労務管理ミニコラム4のカテゴリー別分類
■退職させてもらえない場合の対応 Column No.152 | |
一時期問題となった建設業の人手不足は解消されつつあるものの、サービス業や小売業などでは相変わらず人手不足が続いている。 外食産業などのパート・アルバイトで顕著なのだが、賃金や職場に不満があると、すぐに別の店に移ってしまう。企業としても頻繁に労働者が入れ替わっては困るので、社員の引き留めに走る。引き留めならばまだよいが、無理強いをして退職させないケースもある。 労働相談をしているNPOの代表者の話しでは、最近特に「退職させてくれない」という労働者からの相談が増えているとのことだ。 多少でも労働法に関する知識や会社経験などがあれば、社員が望めば退職可能なことは知っているはずだが、相談者の多くは若年のアルバイトなどで、そのような知識はなく、中には、「辞めるのなら後任を探して来い」とか、「採用にかかった費用を払ったら辞めさせてやる」など、無茶な要求を言われ、途方に暮れるケースもある。 今回は社員の自発的な退職について、あらためて整理をしておこう。 押さえておきたいのは、基本的に労働者は自由に退職することができるということである。 ただし、会社としては急に退職されても困るので、法律上は、期間の定めのない雇用契約であれば、退職を申し入れて2週間を経てば退職できることになっている(民法627条)。 したがって、たとえば、8月1日に退職を申し入れたのなら、その翌日から数えて2週間後(8月15日)には退職可能ということだ。たとえ社長から辞められては困ると言われても、その日に退職する権利が法律的に認められているのである。 ただし、就業規則で「退職には1ヵ月前に申し出ること」などの規定を設けている会社もある。業務引き継ぎや後任者選定を考慮しての定めだが、民法とは反するこのような規定が、判例では必ずしも否定されていないことから、社員としては、円満に退職するために就業規則に従うべきだろう。 もう1つ注意が必要なのは、雇用契約期間の定めがある場合で、このときには、その期間の終了までは労働することが求められる。ただし、この場合も雇用契約書や就業規則に一定の事前の申出期間(たとえば1ヵ月前)を設けて、退職できる旨を定めているのが一般的であり、雇用契約期間の定めがある社員が中途退職したいのであれば、この点を確認するのがよい。 このように、労働者には退職する権利が法的に認められている。退職を決めたのなら、たとえ会社側からダメと言われても、「何月何日に退職します」と具体的に退職日を定め、会社の就業規則に従って、あるいは2週間以前に退職届を提出することが大切である。不当な会社の言い分に耳を傾けていると、ずるずると働くことになりかねないので、あいまいな態度は避けるべきである。 企業の側からすると、無理やりに引き留めたところで互いに信頼感はなく、社員のモチベーションも期待できず、戦力とならないのは明らかである。むしろそのようなブラックな対応が、結果的に社員の退職を触発することを自省すべきだろう。 (2015年8月10日) | |
■労働契約申込みみなし制度のポイント Column No.153 | |
今国会で審議されている、専門26業務と自由化業務の区分けを廃止するなどの労働者派遣法改正案は、安全保障関連法案のあおりを受け先行き不透明な状態となっている。 それはともかく改正法案は、どちらかといえば企業側の意向に即して自由化を推し進めるものだが、本年10月から規制強化となる制度が施行される。平成24年の法改正でできた労働契約申込みみなし制度である。施行が近づいたことから、先月、これに関する通達(職発0710第4号)が出された。通達を踏まえ、制度の趣旨、運用のポイントを確認しておこう。 1.制度の趣旨 労働契約申込みみなし制度は、違法派遣の是正にあたって、派遣労働者の希望を踏まえつつ雇用の安定が図られるようにするため、禁止業務に従事させた場合などの違法行為があった場合に、善意無過失の場合を除き、派遣先企業が派遣労働者に対して、労働契約の申込みをしたものとみなす制度である。 違法派遣を受け入れた者への責任を明確化し、そのような者に民事的な制裁を科すことにより、労働者派遣法の規制の実効性を確保することを制度の趣旨とする。 2.運用のポイント 1) 基本の確認 運用にあたっての基本事項を確認しておこう。 (1)申込みを行ったとみなされる時点 まず、申込みを行ったとみなされる時点とは、派遣先が違法行為を行った時点である。この時点において、労働契約の申込みをしたとみなされる。 (2)善意無過失 違法行為があっても、派遣先が違法行為に該当することを知らなかった場合、かつ、知らなかったことに過失がない場合は、みなし制度は適用されない。ただし、そのまま翌日も派遣労働者を使用した場合には、善意無過失の抗弁はできなくなる点に注意が必要である。 当然ながら、相応の注意を払わずに違法の事実を見逃していた場合などは善意無過失といえないので、みなし制度の適用となる。 (3)施行日時点で違法行為が行われている場合 みなし制度が施行された時点において違法行為を行っている場合には、派遣先は、その時点において労働契約の申込みをしたものとみなされる。 (4) 違法行為の類型 ア.違法行為の類型は以下の通りである。 ・派遣労働者を禁止業務に従事させること ・無許可事業主又は無届出事業主から労働者派遣の役務の提供を受けること ・期間制限に違反して労働者派遣の役務の提供を受けること ・労働者派遣法や労働者派遣法の規定により適用される労働基準法の規定の適用を免れる目的で、請負その他労働者派遣以外の名目で契約を締結し、必要とされる事項を定めずに労働者派遣の役務の提供を受けること(いわゆる偽装請負等) イ.違法行為の類型のうち、いわゆる偽装請負等については、派遣先等の主体的な意思が介在するため、善意無過失に係る論点に加え、固有の論点が存在する。 2)申込みの内容となる労働条件 (1)原則 原則は、違法行為の時点における派遣元事業主と派遣労働者との間の労働契約上の労働条件と同一の労働条件である。労働契約上の労働条件でない事項については維持されない。なお、この労働条件には、当事者間の合意により労働契約の内容となった労働条件だけでなく、就業規則等に定める労働条件も含まれる点に注意が必要である。 (2)労働条件が派遣元事業主等に固有の内容である場合等 ただし、(1)に関わらず、立法趣旨に鑑み、申し込みをしたものとみなされる労働条件の内容は、使用者が変わった場合にも承継されることが社会通念上相当としている。 (3)労働契約期間 労働契約の期間に関する事項(始期、終期、期間)は、みなし制度により申し込んだとみなされる労働契約に含まれる内容がそのまま適用される。たとえば、始期と終期が定められている場合はその始期と終期となり、単に「1年間」としているなど始期と終期が定められていない場合には労働契約の始期等に係る黙示の合意等を踏まえて判断される。 つまり、従来の契約期間を存続させるということなので、みなし雇用が成立した日から従来の派遣元との契約日までが契約期間となる。 (4)労働契約法第18条との関係 労働契約法第18条では5年超の有期労働契約者に期間の定めのない契約への転換を認めているが、これに関しては、労契法で規定する通算契約期間は、同一の使用者について算定するものであるため、派遣先で就業していた派遣労働者が違法行為に該当する派遣によりみなし制度の対象になった場合、原則として、承諾時点までの派遣元事業主と派遣労働者との労働契約期間と、当該派遣労働者が承諾して派遣先で直接雇用となった場合の派遣先と当該者との労働契約期間は通算されないとしている。 3)労働契約の成立の時点等 (1)原則 労働契約が成立するのは、みなし制度に基づく申込みについて、派遣労働者が承諾の意思表示をした時点である。 (2)派遣労働者が承諾できる申込み 派遣労働者が承諾できる申込みは、最新の申込みに限られないとしている。 (3)承諾をしないことの意思表示 みなし制度は派遣先等に対する制裁であるため、違法行為の前にあらかじめ派遣労働者が「承諾をしない」ことを意思表示した場合であっても、そのような意思表示に係る合意は公序良俗に反し、無効と解される。 また、労働契約の申込みをしたものとみなされた後、「承諾をしない」との意思表示を行った後に、再度違法行為が行われた場合には、新たに労働契約の申込みをしたものとみなされる。 4)複数の事業主が関与する等の複雑な事案 (1)対象となる派遣先等が複数ある場合 対象となる派遣先等が複数ある場合は、それらすべてから派遣労働者に対して労働契約の申込みをしたとみなすため、派遣労働者は承諾する相手を選ぶことができる。 (2)複数の違法行為の類型に該当する行為を行った場合 複数の違法行為の類型に該当する行為を行った場合は、各違法行為がそれぞれみなし制度適用の根拠となることから、いずれの違法行為に基づいてみなし制度の適用を主張するかは派遣労働者が選択することができる。 (3)複数の派遣労働者が同時に違法状態で就業している場合 違法行為は個々の派遣労働者に対してそれぞれ行われていると解されることから、複数の派遣労働者が同時に違法状態で就業している場合は、それら全ての派遣労働者に対してそれぞれ労働契約の申込みをしたものとみなされる。また、派遣労働者の交代があった場合も、派遣労働者は自己に対する違法行為が行われた最後の時点から1年を経過しない限りは、みなし制度の適用を主張できる。 (4)多重請負の形態でいわゆる偽装請負等の状態となっている場合等 多重請負の形態で偽装請負等の状態となっている場合は、申込みの主体は改正後の労働者派遣法第40条の6において「労働者派遣の役務の提供を受ける者」としているため、原則として、労働者を雇用する者(下請負人)と直接請負契約を締結している者(元請負人)が労働契約の申込みをしたものとみなされる。 このように制度の運用はなかなか複雑であるが、それよりも困難が予想されるのは、「制裁」として採用することになった社員と企業とが相互に信頼関係を築き、労働力として機能化させることである。本来の採用活動を通して入社したわけではないので、自社の社風に合っていなかったり、経営理念やビジョンをきちんと理解していなかったりする可能性は高い。 このようなリスクを避けるためにも、まずは違法行為をしないことが大切といえる。 (2015年8月17日) | |
うつ病や過労死の要因として、またブラック企業の典型例として、昨今何かと話題となる長時間労働である。多くは会社や上司が要因となるが、社員そのものが要因となっているケースも少なからず存在する。 社員そのものが要因となっているケースには、次の4つのタイプを指摘できる。 ① 残業代目当て ② 完璧主義 ③ 要領が悪い ④ 会社にいるのが好き(=他に居場所がない) これらは相互に重なって存在する。たとえば、「早く家に帰ってもしょうがないし、会社にいれば残業代も入るので、のんびりとやるか」と考える①と④の複合タイプである。また、完璧主義であり、かつ要領も悪いという②と③が複合したやっかいなタイプも存在する。 長時間労働の背景に人手不足や上司が残業好きなどの要因もあるが、言えるのは、この人たちはどのような部署であっても、基本的に残業が多いということだ。つまり、仕事の問題ではなくヒトの問題なのである。 ①はともかく②~④の人が管理者になったら部下の残業も間違いなく増加する。その管理者のいる部署は常に残業が多いというのはよくあるケースである。 では、そのような社員にどう対応するかを整理してみよう。 ①のタイプは、残業をすることを前提に仕事を組み立てている。そもそも定時に終わろうという気がないのである。したがって、一定時刻、たとえば7時以降は残業禁止とするのが適切だ。そして、日中や残業時の仕事ぶりをチェックすることが大切である。 ある企業は、残業代に相当する手当を支給することで、残業削減に成功したという。残業してもしなくても給与は同じであれば、なるべく早く帰ろうとするのである。ただし、この方策は人件費に余裕がある会社でなければ難しいだろう。 ②は、仕事にメリハリをつけさせることが重要である。時間を考えずに、どの仕事にも完璧を期すのは、決してプロのやることではない。限られた時間で最大の成果を上げるのがプロである。手を抜いてもよい業務、プロセス等を見つけさせる、あるいは上司が一緒に考えることである。 もう1つ、この手のタイプは何でも自分でやらないと気が済まない。そこで、仕事の分担や権限委譲させることも大切だ。たとえば、資料作成は任せるにしても、内容のチェックは他のメンバーにやらせるなどである。 ③は、仕事の計画化、作業プロセスの明確化、作業のマニュアル化、文書のフォーマット化など、とにかく仕事の定型化が重要である。ただ、これらをやれと言っても、なかなかできない。できないから要領が悪いのである。よって、定型化の作業は、上司が指導・支援しながら行う必要がある。 ④は、問答無用で定時に退社させることである。残業をつけないなら、あるいはタイムカードを押した後なら居残ってもよいというのはNGである。このような人が居残っていると職場の空気が弛緩し、本当に残業が必要な社員の能率も低下するばかりである。 さて、これらの社員の存在の背景には経営者の認識もある。残業の必要性の有無にかかわらず、長時間労働をする社員は頑張っている社員であり、「可愛い」社員であると考える経営者はまだまだ多い。しかしながら、今の時代、そういった社員が本当に会社に貢献しているかを再認識すべきである。 (2015年8月24日) | |
企業に女性管理職比率などの数値目標の設定や、これらの周知・公表を義務づける「女性活躍推進法」が、8月28日の参院本会議で成立した。全会一致と思いきや反対票が1票あったとのことである。 法案は昨年の臨時国会に提出されていたが、衆議院解散により廃案となり、今通常国会に再提出されていたものである。 法の主な内容は、1.国による基本方針等の策定、2.事業主による行動計画の策定等、3.女性の職業生活における活躍を推進するための支援措置、の3つだが、企業の視点からポイントとなるのは2である。 つまり、この法律により、301人以上の大企業は、 (1)女性の活躍に関する状況の把握、改善すべき事情についての分析 (2)状況把握・課題分析を踏まえた行動計画の策定・届出・公表 (3)女性の活躍に関する情報の公表 を行わなければならなくなった。なお、300人以下の中小企業は努力義務となる。 それでは、各項目を具体的に見てみよう。 (1)女性の活躍に関する状況の把握、改善すべき事情についての分析 どのような状況を把握するかは省令で規定されており、 ①女性採用比率 ②勤続年数男女差 ③労働時間の状況 ④女性管理職比率等 が該当する。なお、「非正規雇用から正規雇用への転換状況等」が任意項目としてさらに検討されるとのことである。 (2)状況把握・課題分析を踏まえた行動計画の策定・届出・公表 上記の状況把握・分析を踏まえ、国が策定する指針に基づいて行動計画を策定し、厚生労働大臣に届出るとともに、公表しなければならない。 行動計画には、①計画期間、②定量的目標、③女性活躍推進に関する取組内容と実施時期、を定めなければならない。ただし、その取組の実施や目標達成は努力義務である。 国が策定する指針とは、 ● 女性の積極採用に関する取組 ● 配置・育成・教育訓練に関する取組 ● 継続就業に関する取組 ● 長時間労働是正など働き方の改革に向けた取組 ● 女性の積極登用・評価に関する取組 ● 雇用形態や職種の転換に関する取組 ● 女性の再雇用や中途採用に関する取組 ● 性別役割分担意識の見直し等職場風土改革に関する取組 などで、各企業は、これらを参考に自社の課題解決に必要な取組を選択し、行動計画を策定することになる。 (3)女性の活躍に関する情報の公表 女性の職業選択に資するよう、省令で定める情報(限定列挙)から事業主が適切と考えるものを公表するよう努めなければならない。 就職活動をする学生等の参考となるよう、女性採用比率や女性管理職比率などを公表する努力義務が定められたわけであるが、他にどのような情報が指定されるのか、現段階では、はっきりしない。 また、行動計画の届出を行い、女性の活躍推進に関する取組の実施状況が優良な企業については、申請により、厚生労働大臣の認定を受けることができる。認定を受けた企業は、厚生労働大臣が定める認定マークを商品などに付することができるということである。 このあたりは、両立支援などの行動計画を策定し、目標達成すれば「くるみんマーク」を付与される次世代育成支援対策推進法の枠組みを踏襲している。 法の施行は公布日であるが、事業主行動計画の策定については平成28年4月1日施行となる。10年間の時限立法である。 安倍総理がアピールをしてきたこれまでの経緯から、次世代法の「くるみん」よりは確実に注目を集めるはずである。国民の関心も高い分、さまざまな立場・観点から賛否が示されるだろうが、法の目的(第1条)に示された「女性がその個性と能力を十分に発揮して職業生活において活躍すること」には誰も異存はなく、その1歩になってほしいものである。 (2015年9月1日) | |
9月11日、改正労働者派遣法が成立した。 2014年の通常国会、臨時国会と2度の廃案の憂き目にあい、今回も安保関連法案のあおりでどうなることかと見ていたが、会期末も近づいたこの時期になってようやく成立した。施行は当初予定の9月1日から9月30日にずれ込んだ。 今回の改正は、根本的な大改正といえ、派遣元、派遣先、派遣労働者のそれぞれに与えるインパクトは非常に大きい。本コラムでは、まずは派遣先への影響について概要をまとめてみる。 改正のポイントは次の4つである。
1.派遣労働者と派遣先社員の均衡待遇の推進 派遣先は、派遣労働者と派遣先で同種の業務に従事する労働者の待遇の均衡を図るため、以下の点で配慮義務が課されることになった。 ① 派遣元事業主に対し、派遣先の労働者に関する賃金水準の情報提供等を行うこと ② 派遣先の労働者に業務に密接に関連した教育訓練を実施する場合に、派遣労働者にも実施すること ③ 派遣労働者に対し、派遣先の労働者が利用する一定の福利厚生施設の利用の機会を与えること ちなみに「配慮義務」とは、目的の実現に向け、具体的に取り組むことが求められるものであり、努力義務よりも強い責務が課されるものである。とはいえ、義務でないことは確かで、実行は企業の努力に任される。 2.期間制限のルールの変更 現在の期間制限(いわゆる26業務以外の業務に対する労働者派遣について、派遣期間の上限を原則1年(最長3年)とするもの)が見直された。 本改正の最大のポイントである。 施行日以後に締結・更新される労働者派遣契約は、一般業務・専門業務の区分にかかわらず、派遣期間に次の2種類の制限が適用される。 ① 派遣先事業所単位の期間制限 同一の派遣先の事業所において、労働者派遣の受入れができる期間は、原則として3年までとなる。 3年を超えて受け入れようとする場合は、派遣先の過半数労働組合等からの意見を聴かなければならない。なお、1回の意見聴取で延長できる期間は3年までである。 ② 派遣労働者個人単位の期間制限 派遣先の事業所における同一の組織単位において、同一の派遣労働者を受け入れることができる期間は、原則として3年までとなる。 ここでいう「同一の組織単位」とは、「課」などを想定しているとのことだ。 なお、以下の者は、期間制限の対象外となる。 ・派遣元で無期雇用されている派遣労働者 ・60歳以上の派遣労働者など 経過措置として、施行日時点ですでに締結されている労働者派遣契約については、その派遣契約が終了するまで、改正前の法律の期間制限が適用される。 3.期間延長の際の意見聴取手続 事業所単位の期間制限による3年の派遣可能期間を延長する場合、派遣先は、その事業所の過半数労働組合(過半数労働組合が存在しない場合、事業所の労働者の過半数を代表する者)に対して意見を聴く必要がある。 意見聴取は、期間制限の上限に達する1ヶ月前までに実施しなければならない。また、過半数労働組合等から異議が示されたときは、対応方針等を説明する義務がある。 たとえ過半数組合等の反対があったとしても企業側に従う義務はなく、事業所単位での派遣可能期間は事実上無制限ということになった。 4.派遣労働者のキャリアアップ支援 (1)キャリアアップ支援に必要な情報の提供 派遣先は、派遣元から求めがあったときは、派遣元によるキャリアアップ支援に資するよう、派遣労働者の職務遂行状況や、職務遂行能力の向上度合などの情報を提供する努力義務がある。 (2)雇入れ努力義務 派遣労働者を受け入れていた組織単位に、派遣終了後、同じ業務に従事させる ため新たに労働者を雇い入れようとする際、一定の場合には、その派遣労働者 を雇い入れるよう努めなければならない。 (3)正社員の募集情報の提供義務 派遣先の事業所で正社員の募集を行う際、一定の場合には、受け入れている派遣労働者に対しても、その募集情報を周知しなければならない。 (4)労働者の募集情報の提供義務 正社員に限らず、派遣先の事業所で労働者の募集を行う際、一定の場合には、受け入れている派遣労働者に対しても、その募集情報を周知しなければならない。 (1)~(4)はいずれも努力義務であったり、情報を提供するだけであったりして、派遣労働者の安定雇用への実効性は低い。今回の改正が事業者寄りなのは否めず、バランスをとるため、バーターとして付け加えられた条項という印象である。 このように今回の改正は、事業者、特に派遣先企業にとって望ましいものとなった。経済界も歓迎している。 ただ、専門業務と一般業務の区分がなくなったといっても、業務自体は契約内容に沿ったものしかできず、派遣労働者に何でもさせてよいわけではないので、その点は注意が必要である。 普通、このような大規模な改正であれば、施行までに半年から1年くらいのインターバルを設けるものだが、今回はわずか20日ほどだ。通常は1ヶ月くらい設けられるパブコメ募集期間もわずか3日間と、前代未聞の短さである。 厚生労働省では大急ぎで指針作成を行っているようだが、十分な検討がなされるとは思えない。派遣元、派遣先、派遣労働者の3者にも周知が行き届くとは思えず、施行後もしばらくは混乱が続きそうである。 (2015年9月22日) | ||
労働者派遣法の改正について、今回は派遣元への影響を整理しておこう。ポイントは次の3点である。
このうち、2の「期間制限のルールの変更」は前回まとめた派遣先への影響と同内容なので、以下、1と3を概説する。 1.労働者派遣事業の許可制への一本化 従来、一般労働者派遣事業(許可制)と特定労働者派遣事業(届出制)とに分かれていた区分を廃止し、すべての労働者派遣事業が許可制となる。 なお、経過措置として以下が設けられている。 ・施行日時点で特定労働者派遣事業を営んでいる事業者は、引き続き、3年間は「その事業の派遣労働者が常時雇用される労働者のみである事業」を営むことが可能。 ・施行日時点で一般労働者派遣事業を営んでいる事業者は、その許可の有効期間の間は、引き続き、事業を営むことが可能。 ・施行日前にした許可・更新申請で、施行日時点でまだ決定がなされていないものは、新法に基づく申請として扱われる。 また、小規模事業主に対しては、新たな許可の申請に当たって、一定の配慮措置が設けられるとのことである。 これらは、行政の指導・監督を行いやすくするための措置といえる。 特に改正による影響を受けるのは、これまで届出だけでよかった特定労働者派遣事業である。 新たな許可基準はまだ正式に示されておらず、今後、省令や業務取扱要領等で規定されるとのこと。 ちなみに省令案では、 ① 派遣労働者のキャリアの形成を支援する制度(厚生労働大臣が定める基準を満たすものに限る)を有すること ② ①のほか、派遣労働者に係る雇用管理を適正に行うための体制が整備されていること となっている。 現在の許可要件を想定すると、財産要件などからみて、小規模事業者や個人事業主は許可の取得が困難となるかもしれない。上記の「配慮措置」がどのような内容になるか注目したい。 3.雇用安定措置等の実施義務の新設 (1)雇用安定措置の実施 派遣元は、同一の組織単位に継続して3年間派遣される労働者に対し、派遣終了後の雇用を継続させるために以下の措置(雇用安定措置)を講じなければならない(1年以上3年未満の労働者に対しては努力義務)。 ① 派遣先への直接雇用の依頼 ② 新たな派遣先の提供(合理的なものに限る) ③ 派遣元での(派遣労働者以外としての)無期雇用 ④ その他安定した雇用の継続を図るための措置 ※雇用を維持したままの教育訓練、紹介予定派遣等、省令で定めるもの 雇用安定措置として①を講じた場合で、直接雇用に至らなかった場合は、別途②~④の措置を講じる必要がある。 ①の措置は派遣先の意向次第なので、それほど期待はできず、②~④の措置が必要となるケースが多いと予想される。このうち③も実際には困難と思え、実質的な対応としては②または④となるだろう。 (2)キャリアアップ措置の実施 派遣元は、雇用している派遣労働者のキャリアアップを図るために次の措置を実施する義務がある。 ・段階的かつ体系的な教育訓練 ・希望者に対するキャリア・コンサルティング 特に、無期雇用派遣労働者に対しては、長期的なキャリア形成を視野に入れた教育訓練の実施が課された。なお、上で指摘したように、これらの整備は許可の要件となる見込みである。 (3)均衡待遇の推進 派遣元は、派遣労働者から求めがあった場合、以下の点について、派遣労働者と派遣先で同種の業務に従事する労働者の待遇の均衡を図るために考慮した内容を説明する義務がある。 ① 賃金の決定 ② 教育訓練の実施 ③ 福利厚生の実施 (4)派遣元管理台帳に記載する事項 派遣元管理台帳に記載する事項に、以下の項目等が追加された。 ① 無期雇用派遣労働者であるか有期雇用派遣労働者であるかの別 ② 雇用安定措置として講じた内容 ③ 段階的かつ体系的な教育訓練を行った日時および内容 今回の改正は、派遣元にとって事業拡大のチャンスとなるのは確かだが、同時に事業者としての負担が増加するのも間違いない。特に(1)と(2)は、小規模事業者には結構なハードルとなるだろう。たとえ許可が得られたとしても、このような措置にまで手が回らず、実質的に派遣事業の遂行が困難になる可能性はある。 (2015年9月28日) | ||
9月29日、厚生労働省から、長時間労働が疑われる事業場に対する監督指導の実施結果が公表された。この監督指導は、塩崎厚労大臣を本部長とする長時間労働削減推進本部の指示の下、1か月100時間を超える残業が行われた事業場や、長時間労働による過労死などの労災請求があったすべての事業場を対象に、今年1月から労働基準監督署が実施しているものである。 この結果、4月から6月に監督指導を行った2,362事業場のうち、 約63%に当たる1,479事業場で違法な時間外労働を確認し、是正・改善の指導を行ったとのことだ。 結果のポイントのうち、「主な違反内容」を見てみよう。 1.違法な時間外労働があったもの 1,479 事業場( 62.6 % ) うち、時間外労働の実績が最も長い労働者の時間数が 1か月当たり100時間を超えるもの 921事業場(62.3%) うち1か月当たり150時間を超えるもの 203事業場(13.7%) うち1か月当たり200時間を超えるもの 35事業場( 2.4%) うち1か月当たり250時間を超えるもの 12事業場( 0.8%) 違法な時間外労働とは、36協定を締結していないケースや、36協定や特別条項で定めた労働時間を上回る労働をさせていたケースである。 実に6割以上の企業が違反をしていたわけで、36協定等の締結に際し、時間外労働の実態を考えずに適当な時間数を定めたり、設定した範囲内に収まるよう労働時間管理をしていないことがうかがえる。 特に、特別条項を定めている企業は、労基署から目を付けられていると考えた方がよく、検査の対象となる可能性が高い。それだけに違反をしないよう労働時間管理をしっかり行うべきである。 2.賃金不払残業があったもの 252 事業場( 10.7 % ) うち、時間外労働の最も長い労働者の時間数が 1か月当たり100時間を超えるもの 118事業場(46.8%) 賃金不払いは約1割と少ない。ただ、別添となっている監督指導事例を見ると、賃金不払いの事例として示されているのは、時間外休日労働割増を全く支払っていないケースや、一定時間までしか支払っていないケースなど、極めて悪質なものである。指導を受けなかった企業の何割かは、これほど悪質ではないにしても不払いのケースはあったものと思われる。 筆者の知っている例では、基本的に支給はしているものの、残業の自己申告をしていない一部の社員に不支給であったため、是正勧告を受けた企業もある。この点は、厳しい監督官と甘い監督官とで対応の差があり、企業にとっては運・不運があるといえる。 3.過重労働による健康障害防止措置が未実施のもの 406 事業場(17.2 % ) 実施企業は8割以上と高い。 ここでいう健康障害防止措置とは、①衛生委員会の設置、②健康診断の実施、③長時間にわたる時間外・休日労働を行った労働者に対する面接指導、とのことだ。このうち、①と②の未実施は少ないと思われ、③の未実施を指摘されているケースが多いと思われる。 政府は、昨年6月の日本再興戦略の中で、「働き方改革の実現」として、まず、「働き過ぎ防止のための取組強化」を掲げた。また、同月には「過労死防止法」も成立させている。 今回の調査は、こうした長時間労働削減に向けての厚生労働省の本気度を示すものといえる。正直なところ、結果の公表を受けて長時間労働の是正を図る企業は期待できず、監督指導を受けた企業以外に効果は少ないと思えるが、自主性に任せていては進まないのも事実だ。本当に働き過ぎ防止をしたいのならば、今回だけに留めず、継続的な実施が必要だろう。 (2015年10月5日) | |
10月21日、厚生労働省から、社員を65 歳まで雇用するための「高年齢者雇用確保措置」の実施状況をまとめた、平成27 年「高年齢者の雇用状況」(6月1 日現在)が発表された。以下、ポイントを見てみよう。 1.高年齢者雇用確保措置の実施状況 ●全体および企業規模別の状況 高年齢者雇用確保措置の実施済企業の割合は99.2%(対前年差1.1 ポイント増加)、51 人以上規模の企業で99.4%(同0.9 ポイント増加)となっている。 企業規模別に見ると、大企業では99.9%(同0.4ポイント増加)、中小企業では99.1%(同1.1 ポイント増加)となっている。 法定事項なので当然のことであるが、ほぼすべての企業で実施されている状況である。逆に言うと、実施していない企業はどういうことなのかとも思う。 ●雇用確保措置の内訳 雇用確保措置の内容を実施済企業について見てみると以下のとおりである。 ① 「定年制の廃止」により雇用確保措置を講じている企業は2.6%(同0.1ポイント減少)、 ② 「定年の引上げ」により雇用確保措置を講じている企業は15.7%(同0.1 ポイント増加)、 ③ 「継続雇用制度の導入」により雇用確保措置を講じている企業は81.7%(同変動無し) 定年制度よりも、継続雇用制度により雇用確保措置を講じている企業の比率が圧倒的に高いことがわかる。 ●継続雇用制度の内訳 続いて③の企業について、継続雇用制度の内訳を見てみると以下のとおりとなっている。 ① 希望者全員を対象とする65 歳以上の継続雇用制度を導入している企業は67,1%(同0.9 ポイント増加) ② 改正高年齢者雇用安定法の経過措置に基づいて、継続雇用制度の対象者を限定する基準を設けている企業(経過措置適用企業)は32.9%(同0.9 ポイント減少) 法改正前の労使協定による基準を使う企業は3割強といったところで、予想していたより少ないという印象である。ちなみに、改正前の平成23年の調査では、労使協定締結企業は56.8%だったので、そのうちの4割は経過措置を取らなかったということになる。後で出てくるが、経過措置によっても大半は継続雇用させており、①②に実質的な差はないことから、経過措置を採用していない企業も多いと思われる。 2.希望者全員が65 歳以上まで働ける企業等について ●希望者全員が65 歳以上まで働ける企業の状況 希望者全員が65 歳以上まで働ける企業は、報告した全ての企業に占める割合で72.5%(同1.5 ポイント増加)となっている。企業別に見ると、中小企業では74.8%(同1.6 ポイント増加)、大企業では52.7%(同0.8 ポイント増加)である。 さらに70 歳以上まで働ける企業は、報告した全ての企業に占める割合は20.1%(同1.1 ポイント増加)となっている。企業別に見ると、中小企業では21.0%(同1.2 ポイント増加)、大企業では12.7%である。 中小企業の方が高いのは、人材不足が要因になっていると考えらえる。中小企業にとっては高齢者も貴重な戦力ということである。 3.定年到達者等の動向について ●定年到達者の動向 過去1年間の60 歳定年企業における定年到達者のうち、継続雇用された者は82.1%、継続雇用を希望しない定年退職者は17.7%、継続雇用を希望したが継続雇用されなかった者は0.2%となっている。 改正後の基準で継続雇用されないのは、いわば解雇されてもおかしくないレベルの者なので、さすがに非常に低くなっている。 ●経過措置に基づく継続雇用制度の対象者を限定する基準の適用状況 過去1年間に、経過措置に基づく対象者を限定する基準がある企業で、基準を適用できる年齢(61 歳)に到達した者のうち、基準に該当し引き続き継続雇用された者は90.1%、継続雇用の更新を希望しなかった者は8.0%、継続雇用を希望したが基準に該当せずに継続雇用が終了した者は1.9%となっている。 経過措置による基準であっても、100人中98人は継続雇用されており、希望者はほとんど継続雇用となっていることがわかる。 4.高年齢労働者の状況 ●年齢階級別の常用労働者数について 31 人以上規模企業における常用労働者数(約2,954 万人)のうち、60 歳以上の常用労働者数は約305 万人で10.3%を占めている。年齢階級別に見ると、60~64 歳が約198 万人、65~69 歳が約83 万人、70 歳以上が約24 万人となっている。 ●雇用確保措置の義務化後の高年齢労働者の推移 51 人以上規模企業における60 歳以上の常用労働者数は約276 万人であり、雇用確保措置の義務化前(平成 17 年)と比較すると、約171 万人増加している。 31 人以上規模企業における60 歳以上の常用労働者数は約305 万人であり、平成21 年と比較すると、約89万人増加している。 ハイペースで増えているのは、義務化の影響もあるだろうが、団塊の世代が高年齢労働者ゾーンに入ったことが大きいと思われる。これから団塊の世代がリタイアしていくが、老齢厚生年金支給開始年齢の段階的引上げや人手不足もあり、しばらくは、高年齢労働者は増加すると考えられる。 (2015年11月2日) | |
平成27年10月1日から、「青少年の雇用の促進等に関する法律」(若者雇用促進法)が施行された。 この法律は、青少年の雇用の促進と能力を有効に発揮できる環境を整備するため、青少年に対して、適切な職業選択の支援や職業能力の開発・向上に関する措置などを総合的に行えるよう、従来の勤労青少年福祉法を抜本的に改正したものである。 併せて、職業安定法や職業能力開発促進法なども、必要な見直しがなされた。 青少年の具体的な定義は設けられていないが、通達では、「現在の青少年を巡る雇用情勢や青少年雇用対策の現状を踏まえ、青少年はおおむね35歳未満の者とする」とされている。ただし、「個々の施策・事業の運用状況等に応じて、おおむね45歳未満の者についても、その対象とすることは妨げない」とのことである。 45歳を若者とみなすことには違和感があるが、それだけ日本の労働力人口が高齢化していることや、”中高年ニート”の存在が問題となっていることの証しでもある。 改正のポイントは、1.円滑な就職実現等に向けた取組の促進(勤労青少年福祉法等の一部改正) 2.職業能力の開発・向上の支援(職業能力開発促進法の一部改正)の2つである。以下、概要を整理しておこう。 1.円滑な就職実現等に向けた取組の促進 (1)関係者の責務の明確化等 国、地方公共団体、事業主等の関係者の責務を明確化するとともに、関係者相互に連携を図ることを定めた。 ちなみに、事業主等の責務は、
と包括的に示すほか、この後の(2)に述べた具体的な措置も規定している。さらに、法7条に基づき、事業主が青少年の募集や採用、職場への定着促進に当たって講ずべき措置を定めた「指針」も策定している。 (2)適職選択のための取組促進 ① 新卒者の募集を行う企業に対し、企業規模を問わず、幅広い情報提供を努力義務とし、応募者等から求めがあった場合は、次の3類型ごとに1つ以上の情報提供を義務づけた。 (ア)募集・採用に関する状況 (イ)労働時間等に関する状況 (ウ)職業能力の開発・向上に関する状況 ② ハローワークは、一定の労働関係法令違反の求人者について、新卒者の求人申込みを受理しないことができることとした。 なお、これら①②の施行日は平成28年3月1日となる。 ③ 青少年に係る雇用管理の状況が優良な中小企業について、厚生労働大臣による新たな認定制度を設けた。 ちなみに、その認定基準の一部を挙げると、 ・3年以内離職率が20%以下 ・月平均所定外労働時間が20時間以下、あるいは週平均労働時間が60時間以上である者の数の割合が5%以下 ・有給休暇取得率が70%以上、あるいは有給休暇の平均取得日数が10日以上 ・男性労働者の育児休業者が1人以上、あるいは女性労働者の育児休業取得率が75%以上 など、非常にハードルが高い。該当する中小企業がなく、制度が機能しないくなるのではと余計な心配をしている。 (3)職業能力の開発・向上及び自立の支援 ① 国は、地方公共団体等と連携し、青少年に対し、ジョブ・カード(職務経歴等記録書)の活用や職業訓練等の措置を講ずる。 ② 国は、いわゆるニート等の青少年に対し、特性に応じた相談機会の提供、職業生活における自立支援のための施設(地域 若者サポートステーション)の整備等の必要な措置を講ずる。 2.職業能力の開発・向上の支援 (1)ジョブ・カード(職務経歴等記録書)の普及・促進 国は、職務の経歴、職業能力等を明らかにする書面の様式を定め、その普及に努める。 (2)キャリアコンサルタントの登録制の創設 キャリアコンサルタントを登録制とし、名称独占・守秘義務を規定する。 (3)対人サービス分野等を対象にした技能検定制度の整備 技能検定の実技試験について、厚生労働省令で定めるところにより検定職種ごと、実践的な能力評価の実施方法を規定する。 概要は以上である。 新法が特に企業に影響を与えるものとしては、1(1)の「指針」、(2)の雇用情報の提供と優良中小企業の認定制度となるだろう。中でも「指針」は、これを根拠に労働局が指導を行う可能性があるが、内容を見ると当然のことを列挙しただけであり、労働諸法令を守っていれば特に問題はないはずと考えられる。 (2015年11月10日) | ||
11月27日、厚生労働省から平成27 年「障害者雇用状況」が公表された。 障害者雇用促進法では、事業主に対し、常時雇用する従業員の一定割合(民間企業は2.0%)以上の障害者を雇うことを義務付けており、今回の結果は、同法に基づき、毎年6月1日現在の身体障害者、知的障害者、精神障害者の雇用状況について集計したものである。 以下、民間企業の結果を概観してみよう。
12年連続で増え続けているのは、障害者の方の自立が進んでいることであり、非常に喜ばしい。 類型別では、いずれも前年より増加しているが、特に精神障害者の伸びが目立つ。原因としては、平成30年の雇用義務化に備えていること、障害者雇用の需給がひっ迫している中で、精神障害者はこれまで雇用が進んでなかったことから比較的雇用しやすいことなどが考えられる。 なお、人数に端数が付いているのは、短時間障害者については、法律上、1人を0.5人にカウントとするためである。また、重度身体障害者及び重度知的障害者については、1人を2人にカウントとするため、実際の雇用者数とは異なる。
民間企業全体の実雇用率1.88%(同1.82%)と比較すると、1,000人以上と500人~1,000人未満が上回っており、大企業の方が障害者の受入れは進んでいるといえる。 法定雇用率達成企業の割合は、精神障害者が算定基礎に含まれる平成30年には、いずれの規模でも50%超になると思うが、できれば、その前に超えてほしいものである。
産業別では、業種によって差が出るのは仕方がない面がある。実雇用率が低いのは、建設業(1.69%)、情報通信業(1.59%)、卸売業・小売業(1.68%)、不動産業・物品賃貸業(1.56%)、教育・学習支援業(1.52%)などで、仕事の特性により障害者が就労しにくいものがあるということだろう。ただ、「農,林,漁業」は、一見、障害者には働きづらそうな感じがするが、高い数値を示しているのは興味深い。
「0人雇用企業」の大半は、300人未満の中小企業である。1,000人以上はさすがに0だが、500~1,000人未満が3社あるのは残念なことだ。
ポイントは以上である。 上記には出ていないが、都道府県別の実雇用率のデータもあった。最高は山口県(2.51%)で最低は宮城県(1.79%)である。概して、東日本よりも西日本が高く、特に九州は、福岡県以外は2%を超えている。 ちなみに東京都は1.81%で愛知県と並んでワースト2である。大都市の方が大企業が多いので、高いと思っていたがそうでもないようだ。 (2015年11月30日) | ||||||
今年も女性活躍推進法や過労死防止法の制定、労働者派遣法の抜本的改正、ストレスチェック制度の施行など、労働法に関連する重要なトピックスが相次いだ。 その中で、あまり注目されなかったのは、9月に成立・施行された「労働者の職務に応じた確保等のための施策の推進に関する法律」いわゆる「同一労働同一賃金推進法」である。 話題にならなかったのは、当のマスコミが同一労働同一賃金にされると困るから取り上げなかったためと、まことしやかな噂もあるが、それはともかく、人事労務に携わる者として興味深い法律であるのは確かなので、その中身を概観しておきたい。 法律は全8条からなり、項目と主な内容は以下の通りである(第6条以外は抜粋・要約)。 第1条 目的 (省略) 第2条 基本理念 労働者の職務に応じた待遇の確保等のための施策は、労働者が、その雇用形態にかかわらずその従事する職務に応じた待遇を受けることができるようにすること等を旨として行われなければならない。 第3条 国の責務等 国は、労働者の職務に応じた待遇の確保等のための施策を策定し、及び実施する責務を有する。 第4条 法制上の措置等 政府は、労働者の職務に応じた待遇の確保等のための施策を実施するため、必要な法制上、財政上又は税制上の措置その他の措置を講ずる。 第5条 調査研究 国は、労働者の雇用形態の実態、労働者の雇用形態による職務の相違及び賃金、教育訓練、福利厚生その他の待遇の相違の実態等について調査研究を行う。 第6条 職務に応じた待遇の確保 ①国は、事業主が行う通常の労働者及び通常の労働者以外の労働者の待遇に係る制度の共通化の推進その他の必要な施策を講ずるものとする。 ②政府は、派遣労働者の置かれている状況に鑑み、派遣労働者について、派遣元事業主及び派遣先に対し、派遣労働者の賃金の決定、教育訓練の実施、福利厚生施設の利用その他の待遇についての規制等の措置を講ずることにより、派遣先に雇用される労働者との間においてその業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度その他の事情に応じた均等な待遇及び均衡のとれた待遇の実現を図るものとし、この法律の施行後、三年以内に法制上の措置を含む必要な措置を講ずるとともに、当該措置の実施状況を勘案し、必要があると認めるときは、所要の措置を講ずるものとする。 第7条 雇用環境の整備 国は、労働者の就業形態の設定、採用及び管理的地位への登用等の雇用管理の方法の多様化の推進その他雇用環境の整備のために必要な施策を講ずる。 第8条 教育の推進 国は、職業生活設計についての教育の推進その他必要な施策を講ずるものとする。 このように法律自体は、〇〇基本法によく見られるタイプの理念的なもので、具体的な規制を定めたものではない。罰則もなく、企業にとってはほとんど無視してもかまわない法律である。 とはいえ、ILO憲章の前文にも示された同一労働同一賃金について初めて踏み込んだ、ある意味画期的な法律である。中でも核となるのは、第6条の「職務に応じた待遇の確保」だ。 元々、この法案は、改正派遣法の内容に危惧した民主党などの野党3党が派遣労働者の均等待遇を確保するために共同提出したものである。 そのときの第6条2項は次のとおりである。
上記の第6条と比べてみてほしい。 つまり、成立した法案では、「職務に応じた待遇の均等」が「業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度その他の事情に応じた均等な待遇及び均衡のとれた待遇」に修正されており、仕事内容が同じでも責任の度合いや労働時間などが違えば同一賃金にしなくてもよいという解釈が可能となった。 また、措置の実施期間についても、野党案では「施行後一年以内に講ずる」としていたものを、「三年以内に法制上の措置を含む必要な措置を講ずるとともに、当該措置の実施状況を勘案し、必要があると認めるときは、所要の措置を講ずる」に変更された。期間を延ばすとともに、法制以外も認めるなど措置内容も緩和していることがわかる。一読しただけでは大した違いはないように映るが、よく見ると、かなり内容がが変わっていることに気づく。 野党が言うように、当初の法案の趣旨は骨抜きにされたのは事実と思うが、それでも同一労働同一賃金の実現に向けて一歩前進したのも確かである。この法律が話題にならなかった一番の要因は、「同一労働同一賃金」に対する国民的な理解と共感が今のところ得られていないことだろう。それが高まってきたときに、この法律は、脚光を浴びることになると思う。 (2015年12月28日) | ||
もう30年以上も前になるが、学生時代に教材の訪問販売のアルバイトをしたことがある。住宅街を1件1件飛び込みで回り、契約を取ってくるという仕事である。 給与は確か、固定給1日2千円プラス1件の契約につき6千円というような条件だった。ただし、固定給については2週間仕事を続けないともらえない決まりで、ほとんどの人は契約も取れず2・3日で辞めてしまうので、結局はタダ働きということになった。 今考えればこのような給与の仕組みは明らかに違法なのだが、当時はそのような知識はなく、「営業のアルバイトなど、こんなものだろう」という認識しかなかった。 仮に疑問を持ったにしても、ネットなどない時代だったので、せいぜい親や友達に聞いてみるというくらいしか調べようもなかった。 情報が発達し、企業のコンプライアンス意識も高まった現在では、このような「ブラックバイト」は影をひそめただろうと思っていたが、どうも違うようだ。 昨年11月に厚生労働省から公表された「大学生等に対するアルバイトに関する意識等調査」によれば、筆者のような過酷な条件ではないにしても、ブラックな経験をした学生は多数いることがわかる。 具体的には、学生1,000人が経験したアルバイト延べ1,961件のうち 58.7%が、労働条件通知書等を交付されていないと回答した。労働条件について、学生が口頭でも具体的な説明を受けた記憶がないアルバイトが19.1%であった。 また、学生1,000人が経験したアルバイト延べ1,961件のうち48.2%(人ベースでは60.5%)が労働条件等で何らかのトラブルがあったと回答した。 トラブルの中身は、シフトに関するものが最も多いが、「労働時間が6時間を超えても休憩時間がなかった」「準備や片付けの時間に賃金が支払われなかった」「割増賃金が支払われなかった」「実際に働いた時間の管理がされていない」など、労基法違反と考えられるものもある。 世間ではブラック企業が問題視され、労働法規の遵守が叫ばれているが、まだまだ多くの企業に浸透していない実態が浮かび上がる。 業種別では、居酒屋や個人経営の飲食店など、小規模が想定される事業が目立つが、結婚式場やチェーンの飲食店など、比較的規模の大きそうな企業でも違法行為がある。 最大の要因は、やはり企業側の意識だろう。 正社員と違って、学生アルバイトだからいい加減な対応をしていることも考えられるが、そのような考え方自体がすでにアウトといえる。 トラブルの内容を見ると正社員にも当てはまりそうであり、使用者としては、それくらいは当然と思っているかもしれない。いわば確信犯である。 学生側にも知識不足の問題があると思うかもしれないが、今どきの学生の労働法に関する知識レベルは結構高い。 上記調査で、「法律で決められている労働条件に関して、あなたが知っていることは何ですか」という質問に対して、最も回答割合が高かったのは、 都道府県単位ごとに「最低賃金」が定められており、アルバイト代はその額を下回ることはできない 64.1% で、2番目に アルバイトでも、1日の労働時間が6時間を超える場合は45分、8時間を超える場合は60分の休憩時間を与える必要がある 56.5% と続く。ちなみに最も低かったのは、 アルバイトに時間外労働をさせる場合であっても、事業主はあらかじめ、労働者の代表等と労使協定(「36(さぶろく)協定」)を締結し、所轄の労働基準監督署長に届け出なければならない 12.8% であった。 最近では学生への教育が進んでおり、関心も高いせいか、結構高い数値を示しており、社会人に対して同じ質問をしても、数値はそれほど変わらないのではないかと思う。 このように学生たちは一定レベルの知識をもっている。企業としては、それを前提にアルバイト採用を考えなければならない。労働条件通知書に不備があるからといって、即ブラックバイトになるわけではないが、入り口をきちんとしておくことで、学生の印象は随分とよくなるはずである。人手不足を嘆く前に、まずはやるべきことをしっかりとやる必要がある。 (2016年2月1日) | |
先日、三菱UFJリサーチ&コンサルティングから「がん治療と仕事の両立に関する調査」の結果が公表され、がん罹患後に同じ勤務先で就業を続けた人は86%に上ると報告された。 継続できた理由として多く挙げられたのは「職場の上司/同僚の理解・協力があったため」で、上司や同僚の理解・協力が就業継続に重要となることが示された。一方、転職・再就職した人は14%であり、退職理由としては「体力面から継続して就労することが困難であったため」「治療と仕事を両立するために活用できる制度が勤務先に整っていなかったため」などが多く挙げられ、企業に課題があることも示唆されている。 医療技術が進歩するなか、企業側には熟練労働力の確保、労働者側には就業継続のニーズがあり、仕事と治療との両立の必要性は今後さらに高まると想定される。できれば、上記の就業継続者の割合を100%に近づけたいものだ。 政府としても後押しを進めており、本年2月に厚生労働省から「事業場における治療と職業生活の両立支援ガイドライン」が公表されている。 ガイドラインは、治療が必要な疾病を抱える労働者が、業務によって疾病を増悪させることなどがないよう、事業場において適切な就業上の措置を行いつつ、治療に対する配慮が行われるようにするため、関係者の役割、事業場における環境整備、個別の労働者への支援の進め方を含めた、事業場における取組をまとめたものである。 前置きが長くなったが、本コラムでは、このガイドラインのポイントをまとめてみたい。項目は以下の6つに分けられており、今回は1~3を取り上げる。
1 治療と職業生活の両立支援を巡る状況 職場において労働力の高齢化が進むことが見込まれる中で疾病を抱えた労働者の治療と職業生活の両立への対応が必要となっている。一方で、近年の診断技術や治療方法の進歩により、かつての「不治の病」も「長く付き合う病気」に変化しつつあり、病気になったからと言って、すぐに離職しなければならないという状況ではなくなってきている。 しかしながら、疾病や障害を抱える労働者の中には、仕事上の理由で適切な治療を受けることができない場合や、疾病に対する労働者自身の不十分な理解や職場の理解・支援体制不足により、離職に至ってしまう場合もみられる。 事業場においては、健康診断やメンタルヘルス対策をはじめとして、労働者の健康確保に向けた様々な取組が行われてきたが、近年では、厳しい経営環境の中でも、労働者の健康確保や疾病・障害を抱える労働者の活用に関する取組が、健康経営やワーク・ライフ・バランス、ダイバーシティ推進、といった観点からも推進されている。 その一方、治療と職業生活の両立支援の取組状況は事業場によって様々であり、支援方法や産業保健スタッフ・医療機関との連携について悩む担当者も少なくない。 2 治療と職業生活の両立支援の位置づけと意義 労働安全衛生法では、事業者による労働者の健康確保対策に関する規定が定められており、 事業者が疾病を抱える労働者を就労させると判断した場合は、業務により疾病が増悪しないよう、治療と職業生活の両立のために必要となる一定の就業上の措置や治療に対する配慮を行うことは、労働者の健康確保対策等として位置づけられる。 企業にとっては、労働者の健康確保という意義とともに、継続的な人材の確保、労働者の安心感やモチベーションの向上による人材の定着・生産性の向上、健康経営の実現、多様な人材の活用による組織や事業の活性化、組織としての社会的責任の実現、労働者のワーク・ライフ・バランスの実現といった意義がある。 3 治療と職業生活の両立支援を行うに当たっての留意事項 (1)安全と健康の確保 就労によって、疾病の増悪、再発や労働災害が生じないよう、就業場所の変更、作業の転換、労働時間の短縮、深夜業の回数の減少等の適切な就業上の措置や治療に対する配慮を行うことが就業の前提となる。従って、仕事の繁忙等を理由に必要な就業上の措置や配慮を行わないことがあってはならない。 (2)労働者本人による取組 疾病を抱える労働者本人が、主治医の指示等に基づき、治療を受けること、服薬すること、適切な生活習慣を守ること等、治療や疾病の増悪防止について適切に取り組むことが重要である。 (3)労働者本人の申出 労働者本人から支援を求める申出がなされたことを端緒に取り組むことが基本となること。そのために、事業場内ルールの作成と周知、労働者や管理職等に対する研修による意識啓発、相談窓口や情報の取扱方法の明確化など、申出が行いやすい環境を整備することが重要となる。 (4)治療と職業生活の両立支援の特徴を踏まえた対応 入院や通院、療養のための時間の確保等が必要になるだけでなく、疾病の症状や治療の副作用、障害等によって、労働者自身の業務遂行能力が一時的に低下する場合などがある。このため、育児や介護と仕事の両立支援と異なり、時間的制約に対する配慮だけでなく、労働者本人の健康状態や業務遂行能力も踏まえた就業上の措置等が必要となる。 (5)個別事例の特性に応じた配慮 症状や治療方法などは個人ごとに大きく異なるため、個人ごとに取るべき対応やその時期等は異なるものであり、個別事例の特性に応じた配慮が必要である。 (6)対象者、対応方法の明確化 事業場の状況に応じて、事業場内ルールを労使の理解を得て制定するなど、治療と職業生活の両立支援の対象者、対応方法等を明確にしておくことが必要である。 (7)個人情報の保護 症状、治療の状況等の疾病に関する情報が必要となるが、これらの情報は機微な個人情報であることから、労働安全衛生法に基づく健康診断において把握した場合を除いて、事業者が本人の同意なく取得してはならない。 また、健康診断又は本人からの申出により事業者が把握した健康情報については、取り扱う者の範囲や第三者への漏洩の防止も含めた適切な情報管理体制の整備が必要である。 (8)両立支援にかかわる関係者間の連携の重要性 労働者本人以外にも、以下の関係者が必要に応じて連携することで、労働者本人の症状や業務内容に応じた、より適切な両立支援の実施が可能となる。 ① 事業場の関係者(事業者、人事労務担当者、上司・同僚等、労働組合、産業医等) ② 医療機関関係者(医師(主治医)、看護師、医療ソーシャルワーカー等) ③ 地域で事業者や労働者を支援する関係機関・関係者(産業保健総合支援センター、労災病院等) 以上の現状、意義、留意事項に基づき、具体的にどのように両立支援を進めていけばよいか、後半の4~6について次回にまとめてみたい。 (2016年3月14日) | ||
「事業場における治療と職業生活の両立支援ガイドライン」の後半部分、4~6のポイントをまとめてみる。 4 両立支援を行うための環境整備(実施前の準備事項) (1)事業者による基本方針等の表明と労働者への周知 衛生委員会等で調査審議を行った上で、事業者として、治療と職業生活の両立支援に取り組むに当たっての基本方針や具体的な対応方法等の事業場内ルールを作成し、全ての労働者に周知する。 (2)研修等による両立支援に関する意識啓発 当事者やその同僚となり得る全ての労働者、管理職に対して、治療と職業生活の両立に関する研修等を通じた意識啓発を行う。 (3)相談窓口等の明確化 労働者が安心して相談・申出を行えるよう、相談窓口、申出が行われた場合の当該情報の取扱い等を明確にする。 (4)両立支援に関する制度・体制等の整備 ア 休暇制度、勤務制度の整備 以下のような休暇制度、勤務制度について、各事業場の実情に応じて検討、導入し、治療のための配慮を行うことが望ましい。 ①休暇制度【時間単位の年次有給休暇】【傷病休暇・病気休暇】 ②勤務制度【時差出勤制度】【短時間勤務制度】【在宅勤務(テレワーク)】【試し出勤制度】 イ 労働者から支援を求める申出があった場合の対応手順、関係者の役割の整理 ウ 関係者間の円滑な情報共有のための仕組みづくり エ 両立支援に関する制度や体制の実効性の確保 オ 労使等の協力 (1)の事業者による基本方針等の表明は、あらゆる人事施策において重要である。経営トップの関与を示すことで、社員の取組みが「本気」になるからだ。できれば最初だけでなく、機会を見つけてこれに触れてほしい。 5 両立支援の進め方 治療と職業生活の両立支援は以下の流れで進めることが望ましい。 ①両立支援を必要とする労働者が、支援に必要な情報を収集して事業者に提出する。 労働者からの情報が不十分な場合、産業医等又は人事労務担当者等が、労働者の同意を得た上で主治医から情報収集することも可能。 ②事業者が、産業医等に対して収集した情報を提供し、就業継続の可否、就業上の措置及び治療に対する配慮に関する産業医等の意見を聴取する。 ③事業者が、主治医及び産業医等の意見を勘案し、就業継続の可否を判断する。 ④事業者が労働者の就業継続が可能と判断した場合、就業上の措置及び治療に対する配慮の内容・実施時期等を事業者が検討・決定し、実施する。 ⑤事業者が労働者の長期の休業が必要と判断した場合、休業開始前の対応・休業中のフォローアップを事業者が行うとともに、主治医や産業医等の意見、本人の意向、復帰予定の部署の意見等を総合的に勘案し、職場復帰の可否を事業者が判断した上で、職場復帰後の就業上の措置及び治療に対する配慮の内容・実施事項等を事業者が検討・決定し、実施する。 なお、①~⑤について、ガイドラインにおいて必要な情報や検討事項等の詳細を示している。 6 特殊な場合の対応 (1)治療後の経過が悪い場合の対応 労働者の意向も考慮しつつ、主治医や産業医等の医師の意見を求め、治療や症状の経過に沿って、就業継続の可否について慎重に判断する必要がある。 (2)障害が残る場合の対応 作業転換等の就業上の措置について主治医や産業医等の医師の意見を求め、その意見を勘案し、十分な話合いを通じて労働者本人の了解が得られるよう努めた上で、就業上の措置を実施する。 (3)疾病が再発した場合の対応 あらかじめ疾病が再発することも念頭に置き、再発した際には状況に合わせて改めて検討することが重要である。 以上、ガイドラインの要点を整理してみた。 仕事と治療との両立について、これまでは個別の案件ごとに対応をしてきた企業が多かったと思う。 今後を考えても、仕事と治療との両立支援は、女性活用や障害者雇用などと違って法定事項ではないため、体制整備は将来の課題というところが多いだろう。 ただ、仕事と治療との両立支援を打ち出すことは、病気になった社員のためだけではない。「会社は社員のことを考えている」とのメッセージにもなり、社員のモラールに少なからぬ好影響を与えるはずである。 これまでは両立支援を進めようにも手探りで始めなければならなかったが、今回のガイドラインで、その体系が示された。この機会にあらためて体制整備を検討してみてはいかがだろうか。 (2016年3月22日) | |
先日の日経新聞に、週休3日制を導入した大分県の会社が紹介されていた。導入に伴って1日の労働時間を10時間にしたが、総労働時間は減り、メリハリのある働き方で業績も向上しているとのことだ。記事にはなかったが、週の労働時間に変わりはないので、当然、賃金の減額もないと思われる。 賃金が変わらないのであれば、週休3日制というのは社員にとって大きな魅力となるに違いない。社員だけでなく、企業にも次のようなメリットがある。 ・メリハリのある働き方ができ、社員のモチベーションが高まる ・労働日が1日減ることで生産性の向上が期待できる ・「先進的な企業」としてイメージアップができる ・優秀な人材確保が期待できる ただ、現状では、導入がニュースとなるくらい珍しいということで、多くの企業では検討課題にもなっていないだろう。その要因と考えられるのは、導入のハードルの高さである。ここでは、週休3日制導入にあたって障害となる2つの事項を考えてみたい。 1つは、社外の理解や社内の調整が必要となることで、最大のネックはこの点だろう。 対外的なことを気にせずに週休3日制を採用できるのは、非常に競争力の高い製品を有するメーカーや、一定期間に製品・サービスを仕上げればよい請負型の会社など、限られた企業になるだろう。 ほとんどの企業では、対外的な理解と協力が必要となるはずである。昔に比べれば休日に対する、取引先の理解は得られやすくはなっているだろうが、それでも、ハードルは高いと思われる。特に、頻繁に外部から対応を求められる企業で、まる1日対応できないということになれば、取引量が減らされたり、他社に切り替えられたりしてしまう恐れが高い。 それが無理なら、対外的には週休2日を維持し、社員が交替で週に3日の休日をとるという選択肢もあるが、そのような人員の余裕がある企業は少ないだろう。また、全社員がそろう日が少なくなり、企業によっては業務運営に支障が出る可能性もある。この後で説明する変形労働時間制の問題で、労務管理が複雑になる点も懸念される。 以上から、次のような企業は週休3日制に向かない。 ・部品納入メーカーなど、取引先の理解が得るのが困難な会社 ・交代制勤務が難しく、全員の出社が基本となる会社 障害の2つ目は、変形労働時間制の導入が必要となることである。 労働基準法では、1日の労働時間は8時間を超えてはならないと定められているため、所定労働時間を10時間とすることはできない。たとえ、2時間分は割増賃金を支給するとしても、就業規則や労働契約に労基法の基準を下回る労働条件を定めることはできない。 したがって、恒常的に1日の所定労働時間を10時間とするには、1ヶ月単位あるいは1年単位の変形労働時間制を導入する必要がある。 変形労働時間制には、さまざまな規制があるが、ますは導入にあたって労使協定が必要となる。この労使協定は労基署に届出が必要なため、1ヶ月単位変形であれば毎月届出をしなければならない。 まあ、届出だけならまだよいが、面倒なのは労働日と労働時間の特定である。 つまり、対象期間が始まる前に労働日と労働時間をカレンダーやシフト表で特定しなければならず、さらに厄介なのは、いったん決めたカレンダー等は変えられない点である。多忙になったからといって、休日を別の日に動かしたりできないのだ(なお振替休日はできる)。 特に1年単位変形だと、長期にわたるため繁閑の予想は困難である(※1)。したがって、繁閑が読めないような企業には変形労働時間制は適さない。また、先に触れた対外的に週休2日を維持しようとすれば、社員個人ごとにカレンダーを設定しなければならないのも大変である。 このような労務管理が適切にできないのであれば、変形労働時間制の導入は難しいということだ。 (※1 対象期間の全部について、労働日と労働日ごとの労働時間を特定しなくても、1か月以上の期間ごとに区分を設けることで、最初の区分以外は、労働日数と総労働時間を定めておけばよいが、この場合も、各期間の初日の30日前までに、具体的な労働日と労働日ごとの労働時間を定めて通知する必要がある) 以上、週休3日制の障害をまとめてみた。導入に向けてのハードルが高いのは述べたとおりだが、それを考慮しても得られるメリットは大きい。ハードルに挑戦する企業が増えることを願っている。 (2016年3月29日) | |
一昨年の過労死防止法制定以来、政府は過重労働対策に力を入れているが、今後さらに強化されることが明らかになった。 厚生労働省は4月1日から、違法な長時間労働に対する監督指導強化のため、「過重労働撲滅特別対策班」(本省かとく)を本省内に設けるとともに、全国47都道府県にある労働局に新設の「過重労働特別監督監理官」を各1名配置することを発表した。 また、法規制の執行を強化するため、重点監督の対象を、これまでの「月100時間超の残業が疑われる全ての事業場 」から「月80時間超の残業が疑われる全ての事業場 」に拡大するとしている。 具体的な施策は次の3つである。 1.重点監督対象の拡大 現状は、月100時間超の残業が疑われる全ての事業場(年間1万事業場)である。これを月80時間超の残業が疑われる全ての事業場 (試算:年間2万事業場)にするとのことだ。 ちなみに、平成27年4月~12月にかけて、月100時間超の残業が疑われる約8,500事業場に監督指導を行ったところ、実際に違法な残業が行われていたのは6割弱で、そのうち月80時間超の残業があったのが約8割、月100時間超の残業があったのが約6割とのこと。 残業が多い企業は違法に行っている可能性が高いことから、対象を拡大して、違法状態を是正しようという目論見のようである。 2.監督指導・捜査体制の整備 本省に「過重労働撲滅特別対策班」(本省かとく) を新設する。その役割は、企業本社への監督指導、労働局の行う広域捜査活動を迅速かつ的確に実施できるよう、労働局に対し必要な指導調整を実施することだ。 もともと「かとく」は、昨年4月に東京労働局・大阪労働局に設置されたものだ。昨年7月に「東京かとく」がABCマートを、同8月には「大阪かとく」がフジオフードシステムを書類送検して話題となった。 この機能を全国展開するため、その指令所として「本省かとく」を設置するということである。 各都道府県労働局には、長時間労働に関する監督指導等を専門に担当する「過重労働特別監督監理官」(仮称)が各1名配置され、下記のタスクを担う。 ・問題業種に係る重点監督の総括(企画・立案・実施) ・月80時間超の残業のある事業場に対する全数監督の総括 ・本社監督の総括(問題企業の把握分析・実施・調整・指導) ・夜間臨検の実施・調整 ・長時間・過重労働に係る司法処理事案の監理等 2つめに「全数監督」とあることから、36協定特別条項を80時間超で締結している企業は、調査があることを認識しておいた方がよい。 3.業界団体や関係者、関係省庁と連携した取組の推進 トラック業界やIT業界等に対して、長時間労働の原因となり得る、「手待ち時間の発生」や「短納期発注」などの取引環境・条件の改善に向けた取組を、国土交通省と連携して行う。 また、現在、賃金不払等の背景に「下請法違反行為」が疑われる場合には、厚労省から中小企業庁・公正取引委員会に通報する仕組みが存在するが、この仕組みを拡充し、中小企業で働く人についての長時間労働対策の強化にも活用するとのことである。 過重労働は、一部の企業において、自主的な是正が期待できないのが実状である。サービス残業など、現に不当な長時間労働を強いられている社員がいる以上、当局によるこのような取り組みは必要だろう。 もっとも、労働基準監督官の人員は限られており、対象事業者が倍になって対応できるのか疑問・不安はある。当の監督官自身が過重労働に陥らないことを祈る。 (2016年4月11日) | |
以前、ある経営者から、社員が無断で営利のサイトを立ち上げたのだが、懲戒処分できるかという相談があった。ネットでの開業はハードルが低くなったことから、同様のケースは少なくないと思われるので、その対応の仕方を整理してみたい。 1.懲戒事由 まずは、サイトを立ち上げたことが、どの懲戒事由に該当するかである。 通常の就業規則には、「会社の許可なく、他の職務に従事したり、または事業を営んではならない」といった兼業禁止の規定があるはずで、営利目的が明らかであれば、この規定の適用が考えられる。 逆に言えば、趣味や特技が主体で、利益は広告収入など副次的なものに過ぎないのであれば、適用は難しいといえる。 また、そのサイトが、会社の機密や情報を利用するものであれば、機密保護規定にも抵触するはずである。さらに、会社の事業と利益相反する行為であれば、その点を問題にもできる可能性もある。 2.判例の見解 判例では、無許可の兼業に対して直ちに懲戒処分を課すことはできないとされており、①労務提供に支障が生じる場合や、②会社の社会的信用を損なうおそれがある場合など、実質的に企業秩序を乱す兼業に限って、懲戒処分の対象となるとされている。 ①については、実態を確認することが必要である。遅刻や欠勤、疲労によるミスなど、労務提供に支障が生じていることが明らかでなければ、処分対象とするのは難しい。 ②は、サイトの内容や社員の名前の表示などから判断することになる。もし、内容が公序良俗に反するなどの問題があり、氏名表示などから会社との関連がわかり、信用を損なうおそれがあるのであれば、②に該当する可能性が高い。この場合は、無許可の兼業を理由に懲戒処分を課すことは問題ないだろう。 3.処分内容 どのような処分を課すかは、就業規則の定めを前提に、①兼業の目的、②態様、③期間、④社員の地位・役職などから、重大性や悪質性を判断することになる。 処分を課すのであれば、まずは、譴責や減給といった比較的軽い処分が妥当である。基本的に懲戒処分の適用は、慎重に行わなければならないからである。 ただし、就業中や休職中の営業や、サイトの内容が反社会的であったり違法であったりして、会社の信用に関わる場合などは、減給や降格諭も適用されうる。 よほど悪質でない限り、諭旨解雇や懲戒解雇の適用は困難と考えるべきである。 以上、懲戒処分を前提に整理をしてみたが、サイトの内容にもよるが、実際には、口頭で注意するというのが現実的な対応だろう。ネットでの開業は、社員にも兼業という意識が薄く、就業規則に違反しているとの認識は少ない可能性がある。注意をすることで是正されるケースも十分に考えられる。 (2016年5月16日) | |
5月19日、千葉労働局から、違法な長時間労働について是正指導をしたとして、千葉市の棚卸し業務代行会社の名前が公表された。 企業名の公表は、平成27年5月に厚生労働省にて開かれた「臨時全国労働局長会議」にて方針化されたもので、一昨年から政府が進めている、長時間労働の抑制や過重労働による健康障害防止対策の一環である。 それまでは、是正勧告に従わず書類送検まで行った段階で公表されていたものが、一定要件を満たす企業について、是正勧告時に公表されることになった。今回の件は、その第1号となったわけである。 自業自得とはいえ、新聞、テレビ等のマスコミが大きく取り上げたため、公表された企業はブラックのレッテルを貼られ、相当なダメージを受けたと思われる。 千葉労働局もここまで大々的に扱われるとは想定していなかったかもしれないが、そのインパクトの強さに、内心、してやったりの気持ちではないだろうか。他の労働局でも、2社目の公表に向かって、局長が署員にハッパをかけているかもしれない。 一方、”身に覚え”のある企業では、「もしかすると次はウチかも‥‥」と不安を抱いている経営者もいるだろう。 そのような経営者にアドバイスを送るわけではないが、公表される企業には要件があり、これを満たさなければ、公表されることはない。どのような場合に公表されるかといえば、厚生労働省が示している基準は次のとおりである。
Ⅰに揚げられているとおり、中小企業は対象外となっている。また、中小企業でなくても、事業場が複数の都道府県になければよいとのことだ。これで、大半の企業は公表を免れるだろう。 Ⅱの基準は相当な長時間労働といえるが、該当する企業は少なからず存在すると思う。問題はその程度で、基準ぎりぎりのケースもあれば、基準を大きく超えるケースもあるだろう。 ちなみに千葉の企業の実態は次の通りである。
基準に関して、留意したい点が2つある。 1つは、長時間労働の程度の問題である。断言はできないが、基準を少し上回る程度であれば、公表を免れるかもしれない。今回の件は、ご覧の通り基準の大幅な超過が見られる。 もう1つは、あくまで労基法違反が認められた場合であることだ。36協定(特別条項を含む)を締結し、その範囲内で時間外・休日労働を行い、割増賃金をきちんと支給していれば、とりあえずは該当しない可能性が高い。 企業としては、公表は絶対に避けなければならないが、公表されなければよいという問題でもない。 違法な長時間労働はもちろんのこと、合法であっても100時間を超えるような時間外・休日労働は異常であり、改善の必要があることを使用者は強く認識すべきだろう。 また、公表基準から外れていたとしても、是正指導から逃れられるわけではないので、決して安堵はしないでほしい。 (2016年5月23日) | |||||||||||||||||
6月8日、 厚生労働省から「平成27年度個別労働紛争解決制度の施行状況」が公表された。 個別労働紛争解決制度は、個々の労働者と事業主との間の労働条件や職場環境などをめぐるトラブルの未然防止や早期解決を支援するもので、「総合労働相談」、労働局長による「助言・指導」、紛争調整委員会による「あっせん」の3つの方法がある。 制度が始まった平成14年度以来、施行状況が毎年公表されており、トラブル内容の変化が読み取れて興味深い。平成27年度の内容を概観してみよう。 1.相談件数 平成27年度の総合労働相談の件数は103万5千件となった。相談件数は、ピークとなった平成21年度の114万件以来、減少傾向にあったが平成27年度は微増となった。 また、総合労働相談のうち、民事上の個別労働紛争相談件数は24万5千件で、これも前年度比でやや増加している。なお、「民事上の個別労働紛争」とは、労働条件その他労働関係に関する事項についての個々の労働者と事業主との間の紛争(労働基準法等の違反に係るものを除く)である。 2.民事上の個別労働紛争相談の内訳 平成27年度の民事上の個別労働紛争相談の内訳で、上位5つは以下のとおりとなっている。 ① 「いじめ・嫌がらせ」 66,566件(22.4%) ② 「解雇」 37,787件(12.7%) ③ 「自己都合退職」 37,648件(12.7%) ④ 「その他の労働条件」 37,177件(12.5%) ⑤ 「労働条件の引下げ」 26,392件(8.9%) 参考までに約10年前の平成18年度のベスト5は次の通りである。 ①解雇、②労働条件の引下げ、③その他の労働条件、④いじめ・嫌がらせ、⑤退職勧奨 さらに、制度が始まった平成14年度のベスト5は次の通り。 ①解雇、②労働条件の引下げ、③その他の労働条件、④退職勧奨、⑤いじめ・嫌がらせ 解雇は平成21年度の69,121件をピークに年々減少しており、企業業績の向上や人員不足による整理解雇の減少がうかがえる。 一方で、いじめ・嫌がらせは、制度開始以来、件数・構成比ともにほぼ毎年増加している。ちなみに平成14年度の「いじめ・嫌がらせ」の構成比は5.8%に過ぎなかった。 これは、限られた人員で厳しい成果を追い求められるなか、実際にいじめ・嫌がらせが増えている可能性もあるが、パワハラという言葉が世間に認知され、これまでは我慢すべきものとしていた労働者が、権利意識を高めて相談を申し出たことも背景としてあるだろう。 また、近年、「自己都合退職」が増加傾向にあることにも注目したい。これは、辞めたいのに辞めさせてもらえないというのが典型例で、労働需給がひっ迫している状況を表している。 これまでの傾向からして、「いじめ・嫌がらせ」は、平成28年度はさらに増加することが予想される。せめて、その勢いが多少なりとも衰えることを願う。 (2016年6月13日) | |
従業員数501人以上の企業で、1週間の所定労働時間が20時間以上など一定の要件を満たす短時間労働者に、厚生年金保険・健康保険を適用する新制度が本年10月からスタートする。 この適用拡大に関して、「月額賃金が8万8000円以上」などの適用要件の解釈を示した事業者向けQ&Aが、日本年金機構のホームページで公開された。 テーマは次の5つで、全部で29の質問からなる。 1.被保険者資格の取得要件(総論) 2.特定適用事業所 3.1週間の所定労働時間が20時間以上 4.雇用期間が継続して1年以上見込まれること 5.月額賃金が8.8万円以上 重要と考えられるものをピックアップしてみよう。今回は、1と2についてである。 1.被保険者資格の取得要件(総論)
上記の5要件すべてを満たす場合に被保険者になる。ということは、1つでも満たさなければ適用対象にはならない。たとえば、4分の3基準を満たさない学生は被保険者にはならない。
これまでは、就業規則や雇用契約等で定められた所定労働時間及び所定労働日数の他にも就労形態や職務内容等を総合的に勘案して被保険者資格を判断してきたが、今後は、所定労働時間及び所定労働日数のみにするということである。
問2で示したように、これまでは、所定労働時間及び所定労働日数の他にも就労形態や職務内容等を総合的に勘案して被保険者資格を判断してきたことから、たとえば、所定労働時間が4分の3未満でも、総合勘案により被保険者となっているケースが存在した。そのような被保険者は、新基準に当てはめれば被保険者でなくなるが、施行後も引き続き被保険者資格を有するということである。 2.特定適用事業所
ポイントは3つあり、1つ目は、事業所単位ではなく会社単位で数えるということだ。2つ目は、労働者の総数ではなく「被保険者」の総数ということだ。3つ目は、500人超とは1年の一定時点や年間平均ではなく、月ごとで数え、それが6ヶ月以上になった場合ということである。
いったん特定適用事業所になれば、事業縮小等で社員数が減少しても、原則として特定適用事業所であり続けるということだ。特定適用事業所から離脱するには、被保険者の4分の3以上の同意書が必要となる。離脱のハードルは相当に高いと考えなければならない。 (2016年6月20日) | ||||||
日本年金機構が公開している「短時間労働者に対する社会保険の適用拡大Q&A」について、今回は、テーマ3~5の中から重要なものを指摘したい。 3.1週間の所定労働時間が20時間以上
52というのは、1年間を52週とするからである。 たとえば、1ヶ月の所定労働時間を100時間とすると、 100÷50/12=24時間ということなる。 なお、所定労働時間が1年単位で定められている場合は、52で除して算出することが問18にて示されている。 4.雇用期間が継続して1年以上見込まれること
これは、年次有給休暇の継続勤務と同様に考えればよいだろう。ちなみに年休の継続勤務は、通達で次のように示されている。
「雇用期間中に事実上の使用関係が失われる」ケースとは、たとえば雇用期間は1年であるが、定期的あるいは断続的に開催されるイベントのときのみに働く場合とか、ある時期に集中的に働くことを何度が繰り返すような特殊なケースと考えられる。通常の雇用を行う企業では、あまり気にしなくてもよいだろう。 5.月額賃金が8.8万円以上
年収106万円以上という基準がマスコミなどから流されているが、あくまで月額賃金で判断するとのことだ。この点を明確にしたのは適正と思う。
適用拡大の要件として、「標準報酬月額が8.8万円になる場合」と誤解されているケースが目立つので注意したい。標準報酬月額には、上記の③④は入るが、適用対象基準の8.8万円の算定対象には入らない。 これについては、次の問27の質問(「標準報酬月額」と「算定基準の8.8万円」との違いは何か?)に対する回答でも、「報酬月額には、労働の対償として経常的かつ実質的に受けるもので被保険者の通常の成形に充てられる全てのものが含まれる」と示されている。
欠勤等により、たまたま8.8万円を下回っても被保険者資格は喪失しないということだ。 以上、Q&Aの中で実務上、有用そうなものをピックアップしてみた。施行日が近づくにつれ、企業の関心も高まってくるはずで、そうなると、新たな不明点や疑問点が出てくると考えられる。コンテンツが追加される可能性もあり、その点に注目しておきたい。 (2016年6月26日) | ||||||||
第一生命経済研究所が先日発表した「子どもがいる正社員の休暇に対する意識調査(対象:配偶者も自分も正社員である20~59歳の男女980人)」によれば、男性の57.3%、女性の63.2%が年次有給休暇を取得することにためらいを感じているとのことだ。理由は、「休むと職場の他の人に迷惑がかかるから」が男女とも第1位で、以下、「休むと後で忙しくなるから」「職場の周囲の人の目が気になるから」と続く。 他者に気を遣う、いかにも日本人らしい理由が上位に挙がっているのが興味深い。諸外国の同様のアンケートがあれば結果を見てみたいものである。 ところで、アンケート項目にはないが、職場の同僚が年休を取ることについてはどう感じるのだろうか。繁忙期に取るような場合は別にして、「どうぞ」という好意的な意見が多いのではないだろうか。 他者は取得OKだが、自分は取るわけにはいかない、という自己犠牲の精神はすばらしいが、皆がそう思っていては、年休取得は進まない。 年休の取得促進に頭を悩ます企業は少なくない。言えるのは、経営者や人事部門や単に「取って下さい」と促してもほとんど効果はないということだ。ごく一部の勇気ある社員が実践するかもしれないが、職場で浮いてしまう可能性が高い。 まずは管理者に率先して取らせようとしても同じである。下手に取ると「あの部署はヒマでいいな」「こっちに人を回してくれ」と陰口をたたかれかねない・・・。 少し誇張しすぎたが、多くの企業ではそのような実態があるのではないだろうか。こういった状況を打破するには“強制措置”が必要である。 もちろん、労働基準法の年休制度の趣旨からして、会社または上司が「この日に休め」とは命じられないので、社員の希望に即して計画的に取得してもらうという手法である。 7月16日付の日経新聞に、住友商事がそのような年休計画取得制度を導入するとの記事があった。年間計画の下で毎月の取得日数を決め、管理者が取得状況をチェックするとのことである。従来は社員の自主性に任せていたが「周囲に配慮し、取得がなかなか進まなかった」のが導入理由という。同社は、この制度により年休取得率100%を目指すとのことだ。 企業が実際にこの制度を導入する際、体調不良等で急に休みを取りたい場合にどう対応するかが課題となる。年度前半ならいくらでも調整可能だが、年度末近くでは、風邪で休みたいのに年休の権利がゼロといったケースが出てくるからである。 大手企業では、有給の私傷病休暇があったりするが、一般の企業では、無給の私傷病欠勤とせざるを得ない。そのようなときに備えて、たとえば3日間は計画取得以外に残しておくといった方法もあるだろう。取得率100%は難しくなるが、今より向上するのは間違いない。 とにかく、まずは年休を取ることが当たり前という風土・体制にしないと、事態は進展しないと思う。労基法の改正案では、5日の年休取得を義務化するという案も出ているが、それを先取りする形で年休計画取得制度を検討してみてはいかがだろうか。 (2016年7月19日) | |
8月2日、安倍内閣は臨時閣議を行い、「未来への投資を実現する経済対策」を閣議決定した。地方創生、女性活躍、1億総活躍に続いて未来への投資である。 よくもまあ、いろいろなタイトルを思いつくものと感心するが、それはともかく、今回注目したいのは、対策の柱に挙げられた働き方改革である。その中身を見てみると次のように示されている。
この中で、最も困難が予想されるのは同一労働同一賃金であるのは間違いないが、 「我が国から非正規という言葉を無くす決意」と、これまでにない覚悟を見せている。ただ、第3章に各項目の主な具体的措置が15ページにもわたって記されているが、当該テーマに該当するのは以下の4つだけである。 ・同一労働同一賃金の実現に向けたガイドラインの策定(厚生労働省) ・36(サブロク)協定における時間外労働規制の在り方の再検討(厚生労働省) ・高齢者雇用の推進(65歳超雇用推進助成金(仮称))(厚生労働省) ・長時間労働の是正に向けた勤務間インターバルを導入する企業への支援(厚生労働省) 上記(1)で述べられたことに多少色づけした程度であり、内容としても、既に耳にしてきたもので、新鮮さはない。別の見方をすれば、当該テーマの方策はこれがベストなのだが、これまで議論してきたにもかかわらず進展が見られないため、あらためて、今回強い決意で臨むということかもしれない。 3日に発足した改造内閣では、目玉の1つに働き方改革の担当大臣を置き、その重要性をアピールした。また、会見で首相は、今年度を目途に具体的な実行計画を策定することを明言した。 そこまでやるからには、掛け声倒れや先送りは許されないだろう。働き方改革が実現するかといえば、実現する可能性は高い。 問題はその中身である。野党も、これらのテーマでは労働者の立場改善に向けて存在感を発揮したいだろうし、また、内容的には、本来首相の味方であるはずの財界の意向と反対の方向にあるため、落としどころをどこにするかが注目される。労使双方に配慮した挙句、どちらにもメリットの少ない中途半端な制度になるのだけは勘弁してほしいものである。 (2016年8月8日) | ||
8月2日に厚生労働省から、「働き方の未来2035:一人ひとりが輝くために」懇談会の報告書が公表された。 懇談会は、技術革新による経済・社会の変化なども踏まえ、多様な人材が一人ひとりの個性を活かして働くことができる未来の働き方を検討するため、本年1月から12回にわたって開催されてきたものだ。 報告書では、まず、2035 年の社会の特徴を描いたうえで、そこではどのような働き方がなされているかを予測する。そして、そのための労働法制や教育のあり方を整理し、ポイントを提言としてまとめている。 本文のボリュームは30ページ程度で割と簡単に読めるので、詳細は報告書を見ていただければと思うが、いろいろな意味で興味深い内容である。中でも人事労務の観点からは、やはり、約20年後にどのような働き方がなされているか(報告書では「3.一人ひとりが輝く2035 年における働き方」)である。本コラムにて、その概要と所感を述べてみたい。 「3.一人ひとりが輝く2035 年における働き方」では次のような変化を予測している。 ① 技術革新により、時間や空間にしばられない働き方になる ② 社会貢献や協調、共生、自己の充実感など、働き方が多様な目的をもつようになる ③ 1・2により、企業組織もプロジェクト単位になるなど柔軟な形に変化する ④ 働く人が働くスタイルを選択するようになり、個人事業主と従業員との境が曖昧になる ⑤ 複業が当たり前となったり「就社」意識が低下するなど、働く人と企業の関係が変わる ⑥ 企業に代わって、地域やバーチャルな場などがコミュニティの中心となる ⑦ 地方でも世界と直接つながる仕事ができるようになる ⑧ AI などにより、介護や子育て、家事などの負担から働く人が解放されるようになる ⑨ 性別、人種、国籍、年齢、LGBT、障がい、などの「壁」が消滅する 大まかな流れとしては間違いではないと思うし、部分的にうなずくものも多いが、やや(というかかなり)楽観的な印象を受ける。特に、⑧と⑨は、予想というよりは期待・願望に近い。また、細部においてロジックに納得がいかないものもある。たとえば、①において、 時間や空間にしばられない働き方への変化をスムーズに行うためには、働いた「時間」だけで報酬を決めるのではない、成果による評価が一段と重要になる。その結果、不必要な長時間労働はなくなり、かつ、是正に向けた施策が取られるようになる。 という記述が見られる。成果による評価が重要になることはわかるが、不必要な長時間労働がなくなるというのは飛躍しすぎだろう。最初に結論ありきの主張で、これから進めようとする政策の正当性をアピールしたいためではないかと勘繰りたくなる。 また、②において、 誰かを働かせる、誰かに働かされるという関係ではなく、共に支え合い、それぞれが自分の得意なことを発揮でき、生き生きとした活動ができる、どんな人でも活躍の場がある社会を創っていくことになる。 とあり、必然的にそういった社会になるような見解である。そうなってほしいと願うが、そうなる根拠は明らかではない。 全般に報告書で言っていることは正しいのだが、何かしら違和感を覚える。否定はしないけれど、モヤモヤしたものを感じる。 それは、報告書が想定している「働く人」が、あたかも検討委員の人たちのように優秀で、自律的で、理性的な人材であるからではないかと思う。そのような人材、あるいはそれを目指す人材でなければ、チャンスはつかめない・・・と言っているようにも思えるのである。だから努力しなさいと言われれば、それまでなのだが。 ともあれ、全体的な方向性として、20年後の働き方は報告書で指摘されるような状況に近づいていくと思う。ひと言で言えば、自営業的な労働形態が拡大するということだ。 自営業というのは、自由度は増すが、その代わりに不安定性が高まる。“格差”は拡大する可能性が高い。その意味で、この報告書は明るい展望を示したものではなく、「普通の働く人」に今から問題意識を持ってもらうための警告書といえるかもしれない。 (2016年8月22日) | |
先日、転職サービスDODA(デューダ)が「仕事満足度ランキング2016」を発表した。 ビジネスパーソン15,000人に、現在就いている職種に対する満足度を「総合」「仕事内容」「給与・待遇」「労働時間(残業・休日など)」「職場環境(社風・周囲の社員など)」の5つの指標別に、100点満点中で何点か答えてもらったものだそうだ。 上位ベスト10は次のとおり。
概ねうなずける内容ではないだろうか。実際にこれらの職種に就いている人の中には、「えっ? 自分の仕事が?」と驚く人がいるかもしれないが、一般的には妥当な結果と思える。ひと言で言えば、ホワイトカラーの高度専門職ということになるだろう。 総合1位の「法務/知的財産/特許」を指標別に見ると以下の通りである。
では、指標別の1位は何かといえば、実はすべて「財務」が占めている。つまり、このアンケートでは、各指標から総合結果を算出するのではなく、指標の1つとして”総合”が設定されているようである。それにしても、全指標で1位というのはすごい。個人的にはあまり賛同できないのだが‥‥。 一方、気になるのは下位のランキングだろう。ワースト10は次の通りとなっている。
最下位の「旅行/宿泊/ホテル」の指標別のランクは以下の通りである。
つい先日も某ホテルのフロントで洗練された応対を受けたのだが、あの笑顔の裏に山のような不満を抱えていたのだろうか。職場環境が最低レベルではないのが、せめてもの救いである。 ちなみに仕事内容90位は「テレマーケティング/カスタマーサポート/コールセンター」で、職場環境90位は「構造設計」である。 仕事内容の方は何となく察せられるが、職場環境の方はどうなのだろう。「構造設計」といえば10年ほど前に耐震偽装で話題になったが、 基本的に1級建築士の資格が必要な高度専門職である。それなりのステータスはあり、一定の環境は保たれていると思われるのだが、コスト削減要請や業務量の拡大などで職場にゆとりがなくなっているのかもしれない。 最後に「人事」の結果を示しておこう。
日頃、人事部門の方の愚痴を聞くことも多い筆者にとって、総合8位は予想外の嬉しい結果である。ただ、職場環境34位はいただけない。 会社の職場環境の改善は、人事の主要なミッションのはずである。まずは自らの足元を見直さなければいけないということのようだ。 (2016年8月29日) | ||||||
「働き方改革」は第3次安倍内閣の目玉であり、その中核の1つが同一労働同一賃金である。これについては、主役となる労使双方から様々な意見が出ているわけだが、今回は使用者側の意見として、日本経団連が7月に発表した「同一労働同一賃金の実現に向けて」を概観してみよう。 提言の主な項目は次の通りである。 Ⅰ 日欧の賃金制度、雇用慣行、法制度の比較 Ⅱ 日本型同一労働同一賃金の実現に向けて求められる取組み Ⅲ 非正規従業員の総合的な待遇改善 このうちⅢについては、日本型同一労働同一賃金の実現とあわせての課題ということなので、ここではⅠとⅡに焦点を絞って整理したい。 Ⅰ 日欧の賃金制度、雇用慣行、法制度の比較 まず、欧州の賃金制度の分析を行っている。これは、今年6月に政府が閣議決定した「ニッポン一億総活躍プラン」で、同一労働同一賃金の実現に向け、欧州の制度も参考にすることを方針化しているためである。 提言では、欧州の賃金制度には次の特徴があるとしている。 ・産業別のグレード職務給(産業別労使団体間の労働協約のもと、各産業の職種ごとに技能のグレードに応じた賃金率等を設定)が、正規従業員、非正規従業員を問わず、共通に適用されている。 ・長い歴史のなかで、①労働条件が産業別の労使関係で決定されていること、②採用は、空きポストがでたとき、社内外の経験者や有資格者を対象に職務限定契約を結んで行うこと、③一部従業員を除き、昇進・昇格などキャリアルートが特定職務内に限定されること、などの雇用慣行が醸成されてきた。 これらを背景に、欧州諸国では次のような同一労働同一賃金の仕組みが機能していると指摘している。 ・パートタイム労働者とフルタイム労働者などの比較において、「職務内容が同一または同等の労働者に対し同一の賃金を支払う」ことを原則とすること。 ・労働の質、勤続年数、キャリアコースなどの違いは同原則の例外として考慮すること。 これに対して、日本では次のような特徴があるという。 ・企業内の労使自治で賃金を決定しているため、企業によって賃金の制度内容は多様である。 ・長期雇用を前提に、世界的に優れた社内人材育成システムの基盤が確立している。 このような、わが国の多様な賃金制度や雇用慣行に十分配慮すれば、外見上同じように見える職務内容であっても、責任や熟練度、成果、所定労働時間数などが異なれば同じ待遇とせず、また「職務遂行能力」や「将来的な仕事・役割・貢献度の発揮期待」などの要素も加味できるようにしたうえで、「同一の付加価値を企業にもたらすと評価される労働に対して、同じ賃金を払うこと」を許容すべき、としている。 Ⅱ 日本型同一労働同一賃金の実現に向けて求められる取組み 取り組みとして示しているのは、1.ガイドラインの策定と活用、2.3法の一括改正 3.簡易な救済制度の利活用等、である。以下、1と2のポイントをまとめておく。 1.ガイドラインの策定と活用 職務内容や人材活用等を考慮しても説明がつきにくいような、不合理な労働条件の禁止を徹底するため、企業の労務管理の自主的点検の例を参考として示すことを提案し、企業による自主点検の対象となる例や、見直しや代替措置を検討することが特に望まれる例を具体的に示している。 2.3法の一括改正 3法とは、労働契約法、パートタイム労働法、労働者派遣法のことである。このうち、労契法とパート労働法に関して、政府が打ち出している「不合理な待遇差に関する司法判断の根拠規定の整備」について、経団連では以下の提言を行っている。 欧州では、雇用形態を問わない産業横断的なグレード職務給制度が社会的に確立しており、正規と非正規とを問わず、同じ職務で働く従業員間の処遇を比較する共通のモノサシとして機能していることや、正規従業員と「一時点の職務内容」が同じ非正規従業員に対し、原則、同じ賃金とするという考え方を労使で共有していることから、異なる取扱いをした場合の合理性の説明責任を使用者に求めることには無理がない。 これに対し、日本では、賃金制度の内容が企業ごとに多様であり、労使の話し合いに基づき運用していることから、不合理と認められなければ違法とは評価しない現行の仕組みが、実態に適合している。 以上の提言からうかがえるのは、同一労働同一賃金に対する経団連の消極的な姿勢である。経団連としては、非正規労働そのものは必要なので、現状の制度を維持したうえで、待遇改善を図っていこうというのが基本スタンスのようである。重要なのは同一労働同一賃金ではなく、待遇改善であるということだ。提言のⅢで「非正規従業員の総合的な待遇改善」を掲げているのは、その意図があるように見える。 これに対して、安倍首相は「同一労働同一賃金を実現し、非正規という言葉をこの国から一掃する」と宣言している。ただ、これはインパクトのある表現をしただけであり、実際には、現在の低水準の非正規の処遇をなくすということが真意ではないかと思う。であれば、両者の着地点に大きな差はない。 経団連の提言は、具体的な施策はともかく、基本的な方針はかなりかなえられると踏んでいるがどうなるだろうか。今後の展開に注目している。 (2016年9月6日) | |
厚生労働省が『有期契約労働者の円滑な無期転換のためのハンドブック』を作成した。事業主や企業の人事労務担当者向けに、無期転換ルールの導入手順やポイント、導入事例などをまとめたものである。 一読したところ、いくつか有効と思われる箇所があったので、ここで紹介したい。 全体構成は次の6つの事項から成っている。 ●「無期転換ルール」をご存知ですか ●無期転換の条件 ●メリットと意義 ●導入の手順 ●支援策の紹介 ●事例の紹介 まず、『「無期転換ルール」をご存知ですか』では、「無期転換ルール」とは何かを説明したうえで、会社が「無期転換ルール」に対応する必要があるかを、フローチャートで確認できるようにしている。 次に、「無期転換の条件」では、無期転換申込権が発生する以下の3要件を示している。 ① 有期労働契約の通算期間が5年を超えている ② 契約の更新回数が1回以上 ③ 現時点で同一の使用者との間で契約している 「メリットと意義」では、メリットとして次の2つを掲げている。 ① 意欲と能力のある労働力を安定的に確保しやすくなる ② 長期的な人材活用戦略を立てやすくなる また、意義として、企業は多様な人材の労働意欲と能力を高め、活用するための人事管理の仕組みを真剣に考えるべき時期を迎えており、今回の無期転換制度への対応が、持続的な人材戦略構築の好機となることを指摘している。 次に「導入の手順」で、ここがハンドブックの中核となるだろう。手順は4つのステップから成る。 (1)有期社員の就労実態を調べる 有期社員の人数、職務内容、月や週の労働時間、契約期間、更新回数、勤続年数(通算の契約期間)、今後の働き方やキャリアに対する考え、無期転換申込権の発生時期などを把握する。 (2)社内の仕事を整理し、社員区分ごとに任せる仕事を考える 有期社員が無期転換した場合、従来の「正社員」と役割や責任を明確に区分しておかないと、トラブルが発生するおそれがあることから、人材活用を戦略的に行うことの重要性を指摘し、そのために、「仕事の内容を分類する」ことと「有期社員の転換後の役割を考える」ことを勧めている。 「仕事の内容を分類する」では、基幹的な業務/補助的な業務(縦方向)と、業務の必要性が一時的/恒常的(横方向)の2つの観点で分類することで、大きく3つのタイプに分ける方法を提示している。
業務の必要性が一時的な仕事(左側)は任せる業務内容に応じ て、適した有期社員を活用することになり、業務の必要性が恒常的な仕事(右側)は、いわゆる「正社員」や雇用期間の定めのない無期転換社員などの無期労働契約の社員が担うことが求められるとしている。 「有期社員の転換後の役割を考える」では、無期への転換方法には、主に次の3タイプがあるとしている。
この3タイプの指摘は、難しく考えてしまいがちな無期転換制度の設計にあたって、わかりやすい方向性を示すものになると思う。 (3)適用する労働条件を検討し、就業規則を作る 注意点として、無期転換者と正社員の仕事内容や責任の範囲、労働条件などに差異がないにもかかわらず、処遇や評価に差異がある場合、妥当性や社員の納得性に留意した処遇や評価制度にすることを示している。 (4)運用と改善を行う 無期転換をスムーズに進める上で大切なのは、制度の設計段階から労使のコミュニケ―ションを密に確保することを指摘している。 続いて「支援策の紹介」は、助成金(キャリアアップ助成金)、パンフレット・リーフレット、セミナーの紹介である。 最後の「事例の紹介」では、3社の導入事例について、①導入の背景、②取組手順、③雇用形態、④登用基準、⑤処遇・労働条件、⑥その他、という観点からまとめている。 このうち、最初の生協の事例は、下記のように非常にシンプルで、無期転換を考える多くの企業の参考になるのではないかと思う。 ・勤続5年以上の従業員について、希望する者は一律で無期契約とした。 ・勤続年数以外の基準での選抜は一切行っていない。また、業務内容や労働条件なども変更していない。 (2016年10月11日) | ||||||||||
「健康経営」が注目されている。 健康経営の普及・啓発を行う特定非営利活動法人「健康経営研究会」によると、健康経営とは、『「企業が従業員の健康に配慮することによって、経営面においても 大きな成果が期待できる」との基盤に立って、健康管理を経営的視点から考え、 戦略的に実践すること』である。 社員の健康は、これまではどちらかといえば社員のプライベートの問題であり、社員任せになっていた面が大きい。もちろん、企業として健康診断など法定義務があることはやっていたものの、「健康管理」自体は社員の自己責任に委ねていた。健康経営では、これを企業が主体的に取り組んでいくというのである。 「健康経営」が注目を集めるようになったのは、別の見方をすると、社員の不健康が企業の存続・成長にとって無視できない問題となっているからだろう。 その1つはメンタルヘルス障害である。メンタルヘルス障害は、一般的な傷病に比べて長引きがちとなる。そして、重要なのは、当該社員だけの問題でなく、所属部署や人事担当部署の業務遂行にも影響を及ぼすことだ。 実際、ある企業の人事部門は、労働時間の半分を社員のメンタルヘルス対応に使っているような状態だ。時間的な負担もあるが、心労も大きい。メンタルヘルス障害が職場で「伝染」するのはよくあるパターンである。 もう1つは、社員構成の高齢化と考えられる。バブル崩壊以降の採用抑制に伴って、40歳以下の社員が減少したことに加え、高年者法の改正で65歳までの雇用が義務づけられたことから、高齢社員がボリュームゾーンとなっている。近年の人手不足により、高齢社員であっても戦力として働いてもらわなければならない。ところが、高齢になるといろいろと健康上の問題が出てくる。企業としては、これまで以上に健康配慮が求められることになる。 通常、こういった健康や労務については厚生労働省の管轄となるはずだが、健康経営に関して面白いのは経済産業省がからんでくる、いやむしろ主体となっていることだ。 経産省では、東京証券取引所と共同して、社員の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に取り組んでいる企業を「健康経営銘柄」として選定し、公表している。 どのようにして選定するかといえば、2016年は次のとおりだ。 ①「健康経営度調査」の実施 健康経営度調査の評価結果にもとづき銘柄選定候補を選出する。 ②評価基準に基づき「健康経営」に優れた企業を選出 総合順位上位20%を「健康経営銘柄」に選出する。 ③財務指標スクリーニングを経て選定 ROE(自己資本利益率)の直近3年間平均が、業種平均以上又は8%以上であった企業のうち、②の評価結果が業種内で最も高順位の企業を「健康経営銘柄2016」として選定する。 ちなみに②の評価項目は、下記の5項目である。
2016年は25業種について選定されている。ご覧のとおり、ほとんどが誰もが知る大企業である。 ただ、中小企業だからといって健康経営が困難というわけではない。もちろん、大企業のような組織体制や制度運用は無理にしても、たとえば経営者自らが個々の社員の健康状態をつかみ配慮するなど、小規模の強みを活かした手法はあるはずだ。 昨今の経営環境を考えると、健康経営は一過性のブームで終わるものではなさそうだ。病気になったときによくわかるよう、健康というのは何をするにも大前提となる。人材育成もモチベーション向上も大事だが、まずは健康があってこそである。社員の健康に関心の低い企業は、やがて淘汰されると考えるべきだろう。 (2016年10月17日) | ||
10月7日、「過労死等防止対策白書」が公表された。平成26年に施行された過労死等防止対策推進法に基づいて国会に毎年報告を行う年次報告書で、今回が第1回目となる。 その第1章に過労死の現状について述べてある。過労死はあってはならないものであるはずなのに、あたかも交通事故死のように当たり前に起きている。白書に従い、その現状を整理してみよう。 白書では、統計結果に基づく「過労死等の現状」と、アンケート調査に基づく「労働・社会面からみた過労死等の状況」の2節に分けて述べている。今回は前半の「過労死等の現状」のポイントをピックアップしてみる。 1.労働時間の状況 まずは過労死の最大要因ともいえる労働時間の状況である。
年間総実労働時間が減っているのは、パート労働者の増加が背景にあるからで、一般労働者の年間総実労働時間は、このところ大きな変化はないということである。
当該年代の労働時間は多いのは、男性はいわゆる働き盛りであるため、女性は育児のためと考えられる。 2.職場におけるメンタルヘルス対策の状況 過労死を防ぐには、職場でどのようなメンタルヘルス対策がなされているかも重要となる。その状況については以下の通りである。
相談できる人は、「家族・友人」と「上司・同僚」が圧倒的多数を占める。他の選択肢(産業医、産業以外の医師など)は10%に満たない。「家族・友人」はもちろんだが、職場の人たちの役割の大きさがうかがえる。 また、メンタルヘルスケアへの取り組みが活発になっているのは喜ばしい傾向だ。データは平成25年のものなので、現在はさらに増加していると推測される。 3.就業者の脳血管疾患、心疾患等の発生状況
4.自殺の状況
自殺原因・動機の詳細は、それぞれが区分できるものではなく、要因として重なる部分が多いだろう。たとえば、「仕事疲れ」の背景に「職場の人間関係」があったりするはずだ。 年齢層別の自殺者数は、上記1「1週間の就業時間が60 時間以上の長時間労働者」の年齢層とほぼ同じとなっている。 5.過労死等に係る労災補償の状況
労災の支給決定件数だけで見ると、過労死は減少傾向にあるといえる。 (2016年10月31日) | |||||||
「過労死等防止対策白書」第1章に示された過労死の現状について、今回は第1節「労働・社会面からみた過労死等の状況」のポイントをピックアップしてみよう。なお、「1.はじめに」と「5.勤務間インターバル制度の導入状況」は省略する。 2.労働時間の状況
月45 時間超の2番目は「卸売業、小売業」(3.4%)であり、「運輸業,郵便業」が突出していることがわかる。 月20 時間超と回答した企業の割合が少ないのは、「医療・福祉」(5.7%)、「複合サービス事業」(11.0%)「教育、学習支援業」(12.3%)である。勤務医=長時間労働というイメージがあるが、医療・福祉という全体から見れば、それほどではないということだろうか。 3.所定外労働(残業)が発生する理由
他に、「顧客(消費者)の提示する期限・納期が短いため」「スケジュール管理スキルが低いため」「マネジメントスキルが低いため」「労働生産性が低いため」などの理由があるが、割合はかなり低く、上記の4つが残業の4大発生要因ということができる。社員の立場からすると、「人員に比して業務量が多すぎること」と「顧客対応」という自分ではコントロールしづらいことが要因ということになる。 それぞれの理由を業種別に見たときの特徴は以下の通りで、業種の特性を反映させており興味深い。 ・「業務量が多いため」は、「情報通信業」「学術研究、専門・技術サービス業」 で顕著。 ・「人員が不足しているため」は、「宿泊業、飲食サービス業」が圧倒的、次いで「情報通信業」である。 ・「仕事の繁閑の差が大きいため」は、「運輸業、郵便業」「教育、学習支援業」と続く。 ・「顧客(消費者)からの不規則な要望に対応する必要があるため」は、「情報通信業」「建設業」「運輸業、郵便業」で多い。 ・「顧客(消費者)の提示する期限・納期が短いため」情報通信業、建設業が目立つ。
それぞれの理由を業種別に見たときの特徴は以下の通りである。 ・「人員が足りないため(仕事量が多いため)」は、どの業種も多い中で「宿泊業、飲食サービス業」が圧倒的 。 ・「業務の繁閑が激しいため」は、「学術研究、専門・技術サービス業」が目立つ。 ・「仕事の締切や納期が短いため」は、「学術研究、専門・技術サービス業」「情報通信業」「建設業」の3つが突き抜けている。 ・「予定外の仕事が突発的に発生するため」は、「学術研究、専門・技術サービス業」「情報通信業」が目立つ。 ・「会議・打ち合わせが多いため」は、全体的に低い中で「教育、学習支援業」だけが突出。
当たり前だが、長時間労働になればなるほど、残業時間を減らしたいと思うようになるということだ。 4.疲労の蓄積度、ストレスの状況
ちなみに少ないのは、「電気・ガス・熱供給・水道事業」(25.5%)、「金融業、保険業」(26.0%)、「製造業」(26.9%)、「不動産業、物品賃貸業」(同)である。
ストレスが少ないのは、「電気・ガス・熱供給・水道事業」(32.0%)、「製造業」(33.7%)、「建設業」(34.5%)である。 疲労の蓄積度とストレスの状況は、概ね相関しているが、いくつか違いがある点が面白い。たとえば、「運輸業、郵便業」は、疲労の蓄積度は高いが、ストレスはそれほどでもない。逆に、「複合サービス事業」は、疲労の蓄積度は低いが、ストレスは結構高い。総じて、身体を使う労働は疲労の蓄積度が高く、対人関係が多い労働はストレスが高くなるといえそうだ。
いずれも想像できる結果であるが、疲労の蓄積度やストレスと残業時間等との関連を、あらためて実証した形となっている。この中で、ハラスメントは自分が対象となっていなくても、疲労やストレスを高める要因になるというのは興味深い。 6.法の認知度等
人事・労務担当者はともかく、一般労働者の過労死法の認知度は意外に高いという印象である。それだけ過労死に関心があるということなのだろう。
過労死対策が重要かと問われれば、多くの企業は重要と回答するだろう。問題はどれだけ本気になって取り組むかである。過労死は「ヨソの企業の出来事」と考えずに、「自社にも起こり得ること」との認識がまずは大切になると思う。 (2016年11月7日) | ||||||||||
高年齢者雇用安定法の改正で65歳までの雇用が義務づけられて3年経過したが、多くの企業では、定年制は60歳のままではないかと思う。正社員として働けるのは60歳までということだ。 では、65歳まで正社員として働ける企業はどれくらいあるのだろうか? 先月、厚生労働省から公表された平成28年「高年齢者の雇用状況」によると、 ① 定年制の廃止企業は4,064社(対前年差154社増加)、割合は2.7%(同0.1ポイント増加) ② 65歳以上定年企業は24,477社(同1,318社増加)、割合は16.0%(同0.5ポイント増加) とのことで、約2割の企業が65歳まで正社員として働ける。(※対象は従業員31 人以上の企業153,023 社) ①の定年制の廃止企業を企業規模別に見ると次のとおりである。 ・中小企業では3,982社(同137社増加)、2.9%(同変動なし) ・大企業では82社(同17社増加)、0.5%(同0.1ポイント増加) 全体から見ると非常に少なく、この1年で大して増えてもいない。特に大企業はレアケースといって差支えない。 次に、②の65歳以上定年企業の企業規模別の内訳は次のとおり。 ・中小企業では23,187社(同1,192社増加)、16.9%(同0.4ポイント増加) ・大企業では1,290社(同126社増加)、8.2%(同0.7ポイント増加) こちらは、増加傾向にあることが明白である。中小企業の方が積極的であることは、定年制廃止と同じである。 以上のデータから次のことがいえる。 1.高年齢者の雇用については中小企業が進んでいる 2.定年制廃止に踏み込む企業は限定的だが、65歳以上定年制は増えつつある 高年齢者の雇用について中小企業が進んでいるのには、2つの要因を指摘できる。 1つは、人手不足で高年齢者が戦力となっている(あるいは、戦力とせざるを得ない)ことである。よくあるのは、長年その業務に従事しており後任者が育っていないケースである。 もう1つは、制度に基づく機械的な処遇が求められる大企業と違って、処遇にあたって融通が利くことである。たとえば、定年制がなくても、社員を辞めさせたいときには、社長が説得して退職を促す。よくも悪くも、制度やルールに縛られず、経営者と社員との濃密な人間関係に基づく処遇が可能なのである。 65歳以上定年制の増加は、従来第一線から退いてもらっていた高齢社員を、戦力として維持する方向へと舵を切ったことを表わしている。 背景にあるのは、60歳で継続雇用した社員の処遇の難しさである。確かに人件費削減には寄与するものの、本人のモチベーションや職場のモラールに悪影響を及ぼし、結果としてコストダウンによるメリット以上のデメリットを与えるケースが多く見られのである。いずれは65歳以上定年制になるのだから、中途半端に再雇用するよりも、65歳まで正社員として処遇するノウハウを早く確立しようとの思惑もあるだろう。 労働力の確保がますます困難になることから、65歳まで正社員として囲い込む動きは、今後さらに増加していくだろう。 ただ、65歳「以上」定年といっても大半は65歳定年を選択すると思われる。 調査でも、 ・65歳定年企業は22,764社(同1,181社増加)、14.9%(0.4ポイント増加) ・66歳以上定年企業は1,713社(同137社増加)、1.1%(同変動なし) となっており、まずは65歳定年を選ぶ企業が圧倒的に多い。 定年制については、今後、ますます流動的になることは間違いない。40年くらい前は55歳定年が普通であった。今後、主流となるはずの65歳定年も、「そんな時代があったな」と振り返られるときが来るだろうし、さらには、定年制そのものが死語となる日も到来するに違いない。 (2016年11月14日) | |
10月某日、経済産業省の1室にて‥‥。 (経産省)幹部:「失速気味のアベノミクスの中で『働き方改革』だけが注目を集めている。わが省は、すっかり影が薄くなってしまったではないか」 部下:「いやあ、あの地味な厚労省が、不祥事以外で脚光を浴びるとは思いませんでしたね」 幹部:「変な感心をしていないで、うちにも何か『働き方改革』につながる施策はないか考えろよ」 部下:「難しいですねえ‥‥労働に関しては、当たり前ですが厚労省の牙城ですからねえ」 幹部:「とは言っても、厚労省に手が出せない分野があるだろう?」 部下:「‥‥そういえば、この前、厚労省から『働き方の未来2035』っていう報告書が出たんですけど、その中で、20年後はフリーランス的な働き方が拡大するという提言がありましたよ」 幹部:「それがどうした」 部下:「フリーランスってことは労働者ではなく、事業主、言ってみれば経営者です。経営者として働くということなら、厚労省の管轄外で、むしろうちの縄張りですよ」 幹部:「よっしゃ、それだ! 厚労省め、墓穴を掘ったな‥‥」 という会話はあくまで想像だが、経産省からも、安倍政権が進める労働政策「働き方改革」に連なる研究会が発足し、11月17日に第1回の会合が開催された。「雇用契約によらない新しい働き方」に関する研究会である。 研究会では、フリーランス、アライアンスといった多様な働き方について、事例・実態を収集し、課題及び今後の方向性について検討を行うとのことだ。 厚生労働省主管の「働き方改革実現会議」が、来年度からどうするかという喫緊の課題を扱うのに対し、こちらは10年・20年先を見据えた長期的な課題を話し合う場といえよう。 経産省による、会議の背景と開催の趣旨は次のとおりである。
ただ、漠然と話し合ってもらっても、実りある会議は期待しがたい‥‥ということだと思うが、経産省では、「論点の例」という形で次の4つのテーマを掲げている。
研究会では、このような方向に沿って課題が検討されると思われる。事実、第1回のテーマは、「『雇用関係によらない働き方』の現状及び人材育成・教育訓練のあり方について」であった。 ただ、フリーランスの一人のして言わせてもらえば、正直なところ、上記のテーマにはピンと来ないものがある。もちろん、フリーランスの仕事内容や顧客との取引関係によって違ってくることではあるのだろうが。 フリーランスにスポットライトを当てた経産省の研究会は、就業者のうち約9割を雇用者が占める現状では、マスコミの注目度も低く、あまり話題にならないかもしれない。 しかしながら、フリーランスという働き方が転職の際の有力な選択肢になりつつあるのも事実である。最終的にどのような提言がまとめられるか注目はしておきたい。 (2016年11月28日) | |||
安倍首相が働き方改革のメインテーマの1つとして主導する同一労働同一賃金の具体案が明らかとなった。 昨年12月20日に第5回「働き方改革実現会議」が開催され、「同一労働同一賃金ガイドライン案」についての議論が行われた。これを基に法改正が進められ、国会審議を経て最終的に確定されることになる。 あくまで“案”であるが、基本的にはこの内容で決定となることが想定される。どのような案が示されたのか、3回に分けて概要を整理しておきたい。 全体構成としては、ガイドラインの趣旨などを述べた前文に続いて、「有期雇用労働者及びパートタイム労働者」と「派遣労働者」の2つに分けてガイドラインを示している。 もっとも、後者の派遣労働者については、原則を短文で指摘しただけで、前者の「有期雇用労働者及びパートタイム労働者」についてが、本案の実質的な中身といえる。では、その内容を見てみよう。 ●有期雇用労働者及びパートタイム労働者のガイドライン案 有期雇用労働者及びパートタイム労働者について、(1)基本給、(2)手当、(3)福利厚生、(4)その他、の4つの項目ごとにケースに応じた対応の仕方を示している。どのようなケースに分けているか、具体的には以下の通りである。
これらについて、対応の原則を述べるとともに、<問題とならない例>と<問題となる例>を示すのが基本的な内容である。 たとえば、(2)手当の⑦深夜・休日労働手当では、
という原則を示して上で、
という形で例示を行っている。 この中で、特に注視したいのは、(1)基本給の①~④と、(2)手当の①賞与についてである。ガイドライン案どおりの取り組みが求められると、企業としてはかなりの混乱が生じることも予想される。どのような問題があるか、次回以降にまとめてみたい。 (2017年1月10日) | ||||
昨年12月に示された「同一労働同一賃金ガイドライン案」について、実務上、気になるところを具体的にみていこう。気になるのは、次の5つである。
今回は、基本給①~④のケースについて確認しておきたい。 ① 基本給について、労働者の職業経験・能力に応じて支給しようとする場合
多くの企業では、基本給を能力や経験に応じて定めていると思う。したがって、この原則は多くの企業に当てはまると考えられる。 <問題とならない例>は4つ示されている。簡単にまとめると以下のとおりである。 ①特殊なキャリアコースを選択して職業能力を習得した正社員に、その職業能力に応じて支給するのはOK。 ②総合職がキャリアコースの一環として、パート労働者と同じ仕事をするような場合は、パート労働者よりも高額支給してもOK。 ③職務内容や勤務地に変更がありうることを理由に高い賃金水準とするのはOK。 ④就業時間帯や土日勤務の可否などにより、時給格差を設けるのはOK。 一方、<問題となる例>として挙げられているのは以下のものである。 ・現在の業務に関連性のない職業経験・能力を持つことを理由に、パート労働者よりも正社員に高額支給するのはNG。 これを読む限りは、一般的な正社員とパートタイマー等とであれば、現在の取扱いでも特に問題とはならないようである。 ② 基本給について、労働者の業績・成果に応じて支給しようとする場合
営業職などで、正社員と契約社員とで異なる業績給や業績手当の仕組みを設けている場合は、これに引っかかる可能性が高い。 <問題とならない例>として、目標が未達の場合、処遇上のペナルティを課されている正社員に高額支給するのは構わないと示されている。「処遇上のペナルティ」をどう解するかにもよるが、一般的には、このような例は少ないと思う。 ③ 基本給について、労働者の勤続年数に応じて支給しようとする場合
いわゆる勤続給のことだと思うが、原則を読む限りは、正社員もパートタイマー等も同じように支給しなければならないということである。 ④ 昇給について、勤続による職業能力の向上に応じて行おうとする場合
③と同様に、能力評価などに基づく昇給についても、正社員とパートタイマー等とで同一に行わなければならないということだ。 ただ、そもそも、多くの企業では、正社員とパートタイマーとでは、賃金テーブルが異なるという実態があり、③④の原則を適用しづらいという問題がある。これについては、本案にて次のように示されている。
これを読む限りは、各々別の賃金体系にするという現状の取扱いも認められるようである。ただし、従来よりも厳格な説明責任が必要になるということだ。どのような説明であれば足りるのか、今後、議論されると思うので注目しておきたい。 (2017年1月17日) | |||||||
長時間労働が疑われる事業場に対して、平成28年4月から9月までに行われた、労働基準監督署による監督指導の実施結果が公表された。 平成27年4月~6月の監督指導結果については、以前のコラム(№158)でも扱ったところだが、今回は、前回触れなかった視点からもまとめてみたい。 ちなみに、前回は1か月100時間を超える残業が行われた疑いのある事業場が対象であったが、今回は80時間超となったことから、対象企業が増加している。 ●重点監督指導状況 平成28 年4月~9月に、10,059 事業場に対し重点監督を実施し、6,659 事業場(全体の66.2%)で労働基準関係法令違反が認められたとのことだ。 実施件数を規模別で見ると、300人以上が4,562件(45.2%)、100~299人が1,945件(19.3%)と、100人以上の企業が3分の2を占めており、比較的規模の大きな企業を対象に実施されたことがわかる。 規模が大きい方が監督指導の効率性がよいことや、企業名の公表に至った際にインパクトが大きいことなどを考慮しているのではないかと思う。 それはさておき、主な違反としては、 ・違法な時間外労働があったものが4,416 事業場(43.9%) ・賃金不払残業があったものが637 事業場(6.3%) ・過重労働による健康障害防止措置が未実施のものが1,043 事業場(10.4%) である。 前年同時期の結果(2,917事業場60.0%)と比べてみると、監督実施企業に占める違法な時間外労働があったものが、16.1ポイントも減少している。 これは、さきほど触れたように、対象企業の違いが要因と思われる。つまり、前年は月100時間超の企業が対象であったためで、残業時間が多い企業ほど、違法な長時間労働を行っている可能性も高いことがうかがえる。 ●時間外・休日労働時間が最長の者の実績 違法な時間外労働があった4,416 事業場において、時間外・休日労働が最長の者を確認したところ、 ・3,450 事業場で1か月80 時間 ・うち2,419 事業場で1か月100 時間 ・うち489 事業場で1か月150 時間 ・うち116 事業場で1か月200 時間 を超えていたとのことだ。 月に200時間の時間外・休日労働というのは、まとまな感覚ではありえないレベルである。たとえば、1ヶ月休みなく、毎日5時間の残業(5時間×22日=110時間)した上で、土日も11時間(11時間×8日=88時間)働いても198時間である。これを上回ることになり、その過酷さが想像できると思う。 問題はその多さだ。1つ、2つの事業場であれば、まだわからないでもないが、116事業場もあるのは明らかに異常といえる。救いがあるとすれば、最近、特に長時間労働に対する世間の視線が厳しくなってきていることから、来年のこの調査では、かなりの減少が見られるかもしれないということだ。どのような結果が出るか注目したい。 ●労働時間の管理方法 監督を実施した10,059 事業場において、始業・終業時刻等の労働時間の管理方法を確認したところ、 ・1,234事業場で使用者が自ら現認することにより確認 ・3,206 事業場でタイムカードを基礎に確認 ・1,751 事業場でIC カード、ID カードを基礎に確認 ・3,573 事業場で自己申告制により確認 ・1,973 事業場でその他の方法(例えば、出勤簿)により確認 していたとのことである。 労働時間の管理方法としては、使用者の現認、タイムカード・ICカード等によるのが原則で、自己申告は、それらが困難な場合の方法なのだが、実状は、例外であるはずの自己申告制が多いということである。 また、出勤簿など、その他の方法に至っては、適正な労働時間管理ができるとは思えず、実質的に管理をしていないということではないかと思う。 長時間労働是正の前提として、まずは労働時間の把握と管理が必要となるはずだが、それができていない、あるいは問題意識が低い企業がまだまだ多いことがうかがえる。 (2017年1月23日) | |
第3回目は、(2)手当の①賞与について、その他気になる部分を見ていこう。 (2)手当 ①賞与について、会社の業績等への貢献に応じて支給しようとする場合
昨年末にこの案が公表されたとき、「非正規にも賞与」という見出しが新聞やネットニュースをにぎわせたのを覚えている方もいるだろう。おそらく、本案で最も関心が高いのはこの項目ではないかと思う。簡単に言えば、契約社員やパートタイマーにもボーナスを支給しなければならないということである。 原則を読む限り、貢献度に応じて支給しなければ免れるようにも思えるが、そうではない。<問題となる例②>に次のように書いてある。 ・賞与について、D社においては、無期雇用フルタイム労働者には職務内容や貢献等にかかわらず全員に支給しているが、有期雇用労働者又はパートタイム労働者には支給していない。 つまり、貢献度にかかわらず、たとえば役職等に応じて一律に支給する場合も、パートタイマー等に支給しなければならないということだ。 パートタイマーに賞与を支給する企業は少なく、また、支給したとしても数万円というのが多いのではないだろうか。それを考えると、重大な内容といえる。 その他の手当については、基本的に正社員と同じ業務を行っているのなら、契約社員やパートタイマーにも同様に支給すべきというものだ。非正規社員を正社員と同じように戦力化している企業などでは、対応が必要になってくるだろう。場合によっては、手当の統廃合などを検討する必要性が出てくるかもしれない。 また、(3)福利厚生では、病気休職について留意したい。
休職制度を正社員以外にも認めている企業は少ないと思う。本案では、無期雇用パートタイム労働者と有期雇用労働者にも認めるよう求めている。特に休職者に何らかの賃金補償をしている企業は、その取扱いが課題となるだろう。 最後に3.派遣労働者についてであるが、以下のように簡単な原則を示すのみにとどまっている。
年内に指針を示すことを公約していたため、派遣労働者については時間切れで詳細に示せなかったのではないかと勘繰りたくなる。 それはともかく、内容はかなりのインパクトを持つ。同じ業務であっても、派遣される企業によって賃金が変わることを意味するからだ。これまで、派遣労働者は業務ごとに相場が成立するという、真の意味での同一労働同一賃金に最も近い存在であったのだが、それが根底から崩れかねない。最も純粋な形の同一労働同一賃金が、本ガイドラインの導入によりなくなってしまうのは皮肉な話である。 以上、3回にわたってガイドライン案の気になる箇所を指摘してきた。日本企業の実情に即しており、現在の制度にそれほど影響を与えないのではという意見も聴かれるが、そう楽観的にはなれない。文言の解釈の仕方によっては、大掛かりな修正も必要と考えられる。 ガイドラインが最終的にどのような形でまとまるかに注目しておきたい。 (2017年1月30日) | ||||
1月20日、労働時間を適正に把握するためのガイドラインが新たにに策定された。従来の「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基準」に代わり、使用者が講ずべき措置を具体的に定めたものである。名称が「基準」から「ガイドライン」となったほか、内容がいくつか追加されている。これまでの「基準」との相違点を中心に概観してみたい。 まずは、従来の「基準」にはなかった「労働時間の考え方」の追加である。これまでの判例等を踏まえ、下記のように労働時間の考え方をあらためて具体的に示している。
この中で特に注目したいのは、ウの後半部分である。上司が部下に「〇〇について勉強しておけ」と言うことはよくある。これに従って勉強するのは、一般的には自己啓発の領域だが、指示・命令のニュアンスが強く、事実上の強制であれば労働時間となりうるということだ。 次に、「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置」の「始業・終業時刻の確認及び記録の原則的な方法」として、従来の「タイムカード、ICカード」に「パソコンの使用時間」が追加されている。近年の労働時間管理の実態に合わせたものだろう。 そして、最も多くの変更・追加がなされているのが、「自己申告制により始業・終業時刻の確認及び記録を行う場合の措置」である。自己申告に基づいて労働時間管理を行う企業が多く、“不正の温床”となっている実態から、特に多くの変更がなされたものと思われる。 ポイントをまとめると、 ① 「実際に労働時間を管理する者に対して、自己申告制の適正な運用を含め、本ガイドラインに従い講ずべき措置について十分な説明を行うこと」の追加 ② 従来の実態調査の実施に加え、「所要の労働時間の補正」を要求していること。特に、「入退場記録やパソコンの使用時間の記録」と「自己申告の労働時間」とに著しい乖離があるときは、調査・補正を行うよう具体的に要求していること ③ 「自己申告した労働時間を超えて事業場内にいる時間について、その理由等を労働者に報告させる場合には、当該報告が適正に行われているかについて確認すること」の追加 ④ 「労働基準法の定める法定労働時間や36協定により延長することができる時間数を遵守することは当然であるが、実際には延長することができる時間数を超えて労働しているにもかかわらず、記録上これを守っているようにすることが、実際に労働時間を管理する者や労働者等において、慣習的に行われていないかについても確認すること」の追加 ⑤ 「賃金台帳の適正な調製」の追加 以上のように、労働時間管理が不適切な企業の実態を踏まえ、その防止策をより具体的に示したのが新ガイドラインの特徴である。企業からすると、従来よりも厳しい内容になったといえるが、今の時代、当然に求められることと受け止めるべきだろう。 ブラック企業の跋扈や過労死の問題を背景に、国をあげて働き方改革が進められるなか、労働時間管理はこれまで以上に厳格に求められようになっている。当ガイドラインは、その取扱い基準となるものなので、企業としてもしっかりと認識しておく必要がある。 (2017年2月7日) | ||
長時間労働の削減に向けて、政府では労働時間法制の見直しを進めている。 法的な枠組みを変えるのはもちろん重要だが、各企業において、残業許可制やノー残業デーなどの施策をとることも必要である。ただ、これで十分かといえばそうではない。これらだけでは表層的な対策に留まり、隠れ残業が発生したり、新たな抜け道を見出したりする可能性が高い。また、肝心の業績が低下したりしては元も子もない。もう一つ忘れてはならないのは、マネジメントの仕方そのものを変えることだ。 これに関し、厚生労働省の「仕事と生活の調和のための時間外労働規制に関する検討会」において、長時間労働の是正ために「マネジメント、業務プロセス、人事評価等の改革」の必要性が指摘されている。資料に述べられた次の4点は、非常に重要と思われるので、ここに示しておきたい。
長時間労働は日本企業の社員にしみ込んだ体質である。好むと好まざるにかかわらず、大半の社員にとって長時間労働は当たり前のことだ。そのような強固な行動規範は、トップが本気で取り組まなければ絶対に変わらない。
最近、労働時間削減の観点から、「過剰品質」が注目されるようなったのは喜ばしいことだ。典型的なのは、高額な対価を得ているわけでもない飲食店や小売店が、高級店のようなサービス・マナーを提供するケース(もちろん、それを求める消費者に根本原因がある)だが、それはまあ対顧客のことなのでひとまず置くとして、少なくとも社内での過剰サービスは控えようという提言には大賛成である。“誰も読まない議事録の作成”というのは、うなずく方も多いのではないだろうか。
マネージャーの意識・行動改革が重要になることも間違いない。それを促すのが組織的サポートであるが、1つはロボット化やIT化、外注化などによる作業効率化である。ハードワークで知られる日本電産が、こういった時短投資を進めることで、残業ゼロを目指すとのことだ。中小企業には困難な面もあるが、社長以下、全員が知恵を出し合うことが大切だろう。
3の実現を人事制度の観点から担保しようとするものだ。マネージャーの思考・行動様式を改めてもらうために、人事評価等でチェックするという仕組み作りである。筆者もワークライフバランスに関する目標達成度合いを、業績評価の指標として設定することがある。 1~4は、取り立てて目新しいことではないが、長時間労働削減のために必ずチェックしておかなければならない事項といえる。これらを意識し、各企業にあった具体策に展開していくことが残業削減には不可欠である。 (2017年2月13日) | |||||
2017年2月14日に開催された第7回働き方改革実現会議で、新たな時間外労働上限規制の政府(事務局)案が提示された。 このうち、「法改正の方向性」として示されたのが次の5項目である。
まずは原則として①である。これ自体は現状の限度基準と同様だが、現在は告示で示されているものを法律に明記するとのことだ。なお、現在の限度基準で定められている1週間15時間、3ヶ月120時間などの他の基準については、言及はないものの、おそらく撤廃されると思われる。
②は特例となる。月平均60時間というのは、現在の実態からすると思い切った上限といえる。ただ、あくまで“平均”なので、多くの企業ではそれほど困らないだろう。ちなみに、厚労省の平成25年度労働時間等総合実態調査によると、特別条項付36協定の1ヶ月の延長時間の平均は約78時間で、1年の平均は約651時間である。
これも特例である。現在の脳・心臓疾患の労災認定基準が80時間超なので、80時間以内になると思われ、業務の繁閑に対応するために、最大値の80時間となることが予想される。これだと、80時間×6+40時間×6という組み合わせが可能となる。 ただし、新聞報道では、1ヶ月だけなら100時間まで認め、2ヶ月平均で80時間を超えないようにする案がメインとなっているとのことだ。連合が強く反発しており、世間の目も厳しいことから、そこまでは容認しないのではないだろうか。
これは現在の特別条項と同様のものとなるだろう。ただし、要件については、現在よりも厳しくなることが想定される。
その他として、⑤と⑥である。 ⑤については、委員の東大社会科学研究所水町勇一郎教授が一定の準備期間を設けたうえで上限規制の下に置くべきとの意見を提出しており、その流れになるのではないだろうか。 ⑥は、労使ともに反対するとは思えず、そのまま残ると思われる。 新聞報道によれば、月60時間1年720時間については労使とも受け入れる方針とのことで、大枠はこれで決まりとなるはずだ。ここ数年の労働法改正の中でも、企業・労働者への影響が最も大きい事項の1つである。セットで設けられる予定の勤務時間インターバル制度とともに、議論の行方を注目しておきたい。 (2017年2月21日) | ||||||
働き方改革の柱となる時間外労働規制は、このところマスコミに大きく取り上げられているが、取材対象は大企業が多く、労働者はもちろん使用者も前向きの発言が目立つ。大企業では、時短に向けての投資や人材活用にも余裕があるだろうし、外聞も気になるだろう。 一方で中小企業の受け止め方はどうなのだろうか。2月1日に発表された日本商工会議所「時間外労働規制に関する意識調査」集計結果の対象は、50人未満の企業が半分以上、300人未満だと8割以上を占め、その実態をかなり反映していると思われる。 では、結果の概要のポイントを見ていこう。 ●36協定の届出ならびに特別条項の締結・届出状況 調査対象企業の7割以上が36協定を締結している。この内、特別条項の届出を行っている企業は約半数(50.6%)である。従業員規模別では、50人未満は36.9%、300人以上は72.4%あり、規模が大きくなるにつれ、締結割合が高くなっている。 その理由について触れてはいないが、規模が小さいほど時間外労働が少ないということではないだろう。むしろ、労務管理をしっかり行っているかどうかの問題ではないかと思う。小規模企業では、特別条項の存在を知らない、あるいは知っていても締結しない企業も多いはずだ。 ●36協定の見直し 36協定の見直しについては、半数強(53.8%)の企業で「賛成」と回答する一方、「反対」も4割強を占めている。規模別の内訳がないのが残念だが、おそらく、規模が大きくなるほど賛成が増えると思われる。 見直しに「賛成」と回答した企業では、見直しの方向性について「一定の上限規制は必要だが、業種業態・企業規模等を考慮し、一律に規制するのではなく、柔軟な制度設計とすべき」と回答した割合が突出して高い(74.4%)数値となっており、見直しには賛成ではあるが、一律の規制には反対との姿勢を示している。 見直しに「反対」と回答した企業では、見直しの方向性について「特別条項の存在だけが長時間労働の原因ではないので、法改正しても効果的でない」(30.8%)が最も多く、次いで「現行制度には保険的な意味があり、現状維持とすべき(業種・業界特性、突発事故への対応等で残業はやむを得ない)」(25.9%)、「労働時間のあり方は労使で決めるべきものであり、政府が必要以上に介入すべきではない」(17.2%)となった。 最多の回答からは、特別条項が形骸化していることがうかがえる。大企業と違って、適切な労務管理が不足しているということだろう。また、他の回答も含め、長時間労働の削減が困難であるとの本音が見える。 ●長時間労働是正に向けての取り組み 長時間労働是正に向けて効果的と思う取り組み策について、「長時間労働を肯定するような労働者・経営者の意識改革」(39.0%)が最も多く、次いで「長時間労働を是正するというトップの強いコミットメント」(36.7%)が続き、長時間労働の是正には、第一に意識改革が必要という結果が出ている。さらに、3番目には、「残業を生みやすい業種業界特性・商慣行の見直し(業務の繁閑を無くす工夫を業界全体で行う等)(36.3%)が僅差で挙げられており、自社の努力だけでは限界があることを示している。 長時間労働是正に向けた効果的でないと思う取り組み策について、「労働法・制度の規制強化(勤務間インターバル規制の導入、違反者に対する罰則・監督指導の強化等)」(25.6%)が最も多い結果となった。 他の策(「発注者との取引条件の見直し」など)がいずれも21%なので大した違いはないが、それでも、規制強化への拒絶姿勢の強さがうかがえる。まあ、4分の3は法改正に効果があると思っていると、肯定的にとらえることもできるのだが。 以上、中小企業では、時間外労働規制の動向を冷めた目線で傍観しているとの印象だ。大企業のように投資をして効率化を図ったり、取引先の協力を得たりすることは難しく、「法制度が変わっても我々にはどうしようもない」とのあきらめ感も漂う。 ただ、上記の効果的な取り組み策にあるように、労働時間削減で最も重要となる「トップの意識やコミットメント」を社員に浸透させやすいのも中小企業である。その強みを最大に活かすことがポイントとなるだろう。 (2017年2月27日) | |
2月24日の金曜日は、第1回のプレミアムフライデーということで話題となった。「恩恵があるのは一部の大手企業だけ」とのやっかみの声もあるようだが、利用できた人はもちろん、縁のない人も何かしらワクワクする制度ではある。 通常、早退というのは、病気や家族の緊急事態などやむを得ない事情で行うもので、早退後の時間を自由に使えるケースはあまりない。職場の同僚は働いているので、うしろめたさもある。その意味で、月に1度、わずか数時間ながら“公的にさぼる”ことのできるこの制度は、利用者にとって大きな高揚感を得られるのではないだろうか。 週休2日が当たり前の40歳代以下の人は社会人生活で初めての半ドンに胸を躍らせ、かつて土曜日の午前中に働いた経験のある50歳以降の人は、若き日のことをなつかしく思い出すのではないか。 企業としても、そのような形で社員にリフレッシュしてもらえれば、自社へのロイヤリティが高まることが期待できる。そのためにも、可能な限り、全社員が利用できる制度にしたい。 では、プレミアムフライデーは、労務管理的にどのように取得させるものなのだろうか。方法としては、主に次の2つが考えられる。 1つは、単に定時より早く(たとえば12時に)終業時間にしてしまうこと。就業規則の労働時間に「業務の都合により、始業・終業の時刻を変更することがある」との規定を設けている場合はこれを適用することになる。もちろん、中小企業などでは、このような規定がなくても社長の「午前中で終わり」の一声で実施するのもアリだろう。 気になるのはノーワーク部分の賃金だが、完全月給制であれば賃金は減ることはない(逆に、その間働いた社員の賃金が増額となるわけでもない)。日給月給制等であれば、その分、賃金が減ることもありうるが、実際に減額する企業はほとんどないだろう。懸念されるのは時給で働く人たちで、現に時給制のパートタイマーには、賃金が少なくなるとの不満の声が上がっているようだ。 もう1つは、年次有給休暇を取得してもらうこと。ただし、半日休暇や時間単位年休を制度化していることが前提となる。また、会社の推奨のもと取得したい人だけが取得するという方式となり、年休の性格からして、強制取得させることはできない。どうしても全員に休んでもらいたのであれば、計画的付与という形で、労使協定を結んで取らせることもできるが。 新聞報道を見るかぎり、後者の年休による方が多いようだが、プレミアムフライデーの趣旨からして、前者の方法によるのが望ましい。せっかくの機会なのだから、できる限りは全員が早帰りをするのが適切だろう。 早退分が減ってしまうパートタイマーには、時給に相当(半分でもよい)する商品券でも贈れば、会社に対する評価も高まるのではないだろうか。粋なはからいにやる気を高めてもらえれば、コストを上回る価値を得られると思うのだが。 (2017年3月6日) | |
長時間労働削減には、まずその原因を考えなければならない。残業をするのは、何かしら理由があるはずだ。最近の調査から、その理由を整理してみたい。 まずは、連合が2015年1月に行った「労働時間に関する調査」から。労働者にどのようなことが残業の原因になっていると思うかを複数回答形式で聞いたところ、以下の結果となっている。 ① 「仕事を分担できるメンバーが少ないこと」 53.5% ② 「残業をしなければ業務が処理しきれないほど、業務量が多いこと」 52.6% ③ 「職場のワーク・ライフ・バランスに対する意識が低いこと」 23.7% ④ 「職場に長時間労働が評価される風潮があること」 10.4% ⑤ 「残業代を稼ぎたいと思っていること」 8.7% ⑥ 「時間を掛けてよりよい仕事・自分が満足できる仕事にしたいこと」 8.6% ⑦ 「自分自身が残業を前提に仕事の計画を立てていること」 5.6% ⑧ 「仕事に集中していない時間が多いこと」 4.2% 人員が少ないことと業務量が多いことが圧倒的な1位・2位を占める一方で、⑤~⑧は労働者自身の問題といえるが、こちらはそれぞれ1割未満である。労働者の立場からすると、残業は会社に主要な問題があるということだ。 次に、2016年10月に日本能率協会から公表された第7 回「ビジネスパーソン1000 ⼈調査」【仕事と健康編】を見てみよう。ビジネスパーソンに複数回答形式で残業をする理由を尋ねた結果は以下の通り。 ① 「自身の日常業務が終わらないから」 45.7% ② 「突発的なことに対応する必要があるから」 27.6% ③ 「残業手当が欲しいから」 15.8% ④ 「職場が残業する雰囲気だから」 15.2% ⑤ 「同僚・部下の業務をフォローするから」 13.8% ⑥ 「残業をしてでも達成したい目標があるから」 13.0% 以下略 こちらの調査も、業務量の多さ(あるいは人員の少なさ)が原因になっていることを暗に示している。また、1日あたりの残業時間別の内訳も示しているが、3時間以上の職場では、「職場が残業する雰囲気だから」が27.1%と高くなるのが興味深い。職場風土が長時間労働に影響を与えることを示唆している。 3つ目は、2017年3月に公表された東京商工リサーチ「長時間労働に関するアンケート調査」である。上記の2つと違っているのは、労働者ではなく企業に尋ねている点だ。残業の理由(複数回答)は以下の通り。 ① 「取引先への納期や発注量に対応するため」 37.6% ② 「仕事量に対して人手が不足している」 24.7% ③ 「仕事量に対して時間が不足している」 21.1%) ④ 「日常的なことなので特に理由はない」 7.3%) 以下略 同調査では、資本金1億円以上の大企業と、1億円未満の中小企業等に分けて調査しているおり、大企業ではトップ3は下記のようになる。 ① 「仕事量に対して人手が不足している」 30.0% ② 「取引先への納期や発注量に対応するため」 28.8% ③ 「仕事量に対して時間が不足している」 24.7% 一方、中小企業等は次の通りである。 ① 「取引先への納期や発注量に対応するため」 40.6% ② 「仕事量に対して人手が不足している」 22.9% ③ 「仕事量に対して時間が不足している」 19.8% 中小企業等は、取引先との関係による理由が大企業を11.8ポイント上回っており、大企業に比べて残業削減が困難であることをうかがわせる。 実際、「残業時間を減らす努力をしていますか?」との質問に対して、中小企業等は「いいえ」の構成比が大企業の2倍に達しており、その理由として、「納期・期日の問題などもあり、個々の企業努力ではどうしようもない」といった回答が挙げられている。 企業の問題、労働者自身の問題、職場風土の問題、取引先等外部の問題と残業にはさまざまなものがからんでおり、その削減は一筋縄ではいかない。大切なのは、経営者も社員も他者に責任転嫁をせず、まずは自分が何をしなければならいかを考えてみることだろう。 (2017年3月20日) | |
3月17日、注目を集めていた時間外労働の上限規制などに関する政労使の合意案が「働き方改革実現会議」に提案された。「政労使」というのは、連合(労)と経団連(使)とで合意した案を内閣官房・厚生労働省(政)が認めて、三者で提案する形をとったからで、事実上、労使の決定事項である。もちろん、政の意向を受けてということになるが。 今回は、その内容のうち、特に関心の高い「時間外労働の上限規制」を確認しておきたい。
まず原則として、現行の限度基準と同じ「月45時間、年360時間」が示された。異なるのは、現在の告示から法律に昇格することである。このため、現行と違って罰則がある点が重要となる。 続いて、特例であるが、現在は無制限に設定できる特別条項の労働時間に、年間720時間の上限を設けるとともに、3つのルールを設定した。 ①は2か月~6か月間の平均に関するルールで、いずれも80時間以内とするものである。 ②は1月100時間未満とするものだ。1月の上限については、今回の労使の話し合いの中で最大の論点となるはずであった。ポイントは、過労死のリスクが高まる80時間超の時間外労働を連合が認めるかどうかである。ところが、揉めたのは時間ではなく、100時間「以内」にするか「未満」とするかという瑣末的な事柄であった。結局、安倍首相の要請で未満となったようだが、何とも的外れの展開となった。 ③は特例を適用できる回数である。年6回ということで、現状の特別条項と同じ扱いとなった。 ところで、①②で注目したいのは「休日労働を含んで」という箇所である。わざわざそのような記述をするということは、「月45時間、年360時間」の原則、そして「年720時間以内」の特例については、休日労働を含まず、あくまで時間外労働だけということになる(下表参照)。 【労働時間の上限と休日労働時間の関係】
※今回の提案の中に、休日労働時間についての記述はないので、これまでと同様に上限はないものと考えられる。 これに従えば、複数月の平均や1月の上限の計算の際は、時間外労働時間+休日労働時間で考えなければならない。 たとえば、ある月に99時間59分の時間外労働をさせたとすると、休日労働はさせることはできない。そして翌月は、休日労働も含めて60時間以内としなければならない。 逆に言えば、1年のうち6か月は時間外労働を60時間させるとともに、毎月、休日労働を20時間させる、といった運用はOKということになる。 休日労働時間については、これまで特別条項の枠外となっていた一方で、労働安全衛生法に定められた医師による面接指導の対象労働者の判定においては、休日労働時間も含めて計算することになっており、整合性に欠ける面があった。今回の提案では、その点の整合が取られることになり、これに関しては進展といえよう。 おそらく、働き方改革実現会議でもこの案が採択され、労政審議会を経て、立法の運びとなるのだろう。労使が合意している以上、時間外労働の上限規制は、当案でほぼ決まりになったといえる。 関心は「いつから?」だが、新聞報道によれば、2019年度の施行を予定しているとのこと。来年度からではないのは、「労働基準法70 年の歴史の中で特筆すべき大改革(労使合意の書面より)」なので、じっくり取り組むということだろうか。 (2017年3月27日) | ||||||||||||
3月28日の第10回「働き方改革実現会議」にて、政府が取り組む働き方改革実行計画と、2017年度からの工程表が公表された。 実行計画では、「非正規雇用の処遇改善」「賃金引上げと労働生産性向上」など9つのテーマについて、今後の対応策をまとめている。 焦点の1つである時間外労働の上限規制では、政労使提案で示された特例としての年720時間、繁忙月100時間未満などの枠組みを示すとともに、現行の適用除外等の取扱いをどうするかについても方針を示している。そのポイントを整理しておこう。 ちなみに、現在、限度時間の適用除外とされているのは、次の4つである。 1.自動車の運転等の業務 2.工作物の建設等の事業(建設事業) 3.新技術、新商品等の研究開発の業務 4.厚生労働省労働基準局長が指定した事業または業務 以下、1~3についてポイントをまとめてみる。なお、4は「鹿児島県及び沖縄県における砂糖製造業」など特殊なものということもあってか、実行計画で特に指摘はない。法案が正式に成立すれば、改めて通達が出されると思う。 1.自動車の運転等の業務 ・適用除外としない。 ・改正法施行期日の5年後に、年960 時間(=月平均80 時間)以内の規制を適用する。 ・将来的には一般則の適用を目指す ・5年後の施行に向けて、荷主を含めた関係者で構成する協議会で労働時間の短縮策を検討するなど、長時間労働を是正するための環境整備を強力に推進する。 一般業務よりも5年先送りするとともに、基準も緩やかにするということだ。労働者にとっては受難の日々が当面は続くことになる。ただ、5年後はともかく、10年後には自動運転技術の進展で、労働環境はガラリと変わっていることが予想される。 2.建設事業 ・適用除外としない。 ・改正法施行期日の5年後に一般則を適用する。 ・ただし、復旧・復興の場合は、単月で100 時間未満、2か月ないし6か月の平均で80 時間以内の条件は適用しないが、将来的には一般則の適用を目指す。 ・5年後の施行に向けて、発注者の理解と協力も得ながら、労働時間の段階的な短縮に向けた取組を強力に推進する。 こちらも適用対象となるが、5年間の猶予が予定されている。自動車運転業務と違って、5年後は原則として一般業務と同じ基準となる。 3.新技術、新商品等の研究開発の業務 ・適用除外とする。 ・ただし、適用の前提として、医師による面接指導、代替休暇の付与など実効性のある健康確保措置を課す。 ・現行制度で対象となっている範囲を超えた職種に拡大することのないよう、その対象を明確化する。 適用除外とするのは、専門的、科学的な知識、技術を有する者が従事する新技術、新商品等の研究開発の業務の特殊性が存在するためということだ。 このほか、過酷な勤務実態が問題となっている医師について言及があり、 ・規制の対象とするものの、改正法施行期日の5年後を目途に規制を適用する とのことである。代替労働者の人数が限られていることから早急な対応は困難で、その影響度も大きいためと思われる。医師の方には大変ご苦労なことだが、もう少し頑張っていただかなければならない。 ついでながら、「事前に予測できない災害その他事項の取扱」についても示されているので簡単に触れておこう。 現在、労基法第33 条にて定められている、災害等の事由による労働時間の延長措置は継続となる。事由について、「サーバーへの攻撃によるシステムダウンへの対応や大規模なリコールへの対応なども含まれていることを解釈上、明確化する」とのことである。 (2017年4月3日) | |
全国規模の企業に勤務する者にとって、転勤は宿命であり、社員は転勤命令を当たり前のように受け入れてきた。今でも基本的にはそうなのだが、一方で介護や育児の必要性などから、転勤の拒否や回避しようとする動きも見られるようになってきた。企業側も、そのような社員の声に耳を傾ける姿勢を示すようになっている。 こういった背景を受けてのことと思うが、厚生労働省から、企業が社員の転勤の在り方を見直す際の参考資料として、「転勤に関する雇用管理のヒントと手法」が公表された。 内容は、次の3項目に分かれている。 1.転勤に関する雇用管理について踏まえるべき法規範 2.転勤に関する雇用管理を考える際の基本的な視点 3.転勤に関する雇用管理のポイント 1は、配転命令権や転勤に言及している法律にどのようなものがあるかの説明である。 2では、転勤の有無や態様について労働者がある程度の中長期的な見通しを持てること、労働者が就業を続ける中で遭遇するライフイベントなどの変化に対応できるものが望ましいこと、などの視点を示している。 3が本資料の中心部分で、(1)現状把握、(2)基本方針、(3)転勤に関する雇用管理の類型ごと運用メニュー例、の3つで構成されている。 (1)現状把握では、転勤のあり方の見直し等を行おうとする場合には、その前提として、まず自社における異動の現状を確認し検証することが必要として、以下の項目を示している。 ①目的の確認 ②異動の状況の確認 ③転勤に関する取扱いの状況 ④異動の目的・効果の検証 ちなみに、企業が異動を行う目的として、適正配置、人材育成、昇進管理、組織活性化などを挙げている。 (2)基本方針では、(1)を踏まえた上で、自社の転勤に関する基本方針を整理することが有効であるとして、たとえば、目的として挙げた要素のうち、自社において転勤が果たしている各機能について、転勤という方法でなければ果たせない機能なのか、他の方法により代替することが可能か、代替手段をとることが総合的にみてより効率的ではないか等、可能な限り検討すること重要との考えを示している。 (3)転勤に関する雇用管理の類型ごと運用メニュー例では、転勤に関する雇用管理について、以下のア~ウの3つの類型に分け、具体的な運用メニュー例を整理している。 ア.勤務地を限定しないことを原則とする場合 イ.勤務地の変更の有無や範囲により雇用区分を分ける場合 ウ.その他(労働者が決定に関与する場合) アは、労働者の事情や意向との折り合いをつけたり、労働者の納得感を高めたりするためには、個別の状況把握や説明などきめ細かなプロセスを踏むことや、労働者からみた転勤の時期や頻度等について、可能な場合には原則や目安を予め共有し予見可能性を向上させることなどがポイントであるとしている。 その中に「転勤が難しいケースに対応するための仕組み」というのがあり、 ・育児や介護など一定の事由について、期間や回数等を限った形で、労働者の申告により転勤を免除する といった方法が示されるなど、役に立ちそうな記述もある。 イでは、「コース等別雇用管理指針」に基づき適正な運用がなされるとともに、雇用区分間の処遇の均衡や、労働者の事情や意向の変化への対応方法が主なポイントとなることを示している。 本文は10ページほどで、具体性が不足する面はあるものの、これまで、転勤制度を体系的に整理したような文献はあまりないと思われ、制度を見直す際の資料として参考になりそうだ。 本文にも触れられているが、転勤は労働者にとって生活のあり方に直結する重要な関心事である。にもかかわらず、これまで企業はあまりに無頓着に転勤をさせてきたのではないだろうか。 現代において、「転勤命令には私情を挟まず従うべき」という滅私奉公的な考えでは、企業運営ができなくなっている。本資料を基に、自社の転勤制度をあらためて考えてみてはいかがだろうか。 (2017年4月10日) | |
育児休業を終了して職場に復帰しようとする際、組織変更で職場がなくなっていたり、既存の人員で業務が回っていたりして、原職場への復帰が困難となる場合がある。 このとき、どのような対応をするのがよいかポイントを整理してみよう。 育児介護休業法では、育休終了後における就業が円滑に行われるよう、労働者の配置その他の雇用管理等に関して必要な措置を講ずるよう事業主の努力義務を定めている(22条)。 必要な措置の具体的内容は、育休法「指針」に示しており、その7(1)で、育休後においては「原則として原職または原職相当職に復帰させるよう配慮すること」を求めている。 したがって、原職復帰が困難であれば、まずは「原職相当職」への復帰を検討することになる。「原職相当職」について、厚生労働省の「育児・介護休業法のあらまし」というパンフレットでは次のように説明している。
組織変更に伴って新職場に就いてもらう場合などはこれに該当するだろう。 「原職相当職」がなければ、他の業務への配転を考えなければならない。このとき注意しなければならないのは不利益変更である。 育休法第10条では、育児休業の申出又は取得をしたことを契機として、不利益取扱いが行われた場合、原則として、法違反となることを定めている。そして、不利益取扱いには、「不利益な配置の変更を行うこと」も含まれる(指針11(2))。 どのような場合に不利益な配置の変更となるか、同パンフの解説は次のとおりだ。
ただし、パンフによれば、以下に該当する場合は、法違反とはならないとしている。
先述した、原職場で業務が円滑に行われており、復帰の余地が少ないようなケースは、業務上の必要性があると考えられる。このとき、配転予定の部署が人員不足である等の事情があれば、必要性はさらに高まる。 一方で、不利益取扱いによる影響と考えられるのは、主に次の2つである。 ① 職場や業務内容が変わることへのストレス ② 勤務場所が変わる場合の通勤時間の増加 したがって、これらに留意し、なるべく復帰者の負担を少なくするような配慮が必要となる。たとえば、これまで事務作業に従事していたのなら、配転先も同様の事務作業にする等である。また、育児時間の確保のために、残業時間が比較的少ない部署や労働時間の変更に融通が利く部署を検討するのもよいだろう。受け入れ側が、指導やサポートを十分に行うとともに、人事としてしっかりフォローしていくことも大切となる。 これらを丁寧に説明し、納得してもらうことが重要だ。どうしても、復帰者が納得しなかったり、①②の点で高い不利益が生じたりするようであれば、原職場に欠員が生じたときには最優先で戻ってもらうことを約束するのもよいだろう。 なお、前提として、育休規程に「原則として原職場に復帰させるが、会社の事情により、他の職場に配置転換させる場合もある」ことを明記し、取得の際にしっかりと説明しておくこともトラブル防止には大切となる。「育休から戻ってきたときには、現在の職場に戻れますよ」など軽々しく言わないことに留意したい。 (2017年4月24日) | ||||
2013年に改正された障害者雇用促進法では、事業主に対して、障害者に対する合理的配慮の提供義務が規定され、2015年には、その具体的な内容を定める合理的配慮指針が策定された。 合理的配慮とは、障害者と障害者でない者との均等な機会や待遇の確保、障害者の能力の有効な発揮の支障となっている事情を改善するための必要な措置のことであるが、企業からすると、何をどこまでやればよいかに戸惑うことが多い。 「指針」では、事例として、たとえば視覚障害であれば、「募集及び採用時において、募集内容について音声等で提供すること」などを示しているが、 ・あくまで一例であり、ボリュームが不足していること ・全体に包括的であり、具体性が不足していること など、実用性の面で物足りない部分もある。実際、障害者の就労状況はさまざまであり、もっと多様な事例を知りたいというニーズがあるのではないだろうか。 そこで役立つと思われるのが、厚生労働省がホームページで掲載している「合理的配慮指針事例集(第三版)」である。 この事例集は、事業主が合理的配慮を提供する際に参考になりそうな事例を幅広く収集したもので、一般的に実施されている措置だけでなく、一歩進んだ取り組みについても記載している点に特徴がある。 事例集では、「指針」と同じく下記の9つの障害について事例を示している。
それぞれ、「募集及び採用時の事例」と「採用後の事例」に区分しているのも指針と同様だが、異なるのは、「募集内容について、音声等で提供すること」など、テーマごとに細かく類型化している点で、いわば、「指針」の事例をさらに具体化したものとなっている。 たとえば、「指針」では「出退勤時刻・休暇・休憩に関し、通院・体調に配慮すること」だけだが、これをさらに具体化し、
など、より実践的なものを示している。 事例ごとに、企業の規模・業種・職種を示しているのも参考になる。 厚労省の平成28年障害者雇用状況によれば、50人以上規模の民間企業に雇用されている障害者の数は約47万人で、前年より4.7%増加し、13年連続で過去最高となっている。 人手不足ともあいまって障害者雇用は今後さらに進むと思われるが、一方で、労使双方の不慣れによるトラブルが増えることも懸念される。不要なトラブルを避けられるよう、本事例集が活用されることを望む。 (2017年5月8日) | |||
厚生労働省が、高等学校での労働法の授業を充実させるためのツールを作成した。「『はたらく』へのトビラ ~ワークルール 20のモデル授業案~」という冊子で、全国の高校に送付したとのことである。 労働法や制度(ワークルール)が生涯にわたって関係することや、現に働く上での様々なトラブルや問題が起こっていることなどから、高校生にさらに労働法等の理解を深めてもらうのが目的という。 厚労省のHPに概要が掲載されているので、それを見てみよう。 授業案は全部で20あり、「労働法とは?」「労働契約とは?」といった基礎的なことから、「採用面接でのNG」や「過労死」などの応用まで、幅広く体系的に扱っている。 たとえば、応用編の1つ『ワタシがAさんを救う! 作ってみよう「労働者を守るルール」』では、休憩や休日も取れず、サービス残業を強いられた社会人1年生のAさんが、会社に是正を求めたらクビになったというケースについて、何が問題か、どのようなルールが必要かなどをグループ討議、発表したうえで、実際の法律はどうなっているかを確認する構成となっている。これを公民などの50分間の授業で行うということだ。 ねらいは、「法律的なルールを作ってみることによって今ある労働のルールを理解させ、またそれを生かせるように理解を深めさせる」ことだが、授業を通じて、他者を説得する力や、法律を用いて主体的に問題を解決する力、傾聴する力などの修得も視野に置いている。 なかなか充実した内容で、高校生に限らず、労働者、さらには企業経営者などの社会人にも実施するのも面白いと思う。もっとも社会人がやると、「法律はそうだが現実は‥‥」と言いそうだが。 冊子では講師向けの「虎の巻」もあるが、法律の規定を解説したもので、多くの先生にとってはなじみのない文章に違いない。 また、先生も労働者であるとはいえ、労働形態としては特殊な部類に入る(以前、教員の方から、個人事業主に近いという話を聞いたことがある)。ケースとなっているのは民間サラリーマンの事例なので、その辺もピンと来ない点が多いだろう。 それを生徒に教えなければならないのだから、先生も大変である。まあ、教えることに関してはプロなのだから、余計なお世話かもしれないが。 ともかく、「はじめに」に書いてあるように、「教員と生徒で一緒に学ぶというスタンス」が大切となるだろう。 最後に、労働トラブルを減らすためには、労働法の知識の充実もさることながら、知識を活かす風土が大切なることも認識しておかなければならない。 労働基準法は日本で2番目に守られていない法律と言われており(ちなみに1番目は道路交通法)、違反であることは知っていても「これくらいは許される」「みんなやっている」と罪の意識が低いのが現実である。さらに、日本では横並び意識が強いので、たとえ正しいことの指摘であっても、自分だけが浮いてしまうような発言は躊躇される。 サービス残業がいい例で、違法なのはわかっていても、言うと会社からにらまれたり、組織から浮いたりするため、泣き寝入りせざるを得ないケースが多い。授業案のAさんの訴えは、非常に勇気ある行動なのである。 このような職場風土が背景にあることも、現実問題として重要であり、高校生にも理解してほしいところである。 (2017年5月15日) | |
「カネを払えば解雇できる」―最近、「解雇解決金」という言葉を新聞などで見かけることがあるが、金銭により、会社が一方的に解雇できるように思っている人も多いのではないだろうか。 結論を言えば、解雇解決金制度は労働者の申し立てによって行われることを想定しており、会社側の意思で自由に利用できるわけではない。 詳しくは、先月、厚生労働省の「透明かつ公正な労働紛争解決システム等の在り方に関する検討会」が提出した報告書に述べられている。これについて、ポイントを整理してみよう。 報告書は、(1)仮に制度設計をするとしたらどのような制度にすべきか、(2)そもそも制度は必要なのか、というのが主な論点である。 (1)解雇無効時における金銭救済制度の検討 まず、金銭救済制度が求められるようになった背景として、解雇をめぐる紛争について以下のような実態があることを指摘している。 ・裁判によって解雇が無効となっても、退職する労働者が多いこと ・行政によるあっせんや労働審判制度、民事訴訟上の和解など、解雇をめぐる個別労働関係紛争の多くが金銭で解決されていること これらを背景に、労使双方にとって、実質的により望ましい解決を目指そうとするものだ。 解雇無効時における金銭救済制度には、労働者による申立(労働者申立)の仕組みと、使用者による申立(使用者申立)の仕組みがある。 このうち、労働者申立てによる金銭救済制度について、次の3つの枠組みを軸に議論を行っている。 ①裁判で解雇が無効であるとの判決が下されることを要件とする金銭救済の仕組み ②解雇を不法行為として損害賠償請求をする裁判例を踏まえた金銭救済の仕組み ③一定の要件を満たす労働者が金銭支払いを請求できる権利を法に定めた場合の金銭救済の仕組み ①に関しては、現行の訴訟制度の枠組み内では、1回の裁判で解雇無効と金銭支払いを行うのは困難が多く、②に関しては、訴訟例が少なく、リーディングケースとなる判例がない中で仕組みを作るのは困難と指摘している。 一方で③は、労働者の選択肢を拡大するという観点があることや、国民にとってわかりやすいことなどから、①②に比べて相対的に難点が少ないとし、これを軸に議論を進めている。 具体的な論点として、示されたのは以下の(ア)から(オ)の5つである。 (ア)対象となる解雇 一般的な解雇だけでなく、有期雇用者の雇止めや、法違反の解雇なども対象とすべきかなど。 (イ)労働者が金銭の支払を請求する権利 権利の発生要件としては、①解雇がなされていること、②当該解雇が客観的合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないこと、③労働者から使用者に対し、労働契約解消金の支払を求めていることが考えられるなど。 また、労働契約解消金は、支払い請求後に取り下げ可能なものとするかなど。 (ウ)使用者による金銭の支払及び労働契約の終了 労働契約解消金は、①職場復帰せずに労働契約を終了する代わりに受け取る「解消対応部分」(+その他慰謝料的な「損害賠償的部分」)と②「バックペイ分」(未払い賃金に相当するもの)という要素が考えられるが、このうち、解消対応部分(+損害賠償的部分)が基本となるなど。 (エ)労働契約解消金請求訴訟と他の訴訟との関係 (オ)金銭的予見可能性を高める方策 解雇の事案は多様であり、現在の実務では個別事案に応じて金額が決められていることから一概にルール化することは難しいが、その意味で、金銭水準について何らかの基準を作るべき。 透明、公正で迅速な解決が可能な仕組みとなるためには、ある程度予測可能なルールの形成が必要で、その手法については、透明で公正な運営をしていくためにも上限、下限、ガイドラインなどを設定し、ガイドラインには、勤続年数、年功賃金の程度、退職金制度の状況なども考慮に入れる必要があるなど。 なお、使用者申立制度については、不当な解雇や退職勧奨など、使用者のモラルハザードを招くことなどが懸念され、現状では容易でない課題があり、今後の検討課題とすることが適当と、事実上、見送ることが述べられている。 (2)金銭救済制度の必要性 紛争の解決までの時間や解決のための金額が明らかでなく、特に民事訴訟では相当な時間がかかり、労使双方にとってデメリットが大きいなど、制度の必要性を訴える意見を示している。一方で、制度導入により、金銭水準が定められれば、その一定割合の金銭を支払うことで解雇する等、企業のリストラの手段として使われかねないなど、必要性を認めない意見も示している。 報告書では、「解雇紛争についての労働者の多様な救済の選択肢の確保等の観点からは一定程度認められ得る」と必要性に理解を示し、「この金銭救済制度については、法技術的な論点や金銭の水準、金銭的・時間的予見可能性、現行の労働紛争解決システムに対する影響等も含め、労働政策審議会において、有識者による法技術的な論点についての専門的な検討を加え、更に検討を深めていくことが適当」としている。 このように、報告書では、具体的なことは決めず、労政審に下駄を預けた格好となっている。「解雇」というのは、それくらいセンシティブなものともいえる。労政審がどのような判断を下すのか注目しておきたいが、その後の立法化までを含めると道は険しそうである。 (2017年6月12日) | |