役割等級基準書

 役割等級制度と役割等級基準書

 ここでは役割等級基準書について説明しますが、本題に入る前に役割等級制度そのものについて簡単に解説をしておきます。

 近年、人事制度改革の支柱として、役割等級制度を導入する企業が増えてきました。
 役割等級は、社員に与えられた役割の大きさを、担当業務のサイズ、重要度や貢献度、責任の重さ等からいくつかに分類・序列化し、人事制度運用のベースとするものです。よく職務等級と同義に使われることがありますが、職務等級が人事部長といった具体的な職務の価値を等級化するのに対して、役割等級は、部長の役割といった具合にもっと大きなくくりとなります。そのため、等級数は6前後で収まるのが普通です(ただし、等級内をグレードなどと称して細分化することはあります)。
 役割等級制度が普及してきたのは、成果主義人事の導入が進んだためです。従来の職能資格制度における職能等級の代わりとして、使われることになったわけです。職務等級という選択肢もあるのですが、職務等級ほど厳密な職務分析・職務評価をしなくてよいことや、職務の新設・廃止・統合などにも対応しやすいことなど、役割等級のほうが導入・メンテナンスの容易性があります。また、人事異動の際の融通性があることも、日本企業には適した面があります。

 役割等級基準書は、役割等級制度において各等級に位置づけられる基準を示したものです。これを基に、評価、報酬、能力開発等のシステムが動き、個人の処遇が決定されることになりますので、内容を十分に検討する必要があります。特に、当該等級の社員に求められる成果を明確にするという点で重要となります。成果主義という言葉を使うかどうかは別にして、今後の人事制度では社員の「成果」がクローズアップされることは間違いないからです。「何が成果なのか」の根拠となるのが役割等級基準書ということです。

 せっかく導入しても、漠然とした内容では、期待される役割や成果がはっきりせず、実用性がないためすぐに見向きもされなくります。一方で、あまりに細かすぎると、メンテナンスが大変になったり、目を通すのが面倒で敬遠されたりとこれも問題があります。第一、普通の会社では詳細に作り込む手間ひまカネがないと思います。

 役割等級基準書の作成方法

 そこで、当オフィスでは、成果が何であるのかを主眼に、使命、役割、主要職務、成果・責任、行動要件、対応職位といった項目から基準書を作成するようにしています。
 単に成果だけを列挙するのではなく、最初に使命・役割を揚げているのは、企業・組織の存在意義との関わりを示し、そもそも何のためにその成果が必要なのかを認識してもらい、近視眼的な行動に陥るのを防ぐとともに、社会貢献意識を高めて社員の動機付けに役立てるためです。
 主要職務は、①計画立案、②メイン業務・作業、③付帯事務、④渉外関係、⑤人材育成という視点でまとめるようにしています。
 「プランニング」等の成果・責任項目は、元々、ヒト・モノ・カネ・情報という経営4資源から展開・発展させたもので、企業の永続的な成長のために、その構成員に求められる基本的な成果を網羅しています。もちろん、業種や規模に応じて、項目を変えたり、増減させたりすることはあります。たとえば、小売業であれば「顧客満足」を、製造業であれば「納期」を成果・責任項目とするケースもあります。これらの成果・責任を基に業績評価や行動評価が組み立てられることになります。
 行動要件は、行動評価の評価項目を記載します。能力評価が行われるのであれば「能力要件」となります。
 また、専門性・技術性を要する業務が多い場合は、「必要資格」を入れるケースもあります。

 このように当該等級に求められる要素を整理し、社員に提示することで、現在そして将来のキャリア目標を明確化できるという点も役割等級基準書の重要な機能の1つです。

項目

内    容

使命

当該等級の社員が何を目的に、何をするのかを述べたもの

役割

使命を果たすために、当該等級の社員が取るべき行動を述べたもの

主要職務

役割を果たすための具体的行動で、当該等級の社員が担当する主な職務内容を列挙したもの

成果・責任

当該等級の社員に求められる成果や果たすべき責任を述べたもの。以下のサブ項目からなる

プランニング

担当部署/職務のプランニングに関する成果・責任

成長性

担当部署/職務の売上高に関する成果・責任

収益性

担当部署/職務の利益・コストに関する成果・責任

生産性

担当部署/職務の生産性に関する成果・責任

品質

担当部署/職務の品質管理に関する成果・責任

安全

担当部署/職務の安全管理に関する成果・責任

コンプライアンス

担当部署/職務のコンプライアンスに関する成果・責任

コミュニケーション

職場におけるコミュニケーションの活発化に関する成果・責任

人材育成

部下の人材育成に関する成果・責任

行動要件

当該等級の社員に求められる行動要件を示したもの(評価要素)

対応職位

当該等級の社員が就く職位を示したもの

 役割等級基準書の具体例

 役割等級基準書の具体例を示します。事例は製造業のⅣ等級/管理職(課長クラス)のもので、基準内容は適宜簡略化しています。

等級

Ⅳ・管理職(全社共通)

項目

基準内容

使命

顧客のニーズを最高品質で満たす商品を安定的、効率的かつ安全に供給するために、担当部署の管理を行う。

役割

・担当部署の目標・計画をマネジメントし、かつ達成させる。
・部門業績に直結する重要事項について問題解決を行う。
・(以下省略)

主要職務

・部門の戦略/計画の策定/立案の補佐
・担当部署の計画立案
・担当部署の業務管理
・(以下省略)




責任

プランニング

担当部署の計画を立案する。

成長性

担当部署の業務の適正な管理により、部門の売上目標達成に貢献する。

収益性

適正なコスト管理により、担当部署の目標予算を達成する。

生産性

適正な業務管理により、担当部署の生産性を向上させる。

品質

担当部署の品質管理を適正に実施し、品質面での顧客満足度を維持/向上させる。

安全

担当部署の安全管理を的確に実施し、労働災害の防止を実現する。

コンプライアンス

担当部署においてコンプライアンス上の問題を発生させないようにする。

コミュニケーション

コミュニケーションを緊密にとり、必要な情報が的確に伝わる職場風土をつくる。

人材育成

部下に対して適切な指導を行い、高いレベルで役割貢献のできる人材を育成する。

対応職位 

 部長代理/課長/課長代理

 比較的企業規模の大きなところでは、役割等級基準書を全社統一のものとし、部門・部署ごとにこれをさらに具体化した役割記述書を作成することもあります。上記の製造業も、製造部門、開発部門、品質管理部門、営業部門、管理部門等の部門ごとに、それぞれが管轄する部署(課・室)についての役割記述書を作成しています。

 作成にあたっての留意点

 役割等級基準書・役割記述書を作成する際に気をつけなければならないのは、各項目の内容を検討するときに、その等級・部門・部署に期待される、本来あるべき姿を描くということです。言葉を換えると、現に担当者がやっていることをそのまま記述するのではないということです。

 現状のままを述べると好ましくないのは、次の3つのケースがあるからです。
 1つは、1人の担当者が他者の仕事を抱えているケースです。本来、一般社員が担当する伝票作成を係長がやるといったケースです。特に最近は人員削減が進んでいることから、このような状況が多いと思います。
 次に、担当者の能力レベルが高いor低いケースです。本来、部長が作成すべき部の年度方針を、部長の作成スキルが不足しているために有能な課長が立案するといったケースです。
 以上の2つは、本来、誰がその役割を担うのかという観点から基準書を作成する必要があります。
 3つ目は、一般の会社では当然に行われていることが行われていなかったり、通常とは異なるレベルの担当となっているケースです。たとえば、部門のビジョンの策定などウチではやっていないとか、部門長ではなく担当役員が策定しているといったケースです。これについては、個々の会社の事情もありますのでケースバイケースということになりますが、基本的には一般の会社と同じようにするのが適切でしょう。あるいは、今の時代、なるべく権限委譲をするという考え方も重要と思います。

 役割等級基準書・役割記述書というのは、ある意味、組織が有効に機能するための理想を描いたものです。現状の役割分担のあり方や業務フローをあらためて見直す機会ととらえ、議論を十分に尽くしていきたいです。