者の時間外労働の単価 40万円÷160時間×125%=3,125円
 ・最低給者の時間外労働の単価 20万円÷160時間×125%=1,562.5円
 となる。営業手当が何時間分の時間外労働相当分となるかを計算すると、
  5万円÷3,125円=16時間 である。
 そこで、当該営業手当は16時間分の時間外労働に相当すると決めたとしよう。
 このとき最低給者は、16時間の時間外労働をしても、割増賃金額は1,562.5円×16=25,000円であり、営業手当との差額25,000円は余分にもらえることになる。
 当然ながら、その社員の時間外労働が16時間を超えたならば、別途割増賃金を支払わなければならない。営業手当には、まだ25,000円分の余地があるにもかかわらずだ。

 このような不合理を無くすためには、少々管理が煩雑になるが、
 ①社員ごとに時間外労働時間相当分を設定する(営業手当額は同じ)
 ②社員ごとに営業手当額を設定する(時間外労働時間相当分は同じ)
 という方法が考えられる。
 このうち①は、社員ごとの時間管理が面倒なうえ、支給する営業手当額は同じなのだから給与の低い社員に残業を多くさせるといった運用になりかねず、労務管理的にやや問題がある。
 この点②はすっきりしているが、ネックは低給与者の手当が現状よりも減額となるため、営業手当が既得権化していれば不利益変更の問題が発生することである。
 ②を採用するならば、コンプライアンスの観点から制度変更の必要性を十分に説明することや、営業手当の原資総額は維持すること、移行措置を設けることなどで社員の理解を得ていく必要があるだろう。

(2012年3月26日)
 

 
 
改正労働者派遣法が成立 Column No.61


 2012年3月28日、改正労働者派遣法が成立した。
 2010年1月に改正案が国会に上程されてから、まる2年以上も経ってようやく日の目を見ることになった。政府案の眼目であった登録型派遣や製造業派遣の原則禁止が削除されたため、改正内容としては小粒のものとなった。そのせいか、新聞記事も小さな扱いで、見逃した方も多いのではないかと思う。

 
主な改正内容は、次の4つである。
1.日雇労働者についての労働者派遣の禁止
  派遣元事業主は、日々または30日以内の期間を定めて雇用する労働者について、適正な雇用管理に支障を及ぼすおそれがないと認められる業務として政令で定める業務について労働者派遣をする場合または雇用の機会の確保が特に困難であると認められる労働者の雇用の継続等を図るために必要であると認められる場合その他の場合で政令で定める場合を除き、労働者派遣を行ってはならない。
2.グループ企業内派遣の規制
 同グループ企業内への派遣は社員の8割以下としなければならない。また、離職した労働者を離職後1年以内に派遣労働者として受け入れることを禁止する。
3.均衡を考慮した待遇の確保及び労働者派遣事業の業務の内容に係る情報提供義務の創設
 派遣元事業主は、派遣労働者の賃金等について、派遣労働者と同種の業務に従事する派遣先労働者との均衡に配慮するとともに、労働者派遣に関する料金の平均額と派遣労働者の賃金の平均額の差額が労働者派遣に関する料金の平均額に占める割合等の情報の提供を行わなければならない。
4.労働契約申込みみなし制度等の創設
 派遣先が、無許可派遣元事業主等から労働者派遣の役務の提供を受ける等違法行為を行った場合、その 時点において、派遣先から派遣労働者に対し、労働契約の申込みをしたものとみなす。

 1は、格差社会の象徴ともなった日雇派遣によるトラブルが問題となって以来、ずっと議論されてきた課題だが、ようやく禁止されることになった。
 禁止となる日雇い派遣の範囲は、日々または30日以内の期間を定めて雇用する労働者についてである。政府案では60日以内となっていたが30日以内に短縮された。
 また、「適正な雇用管理に支障を及ぼすおそれがないと認められる業務として政令で定める業務について労働者派遣をする場合」、「雇用の機会の確保が特に困難であると認められる労働者の雇用の継続等を図るために必要であると認められる場合その他の場合で政令で定める場合」は禁止されないという例外規定も付されている。これら政令の具体的内容がどうなるか要注目である。
 改正の影響としては、倉庫業や運送業、イベントサービス業など、日雇い派遣に依存する企業には大きなものがあるだろう。また、労働者側も学生アルバイトなどでは結構なニーズがあるため、就労の機会が減少すると考えられる。

 2は、現行法でも禁止されている「専ら派遣(派遣労働者の派遣先を特定の会社に限定する行為)」の規制強化である。グループ内の派遣は8割以下と明確な基準が定められたことから、これまで認められていた、結果として専ら派遣となっているようなケースも、8割を超えれば違法となる。自グループで派遣社員を活用している大企業等では、対応が必要となるかもしれない。


 3は、派遣労働者の待遇の改善を目指すものである。具体的には以下の内容である。

①派遣元事業主に、一定の有期雇用の派遣労働者につき、無期雇用への転換推進措置を努力義務化
②派遣労働者の賃金等の決定にあたり、同種の業務に従事する派遣先の労働者との均衡を考慮
③派遣料金と派遣労働者の賃金の差額の派遣料金に占める割合(いわゆるマージン率)などの情報公開を義務化
④雇入れ等の際に、派遣労働者に対して、一人当たりの派遣料金の額を明示
⑤労働者派遣契約の解除の際の、派遣元及び派遣先における派遣労働者の新たな就業機会の確保、休業手当等の支払いに要する費用負担等の措置を義務化

 4は、違法派遣の場合、派遣先が違法であることを知りながら派遣労働者を受け入れている場合には、派遣先が派遣労働者に対して労働契約を申し込んだものとみなすというものである。


 施行期日は、「公布の日から起算して六月を超えない範囲内において政令で定める日」で、現状では未確定だが、遅くとも今年の10月までには施行されることになるだろう。なお、3の労働契約申込みみなし制度等の創設は、「法律の施行日から3年を経過した日から施行する」と猶予期間を設けられており、施行は2015年になると考えられる。


 今回の改正では、当初予定されていた登録型派遣や製造業派遣の原則禁止は盛り込まれなかった。そのために、企業に大きなインパクトを与えるという内容ではない。派遣労働者を頼りとする製造業などでは、一安心というところだろう。
 ただし、「登録型派遣の在り方」「製造業務派遣の在り方」「特定労働者派遣事業の在り方」については、法施行1年後に労働政策審議会で検討を開始することとされており、今後も禁止・規制強化される可能性は残っている。

 改正法の内容は抽象的な部分やわかりづらい記述も多く、現状では対応は難しいと思う。近日中に政令や通達等で具体的な指針が示されるはずなので、それに注目しておく必要がある。

(2012年4月2日)
 

 
 
請負元である製造業者の安全衛生責任 Column No.62

 製造業では、自社工場内での作業の一部を別会社に請け負わせることがある。いわゆる構内請負であるが、このときの請負元である製造業者の請負先労働者に対する安全衛生責任について整理しておこう。
 労働安全衛生法第3条では、労働者の安全と健康を確保することを事業者の責務として課している。ここでいう事業者とは、労働者を使用するもの(安衛法2条)なので、請負の場合の安全衛生責任は、請負労働者の雇用者である請負業者にある。
 また、労働契約法第5条では、使用者は労働者が安全に労働することができるよう配慮するという安全配慮義務が規定されている。労契法上、使用者とは、その使用する労働者に対して賃金を支払う者(法2条)なので、これも同様に請負業者に責任があることを示している。
 つまり、法的な安全衛生責任は、まずは使用者である請負業者にあるということだ。
 では、請負元である製造業者には一切の責任はないかといえばそうではない。
 安衛法29条に、元方事業者の講ずべき措置として、安衛法の違反のないように関係請負人やその労働者に指導する義務あること、安衛法違反が認められるときには是正を指示する義務があることを規定している。
 さらに、第30条の2では、製造業である元方事業者の労働者と請負人の労働者とが同一場所で作業を行う場合の必要な措置について定めている。これは、製造業において業務請負が増加するとともに、それを背景とする労働災害が発生するようになったことを受けて、2005年に法改正されたものである。
 この改正にともなって、元方事業者による請負人も含めた事業場全体にわたる安全衛生管理を確立するために、製造業における元方事業者による総合的な安全衛生管理のための指針についてが策定された。
 指針で元方事業者が実施すべき事項として定めているのは次の事項である。

1.総合的な安全衛生管理のための体制の確立および計画的な実施
 (1)作業間の連絡調整等を統括する者の選任等
 (2)安全衛生に関する計画の作成および実施
2.作業間の連絡調整の実施
3.関係請負人との協議を行う場の設置および運営
4.作業場所の巡視
5.関係請負人が実施する安全衛生教育に対する指導援助
6.クレーン等の運転についての合図の統一等
7.元方事業者による関係請負人の把握等
 (1)関係請負人の責任者等の把握
 (2)労働災害発生のおそれのある機械等の持ち込み状況の把握
8.機械等を使用させて作業を行わせる場合の措置
9.危険性および有害性等の情報の提供
10.作業環境管理
11.健康管理
12.その他請負に伴う実施事項
 (1)仕事の注文者としての配慮事項
 (2)関係請負人およびその労働者に対する指導等
 (3)適正な請負

 通達では、「この指針は、元方事業者が法令に基づき実施しなければならない事項および実施することが望ましい事項を併せて示したもの」と述べられている。

 「法令に基づき実施しなければならない事項」とは、

 2.作業間の連絡調整の実施(安全衛生規則643条の2)

 6.クレーン等の運転についての合図の統一等(安全衛生規則第643条の3~第643条の6)
 9.危険性および有害性等の情報の提供(安衛法第31条の2)
 12.その他請負に伴う実施事項
  (1)仕事の注文者としての配慮事項(安衛法第3条3項)
  (2)関係請負人およびその労働者に対する指導等(安衛法第29条)

 である。これ以外は「実施することが望ましい事項」と考えられるが、安全衛生管理に関して何かトラブルが起きたときに、
元方事業者として責任を果たしていると主張するためには、これらもきちんと実施しておくに越したことはない。
 なお、12.その他請負に伴う実施事項(3)適正な請負、に示されているとおり、元方事業者と請負人の労働者と間に現に指揮命令関係がある場合(いわゆる偽装請負)には、実質的には派遣労働とみなされるため、派遣先事業主として安全衛生管理に関する責任を負わなければならない。
 以上、構内請負の場合には、一定の範囲で請負元にも安全衛生責任があることに注意したい。


(2012年4月16日)

 
 
じん肺に関する事業者の責務 Column No.63

 じん肺は、土ぼこりや金属・鉱物の粒などの粉じんを長い年月にわたって多量に肺に吸い込むことにより、肺に変化を起こす病気で、呼吸障害や深刻な合併症の原因となるものだ。現代の医学では、じん肺となった肺を元に戻す有効な治療法はなく、これ以上の変化が進まないようにするしかない。

 このため、、鉱業、金属工業、建設業等の粉じん業務の事業者は、社員がじん肺にならないようにすること、そして万一じん肺となった場合には、その悪化が進まないようにすることに万全を尽くさなければならない。
 じん肺に関して、事業者の責務を定めた法令には、じん肺法、労働安全衛生法、粉じん災害防止規則がある。
 
以下、それぞれのポイントを整理しておく。

 じん肺法に定められた事業者のとるべき措置は次のとおりだ。
①予防(第5条) 
 粉じんの発散の防止及び抑制、保護具の使用その他について適切な措置を講ずるよう努めること。
②教育(第6条) 
 常時粉じん作業に従事する労働者に対して、じん肺に関する予防及び健康管理のために必要な教育を行うこと。
③就業時健康診断(第7条) 
 新たに常時粉じん作業に従事することとなった労働者に対して、じん肺健康診断を行うこと。
④定期健康診断(第8条)
 ア.常時粉じん作業に従事する労働者 ⇒3年に1回
 イ.常時粉じん作業に従事する労働者でじん肺管理区分が2または3の者 ⇒1年に1回
 ウ.常時粉じん作業に従事させたことのある労働者で、現に粉じん作業以外に常時従事しているもののうち、
   ・じん肺管理区分が2の者 ⇒3年に1回
   ・じん肺管理区分が3の者 ⇒1年に1回

⑤定期外健康診断(第9条) 
 常時粉じん作業に従事する労働者が、健康診断において、じん肺の所見があり、またはじん肺にかかっている疑いがあると診断されたときに行うこと。
⑥離職時健康診断(第9条の2) 
 1年6月超、常時粉じん作業に従事する労働者が、離職の際にじん肺健康診断を行うよう求めたときに行うこと。
⑦エックス線写真等の提出(第12条) 
 じん肺健診で、じん肺の所見があると診断された労働者について、遅滞なく、エックス線写真等を都道府県労働基準局長に提出すること。
⑧管理決定区分の通知(第14条) 
 都道府県労働基準局長より管理決定区分の通知を受けたときは、遅滞なく、じん肺管理区分等通知書により労働者に通知すること。
⑨健康管理のための事業者の責務(第20条の2) 
 じん肺健診の結果、労働者の健康を保持するため必要があると認められるときは、当該労働者の実情を考慮して、就業上の適切な措置を講ずるよう努めるとともに、適切な保健指導を受けることができるための配慮をするように努めること。
⑩粉じんにさらされる程度を低減させるための措置(第20条の3) 
 管理区分が2または3の労働者について、粉じんにさらされる程度を低減させるため、就業場所の変更、作業時間の短縮、その他の適切な措置を講ずるように努めること。

 次に労働安全衛生法では、じん肺に関して以下の措置を規定している。
①健康障害を防止するための措置(第22条)
②リスクアセスメント実施の努力義務(第28条の2)
③作業環境測定の実施義務(第65条)
④特殊健康診断(第66条)
 このうち、①③④の具体的な内容は、厚生労働省令(粉じん障害防止規則)に委ねている。

 そこで、粉じん障害防止規則をみてみると、以下について具体的な定めをしている。
①特定粉じん発生源に係る措置(第4条
②換気の実施等(第5条~第6条の4)
③除じん装置の設置(第10条)
④局所排気装置等の定期的自主検査(第17条~第21条)
⑤特別の教育(第22条)
⑥休憩設備(第23条)
⑦清掃の実施(第24条)
⑧作業環境測定(第25条~第26条の4)
⑨呼吸用保護具の使用(第27条)

 じん肺の特徴は、長期間にわたって徐々に病状が悪化していくことである。このため、退職後10年以上も経ってから初めて所見が見つかるケースもある。企業の側から言えば、社員が退職した後も労務リスクを抱えるということだ。20年近くも前のことで、トラブルになるようなケースも現に起きている。

 リスクを低減させるには、日ごろから、上記法令に従った措置を適切に講じておくことが重要となる。その前提として、社員に安心して働いてもらえる環境を整えるのは、経営者・管理者としての責務であることを強く自覚しておきたい。

(2012年5月1日)

 
 
人事労務コンプライアンスリスクの防止策 Column No.64

 人事労務コンプライアンスを怠ることで、訴訟リスク、行政処分リスク、風評リスクなど様々なリスクの発生が危惧される。これらはいずれも、企業業績の悪化要因となり、社員のモラールにも大きな悪影響を及ぼすもので、下手をすると会社の命取りにもなる。企業はリスクを防止する方策を真剣に考えておく必要がある。
 リスク防止のための課題には、個々のリスク要因に対する個別課題と会社全体を通じての全体課題とがある。
 個別の課題とは、リスク発生の要因となる個別の事象を洗い出し、事前に対策を打っておくことだ。
 労働時間、賃金、解雇などの雇用分野、派遣・請負労働、パートタイマー、外国人労働者などの非正規雇用分野、労災、メンタルヘルスなどの安全衛生分野、セクハラ、パワハラなどの人権分野といった切り口から自社の課題を整理していく。
 特にリスクが大きいと想定される事項について、重点課題を設けることも重要となるだろう。
 一方、全体課題とは、経営者を含む全社員の意識改革や、全社でコンプライアンス活動が進められるような環境づくりの必要性のことだ。
 この2つの課題にきちんと取り組むことで、リスク防止策は継続的かつ効果的に機能する。
 全体課題だけでは実践が伴わないし、個別課題だけでは形式的でその場しのぎの取り組みに終わってしまう危険性が高い。

 さて、ここでは上記課題のうち、全体課題についてさらに掘り下げてみる。全体課題の内容は以下の4つだ。
 1つ目は、経営者・社員のコンプライアンス意識の向上である。
 今どきの経営者・社員ならば、コンプライアンスの重要性は少なくとも表面的にはわかっている。ただ、真に理解しているかとなると心もとない。
 「身に染みて」理解してもらうには、問題が発生したときの被害の重大さを再認識させることである。会社に起こりうるリスクを具体的に想定し、その影響度合いをシミュレーションしておくのである。
 たとえば、サービス残業の実態を明らかにして、未払い残業代がどれくらいあるかなどを具体的金額で示すのだ。
 ある企業の役員会でこれを明示したところ、億単位に上るその数字に一同が呆然としたこともある。その後、社長の鶴の一声で残業削減対策が取られることになった。
 2つ目は、コンプライアンス活動に対してポジティブな受け止め方をすることである。
 コンプライアンスに対する意識が向上しないのは、コンプライアンスに対して後ろ向きのイメージがあるからだ。
 つまり、コンプライアンス活動というのは、業績向上に直接結びつくものではなく、「決まりがあるからやらなければいけないもの」、もっと言えば「お客様や他社の手前、仕方なくやるもの」という認識がある。
 こういうとらえ方をしていては、活発な活動は期待できない。そこで、もっと前向きな見方をしようということだ。
 特に人事労務コンプライアンスであれば、その実現によって、社員がより生き生きと働ける環境がつくれるとのイメージが持てるはずだ。
 3つ目は、社員がコンプライアンスの問題を共有できる環境・雰囲気をつくることだ。
 組織としてコンプライアンス意識を高めるには、1人1人の意識向上を求めるだけでなく、社員が1人で悩まず上司や同僚に気軽に何でも相談し合える風土づくりが大切だ。
 ただこれは、組織風土に関わることなので短時間に変えるのは正直言って難しい。そのため、時間をかけてじっくり醸成していくという姿勢でかまわない。
 実行に向けては、まず、職場全体で意識向上ができるような仕掛けが求められる。
 具体的には、職場にコンプライアンス委員を設置し相談窓口とするとか、上司が定期的にコンプライアンスについてミーティングや面談をするなどである。
 4つ目は、経営者主導のもとで取り組むことである。
 経営者主導がなぜ必要かといえば、
 ①社員に本気度が伝わる
 ②(特に管理者の)責任感・当事者意識が強まる
 ③総論賛成・各論反対を防止できる
 ④必要コストに関して承認を得やすくなる
 といったメリットが期待できるからだ。
 経営者主導でなければ、「気持ちはわかるけど、ウチは無理」だとか「どうせウヤムヤになるから、適当にやっていればいいよ」などの声が必ず出てくる。
 コンプライアンスの実践は、ある意味理屈抜きでやらなければならない部分もあり、これにはトップの強制力が不可欠となるのだ。
 経営者がコミットしないコンプライアンスリスク防止活動は、絶対に形骸化するといって間違いない。

(2012年5月8日)

 
 
解雇予告に関するQ&A Column No.65

 解雇は、労働者の生活に重大な影響を与えるので、企業としても可能な限り回避したいものだが、さまざまな事情で解雇せざるを得ないケースも出てくる。
 ただ、個別労働紛争解決制度の相談内容でもトップを占めるなど、解雇に関してはトラブルが非常に多いという実態がある。労働者にとってはそれこそ死活問題なのだ。
 そういった意味からも、解雇手続きは慎重かつ適正に行わなければならない。
 今回は、一連の解雇手続きの中でも重要となる解雇予告の留意点を整理してみる。

 まずは、解雇予告についての基本事項を確認しておこう。

 解雇予告を定めた労働基準法第20条のポイントは次の4つである。
①使用者は、労働者を解雇しようとする場合には、少なくとも30日前にその予告をしなければならない。
②解雇予告をしない使用者は、30日分以上の平均賃金を支払わなければならない。
③天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となった場合や、労働者の責に帰すべき事由に基づいて解雇する場合で、労働基準監督署の認定を受けたときはこの限りでない。
④1日についての平均賃金を支払った場合には、その日数分、①の予告日数を短縮できる。

では、解雇予告の留意事項をQ&A形式でまとめてみる。

Q1.解雇予告は、30日以上前、たとえば40日前にしてもよいか?
 「少なくとも30日前」ということであるから、30日以上前でかまわない。設問の40日前でもOKである。

Q2.解雇の日は特定しなければならないか? 〇月〇日~〇月〇日の間に解雇するという予告は認められるか?
 不確定期限を付した解雇予告は認められない。

Q3.「改善が見られなければ解雇する」といった条件付きの解雇予告は認められるか?
 条件付きの解雇予告は認められない。解雇されるかどうかが不明確で労働者が不安定な立場におかれるからである。

Q4.解雇予告は撤回できるか?

 一度解雇予告をすれば、労働者の同意のない限り撤回はできない。同様に、解雇予告の短縮や延長も労働者の同意がなければ不可である。

Q5.解雇予告の30日はどのように計算するのか? たとえば、6月20日を解雇日とする場合は、いつまでに解雇予告をすれば解雇予告手当は不要なのか?
 30日は、民法の期間計算の原則により算出する。これによれば、解雇予告日の翌日から起算して、解雇の効力の発生する日(その日の午前0時以降雇用契約がなくなる日=一般的には解雇日の翌日)までの間に30日が必要ということになる。設問の例では、5月21日までに予告をすればよい。
 なお、30日は暦日であり、祝祭日や会社の所定休日等を含めて30日あればよい。

Q6.解雇予告手当はいつ支払うのか?
 「解雇の申渡しと同時に支払うべきもの(昭和23.3.17基発464号)」とされており、解雇日に支払う必要がある。

Q7.30日後を解雇日とする解雇予告をしたところ、社員が「早く再就職をしたいので、解雇予告手当を支払ってすぐに解雇してほしい」と言われたが、従う必要はあるか?
 解雇にあたって、解雇予告をするかそれとも解雇予告手当を支払うかの判断は会社が決めるもので、社員の要望に従う必要はない。もちろん、社員の意向に沿って、解雇予告手当に変更するのもOKである。

Q8.解雇予告除外認定を受けられる「労働者の責に帰すべき事由」とはどのようなものか?
 これについては、次の通達(昭和23年11月11日基発1637号、昭和31年3月1日基発111号)が示されている。
①原則としてきわめて軽微なものを除き、事業場内における盗取・横領・傷害など刑法犯に該当する行為のあった場合、また、一般的にみてきわめて軽微な事案であっても、使用者があらかじめ不祥事件の防止について諸種の手段を講じていたことが客観的に認められ、しかもなお労働者が継続的または断続的に盗取・横領・傷害など刑法犯またはこれに類する行為を行った場合、あるいは事業場外で行われた盗取・横領・傷害など刑法犯に該当する行為であっても、それが著しく当該事業場の名誉もしくは信用を失墜するもの、取引関係に悪影響を与えるものまたは労使間の信頼関係を喪失させるものと認められる場合
②賭博・風紀紊乱などにより職場規律を乱し、他の労働者に悪影響を及ぼす場合、また、これらの行為が事業場外で行われた場合であっても、それが著しく当該事業場の名誉もしくは信用を失墜するもの、取引関係に悪影響を与えるものまたは労使間の信頼関係を喪失させるものと認められる場合
③雇入れの際に採用条件の要素となるような経歴を詐称した場合、および雇入れの際使用者の行う調査に対し不採用の原因となるような経歴を詐称した場合
④他の事業へ転職した場合
⑤原則として2週間以上正当な理由なく無断欠勤し、出勤の督促に応じない場合
⑥出勤不良または出勤常ならず、数回にわたって注意を受けても改めない場合
の如くであるが、認定にあたっては、必ずしも上記の個々の例示に拘泥することなく総合的かつ実質的に判断すること

 窃盗の現行犯で逮捕されても、ニュースにならなかったことから、会社の信用失墜とはいえないので認定されなかったというケースもある。認定のハードルは結構高いと考えた方がよい。

Q9.解雇予告をせず、また解雇予告手当も支払わずに行った解雇は無効となるか?
 判例では、即時解雇にこだわらなければ、解雇は有効という考え方が主流である。つまり、解雇通知をしてから30日間を経過するか、予告手当が支払われた時点で解雇の効力が生じるとされる。

 以上、解雇予告についてポイントを確認してみた。
 なお、いくら解雇予告を適正に行ったとしても、解雇の理由に合理性がなければ、権利の濫用として無効になる(労働契約法第16条)ので注意していただきたい。

(2012年5月23日)
 
 
 
メンタルヘルス不調社員の職場復帰 Column No.66

 労働政策研究・研修機構(JIL)が行った「職場におけるメンタルヘルスケア対策に関する調査(2011年6月)」で、メンタルヘルス不調を抱えた労働者のその後の状況について、ここ3年間でもっとも多いパターンを尋ねたところ、次のような回答となった。

①休職を経て復職している(通院治療等を終えた完全復職)
37.2%
②休職を経て退職した
14.8%
③休職せずに通院治療等をしながら働き続けている
14.1%
④休職せずに退職した
9.8%
⑤休職を経て復職後、退職した
9.5%
⑥長期の休職または休職、復職を繰り返している
8.2%

 つまり、完全復職のケースが多い企業が4割弱ある一方で、「結果的に退職した」ケースがもっとも多い企業(「休職を経て退職した」「休職せずに退職した」「休職を経て復職後、退職した」の合計)も34.1%で、ほぼ拮抗する形となっているのだ。

 これは、心の健康問題を抱え休業した社員の職場復帰は容易ではなく、さまざまな課題があることを示唆している。

 その1つが、どの部署に復帰させるかという問題である。
 原則としては、元の職場に復帰させることなのだが、当該部署の仕事内容や人間関係がストレス要因となっている場合にはそうもいかない。社員も元の職場への復帰は望まないだろう。では、他の部署へ配置転換できるかといえば、本人の仕事への適性や現場の受け入れ態勢から、適当な部署があるとは限らない。
 そのようなケースで、社員が職場復帰にあたって配置転換を希望してきた場合に、企業はその要望に応えなければならないのだろうか。それとも、人事権をタテに社員の要望を断ることができるのだろうか。
 これについては、

 ①配置転換は企業の人事権であるが、うつ病であることを知りながら配置転換を拒み、病状が悪化すれば、安全配慮義務に違反し、人事権の濫用と解されるおそれがあること
 ②配置転換をしなければならない法律上の義務はないが、私傷病での職場復帰の場合の判例をみると、職種を限定していない労働契約では、配置可能な他の業務に就かせる配慮をすべきという考え方が主流であること
 ③安衛法第66条の5(健康診断実施後の措置)において、医師の意見を勘案し、その必要があると認めるときは、当該労働者の実情を考慮して、就業の場所の変更、作業の転換、労働時間の短縮等の措置を講じなければならないことを定めていること
 ④メンタルヘルスについて、労働者側に立った対応は社会的な流れとなっており、安衛法もメンタルヘルス対策の充実・強化する安衛法改正が審議されていること。なお、その中では、医師との面接指導の結果、必要となれば作業転換などの措置義務を課していること

 などを勘案すれば、必ずしも社員の要望に従う必要はないが、社員の要望に十分に配慮するのが適切といえるだろう。主治医や産業医の意見その他を考慮の上、結果的に配置転換は望ましくないとの判断を下すのであればよいが、少なくとも、最初から配置転換は認めないという方針をとるのは不適切ということだ。

 判断にあたっては、厚労省が出している「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」に則った対応が望ましいと考えられる。

 「手引き」では、<第3ステップ:職場復帰の可否の判断および職場復帰支援プランの作成>において、
 ①労働者の職場復帰に対する意思の確認
 ②産業医等による主治医からの意見収集
 ③労働者の状態等の評価
 ④職場環境等の評価
 ⑤その他(本人の行動特性、家族の支援状況など)
 をもとに、職場復帰の可否を判断するよう示している。なお、このうちの③の中に「希望する復帰先」があり、職場復帰の際の判断材料の1つとして明示されていることがわかる。
 ただし、「本人の希望のみによって職場復帰プランを決定することが円滑な職場復帰につながるとは限らないことに留意し、主治医の判断等に対する産業医等の医学的な意見を踏まえた上で、総合的に判断して決定するように気をつける必要がある」とされており、本人の希望はあくまで判断要素の1つとすべきことに注意が必要だろう。特に、メンタルヘルス不調時は、判断力が低下していることも考慮しなければならない。
 また、<その他職場復帰支援に関して検討・留意すべき事項>として、まずは元の職場への復帰の原則というのが揚げられているわけだが、一方で、「たとえ、より好ましい職場への配置転換や異動であったとしても、新しい環境への適応にはやはりある程度の時間と心理的負担を要するためであり、そこで生じた負担が疾患の再発に結びつく可能性が指摘されているからである」と述べられており、配置転換は新たなストレスを発生させることを指摘している。
 したがって、
 ・現状の部署で業務の軽減はできないか? 
 ・他部署で同様の業務はできないか?
 といった選択肢も検討する必要がある。

 昨今の経営環境からすると、メンタル不調者はこれからも増加していくものと思われる。冒頭のJILの調査でも、5割近くの企業が今後ますます深刻化すると考えている。
 プライバシー保護の観点からもデリケートな問題だけに、企業としての対応を早目にルール化・制度化しておくことが望まれる。

(2012年6月18日)
 

 
 
改正労働者派遣法の詳細が明らかに Column No.67

 今年3月に改正された労働者派遣法では、

 (1)日雇派遣の原則禁止
 (2)グループ企業内派遣の8割規制
 (3)離職後1年以内の受入れ禁止
 (4)いわゆるマージン率等の情報公開の義務化
 (5)労働者派遣契約解除時の派遣元・派遣先における新たな就業機会の確保、休業手当等の支払いに要する費用負担等措置の義務化
 (6)派遣元事業主に対し一定の有期雇用派遣労働者の無期雇用への転換推進措置
 が規定された。具体的な内容は、コラム№61「改正労働者派遣法が成立」を参照されたい。


 このうち、原則禁止の例外業務など政省令で定めるとされた事項について、厚生労働省の案が労働政策審議会で審議され、その了承を受けた。事実上決定したことになる。

 その内容は次のとおりである。

1.施行期日
 施行期日は本年10月1日となった。
2.「日雇派遣の原則禁止」の例外業務
 日雇派遣の原則禁止の例外業務については、「専門26業務のうち第1~2号、第5~13号、第16号(うち建築物または博覧会場における来訪者の受付または案内の業務に限る)、第17~20号、第23号、第25号」のいわゆる17.5業務となった。
3.「日雇派遣の原則禁止」の例外として認められる場合
 日雇派遣の原則禁止の例外として認められる場合は、日雇派遣労働者が、
 (1)高齢者(60歳以上)
 (2)昼間学生(雇用保険法の適用を受けない学生)
 (3)生業収入が500万円以上で日雇派遣に副業として従事する者
 (4)主たる生計者でなく世帯収入が500万円以上
 とした。

4.グループ企業内派遣をめぐるグループ企業内(関係派遣先)の考え方
 グループ企業内派遣の8割規制をめぐっては、グループ企業内(関係派遣先)の考え方について、
 (1)連結決算を導入している場合は、「派遣元事業主の親会社」と「親会社の連結子会社」
 (2)連結決算を導入していない」場合は、「派遣元事業主の親会社等」と「親会社等の子会社等」
 とした。

 「派遣元事業主の親会社等」としては、派遣元事業主の(1)議決権の過半数を所有している者 (2)資本金の過半数を出資している者 (3)これらと同等の支配力を有している者をあげている。
 また、派遣割合については、「事業年度における、派遣元事業主が雇用する派遣労働者(60歳以上の定年退職者除く)の関係派遣先の派遣就業に係る総労働時間を、その事業年度における、当該派遣元事業主が雇用するすべての派遣労働者の派遣就業に係る総労働時間で除して得た割合」とした。
5.マージン率等の情報公開
 いわゆるマージン率(派遣料金と派遣労働者賃金の差額の派遣料金に占める割合)等の情報公開に関しては、情報提供すべき内容に、「労働者派遣に関する料金の平均額」「派遣労働者の賃金の平均額」「その他労働者派遣事業の業務に関し参考になると認められる事項」をあげた。
 また、情報提供の方法は、「事業所への書類の備付け、インターネットの利用その他適切な方法により行う」とした。
6.一定の有期雇用派遣労働者の無期雇用への転換推進措置
 一定の有期雇用派遣労働者の無期雇用への転換推進措置をめぐっては、転換推進措置の対象者を、「派遣元事業主に雇用された期間が通算して1年以上」の、
  (1)期間を定めて雇用する派遣労働者と、
  (2)派遣労働者として期間を定めて雇用しようとする労働者(登録型派遣の場合の登録状態にある労働者)
 とした。

 また、無期雇用への転換推進措置を講じるに当たっては、該当する派遣労働者等に対し、「労働契約の締結、更新等の機会を活用し、または電子メールを活用する等により、同措置を受けるかどうか等についての希望を把握するよう努めること」とした。

 以下、気づいた点を簡単にコメントしておこう。

 1の施行期日については、当初の予想通りというところである。
 2の例外業務は、専門業務のうち例外とならずに禁止となった業務を具体的にあげると、3号放送機器等操作の業務、4号放送番組等演出の業務、14号建築物清掃の業務、15号建築設備運転・点検・整備の業務、21号インテリアコーディネーターの業務、22号アナウンサーの業務、24号テレマーケティングの業務、26号放送番組等における大道具・小道具の業務である。
 このうち、影響のありそうなのは14号建築物清掃の業務くらいだろうか。
 もちろん、倉庫作業やイベント補助などの一般業務は禁止となるわけだから、こちらの影響は大きいと言える。
 3の例外の場合については、昼間学生については理解できるが、500万円以上の収入制限については疑問である。
 2007年に厚生労働省が行った「日雇い派遣労働者の実態に関する調査」では、従事者はフリーターが54.3%と最も多く、次いで学生が23.1%、社会人が16.4%、主婦が6.2%で、収入制限をクリアする者は全体の10%に満たないと思われる。
 
趣旨としては、ある程度の収入があれば「いつでも辞められるから」ということだが、データを見てもわかるとおり、そもそもこのような人たちに日雇派遣の就業希望者は少なく、学生や高齢者を除いて、現に日雇派遣で働いている人にとっては、就労の機会がなくなるということになる。

 ところで、この条項と2の例外業務との関係だが、告示案をみると、
 「派遣元事業主は、労働者を日雇派遣労働者として雇い入れようとするときは、当該労働者が従事する業務が例外業務に該当し、又は当該労働者が例外となる場合に該当しているかどうかを確認すること」
 とあるので、どちらかを満たせばOKということのようだ。
 つまり、たとえば昼間学生であれば、倉庫作業なども可能ということである。
 4の関係派遣先の定義は、定義づけるとするとこうなるだろうという定義である。なお、使用者側からは、「財務上の方針により規制対象が異なることは労働規制の在り方として適切と言えない」との意見があったそうだ。
 5のマージン率公開は、個人が派遣料金と自らの賃金の差額を計算して適切な派遣元事業主かどうかを判断できるようにするのが趣旨で、まあ妥当というところか。

 6の転換推進措置は努力義務であり、実質的にはそれほど影響はないと思われる。

(2012年7月17日)

 
 
改正労働契約法が成立 Column No.68

 期限の定めのあるパートタイマーを5年を超えて雇用したとき、本人が希望すれば、無期雇用に転換しなければならない―
そのような義務を定めた労働契約契約法が8月3日に成立した。
 パート労働者の多い、流通業や製造業などではかなりインパクトのある法改正となる。今回は、これについて内容を確認してみよう。
 改正の要旨は以下のとおり。

1 有期労働契約の無期労働契約への転換
 (1)有期労働契約が通算5年を超えて反復更新された場合、労働者が無期労働契約の締結の申込みをしたときは、使用者は、別段の定めがない限り従前と同一の労働条件で、当該申込みを承諾したものとみなす。
 (2)有期労働契約の契約期間が満了した日とその次の有期労働契約の契約期間の初日との間に空白期間が6月以上あるとき等は、当該空白期間前に満了した有期労働契約の契約期間は通算しない。
2 有期労働契約の更新等
 有期労働契約の反復更新により、当該有期労働契約を更新しないことが無期労働契約を締結している労働者を解雇することと社会通念上同視できると認められる等の有期労働契約であって、労働者が更新等の申込みをした場合には、使用者が当該申込みを拒絶することが、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないときは、使用者は当該申込みを承諾したものとみなす。
3 期間の定めがあることによる不合理な労働条件の禁止
 有期労働契約を締結している労働者の労働条件が、期間の定めがあることにより、同一の使用者と無期労働契約を締結している労働者の労働条件と相違する場合においては、当該相違は、職務の内容、配置等の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない。
4 施行期日
 この法律は、公布の日から施行する。ただし、1、3および5は、公布の日から起算して1年を超えない範囲内において政令で定める日から施行する。
5 検討規定
 政府は、1の施行後8年を経過した場合において、1について、その施行の状況を勘案しつつ検討を加え、必要があると認めるときは、その結果に基づいて必要な措置を講ずるものとする。

 1が今回の改正の最大のポイントとなるのは間違いない。

 パートタイマーが1年契約を5回繰り返し、6回目を迎えたとき、本人が希望をすれば期限の定めのない契約としなければならないというのだ。
 対応を考えるうえで、1つ目の課題となるのは、契約期間をどうするかである。
 これまで企業は業績が振るわないときには、雇止めという形で比較的容易に雇用調整をしてきた。しかし、無期雇用となればそうもいかなくなる。もちろん、正社員を解雇するよりは、条件は緩やかと考えてよいだろうが、雇止めに比べればハードルは確実に高くなるはずだ。
 企業としては、5年以内で雇止めをするケースが増えるのは間違いない。
 このとき、5年で一律に雇止めをする企業もあれば、必要な人材だけ無期雇用に転換するという企業もあるだろう。
 さらには、無期雇用を希望しないパートだけ再度有期契約するというグレーな取扱いをする企業も出てくるかもしれない。
 いったん契約を終了しておいて、どれだけ間を置けば以前の契約期間がリセットされるかを定めたのが(2)である。いわゆるクーリングオフ期間のことで、同様のルールが労働者派遣の派遣期間にもある。
 派遣法では3ヶ月だが、こちらは6ヶ月である。派遣に比べて倍の長さになったが、それでもこれを活用(濫用?)して、クーリング期間後に再契約するケースも多く発生すると思われる。
 今回の改正について「意義は大きい」とのコメントを出した連合も、これらの「規制逃れ」を懸念している。

 2つ目の課題は、パートタイマーの定年をどうするかである。

 期限の定めのない契約ということは定年まで雇用を保障するということだ。企業の多くは、パートタイマーが定年まで働くことを想定していないはずである。パートタイマー就業規則に定年の定めをしている例は少ないと思う。
 今回の改正で、パートの定年をどうするかという問題も出てくることになる。
 折しも、現在、高年齢者雇用安定法の改正も審議されており、希望者全員が65歳まで雇用可能となる方向で進んでいる。当然、パートタイマーもその対象となる。 パートだけは継続雇用なしといった取り扱いは認められないだろう。

 2は、これまで判例で確立されてきた内容を、あらためて法文化したものといえる。法律上、明文化されたことで、企業側からすると、これまで以上に雇止めしづらくなると思われる。

 なお、「社会通念上同視できると認められる」とあるのは、別のケースとして、「当該労働者において当該有期労働契約の契約期間の満了時に当該有期労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があるものであると認められる有期労働契約」も対象となるためである。
 したがって、パートタイマーに更新されることが当然と受け取られるような、言動や運用には十分に注意しなければならない。

 3は、有期労働契約者と無期労働契約者との不合理な労働条件格差を禁止したものである。
「職務の内容、配置等の変更の範囲その他の事情を考慮して」不合理なほどの格差があってはならないということであり、何も労働条件を同じにしなさいと言っているわけではない点に留意したい。

 4は、気になる施行期日だが、2013年度中になる見通しである。

 このとき、施行後の契約から契約期間の通算が始まるということなので、たとえば、施行日後に6年目の契約を迎えたとしても、上記1の計算では1年目となる。
 よって、実質的な影響は2018年度からということで、今すぐ対応を求められるわけではない。この点は、企業にとっては一安心である。
 
とは言っても、対応の必要性が先に延びるだけで、なくなるわけではない。「雇用の2018年問題」の間際になってあわてないよう、時間的余裕のあるうちに、しっかりと対応を考えておくのが得策だろう。

(2012年8月6日)
 
 
 
労働基準法上の解雇手続き Column No.69

 労働基準法では解雇手続きに関していくつかの規定を設けているが、似たようなものがあって混乱しやすいので、この場で整理しておきたい。

 項目としては以下の5つである。
 (1)解雇予告と解雇予告(第20条)
 (2)解雇予告除外事由(第20条)
 (3)解雇予告の適用除外(第21条)
 (4)解雇制限期間(第19条)
 (5)解雇制限除外事由(第19条)
 (6)解雇理由証明書(第22条)

(1)解雇予告と解雇予告
 最初に押さえておきたいのは、解雇予告と解雇予告手当である。会社が労働者を解雇しようとするときには、30日前に解雇予告をするか、30日分以上の平均賃金の支払い(解雇予告手当)が必要となる。この2つは併用することができ、たとえば、10日前に解雇予告を行い、20日分の解雇予告手当を支払うという方法でもよい。

(2)解雇予告除外事由
 (1)の例外として、次の場合は解雇予告をせずに、即時解雇が可能となる。ただし、労働基準監督署の認定を受ける必要がある。
 ① 天災事変等で事業の継続ができないとき
 ② 労働者の責に帰すべき事由があるとき
 このうち②は、社員が刑法に触れるような犯罪を行って懲戒解雇となるようなケースである。懲戒解雇であっても、会社の判断で即時解雇できるわけではなく、即時解雇には労基署の認定が必要ということに注意しなければならない。一般に、次のような事案であれば除外認定が認められているが、認定のハードルはかなり高いと考えておいた方がよいだろう。
 ① 窃盗、横領、傷害などの犯罪行為
 ② 賭博等で会社内の風紀を乱し、他の社員に悪影響を及ぼした場合
 ③ 重大な経歴詐称があった場合
 ④ 他の会社に転職した場合
 ⑤ 2週間以上無断欠勤をしている場合
 ⑥ 欠勤が多く、何度も注意しても改めない場合

 (3)解雇予告の適用除外
 次の労働者は、解雇予告をする必要がなく、即時解雇が可能である。
 ① 日雇労働者
 ② 契約期間が2ヶ月以内の労働者
 ③ 4ヶ月以内の季節労働者
 ④ 試用期間中の労働者
 ただし、①については1ヵ月、②③については所定の期間、④については14日、を超えて引き続き雇用されれば、解雇予告が必要となる。

(4)解雇制限期間
 次の期間にある労働者は解雇できない。たとえ、上記(2)②の労働者の責に帰すべき事由があっても解雇はできなくなるので、注意が必要である。
 ① 業務上の負傷・疾病による休業期間とその後の30日間
 ② 産前産後休業期間とその後の30日間
 なお、解雇はできないが、解雇予告は可能である。たとえば、休業期間の最終日に解雇予告をすれば、30日後に解雇をすることも可能となる。
 また、①について、通勤災害による休業期間は含まない点に留意しておきたい。

(5)解雇制限除外事由

 解雇制限期間中であっても、次の場合は、労基署の認定を受ければ解雇が可能となる。
 ① 天災事変等で事業の継続ができないとき
 ② 打切補償を支払ったとき(あるいは労災保険の傷病補償年金が給付されるとき)

(6)解雇理由証明書
 解雇予告日から解雇日までの間に、労働者から解雇理由証明書の請求があったときは、会社は遅滞なく交付しなければならない。
 なお、即時解雇の場合は解雇予告義務がないので、解雇理由証明書の交付義務もなくなる。労働者から請求があった場合には、退職時証明書にて対応することになる。
 

(2012年8月27日)

 
 
未払い残業代支払いの実務~その1 Column No.70

 サービス残業に基づく未払い残業代の支払いを求められるのは、大きく分けて、労働基準監督署の立ち入り調査で是正勧告を受ける場合と、退職した社員などから弁護士等を通じて請求される場合の2つがある。

 当コラムでは前者のケースを前提に、具体的にどのような対応をすればよいかを整理してみる。論点は次の6つである。

 1.金額をどのようにして確定するか?
 2.対象者を誰にするか?
 3.対象となる期間とは?
 4.遅延損害金は必要か?
 5.いつまでに支払うのか?
 6.どのような形で支払うのか?

1.金額をどのようにして確定するか?

 未払い残業代の支払いの実務において、最大の課題となるのが金額の確定で、その前提としてサービス残業時間の確定である。これについては、次の3つの方法が基本となる。

 ①社員に自己申告してもらう。

 ②タイムカードの時間あるいはパソコンのログオン・ログオフの時間分とする。
 ③タイムカードやパソコン記録を基に、個別にヒアリングを実施する。

 いずれの方法を取るにせよ、法的な問題はクリアするのはもちろん、社員の納得性が重要となることを認識しておきたい。

 では、各手法の特徴を整理していこう。

 ①は、社員に未払い分を申告してもらい、それを基にサービス残業時間を確定させるものだ。基本的に社員の言い分を信用することになる。自己申告なので納得は問題なく得られ、会社としても調査の手間が省けるが、算定金額が過大になることは覚悟しなければならない。社員による申告のバラツキを防ぐためにも、事前の説明をしっかりと行う必要がある。


 ②は、タイムカード打刻後あるいはパソコンログオフ後の労働実態がないことについて、社員の合意が得られれば、納得は得られる。タイムカード等の時間計算に手間がかかるケースもあるが、単純な機械的作業なので、要領よくやればそれほどの負担はない。ただし、①と同様に算定金額が大きくなることは避けられない。


 ③は、①または②を実施したうえで、社員に個別にヒアリングを行って、残業時間の調整を行うものである。常識的に考えれば、仕事を終えてからタイムカードを押すまでには、数分から数十分のタイムラグがあるはずだし、また、深夜遅くまで残業をしたときには、途中で休憩を取ることもあるだろう。1日あたり数分であっても、2年間積み重なれば結構な時間となる(ちなみに、1日5分・月100分でも、2年間では40時間となる)。
 これらの時間を、ヒアリングを通じて確認し、減算しようというわけである。これは、ノーワーク・ノーペイの原則からいって適法な減算であり、労基署も認めている。ただし、たとえば、全員一律30分マイナスといったやり方はNGである。あくまで、個々の社員のヒアリングに基づいて行わなければならない。

 とはいえ、2年前の残業時に何分休憩したかなどをいちいち覚えているはずもなく、大まかに1日平均で何分くらい休憩をとるかを確認し、減算するのが実際的である。会社側である程度の目安を定めておき、それを社員に示したうえで、実態に応じて調整するという方法でもよいだろう。
 大半の社員はこういったやり方で納得してくれるが、中には、そのようなアバウトなやり方では承知せず、タイムカード分あるいはそれに近い分を請求する者もいる。そして、それを知った社員が今度は不満をもつといった具合に、社員の納得性の点では、やや問題を抱えている手法ではある。

 3つの特徴をまとめると次のようになる。

方法
社員の納得性
手間暇
残業代負担
①自己申告
×
②タイムカード時間
×
③ヒアリング
×

 どの方法が妥当かは、サービス残業の実態、普段の残業管理の仕方、予想される金額、支払いを求められる期間、確定のための人員体制などによって変わってくる。
 ただ、労基署の是正指導では、未払い残業代の支払いだけでなく、サービス残業の改善も求めてくるはずだ。そのためにはヒアリングを通じて実態や原因を把握することが重要だろう。また、今後未払いが発生しないようにするために、社員一人一人と話し合っておくことも意義深いと考えられる。手間はかかるが、そのような機会を設けられる③の方法がベストといえるかもしれない。 
(続きは次回のコラムで)

(2012年9月4日)

 
 
未払い残業代支払いの実務~その2 Column No.71

 前回No.70に続いて、労働基準監督署の臨検でサービス残業代の支払いを勧告されたときの具体的対応を説明する。今回は「2.対象者は」と「3.対象となる期間とは?」である。

2.対象者は?

 対象者については、論点が2つある。1つは検査の入った事業場の社員だけか、それとも全社員かであり、もう1つは、退職者も含めるかである。

(1)臨検事業場の社員だけか全社員か
 労基署の指導は検査の入った事業場についてのものなので、労基署対応としては当該事業場の社員だけでもよいのだが、以下の理由から全社員を対象とするのが適切である。

 ①臨検事業場に限ると、社員間で不公平が生じ、モラールに悪影響を与えること
 ②全社員を対象にすれば、賞与を減額することで、人件費の肥大化を防ぐといった対応がとれること
 ③改善防止策も全社的な取り組みとなり、効果が期待できること

 調査の手間や資金繰りの都合で全社員は無理というケースもあるかもしれないが、まずは、勧告を受けた事業場を優先して支払い、その後、順次取り組んでいくという形でもかまわない。とにかく、全社員について調査確認を行い、未払いがあれば支給するのが結局はベストである。
 なお、対象は残業代の対象となる社員(一般的に非管理職)だけかという問題もあるが、別途「名ばかり管理職」の指導を受けていないのであれば、会社の定めに則って取り扱えばよい。

(2)退職者も含めるか

 正論でいえば、退職者も権利者であることから、退職者も対象にすべきである。また、労基署の臨検が退職者からの通報により行われるケースも多いので、支払いがなければ、弁護士を立てて請求してくることも予想され、ことを荒立てないうちに退職者にも支払っておくのが良策という考え方もできる。
 一方で、連絡が取れない者がいたり、取れたとしても実態確認に手間取ったりするのは間違いなく、その労力は社員の倍以上かかるだろうし、支給しなくても社内のモラールには影響ないので、当面は対象としないという選択肢もある。
 退職者の人数、退職理由、追跡可能性等の実態も考慮して、判断すべきことと思われる。また、監督官の言動から、退職者の通報によるものかどうかを察知するよう努めるのも有効と思う。

3.対象となる期間は?
 是正勧告では「過去2年間に遡って支払うこと」といったように示される。では、いつから遡ればよいかだが、これは是正勧告を受けた日から、つまり直近の給与支給日からと考えればよいだろう。実務としては、念のために監督官に確認をすべきだが、この考え方でまず問題はない。
 たとえば、20日締めで25日が給与支給日である会社が2012年9月10日に2年間遡及の是正勧告を受けたとすると、未払い分の支払い義務があるのは、2010年9月25日支給分~2012年8月25日支給分までということだ。
 賃金の請求権は2年間で時効となるが、時効の開始は給与支給日の翌日からなので、つじつまも合う。これを、何らかの都合で2010年8月25日支給分~2012年7月25日支給分とすると、時効の切れた2010年8月25日支給分に支払いをする一方で、請求権のある2012年8月25日支給分が宙に浮いてしまうというおかしなことになる。 
(続きは次回のコラムで)

(2012年9月11日)
 
 
 
未払い残業代支払いの実務~その3 Column No.72

 前々回No.70、前回No.71に続いて、労働基準監督署の臨検でサービス残業代の支払いを勧告されたときの具体的対応を整理してみる。
 第3回目は、「4.遅延損害金は必要か?」「5.いつまでに支払うのか?」「6.どのような形で支払うのか?」の3点である。

4.遅延損害金は必要か?

 商法第514条により在職者には6%、賃金支払確保法第6条により退職者には14.6%の遅延損害金が必要とされている。
 ただし、社員の権利として請求するものであって、最初から会社が負担しなくてもよいと考えることもできる。少なくとも、監督官から遅延損害金も含めて支払なさいと命じられることはなく、労基署対応として支払いは不要である。
 現行の金利状況からみても6%または14.6%の負担は重く、遅延損害金がなくても社員にそれほど不利なるというわけでもないことから、会社からの支払い額に遅延損害金を含めなくても妥当性はあると思う。

5.いつまでに支払うのか?

 支払の期限は、当然、労基署が指定する是正期日までということになるが、是正期日は勧告日からせいぜい2ヶ月くらいまでで、それまでに未払い金額を確定させ、支払いを行うのは無理なときもある。この場合、事情を説明すれば先延ばしをしてもらえるはずである。このとき、どういうスケジュールで進めていくかの実行計画表を示せば、監督官にも納得してもらえるだろう。
 伸ばしてもらった期限は厳守しなければならないが、不測の事態で再延期が必要となることもありうる。これをスムースに認めてもらうためには、実行計画の進捗状況について、月に1度は監督官に報告をしておくべきである。そうしておけば、監督官もある程度状況がつかめるし、是正に向けてきちんと対応していることもアピールできるからである。状況報告もせずに支払期限の間近になって、「もう少し延長できませんか?」と申し出るようなことでは、「この会社は真面目に取り組んでいるのか?」との疑いを持たれかねない。いったん心証を悪くすれば、厳しい目を向けられ、作業もやりづらくなってしまうし、経過報告書の提出を求められるなど、余計な作業負担が増える可能性もある。

6.どのような形で支払うのか?

 未払い残業代をどのように支給するかについては、月例給与で支給するか、一時金で支給するかの2つの方法がある。本来は給与の一部なのだから、月例給与で支払うのが筋といえる。
 ただ、月例給与で昨年・一昨年の給与を支給すると、過年度の収入が変わることになり、年末調整等の修正が必要となる。源泉徴収票も再発行である。所得が変わることで、公営住宅の家賃や保育所の保育料など社員にもさまざまな影響が出ることも考えられる。
 税金だけでなく、社会保険料にも影響が出る可能性がある。過年度分については、イレギュラーとなるので保険者が決定することになるからだ(健保法44条、厚年法24条)。筆者の扱った事例では、固定的賃金の変動ではないので修正や随時改定は不要とのことであったが、健保や基金によっては異なる判断をすることがあるかもしれない。

 一方、一時金で支払えば、今年度の収入とみなされるので、上記の心配はなくなる。ただし、翌年度の住民税負担が大きくなることが想定され、この点は社員への説明が必要だろう。
 以上から、過年度所得に影響がないのであれば、月例給与に含めて支給ればよい(社会保険料は要確認)。そして、過年度所得に影響するのであれば、事務の手間を考え、一時金で支払うのが実際的といえる。2年間の遡及を求められた場合などでは、社員の了解を得たうえで、一時金で対応するのがベストだろう。

 以上、3回にわたって未払い残業代支払いの実務を述べてきた。作業は労基署の監督官のアドバイスを受けながら進めることになるが、その前提・周辺の知識として活用してほしい。

(2012年9月18日)

 
 
2012年改正労働者派遣法に関するQ&A Column No.73

 本日、2012年10月1日から改正労働者派遣法が施行される。日雇い派遣の禁止など、かなり大規模な改正である。

 その運用に関して、先般、厚生労働省から出された「Q&A」は、法令だけではわかりづらい部分を質問形式で説明しており、いろいろと参考になる。具体的な運用の仕方に戸惑っている方も多いと思うので、ぜひ参照してみてほしい。
 今回のコラムでは、主に派遣先会社の立場からポイントとなるものをいくつかピックアップしてみよう。

●日雇派遣(雇用期間が30日以内)の原則禁止について

(問2)雇用期間が31日以上の労働契約を締結しているが、その期間中、労働者を複数の会社に派遣することは問題ないのか。

(答)雇用期間が31日以上あれば、日雇派遣には該当しない。例えば、雇用期間が31日以上の労働契約を締結し、A社へ2週間、B社へ1週間、C社へ2週間派遣することは差し支えない。

 この点は、改正法が示されたときから、どう考えればいいのかを指摘されていた点である。派遣先が複数であっても構わないことが明確になった。

(問3)例えば、労働契約期間内の就労時間の合計を週単位に換算した場合に概ね20時間以上あるような場合には、雇用期間が31日以上の労働契約を締結することが「社会通念上妥当」と言えるという理解でよいか。

(答)そのようなご理解でよい。

(問4)例えば、雇用期間が31日以上の労働契約を締結しているにもかかわらず、就労日数が1日しかない、あるいは契約期間中の初日と最終日しか就労日数がないといった場合は、明らかに「社会通念上妥当」と言えないと考えられるが、そのような理解でよいか。

(答)そのようなご理解でよい。

 問3により、少なくとも週平均20時間以上であればOKということが明示された。
 問4は逆にNGのケースだが、例が極端すぎてあまり参考にはならない。ただ、”概ね20時間”ということなので、週に3日×6時間=18時間くらいであれば許容されると考えてよいのではないかと思う。

(問5)雇用期間が2ヶ月の労働契約終了後、残務処理や引継等のため、新たに雇用期間が30日以内の労働契約を結ぶことは可能か。

(答)ご質問の場合のように、雇用期間が30日以内であれば、日雇派遣の原則禁止に抵触する。

 更新契約であっても、31日以上必要ということである。

●グループ企業内派遣の8割規制について
 8割規制とは、派遣会社がそのグループ企業に派遣する割合は、全体の8割以下にしなければならないというものである。
 ここでいうグループ企業とは、
(1)派遣会社が連結子会社の場合は、①派遣会社の親会社、②派遣会社の親会社の子会社のいずれか
(2)派遣会社が連結子会社でない場合は、①派遣会社の親会社等、②派遣会社の親会社等の子会社等のいずれか、である。(2)のときの親子関係は、議決権の過半数を所有、出資金の過半を出資などの外形基準で判断する。

(問14)持分法適用会社は、関係派遣先の範囲に含まれないという理解でよいか。

(答)そのようなご理解でよい。

 持分法適用会社とは、原則として、議決権所有比率が20%以上50%以下の非連結子会社・関連会社をさす。

(問16)派遣割合の算定基礎となる総労働時間には、残業時間等が含まれるという理解でよいか。

(答)そのようなご理解でよい。

 派遣割合は、(全派遣労働者のグループ企業での総労働時間-定年退職者のグループ企業での総労働時間)÷全派遣労働者の総労働時間、で求められる。
 このときの総労働時間とは、所定労働時間ではなく、残業時間等も含めるということである。
 なお、「定年退職者」とは、60歳以上の定年年齢に達した者のことをいい、継続雇用(勤務延長・再雇用)の終了の後に離職した者(再雇用による労働契約期間満了前に離職した者等を含む)や、継続雇用中の者のような60歳以上の定年退職者と同等の者も含まれる。また、グループ企業内の退職者に限られるものではない。

(問17)グループ企業内派遣の対象となる派遣労働者の人数が全体の8割を超えている場合であっても、総労働時間に基づき計算した結果(派遣割合)が8割を超えていなければ、グループ企業内派遣の8割規制に抵触しないという理解でよいか。

(答)そのようなご理解でよい。

 問16でも見たように、基準となるのはあくまで労働時間であり、人数ではないということである。

●離職後1年以内の労働者派遣の禁止について
 派遣会社が離職後1年以内の人と労働契約を結び、元の勤務先に派遣することはできなくなった。同時に、元の勤務先が該当者を受け入れることも禁止される。

(問18)禁止対象となる「労働者」は正社員に限定されないという理解でよいか。

(答)そのようなご理解でよい。

 正社員だけでなく契約社員やパート社員も対象になるということだ。
 派遣先において、派遣社員をいったん直接雇用に切り替え、クーリングオフ期間(3ヶ月)経過後にまた派遣社員にするという、違法まがいの手法を取る会社もあるが、そのようなやり方は、今回の改正で完全に違法となった。

(問18)禁止対象となる「派遣先」とは「派遣先事業者」のことであり、例えば、A工場を離職した労働者を同一事業主のB工場に派遣することも禁止対象となるという理解でよいか。

(答)そのようなご理解でよい。

 禁止対象となる勤務先の範囲は事業者単位になるということである。したがって、子会社や関連会社は派遣先となってもOKということだ。

(問20)過去1年以内にA法人のB事業所に派遣した経験のある派遣労働者を、同一法人(A法人)の別の事業所(C事業所)に派遣することが禁止されているわけではないという理解でよいか。

(答)そのようなご理解でよい。

 当然ながら、派遣労働者⇒派遣労働者は特に問題はないとのことだ。

●労働契約申込みみなし制度

(問32)労働契約申込みみなし制度の具体的な運用については、いつ明らかになるのか。

(答)労働契約申込みみなし制度の施行は平成27年10月1日とされており、それまでにお示しをする。

 労働契約申込みみなし制度とは、派遣先が違法派遣と知りながら派遣労働者を受け入れている場合、違法状態が発生した時点において、派遣先が派遣労働者に対して労働契約の申し込み(直接雇用の申し込み)をしたものとみなす制度であるが、具体的に何をもって違法状態となるか、派遣先としては気になるところだ。これについては、「後のお楽しみ」となった。
 
(2012年10月1日)

 
 
有機溶剤使用事業者の安全衛生管理の留意点 Column No.74

 有機溶剤は、塗装、洗浄、印刷等の作業にさまざまな職場で使用されている。発がん性が確認された物質もあるほか、急性中毒により死に至ることもあるなど有害性は大きい。一方で、揮発性が高いために蒸気となって呼吸を通じて体内に吸収されたり、油脂に溶ける性質があることために皮膚からも吸収されたりするので、その安全対策には細心の注意を払わなければならない。

 労働安全衛生法では、有機溶剤を使用する事業場に、作業環境測定や特殊健康診断の実施、作業主任者の選任等の義務を課しており、具体的な措置内容として有機溶剤中毒予防規則を定めている。
 有機溶剤を使用する会社の中には、この規則を中途半端に理解し、許容消費量を超えていないので作業環境測定や特殊健康診断を実施していないといった誤った運用をしているところもあるようだ。
 今回は、有機溶剤中毒予防規則に定められた作業環境測定等の実施義務とその例外との関係を整理してみたい。

 規則では、第2条において、有機溶剤等の許容消費量が定めた基準を超えないときは、以下の規定は適用しないとしている。

 ・第2章(設備)
 ・第3章(換気装置の性能等)
 ・第4章第19条(有機溶剤作業主任者の選任)、第19条の2(有機溶剤作業主任者の職務)、第24条(有機溶剤に係る注意事項等の掲示)、第25条(有機溶剤等の区分の表示)、第26条(タンク内作業で講じる措置)
 ・第7章(保護具)
 ・第9章(有機溶剤作業主任者技能講習)

 言葉を換えると、許容消費量が基準以内であっても、
 ・第27条(事故の場合の退避等)
 ・第5章(作業環境測定)
 ・第6章(健康診断)
 ・第8章(有機溶剤の貯槽および空容器の処理)

 などについては実施の義務があるということだ。
 特に見逃してはならないのは、作業環境測定と健康診断である。有機溶剤を使用している事業者は、その取扱い量にかかわらず、6ヶ月以内に1回の定期的な作業環境測定と、雇入れ・配置替え時およびその後6ヶ月以内に1回の定期的な健康診断(いわゆる特殊健康診断)を実施しなければならないのが原則である。


 「原則」と書いたのは適用除外となる場合があるからで、これについては第3条で規定している。

 第3条では、有機溶剤含有物を用いて行う印刷の業務等の9業務において、
 ①タンク等の内部以外の屋内作業場等で、作業時間1時間に消費する有機溶剤等の量が許容消費量を常態として超えないとき
 ②タンク等の内部で、1日に消費する有機溶剤等の量が許容消費量を常に超えないとき

 のいずれかに該当し、所轄労働基準監督署長の認定を受けた場合には、この規則を適用しないと定めている。つまり、作業環境測定や健康診断の実施を省略したいのであれば、労基署の認定が必要であり、有機溶剤等の消費量が少量だからといって自社で勝手に省略してはならないのだ。
 なお、この3条は、第27条(事故の場合の退避等)と第8章(有機溶剤の貯槽および空容器の処理)は除くとされているので、これらの義務は認定を受けても免れないので注意してほしい。

 有機溶剤のリストは、労働安全衛生法施行令別表第6の2に揚げられているものである。もし、自社がこれらを使用しているのならば、上記の義務を実施しているかどうか再確認する必要がある。

(2012年10月9日)

 
 
労働基準法の罰則 Column No.75

 労働基準法は強行法規であり、当事者の合意があってもその基準を下回ることが許されず、違反に対しては罰則がある。実際に罰則の適用を受けることはめったにないが、罰則を知ることで、法律上何が重視されているのかがわかる。今回は罰則の内容を、重いものから順に整理してみよう。

●1年以上10年以下の懲役または20万円以上300万円以下の罰金(第117条)
・強制労働の禁止(第5条)

●1年以下の懲役または50万円以下の罰金(第118条)
・中間搾取の排除(第6条)
・最低年齢(第56条)
・年少者の坑内労働の禁止(第63条)
・妊産婦等の坑内業務の就業制限(第64条の2)
・職業訓練に関する特例に基づく省令違反(坑内業務)(第70条)

●6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金(第119条)
・均等待遇(第3条)
・男女同一賃金の原則(第4条)
・公民権行使の保障(第7条)
・賠償予定の禁止(第16条)
・前借金相殺の禁止(第17条)
・強制貯金契約の禁止(第18条第1項)
・解雇制限(第19条)
・解雇の予告(第20条)
・退職時等証明の際の就業妨害(第22条第4項)
・労働時間(第32条)
・休憩(第34条)
・休日(第35条)
・坑内労働等の労働時間の延長制限(第36条第1項ただし書)
・時間外、休日および深夜の割増賃金(第37条)
・年次有給休暇(第39条)
・年少者の深夜業(第61条)
・年少者の危険有害業務の就業制限(第62条)
・妊産婦等の危険有害業務の就業制限(第64条の3)
・産前産後休業(第65条)
・妊産婦等の変形労働時間制の制限(第66条)
・育児時間(第67条)
・職業訓練に関する未成年者の特例(第72条)
・療養補償(第75条)
・休業補償(第76条)
・障害補償(第77条)
・遺族補償(第79条)
・葬祭料(第80条)
・寄宿舎生活の自治(第94条第2項)
・寄宿舎の設備および安全衛生(第96条)
・監督機関申告者への不利益取扱い(第104条第2項)
・災害等の場合の時間外労働等に関する命令違反(第33条第2項)
・寄宿舎設置等に関する命令違反(第96条の2第2項)
・寄宿舎使用停止等に関する命令違反(第96条の3第1項)
・労働時間および休憩の特例に関する省令違反(第40条)
・職業訓練に関する特例に基づく省令違反(危険有害業務)(第70条)

●30万円以下の罰金(第120条)
・労働契約期間(第14条)
・労働条件の明示(第15条第1項もしくは第3項)
・貯蓄金の中止命令(第18条第7項)
・退職時等の証明(第22条第1項から第3項)
・金品の返還(第23条)
・賃金の支払(第24条)
・非常時払(第25条)
・休業手当(第26条)
・出来高払制の保障給(第27条)
・1ヶ月単位の変形労働時間制協定の届出(第32条の2第2項)
・1年単位の変形労働時間制協定の届出(第32条の4第4項)
・1週間単位の非定型的変形労働時間制協定の届出(第32条の5第3項)
・1週間単位の非定型的変形労働時間制の労働時間の通知(第32条の5第2項)
・災害等の場合の時間外労働等の事後届出(第33条第1項ただし書)
・事業場外労働みなし労働時間制協定の届出(第38条の2第3項)
・専門業務型裁量労働制協定の届出(第38条の3第2項)
・年少者の証明書(第57条)
・未成年者の労働契約(第58条)
・未成年者の賃金の受取(第59条)
・帰郷旅費(第64条)
・生理休暇(第68条)
・就業規則の作成および届出の義務(第89条)
・就業規則の意見聴取義務(第90条第1項)
・減給制裁の制限(第91条)
・寄宿舎生活の秩序(第95条第1項もしくは第2項)
・寄宿舎設置等の計画届出(第96条の2第1項)
・労働基準監督官の義務(第105条)
・女性主管局長の義務(第100条第3項)
・法令等の周知義務(第106条)
・労働者名簿(第107条)
・賃金台帳(第108条)
・記録の保存(第109条)
・職業訓練に関する特例に基づく省令違反(労働契約期間)(第70条)
・就業規則の変更命令違反(第92条第2項)
・寄宿舎使用停止等に関する労働者の命令違反(第96条の3第2項)
・労働基準監督官等の臨検拒否等(第101条)
・行政官庁への報告等(第104条の2)

 こうみると、強制労働を筆頭に、過酷な条件で労働者を支配的に働かせるような行為ほど罰則が重いことがわかる。労基署の臨検拒否や虚偽陳述に対しては、相対的に罪が軽いのも以外だ。まあ、これは労基署監督官の義務違反等とのバランスをとったものとも考えられるが。
 ともかく、罰則の対象となる規定は多く、労基法違反には何らかの罰則があると考えた方がよさそうだ。もっともこれらをまともに取り締まっていたら、ほとんどの経営者が前科者となってしまうのも事実だろう。

(2012年10月23日)

 
 
改正高年齢者雇用安定法への対応について Column No.76

 以前のコラム(「高年齢者雇用安定法の改正」)で、希望者全員に65 歳までの雇用確保措置を求める高齢者雇用安定法が、今年度中に改正される見込みであることを述べたが、
2012年8月29日に改正法が成立し、2013年4月1日から施行されることとなった。

 この改正に関し、企業はどのような対応が必要だろうか? 先日、日本経団連の調査結果(2012 年人事・労務に関するトップ・マネジメント調査結果)が報告された。
 内容は以下のとおりだ。

高齢従業員の貢献度を定期的に評価し、処遇へ反映する
44.2%
スキル・経験を活用できる業務には限りがあるため、提供可能な社内業務に従事させる
43.6%
半日勤務や週2~3日勤務などによる高齢従業員のワークシェアリングを実施する
41.0%
高齢従業員の処遇(賃金など)を引き下げる
30.0%
若手とペアを組んで仕事をさせ、後進の育成・技能伝承の機会を設ける
25.8%
60歳到達前・到達時に社外への再就職を支援する
24.1%
60歳到達前・到達時のグループ企業への出向・転籍機会を増やす
22.7%
新規採用数を抑制する
16.9%
60歳到達前の従業員の処遇を引き下げる
13.3%
社内には高齢従業員に提示する業務がないため、従来アウトソーシシングしていた業務を内製化したうえで従事させる
11.7%
特段の対応はしない
9.4%
高齢従業員の勤務地エリアを拡大する
8.9%
その他
 7.2%

 ①は、60歳以上の社員に対しても人事評価を行い、その貢献度を賃金に反映させようということだろう。
 コストのことは直接には触れていないが、これまでは固定的だった高齢者の賃金をシビアに査定し、少しでも人件費を減らそうとする意向があるのは明らかだ。

 対応策をまとめると、

 1.処遇に関するもの ①④⑨
 2.仕事内容に関するもの ②⑤⑩
 3.勤務形態に関するもの ③⑫
 4.人員削減に関するもの ⑥⑦⑧

 の4つとなる。これらをさらに整理すると、65歳まで希望者全員を雇用することによる、


 1.人件費負担の増加にどう対応するか 

 2.高齢者に従事してもらう仕事をどうするか

 の2点が、大きな課題となっていることがわかる。

 そこには、法改正によってこれらに対応しなければならないという後ろ向きの義務感が透けて見え、働き続ける高齢者が厄介者扱いされているようで何だか切ない気持ちになる。

 その中で⑤だけは、今回の改正を機会ととらえた前向きもので、少し明るさを取り戻してくれる。時代の要請を受け止め、そこにチャンスを見出そうとする発想の仕方がよいではないか。
 年金支給が65歳となる中で、65歳までの雇用が求められるのは自然な流れだ。
 となれば、いかに高齢者を活用するかの視点が重要になるのは間違いない。

 高齢者のノウハウを財産として活用できるかどうかは、企業のやり方次第であり、その方策には多様なものが考えられる(この辺は、コラム「60歳以降の働き方その1」を参考にしてほしい)。

 今回の改正への対応をコスト削減といったマイナスの面ばかりからではなく、人材活用というプラスの方向からも考えてほしいものだ。

(2012年11月6日)

 
 
パートの社会保険の適用拡大 Column No.77

 今年は、労働者派遣法(3月成立)、労働契約法(8月成立)、高年齢者雇用安定法(8月成立)など、企業の労務管理に直結する労働法規の大幅な改正が相次いだ。
 これらと並んで重要なのは、8月に成立した「公的年金制度の財政基盤及び最低保障機能の強化等のための国民年金法等の一部を改正する法律」の中の短時間労働者に対する厚生年金・健康保険の適用拡大である。
 施行が4年も先(2016年10月)ということもあってか、あまり話題にはなっていないが、対象となる企業への影響は大きく、今のうちから対応を考えておく必要性は高い。
 今回はその具体的な内容を整理しておこう。

 現行の適用対象は、週の所定労働時間および月の所定労働日数が通常の労働者の4分の3以上の者だが、新基準では、4分の3未満であっても次の要件を満たす場合は適用対象となる。

 ①1週間の所定労働時間が20時間以上
 ②月額賃金8.8万円以上(年収106万円以上)
 ③勤務期間が1年以上見込まれること
 ④学生でないこと
 ⑤従業員 501人以上の企業

 ②の月額賃金は、法案提出時は7.8万円以上であったものが衆議院で修正されている。
 ⑤は、単純な常時雇用労働者数ではなく、現行の基準で適用となる被保険者の数で算定する点が要注意である。
厚生労働省によると新基準の対象者数は約25万人が見込まれている。

 新制度の考え方は、

●被用者でありながら被用者保険の恩恵を受けられない非正規労働者に社会保険を適用し、セーフティネットを強化することで、社会保険における「格差」を是正
●社会保険制度における、働かない方が有利になるような仕組みを除去することで、特に女性の就業意欲を促進して、今後の人口減少社会に備える

 とされている。
 格差是正とあることから、民主党政権になって出てきた施策に思われるが、実は、このテーマは5年も前から議論されていて、平成19年に当時の自公政権により法案提出がなされている。
 そのときの内容で、今回の基準と異なるのは、
 ②月額賃金9.8万円以上
 ⑤従業員301人以上
 の2点である。当時との経営環境の違いもあるが、企業規模に関しては、自公時代よりも対象枠が小さくなっているのも面白い。
 ちなみにそのときの対象者数は10~20万人とのことで、対象者数でみると今回の基準の方が拡大はしている。
 なおこの法案は平成21年の衆議院解散に伴い廃案となった。

 改正法では、「政府は短時間労働者に対する厚生年金保険及び健康保険の適用範囲について、平成31年9月30日までに検討を加え、その結果に基づき必要な措置を講ずる」ことも修正・追加されており、施行後に適用企業がさらに拡大されるのは十分に想定できる。

 影響緩和措置として、「
短時間労働者など賃金が低い加入者が多く、その保険料負担が重い医療保険者に対し、その負担を軽減する観点から、賃金が低い加入者の後期支援金・介護納付金の負担について、被用者保険者間で広く分かち合う特例措置を導入し、適用拡大によって生じる保険者の負担を緩和する」とあるが、具体的な内容は今のところ不明である。

 影響が大きいのは、これまでパートの労働時間を週30時間未満に抑えることで社会保険料負担を免れていた流通業やサービス業だろう。
 製造業等では、フルタイムやそれに近いパートが多く、すでに社会保険加入済みなので、影響はそれほどはないと思われる。
 ただ、前述したように、当面の間は被保険者数501人以上の企業が対象であり、これを満たす流通業・サービス業はそんなに多くはなさそうだ。
 スーパーの正社員数をざっと調べたところ、従業員数全国40位~50位あたりで500人前後というところである。

 今回適用対象となるパートの中には、配偶者の健康保険の扶養家族になっている人も多いだろう。

 見方を変えれば、改正により、これまでヨソの企業で負担してもらっていた分を自己と勤め先で負担するという当たり前の姿に近づいたともいえる。
 「取れるところから取る」という姿勢に流通業界が反対するのも理解できるが、今の危機的な財政状態や企業全体の公平性からすると、今回の改正はやむを得ないと考えられる。

(2012年11月13日)
 
 
 
改正高年齢者雇用安定法に関するQ&A Column No.78

 改正高年齢者雇用安定法についてはコラム№59№76にて述べたが、先般、これに関するQ&Aが厚生労働省より示された。
 条文だけではわかりづらいことが、明快に説明されているので、運用上疑問のある方はぜひ参照してほしい。
 特に経過措置にかかる就業規則の変更は、多くの企業で必要となると思われるが、その記載の仕方が具体的に示されていて非常に参考になる。

 今回
ここでは、それ以外に関心を惹いた点をいくつかピックアップしてみよう。

1.継続雇用制度の導入

Q1-4: 継続雇用制度について、定年退職者を継続雇用するにあたり、いわゆる嘱託やパートなど、従来の労働条件を変更する形で雇用することは可能ですか。その場合、1年ごとに雇用契約を更新する形態でもいいのでしょうか。

A1-4 継続雇用後の労働条件については、高年齢者の安定した雇用を確保するという高年齢者雇用安定法の趣旨を踏まえたものであれば、最低賃金などの雇用に関するルールの範囲内で、フルタイム、パートタイムなどの労働時間、賃金、待遇などに関して、事業主と労働者の間で決めることができます。
 1年ごとに雇用契約を更新する形態については、高年齢者雇用安定法の趣旨にかんがみれば、年齢のみを理由として65歳前に雇用を終了させるような制度は適当ではないと考えられます。
 したがって、この場合は、
[1]65歳を下回る上限年齢が設定されていないこと [2]65歳までは、原則として契約が更新されること(ただし、能力など年齢以外を理由として契約を更新しないことは認められます。) が必要であると考えられますが、個別の事例に応じて具体的に判断されることとなります。

 継続雇用にあたっては、パート契約
など期間を定める契約であってもかまわないが、契約更新が前提となり、解雇・退職事由に相当するような理由がなければ契約未更新はできないということである。

Q1-5: 例えば55歳の時点で、
[1]従前と同等の労働条件で60歳定年で退職 [2]55歳以降の労働条件を変更した上で、65歳まで継続して働き続ける  のいずれかを労働者本人の自由意思により選択するという制度を導入した場合、継続雇用制度を導入したということでよいのでしょうか。
 
A1-5: 高年齢者が希望すれば、65歳まで安定した雇用が確保される仕組みであれば、継続雇用制度を導入していると解釈されるので差し支えありません。

 選択定年制は認められるということだ。当然ながら、選択は本人の意思によるものでなければならず、会社が条件を付けることは、改正法の趣旨から認められないだろう。

Q1-7: 継続雇用制度として、再雇用する制度を導入する場合、実際に再雇用する日について、定年退職日から1日の空白があってもだめなのでしょうか。

 

A1-7: 継続雇用制度は、定年後も引き続き雇用する制度ですが、雇用管理の事務手続上等の必要性から、定年退職日の翌日から雇用する制度となっていないことをもって、直ちに法に違反するとまではいえないと考えており、このような制度も「継続雇用制度」として取り扱うことは差し支えありません。ただし、定年後相当期間をおいて再雇用する場合には、「継続雇用制度」といえない場合もあります。


 定年退職後から再雇用まで多少の空白は許容されるとのことだ。ただ、事務手続上等の必要性なので、せいぜい1・2週間といったところだろう。

Q1-9: 本人と事業主の間で賃金と労働時間の条件が合意できず、継続雇用を拒否した場合も違反になるのですか。

 

A1-9: 高年齢者雇用安定法が求めているのは、継続雇用制度の導入であって、事業主に定年退職者の希望に合致した労働条件での雇用を義務付けるものではなく、事業主の合理的な裁量の範囲の条件を提示していれば、労働者と事業主との間で労働条件等についての合意が得られず、結果的に労働者が継続雇用されることを拒否したとしても、高年齢者雇用安定法違反となるものではありません。

 あくまで継続雇用の制度を設ければよいのであり、雇用を義務づけるものではないことを再確認している。ただ、事実上雇用を拒否するような不当な労働条件の提示が許されないのは言うまでもない。

2.就業規則の変更

Q2-2: 就業規則において、継続雇用しないことができる事由を、解雇事由又は退職事由の規定とは別に定めることができますか。

A2-2: 法改正により、継続雇用制度の対象者を限定できる仕組みが廃止されたことから、定年時に継続雇用しない特別な事由を設けている場合は、高年齢者雇用安定法違反となります。ただし、就業規則の解雇事由又は退職事由と同じ内容を、継続雇用しない事由として、別に規定することは可能であり、例えば以下のような就業規則が考えられます。
 なお、就業規則の解雇事由又は退職事由のうち、例えば試用期間中の解雇のように継続雇用しない事由になじまないものを除くことは差し支えありません。しかし、解雇事由又は退職事由と別の事由を追加することは、継続雇用しない特別な事由を設けることになるため、認められません。

 ここで押さえておきたいのは、最後の部分である。すなわち、継続雇用しない事由を別規定として設けることは可能だか、その内容を既存の解雇事由・退職事由と違ったものにすることは原則不可という点である。

3.継続雇用制度の対象者基準の経過措置

Q3-1: すべての事業主が経過措置により継続雇用制度の対象者を限定する基準を定めることができますか。

A3-1: 改正高年齢者雇用安定法では、老齢厚生年金の報酬比例部分の支給開始年齢が段階的に引き上げられることを勘案し、経過措置として、継続雇用制度の対象者を限定する基準を当該支給開始年齢以上の者について定めることを認めています。
 この経過措置は、これまで継続雇用制度の対象者を限定できる仕組みを利用していた企業においては、高年齢者雇用安定法の改正に伴い、継続雇用制度の対象を希望者全員とするため、丁寧に企業内の制度を整備していく必要があることから設けられたものです。
 したがって、経過措置により継続雇用制度の対象者を限定する基準を定めることができるのは、改正高年齢者雇用安定法が施行されるまで(平成25年3月31日)に労使協定により継続雇用制度の対象者を限定する基準を定めていた事業主に限られます。

 経過措置を利用したいのであれば、改正法施行の2013年3月31日までに、労使協定を定めておく必要があるということだ。それ以降に協定をしても、経過措置は利用できない。なお、施行前に締結した協定の変更や更新が可能なことは、Q3-5Q3-6で説明している。
 

Q3-3: 継続雇用制度の対象者を限定できる仕組みの廃止の経過措置について、この仕組みの対象者となる下限の年齢を厚生年金(報酬比例部分)の支給開始年齢の引上げスケジュールにあわせ、平成37年4月までに段階的に引き上げることとされていますが、年金の支給開始年齢の引上げスケジュールは男女で異なっています(女性は5年遅れ)。経過措置の対象年齢も男女で異なることになるのでしょうか。

A3-3: 経過措置の対象年齢は、「男性」の年金(報酬比例部分)の支給開始年齢の引上げスケジュールにあわせ、平成37年4月までに段階的に引き上げることとされています。
 御指摘のとおり、年金の支給開始年齢の引上げスケジュールは男女で異なってはいますが、経過措置の対象年齢については男女で異なるものではなく、同一となっています。
 なお、男女別の定年を定めることや継続雇用制度の対象を男性のみとするなど、労働者が女性であることを理由として男性と異なる取扱いをすることは、男女雇用機会均等法において禁止されています。

 年金引き上げのスケジュールは、女性の場合は5年遅れとなっているが、だからといって女性社員の経過措置を5年ずらすのは不可ということである。
 
4.経過措置により労使協定で定める基準の内容

Q4-6: 労使協定では、通常、労働組合の対象者(組合員)のみを念頭に規定するので、労働組合法上の労働組合に加入できない管理職については労使協定で、『定年時に管理職であった労働者については、別途就業規則で定める』と定め、別途就業規則で、経過措置による継続雇用制度の対象者に係る基準を定めることは可能ですか。

A4-6: 過半数を代表する労働組合と労使協定を結ぶことを求めているのは、基準について労働者の過半数の団体意思を反映させるとともに、使用者による恣意的な対象者の限定を防ぐことにあります。
 このため、定年時に管理職であった労働者についても基準を定める場合には、過半数を代表する労働組合等との労使協定の中で定めていただく必要があります。
 なお、管理職を対象に含む基準が労使協定の中で定められていなければ、管理職については、高年齢者雇用安定法の要件を満たす基準が設定されていないので、希望者全員を継続雇用制度の対象としなければ、公共職業安定所において指導を行っていくこととなります。

 これも結構見過ごしてしまいそうな事項である。管理職の経過措置も労使協定によらなければならず、労使協定がなければ改正法の要件を満たさないので、希望者全員が継続雇用の対象になるということだ。

5.継続雇用先の範囲の拡大

Q5-4: 継続雇用先の範囲をグループ会社にまで拡大する特例を利用する場合、そのグループ会社はどのような労働条件を提示しなければならないのでしょうか。

A5-4: 継続雇用先の範囲をグループ会社にまで拡大する特例を利用するためには、元の事業主とグループ会社(特殊関係事業主)との間で「継続雇用制度の対象となる高年齢者を定年後に特殊関係事業主が引き続いて雇用することを約する契約」を締結することが要件とされており、特殊関係事業主は、この事業主間の契約に基づき、元の事業主の定年退職者を継続雇用することとなります。
 この場合において、特殊関係事業主が継続雇用する場合に提示する労働条件についても、高年齢者雇用安定法の趣旨に反するものであってはなりませんが、労働者の希望に合致した労働条件の提示までを求めているわけではありません。
 このため、最低賃金などの雇用に関するルールの範囲内で、フルタイム、パートタイムなどの労働時間、賃金、待遇などに関して、特殊関係事業主と労働者との間で継続雇用後の労働条件を決めることができると考えられます。
 なお、特殊関係事業主が合理的な裁量の範囲の条件を提示していれば、労働者と特殊関係事業主との間で労働条件等についての合意が得られず、結果的に労働者が継続雇用されることを拒否したとしても、特殊関係事業主はもとより、元の事業主が高年齢者雇用安定法違反となるものではありません。

 グループ会社で継続雇用する場合の労働条件は、あくまで、当該グループ会社のものでよく、労働者がその条件を呑まずに結果的に非雇用となっても、高年者法違反にはならないということである。

Q5-8: 継続雇用先をグループ会社にすることを考えていますが、当社の定める就業規則とグループ会社の定める就業規則とでは解雇事由に差異があり、グループ会社の定める解雇事由の方がより解雇事由が広いものとなっています。この場合、当社の定年到達者をグループ会社において継続雇用するかどうかの判断に、グループ会社の解雇事由を用いてもよいでしょうか。それとも、当社で継続雇用するのと同様に、当社の解雇事由を用いる必要があるのでしょうか。
 
A5-8: 継続雇用制度は、「現に雇用している高年齢者が希望するときは、当該高年齢者をその定年後も引き続いて雇用する制度」であり、この定義は平成24年の法改正の前後で変更はありません。
 また、継続雇用するかどうかを判断する主体は、従来と同様、当該高年齢者を定年まで雇用していた元の事業主です。
 したがって、お尋ねの場合で高年齢者を継続雇用するか否かは、継続雇用する主体にかかわらず、まず御社が自社の就業規則に定める解雇事由・退職事由に基づいて判断し、継続雇用することにした場合に、雇用先としてグループ会社を利用するということになります。

 グループ会社で継続雇用された場合、その後の継続雇用の要件は、たとえそれが元会社のよりも不利なものであっても、当該グループ会社の規則に従うということである。実際にありうることだと思うので、この点を明確化してくれたことは、企業にとってはありがたい。

(2012年11月19日)

 
 
事業場外労働と携帯電話~その1 Column No.79

 平成24年の就労条件総合調査によれば、外勤の営業社員などに事業場外労働みなし労働時間制(事業場外みなし)を採用する企業は10.4%となっている。ちなみに、平成2年は4.4%、平成13年は7.4%で、導入企業は拡大傾向にあることがうかがえる。

 一方で、最近は事業場外みなしの適用は慎重にした方がよいとの声も聞く。先日もある人事担当者に言われたのだが、「営業社員が携帯を持っているのは当たり前のことなので、事業場外みなしは適用できませんよね」ということだ。
 確かに携帯電話や電子メールにより、上司からの指示命令は各段に行いやすくなったのは事実である。では、今の時代、外勤社員に事業場外みなしは適用できないのか、適用できるとすればどういった場合か、本コラムで検討してみたい。

 労働基準法に事業場外みなしの定めが導入されたのは、今から25年も前の昭和63年である。
 導入の趣旨は、「事業場外で労働する場合で、使用者の具体的な指揮監督が及ばず、労働時間の算定が困難な業務が増加していることに対応して、当該業務における労働時間の算定が適切に行われるように法制度を整備したものであること(昭和63年1月1日発基第1号)」である。
 そして同通達に、「次の場合のように、事業場外で業務に従事する場合であっても、使用者の具体的な指揮監督が及んでいる場合については、労働時間の算定が可能であるので、みなし労働時間制の適用はないものであること」として、

①何人かのグループで事業場外労働に従事する場合で、そのメンバーの中に労働時間の管理をする者がいる場合
②事業場外で業務に従事するが、無線やポケットベル等によって随時使用者の指示を受けながら労働している場合
③事業場において、訪問先、帰社時刻等当日の業務の具体的指示を受けたのち、事業場外で指示どおりに業務に従事し、その後事業場にもどる場合

 を示している。

 このうち今回の話と直接関連するのは②で、先ほどの担当者の発言もこれが背景にあるに違いない。当時とは比べものにならないほど、情報通信環境が進歩した現在では、②については、実施しようと思えば実施できることは明らかだからだ。

 ここで問題となるのは、②の場合とは、

A.指示命令できる環境にある状態
B.実際に随時指示命令をしている状態

 のどちらを意味するかである。

 使用者には労働者の労働時間を管理する義務があるのだから、実施できるなら実施すべきと考えれば、Aの場合を意味することになる。この考えに立てば、今日、外勤社員に事業場外みなしを適用するのは基本的に困難となるだろう。
 一方で、厚労省は在宅労働者への事業場外みなしを一定要件のもとに認めており、その要件の1つは「当該業務が、随時使用者の具体的な指示に基づいて行われていないこと」である(「情報通信機器を活用した在宅勤務の適切な導入及び実施のためのガイドライン」)。
 ここでのロジックは、具体的な指示ができるかどうかではなく、指示をするかどうかである。在宅労働でも、外勤者と同様に、いやむしろ在宅労働の方が少なくとも物理的には具体的な指示はしやすいだろう。
 であれば、外勤労働の場合にも、このロジックを応用できるとも考えられる。つまり、携帯電話等で具体的な指示をしようと思えばできるが、そのようなことはしておらず、営業活動の進め方や時間配分は基本的に営業社員の裁量に任せているので、上記②には該当しないというロジックである。

 別にこのロジックを使っているわけではないだろうが、今のところ、労基署が携帯電話の所持を理由に事業場外みなしの是正指導を行ったというのは聞いたことがない。

 だからといって労基署が認めているともいえないので、もう少し掘り下げて考える必要があるだろう。

 どのように解釈をすればよいのか、次回は判例から検討・整理してみたいと思う。

(2013年2月12日)

 
 
事業場外労働と携帯電話~その2 Column No.80

 携帯電話等の情報ツールが普及した今日、事業場外労働みなし労働時間制(事業場外みなし)は認められるのかについて、今回は過去の3つの判例から検討してみよう。

ほるぷ事件(1997年8月1日東京地)
 本条の規定の適用を受けるのは労働時間の算定が困難な場合に限られるところ、本件における展覧会での展示販売は、前記二2で認定のとおり、業務に従事する場所及び時間が限定されており、被告の支店長等も業務場所に赴いているうえ、会場内での勤務は顧客への対応以外の時間も顧客の来訪に備えて待機しているもので休憩時間とは認められないこと等から、被告がプロモーター社員らの労働時間を算定することが困難な場合とは到底言うことができず、労基法38条の2の事業場外みなし労働時間制の適用を受ける場合でないことは明らかである。

 この判例では、「業務に従事する場所及び時間が限定されて」いることを、事業場外みなしと認めないことの1つの根拠としている。見方を変えると、場所が不確定であったり、顧客の都合等で時間が頻繁に変動したりする場合は認められる可能性があるともいえる。

光和商事事件(2002年7月19日大阪地)
 事業場外で業務に従事した場合に労働時間を算定し難いときは所定労働時間労働したものとみなす旨を規定しているが、これは、本来使用者は労働時間を把握しこれを算定する義務があるところ、事業場外で労働する場合にはその労働の特殊性からこのような義務を認めることは困難を強いることからみなし規定による労働時間の算定を規定したものである。したがって、本条の適用を受けるのは、労働時間の算定が困難な場合に限られる。〔中略〕
 本件においては、被告会社では、原告らについては勤務時間を定めており、基本的に営業社員は朝被告会社に出社して毎朝実施されている朝礼に出席し、その後外勤勤務に出、基本的に午後6時までに帰社して事務所内の掃除をして終業となるが、営業社員は、その内容はメモ書き程度の簡単なものとはいえ、その日の行動内容を記載した予定表を被告会社に提出し、外勤中に行動を報告したときには、被告会社においてその予定表の該当欄に線を引くなどしてこれを抹消しており、さらに、被告会社は営業社員全員に被告会社の所有の携帯電話を持たせていたのであるから、被告会社が原告ら営業社員の労働時間を算定することが困難であるということはできず、原告らの労働が労働基準法38条の2第1項の事業外(ママ)みなし労働時間制の適用を受けないことは明らかである。

 この判例では、簡単な行動予定表を提出させ管理をしていることと、携帯電話を持たせていることを認めない根拠としている。当該ケースは、予定表の管理の仕方にもよるが、今日ではほとんどの外勤営業に該当するともいえる。この判例がスタンダードになれば、外勤者への事業場外みなしは原則認められなくなるといえるだろう。

阪急トラベルサポート事件(2011年9月14日東京高)
 「労働時間を算定しがたいとき」とは、就労実態等の具体的状況を踏まえ、社会通念に従い、客観的にみて労働時間を把握することが困難であり、使用者の具体的な指揮監督が及ばないと評価される場合をいうものと解すべきである。
 添乗員は、・・・・起床時及び自宅からの出発時にモーニングコールをすることを義務づけられ、各ツアーについては指示書による行程の指示を受け、その指示に沿った行程管理を行って、行程ごとの出発時刻及び到着時刻・・・等を詳細に記載した添乗日報を作成して被告会社に提出しており、・・・社会通念上、添乗業務は指示書による被告会社の指揮監督の下で行われるもので、・・・添乗日報の記載を補充的に利用して、添乗員の労働時間を算定することが可能であると認められ、添乗業務は、その労働時間を算定しがたい業務には当たらないと解するのが相当である。

 この判例では、モーニングコールや指示書による行程管理が根拠となっており、前回示した通達③の具体的な指示の存在がポイントになっている。つまり、実態として外勤活動を社員の裁量に任せており、具体的な指示がない場合は認められる可能性があるともいえる。

 以上、事業場外みなしに関する代表的な3つの判例では、携帯電話を理由に認めないとするものがある一方で、解釈の仕方によっては認められるといえるのもあり、明確な結論は得られない。ただ、2つ目(光和商事事件)の判例が基準化されているわけでもなく、前回も指摘したように、労基署も今のところは携帯があるから事業場外みなしは一律的にダメというスタンスでもないので、

①訪問先や時間等について具体的な指示を受けていないこと
②予定/計画はあっても、顧客の都合や交通事情等で予定通りにはいかないことが多く、社員の判断による行動が必要なこと
③携帯電話は主にトラブルや事故、社員の権限外の事項が発生した場合に備えてのものであり、指示命令を受けるためのものではないこと

 以上を満たしていれば、現状においては、認められる可能性は高いと考えてよいと思う。
 ポイントは社員に裁量を与えているかどうかで、事業場外みなしを適用するからには、業務スケジュールを社員が決められるようにしておかなければならないということである。

(2013年2月25日)

 
 
就業時間の延長 Column No.81

 円安の進展や株価の上昇で日本経済の復活を伝える向きもあるが、個別の企業では利益の捻出にあくせくしているところもある(というより多い)。政府の賃上げ要請に応えたローソンや一休コム、JINSなどは偉いと思うが、報酬の拡大が可能なのはごく一部で、大半は人件費をいかに減らすかに頭を悩ませているのが実情だろう。

 普通は不況であれば仕事が少なくなるので、労働時間も短くなるのだが、仕事量は減らないのに利益は出なくなっている。そのような企業で思いつくコスト対策の1つに就業時間の延長がある。所定労働時間を伸ばすことで、時間外手当を少なくするというものだ。
 たとえば、現状7時間30分の所定労働時間を8時間に延長したとすれば、30分の残業代は支給しなくてよいことになる。
 また、代替に休日を増やさなければ年間所定労働時間も増加するので、割増手当の単価も下がることになる。ざっと計算したところ、賃金が30万円で100円くらい単価が下がるので、月20時間の残業があるとすれば2,000円、年間で1人あたり24,000円ほど違ってくる。

 就業時間を延長した分、賃金を増やせばそれほど問題はないが、賃金を据え置いたまま実施しようというのだから、当然のことながら社員にとっては不利益変更となる。今回のコラムでは、このような就業時間の延長が可能かどうかを考えてみる。

 結論を言えば、「就業時間の延長に合理性があれば変更は認められる」ということだが、検討のロジックは以下のとおりである。

1.まず、就業時間の延長は労働条件の変更になるため、延長には労働者の合意が必要である。

2.では、労働者の合意が得られれば変更できるかというとそうではない。就業時間については就業規則に定められており、就業規則に定める労働条件に達しない労働契約は無効となる(労働契約法12条)ので、本件は就業規則の改定が必要となる。

3.就業時間の延長は不利益変更となることは明らかであるから、就業規則の不利益変更には原則として労働者の合意が必要である(労契法9条)。

4.労働者全員の合意を得ることは現実的ではないため、実施には、「変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、変更内容に合理性があれば、労働者の合意なく変更は可能である(労契法10条)」という条件を満たす必要がある。

5.合理性の判断は次による。
(1)変更の必要性と労働者が被る不利益とを比較する。
(2)特に賃金等の重要な労働条件の変更は、高度な変更の必要性が求められる。
(3)合理性の具体的判断要素としては以下のものがあり、これらを総合的に考慮する。
 ①変更により労働者が被る不利益の程度
 ②変更の必要性の内容・程度
 ③変更後の就業規則の内容の相当性
 ④代替措置その他関連する労働条件の改善状況
 ⑤労働組合等との交渉経緯
 ⑥他の労働組合や従業員の対応
 ⑦同種事項の一般的状況

 4のところで、一般的拘束力(事業所の3/4以上の労働者が加入)のある労働組合があれば労働協約を締結することで合意することもできるが、協議にあたっては5で示した判断要素の検討が必要なので、いずれにしろ5による判断が求められる。

 5(3)の判断要素②の「変更の必要性の内容・程度」とは変更理由を意味しているわけだが、人件費削減とストレートに言っては身もふたもないため、たとえば次のようにその背景を示すことなどが考えられるだろう。

①競争力の確保
 顧客の要求が多様化・複雑化するなか、競争を勝ち抜くには全社的な対応が必要であり、質とともに量(労働時間)を現状以上に確保しなければならないこと。一方で、競争力の維持のために経営合理化が求められ、社員の増員は困難な状況であり、現状の人員での対応が必要となること。
②収益環境の是正
 収益環境が低下しており、現状では利益確保はできているものの、現状の就業時間では、将来的に財務状況が悪化する懸念があること。

 ただ、経営状態が極端に悪化している企業を除けば、変更の必要性は低いと考えられ、従業員の不利益と相殺するためには、何らかの代替措置が必要といえる。
 人件費をかけられないという制約下で考えられる措置として、有力なのが有休休暇の取得促進である。ただし、単にそれだけでは措置として弱いので、たとえば全職場で10日以上強制取得させるような仕組みを設けるなどの具体策が必要となろう。

 このように、就業時間の延長には、変更に合理性があるかどうかが大きなカギとなり、越えなければならないハードルは高い。

 さらに本件には、以上にまとめたような法的な課題のほかにも、社員のモチベーションの問題も残っている。始業時間の早期化には遠距離通勤者から不満が起きるだろうし、終業時間の延長は女性社員の抵抗を受けそうである。
 法的な課題をクリアできる見込みであっても、実施するとすれば、社員の意見を聞いたうえで、慎重に対応すべきといえるだろう。

(2013年3月4日)

 
 
 65歳雇用義務化とパートタイマー Column No.82

 先日、高年齢者雇用安定法改正を受けての65歳雇用義務化対応セミナーで講師を務めたところ、参加者から「パートタイマーも65歳まで雇用しなければならないのか」という質問を受けた。今般の改正は労働契約期間の定めのない社員が対象で、パートタイマーを65歳まで雇用する必要はない旨を回答したのだが、いろいろややこしい問題を含んでいるので、この機会に整理してみよう。
 問題を明確にするために、「60歳以降のパートタイマーとは契約更新をしない」という就業規則が有効かどうかを検討してみる。
 
 まず、高年齢者雇用安定法では、「65歳未満の定年の定めをしている事業主は、65歳までの安定した雇用を確保するために次の措置のいずれかを講じなければならない」として、定年の引上げ、継続雇用制度の導入、定年の定めの廃止の3つを示している(第9条)。
 改正前はその後に、継続雇用制度の対象者を限定できる仕組みを設けていたが、この部分が削除されたわけである。この条文から明らかなように、今回の改正の対象となっているのは、定年制の適用を受ける社員である。
  ほとんど例はないと思うが、もし、パートタイマーと期限の定めのない労働契約を締結し、定年制を適用しているのであれば、通常の社員と同様に65歳雇用の義務が生じる。
  ただ、一般的には期間の定めのある労働契約をしているはずなので、パートタイマーは改正の対象外であり、何歳で雇用を打ち切ろうと企業の自由ということになる。すなわち、「60歳以降のパートタイマーとは契約更新をしない」という規定は有効である。
  これに関しては、厚生労働省の「高年齢者雇用安定法Q&A」1-11でも、「高齢者法第9条は、主として期間の定めのない労働者に対する継続雇用制度の導入等を求めているため、有期労働契約のように、本来、年齢とは関係なく、一定の期間の経過により契約終了となるものは、別の問題である」としている。
  ただし、期間の定めのある労働契約をしていても、何度も契約更新を繰り返しているような場合は、事実上期間の定めのない労働契約とみなされることがあるので、注意が必要となる。
 上記Q&Aでも、「有期契約労働者に関して、就業規則等に一定の年齢に達した日以後は契約の更新をしない旨の定めをしている場合は、有期労働契約であっても反復継続して契約を更新することが前提となっていることが多いと考えられ」、期間の定めのない労働契約とみなされるときは、「定年の定めをしているものと解されることがあり、その場合には、65歳を下回る年齢に達した日以後は契約しない旨の定めは第9条違反であると解されます」と注意を促している。

 実際のところパートタイマーを使用する企業では、何度か契約更新を繰り返すケースは多いはずである。どこまでが有期労働契約で、どこから期間の定めのない労働契約となるかは明確でないため、当該規定が合法か違法かの判断はなかなか難しいのも事実だ。
 結果として、企業の対応としては次の2つが望ましいだろう。
①そのような年齢に関する規定を廃止すること
 一律的な年齢を基準とするのではなく、あくまで能力等で労働契約の判断をすることである。
②規定の年齢を引き上げて65歳とすること
 これも65歳まで雇用しなければならないというものではなく、たとえば、契約期間満了を事由に60歳で契約を打ち切ってもかまわない。もちろん雇止めが正当かどうかの問題はあるが、これは労働基準法や労働契約法の問題であり、高齢者法とは別の話しである。

(2013年6月10日)

 
 
 障害者雇用促進法改正について Column No.83

 6月13日、改正障害者雇用促進法が衆院本会議において全会一致で原案どおりに可決、成立した。
 雇用の分野における障害者に対する差別の禁止および障害者が職場で働くにあたっての支障を改善するための措置(合理的配慮の提供義務)を定めるとともに、障害者の雇用に関する状況に鑑み、精神障害者を法定雇用率の算定基礎に加える等の措置を講ずるものだ。身体障害者に加えて知的障害者の雇用を義務付けた1998年以来の大幅な改正となった。

 改正のポイントは以下の4点である。

(1)障害者に対する差別の禁止
 雇用の分野における障害を理由とする差別的取扱いを禁止することになった。具体的には、事業主に対して、
 ①労働者の募集及び採用について、障害者に対して、障害者でない者と均等な機会を与えなければならないものとすること
 ②賃金の決定、教育訓練の実施、福利厚生施設の利用その他の待遇について、労働者が障害者であることを理由として、障害者でない者と不当な差別的取扱いをしてはならないものとすること
 を法的に求めている。さらに具体的な内容については、指針で示される予定である。

(2)合理的配慮の提供義務
 
事業主に、障害者と障害者でない者との均等な機会の確保を図るための措置を義務付けた。これには、以下のように募集・採用時と雇用時の2つの内容がある。
 ①労働者の募集及び採用にあたり障害者からの申出により当該障害者の障害の特性に配慮した必要な措置
 ②その雇用する障害者である労働者の障害の特性に配慮した職務の円滑な遂行に必要な施設の整備、援助を行う者の配置その他の必要な措置
 ただし、どちらの場合も当該措置が事業主に対して過重な負担を及ぼすときは除かれるとしている。
  ①②で想定される例として、
 ・ 車いすを利用する方に合わせて、机や作業台の高さを調整すること
 ・ 知的障害を持つ方に合わせて、口頭だけでなく分かりやすい文書・絵図を用いて説明すること
 をとりあえず厚生労働省は挙げているが、具体的事例についてはこれも指針で示されるとのことだ。

(3)苦情処理・紛争解決援助
 ①事業主に対して、(1)(2)に係るその雇用する障害者からの苦情を自主的に解決することを努力義務化した。
 ② (1)(2)に係る紛争について、個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律の特例(紛争調整委員会による調停や都道府県労働局長による勧告等)を整備した。
 
(4)法定雇用率の算定基礎の見直し
 従来、法定雇用率の算定基礎は身体障害者と知的障害者だけだったが、これに精神障害者も加えることになった。

 施行期日は、(1)~(3)は2016年4月1日、(4)は2018年4月1日で、企業としては一定の準備期間が設けられた。また、(4)は施行後5年間に限り、精神障害者を法定雇用率の算定基礎に加えることに伴う法定雇用率の引上げ分について、本来の計算式で算定した率よりも低くすることを可能とする激変緩和措置も用意されている。
 
 (1)の「差別禁止」と(2)の「合理的配慮」は、2007年に採択された国連の障害者権利条約に基づくものだ。国際的な要請とはいえ、障害者に対する理解がまだまだ不足していて、彼・彼女らに特別な視線を投げかけがちな日本では、正直なところ今回の改正内容に戸惑う企業もあると思う。特に「差別禁止」については、改正の趣旨には賛同できても、具体的な対応となるとピンと来ないかもしれない。その意味からも、厚労省による指針の策定が待たれる。
 
   障害者が活き活きと働ける職場は、一般の社員にとってもよい職場であるはずだ。各企業が法改正に可能な限り適切に対応していくことを望む。

(2013年6月24日)

 
 
 退職金不支給と就業規則の不利益変更 Column No.84
  
 3年ほど勤めた会社(サービス業)を退職する方から、もらえると思っていた退職金が支払われずに困っているという相談を受けた。
 もう少し事情を説明すると、次のとおりである。

・退職金は、1年以上勤務すれば支給されると聞いており、現に3年間で退職した社員に退職金が支給されていた。
・もらえるつもりでいたら、それは以前の規則で、現在は4年目以降の退職でなければ支給されないと会社側に説明された。
・賃金規定を確認したところ、確かに会社がいうとおりの規則になっていた。
・規定が変わったことについては、全く知らなかった。
・今になって、会社は退職金制度が変更したことを社員に説明した。

 話を聞く限り、どうやら会社側は一方的に規定を変更し、社員に周知していなかったようである。これが事実とするとどういうことになるだろうか。
 今回は、この相談事例をもとに、就業規則の不利益変更について社員の立場から考えてみたい。

 
 ポイントは以下の2点である。

1.就業規則の不利益変更を周知しなかったこと
 労働者の合意を得ずに、労働者に不利益となるような就業規則の変更は原則としてできない(労働契約法第9条)。ただし、①変更内容に合理性あること、②変更内容を労働者に周知させること、の2つを満たせば、不利益変更が認められる場合がある(同法第10条)。

 ①の合理性は、労働者が受ける不利益の程度、変更の必要性、変更内容の相当性、労働組合等との交渉の状況などを総合的に考慮して判断することになる。このとき、退職金を含む賃金等の重要な労働条件の不利益変更については、「高度の必要性」が求められるとされている。

 今回のケースでは、①については、詳細が不明なので判断は難しいが、ただ、退職金の受給権を4年目以降の社員に与えるというのは、社員の入れ替えが激しく、定着率が課題となっている業界ということもあり、それほど不合理ではないという見方はできる。一方で、そのような業界ゆえ、1年間勤務すれば退職金が支給されるという条件は、入社のインセンティブになっていたともいえる。いずれにしろ、①の判断はとりあえず保留しておく。

 問題は②である。実際に就業規則の変更があったならば、少なくとも②の要件は満たしていないと考えられ、違法性は高い。ところで、就業規則の変更に際しては社員の意見聴取義務があるが、これと就業規則の労働者周知義務は別である。本件が意見聴取義務を果たしているかどうかはわからないが、今になって社員説明を始めたのをみると、労働者への周知がなされていなかったのは確実のようだ。

 退職金に関する規定が労働者に周知なく変更されたとすれば、そのような変更は認められず、従前の規定に基づいて退職金を受給できる可能性はある。

 
2.解決の方法
 今回の労働者への未周知を含め、不利益変更にどう対応するか?
 まずは、これらのことを会社に伝え善処を求めることになるが、それが困難であれば、都道府県労働局の個別労働紛争解決制度を利用するのが有効と思われる。また、その前段階として、都道府県労働局や労働基準監督署の総合労働相談コーナーに相談してみるのも一法である。個別労働紛争解決制度は裁判ではないので、その判断に強制力はないが、行政機関が間に入って助言・指導を行うことで、一定の効果は期待できる。

 今回は労働者の立場から対応を述べたが、会社の視点からいえば、就業規則の変更はきちんと手続きを踏んで行う必要があるということだ。 特に社員の不利益になるような変更をこっそりやったとすると、ほとんどは今回のケースのようなトラブルが生じる。確かに不利益変更の説明や説得は大変だが、後々のトラブルはさらに多大な労力がかかると考えたほうがよい。

 まあ、労力だけなら一時のロスで済むが、最大の懸念は会社に対する社員の信頼感を低下させてしまうことである。会社にとって、顧客に信頼してもらうのと同じくらいに、社員の信頼も大切なはずだ。

(2013年7月8日) 

 
 
 労働に関する紛争の解決制度~その1 Column No.85

 解雇や賃金の不払い、最近ではパワハラ・セクハラや職場のいじめなど、労働分野でのトラブルは絶えない。これらの紛争を解決するには、まずは当事者による話し合いが重要となるが、基本的に労働者側が弱い立場に置かれることから、公的な第三者が間に入ることで公正な結着が期待できるケースも多い。
 公的な紛争解決にはいくつかの制度があるが、似たような名称もあって、内容や仕組みをきちんと認識している人は少ないと思われる。本コラムでは、これについて整理してみたい。
 
 労働紛争の解決手段として代表的なのは、裁判、労働審判制度、労働委員会、個別労働紛争解決制度の4つである。今回は、司法による解決を図る裁判と労働審判制度について説明しよう。
 
1.裁判
 紛争解決手段として、まず思い浮かぶのが裁判だろう。裁判がどういうものかは、常識の範囲である程度イメージできると思うので、ここでは労働に関する裁判の種類をまとめておく。

 労働裁判には、本案裁判(本案事件)仮処分命令申立て手続き(仮処分事件)の2つがある。
 本案裁判は、原告の請求権が存在するかどうかを定める手続きである。解雇が有効か、賃金減額が有効か、会社の対応が不当労働行為にあたるかなど様々な労働紛争が本案裁判に該当する。本案裁判の当事者は、訴えを起こす側を「原告」といい、訴えられる側を「被告」という。また、裁判所が下す判断を「判決」という。
  仮処分命令申立て手続きは、民事保全法に基づいて、緊急性や必要性がある場合に債権者からの申し立てにより裁判所が決定する暫定的な措置のことである。通常は、本案事件を提起すると同時に、あるいは本案事件を提起する前に申立てを行う。典型的な例としては、労働者が会社から解雇されたときに、解雇無効の本案裁判を起こす場合、本案事件の決着がつくまでの間、生活を維持するために賃金の仮払いを求めるケースである。この仮処分命令は、本案事件にも重大な影響を与える。つまり、労働者に有利な仮処分命令が出されたとすると、本案事件もそのように展開しがちになるということだ。
 仮処分事件の当事者は、訴えを起こす側を債権者といい、訴えられる側を債務者という。判例を読んでいると、原告・被告ではなく、債権者・債務者という語句が出てくるときがあるが、これは仮処分事件を意味する。なお、裁判所の判断も本案裁判とは違い「決定」という。

 裁判所の判断に不服がある場合、上級の裁判所に申し立てを行うことになる。これを上訴というが、第1審から第2審への上訴を控訴、第2審から第3審への上訴を上告という。

 裁判は解決手段として最も強力ではあるが、その分手間暇もカネもかかるため、できれば避けたいというのが一般の感覚だろう。そこで、その簡易版としての役割を期待されるのが次の労働審判制度である。
 
2.労働審判制度
 労働審判は、労働者個人と会社との間の紛争を迅速に解決するための制度で、2006年に始まった。後述する労働委員会が組合と会社間の紛争を扱うのに対して、労働審判は個人と会社間の紛争処理が対象となるところがポイントである。 
 制度は各地方裁判所(および一部の支部)に設置されており、裁判官である労働審判官1名と,労働関係に関する専門的な知識経験を有する労働審判員2名とで組織する労働審判委員会が、原則3回以内の期日で、3ヶ月以内を目途に解決する。
 審判に不服があれば、異議の申立をすることになり、この場合、労働審判は失効し、自動的に本訴(裁判)に移行する。実際には、途中で調停が成立して事件が終了する場合が多く、労働審判に対する異議申立てがされずに労働審判が確定したものなどと合わせると、全体の約8割の紛争が労働審判の申立てを契機に解決しているとのことである。
 このように迅速性と実効性が労働審判のウリであるが、その簡易性ゆえ、複雑な事案には対応が難しいというデメリットもあることに留意したい。
 
 
次回は、労働委員会と個別労働紛争解決制度について説明する。

(2013年7月16日)
 
 
  
 労働に関する紛争の解決制度~その2 Column No.86

 労働に関する主な紛争解決制度には、裁判、労働審判制度、労働委員会、個別労働紛争解決制度の4つがあり、前回は裁判と労働審判制度を説明した。今回は労働委員会と個別労働紛争解決制度について述べる。
 
3.労働委員会
 労働委員会は、労働組合と使用者間の労働条件や組合活動のルールを巡る争いの解決や、使用者による不当労働行為があった場合における労働組合や組合員の救済など、集団的労使関係を安定、正常化することを主な目的として、地方自治法及び労働組合法に基づき設置された及び合議制の行政委員会である。国の機関である中央労働委員会と都道府県ごとに設置された都道府県労働委員会とがある。公益の代表者(公益委員)、労働者の代表者(労働者委員)、使用者の代表者(使用者委員)の三者で構成されている。
 労働委員会による解決制度には、労働争議の調整と不当労働行為救済制度がある。
 労働争議の調整には、当事者の申請に基づいて、あっせん、調停、仲裁の3つがあり、このうち、大多数はあっせんが占める。あっせん・調停に関する解決案の受諾は任意だが、仲裁の裁定は労働協約と同一の効果を有し当事者を拘束する。
 不当労働行為の審査は、労働組合または労働者の申立てに基づいて、使用者の行為が不当労働行為に該当するか否かを審査し、該当すると判定した場合には、命令を発して救済を図るものである。労働委員会で出された命令に不服がある場合は、裁判所に対して取消請求という形で提起することなる。

4.個別労働紛争解決制度

 2001年に開始された制度で、個別労働関係紛争の未然防止、迅速な解決を促進することを目的とする。紛争解決のために次の2つが実施されている。
(1)都道府県労働局長による助言・指導
 実際に紛争状態にある場合に、個別労働関係紛争の問題点と解決の方向を都道府県労働局長が示すのが「都道府県労働局長による助言・指導」である。 あくまで、指導・助言するだけで、紛争当事者に一定の措置の実施を強制するものではない。
(2)紛争調整委員会によるあっせん
 紛争状態にある当事者からの申請を受け、当事者の間に第三者が入り、双方の主張の要点を確かめ、双方に具体的な解決の道を働きかけるなど、紛争当事者間の調整を行うことにより、紛争の円満な解決を図る制度である。  ただし、相手方があっせん不参加または両当事者の合意が得られない場合は打ち切りとなる。

 これら4つの制度を費用面から見ると、裁判と労働審判は申立ての費用(印紙代等)がかかるが、労働審判のほうが低額で済む。また、労働委員会と個別労働紛争解決制度は無料で利用できる。もちろん、弁護士等に依頼すればその費用は別にかかる。
 
 その他、厳密には紛争解決手段ではないが、都道府県労働局、労働基準監督署、都道府県の労政事務所などによる相談の受付がある。まずはこういったところに相談をして、法的にどのような問題があるかを明確にしておき、そのうえで対応を考えていくことが大切だろう。

(2013年7月22日)
 
 
 
 雇用分野の規制改革 Column No.87

 数か月前になるが、新たな雇用形態として、正社員でありながら職務・勤務地や労働時間を限定するジョブ限定社員が話題となった。また、8月6日の日経新聞では、同一業務3年までといった規制を廃止する派遣労働の規制緩和が取り上げられた。さらに14日には、年収800万円超の課長級以上の社員に労働時間の規制を外すホワイトカラー・エグゼンプションの実験的導入についても記事があった。
 これら雇用分野の規制緩和は、民主党政権にとってかわった第2次安倍内閣により進められているものだ。一連の改革の根拠となっているのが、アベノミクスの3本目の矢である成長戦略を実現するために設けられた規制改革会議での議論である。
 今回は雇用改革がどのような方向で進められるのか、今年の6月5日に出された規制改革会議の答申を確認してみたいと思う。
 
 答申では、「人が動く」ように雇用の多様性、柔軟性を高める政策を展開し、「失業なき円滑な労働移動」を実現させていく必要性があるとし、そのために雇用改革は、①正社員改革、②民間人材ビジネスの規制改革、③セイフティネット・職業教育訓練の整備・強化、の3つが柱となることを指摘している。

 ①の正社員改革については、
 
 日本の正社員は、(1)無期雇用、(2)フルタイム、(3)直接雇用、といった特徴を持つだけでなく、職務、勤務地、労働時間(残業)が限定されていないという傾向が欧米に比べても顕著であり、「無限定社員」となっている。そのため、職務、勤務地、労働時間が特定されている正社員、つまり、「ジョブ型正社員」を増やすことが、正社員一人一人のワークライフバランスや能力を高め、多様な視点を持った労働者が貢献する経営(ダイバーシティ・マネジメント)を促進することとなり、労使双方にとって有益である。


 としている。また、

 多様で柔軟な働き方を進める観点から、労働時間法制について、企画業務型裁量労働制の弾力化やフレックスタイム制の見直しを進める他、時間外労働の補償の在り方(金銭補償から休日代替へ、労働時間貯蓄制度の整備)、管理監督者等の労働時間規制に関する適用除外制度と裁量労働制度との連続性・一貫性のある制度としての整理統合なども視野に入れて検討すべきである。

  としている。冒頭で述べたホワイトカラー・エグゼンプションはこれに含まれるものであり、それ以外にも、種々の策が今後打ち出される方針であることがわかる。
 たとえば、労働時間貯蓄制度は、労働者が労働時間を「口座」に貯蓄し、後日休暇等に利用できる制度で、ドイツではこの制度の導入で時短が進んでいるものだ。
 現状の硬直的な労働時間規制が、今の労働環境にマッチしていないことは明らかなので、労働強化の防止に留意しながら、柔軟に働ける仕組みをぜひつくってほしいと思う。

 ②の民間人材ビジネスの規制改革は、1つが労働者派遣の規制緩和であり、もう1つが有料職業紹介事業の見直しである。 派遣労働については、

 派遣法の根幹にある「常用代替防止(常用雇用に影響を与えることの防止)」という考え方に代わり「派遣労働の濫用防止」の明確化や均衡処遇の推進といった考え方を重視するべきである。


  としており、これまでのように派遣労働をネガティブにとらえるのではなく、ポジティブにとらえる方向への転換が見られ、規制内容も大胆な緩和が予想される。

 ③のセイフティネット・職業教育訓練の整備・強化は、

 「人が動く」ことを促進するためには、職業教育訓練や就業までのサポートとしてのセイフティネットの整備・強化が必要不可欠であり、第一・第二の柱とともに三位一体で推進すべき重要政策である。


 としている。ただし、①②と違って具体的な方策は検討されておらず、まずは①②が優先課題であるようだ。記者会見においても、大田議長代理がジョブ型正社員の多様化、有料職業紹介事業の2つをワーキング・グループとしては優先分野にしているとの発言をしている。
 
 これらはまだ提言の段階であり、具体的な法改正は、今後、労政審議会等の審議を経て実現することになる。労働側の反発も強いと考えられるが、今の情勢からすれば、基本的にこのような内容で進みそうである。今後の展開に注目したい。

(2013年8月19日)

 
 
 労働者の損害賠償責任 Column No.88

 社員が商品を配達する途中、不注意で商品を落とし、破損させてしまった‥‥。
 このように、労働者が仕事上のミスで会社に損害を与えた場合、労働者は損害を賠償する義務はあるのだろうか? 会社の立場からいえば、被った損害を社員に賠償させることはできるのだろうか?
 結論をいえば、賠償させることはできるが、全額の賠償は困難ということだ。以下、整理してみよう。

 労働者がミスにより会社に損害を与える場合とは、次の2つのケースが考えられる。
 1つは、労働者の行為が直接的に会社に損害を与えた場合である。上記の例などがまさにそうで、この場合は、労働契約上の債務不履行(民法416条)か、不法行為(民法709条)に基づいて、損害賠償責任が発生することがある。
 もう1つは、労働者の行為が、会社以外の第三者に損害を与えた場合である。たとえば営業車が交通事故を起こして、相手の車に傷をつけてしまったようなケースである。このとき、労働者の行為が職務上のものであり、かつ、民法709条の不法行為に該当する場合は、会社に使用者責任が生じ、被害を受けた第三者に損害賠償責任を負う(民法715条)。なお、会社は直接の加害者である労働者に求償権を持つことになる。

 このように、民法の原則では、労働者に損害賠償請求ができるわけだが、業務を遂行する中で発生した損害について、労働者のみに責任を追わせることは公平を欠いており、損害負担については、労使双方に公平な分担を求めるという考え方が妥当とされている。
 なぜなら、会社と労働者とでは経済力に差があるし、労働者を使用することで利益を得ている会社は、そこから生じるリスクも負担すべきだからである。

 このような考え方に基づき、損害賠償の減額の判断は、事業の性格・規模や、労働者の過失の程度、会社側の管理体制(先の事例でいえば、破損が起きないよう対策をとっていたか、従業員への指導教育が行き届いていたか、保険をかけていたかなど)、労働者の業務内容・地位・職責・労働条件などを総合的に考慮して行われることになる。
 判例をみてみると、労働者の負担割合は重過失があった場合でも半分程度で、単なる過失だと3分の1以下といったケースが多く、労働者にとって有利な判断が下されているようだ。
 もっとも、労働者の不正行為や違法行為が原因で会社に損害を与えている場合には、全額損害賠償が認められているものもある。まあ、当然といえば当然であるが。

 このように社員に損害賠償を求めることは法的に認められる。ただ、これを明確にするために会社側としては、下記のように就業規則等に明文化しておくことが望ましい。

 故意または重大な過失により会社に損害を与えた場合は、損害の一部または全部を賠償させることがある。
 
 このような規定を設けておくことで、いざというときに請求がしやすくなるのは間違いない。損害発生のパターンが、ある程度予測できたり、類型化したりすることができるのであれば、より具体的な例を示すとさらによいだろう。

 なお、労働者の損害賠償請求は、会社が現実に被った損害に基づくものであればOKだが、あらかじめ損害賠償額を定めておくことは禁止されている(労働基準法16条)。たとえば、「商品破損1個につき10万円を賠償しなければならない」などの定めはできないということである。

(2013年9月2日)
 
 
 
 労働者派遣法改正の行方 Column No.89

 8月20日、厚生労働省の有識者会議「今後の労働者派遣制度の在り方に関する研究会」から、労働者派遣法改正についての報告書が出された。この報告書を基に、すでに労政審議会で検討が始められており、来年にも改正法案が提出される見込みである。
 新聞等にも報じられたが、その内容は、派遣労働のあり方を大幅に変えるものである。ただ、今回の改正の主眼の1つに制度をわかりやすくするというのを揚げている割に、新聞記事を読んでも今ひとつピンと来ない。そこで今回は、その報告書から改正内容のポイントをまとめてみることにしよう。
 
 改正案を理解するための1番のポイントは、労働者派遣制度の組み立て方が変わったことである。つまり、これまでの派遣制度は、専門26業務(派遣期間制限なし)とそれ以外の一般業務(派遣期間最長3年)という区分で制度を組み立てていたが、改正案では、これを廃止し、無期契約の派遣労働者と有期契約の派遣労働者という区分による組み立て方となったのである。労働者が派遣元と無期契約を結ぶか有期契約を結ぶかで、規制内容が変わってくるということだ。

 どのように変わるかと言えば、無期契約の場合は、従来の専門・一般業務の区分にかかわらず、派遣期間の制限はなくなる
 一方、有期契約の場合は、
 
①26 業務か否かに関わらず、共通ルールとして労働者個人単位で同一の派遣先への派遣期間の上限を設定する
②①により個人単位で派遣期間を設定した場合には、派遣労働者を交代することで有期雇用派遣を続けることが可能となり、望ましくない派遣の利用が起こる可能性があるが、これに対しては、派遣先の労使がチェックするような仕組みを考える

 としている。ちなみに、①の期間の上限は3年を想定しているとのことだ。 ②は、労使間の話し合い次第で、派遣受け入れを継続する(ただし労働者は代わる)か派遣を打ち切るかを決めるということだ。
 ただし、これだけだと有期契約労働者の雇用の安定を図れないので、「派遣期間の上限に達した者への雇用安定措置」として、

派遣元は、同一の有期雇用派遣労働者が、派遣先の組織・業務単位における受入期間の上限に達する場合は、希望を聴取し、派遣先への直接雇用の申入れ、新たな派遣就業先の提供、派遣元での無期雇用化等のいずれかの措置を講じなければならないこととする。なお、派遣先への直接雇用の申入れが直接雇用に結びつかなかった場合は、派遣元は自ら実施することが可能な他の2 つの措置等を講じることとする
 
 ことを提案している。

 これらが実現すれば、確かに現行の制度よりはわかりやすくなる。そして、派遣先企業にとってはおおむね有利となるといえる。3年間という縛りが事実上なくなるし、これまでのように厳格に専門業務にとらわれずに融通の利く指示命令ができるようになるからである。
 ただ、労働者側は有利不利が大きく分かれる。一般業務の労働者は、無期契約であれば期間の制限なく働けるし、有期契約であっても、とりあえず3年間は仕事を確保できるというメリットがある。一方、専門業務で期間制限なく働いてきた人は、無期契約を得ない限り、3年ごとに職場の変更が求められることになり、大きな負担となるのは間違いない。
 また、派遣元企業も、新たな派遣先の提供や、無期雇用をしなければならないので、負担は確実に増える。中小や地方の派遣会社は対応が困難となる可能性は高い。
 厚生労働省は、無期雇用を増やすことで、派遣労働者の雇用を安定させる目論みのようだが、むしろ有期雇用の方が増える気がする。よほどの体力がないかぎりは、派遣労働者を無期契約で抱えることは難しいからだ。

 改正法案がどうまとまるかは、労政審議会の審議次第となるが、正社員の雇用が派遣にとって代わられる可能性の高い労働側からは強い反発が予想される。また、派遣会社も負担を減らすように求めるはずだ。制度改正の行方がどうなるかに注目したい。

(2013年9月9日)

 
 
 名ばかり管理職問題①~通達 Column No.90

 労働基準法第41条2項では、労働時間に関する規定の適用除外者として管理監督者を揚げているが、今回から3回に分けて、その範囲について考えてみることにする。いわゆる名ばかり管理職問題である。
 今回は、まずは行政が示す考え方を3つの通達でみてみよう。

 1つ目は、基本通達と呼ばれるものである(昭和22.9.13 発基17号/昭和63.3.14 基発150号)。
 
(1)原 則
 法に規定する労働時間、休憩、休日等の労働条件は、最低基準を定めたものであるから、この規制の枠を超えて労働させる場合には、法所定の割増賃金を支払うべきことは、すべての労働者に共通する基本原則であり、企業が人事管理上あるいは営業政策上の必要等から任命する職制上の役付者であればすべてが管理監督者として例外的取扱いが認められるものではないこと。
(2)適用除外の趣旨
 これらの職制上の役付者のうち、労働時間、休憩、休日等に関する規制の枠を超えて活動することが要請されざるを得ない、重要な職務と責任を有し、現実の勤務態様も、労働時間等の規制になじまないような立場にある者に限って管理監督者として法第41条による適用の除外が認められる趣旨であること。したがって、その範囲はその限りに、限定しなければならないものであること。
(3)実態に基づく判断
 一般に、企業においては、職務の内容と権限等に応じた地位(以下「職位」という。)と、経験、能力等に基づく格付(以下「資格」という。)とによって人事管理が行われている場合があるが、管理監督者の範囲を決めるにあたっては、かかる資格及び職位の名称にとらわれることなく、職務内容、責任と権限、勤務態様に着目する必要があること。
(4)待遇に対する留意
 管理監督者であるかの判定にあたっては、上記のほか、賃金等の待遇面についても無視し得ないものであること。この場合、定期給与である基本給、役付手当等において、その地位にふさわしい待遇がなされているか否か、ボーナス等の一時金の支給率、その算定基礎賃金等についても役付者以外の一般労働者に比し優遇措置が講じられているか否か等について留意する必要があること。なお、一般労働者に比べ優遇措置が講じられているからといって、実態のない役付者が管理監督者に含まれるものではないこと。
(5)スタッフ職の取扱い
法制定当時には、あまり見られなかったいわゆるスタッフ職が、本社の企画、調査等の部門に多く配置されており、これらスタッフの企業内における処遇の程度によっては、管理監督者と同様に取扱い、法の規制外においても、これらの者の地位からして特に労働者の保護に欠けるおそれがないと考えられ、かつ、法が監督者のほかに、管理者も含めていることに着目して、一定の範囲の者については、同法第41条第2号該当者に含めて取扱うことが妥当であると考えられること。

 なお、当初の通達(昭和22.9.13 発基17号)は、監督又は管理の地位に存る者とは、一般的には局長、部長、工場長等労働条件の決定、その他労務管理について経営者と一体的な立場に在る者の意であるが、名称にとらわれず出社退社等について厳格な制限を受けない者について実体的に判別すべきものであること」 だけであった。上記はこれを昭和63年の労基法改正時に整理しなおしたものである。当初にくらべて、待遇面やスタッフ職の観点が加わったことがポイントである。
 
 次に、昭和52年に出された金融機関における管理監督者の範囲の考え方である。これは、金融機関だけでなく、営業所などを多数擁するある程度の規模の企業にも参考になる。

都市銀行等の場合(昭和52.2.28 基発104号の2) 
一 取締役等役員を兼務する者
二 支店長、事務所長等事業場の長
三 本部の部長等で経営者に直属する組織の長
四 本部の課又はこれに準ずる組織の長
五 大規模の支店又は事務所の部、課等の組織の長で一~四の者と銀行内において同格以上に位置づけられている者
六 一~四と銀行内において同格以上に位置づけられている者であって、一~三の者及び五のうち一~三の者と同格以上の位置づけをされている者を補佐し、かつその職務の全部若しくは相当部分を代行若しくは代決する権限を有する者(次長、副部長等)
七 一~四と銀行内において同格以上に位置づけられている者であって、経営上の重要事項に関する企画立案等の業務を担当する者(スタッフ)
注1)四の本部の課は、部長―次長―課長という一般的な組織における課をいい、課という名称が用いられていてもこの基準の適用にあたって適切でない場合には、実態に即して判定するものとする。
注2)課制をとっていない場合等、この基準の適用する職位がないときは、各職位の権限、責任、資格等により判定するものとする。
 
都市銀行等以外の金融機関の場合(昭和52.2.28 基発105号)
 金融機関における資格、職位の名称は企業によってさまざまであるが、取締役、理事等役員を兼務する者のほか、おおむね、次に掲げる職位にある者は、一般的には管理監督者の範囲に含めて差し支えないものと考えられること。
(1)出先機関を統轄する中央機構(以下「本部」という。)の組織の長については、次に掲げる者
①経営者に直属する部等の組織の長(部長等)
②相当数の出先機関を統轄するため権限分配を必要として設けられた課又はこれに準ずる組織の長(課長等) ③①~②と同格以上に位置づけられている者であって、①の者を補佐して、通常当該組織の業務を総括し、かつ、①の者が事故ある場合には、その職務の全部又は相当部分を代行又は代決する権限を有する者(副部長、部次長等) 従って、②の者の下位に属する、例えば副課長、課長補佐、課長代理等の職位は除外されるものであること。
(2) 支店、事務所等出先機関における組織の長については、次に掲げる者
④支店、事務所等出先機関の長(支店長、事務所長等) ただし、法の適用単位と認められないような小規模出先機関の長は除外される。
⑤大規模の支店又は事務所における部、課等の組織の長で、上記①②④の者と企業内において同格以上に位置づけられている者(本店営業部又は母店等における部長、課長等) 従って、④の者を補佐する者で⑤以外の者(次長、支店長代理等)は原則として除外されるものであること。ただし、④の者に直属し、下位にある役付者(支店長代理、⑤に該当しない支店課長等)を指揮監督して、通常支店等の業務を総括し、かつ、その者が事故ある場合にはその職務の全部又は相当部分を代行又は代決する権限を有する者であって、①②④と同格以上に位置づけられているものは含めることができること(副支店長、支店次長等)
(3)①~④と企業内において同格以上に位置づけられている者であって、経営上の重要な事項に関する企画、立案、調査等の業務を担当する者(いわゆるスタッフ職)
注1)②の本部の課長等は、権限分配された職務を実質的に所掌する者であって、その地位にふさわしい処遇をうけているものでなければならない。従って、単なる人事処遇上の実質を伴わない課長等は除外するものである。
注2)支店次長等支店長の直近下位の職制管理者については、その職位にあるからといって、支店長等の職務の全部又は相当部分を代行又は代決する権限を有するものとして取扱うものではなく、その代行、代決の権限が明らかなものに限られる。従って、本来なら次長制を必要としないような規模の支店等に名目上の次長を置いたり、形式的に複数の次長を置く等、実質を伴わない補佐役は含まれないものである。

 
3つ目は、「多店舗展開する小売業、飲食業等の店舗における管理監督者の範囲の適正化について」(基発第0909001号平成20年9月9日)である。当時話題となったマクドナルドの店長の裁判を受けて出された通達である。この基準を基に、店長を管理監督者から外す外食・小売チェーンが相次いだ。 
 
1 「職務内容、責任と権限」についての判断要素
  店舗に所属する労働者に係る採用、解雇、人事考課及び労働時間の管理は、店舗における労務管理に関する重要な職務であることから、これらの「職務内容、責任と権限」については、次のように判断されるものであること。
(1) 採用
 店舗に所属するアルバイト・パート等の採用(人選のみを行う場合も含む。)に関する責任と権限が実質的にない場合には、管理監督者性を否定する重要な要素となる。
(2) 解雇
 店舗に所属するアルバイト・パート等の解雇に関する事項が職務内容に含まれておらず、実質的にもこれに関与しない場合には、管理監督者性を否定する重要な要素となる。
(3) 人事考課
 人事考課(昇給、昇格、賞与等を決定するため労働者の業務遂行能力、業務成績等を評価することをいう。以下同じ。)の制度がある企業において、その対象となっている部下の人事考課に関する事項が職務内容に含まれておらず、実質的にもこれに関与しない場合には、管理監督者性を否定する重要な要素となる。
(4) 労働時間の管理
 店舗における勤務割表の作成又は所定時間外労働の命令を行う責任と権限が実質的にない場合には、管理監督者性を否定する重要な要素となる。
2 「勤務態様」についての判断要素
 管理監督者は「現実の勤務態様も、労働時間の規制になじまないような立場にある者」であることから、「勤務態様」については、遅刻、早退等に関する取扱い、労働時間に関する裁量及び部下の勤務態様との相違により、次のように判断されるものであること。
(1) 遅刻、早退等に関する取扱い
 遅刻、早退等により減給の制裁、人事考課での負の評価など不利益な取扱いがされる場合には、管理監督者性を否定する重要な要素となる。 ただし、管理監督者であっても過重労働による健康障害防止や深夜業に対する割増賃金の支払の観点から労働時間の把握や管理が行われることから、これらの観点から労働時間の把握や管理を受けている場合については管理監督者性を否定する要素とはならない。
(2) 労働時間に関する裁量
 営業時間中は店舗に常駐しなければならない、あるいはアルバイト・パート等の人員が不足する場合にそれらの者の業務に自ら従事しなければならないなどにより長時間労働を余儀なくされている場合のように、実際には労働時間に関する裁量がほとんどないと認められる場合には、管理監督者性を否定する補強要素となる。
(3) 部下の勤務態様との相違
 管理監督者としての職務も行うが、会社から配布されたマニュアルに従った業務に従事しているなど労働時間の規制を受ける部下と同様の勤務態様が労働時間の大半を占めている場合には、管理監督者性を否定する補強要素となる。
3 「賃金等の待遇」についての判断要素
 管理監督者の判断に当たっては「一般労働者に比し優遇措置が講じられている」などの賃金等の待遇面に留意すべきものであるが、「賃金等の待遇」については、基本給、役職手当等の優遇措置、支払われた賃金の総額及び時間単価により、次のように判断されるものであること。
(1) 基本給、役職手当等の優遇措置 基本給、役職手当等の優遇措置が、実際の労働時間数を勘案した場合に、割増賃金の規定が適用除外となることを考慮すると十分でなく、当該労働者の保護に欠けるおそれがあると認められるときは、管理監督者性を否定する補強要素となる。
(2) 支払われた賃金の総額 一年間に支払われた賃金の総額が、勤続年数、業績、専門職種等の特別の事情がないにもかかわらず、他店舗を含めた当該企業の一般労働者の賃金総額と同程度以下である場合には、管理監督者性を否定する補強要素となる。
(3) 時間単価 実態として長時間労働を余儀なくされた結果、時間単価に換算した賃金額において、店舗に所属するアルバイト・パート等の賃金額に満たない場合には、管理監督者性を否定する重要な要素となる。 特に、当該時間単価に換算した賃金額が最低賃金額に満たない場合は、管理監督者性を否定する極めて重要な要素となる。

 基本通達の(3)(4)を具現化したもので、外食・小売チェーン以外にも参考になることが多い。

 次回は、これらの基準に基づいて、実際の裁判がどのような判断を下しているかを検討してみたい。

(2013年9月30日)

 
 
 名ばかり管理職問題②~判例 Column No.91

 今回は、名ばかり管理職についての裁判をみてみたい。代表的な判例を一覧にすると次のようになる。なお、判決欄の○は管理監督者性が認められたこと、×は否定されたことを意味する。

事件名
裁判所
年月日
役職
判決
静岡銀行事件
静岡地
1978.3.28
支店長代理
×
サンド事件
大阪地
1983.7.12
課長
×
ケー・アンド・エル事件
東京地
1984.5.29
ディレクター
×
レストラン「ビュッフェ」事件
大阪地
1986.7.30
店長
×
徳洲会事件
大阪地
1987.3.31
課長
日本プレジデントクラブ事件
東京地
1988.4.27
局次長
京都福田事件
大阪高
1989.2.21
主任
×
三栄珈琲事件
大阪地
1991.2.26
店主
×
彌榮自動車事件
京都地
1992.2.4
係長・係長補佐
×
国民金融公庫事件
東京地
1995.9.25
業務役
×
日本コンベンションサービス事件
大阪地
1996.12.25
不明(課・支店の責任者)
×
日本アイティーアイ事件
東京地
1997.7.28
主任
×
ほるぷ事件
東京地
1997.8.1
主任
×
関西事務センター事件
大阪地
1999.6.25
課長
×
ザ・スポーツコネクション事件
東京地
2000.8.7
課長
×
風月荘事件
大阪地
2001.3.26
店長
×
光安建設事件
大阪地
2001.7.19
現場監督
×
東建ジオテック事件
東京地
2002.3.28
係長他(※)
×
育英舎事件
札幌地
2002.4.18
課長
×
岡部製作所事件
東京地
2006.5.26
部長
×
姪浜タクシー事件
福岡地
2007.4.26
次長
日本マクドナルド事件
東京地
2008.1.28
店長
×
日本ファースト証券事件
大阪地
2008.2.8
支店長
エイテイズ事件
神戸地尼崎支
2008.3.27
課長
×
バズ(美容室副店長)事件
東京地
2008.4.22
副店長
×
ゲートウェイ21事件
東京地
2008.9.30
支社長
×
モリクロ事件
大阪地
2011.3.4
課長
×
エス・エー・ディー情報システムズ事件
東京地
2011.3.9
プロジェクトマネージャ
×
技術翻訳事件
東京地
2011.5.17
次長
×
(※) 係長、課長補佐、課長、次長、スタッフ職(課長待遇調査役、次長待遇調査役)

 
こうみると、管理監督者性を認められたのはごく一部であることがわかる。役職との関連でいえば、少なくともある程度の規模と独立性をもった部門のトップでなければ、管理監督者性は否定される可能性が高い。
 認められた4件のうち、姪浜タクシー事件は次長といっても社員のトップである。日本プレジデントクラブ事件は、局次長として幅広い範囲の事務掌握を委ねられていたことなどを理由にしている。課長で認められた徳洲会事件は、人事課長で、職員採用の採否や配置等の労務管理に関わっていたことを論拠の1つにしている。もっとも、これは課長の権限と言うよりは、人事課長の職能ともいえるもので、特殊なケースと考えられる。
 また、中小企業などでは、部門と言っても小規模で、経営者が現場に直接指揮命令を下すことも多く、賃金も高くはないので、部門トップであっても否定される可能性はある。以前、NHKの特集で、ある中小メーカーが製造部長を含む全員が管理監督者にあたらないと労基署から指導を受けた事例を紹介していた。役員以外は全員、労働時間規制の対象とされたのである。

 実際に裁判に持ち込まれれば、現状では、会社としては勝ち目は少ないとの認識が必要である。では、どのような点に留意し、対応しなければならないのだろうか?
 これを検討する材料として、第3回目では、裁判がどのような論拠を持って判断をくだしているかを具体的に見ていきたい。

(2013年10月7日)
 
 
  
 名ばかり管理職問題③~判例が示す根拠 Column No.92

 名ばかり管理職問題の第3回では、判例での具体的根拠を整理してみる。切り口として、1.権限・職務内容、2.待遇、3.労働時間の裁量、の3つに分類し、それぞれ、管理監督者性を否定する要素と肯定する要素を判例から抜き出してみよう。

1.権限・職務内容

 
●管理監督者性を否定
  
・部下の人事及びその考課の仕事には関与しておらず、銀行の機密事項に関与した機会は一度もなく、担保管理業務の具体的な内容について上司(部長・調査役・次長)の手足となって部下を指導・育成してきたに過ぎず、経営者と一体となって銀行経営を左右するような仕事には全く携わっていないこと(静岡銀行事件)

・大阪工場内の人事等にも関与したが、独自の決定権を有していたものではなく、上司を補佐し、上司から与えられた仕事をこなしていた域を出ないものであって、被告の重要事項についての決定権限はなかったこと(サンド事件)

・コピー部長の指揮監督を受けて、広告の視覚に訴える部面の製作に従事していたもので、その製作の過程において技術者を指揮監督することはあったものの、労務管理方針の決定に参画し、或いは労務管理上の指揮権限を有し、経営者と一体的な立場にあったとはいえないこと(ケー・アンド・エル事件)

・仕事の内容も、店長としての右のような職務にとどまらず、コックはもとよりウエイター、レジ係、掃除等の全般に及んでいること(レストラン「ビュッフェ」事件)

・パート従業員の労働条件(労働時間、賃金)を決定したが、これとてもあくまで被告が許容する範囲内でのことであり、被告と一体的立場にたって行ったとまではいえないこと。(中略)原告自らがBを補助者として、調理、レジ係、掃除等の役務に従事していたこと(三栄珈琲事件)
 
・業務役の地位は本来の管理職の系列には属さない補佐的な役割を有するにとどまり、原告の場合も、総務課長の権限の一部として検印業務等を行っていたものであるが、労務管理に関する具体的な権限としては、契約係職員に対する超過勤務命令につき、総務課長とともに支店長に対して具申する権限を有していたことは認められるものの、それ以上に被告の経営方針の決定や労務管理上の指揮権限につき経営者と一体的な立場にあったことを認めるに足りる事実は存在しないこと(国民金融公庫事件)

・それぞれの課や支店において、責任者としての地位にあったことは認められるものの、他の従業員と同様の業務に従事していること(日本コンベンションサービス事件)

・東京南支店のA課長、B課長及びC主任らのタイムカードの確認印はそれぞれ各人が押印しており、原告X1が勤怠管理を行っていたものではないこと、原告X1が売上集計や支店長不在時の会議の取りまとめ、支店長会議への出席あるいは朝礼時に支店長からの指示事項を伝えることはあっても、支店営業方針を決定する権限や、具体的な支店の販売計画等に関して独自にB課長及びA課長に対して指揮命令を行う権限をもっていたと認めるに足りる証拠はないこと(ほるぷ事件)

・課長に就任したことによって原告が従業員の労務管理等について何らかの権限を与えられたとの主張立証はないこと(関西事務センター事件)

・単に工事現場における従業員の配置を決めるだけではなく、これを超えて被告の従業員の採用及び従業員の考課、被告の労務管理方針の決定に参画し、または労務管理上の指揮権限を有し経営者と一体的な立場にあった、あるいは、被告の経営を左右するような立場にあったと認めるに足りる証拠はないこと(光安建設事件)

・この管理職会議は、支店において開かれるもので、回数も年に2回にすぎず、その実態も、基本的に会社経営側の支店運営方針を下達する場であったと認められるから、上記のような管理職会議の場で意見具申の機会を与えられていたことをもって、被告の経営方針に関する意思決定に直接的に関与していたと評価することはできないし、原告X3が出席していた幹部会議も、被告がその経営方針にかかわることがらを決定する場であったとは認めがたい。また、原告X4、同X5を除く原告ら5名が行っていた人事考課についても、係長として部下の評価について意見を述べ、あるいは課長補佐以上の職にある者として自ら部下の評価を行うことはあったが、当該人事考課には上位者による考課がさらに予定され、最終的には支店長の評点が被考課者の総合評価とされていたのであり、労務管理の一端を担っていたことは否定できないものの、経営者と一体的立場にあったことを示す事実とはいいがたいこと(東建ジオテック事件)

・第3営業課長として、その課に属する5教室の人事管理を含むその運営に関する管理業務全般の事務を担当していたものであるが、それらの業務全般を通じて、形式的にも実質的にも裁量的な権限は認められておらず、急場の穴埋のような臨時の異動を除いては何の決定権限も有してはいなかった。また、原告は、営業課長として、社長及び他の営業課長ら及び事務局とで構成するチーフミーティングに出席し、被告の営業に関する事項についての協議に参加する資格を有していたが、そのミーティング自体が、いわば社長の決定に当たっての諮問機関の域を出ないものであって、それへの参加が何らかの決定権限や経営への参画を示すものではないこと(育英舎事件)

・原告の被告への経営参画状況は極めて限定的であること、常時部下がいて当該部下の人事権なり管理権を掌握しているわけでもなく、人事労務の決定権を有せず、むしろ、量的にはともかく質的には原告の職務は原告が被告社内で養ってきた知識、経験及び人脈等を動員して一人でやり繰りする専門職的な色彩の強い業務であることが窺われること(岡部製作所事件)

・店長は、店舗の責任者として、アルバイト従業員の採用やその育成、従業員の勤務シフトの決定、販売促進活動の企画、実施等に関する権限を行使し、被告の営業方針や営業戦略に即した店舗運営を遂行すべき立場にあるから、店舗運営において重要な職責を負っていることは明らかであるものの、店長の職務,権限は店舗内の事項に限られるのであって、企業経営上の必要から、経営者との一体的な立場において、労働基準法の労働時間等の枠を超えて事業活動することを要請されてもやむを得ないものといえるような重要な職務と権限を付与されているとは認められない(日本マクドナルド事件)

・部門の統括的な立場にあり、部下に対する労務管理上の決定権等はあるが、それは小さなものにすぎないこと(ゲートウェイ21事件)

・原告は、従業員の労務管理の一部分(本件月間実績報告書の点検及び確認)を担当してはいるものの、従業員の出退勤の管理自体は、従業員自身の申告(メール送信)によって行われている。そして、前記検討のとおり、本件A社業務は、品質低下及び業務遅滞を軽減ないし解消しなければならない状況にあったこと、原告は、本件A社業務に途中から関与したこと、原告についても本件月間実績報告書が作成され管理されていたことを併せ考えると、原告が従業員の労務管理において広範な裁量権を有していたとは解し難く、被告の従業員の自己申告を取りまとめたもの(本件月間実績報告書)を形式的に点検・確認していたのが実情であったと解されること(エス・エー・ディー情報システムズ事件)

・品質管理部課長やクロム部部門の課長ではあるものの、同原告両名の上司としては、さらに、総括部長や製造部長・工場長が存在し、これら上司の指示を受ける立場にあったと認められること、経営会議への出席が可能だったとはいえ、部下に対する労務管理上の決定権等について一定の裁量権を有していたとは認められないこと、その他、部下に対する人事考課等の重要な職務と権限が付与されていたとも認められないこと(モリクロ事件)

●管理監督者性を肯定
 
・看護婦の採否の決定、配置等労務管理について経営者と一体的な立場にあること(徳洲会事件)

・経理のみならず人事、庶務全般に及び事務を管掌することを委ねたこと(日本プレジデントクラブ事件)

・原告は,営業部次長として,終業点呼や出庫点呼等を通じて,多数の乗務員を直接に指導・監督する立場にあったと認められる。また,乗務員の募集についても,面接に携わってその採否に重要な役割を果たしており、(中略)加えて,原告が被告の取締役や主要な従業員の出席する経営協議会のメンバーであったことや,B専務に代わり,被告の代表として会議等へ出席していたことなどの付随的な事情も認められること(姪浜タクシー事件)

・大阪支店の長として、30名以上の部下を統括する地位にあり、被告全体から見ても、事業経営上重要な上位の職責にあったこと、大阪支店の経営方針を定め、部下を指導監督する権限を有しており、中途採用者については実質的に採否を決する権限が与えられていたこと、人事考課を行い、係長以下の人事については原告の裁量で決することができ、社員の降格や昇格についても相当な影響力を有していたこと(日本ファースト証券事件)
  
 ポイントとしては、
  ① 管理者としての管理統括業務が多いか(=担当者レベルの業務が少ないか)
  ② 部下の人事労務管理について、広範囲かつ高レベルの決定権を有しているか
 ③ 経営レベルもしくは重要部門の経営方針に大きく関わるような権限があるか
 などである。
 
2.待遇

●管理監督者性を否定
 
 ・原告が従前得ていた収入を参考として決定されたもので、監督若しくは管理の地位にあることに対する特別な給与が支払われていたとは認められないこと(ケー・アンド・エル事件)

・役職手当が支給されたりあるいは休暇取得や勤務時間等について多少の優遇措置が採られるようになったことは認められるものの、これらのみでは、原告が右監督管理者に該当するとはいい難いこと(関西事務センター事件)

・原告が課長に昇進してからは、課長手当が支給されることになり、それまでの手当よりも月額で1万2,000円ほど手当が上がったため、月額支給額が上がり、賞与も多少増額となり、接待費及び交通費として年間30万円の支出が認められ、また、業績に応じて平成11年に1度だけとはいえ、課長報奨金として70万円が支給されるなど、給与面等での待遇が上がっていることは確かであるが、賞与の支給率も、他の事務職員や教室長と比べ、総じて高いとはいえ、原告に匹敵する一般従業員もいることからすると、それは、その役職にふさわしい高率のものであるともいえないこと(育英舎事件) ・時間外手当が支給されないことを十分に補うだけの待遇を受けていないこと(ゲートウェイ21事件)

・次長職の役職手当の額は、時間外手当の支給対象であった課長職の役職手当の額よりも僅かに6,000円多いだけであり、また現に、役職のない従業員の中には、時間外手当の支給を受けることにより原告より多額の給与を受けている者もいたこと(技術翻訳事件)


●管理監督者性を肯定
 

・実際の労働時間に応じた時間外手当等が支給されない代わりに、責任手当、特別調整手当が支給されていること(徳洲会事件)

・就業規則には、役職手当の受給者に対しては時間外労働手当を支給しない旨の規定があること(日本プレジデントクラブ事件)

・他の従業員に比べ,基本給及び役務給を含めて700万円余の高額の報酬を得ていたのであり,被告の従業員の中で最高額であったものであること(姪浜タクシー事件) ・月25万円の職責手当を受け、職階に応じた給与と併せると賃金は月82万円になり、その額は店長以下のそれより格段に高いことが認められること(日本ファースト証券事件)


 ポイントとしては、
 管理監督者として、一般の従業員と比べて、明らかに高額の賃金が支給されているか
 である。あくまで「管理監督者として」であるから、年功序列で高額となったような場合は、肯定要素とはならないと考えるべきだろう。

3.労働時間についての裁量
 
●管理監督者性を否定
 

・毎朝出勤すると出勤簿に押印し、30分超過の遅刻・早退3回で欠勤1日、30分以内の遅刻・早退5回で1日の欠勤扱いを受け、欠勤遅刻・早退をするには、事前或いは事後に書面をもって上司に届出なければならず、正当な事由のない遅刻・早退については、人事考課に反映され場合によっては懲戒処分の対象ともされる等、通常の就業時間に拘束されて出退勤の自由がなく、自らの労働時間を自分の意のままに行いうる状態など全く存しないこと(静岡銀行事件)

・課長昇進後も、引続き労働組合員であったこと及びタイムカードの打刻を続けたこと(サンド事件)

・出退勤については、タイムカードが使用され、遅刻や休日出勤についてタイムカード上明確にされており、上司からも遅刻について注意をされたことがあるなど、原告に対し勤務時間についての管理が行われていたと認められること、休日に勤務した場合には代替の休日が与えられることが約されたこと(ケー・アンド・エル事件)

・店舗の営業時間である午前11時から午後10時までは完全に拘束されていて出退勤の自由はなく、むしろ、タイムレコーダーにより出退勤の時間を管理されていること(レストラン「ビュッフェ」事件)

・出社・退社の勤務時間等は、一般従業員と比較してこれよりも厳格な制限を受けていなかったとはいえず一般従業員と全く変わらなかったこと(京都福田事件) ・「A店」を欠勤、早退、私用による外出する際には必ず被告に連絡しており無断で店を閉める権限は与えられていなかったこと(三栄珈琲事件)

・タイムカードにより厳格な勤怠管理を受けており、自己の勤務時間について自由裁量を有していなかったこと(ほるぷ事件)

・タイムカードの打刻や原告の分をも含む日間面着表の提出が義務づけられ、ある時期まで残業手当も支給されており、日常の就労状況も査定対象とされ、出退勤や勤務時間が自由裁量であったとも認めらないこと(風月荘事件)

・原告は、その勤務形態として、本部に詰めるか、あるいはまた、いつどの教室で執務をするかしないかについては、毎週本部で開かれるチーフミーティングに出席する場合を除いてその裁量に委ねられていたけれども、それは、市内に点在する5教室の管理を任されている関係上、いつどこの教室を回って、どのようにその管理業務を行うかについての裁量があるというに過ぎず、本部及び各教室における出退勤についてはタイムカードへの記録が求められていて、その勤怠管理自体は他の従業員と同様にきちんと行われており、各教室の状況について社長に日報で報告することが例とされているというその業務態様に照らしても、事業場に出勤をするかどうかの自由が認められていたなどということはないし、現に原告は、公休日を除いて毎日事業場には出勤をしていたこと(育英舎事件)

・店長として固有の業務を遂行するだけで相応の時間を要するうえ、店舗の各営業時間帯には必ずシフトマネージャーを置かなければならないという被告の勤務態勢上の必要性から,自らシフトマネージャーとして勤務することなどにより、法定労働時間を超える長時間の時間外労働を余儀なくされるのであるから、かかる勤務実態からすると、労働時間に関する自由裁量性があったとは認められない(日本マクドナルド事件)

・出退勤についての自由も大きなものではないこと(ゲートウェイ21事件)

・原告は出退勤時にタイムカードを打刻するものとされ、遅刻に対しては減給処理がされていたものであるし、原告が休日出勤をした際には、休日労働時間を基準に算定した休日手当が支給されていたこと(技術翻訳事件)

・タイムカードを打刻しており、就業時間が管理されていたと認められること(モリクロ事件)


●管理監督者性を肯定
 

・出勤、退勤時にそれぞれタイムカードに刻時すべき義務を負っているものの、それは精々拘束時間の長さを示すだけにとどまり、その間の実際の労働時間は原告の自由裁量に任せられていたこと(徳洲会事件)

・出退勤時間についても,多忙なために自由になる時間は少なかったと認められるものの,唯一の上司というべきB専務から何らの指示を受けておらず,会社への連絡だけで出先から帰宅することができる状況にあったなど,特段の制限を受けていたとは認められないこと(姪浜タクシー事件)

・部下の労務管理を行う一方、原告の出欠勤の有無や労働時間は報告や管理の対象外であったこと(日本ファースト証券事件)

 ポイントとしては、
 ① タイムカード等による出退勤の管理があるか
 ② 遅刻・早退等により、賃金減額となったり、懲罰を受けたりしていないか
 ③ 実質的に一般社員と同様の拘束を受けていないか
 などである。ただ、①については、前々回の当コラムで示した「多店舗展開する小売業、飲食業等の店舗における管理監督者の範囲の適正化について」にも触れられているとおり、過重労働による健康障害防止や深夜業に対する割増賃金の支払の観点から労働時間の把握や管理を行うのであれば問題はない。

 これらを見る限り、前回指摘したように、部門のトップマネジメント層でなければ、管理監督者性が認められる可能性は低いといえる。 観点を変えれば、課長クラスであっても、大きな権限を与えることや、賃金差を明確化すること、労働時間の裁量性を高めることで、管理監督者性を高めることができる。
 こういったことに少しずつでも配慮をし、改善していく姿勢を示すことで、管理者の理解や納得も得られ、提訴リスクの低減ができるはずである。

(2013年10月14日)

 
 
 パワハラ対応の資料 Column No.93

 パワーハラスメントは、最近の労務管理の中でも重要な問題となっている。平成24年度個別労働紛争解決制度施行状況によると、「いじめ・嫌がらせ」の相談は増加傾向にあり、件数では「解雇」を上回りトップとなった。
 パワハラは、本人に加害者意識がなかったり、被害者もパワハラを受ける何らかの要因を抱えていたりして、その解決は予想以上に困難になることが多い。場当たり的な対応をすると、問題がこじれ、事態をさらに悪化させてしまうこともある。
 企業としてはルールに則った対応が求められ、そのためにはきちんとした仕組みを設けておくことが重要である。そこで今回は、パワハラ対応の仕組みづくりに有効な資料を2つ紹介したい。いずれも公的機関が作成したもので、ネットで簡単に入手できる。

 1つは厚生労働省の委託により21世紀職業財団が作成した「職場のパワーハラスメント対策ハンドブック」(以下、「ハンドブック」)である。
  「ハンドブック」では、パワハラの統計データや予防・解決策の基本をビジュアルにわかりやすくまとめるとともに、企業の具体的な取組事例を紹介している。冊子の半分以上はこの事例紹介に費やしており、これがメインコンテンツといえるだろう。事例は17社あり、業種や規模も多様で、内容も参考になるものが多い。また、パワハラに関する諸規程の例も示しており、中小企業などでは役に立つだろう。
 ただ、全体に説明が少なく、体系的に取り組むためのテキストやマニュアルとしてはやや物足りない感がある。

 その点、神奈川県が作成した「中小企業のためのパワハラ対策マニュアル」(以下、「マニュアル」)は、体系的に整理されていて、文字通りマニュアルとしての利用価値がある。文章が多く、ビジュアル性では劣るものの、制度づくりや実際に起きた場合の対処の仕方は、こちらの方がより具体的に説明している。タイトルには中小企業とあるが、大企業でも十分に利用可能と思う。
 内容は、
 第1章【入門編】職場のパワーハラスメントとは
 第2章【予防対策編】どのように予防するか
 第3章【問題解決編】相談や苦情への対応
 第4章【ケース別対応編】事例と対策
 という構成になっており、全部で80ページとボリュームがある。市販の書籍と比べてもそん色はなく、正直、このレベルのものがタダで手に入るのはありがたい。神奈川県民でもないのに申し訳ない気がする。
 中でも第3章は、相談対応の仕方について、具体的な解決手法として通知、調整、調停、調査の4つの留意点が挙げられていて参考になる。パワハラ対応の整備を検討している人事部等の担当者や、実際に窓口となっている人、これからなる人などは、基本を押さえる意味で目を通しておくとよいだろう。
 強いて難をいえば、予防策については教科書的な説明となっている点で、具体的なアイデアや実例は、「ハンドブック」の方が優れている。
 パワハラ対策を整備するにあたって、制度づくりや対応の仕方の基本を「マニュアル」で理解したうえで、対応策や予防策を立案する際の参考として「ハンドブック」を活用するというのがよいのではないだろうか。

(2013年10月21日)

 
 
 社内監視カメラの法的問題 Column No.94

 社員の不正行為や怠業を防止するために、社内に監視カメラを設置する企業がある。業種によっては、機密保持などのリスク管理のためにやむを得ないものもあるだろうが、社員の立場からすると、気持ちのよいものではないだろう。今回は、監視カメラ設置についての法的問題を整理してみよう。

 まず、監視カメラを規制する法律はなく、不適切な場所への設置などを除けば、カメラの設置自体は違法とはならない。 ただし、設置にあたっては次の2点に留意する必要がある。

 1つは、労働者のプライバシーへの配慮だ。
 プライバシーとは、私生活をみだりに公開されないという法的保障ないし権利だが、仕事中であっても、会社は全人格的に労働者を支配しているわけではないので、一定のプライバシーは尊重されるべきものである。
 監視カメラの設置は、たとえリスク管理が目的とはいえ、その手段・態様によっては、労働者に不安を抱かせ精神的な苦痛を生じさせるなど、人格や尊厳を傷つけるおそれがある。
 使用者による労働者のプライバシーの侵害行為は、民法709条の不法行為に当たり、損害賠償責任を発生させるという見解が一般的である。
 また、使用者は労働契約上の付随義務として労働者のプライバシーを保護する義務を負っているとして、会社には民法415条の債務不履行による損害賠償責任が生じるとする考え方もある。
 以上から、監視カメラ設置の目的、態様、使途などを総合考慮し、社会通念を逸脱している場合には、監視カメラによるモニタリングは労働者のプライバシーを侵害するものとして、不法行為や債務不履行に該当すると判断される可能性がある。

  もう1つは、個人情報保護法の観点だ。
 個人情報保護法に基づいて厚生労働省が作成した「雇用管理分野における個人情報保護に関するガイドライン」では、「ビデオ等に記録された映像・音声情報のうち特定の労働者等が識別できるもの」は「雇用管理に関する個人情報」に該当するとしている。
 また、同ガイドラインは、雇用管理情報の利用目的に関する義務や、雇用管理情報の取得に関する義務、個人データの管理に関する義務、個人データの第三者提供に関する義務等を定めている。
 具体的には、企業が個人情報取扱事業者(顧客情報、従業員情報など5,000人分を超える個人情報を事業活動に利用している事業者)に該当する場合、取得する情報の利用目的を特定し、公表あるいは通知する必要があるし、個人データの漏えい等の防止その他の個人データの安全管理のために必要かつ適切な措置を講じなければならない。また、取得した個人情報を、本人の同意を得ることなく目的外に利用したり第三者に提供したりすることも禁じている。
 なお、個人情報保護法制定以前に、「労働者の個人情報保護に関する行動指針」(平成12年2月)というのがあり、その中の「個人情報の処理に関する原則」に次の事項があった。
 
(4) 使用者は、職場において、労働者に関しビデオカメラ、コンピュータ等によりモニタリング(以下「ビデオ等によるモニタリング」という。)を行う場合には、労働者に対し、実施理由、実施時間帯、収集される情報内容等を事前に通知するとともに、個人情報の保護に関する権利を侵害しないよう配慮するものとする。ただし、次に掲げる場合にはこの限りでない。
(イ)  法令に定めがある場合
(ロ)  犯罪その他の重要な不正行為があるとするに足りる相当の理由があると認められる場合
(5)  職場において、労働者に対して常時ビデオ等によるモニタリングを行うことは、労働者の健康及び安全の確保又は業務上の財産の保全に必要な場合に限り認められるものとする。

 この指針自体は「雇用管理分野における個人情報保護に関するガイドライン」(平成24年告示)に統合され、条文もなくなっているが、趣旨は生きていると考えられるため、参考とすべきであろう。

 現に監視カメラを設置している企業の多くは、明らかに違法とはいえないまでも、プライバシー保護の観点や個人情報保護法の観点から問題を指摘できる可能性があるだろう。
 いずれにしろ、社員の立場からすれば気持ちのよいものではないし、落ち着いて仕事ができないために業務遂行上、悪影響が出るおそれもある。
 設置の適否、目的、場所、台数、その他のルール(閲覧者、実施時間、使途、管理の仕方、保存の仕方・期間)などを、上記の事柄を踏まえて労使間で話し合うことが大切と思われる。

(2013年10月28日)

 
 
 戦略特区における雇用改革 Column No.95

 10月18日、規制改革会議による「国家戦略特区における規制改革事項等の検討方針(案)」が発表された。
 そこでは、「成長の起爆剤となる世界で一番ビジネスがしやすい環境を創出するため、国家戦略特区の具体化を進める」として、医療、雇用、教育、都市再生・まちづくり、農業、歴史的建築物の活用の各分野の方策を示している。
 雇用分野では、「特区内で、新規開業直後の企業及びグローバル企業等が、優秀な人材を確保し、従業員が意欲と能力を発揮できるよう、以下の規制改革を認めるとともに、臨時国会に提出する特区関連法案の中に必要な規定を盛り込む」として、(1)雇用条件の明確化(2)有期雇用の特例の2つを揚げている。
 それぞれ中身をみてみよう。

(1) 雇用条件の明確化
・ 新規開業直後の企業及びグローバル企業等が、我が国の雇用ルールを的確に理解し、予見可能性を高めることにより、紛争を生じることなく事業展開することが容易となるよう、「雇用労働相談センター(仮称)」を設置する。
・ また、裁判例の分析・類型化による「雇用ガイドライン」を活用し、個別労働関係紛争の未然防止、予見可能性の向上を図る。
・ 本センターは、特区毎に設置する統合推進本部の下に置くものとし、本センターでは、新規開業直後の企業及びグローバル企業の投資判断等に資するため、企業からの要請に応じ、雇用管理や労働契約事項が上記ガイドラインに沿っているかどうかなど、具体的事例に即した相談、助言サービスを事前段階から実施する。

 「雇用労働相談センター」を設置するのはよいが、既存の労働局や労基署との違いを打ち出すことが課題となるだろう。単にベンチャーや外資企業に特化した出張所となる可能性がある。
 「雇用ガイドライン」は、会議のメンバーが想定している雇用の流動化を促すような内容の実現は、正直なところ難しいのではないかと思う。なぜなら、厚生労働省が特区の中にだけ特別な雇用条件を認めるとは考えにくいからだ。裁判例を分析・類型化したものであれば、特区に限らず日本国中どこでも使えるものにするはずだ。実現するとすれば、当たり障りのない内容になると思う。それとも、企業側に有利な判例を集めてルールをつくり、特区の中だけはそれを適用させたりするのだろうか。

(2)有期雇用の特例
・ 例えば、これからオリンピックまでのプロジェクトを実施する企業が、7年間限定で更新する代わりに無期転換権を発生させることなく高い待遇を提示し優秀な人材を集めることは、現行制度上はできない。
・ したがって、新規開業直後の企業やグローバル企業をはじめとする企業等の中で重要かつ時限的な事業に従事している有期労働者であって、「高度な専門的知識等を有している者」で「比較的高収入を得ている者」などを対象に、無期転換申込権発生までの期間の在り方、その際に労働契約が適切に行われるための必要な措置等について、全国規模の規制改革として労働政策審議会において早急に検討を行い、その結果を踏まえ、平成26年通常国会に所要の法案を提出する。

 少し説明を加えると、現状の労働契約法では、有期労働契約の更新を繰り返して5年超となるときには、労働者の希望により無期契約に転換しなければならないとの規定があるため、オリンピックに備えて今から契約をしたとすると、2018年に5年目を迎えるので、ここで無期契約に転換となれば、2020年オリンピック終了後も雇用義務が生じるということだ。
 ちなみに労働基準法14条では、「一定の事業の完了に必要な期間を定める」のであれば法定の上限(原則3年)を超えても構わないことを定めているので、業務によっては7年契約とすることも可能だろうが、このような長期契約は労使双方にリスクが高いので現実的ではないだろう。
 (1)に比べれば、対象労働者も限られ、合理性も高い。ということで、こちらの案の実現可能性は高いだろう。
 そもそも、民主党政権時に改正されたこの労働契約法の規定ついて、現政権は否定的な感情を抱いていると思う。できれば再改正して元に戻したいというのが本音ではないだろうか。まあ、改正したばかりの法律をすぐに廃止しては、厚生労働省の立場がないので、まずは特区で変えてみるというところではと思う。

 いずれにしろ、示された内容は「これまでとは次元の違う特区」を謳うにしては、かなり小ぢんまりとしたものになった。雇用分野における岩盤規制の強固さを改めて認識させるものともいえる。

(2013年11 月4日)
 
 
 
 改正高年齢者法の実施状況 Column No.96

 10月末、厚生労働省から「平成25年高年齢者の雇用状況」(6月1日現在)が発表された。 今年4月に、事実上65歳までの雇用を義務づける改正高年齢者雇用安定法が施行された後、どのような状況になったか、興味深いところをチェックしてみたい。

●高年齢者雇用確保措置の実施状況
 高年齢者雇用確保措置(以下「雇用確保措置」という。)の実施済企業の割合は92.3%となっている。
 制度改正前の実施済企業の割合と比較すると5.0 ポイントの減少となっており、減少したのは、法改正に未対応ということであろう。
 企業規模別に見ると、大企業では95.6%(3.8 ポイント減少)、中小企業では91.9%(5.1 ポイント減少)で、中小企業の対応が遅れ気味であることがわかる。

●雇用確保措置の内訳
 
雇用確保措置の実施済企業のうち、
「定年の廃止」により雇用確保措置を講じている企業は2.8%(0.1 ポイント増加)、
「定年の引上げ」により雇用確保措置を講じている企業は16.0%(1.3 ポイント増加)、
「継続雇用制度の導入」により雇用確保措置を講じている企業は81.2%(1.3 ポイント減少)
 となっている。
 依然として、継続雇用制度による雇用確保が圧倒的に多いが、わずかだが、定年の引上げも増えている。将来の65歳定年制を見据えての対応ということになるだろう。

●継続雇用制度の内訳
 
「継続雇用制度の導入」により雇用確保措置を講じている企業のうち、
希望者全員を対象とする65 歳以上の継続雇用制度を導入している企業は65.5%(22.7 ポイント増加)
改正高年齢者法の経過措置に基づく継続雇用制度の対象者を限定する基準がある継続雇用制度を導入している企業(経過措置適用企業)は34.5%(22.7 ポイント減少)
 となっている。
 ②の経過措置の利用は8割を超えるのではないかと予想していたが、意外な結果である。ただ、大企業では、半分以上(52.6%)が経過措置を導入しており、規模が大きくなるにつれて、導入割合は高まるものと思われる。

●希望者全員が65 歳以上まで働ける企業の状況
 希望者全員が65 歳以上まで働ける企業の割合は66.5%(同17.7 ポイント増加)となっている。
 企業規模別に見ると、
中小企業では68.5%(16.8 ポイント増加)、
大企業では48.9%(24.6 ポイント増加)、
 となっており、制度改正により大幅な増加が見られ、特に大企業は倍増している。法改正のインパクトの強さがうかがえる。

●70 歳以上まで働ける企業の状況
 
70 歳以上まで働ける企業の割合は18.2%(0.1 ポイント減少。企業総数の増加により減少)となっている。
 企業規模別に見ると、
中小企業では24,365 社(同313 社増加)、19.0%(同0.1 ポイント減少)、
大企業では1,628 社(同5社増加)、11.0%(同0.1 ポイント減少)、
 となっている 。
 およそ5社に1社ということで、決して例外的ではなくなっており、結構な割合であることを再認識する。現状では、50歳あるいは55歳時点で定年を意識させるような仕組みを設ける会社も多いが、あらためて考え直さなければならない段階に入ってきたといえるだろう。

(2013年11 月11日)

 
 
 配転命令の有効性 Column No.97

 配置転換とは、職務内容の変更や勤務地の変更のことである。このうち、住居の変更を伴う勤務地の変更を転勤という。転勤命令の可否については№35で整理したが、今回あらためて配転命令の有効性を検討してみたい。論点となるのは、1.配転命令の必要要件、2.権利の濫用による無効、の2つである。

1.配転命令の必要要件

  会社は次の2つの要件を満たす場合に、労働者の個別の同意なく配置転換を命じることができる。

① 労働協約や就業規則に配転がありうる旨の定めが存在し、実際に配転が行われていること
② 採用時に勤務場所や職種を限定する合意がなされていないこと

  ①については、労働協約や就業規則に「必要に応じ、職種、職務、勤務場所の変更を命じることができる」といった規定があるかどうかである。これがなければ、配転命令の根拠がないことになり、命令に従わせるのは難しくなる。ただ、絶対にできないということではなく、配転の必要性やこれまでの慣行などから、認められる場合もあると考えられる。
  実際には、就業規則が存在すれば、上記規定の定めがあるはずなので、問題が生じるケースはほとんどないと思われる。
 ②については、たとえば、本社勤務限定とか営業職限定で採用されたなら、同意のない配転命令は無効ということだ。ただ、一般に勤務地はともかく、職種限定を明示して雇用契約を結ぶということはあまりないので、そのような場合に命令が有効かどうかは議論となる。
  判例では、特殊な技術・技能・資格を有する者には、職種の限定が認めるケースが多い。たとえば、病院の検査技師、看護師、大学教員などは、職種限定の合意があったという判断を下している。単に「営業職」といった採用で、特殊な技術等を必要としないのであれば、職種転換は認められる可能性は高いといえる。

2.権利の濫用による無効
 また、配転命令が認められる場合であっても、

① 配転命令に業務上の必要性がない場合
② 配転命令が不当な動機・目的に基づく場合
③ 労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を及ぼす場合

 には、配転命令は権利の濫用として無効となる。
 ①について、判例では、余人をもって換えがたいといった高度のものではなく、労働力の適正配置、業務の能率増進、労働者の能力開発、勤務意欲の高揚、業務運営の円滑化など、企業運営の合理性に寄与するものであれば、必要性は認められるとしている。
 ②は、具体的な例としては、「退職に追い込むため」や「会社に批判的な社員を排除するため」等があげられる。組合活動の妨害のために配転させるなど、不当労働行為に該当する場合もこれに含まれるだろう。
  ③は、配転により育児・介護ができなくなる等の限定的なケースである。単に通勤時間が増えるとか単身赴任が必要となるなどは、著しい不利益とはいえないと解されている。
 このように①~③は、どちらかといえば、企業側に人事権としての裁量が広く認められているという判断である。

 ただ、2つのポイントをクリアしているとしても、労働契約法第3条に「労働契約は、労働者および使用者が仕事と生活の調和に配慮しつつ締結し、または変更すべきものとする」と規定されたことや、近年のワークライフバランスの要請、さらにはモチベーションの観点からも、労働者の意向を全く無視したような配転は基本的に避けるべきといえる。

(2013年11 月18日)
 
 
 
 メンタルヘルス欠勤を繰り返す社員への対応 Column No.98

 近年、うつ病などのメンタルヘルス不調により欠勤を繰り返す社員が増えている。
 メンタルヘルス欠勤の特徴は、3日来ては2日休むというように欠勤が断続的になること、出欠勤が当日にならないと不明なこと、そういった勤務状態が長期にわたることだ。さらに、出勤したとしても判断力や行動力など万全とは言い難く、業務遂行能力のレベルは著しく低下している。
 仕事というのは他の社員との協業により成り立つものなので、そのような社員がいることへの職場の影響は小さくない。中途半端に勤務してもらうよりも、きちんと休んでほしいというのが本当のところだろう。
 今回は、会社として当該社員に休職してもらうことができるかを考えてみよう。

 通常、企業では就業規則に休職の規定を設けており、休職命令の要件として、①私傷病による欠勤が○ヶ月連続したとき、となっているものが多い。○の部分は「3」が一般的ではないだろうか。これに加えて、②その他会社が必要と認めるとき、といった趣旨の要件もよく見られる。
 メンタルヘルス不調の場合は、連続して欠勤するというわけではないので、単純に①を当てはめると休職させるのは難しいということになる。では、②を適用することはできるだろうか。
 結論を言えば。次の3点から適用は可能と考えられる。

1.労働契約の視点
 労働契約とは、「労働者が使用者の指揮命令に従って労務を提供すること、使用者がその報酬として賃金を支払うこと」である。
 断続的な欠勤の状況にもよるが、冒頭の例が半年以上も続くようであれば、債務の本旨に従った労働の提供がなされているとはいえないだろう。したがって、労働の提供がなされうる状態まで、社員に休業を命じることには合理性があると考えられる。

2.業務運営の視点
 
繰り返すが、会社というのは労働者が役割分担をしながら所定の成果をあげていく活動なので、出社するかどうかがその日にならないとわからない状況では、仕事配分や進行に問題が生じるのは明らかである。職場の円滑な業務運営に支障をきたさないよう休業を命じるのは、これも合理性があると考えられる。

3.安全配慮義務の視点
 
以上の2つだけでも、休職命令は可能と考えられるが、もう一つ確認をしておきたいのが社員の健康への配慮である。
 使用者には、安全配慮義務があり、たとえ社員が自らの意思で働いているにしても、健康不安を抱えていることが明らかな中で労働をさせ、病状が悪化したり、労災を発生させたりすれば、責任を問われることもありうるからだ。
 これに関しては次の判例もある。

 労働者の生命、健康が損なわれることのないよう安全を確保するための措置を講ずべき雇用契約に付随する義務(安全配慮義務)を負っており、したがって、労働者が現に健康を害し、そのため当該業務にそのまま従事するときには、健康を保持する上で問題があり、もしくは健康を悪化させるおそれがあると認められるときは、速やかに労働者を当該業務から離脱させて休養させるか、他の業務に配転させるなどの措置を執る契約上の義務を負うものというべきであり、それは、労働者からの申し出の有無に関係なく、使用者に課せられる性質のものと解する(「石川島興業事件」神戸地姫路支1995.7.31) 。
 
  具体的に確認しておきたいのは医師の診断で、たとえば3ヶ月の休養・加療を要す等の診断書があれば、休職命令を出す際の重要な根拠となるはずである。
 
 これら3点から、②の条項の適用は十分に可能と考えられる。
 もし、②のような規定はなく①だけの場合であっても、休職規定の趣旨からして休職命令を出すことの合理性は高いと思われる。ただ、休職の必要性の程度は、②の規定がある場合よりも、より高いレベルが求められることになるだろうし、就業規則に明確な根拠のない命令は出しにくいのは確かだ。
 そのようなことにならないためにも、休職に関して就業規則の定めを整備しておくことがまずは肝要である。 そして、この際、メンタルヘルス不調による断続欠勤に、より適した規定を検討するのが大切だろう。どのような規定が考えられるか、次の機会に検討してみたい。

(2013年12月2日)
 
 
  
 メンタルヘルス欠勤に対する規定整備 Column No.99

 就業規則の休職に関する定めは、「私傷病による欠勤が○ヶ月連続した場合」となっているものが現状では多く、メンタルヘルス不調などによる断続欠勤への対応が難しいことを前回述べた。今回は、どのような規定を設ければよいかを整理してみる。
 まずは、休職基準として、上記に加えて次のような規定を設けることが考えられる。

 「1年間において通算○日以上、継続または断続的に欠勤した場合」
 「欠勤日数が月間○日以上に及ぶ月が数カ月断続し、通常の勤務に耐えられないと会社が認めた場合」 

 ただ、これらは日数が明確なだけに、基準に達しないよう無理をして出社しようとする社員が出てくる可能性がある。そこで、

 「第〇号の欠勤に準ずるような断続的な欠勤を繰り返すなど、正常な勤務が期待できない場合」
 「前各号に準ずる程度の断続的な欠勤状態にあると会社が認めた場合」

 といった規定を設けることで、そのような社員にも対応は可能となる。

 中小企業などでは、日数を明確に定めるよりは、もっと抽象的な表現をした方が柔軟に対応できて適切なケースもある。そのような場合は、

 「心身の状況により、勤務が不適当と認められる場合」
 「精神又は身体上の疾患により労務提供が不完全な場合」
 「精神の疾患により職務に耐えられない場合」

 といった規定も考えられる。基準としてあいまいになるため、恣意的な運用となり、トラブル発生のリスクは高まるが、何も規定しないよりはいいだろう。
 もう1つ、規定で考えておきたいのは、復職後の「休職期間の通算」についてだ。
 よくあるのは、 「復職後3ヶ月以内に同一ないし類似の疾病による欠勤が連続6勤務日以上に及んだ場合は、休職期間は中断されず、出勤期間を除いて前後を通算する」というものである。
 これだと、復職後3ヶ月間は連続欠勤を5日以内に抑え、休職期間をリセットさせようとする社員が出てくる。これを防ぐためには、次のような規定への変更が必要となる。

 「・・・欠勤が連続6勤務日以上に及んだ場合、または断続的な欠勤が〇日以上となった場合は、・・・」

 また、メンタルヘルスは回復まで時間がかかるので、復職後3ヶ月間を復職後6ヶ月間などとすることも検討材料といえる。

 ところで、このような規定に変更すると、不利益変更に該当するのではないかという懸念がある。
 結論をいえば、確かに不利益変更には違いないが、上記レベルの規定変更であればメンタルヘルス不調者への対応として許容されると考えられる。
 判例を見ても、「休職期間の通算」を復職後3ヶ月間から6ヶ月間に延長し、さらに、同一ないし類似の事由による欠勤の場合は、何年経過しても欠勤日数が通算されるという内容を追加した規定変更の有効性が争われた事件で、

 労働者にとって不利益な変更であることは否定できない。そこで、その必要性及び合理性について検討するに、近時いわゆるメンタルヘルス等により欠勤する者が急増し、これらは通常の怪我や疾病と異なり、一旦症状が回復しても再発することが多いことは被告の主張するとおりであり、現実にもこれらにより傷病欠勤を繰り返す者が出ていることも認められるから、このような事態に対応する規定を設ける必要があったことは否定できない。(中略)過半数組合である野村総合研究所従業員組合の意見を聴取し、異議がないという意見を得ていることも認められる(「野村総合研究所事件」東京地2008.12.19)。

 としている。組合・労働者への意見聴取や賛意も要件としているものの、メンタルヘルス不調に対応するための変更は合理的な内容であれば認められると考えてよいだろう。

 メンタル不調者への対応は、非常にデリケートなものが求められ、現場はもちろん人事部門にも大きな負荷がかかる。その負荷を少しでも減らせるよう、このような規定整備をしておくことの必要性は高いといえる。

(2013年12月9日)

 
 
 規制改革会議の労働時間見直し案 Column No.100

 当コラムでは、労働法制の規制緩和の動きについて折をみて確認してきたが、12月に入り、これに関する提言が立て続けに発表された。

 
●5日 「労働時間規制の見直しに関する意見」/規制改革会議の雇用WG
●10日 労働時間規制の見直しなど議論/産業競争力会議の分科会
●12日 労働者派遣制度の見直し案の提示/厚生労働省の専門部会

 いずれも実現すれば、企業・労働者に大きな影響を与える内容なので、あらためて整理をしておきたい。

 今回は、規制改革会議の「労働時間規制の見直しに関する意見」を取り上げる。そこでは見直し案として3つのテーマを示しており、1つ目は「労働時間法制の包括的な改革を」である。

1.労働時間法制の包括的な改革を
健康確保の徹底のための取組み・・わが国ではフルタイム労働者の総実労働時間は過去20年ほど変わっておらず、長時間労働はいまだに大きな社会問題である。健康確保を徹底するために、労働時間の量的上限規制の導入が必要である。
ワークライフバランスの促進・・・年次有給休暇消化率、長期連続休暇の取得率が国際的にみても低い。休日・休暇取得促進に向けた強制的取り組みや、労働時間貯蓄制度(時間外労働に対して割増賃金ではなく休暇を付与する制度)の本格的導入などが必要である。
一律の労働時間管理がなじまない労働者に合った労働時間制度の創設・・・労働者の中には、その成果を労働時間の長さで測ることができず、実労働時間で管理することがなじまない層が多様に存在する。こうした労働者の生産性を上げ、長時間労働を解消するために、労働時間の長さと賃金のリンクを切り離し、その働き方にあった労働時間制度が必要である。
 
 
提言のうち労働時間の量的上限規制は必要だろう。むしろこれまでなかったのが不思議なくらいだ。労働基準法では時間外労働の限度時間を設けてはいるものの、労使間で36協定特別条項を締結することで限度時間越えが認められるため、明確な上限はなくなってしまっている。ちなみに特別条項を締結している企業は40.5%、大企業(301人以上)では79.0%で(平成25年度労働時間等総合実態調査結果)、「特別」とはいえない実施状況である。

 2つ目は「労働時間規制の三位一体改革を」である。
 
2.労働時間規制の三位一体改革を
 上記の、①労働時間の量的上限規制、②休日・休暇取得に向けた強制的取り組み、③一律の労働時間管理がなじまない労働者に適合した労働時間制度の創設、は相互に連関した課題である。それぞれが個別に議論されると、使用者側・労働者側いずれかからの反対を受け、議論が進まない。 規制改革会議では、上記3つをセットにした改革として、労使双方が納得できるような「労働時間の新たな適用除外制度の創設」を提案したい。

 1の「労働時間法制の包括的な改革を」では、健康確保やワークライフバランスの視点を取り上げたことが注目される。これまで労働時間の規制緩和を示すたびに、マスコミや労働組合から批判を浴びてきただけに、今回は「労働者に優しい」改革も抱合せることで、実現につなげようとする戦略性がうかがえる。
 ちなみに、連合は規制改革会議に対して「労働時間法制の見直しに関する連合の考え方」という資料を提出しており、労働時間の上限規制や後述の管理監督者の明確化、インターバルの導入など、その主張を反映させたものと考えられる。

 3つ目は「一律の労働時間管理がなじまない働き方に合い、健康確保と両立する適用除外制度の創設」である。
 
3.一律の労働時間管理がなじまない働き方に合い、健康確保と両立する適用除外制度の創設
(1)現在ある労働時間の例外的措置のうち、①管理監督者の適用除外、②裁量労働制、の2つについては、前者は“名ばかり管理職”を生んでいるという問題が指摘されており、後者は手続が煩雑で利用度が低い。このため、分かりやすく実態に合致した新制度を創設する。
(2)適用除外の範囲は、国が対象者の範囲の目安を示した上で、基本的には、企業レベルの集団的な労使自治に委ねる(労使代表で労使協定を締結)。また、割増賃金制度は深夜を含めて適用しないこととする(労基法37条)。
(3)使用者の恣意的運用を排除するため、取り決め内容(労使協定)を行政官庁(労働基準監督署長)に届け出ることを義務化する。
(4)適用除外対象者の健康確保を徹底し、ワークライフバランスを促進するため、①労働時間の量的上限規制と、②休日・休暇取得促進に向けた強制的取組みをセットで導入する。①②それぞれについて、下記の具体例のような取組みの中から、産業、職務等の特性に応じて、労使の合意によりいずれか一つまたは複数の組み合わせを選択する。そのための枠組みを国が設定する。
(5)国が枠組みを設定するにあたっては、企業活動の実態に合わず、企業の活力低下につながることがないよう、適切な選択の幅が用意されるべきである。また、非常時においては、労使の取り決めにより、一時的にこうした規制を緩和できるよう、十分配慮されるべきである。
(6)一定の試行期間を設け、当初は過半数組合のある企業に限定する。

【例:セットで導入すべき取組み。いずれか一つ又は複数の組合せとする】
(1)労働時間の量的上限規制
・一定期間における最長労働時間の設定 ・翌日の労働開始まで健康安全確保のための最低限のインターバルの導入、など
注:経営層に近い上級管理職等については、労働時間の量的上限規制に代えて健康管理のための適切な措置の義務付けを行うことも考えられる。
(2)休日・休暇取得に向けた強制的取組み
・年間104日(週休2日相当)の休日を、労使協定で定めた方法で各月ごとに指定して取得 ・年休は労使の協議に基づいて柔軟かつ計画的に付与(年休時季指定権を使用者へ付与した上で労働者の希望・事情を十分考慮) ・長期連続休暇の義務化、など

 管理監督者問題は、現在の行政の考え方と企業の運用の実態とが乖離しており、一度きちんと整理をすべきことであった。今回、規制改革会議からこの話題が提出されたのは、ちょうどよい機会と思われる。
 手法として基本的に労使の自治に委ねることが示されているが、対象者の範囲を国が示すとしており、どのような基準が示されるか注目したい。現行の判断基準をベースとするなら、課長クラスの多くは管理監督者とみなされなくなるかもしれない。
 また、管理監督者の深夜割増賃金をなくすというのも結構大胆な改革といえる。これまで当たり前とされてきた労基法41条の解釈を変えることになるからだ。
 裁量労働制の新たな枠組みについては、産業競争力会議で検討されているので、次の機会に整理するつもりである。

 今回新たに、労働時間法制の包括的議論の必要性が示されたのは適切だったと思う。具体的な制度づくりは、労政審議会に委ねられるが、総論賛成・各論反対に陥って議論が進まなくなる懸念もある。かなり大胆な改正を含むだけに、どこまで実現されるのか注目しておきたい。

(2013年12月16日)