人事制度のコラム1



重本コンサルティングオフィス
人事に関する制度設計、労務管理の実務やトラブル対応へのアドバイス、各種セミナーなどを通じて、
社員のヤル気を高める職場づくりを実現します。

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 人事制度ミニコラム1のカテゴリー別分類

 人事制度全般
 日本式コンピテンシー
 成果主義の成功のために
 人事制度構築にあたっての重要5ポイント
 制度構築後の人事部門の役割
 人事制度の変遷
 非正規労働者4割についての雑考
 就労条件総合調査について
 上司と部下とのコミュニケーションギャップ
 60歳以降の働き方~その1
 60歳以降の働き方~その2
 人事部門に求められる「情報収集力」
 総額人件費管理の基本的枠組み
 総額人件費管理の取り組み課題~その1
 総額人件費管理の取り組み課題~その2
 業務調査による適正要員数の算定
 業務調査による適正要員数の算定~その2
 評価制度
 評価のグレシャムの法則
 人事考課と人事評価
 介護業界での人事評価の必要性
 2次評価者の役割と課題
 報酬管理
 家族手当・住宅手当の廃止
 海外給与の決定方法
 年俸はどれくらい下げられるのか
 住宅補助の廃止
 留学費用の返還
 60歳以降の給与を理解するために~その1
 60歳以降の給与を理解するために~その2
 60歳以降の給与を理解するために~その3
 60歳以降の給与を理解するために~その4
 業績連動型賞与の指標の特徴
 配置転換に伴う職務給の減額
 出向先での賃金減額
 職務給の基本事項
 職務給の具体的モデル~その1
 職務給の具体的モデル~その2
 役員に対する臨時報酬
 降職に伴う賃金減額
 業績不振による賃金カットの留意点
 住宅補助に対する課税
 能力開発管理
 中小企業の「人財」育成
 研修の効果測定
 採用管理
 技能実習の安易な受入は禁物
 採用面接の限界
 人事組織
 権限委譲の必要性とポイント
 取締役会と集団的浅慮
 人事諸制度
 総合職と一般職の見直し
 目標管理とモチベーション
 65歳雇用延長の事例
 65歳雇用延長に向けてやるべきこと
 65歳雇用義務化に求められる2つのバランス

 
中小企業の「人財」育成 Column No.1


 「わが社の財産は社員である」。多くの経営者がそう思い、言葉にしている。最近では、人材を「人財」と表わす企業や自治体も増えている。
 では、財産として大切にし、しっかりと育成しているかと言えば、残念ながら疑問符がつく。大企業はともかく、特に中小企業では、売上や利益に直接結びつかない能力開発制度の整備は、どうしても後回しになりがちである。
 そして、人材育成をなおざりにしておきながら、人材不足を訴える。これは2つの意味で間違っている。
 1つは、その会社が人材不足なのは、有能な人材がいないからではなく、単に優秀な人材を育てていないからということ。いわば、経営者自身の無能ぶりを現しているにすぎない。
 もう1つは、そのような会社には、そもそも有能な人材は入らないし、入っても伸びはしないということ。
確かに、有能な人材であれば大きく伸張する可能性は高いが、育成の場が整っていないような会社では、宝の持ち腐れとなる可能性の方がもっと高い。
 「人材は集めるものではなく、育てるもの」。これを本気で実行すれば、逆説的になるが人材は集まってくる。
 ところで、育てると言っても、その中身は社員教育だけではない。評価・賃金・福利厚生といった人事制度から組織体制や業務の進め方、さらには社風や職場風土など、要は社員のやる気を高め、秘められた能力を引き出す環境づくりが肝要である。
 カネがないから人材が育成できないというのは、育成手段をOFF-JTでしか見ていないからである。
社員を「人財」にしたいのであれば、まずは、人材育成という切り口から、会社のさまざまな仕組み・制度を見直してみてはいかがだろうか。

(2010年5月26日)

 
 
日本式コンピテンシー Column No.2


 コンピテンシーとは、「高い業績を継続的に上げている社員に特徴的に見られる行動」のことで、簡単に言えば「できる社員の行動ノウハウ」である。

 コンピテンシーは、1970年代前半にハーバード大学の行動心理学者マクレランドによって提唱され、アメリカ国務省が優秀な外交官を採用するために活用したことで知られている。
 因みに、その特性とは、①他者に尊厳を持ち、前向きに接すること、②異文化を尊重し、対応する能力があること、③キーパーソンへの人脈を構築する能力があること、の3つである。
 これらを備えた人材を確保すれば、外交官としてレベルの高い成果を期待できるというわけである。
 コンピテンシーは、1990年代後半から日本の大企業の人事制度に取り入れられるようになり、成果主義への転換という人事制度のトレンドとあいまって、各企業に普及していった。関連書籍・セミナーも盛んに出版・開催され、一大ブームの様相を呈した。
 今では、そのような盛り上がりこそ見られないが、これはブームが去ったというよりは、コンピテンシーという概念が日本の人事制度に定着し、「標準装備」になりつつあるからといえるだろう。実際、評価制度に関しては恐ろしく保守的な市役所等の自治体でも、能力ではなくコンピテンシーを評価要素として採用するところが増えている。
 このような定着を見せているのは、コンピテンシーが日本の人事制度、特に評価制度のニーズにマッチしていたからだろう。
 つまり、従来主流であった能力・情意評価が、低成長経済下の厳しい競争環境には合わなくなってきたところに、コンピテンシーという、より具体的で評価しやすく、かつ、より成果に近いものを評価できるものが示されたので、たちまちに受容されたのである。
 ただ、元々、アメリカで開発されたもので、そのままでは使いづらいため、様々にアレンジされて制度化されていると いう実態がある。
 そのため、冒頭の定義は共通認識としてはあるものの、実際の中身は一様ではなく、たとえば評価項目にしても、職務の具体的な行動例を示したものから、抽象的なビジョンに近いもの、従来の職務遂行能力や情意とほとんど変わりないものなど、多岐にわたっている。
 ある外資系のコンサルタントが「日本ではコンピテンシーが誤って導入されている」と指摘したそうだが、その言葉もうなずけるほど変容を遂げている。
 これが良いか悪いかは別にして、日本で普及しているのは、本家アメリカのものとは異なるという意味で、「日本式コンピテンシー」と位置づけるのが妥当である。
 かつての職能資格制度に基づく能力・情意評価は、どの企業でも大同小異で個性がなかったが、日本式コンピテンシー評価はバリエーションに富んでいる。今のところスタンダードというものはないし、これからも出てこないと思う。
企業も社員も多様化している今日、あらゆる企業に普遍的に使える評価制度など考えられないからである。
 コンピテンシー評価を取り入れるのなら、その企業にオリジナルのコンピテンシーで、その企業の文化や戦略に合ったやり方で評価をするのは、きわめて当然で、きわめて重要である。

(2010年6月7日)

 
 
総合職と一般職の見直し Column No.3


 総合職と一般職は、大企業を中心に広く取り入れられている雇用管理制度で、複数の職務経路を用意して社員を処遇するコース別人事制度の代表例である。
 内容を確認すると、総合職は、将来の幹部候補となるコースで、基幹的・専門的な業務に従事し、通常転居を伴う転勤があるというもので、一般職は、定型的・補助的な業務に従事するコースで、原則転居を伴う転勤がないというものだ。
 このような総合職と一般職というコース分けが普及したのは、1986年に施行された男女雇用機会均等法が背景にある。つまり、それまで公然と男女で区分していた役割分担や処遇が違法となったため、総合職と一般職という区分に変えたのである。
 私はちょうどその頃、社会人になったのだが、総合職・一般職制度はまだなく、大卒の同期30数名は全員男性であり、大卒の女性は短大・高校卒と同じ枠の入社だった。総合職の女性が入ってきたのは、翌々年のことで、職場でも話題となったのを記憶している。
 近年、総合職・一般職制度の廃止や見直しをする企業も増えている。三井住友銀行、第一生命、野村證券、資生堂などが新聞や雑誌に取り上げられた。廃止・見直しの理由としては、
 ①実態的に女性不利となっているため、ジェンダーフリーの観点から見直しを求められていること
 ②定型的業務は、派遣労働者やアウトソーシングの活用などで代替できるようになったこと
 ③厳しい競争環境の下、定型的業務だけをやっていればよいという時代でもなくなったこと
 ④従来、短期の勤続を想定していた一般職労働者の勤続年数の長期化が進み、担当業務が専門化するとともに 処遇の格差が顕著となってきたこと
 ⑤社員個別のニーズの多様化により、総合職=転勤ありという一律的な扱いが困難になってきたこと
 などがある。
 これらを個別に検討してみよう。
 ①は、2007年に均等法が改正され、一部のコース別人事制度が間接差別にあたるとしたことが大きな要因となっている。厚生労働省は、「コース等で区分した雇用管理についての留意事項」という通達を出し、指導を強化している。因みに、コース別人事制度を現に設けている企業、これから設けようとする企業は、次の4点をクリアする必要がある。
 ア.どのコースも男女双方に開かれているか
 イ.コース区分と職務内容・処遇の差が客観的・合理的か
 ウ.客観的な条件であっても、一方の性が排除される結果になっていないか
 エ.コース間の転換を決める制度があるか
 ②については、派遣労働の規制緩和の影響が大きい。ただ、外部委託していた定型的業務も複雑化・専門化してきたため、自社での対応が必要なことから、一般職を復活させた例もある。周知のように今後は派遣労働が規制強化される見通しのため、同様のケースが出てくるかもしれない。
 ③は、少数精鋭が基本となるこれからの人材戦略では重要な視点だろう。実際問題としても、総合職も一般職も同じ仕事をしているというケースも多く、そのような場合は、①のウに抵触しかねない。。
 ④については、格差の是正を求める訴訟がいくつか提起されており、会社側が敗訴する例も多い。
 ⑤の対応として、総合職の勤務エリアを限定する準総合職の設置や、総合職・一般職というコースの選択と勤務地の選択を切り離す企業もある。ワークライフバランスの観点からもこういった取扱いを考えてもよいだろう。
 ①~⑤は、濃淡はあっても、どの企業にも当てはまると思う。
 総合職と一般職をはじめとするコース別人事制度が、労働者の意欲・能力・適性に応じて処遇することで企業として成果を高めるという本来の目的に沿って機能しているかを、これらの観点からあらためて検証してみてはいかがだろうか。

(2010年6月21日)

 
 
成果主義の成功のために Column No.4


 少し古くなるが、昨年(2009年)5月11日号の日経ビジネスに「成果主義の逆襲」と題して、成果主義人事制度の現状や課題をリポートした記事があった。人事制度づくりにあたって示唆に富む内容であったので、簡単にまとめておきたい。
 まず、興味を引いたのは、成果主義に関するアンケートである。回答者は、30代~50代の読者ということなので、多くは人事制度の「運用現場」の意見と考えてよいだろう。以下にいくつか引用するが、クエスチョン番号は私が便宜的に付けたもので、質問・回答の文章は要約している。

Q1.自社に導入された成果主義が成功だったか失敗だったか?
  ・成功だった 31.0%
  ・失敗だった 68.5%
Q2.成果主義の導入後、仕事に対する意欲は向上したか?
  ・向上した 16.1%
  ・向上していない 36.3%
  ・どちらとも言えない 46.8%
Q3.成果主義の導入で職場に何らかの弊害が発生した企業(内訳65.7%)での具体的な弊害の内容は?(複数回答)
  ・成果が明確に数字などで表せない職種なので、評価の妥当性を欠く 63.5%
  ・目標設定が半年~1年と短く、長期的な仕事に取り組みにくい 49.7%
  ・個人の実績が重視され、チームワークが悪化した 39.0%
  ・部下や新人の指導育成がおろそかになった 36.0%
Q4.同年次の社員と年収でどれくらいの差がつくことを許容できるか?
  ・5%未満 6.5%
  ・5%以上10%未満 25.9%
  ・10%以上20%未満 35.9%
  ・20%以上30%未満 16.5%
  ・30%以上50%未満 6.5%
Q5.失敗の要因は、制度と運用のどちらにあると思うか?
  ・制度そのものの問題 32.5%
  ・制度そのものより運用上の問題 66.0%
Q6.成果主義を改善した企業(内訳32.3%)の具体的な改善内容は?(複数回答)
  ・結果に至るプロセスを評価するウェートを高めた 44.3%
  ・部下指導やほかのメンバーへの協力なども評価するようになった 33.4%
  ・評価基準にチームの成果を加えた 22.0%
  ・評価者の数を増やした 16.4%

 これらを見る限り、成果主義は現状ではうまくいってなく、その要因は運用上の問題が多いといえる。
 そして、一部の企業では修正を進めているのだが、問題はそれが3分の1に留まり、3分の2の企業は改善をしていないのである。これについて、「ブームに乗って導入した企業や人件費抑制目的で導入した企業が多く、フォローもしていない」ことを指摘している。
 成果主義に成功したとされる武田薬品工業は、トップの全面的な後押しがあったことをあげる。なるほど、改革に抵抗はつきもので、その中をやり抜くには経営者のバックアップが必要なのは明らかである。
 また、誌ではTOTOや花王の事例を示し、納得性の高い評価をすることもあげる。両社に特徴的なのは、全社一律の制度とせずに、部門の特色に応じてカスタマイズをしているところである。
 たとえば、TOTOの業績評価は個人単位が原則だが、研究開発部門ではチーム単位で評価を行うということである。花王では、事務・研究部門では昇給幅が大きいのに対し、販売・生産部門では小さいというような報酬制度をとっている。
 2つの事例から言えるのは、制度導入後に現場での運用状況をキャッチし、不具合に対応していくこと、すなわちケアーとメンテナンスの重要性である。そこにトップの理解とフォローがあれば推進力も違ってくる。
 人事制度は導入して終わりではなく、そこからがスタートである。特に成果主義は、これまでの考え方ややり方を大きく転換させるもので、処遇へのインパクトも強い。会社・人事としては、完璧な制度などないことを自覚し、地道に改善を続けることが極めて大切となる。
 人事制度というのは、言ってみれば人事部門が社員に提供する商品である。顧客(=社員)の満足度を高めるために商品の改善に努力をするのは当然のことといえる。つまり、当たり前のことを当たり前にやるのが、成果主義成功の最大要因となるのだ。

(2010年7月4日)

 
 
人事制度構築にあたっての重要5ポイント Column No.5


 人事制度は社員の処遇の仕方を規定するもので、業績に大きな影響を与えるため、企業の諸制度の中でも特に重要な項目の1つといえる。
 制度構築にはさまざまな作業があり、それぞれ留意事項もたくさんあるが、ここでは構築にあたってこれだけは留意しておきたいという5つのポイントを指摘しておこう。

1.目的をしっかりと持つこと
 何のために人事制度をつくるのか、目的を明確にすることである。漠然と、現行制度が古くなったからとか、年功序列から成果主義に転換する必要があるからとかではなく、経営ビジョンや経営戦略とのつながりを明示することが求められる。たとえば、「新ビジョンを実現するための人材を育成する」とか、「グローバル戦略の担い手として競争力を強化する」といった具合である。
 制度構築は、その目的を達成するための手段であることを強く意識し、使命感をもって取り組みたい。つくる側からすると、目的がはっきりしなければ、単なる事務作業に陥って士気が上がらなくなってしまうこともある。

2.コンセプトを明確にすること
 目的に沿って、制度を設計する際のコンセプトを固め、明示する。コンセプトとは、「成果重視」「プロセスを評価」「オープンな制度」など、人事制度の基本方針のことである。
 目的-コンセプトの流れが整合しているとブレない制度作りができる。具体的な作業に入っていくと、さまざまな選択肢が出てきて迷うことがあるが、コンセプトがしっかりしていれば正しい判断ができる。また、運用が始まり、制度の修正が必要となったときにも、コンセプトに即して意思決定を行うことができる。

3.力の入れどころを認識すること
 制度構築には多くのステップを積み重ねていく必要があり、完成までの道のりは長い。その全てに全力を注ぎ、細密な検討を繰り返していては、制度作りが遅々として進まない。
 大切なのは要所を押さえることだ。それ以外の細かなところは、決まらなければ後回しでもよいし、仮決定しておいて後で変えるのもありだ。
 では要所とは何か。最も注力したいのは評価制度であり、特に評価項目と評価基準の設定である。そのベースとなる等級基準の役割や成果要件も要となる。これらは人事制度の核となるものなので、念入りに検討していく必要がある。
 人事制度というと報酬制度が中心であり、それに多くの時間を費やす企業があるが、報酬を決定付けるのは評価であるから、評価制度に社員の納得が得られれば、報酬制度に対する不満はそれほど起きない。逆に、どんなに精緻な報酬制度を組み立てても、評価制度が杜撰であれば、社員の納得性や理解は得られない。

4.完璧な制度を求めないこと
 人事制度に関しては、どんなに時間をかけても、誰もが満足する制度はつくれない。もちろん社員の意見を聞かなくてもよいということではないが、あらゆる社員の意見を取り入れることは不可能だ。
 また、さまざまな事態を想定して、細かなルールをあれこれと考えていてもきりがない。まずは枠組みを固めてスタートし、走りながら改善していくというスタンスが大事である。
 ある上場企業で、制度設計を始めて導入までに7年かかったと苦労話を聞かされたことがあったが、いくら何でもかけすぎだ。制度作りを口実に仕事をサボっていたのではないかと内心思ってしまった。
 人事制度は構築ではなく、運用でベストを目指すべきだ。制度づくりと運用との比重は4:6、場合によっては3:7くらいになると考えてよい。

5.情報を公開すること
 人事といえば密室作業のイメージがあるが、制度構築に関してはこの考えは払拭したい。開始から終了まで、今どんな作業をどのように進めているのか、内容はどういうものかを大まかでよいので社員に逐一アナウンスしていくことが非常に重要である。できれば、節目に経営トップ自らによる説明がほしい。
 人事制度は社員の生活に直接かかわってくる事項だけに、その導入には疑心暗鬼になりやすく、抵抗も生じやすい。できるかぎりの情報公開することで社員の受け入れ感情がずいぶん違ってくる。内密に進めて、導入直前にドカンと公開するようなやり方では、スムースな運用はまずムリであることを肝に銘じておきたい。

(2010年8月10日)

 
 
家族手当・住宅手当の廃止 Column No.6

 成果主義型賃金の導入など、給与制度を改定するときに必ず問題となるのが諸手当の取り扱いで、多くの企業で支給されている家族手当と住宅手当は、存続か廃止かで頭を悩ますことが特に多い。
 支給対象者も多く、額も結構なものとなるので、廃止しようとしても組合などが反対して、結局廃止できなかったという話もよくある。

 賃金というのは、言うまでもなく労働の対価として支払われるものだ。合理的に考えれば、労働の対価とはいえない、家族の数や住居という仕事以外のものを基準に支給するのはおかしい。
 ただ、一方で、賃金は労働力の再生産のために支給するという考え方をすれば、その支えとなる家族や住居に対して手当を払うのは、一定の合理性があるという見方もできる。
 この辺は、各企業の考え方次第なので、どれが絶対に正しいというものでもないだろう。

 ただ、前者の見方が優勢を占めているのは事実で、家族手当や住宅手当は減少傾向にある。
 東京都の「中小企業の賃金事情」によると、住宅手当のある会社は平成12年調査では61.3%だったが、平成21年調査では47.1%となっている。また、家族手当は、平成12年調査では75.3%だったが、平成21年調査では61.4%と、これも減少している。
 減少の理由としては、成果主義型賃金が広まり給与に仕事要素が強調されるようになったこと、固定的な賃金原資を流動化させる必要性が高まってきたこと、さらには支給基準・実態が実質的に男女差別となっていることからその解消を求められるようになったことなどが考えられる。

 ところで廃止といっても、すっぱりと切り捨ててしまうわけにはいかない。労働条件の不利益変更となり、合理的な理由がなければ認められないからだ。特に賃金の不利益変更は、「高度の必要性に基づいた合理的な内容」が求められる。
 そこで、廃止をするときには、

 ①支給対象者の基本給に吸収する
 ②全社員の基本給等の原資にする
 ③他の福利厚生制度で代替する

 など、社員が不利益を被らないような対応が基本となる。

 ①は、支給総額では現状維持のため、最も受け入れられやすい方策だ。賃金テーブルの上限を超える場合は、調整給を支給して一定期間で償却するのが一般的である。
 ②は、手当分を昇給やベア、業績給等の原資にするものだ。非対象者は得をするが、対象者には不利となるため、彼らの抵抗は多くなる。ただし、家族手当や住宅手当は恒久的なものではないため、たまたま今もらっている人だけが恩恵を受けるのではなく、全社員で分かち合うという考えも説得力を持つ。

 なお、①②は両方とも、基本給の増額につながるので、会社から見ると、残業手当(除外賃金だった住宅手当・家族手当が基本給に含まれることで計算基礎となる)や賞与・退職金(基本給ベースで支給する場合)の高騰の要因となることに留意しておく必要がある。見方を変えると、これは社員へのアピール材料ともいえる。
 ③は、入学祝い金や子ども手当のような一時金の支給、その他の福利厚生制度の財源とするものである。元々の福利厚生制度が充実している大企業向けの方策である。

(2010年8月31日)

 
 
研修の効果測定 Column No.7


 「研修をやった後、どれくらい効果があるのかを測定できないか?」という質問を経営者や研修担当者からよくいただく。会社からすると、お金をかけてやっている(つまりは投資)のだから、リターンがどれくらいあるか知りたいのは当然である。
 これについて、コンサル同士のある勉強会でテーマとなり、たまたま私が報告者であったことから整理してみたことがある。厳密な測定はともかく、ある程度の測定は、どの企業でも可能であるというのがそのときの結論だ。
 勉強会では、やみくもに「測定できるかどうか」「どのような方法があるか」といった話し合いをすると、各々が自分の経験を述べるだけで、漠然とした議論に終始するおそれがあったので、整理の枠組みとして4W1Hを使ってみた。すなわち、What(何を=どういう効果を)、When(いつ)、Who(誰が)、Where(どこで)、How(どのように)測定するかである。
 まずWhatである。効果といっても、何をもって効果と認識するかを明確にする必要があるだろう。研修の効果は大きく次の3つの段階に集約できると考えられる。
①知識・スキルの獲得・向上
②実践・行動の変化
③業績の向上
 簡単にいえば、知識やスキルを高め、それをもとに行動を示し、これまで以上の成果を出すということだ。特に冒頭の質問での研修の効果とは、結局のところは③のことだろう。ただ、いきなり③を求めるのではなく、①②のステップを踏んで初めて③に到達できるわけだ。
 ①~③をそれぞれ4W1Hでまとめると次のようになる。

What(何を)①知識・スキルの獲得・向上
When(いつ)研修終了直後
Who(誰が)研修講師、研修責任者・担当者

Where(どこで)

研修の場
How(どのように)ペーパーテスト、実技テスト

 

What(何を)②実践・行動の変化

When(いつ)

一定期間経過後
Who(誰が)研修講師、研修担当者、職場の上司・同僚・部下

Where(どこで)

フォロー研修、職場
How(どのように)リポート、ヒアリング、360度評価

 

What(何を)③業績の向上
When(いつ)半年後、1年後
Who(誰が)上司、研修責任者・担当者

Where(どこで)

職場
How(どのように)業績データの比較、実績・成果物等の確認

 以上、研修の効果を考える際の参考にしてほしい。 

 ところで、これらの前提として、「測定」の基点となるスタート位置、つまり現状レベルを明らかにしておくことも大切である。これについては、研修開始時にテストをやるのも1案だが、受講者自身が事前に、知識レベルや行動レベルを振り返っておくとともに、研修後にこうなりたい、こういう成果を上げたいという目標を立てておくのがよい。研修への身の入り方も違ってくるはずだ。
 ただ、言うだけではやってこなかったり、ポイントがずれていたりする可能性があるので、研修部門がフォーマットをつくり、各自それを記述してもらうという方法がよいだろう。
 研修後にアンケートをとるのはどの企業でもやっている。研修前の、こういうところに工夫をすることこそ研修部門の腕の見せ所であり、他社との差別化につながるものと思う。

(2010年9月7日)

 
 
制度構築後の人事部門の役割 Column No.8


 人事制度の構築は大変な労力を要するもので、制度が完成するとしばらくは何もする気が起きないという担当者もいる。制度の構築や改定は、10年に一度あるかないかのことで、そこには、大きなことを成し遂げたという達成感も含まれていて、心地よい疲れというのもあるだろう。
 でも、本当に大切なのはこれからだ。人事制度は骨格を造ったに過ぎない。これに筋肉をつけるか贅肉をつけるか、はたまた骨抜きにするかは一重に人事の力量にかかっている。
 制度構築後の人事部門の役割は大きく2つある。
 1つは評価制度の着実な運用である。その中でも、力を入れなければならないのは制度の定着支援だ。
 具体的には、説明会の実施、運用状況のチェック、評価者・被評価者研修の実施、個別の質問受付、苦情処理等である。
 特に運用状況のチェックは、定期的なアンケート調査などもよいが、社員からの声を直接耳にすることが大切だ。それも公式的な面談によるヒアリングとかではなく、職場に立ち寄ったときのついでとか、昼食時や休憩時に一緒になったときとか、ざっくばらんな雰囲気の中での情報収集を大事にしてほしい。現場の実態に根ざした本音が聞けるからだ。評価者・被評価者を問わず、広くナマの声を収集したい。
 人事制度というのは、いってみれば人事部門が社員という顧客に提供する商品だ。それゆえ、顧客を訪問し、その意見を聞くのは商品の改善につなげるために当たり前のことだ。
 直接声を聞くことのメリットは、社員の側で理解が不足していることや誤解していることを、その場で説明・修正ができるという点もある。理解者が増えれば、その分確実に制度は機能するようになる。
 また、これらの声を踏まえて評価者・被評価者研修を行えば、現場の問題を反映した研修として実践的な効果も高められる。
 2つ目の役割は制度のメンテナンスである。運用ルールやフォーマットの不備など、不具合は必ず発生する。これらに迅速に応じることが制度の信頼性を高めていく。
 もちろん全ての意見を反映させるのはムリだし、その必要性もない。しかし、反映はさせなくとも、反映させない理由を答えるのは大切だ。特に新人事制度の目的やコンセプトに関係するものであれば、しっかりと説明をし、少しでも理解を得ることである。関心を持ってくれた「顧客」には、最低限の礼儀を尽くしたい。
 新人事制度がうまく流れに乗るかどうかは、このような地道なフォローができるかにかかっている。
 得てして、制度の構築を終えると、その勢いで社内公募制度とか360度評価といった新たなものに取り組み始め、制度のアフターケアを片手間に追いやるケースがある。
 これは会社・上司の認識不足も起因している。つまり、制度作りは終わったのだから、次なる新たな別の課題にチャレンジしないと評価が悪くなると思われるのだ。
 制度導入後のケアーを真面目に取り組んでいれば、新たなことを本格的にやる時間はないはずだ。
 苦労して作り上げた制度を実らせたいのであれば、構築後の最低2年間、できれば3年間は土台を固めることに注力をしてほしい。地味ではあるが、非常にチャレンジングな仕事でもある。

(2010年11月15日)

 
 
評価のグレシャムの法則 Column No.9


 年度の締めくくりに向かう2月から3月は人事評価の時期でもあり、これに備えて評価者研修をする企業も多い。
 評価者研修の目的は、制度の理解、評価者としての基本知識の確認、効果的な面談の実践などさまざまあるが、一番の目的といえば、まずは評価のベクトル合わせということになるだろう。つまり、評価者ごとの評価のバラツキをなくすことである。
 では、なぜ評価のバラツキがあってはダメなのだろうか?
 答えとしては、正当に評価されないと社員がモラールダウンする、給与や賞与などの処遇面に不公平感が出る、適正な能力開発ができない、適正な人事異動ができない等々、たくさん挙げられるだろう。
 いずれももっともなことが、ここでは別の観点からバラツキが出ることの弊害を指摘したい。それは、誤った評価があると適正な評価が行われなくなるということである。
 「悪貨は良貨を駆逐する」という有名なグレシャムの法則があるが、これになぞらえれば「不適切評価は適切評価を駆逐する」のである。すなわち、組織の中にいい加減な評価をする者がいれば、適切な評価をしている者も不適切な評価をするようになるということだ。
 これが特に顕著に現われるのは、寛大化傾向の強い評価者がいるときである。
 評価が甘ければ、その部署の社員は報酬等の処遇面でメリットを享受できる。1度や2度ならば問題はないかもしれないが、それが続けば、やがてその事実は他の部署にも知られ、「なんでウチは厳しいんだ」「もっと甘くしてくれないと不公平だ」という声が出てくるだろう。
 気の弱い上司や部下思いの上司の何人かは、正当な評価をやめて、甘目の評価をし始める。少なくとも、どちらか迷うようなときには、すべて良い評価を付けようとするだろう。
 そうなるともう収拾はつかない。適切な評価には、それなりの時間や労力が必要だが、最初から甘い評価をすると決めてしまえば作業はラクだ。周りがラクな方を選べば、自分もそちらになびくのも人間の性である。真面目な評価など馬鹿らしくてやっておれず、ドミノ倒しのように皆が甘い評価をし始める……。
 まあ、これは極端な例にしても(実際にあるのだが)、程度の差はあれ、このような現象はどの会社にも起こりうる。
 気を付けてほしいのは、たった一人でも、不適切な評価をする人がいれば、上記のようになる可能性があるということだ。「一部の例外は別にして、大半の管理者は適正な評価をしているから大丈夫」との考えは非常に危険だ。その一部の例外が、評価制度を崩壊させてしまうこともあるのだ。
 評価の基本的なルールを学んでもらう評価者研修は、こういったことを防ぐための場として意義がある。ただ、研修を実施しているからといって安心はできない。
 多忙な管理者の中には研修を受けられない人も出てくるはずで、そのような人の中に自己流の評価をする人がいるかもしれないからだ。
 特に、初めて評価制度を導入した組織や、大きく制度変更をした組織は、初年度において評価者全員モレなく研修を受講させるべきだ。研修参加を社員の自主性に任せている企業もあるが、評価者研修に限っては強制参加とすべきである。
 研修を受けなかった管理者が不適切な評価をしたとすれば、それは人事部門の責任といってよいだろう。

(2011年1月31日)

 
 

海外給与の決定方法 Column No.10


 グローバル化が進んで中小企業でも海外勤務が普通になってきた。
 頭を悩ますのは海外勤務者の処遇で、中でも給与をどうするかは、社員の生活に直結するだけに十分な検討が必要である。
 日本の勤務時と同様でよいのか? 全額を現地通貨払いするのか? 諸手当はどうするのか? 税金はどうするのか? 社会保険はどうするのか?・・・検討事項は山のようにある。
 一つ一つを片付けていかなければならないわけだが、ここではその第一歩として、給与決定の方法を整理してみよう。
 海外勤務者の給与を検討するにあたって、まず、理解しなければならないのは給与決定の考え方の相違である。
 国内勤務においては、基本給がいくら、これに手当を加算して、総額(グロス)がいくらという計算をしている。そこから税金や社会保険料を引かれた手取り額(ネット)について、直接検討することはない。
 ところが、海外勤務の場合は、まずネットの設定からスタートすることになる。つまり、最初に手取り額を決定しておいて、結果的にその額になるようにグロスを逆算していく。
 なぜ、このようなやり方をするのかといえば、税金や社会保険料の仕組みが国によって違うため、手取り額がいくらになるか不明だからである。
 次に決定方法であるが、支給額の決定方式には、①別建て方式、②購買力補償方式、③海外本給方式の3種類がある。以下、それぞれ説明を加えよう。

①別建て方式
 これは、国内給与体系とは別に、その国に応じた体系を組むことで、別名、生計費積み上げ方式ともいう。
 赴任国の物価水準や生活レベルを踏まえ、社員が滞在員として不自由のない生活を送れるような給与を設定するわけだが、一企業がそのような調査をするのは困難なため、多くの場合、大手商社の賃金を参考に設定をする。
 別建て方式は、1970年代~1980年代の海外勤務がまだ特殊であった頃に主流となった方式で、十分な生計費を与えられたうえ、当時の円安もあいまって、帰国時には「ひと財産」築くことができたという。
 しかし、85年のプラザ合意を契機とする円高で状況は一変、為替リスクの影響をダイレクトに受けることとなった。
 他にも、国別に異なった賃金体系となり設定・管理が大変なことや、どんぶり勘定で高額となりがちなことなどから、次の購買力補償方式の普及に伴い、別建て方式をとる企業は激減する。

②購買力補償方式
 これは、日本国内での生活と同等の生活を赴任地でも送れるよう賃金を設定する方式である。
 日本での生計費相当額に、タワーズワトソン社等のコンサルタント会社が設定した生計費指数を乗じ、現地通貨やUSドル等に換算したものを海外基本給とする。
 生計費相当額をどのように算出するかといえば、国内給与の毎月の手取り額をもって生計費相当額とするのが一般的だ。そして、国内賞与の手取り額分は、ローン返済・貯蓄相当額として日本国内払いとする。
 これは、賞与支給額を給与の4~6ヵ月分とした場合、年収に占める賞与の割合が、日本の労働者のローン返済も含めた貯蓄率と概ね一致するからである。
 賃金体系としては、海外基本給(現地通貨建て)+海外インセンティブ等の諸手当(多くは円建て)+賞与(円建て)というものになる。
 賃金体系として統一化できること、赴任国の物価を反映させることで賃金の高騰を抑制できること、日本の給与がベースなので設定・管理が簡単なこと、現地通貨払い=生活費、円払い=ローン返済・貯蓄相当額を明確に区分することで為替リスクを減らせることなど、別建て方式に比べて多くのメリットがある。
 このような長所から、現在では、大手企業などで多く取り入れられている方式である。
 ただし、生計費指数の情報取得に費用がかかること、指数はパターン化されたもので必ずしも実際の社員の生活レベルとは合致しないことなどのデメリットがある。

③海外本給方式
 これは、国内給与の手取り額をそのまま海外基本給とする方式である。購買力補償方式から、生計費指数を乗じるプロセスを省いたものと考えればよい。
 海外勤務の対象国や対象者が少なく、わざわざ生計費指数の購入をするまでもない中堅・中小企業などで取り入れられている方式だ。
 メリットは購買力補償方式と同様であるが、日本の物価は世界的に高いことから生計費指数は1未満の場合が多く、これをを利用しない分、海外基本給が高くなってしまうケースが増えるというデメリットがある。

 以上から、採用するとすれば、②の購買力補償方式か③の海外本給方式ということになろう。企業の規模、海外勤務の場所、対象者数などから、どちらが妥当かを検討してみてほしい。

(2011年3月21日)

 
 
人事考課と人事評価 Column No.11


 定期的に社員の能力や業績などを査定することを人事考課と言ったり、人事評価と言ったりする。どちらを使うかは企業によって異なり、同一企業で両者を意図的に使い分けているところは見たことがない。
 素朴な疑問として、この2つは違うのだろうか、それとも同じ意味なのだろうか?
 まず、「考課」と「評価」の言葉の意味を確認してみよう。
 手元にある国語辞典(岩波書店「国語辞典」、三省堂「新明解国語辞典」)で調べてみると、考課は、「官吏などの事務の成績を考えて優劣を定めること」(岩波)、「公務員・会社員の勤務成績を評価すること」(三省堂)となっている。
 評価は、「どれだけの価値・価格があるかをきめること」(岩波)、「①物の価値や価格を決めること、②児童・生徒の学習成果について判定すること(広義では、教育全般について言う)」(三省堂)である。
 これを見る限り、評価という言葉は人事も含めてモノに対して広く用いられるのに対し、考課は人事に限られるようだ。言い換えると、さまざまな評価のうち、人事に関することを人事評価と呼び、これは人事考課と同じ意味ということである。
 ただ、筆者の印象として、人事考課という用語は職能評価など旧来の制度で多用されていたということもあって、「査定目的」「非公開」「権威主義」といったマイナスのイメージがつきまとう。岩波の辞典に「優劣を定めること」とあるように、ヒトを序列づけるための制度という感じがするのだ。一方の人事評価は、三省堂の辞典に「学習成果について判定すること」とあるように人材育成と結びつくイメージである。
 明確な根拠はないのだが、年功序列を重視する会社や自治体・公的機関など堅く保守的なイメージのある組織で「人事考課」が多く使われている気がする。逆に、成果重視を掲げる会社や評価が人材育成目的であることを強調する会社では人事評価が用いられているという印象である。
 要は人事考課=古い、人事評価=現代的ということだ。
 そういうこともあって、筆者は人事評価という用語を使うようにしているわけだが、まあ、これは個人的なイメージの問題なので、特に強いこだわりはなく、人事考課を使っている企業から研修を依頼されれば、資料も話も人事考課という言葉で統一をするし、「人事評価に変えた方がいいですよ」などと提案したりもしない。
 ネットでざっと調べたところ、両者が違うとの理論・理屈をお持ちの方も、また、使い分けをしている方もおられるようだが、同一視しても無問題というのが結論である。
 余談だが、この前、たまたま以前勤めていた企業のHPを眺めたところ、人事考課という言葉を使っていて、「やはり・・・」と妙に納得をしてしまった。2つの用語は、組織の体質を判断するリトマス紙になるのかもしれない。

(2011年4月15日)

 
 
介護業界での人事評価の必要性 Column No.12


 先日、ある介護施設で職員の方たちに人事評価について話をする機会があった。新年度から新たな評価制度がスタートすることとなり、これに併せて評価の目的や必要性・効果などを説明したのである。
 当施設は、トップの方が人材育成に熱心で、人事評価をはじめとする人事管理制度に深い関心を持っておられたことから今回の機会をいただいた。
 ただ、介護業界全体としては人事評価への関心は高いとはいえず、制度は導入していても形ばかりとなっている施設が目立つ。
 背景にあるのが、職員1人あたり15,000円が支給される介護職員処遇改善交付金という助成金で、平成22年度に受給要件としてキャリアパスの整備等が加えられたため、評価制度を形式的に整えたというところが多いのだ。
 この助成金、とにかく介護サービス従事者の賃金を上げることが大前提にあるため、行政も申請時の書類さえ整っていれば構わないというところがある。まあ、助成金制度にはよくありがちなことなのだが。

 介護業界が評価制度に無関心なのは構造的な要因もあると思われる。
 1つは、職員数が数十名の小規模の事業所が多く、制度を組み立てる必要性の低いことである。
 また、組織構造がどちらかといえばフラットで上下関係が強くなく、管理者が部下を評価するという意識が希薄な面もある。
 さらには、介護業界の経営者には人事評価制度にあまりなじみのない医療業界や公務員出身者が多くいることも背景にあると考えられる。
 しかしながら、今日の評価制度が人材育成の有力ツールとなっていることを考えれば、介護業界にも絶対に必要といって間違いはない。
 一般論だけでなく、介護業界においてはマクロ・ミクロの両面から人事評価制度の導入が求められている。
 マクロ面とは、介護業界に対する国民の期待である。2009年の日本の高齢化率(人口に占める65歳以上の割合)は22.7%と世界一の数値を示している。そのような超高齢社会の中で、介護事業は国民が安心して暮らすことのできる社会をつくるための基盤となるものであり、介護サービスの充実が高齢社会の住みやすさに直結するのである。
安定的なサービスを継続して提供するには、サービス従事者の人材育成が不可欠だ。
 次に、ミクロ面とは個々の利用者の期待で、利用者は、事業者の施設やサービス内容を比較・評価をしてから利用をする。特に、介護事業は労働集約的なサービスなので、職員のレベルが評価にあたっての重要な要素となる。情報があふれる今日、各施設の評判はネットですぐに集められる。評価を高めるためには、能力・専門性・人間性の向上が不可欠なことはいうまでもない。継続的に人材育成をするための仕組みの1つとして、「活きた」人事評価制度が必要とされているのである。

 多くの市場が成熟化している日本で、介護業界はまぎれもなく成長産業だ。帝国データバンクの調査によると、2005年度に2兆1,650億円だった売上高は2009年度には4兆2,200億円とほぼ倍増しており、事業所数も4年間で約2.5倍に増えている。
 ただ、成長しているからといって、職員の質が低い施設が繁栄するはずもなく、短期的にはともかく長期的な存続は無理であろう。2012年には、施設の総量規制が撤廃される予定で、事業所数の増加はさらに加速する見込みである。今は待機利用者がいるかもしれないが、これに安住してサービス力の相対的な低下を招けば、やがては淘汰されていくのは必然だ。
 他施設との差別化の重要な要素は人材であり、その育成のためには、能力開発制度とともに人事評価制度がカギとなる。評価制度にマジメに取り組み、適正運用のノウハウを蓄積していくことが、大きなアドバンテージになることに介護事業者は気づいてほしい。

(2011年4月18日)

 
 
人事制度の変遷 Column No.13


 人事制度とは、ひと言でいえば組織におけるヒトの処遇を決定する仕組みであるが、何に重点を置いて処遇をするかという基本的な考え方には移り変わりがある。これを整理すると次の4つに分けられる。

①年功序列主義(戦後~1970年代前半)
 企業内の序列を勤続年数や年齢などの年功によって決定する制度で、勤続年数や年齢とともに、知識、技術、熟練度が高まるという考え方である。終身雇用、企業内組合とともに、日本の高度成長を支えた日本的経営の3種の神器と呼ばれた。
 経済のパイが拡大していたことや、労働力が不足していたこと、企業の人員構成がピラミッド型となっていたことなどを背景に年功序列は機能した。
 終身雇用を前提に、若年時は貢献度>賃金であったが中高年時には貢献度<賃金となり、職業生活トータルで見るとそれなりの合理性はあった。

②能力主義(1970後半~1990年代前半)
 社員の職務遂行能力をベースに公正な処遇を進めていこうとする考え方である。オイルショック以降、職能資格制度という形で多くの企業に採用された。
 能力の高低により処遇の格差がつくことから、社員の能力開発への動機づけとなる一方で、評価の劣る社員のモラール低下が問題となった。ただ、能力の判定があいまいであったことや能力は毎年伸長するものとの理屈から年功的な色彩も強く、極端な格差がつくものでもなかった。
 このように年功的な運用で昇級が行われるとともに基本的に降級はないため、職能等級の上位・中位者が増大することとなり、人件費負担を圧迫させる要因になった。
 同時に、経済の低成長化に伴って組織規模の拡大も頭打ちとなるなか、上位・中位等級者に見合ったポストを提供できなくなり、仕事内容と給料とのギャップが目立つこととなった。

③成果主義(1990年代後半~2000年代前半)
 社員の仕事の成果や目標の達成度に応じて処遇を決める制度である。業績にかかわらず、処遇が上がっていくスタイルを見直そうとするものである。見方を変えると、社員の「能力」にカネを払える悠長な時代ではなくなったということでもある。
 「能力主義」をうたっている組織も、評価対象とする能力を成果につながる発揮能力でとらえるなど、成果主義の考え方を取り入れているところが多い。
 職能資格等級に代わって、仕事を基準に等級を組み立てる職務等級や役割等級を処遇のベースとする。業績=報酬のため、一般に従来低賃金であった若年者には好ましいが、高賃金の中高年には厳しい制度となった。IT革命により仕事の進め方も一変し、これまでの経験が活かせなくなったこともあり、賃金に見合った成果を出すのは困難だからである。

④修正成果主義(2000年代後半~)
 個人業績を重視しすぎてチームワークが乱れたり、人材育成を怠ったり、簡単な目標しか立てなくなったりと、成果主義の弊害が目立ってきたことから、行き過ぎた成果主義の修正がみられるようになった。内容としては、成果に至るプロセスの重視や、協調性やチャレンジ性、人材育成の評価などである。
 一時期、「成果主義はダメだ」との論調で年功序列への回帰がもてはやされたこともあったが、実際には、その動きは非常に限定的である。
 そもそも成果主義がうまくいかないのは、制度の趣旨がマズイからではなく、導入の目的や運用の仕方に問題があったからとの声が多く、今後も成果主義的な考え方に基づく人事制度はさらに普及すると考えられる。
 ただ、単純に成果を基軸に処遇を決定するよりも、成果を出してもらうために、他の人事諸制度、人材育成システム、雇用環境、職場の人間関係など、社員のモチベーションを高めることに重点が置かれるようになっている。
 今後の流れとしては、働き方も仕事の中身も多様化するなか、一律的な考え方や施策で社員のモチベーション向上を図ることは難しく、成果主義を基調としつつも、就業形態や職種によって異なる制度、あるいは選択可能な制度、いわば多様化成果主義というようなコンセプトに展開していくのではないかと思う。

(2011年5月16日)

 
 
年俸はどれくらい下げられるのか Column No.14


 平成22年の厚生労働省就労条件総合調査によると、従業員30人以上の企業での年俸制の導入割合は13.4%となっている。数値はここ数年同じような値を示しており、一時期ブームとなった年俸制の導入も一段落した感がある。
 さて、成果主義型賃金の典型例でもある年俸制のもとでは、業績や評価によって年俸が下がることも当然にありうる。今回はこれに関して次の2つを検討してみる。
①年俸を労働者の合意なく下げられるのか
②どれくらい下げられるのか、たとえば、前年の半額にすることもありなのか

 まずは、年俸制を含めた賃金の減額について整理をしてみよう。
 労働法上、賃金を下げてはいけないとの規定はない(もちろん、最低賃金法に基づく最低額はある)が、ただ、判例を通じて、次の考え方が確立している。
 ア.使用者が一方的に減額することはできない。
 イ.労働者の同意があれば、就業規則や労働協約に違反しないかぎり減額は認められる。
 ウ.就業規則等の改定によって賃金を減額する場合には、高度の必要性に基づいた合理的な内容でなければならない。
 エ.資格・等級が降格・降級することによる減額も認められるが、就業規則等の根拠が明確であり、降格・降級が正当な人事権の発動によるものでなければならない。
 オ.人事評価による減額もあるが、評価の事実に誤認があるとか、動機が不当であるとか、評価が合理性に欠ける場合には権利の濫用となる。
 ざっと眺めて今回のテーマに関連がありそうなのはアウオだろう。
 ただ、アの主旨は、経営不振や高齢者の賃金抑制を目的に一方的に下げることを否定したものであり、いわば既存のルールの変更であるので、①の問題とは異なる。
 したがって、ウとオが考慮しなければならない事項となる。
 ウは、就業規則の不利益変更のことであるが、年俸制に置き換えると、年俸決定のルールに関して合理的な内容であることを求めていると解される。
 オは、年俸引き下げの前提として、評価が妥当であることの必要性を示している。これは当然であり、また、重要なことである。

 次に年俸制に関する判例を見てみよう。判例では、使用者と労働者の間で新年度の年俸額について合意が成立しない場合には、
 ア.年俸額決定のための成果・業績評価基準、年俸額決定手続き、減額の限界の有無、不服申立て手続き等が制度化されて就業規則等に明示されていること
 イ.その内容が公正であること
 の2つを満たせば、使用者に決定権があるとしている(日本システム開発研究所事件。東京高平成20.4.9)。つまり、減額についてのルールが制度化されていて、それが公正なものであれば合意は得なくてもよいということだ(もちろん合意の努力が必要なことはいうまでもない)。
 ちなみに判決では、アの事項が満たされていないとして、使用者に一方的な決定権はなく、前年度の年俸額とせざるをえないと述べている。

 以上から、①については、年俸制規定など明確で公正なルールがあり、そのルールに従って適正に決定がなされていれば可能であるといえる。
 ②については、下げ幅に合理性・妥当性が求められているといえる。
 では、合理性・妥当性のある下げ幅とはどれくらいかだが、企業の実態をみてみよう。古いデータなのだが、平成14年の就労条件調査を見ると以下のようになっている。

下限を設定している

10%未満

10~20%

20~30%

30%以上

不明

平均

14.3%

3.0%

6.6%

2.9%

0.5%

1.2%

12.6%


 下限を設ける企業自体が少ないのだが、その中でも設定するのならば20%ダウンまでというところで、30%を超えるような制度はまれである。

 他社もやっているからOKで、ほとんどやっていないからダメというわけではないし、業界・会社の特性もあろうが、ある程度の年収が見込める管理職クラスの年俸の下げ幅としては30%が最下限の目安となるだろう。テーマ②で掲げた、前年の半額というのはやりすぎである。
 30%であれば、1,000万円が700万円になるということで、厳しいことは確かだが、生活が破たんするほどではないと思える。ただ、一般的には、社員のモラールを考えれば、せいぜい20%が適当なところといえる。
 最近では、年収500万円以下の一般社員にも年俸制を適用する会社もあるが、このような場合は10%以内に止めておくのが適切だろう。全社員一律ではなく、等級・役職・収入に応じた対応が求められる。
 最後に一言付け加えると、最下限となるのは業績や評価が異様に低かったイレギュラーのケースに限られ、このような社員が多数発生するような仕組みや運用の仕方は問題であろう。年俸制であっても、社員の生活の基盤となる賃金であり、ある程度の安定性が必要なことを忘れてはならない。

(2011年6月20日)

 
 
目標管理とモチベーション Column No.15


 目標管理には、いろいろな目的がある。最終的な目的は組織業績の向上にあるが、社員のモチベーションを高めるのも大きな目的の1つである。
 目標管理が社員のモチベーションの源泉となることを示したのが、ロックとレイサムという心理学者が提唱した目標設定理論である。目標管理といえばドラッカーが思い浮かぶが、彼の理論の根拠となっているのがこの目標設定理論といわれている。
 目標設定理論によれば、モチベーションを高められるのは目標の設定の仕方にあるという。
 ポイントとなるのは、①困難な目標を立てること、②明瞭な目標を立てること、③目標設定に参加すること、の3つである。

 ①の困難な目標がモチベーション要因となるのは、挑戦しがいのある目標の方がやり遂げたときの達成感が大きいからである。ただ、これは本人の自己効力感の高低に左右される。
 自己効力感とは、自分なら達成できるという確信を持つことで、自己効力感の高い社員はチャレンジングな目標を掲げるため、モチベーションを保ちやすく、逆に、自己効力感の低い社員は容易な目標を設定し、モチベーションも低くなってしまう。
 目標管理が機能していない組織の典型的な症例は、社員が簡単な目標しか設定しないというものである。これは仕組みの問題もあるが、社員の自己効力感を高めることも大きな課題となる。

 ②の目標の明瞭さは、具体的に立てた方が達成状況をより明確にイメージでき、達成に至る手段やプロセスも明瞭になるからである。また、達成したときに顧客や関係者にどのような満足を与えられるか、どのような賞賛を得られるかなどがリアルに想像できる点もモチベーション要因となる。

 ところが、これも実際には、あいまいな目標が随分と見られ、しかも毎年同じような目標であったりするケースも多い。本来は上司がそれを指導すべきなのだが、フリーパスとなっている。そもそも上司の目標自体が漠然としているのだから、指導など期待できないというべきか。

 ③の目標設定への参加は、目標に対するコミットメントの大きさに関わってくる。人から与えられた目標よりも、自分が関与したもののほうが、達成に向けての責任感は増すことは明らかである。
 ただ、すべて丸投げにしてしまうのは問題で、上司あるいはリーダーとして設定する目標の方向付けは必要となる。
組織業績との連鎖が求められるし、また、そこにリンクさせることが組織貢献というモチベーション要因となるからだ。

 上記の①~③は、いずれも目標設定の際の基本のセオリーなのだが、なかなか実践できていないことが多い。目標管理に本気で取り組んでおらず、制度が形骸化してしまっているのだ。
 目標管理に対して、モチベーションの源泉という本来の目的を取り戻すには、①~③を改めて確認する必要があろう。
 このうち②③は、本人と上司・リーダーとのコミュニケーションを密にすることが基本であり、その前提として、目標管理制度に対する理解や意識を高めておくことが必要となる。
 ①の自己効力感を高めるためには、いくつかの手法があるが、目標管理との関連では「達成体験」と「言語的説得」とが重要となる。
 「達成体験」とは、まずは目標を達成することでその喜びを味わってもらい、自信をつけてもらうことである。”少し難しい目標”の達成に向けて、上司が必要な支援をしていく。
 今回も達成できなかった⇒次回もどうせダメだろう⇒やる気が起こらない⇒やっぱり達成できなかった、という悪循環から、今回は達成できた⇒頑張れが何とかなる⇒やる気が起きる⇒達成できた! という好循環に変えるのである。
 「言語的説得」とは、「君には能力がある」とか「才能があるのだからやればできる」というように上司から激励の言葉をかけることだ。人間そのように言われれば、ヤル気は出てこよう。
 単に目標を掲げればモチベーションが高まるものではない。目標管理においては上司やリーダーの役割も非常に大きいのである。

(2011年7月25日)

 
 
■ 権限移譲の必要性とポイント Column No.16

 
 いろいろな会社にお邪魔する機会があるが、「そんなことまで経営者が決めるのか?」とか「そんな仕事は課長がやらなくても部下に任せればいいのに・・・」と思うことがよくある。
 こと権限移譲に関しては、民間よりは公務員の世界の方が進んでいる気がする。
 自治体では、制度づくりや研修の実施などを係長や主任といった非役職者が中心となって進めることが多い。もちろん、決定権は上司にあるので、意思決定に時間がかかったり、後になって議論がひっくり返ったりして、支援する側からするとデメリットもあるのだが、職員育成の立場に立てば実のある経験を積んでいると思う。

 上位者が下位者の作業に手を出したり、細かな点に口を出したりするのは、上司の性格もあるが、会社のルールや体質によることが大きい。職務権限規程で定められていたり、失敗しないことが最優先されるような風土であったりするのである。
 風土はともかく規程は変えればよい。ただ、「そのような”古い”規程の見直しを進めても、「今までそうやってきたから」「任せたくても、人材が育っていない」「何かあったら困る」と、多くの場合、改訂には腰が重い。
 エンパワーメントという言葉が組織マネジメントのキーワードとして使われるようになって久しいが、なかなか進んでいないのも事実のようだ。

 しかし、これまでと同じ職務権限でやっていくことにはすでに限界が生じている。
 1つは、一般社員といえども、定型的なことだけをやっていればよいというのどかな時代ではないからだ。特に顧客と直に向かい合うことが多いサービス業や営業職においては、競争力の有無に直結すると考えられる。
 いちいち上司に伺いを立ててからでないと顧客に対応できないのであれば、迅速な応対も期待できず、顧客満足度が低くなるのは自明のことだからである。
 もう1つは、社員のモチベーションのためである。権限が委譲されるということは、自分の裁量で仕事ができる範囲が広がるということで、これは大きなモチベーション要因となる。(もしかすると、上司が権限移譲をしないのは、自分の裁量が狭まることが面白くないからかもしれない)。
 
 もちろん、やみくもに権限委譲をすればよいわけではない。無謀な委譲では、期待する効果よりも組織の混乱というデメリットの方が大きい。
 権限委譲にあたって重要なのは、
 ①どの職位にどのような権限を与えるのかを明確にすること
 ②きちんと義務・責任を果たせる人に委譲すること
 である。①については、職務権限規程などを作成して役職と権限・責任の関係を明確化することが求められる。すでに作成をしている企業では、改訂を行い、周知をする必要がある。
 ②については、能力・地位に見合わない過大な権限委譲は、判断ミスの増加や権利の濫用により、組織の混乱を招く恐れがある。場合によっては、会社の信用や顧客の信頼を失墜させるような事態にも発展しかねないので注意が必要である。
 ただ、だからといって無難な方向に収めていては、組織も社員も成長できない。これについては柔軟な姿勢が必要となる。
 すなわち、経験や能力が多少不足していると判断される人材であっても、長所を積極的に評価し登用していくことが求められる。よく言われるよう「ポストが人を育てる」を実践していくのである。
 特に中堅・中小企業では必要な考え方となろう。大企業のように多数の中から優秀な人材を選抜するのは実際上困難だからだ。
 委譲当初は混乱が起きるかもしれないが、これも会社を強くするための痛みととらえ、経営陣自らが率先して権限委譲していく姿勢を示すことが重要だろう。
 ただし、
 ①報告はしっかりと行ってもらう
 ②この点だけは気をつけてほしいという留意事項を明確にして引継ぎを行う
 ③委譲当初は重点的なフォローを行う
 以上については励行すべきである。これらのバックアップ体制をとることで、重大な事故発生を防止できる。特に、委譲直後は緊張感があってトラブルも起きにくいのだが、しばらくして多少の自信が生じた頃が危険なので、注意深く見守る必要がある。権限移譲といっても、すべて丸投げしてしまうことではないのである。

(2011年8月15日)

 
 
■ 住宅補助の廃止 Column No.17


 日本は、不動産価格や家賃が高いこともあり、企業が給与として住宅手当を支給したり、福利厚生の一環として家賃補てんなどの住宅補助を行ったりしてきた。

 これら住宅関連施策の特徴は、比較的規模が小さな企業でも実施している割合が多いことである。厚生労働省の平成19年就労条件総合調査によれば、次のとおりである。

1,000人以上

300~999人

100~299人

30~99人

66.0%

62.7%

54.1%

44.6%


 通常福利厚生制度といえば、大企業と中小企業との格差が激しいものだが、これに関しては例外といえる。
 実施割合が多いだけでなく、費用負担も大きい。経団連の2009年度福利厚生費調査によると、法定外福利費に占める住宅関連費は48.7%である。
 そのため、昨今の厳しい経営環境にあって、住宅関連費は人件費削減のターゲットとなっている。やや古いデータだが、「2003年福利厚生・退職給付総合調査」(企業福祉・共済総合研究所)の「廃止・縮小したい制度」で、
 1位:社宅
 2位:独身寮
 4位:借り上げ社宅
 5位:借り上げ独身寮
 9位:住宅手当・家賃補助
 という具合に、ベスト10の5つを住宅関連費が占めている。因みに「導入・拡充したい制度」には、ベスト10に1つも入っていない。

 前置きが長くなったが、今回は住宅補助の廃止について検討してみる。なお、住宅手当の廃止については、以前のコラムNo.16で触れたのでこちらを参考にしていただきたい。、
 さて、住宅補助の中身を整理すると、
 ・借り上げ社宅を提供して、社員から家賃を徴収するもの
 ・社員が借りた住宅の家賃の何割かを補助するもの
 ・住宅を購入した社員に一定期間手当てを支給するもの
 などがある。
 これら住宅補助が賃金に当たるかどうかは支給の実態によるが、その廃止や減額が不利益変更になることは確かだろう。
 したがって、労働契約法第9・10条の「就業規則による労働契約の内容の変更」に準じた取り扱いが必要となる。すなわち、不利益変更のためには、
 ①変更後の規則を労働者に周知させること、
 ②変更内容が、労働者の受ける不利益の程度、変更の必要性、変更後の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況などに照らして合理的であること、
 の2点が求められる。
 そこで、変更内容として一方的な制度廃止のみというのは、経営環境が相当程度悪化していないかぎりは難しく、何らかの代替措置が必要となろう。代替措置としては、
 ア.他の福利厚生を充実させる
 イ.住宅手当を充実させる
 ウ.基本給や諸手当を増額させる
 などが挙げられる。
 このうち、アは福利厚生費の枠内での転用であり、最も基本的な対応といえる。法定外福利費の中でも近年増加している育児関連やヘルスケアサポートの「財源」とする企業も見られる。
 ただ、転用先の費目にもよるが、住宅補助の受益者と転用による受益者とが異なってしまうのも問題である。そこで、アの場合には、カフェテリアプラン等により、種々の福利厚生メニューを選択できるようしておくのがベストである。
 イは、住宅補助との関連で住宅手当を充実させるもので、すでにある住宅手当に統合するというイメージである。住宅補助と住宅手当とが併存している企業が取りうる選択肢だ。
 住宅手当のない企業の場合は新たに設けてもよいが、近年の住宅手当廃止の流れからすると慎重な検討を要する。いったん制度化したものは廃止が困難になるからだ。
 ウは、これまでの補助分(またはその一部)を、基本給や諸手当の原資とするものである。ただ、住宅補助は比較的短期的で、かつ対象者もそれほどは多くないこと、税金の対象となること、設定の仕方が難しいことなどから、おすすめの方策とはいえない。
 よって、アの方策が最も現実的で社員の理解も得られやすいと考えられる。住宅補助を廃止するときは、他の福利厚生への転用を軸とすべきであろう。

(2011年9月11日)

 
 
 非正規労働者4割についての雑考 Column No.18


 先月発表された総務省の平成21年経済センサス基礎調査によれば、非農林漁業の民営事業所の従業者数のうち、「雇用者」は従業者全体の87.4%であり、そのうち「正社員・正職員以外の雇用者」が雇用者全体の39.8%を占めるとのことである。民間企業で働く人の実に4割が身分の不安定な非正規労働者ということになる。
 この数字に対して、「そんなに多いのか!」と驚きを覚える人が多いと思うが、一方で、「そんなものか」とか「もっと多いんじゃないの?」という冷静な印象をもつ人もいるはずである。
 就業形態は業種によって大きな違いがあり、非正規労働者が少ないところは本当に少ないし、多いところは大半がパート・アルバイトという事業所もあるからだ。

 センサスでは産業別に数字を示している。産業大分類によるベスト5は次のとおりだ。

1

宿泊業、飲食サービス業

76.4%

2

生活関連サービス業、娯楽業

54.7%

3

サービス業(他に分類されないもの)

52.5%

4

教育、学習支援業

50.4%

5

卸売業、小売業

48.9%


 「正社員・正職員以外の雇用者」の割合が最も高いのは「宿泊業,飲食サービス業」で76.4%にも昇る。2位以下を大きく引き離しての断然トップである。
 他に主なところでは、医療・福祉37.1%、製造業23.0%となっている。最も低いのは、電気・ガス・熱供給・水道業の8.2%である。

 次に産業小分類をみてみよう。

1

ハンバーガー店

94.9%

2

持ち帰り飲食サービス業

89.8%

3

他に分類されないその他の飲食店

89.0%

4

カラオケボックス業

88.1%

5

音楽・映像記録物賃貸業

87.8%


 トップ3は小規模・飲食サービス・労働集約産業が共通点だ。センサスでは30位まで掲載されているが、飲食をはじめとするサービス業や小売業など、従業員と顧客が直接向き合う業種が多くを占めている。
 日本のサービス業や小売業が、正社員以外の人たちによって支えられていることをあらためて認識できる。

 逆に「正社員・正職員」の割合が高い業種をみてみよう。

1

製鉄業

97.0%

2

電気業

96.6%

3

石油精製業

96.3%

3

コークス製造業

96.3%

5

中央銀行 

96.1%


 トップ3は大規模・専門的・装置産業であることが共通している。こちらも上位30は、金融・保険業を除けばほとんどがこの3つのキーワードに該当する。

 センサスでは都道府県別の数字もある。正社員・正職員」の割合が高いのは以下の5つだ。


1

富山県

66.7%

2

福井県

66.2%

3

新潟県

65.9%

3

山形県

65.7%

5

東京都 

64.7%


 トップの富山県といえば、かつてあった新国民生活指標(豊かさ指標)で全国1位の常連だった。県民1人あたり所得も、東京・愛知・大阪などの大都市圏に続いて上位(2008年度で8位)と健闘しており、これも多少は関連があるのかもしれない。
 また、上位4県はいずれも日本海に面しているが、これも何らか関係しているのか。

 下位は次のとおり。こちらは規模も地域もバラバラだ。

43

北海道

55.1%

44

沖縄県

54.1%

45

埼玉県

53.4%

46

千葉県

52.2%

47

奈良県 

51.3%


 非正規労働者といえば若い人が多いイメージがあるので、都道府県別の平均年齢の若い順位を調べてみると以下のとおりとなった(平成17年国勢調査)。平均年齢と正規社員の割合とは、多少の相関がありそうである。

正社員割合(低)

順位

正社員割合(高)

順位

奈良県

16

富山県

38

千葉県

6

福井県

27

埼玉県

4

新潟県

37

沖縄県

1

山形県

23

北海道

28

東京都

10


 最後に、都道府県別の全従業者数に占める「飲食・宿泊業」の従業者数の割合を、平成18年総務省事業所・企業統計で計算してみると以下のとおりとなった。

正社員割合(低)

順位

正社員割合(高)

順位

奈良県

9

富山県

47

千葉県

4

福井県

30

埼玉県

25

新潟県

39

沖縄県

1

山形県

38

北海道

10

東京都

8


 富山県は6.4%で最も低い。最高の沖縄県は12.6%、全国平均は8.3%である。富山県は「飲食・宿泊業」の従業者数の割合が少ないことが、正社員比率の高い要因の1つとなっているといえそうだ。

(2011年9月19日)

 
 
■ 留学費用の返還 Column No.19


 MBAの取得などで海外留学させた社員が、留学後に早期退職をしてしまうケースが後を絶たない。
 企業側の予防策として、留学後一定期間を経ずに退職した場合に費用の返還を求める旨の誓約書を出させることもあるが、これは労働基準法第16条に定める「賠償予定の禁止」に違反する恐れがあるとされる。
 労基法16条の趣旨は、労働者の退職の自由を守るために違約金等の定めを禁止するものであり、すなわち、費用の返還義務があるために社員が一定期間の労働を拘束されてしまうというのである。
 この件に関して、いくつかの裁判が起こされており、判決も企業の勝訴、労働者の勝訴とさまざま出ている。その詳細はさておき、問題はどうすれば法16条に抵触しないかで、判例から導き出されるのは、1.社員と個別に金銭消費貸借契約を交わすこと、2.留学と業務との関連性をできる限り低くすること、の2点である。
 以下、それぞれのポイントを整理してみよう。

1.社員と個別に金銭消費貸借契約を交わすこと
①費用の弁済について、海外留学規定等で定めるだけでなく、社員と個々に契約を交わすことが重要となる。このとき、違約金という形にしてしまうと、16条に触れる可能性が高まるので、留学費用を貸与するが、一定期間勤務することで債務免除をするという特約付き金銭消費貸借契約とするのがベストである。
 誓約書にする場合は、②で述べる文言や③~⑤の内容に留意して、実質的な特約付き金銭消費貸借契約にしておくのが望ましい。
②早期退職に対して費用の「返還」を求めるのではなく、「弁済」を求める、あるいは、一定期間勤務により「債務を免除する」といった文言にする。これにより、”貸与”であることが明確化できる。
③弁済すべき留学費用の明細を明確化しておくこと。留学費用には出願料、入学金、授業料、教材費、渡航費などがある。判例でも概ねこれらは認められている。なお、留学に際して支給した手当等は、実費ではないので弁済は困難と考えた方がよい。
④弁済義務が免除される期限を明確化しておくこと。「復職後満5年経過後」といった形にし、「一定期間を経ず退職をした場合」などのあいまいな文言は避けるべきである。
⑤弁済期限が長期にわたらないようにすること。5年を限度とする企業が多く、判例も5年ならば認めているため、5年までと考えた方がよい。因みに「国家公務員の留学費用の償還に関する法律」で、国家公務員の場合も5年と定めている。

2.留学と業務との関連性をできる限り低くすること

 これは、業務との関連性が高いと、費用は本来的に会社が負担すべきものとなるためである。
 とはいえ、留学が企業の制度である以上、業務との関連性がまったくないことはありえないので、以下の点に留意することで、直接的な関連性を弱める必要がある。
①留学制度の目的が、業務に直接的に役立つ知識や技術の修得というよりは、将来の幹部人材の養成といった長期的な人材育成の性格を持つものであること。
②留学が社員の希望に基づくものであり、留学するかどうかの判断が完全に社員の意思に委ねられていること。なお、留学決定後に形式的に留学の業務命令を出すことは構わない。
③留学を推薦されたが辞退した場合などにおいても、その後の処遇等で不利益な扱いを受けないこと。
④留学先、選択科目、研究テーマ等が社員の自由意思に任せられており、業務命令で決定するものではないこと。ただし、留学先は会社の判断で限定してもよい。
⑤留学期間中に、業務に直接関連する研究課題の作成や詳細なリポートなどを求めないこと。ただし、研修状況の簡単な報告はOKである。
⑥留学により修得できる知識・技術・資格等が、転職を容易にするなど社員個人として有益なものであること。これは、労働者が費用負担をすべきことの根拠となるものだ。
⑦留学により修得できる知識・技術・資格等が、社員の留学前後の業務と関連するものばかりでないこと。判例では、業務に直接には役立たない経済学や数学の履修があることから、業務に関連するというよりは汎用的な経営能力を開発するものと指摘したものがある。

 1は形式的な留意事項、2は実質的な留意事項ともいえる。したがって、1の契約書を整えたとしても、留学の実質的な内容が2に反するものであれば、16条違反の可能性が高くなるし、2の内容を満たしていたとしても、1の契約をいい加減なものにすればトラブルの元となる。

 両者について適切に整備しておくとともに、社員にもしっかりと説明をし、合意を得ておくことが、留学費用返還トラブルの最大の防止法といえるだろう。

(2011年9月26日)

 
 
就労条件総合調査について Column No.20


 先日、厚生労働省から「平成23年就労条件総合調査」が発表された。
 今回、新たな調査項目として加わった「年次有給休暇の時間単位取得制度」の採用状況をみると、全企業で7.3%と、予想通りあまり普及していないことがわかって興味深い。
 さて、個別の内容はともかく、本コラムでは就労条件総合調査そのものについて述べてみる。

 就労条件総合調査は、主要産業における企業の賃金制度、労働時間制度、福利厚生等、労務管理の基本的事項を調査したものである。調査対象は、常用労働者30人以上の民営企業で、基本的な労働条件について、規模別や業種別の情報がつかめて、制度設計の際などで結構重宝するデータである。特に、変形労働時間制やみなし労働時間制、継続雇用制度の採用状況などは非常に参考になる。
 この調査は、労働時間、賃金制度、定年制の3つは毎年調査しているわけだが、これに加えて、福利厚生や労働費用といったテーマを毎年設けて調査しており、いわば定例企画+特別企画という構成になっているのが特色である。
 特別企画といっても、大体5年置きのローテーションで繰り返されており、長期的な変化が把握できるよう工夫されている。
 どのような調査が行われているか、平成7年からの内容を示すと下記のとおりである。なお、「労働時間」「賃金制度」「定年制」は、〇印をもって調査があったことを示している。

平成

労働時間

賃金制度

定年制

その他(特別企画)

7

  

労働費用、出向制度

8

 

資産形成への援助制度、職場外の生活設計への支援制度

9

 

退職金制度、退職金支給実態

10

 

労働費用、派遣労働者受入れ関係費用、福祉施設・制度

11

 

資産形成、職場外活動に対する支援・援助制度

13

 

出向制度

14

 

労働費用、福利厚生制度

15

 

退職給付(一時金・年金)制度、支給実態

16

 

資産形成、有配偶単身赴任者対策

17

職場外活動に対する支援・援助制度

18

労働費用、派遣労働者関係費用

19

福利厚生制度

20

 

退職給付(一時金・年金)制度、支給実態

21

資産形成に関する援助制度

22

 

23

労働費用、派遣労働者関係費用

※1)平成11年までは「賃金労働時間制度等総合調査」。
※2)平成12年から1月1日時点調査となったため、平成12年分からは翌年の表示となっている。


 「特別企画」の中身をみると、福利厚生関連が多いことに気づくだろう。昭和59年に「労働者福祉施設制度等調査」を統合したことが背景にあると思われる。それはともかく、福利厚生の統計で手軽に入手できるものはあまりないので、これらの情報を探している人には好都合のデータである。

(2011年11月7日)

 
 
■ 取締役会と集団的浅慮 Column No.21


 大王製紙にオリンパスと、経営トップによるコンプライアンス違反が相次いで発覚した。
 両社(関連会社を含む)ともに、取締役会あるいは監査役がきちんと機能していれば、違反を防げたか、少なくとももっと早くに対応できたはずである。
 当然ながら両社は会社法の定めるガバナンス体制をとっており、形式的にはチェック機能は有しているのだ。にもかかわらず、誰が見てもおかしな取引がごく普通のように行われてしまった。
 いくら制度を整えたとしても、その担い手が期待される責務を果たさなければ意味はない。欧米から、他でもやっているのではないかと日本企業に向けて疑いの目を持たれるのも無理はない。
 それにしても、なぜこのような違法行為が行われ、放置されてきたのかという素朴な疑問が浮かぶ。
 取締役会といえば、企業の業務執行に関する最高意思決定機関である。そのメンバーは、当該企業あるいは他の組織でマネジメント経験を積み、多種多様かつ高度な意思決定をしてきたはずである。当然ながら、どのような行為がコンプライアンス違反となるかについても、一般の社員に比べればよく知っているはずである。
 メンバー個々人は、不正に気付いたか、あるいは少なくとも何らか胡散臭いことがあるのを感じていたに違いない。にもかかわらず、問題を放置するという常識で考えれば妥当性のない選択をしてしまったのだ。

 今回の例に限らず、衆知を集めたはずの会議で「誤った結論」や「変な結論」が生まれることはよくある。会議の後で、「なんだ、この下らない案は? これならオレが考えたヤツのほうがまだマシじゃないか・・・」との思いは誰しも持ったことがあるだろう。

 このように、集団で決定されたことの質が、個人で考えたものよりも劣ってしまう現象を、心理学で「集団的浅慮」という。
 ジャニスによると、集団的浅慮が起こりやすくなるのは、次の4つの条件がそろったときだという。
①集団凝集性が高いこと
 集団凝集性とは、メンバーの仲間意識や団結力のことである。このような中では、意見の対立は集団の良い雰囲気を壊すことになるので、反対意見は言いづらく、自制してしまう。また、外部からの異なる意見も排除することにもなる。
②秘密性が高いこと
 話し合いの中身を外部に公表する必要がないと、外部からのチェックや情報提供が行われず、独りよがりの結論になりやすい。
③強力なリーダーが存在すること
 強いリーダーが存在すると、そのリーダーの意のままに会議が進められ、リーダーの顔色を読み、リーダーの意に沿わないような意見は控えられるか、言っても圧力がかけられる。
④大きなストレスがかかること
 重大な決定を短時間でしなければならない場合、メンバーは大きなストレスを受けるため、そのストレスから早く逃れようと、十分に検討することなく拙速に意思決定してしまう。

 いずれも、多くの企業・組織の取締役会をはじめとする諸会議に当てはまるものではないだろうか。大王製紙やオリンパスで起きたことは、他の企業でもありうることなのだ。決して他人事ではない。
 では、集団的浅慮を防ぐにはどうすればよいか? ジャニスは次の5つを指摘している。

①リーダーがメンバーに対して異議や批判を言うのを奨励すること
②リーダーは、メンバー全員が意見を言うまで自らの意見を控えること
③集団をさらに小さな単位に分け、そこでの意見を全体会議に持ち寄るようにすること
④外部の専門家を参加してもらい、批評を受けること
⑤メンバーの1人に批判役になってもらい、「ツッコミ」を入れてもらうこと

 「それができれば苦労はしない」ともいえるが、これらが実際に実現できるかを含め、結局はリーダーの器量にかかってくるのは確かである。経営者だけでなく、その予備軍であるミニリーダーにも参考にしてほしい。

(2011年11月14日)

 
 
■ 技能実習の安易な受入は禁物 Column No.22

 外国人技能実習制度は、諸外国の青壮年労働者を一定期間産業界に受け入れて、産業上の技能等を修得してもらうという制度である。
 創設されたのは1993年で、約20年にわたって日本の国際貢献の一翼を担ってきたわけだが、一方で、実習期間中は労働基準法上の労働者とみなされなかったため、さまざまなトラブルも生じた。
 一時期、最低賃金法の下限をはるかに下回る賃金での労働や、過酷な労働環境で実習生の失踪が相次いだことなどが問題となったことを記憶している方も多いと思う。
 このため、2010年からは制度が改正され、座学以外の実習期間中は労働関係諸法の適用を受けることになり、少なくとも時給300円といった劣悪な労働条件での雇用はなくなった。
 ただ、以前のような低コスト労働者として受入は弱まったとはいえ、最低賃金を支払えば労働力を確保できるということで、人手不足の地域などでは結構なニーズがある。
 技能実習は、企業自らが受け入れを行う企業単独型と、商工会や中小企業団体等の営利を目的としない団体の斡旋を通じて受け入れを行う「団体監理型」の2種類があり、ほとんどは後者の方式で実施されている。
 団体も慈善事業ではなく、実習生1人あたり数万円という手数料が得られるので、企業等に「売り込み」をかけている。中には、”最低賃金でよく働く労働者を供給します”といったブローカーまがいの営業を展開する団体もあるようだ。
 
 しかしながら、この受入を安易に行うのは禁物だ。もちろん、制度の趣旨を理解したうえで、それに則って実施するのであれば何ら問題はない。ただ、単なる労働力確保のための受入ならば、慎重な対応が必要である。
 確かに出稼ぎ感覚でやってくる者がいるのも事実で、その場合は、双方のニーズはマッチするのだが、技能向上を目的とする労働者も多くいる。
 そういった労働者は、技能修得のことなどほとんど考えていない会社の意向をすぐに察知するに違いなく、処遇に不満が生じるのは目に見えている。
 2・3ヶ月の短期間なら我慢もするかもしれないが、実習は3年間という長期にわたるものであり、何らかのトラブルが発生しないほうがおかしい。
 受入企業の中には、「実習生は応募にあたって受入機関に保証金を払っているので、少々待遇が悪くても簡単にやめたりはしない」と考えているところもあるようだが、保証金は現制度では禁止されている。そもそも、そういった強制労働を肯定するような発想をすること自体が情けない。
 そのような労働力を受け入れても、職場の雰囲気がよくなるはずもなく、トータルで見て会社のメリットになるかは、はなはだ疑問である。
 制度目的と違うという「理想論」だけでなく、次のような実際的なデメリットもある。
 ①賃金を最低賃金とした場合には、他のパート等の賃金との差からトラブルのおそれがあること。また、パート並みを支給すれば、監理団体への手数料も加えるとメリットが薄れること
 ②「実習」という趣旨から、単純労働ばかりさせるわけにはいかないこと、また、長時間労働もできないこと 
 ③技能実習計画の作成と、これに基づく指導が求められること
 ④宿泊施設を確保しなければならず、このとき労基法の寄宿舎の規定が適用されること
 ⑤事前に日本語の研修を受けるとはいえ、どれだけ意思疎通できるかは不明なこと
 ⑥実習期間終了までの有期労働契約となるため、途中の解雇は困難なこと
 
 以上から、種々のトラブルの発生や、現場社員への負担の増加が懸念されるのは明らかだ。
 労働力確保の面があってもよいが、それ以上に、技能修得・国際貢献という意識が強くなければ、結局のところ、金銭的・時間的・精神的コストが多大にかかった挙句、会社・従業員にも実習生にもメリットのないLose-Loseの関係に終わってしまうリスクが高い。
 受入れを考える企業は、この辺のことを検討したうえで、慎重な判断をすべきだろう。

(2011年12月5日)

 

上司と部下とのコミュニケーションギャップ Column No.23


 適切なマネジメントのためには、上司-部下間のコミュニケーションが重要となるのはいうまでもない。

 人事制度の視点から言えば、評価制度や目標管理制度をうまく機能させるには、綿密なコミュニケーションが不可欠となる。
 評価者研修などでそういったことを確認してみると、ほとんどの上司はそのことは十分に認識しており、部下とのコミュニケーションを深めようと日々努力している。
 ただその努力は、上司が思っているほど実っていないようだ。
 先日発表された日本生産性本部の「職場のコミュニケーションに関する意識調査」でも、上司と部下との間のコミュニケーションギャップがあらためて浮き彫りになった。
 結果の概要は以下のとおり。


1.課長・一般社員ともコミュニケーションは取れていると感じている
 ●課長の約8割が「部下や後輩とのコミュニケーションは取れている」と感じている
 ●一般社員の約7割が「上司とのコミュニケーションは取れている」と感じている
2.課長と一般社員の間で認識のギャップが生じている
 ●課長の約7割が「有益な情報が共有されている」と感じているが、一般社員の約半数が「共有されていない」と感じている
 ●課長の約9割が「部下を理解できる」が、一般社員の約4割が「上司は私を理解していない」と感じている
 ●課長の約9割が「部下の話を聴いている」が、一般社員の約3割が「上司は話をあまり聴かない」と感じている
 ●課長の約9割が「部下を褒めている」が、一般社員の約半数が「上司は褒めない」と感じている
(3.以下省略)


 この結果からわかるのは、ある程度のコミュニケーションは取れてはいるものの、上司に比べて部下の方では満足のいくレベルに達していないということだ。
 いくつかの会社で同様のテーマでアンケートを取ったり、調査結果を確認したりしたことがあるが、やはり同じ傾向が見られた。厳しい言い方をすれば、上司のコミュニケーションは自己満足に陥っているのだ。

 コミュニケーションの主要な目的には、①人間関係の構築と円滑化、②情報の提供、③相手の行動喚起、の3つがある。
 注意しなければならないのは、これらの目的を達成できるかどうかは、すべて相手次第ということだ。つまり、コミュニケーションの効果は、送り手ではなく受け取る側に決定権があるということである。上司としては、十分にコミュニケーションを取っているつもりでも、それが有効かどうかは部下に委ねられているのだ。
 見方を換えると、コミュニケーションにおいては、自分の意図は完全には伝わらないことを念頭に置くべきともいえる。しっかりと伝えたいならば、それなりの時間や工夫が求められる。といっても、多忙の中、部下とのコミュニケーションばかりに時間を費やしているわけにもいかない。どうしても伝えたいこと、理解してもらいたいこと、行動してもらいたいことには、これまで以上に丁寧なコミュニケーションを心がけるべきだろう。
 特に重要となる事項は、可能な限り口頭でのコミュニケーションによるのが賢明である。それも、相手の表情がわかる面と向かっての対話が一番だ。そして、どれだけ理解し、納得してもらえたかを相手の言葉で確認すべきである。
 このとき、「わかったか?」「はい、わかりました」では確認とならない。 誰が、何を、いつまでに、どのようにするのかが、自分の意向と合致しているかをチェックしておく必要がある。

(2012年4月23日)

 

60歳以降の働き方~その1 Column No.24


 以前の労務管理コラム(№59)でも述べたとおり、2012年度に高年齢者雇用安定法が改正され、65歳までの雇用を希望する社員の全員雇用義務が実現しそうである。ポイントとなるのは、会社が定めた基準を満たさない者は継続雇用制度の対象外とすることができる仕組みの廃止だ。企業は、能力や適性にかかわらず、少なくとも働く意欲を持った60歳以上の社員に雇用の場を用意しなければならなくなる。


 60歳という年齢は、それまで積み上げてきたキャリアが各人によってさまざまであり、健康状態、経済状態、家族関係、地域社会との関わり等の私生活も大きく異なることから、置かれた状況は非常に多様となる。この点は、学校を出たばかりの新卒者の状況と比べれば、違いはよくわかるだろう。
 当然、その後のライフプランも社員ごとに違うわけで、企業としても多様な選択肢を設けることにより、意欲的に働いてもらえる環境が提供できる。

 2006年に65歳までの雇用延長が義務づけられたときには、定年引上げか、それとも再雇用制、勤務延長制かというように、主に制度面ばかりに焦点が当てられることが多かった。
 また、高齢社員の担う職務内容は、定型的・補助的な業務を念頭に置いており、どちらかといえば会社人生の「余生」をどうするかという視点であった。
 今回の改正に伴う制度見直しでは、そのような単純で一律的な見方ではなく、意欲・能力・適性に応じて、バラエティのある処遇を整備しておくことがさらに重要となるだろう。
 ただ、気を付けなければならないのは、思いつきや他社の事例の寄せ集めによって、さまざまな選択肢を用意しても、自社のニーズにフィットしない可能性が高いことだ。社員の立場からみて、「仕方ないから、これにしておくか」というような消極的な選択しかできないのであれば、モチベーションを高く保つことは難しい。

 そのような事態を避けるには、60歳以降の働き方にはどのようなものがあるかを体系的に整理しておく必要性がある。制度設計をする前に、まずは65歳までの雇用の枠組みを明らかにするということだ。
 整理の際に軸となるのは、先に述べた雇用延長の制度類型に加えて、雇用形態、職種、勤務形態、勤務場所、報酬形態等である。
 これらを軸にどのような枠組みがつくれるか、次の機会に示したい。

(2012年5月14日)

 

60歳以降の働き方~その2 Column No.25

 
 60歳以降の働き方について、今回は具体的な枠組みを示してみよう。
 枠組みを類型化すると、1.自社での雇用継続、2.関連会社での雇用継続、3.独立の3つがある。それぞれの内容は以下のとおりである。

1.自社内での雇用継続

職種
業務内容
対象部門
雇用形態
マネジメント職
担当部門の管理
全部門
正社員
監督職
現場作業の監督
生産・現業部門
正社員
スペシャリスト職
高度の専門業務の遂行
営業、法務、経理、人事等
正社員・契約社員
エキスパート職
高度の熟練作業の遂行
生産部門
正社員・契約社員
インストラクター職
知識・技術等の指導
研修部門
正社員・契約社員
コンサルタント職
特定部門の問題解決
生産、技術、商品開発、営業、人事、
財務、 法務、海外事業、物流等
正社員・契約社員
一般事務・営業職
定型業務・補助業務の遂行
管理・事務部門、営業、販売等
正社員・契約社員
 ・パートタイマー
一般作業職
定型作業・補助作業の遂行
生産、物流等
正社員・契約社員
 ・パートタイマー

 

職種
勤務形態
賃金体系
賞与
採用方法
マネジメント職
フルタイム
60歳までと同じ
あり
本人希望と会社選抜
監督職
フルタイム
60歳までと同じ
あり
本人希望と会社選抜
スペシャリスト職
フルタイム
新体系
あり・なし
本人希望と会社選抜
エキスパート職
フルタイム
新体系
あり・なし
本人希望と会社選抜
インストラクター職
フルタイム、短時間労働、隔日労働
新体系
あり・なし
本人希望と会社選抜
コンサルタント職
フルタイム、短時間労働、隔日労働
新体系
あり・なし
本人希望と会社選抜
一般事務・営業職
フルタイム、短時間労働、隔日労働
新体系
なし
本人希望
一般作業職
フルタイム、短時間労働、隔日労働
新体系
なし
本人希望


2.関連会社等での雇用継続

職種
雇用形態
勤務形態
役員
 -
常勤・非常勤
管理職
正社員
フルタイム
一般職
正社員
フルタイム
契約社員
フルタイム、短時間労働、隔日労働
パートタイマー
フルタイム、短時間労働、隔日労働
派遣社員
フルタイム、短時間労働、隔日労働

3.独立
独立形態
事業内容
顧問
自社または関連会社の技術、商品開発、営業、人事、財務、法務、海外事業、物流等の顧問
独立業務請負
自社または関連会社の営業、人事、経理、法務等の業務請負
起業
のれん分け、自社との取引、取引先の斡旋・紹介等による関連事業または新規事業の起業

 雇用延長の仕方は、定年の引き上げ、再雇用制、勤務延長、定年制廃止のいずれでもかまわない。たとえば、65歳定年制であっても、60歳到達段階で職種を選択してもらうという制度でもよい。
 また、これらすべての選択肢を設ける必要はもちろんない。規模や業種、社員のニーズに応じて適切なものを選択すればよい。
 重要なのは、60歳に到達した社員が自己の希望に応じて働き方を選べる制度を提示することだ。選択肢が増えればそれだけ、バラエティに富んだ個性を活かす場も増える。長きにわたって培ったノウハウを活かすことで、企業と社員の双方が満足を得られれば最高である。

(2012年5月28日)

 

60歳以降の給与を理解するために~その1 Column No.26
 
 給与が高くなれば手取りも増える‥‥・はずだが、これが確実にいえるのは59歳までだ。
 社員が老齢厚生年金を受給できるようなる60歳以降は、必ずしもそうはならず、給与を低くした方が、手取りが増えるケースもある。下手な給与設定によっては、会社も社員も損をすることになりかねないのだ。

 このことを、経営者や人事担当者は何となく知ってはいる。だが、具体的な話になると、複雑かつ面倒との思いから、ついつい敬遠してしまっていることが多い。結果として、60歳以上の社員の給与について、合理化ができるにもかかわらず放置されているという実態がある。
 いや、簡単に「放置されている」で済まされる話ではない。実際、もらえるべきものをもらえず、年に数十万円の損をしている社員もいるのだ。しかも、会社として人件費を抑えられるチャンスを逃していることにもなる。
 専門家でなければ手が付けられないことならともかく、少しの労力を注いで仕組みを理解すれば、メリットが期待できるだけに非常にもったいない話だ。

 当コラムでは、これから数回にわたって、60歳以降の給与を理解するためのポイントをまとめていく。細かな例外的な事項にとらわれず、ざっくりと基本的な事項を押さえておけば、けっして難解な仕組みではないことがわかっていただけるだろう。

 仕組みを理解するうえで大切なキーワードとなるのが、「特別支給の老齢厚生年金」「在職老齢年金」「高年齢雇用継続基本給付金」「加給年金」の4つだ。今回はまず、「特別支給の老齢厚生年金」について簡単に説明する。


●特別支給の老齢厚生年金

 老齢厚生年金は、原則として65歳から支給されるものだが、厚生年金や国民年金などの被保険者期間が25年以上あるなどの一定要件を満たした人には60歳から支給される。これを特別支給の老齢厚生年金という。一般的な会社員であれば、その受給権はあるはずだ。
 特別支給の老齢厚生年金は、定額部分と報酬比例部分からなっている。
 このうち定額部分は、男性の場合、2001年から段階的に支給年齢の引き上げが行われており、現在は64歳にならないともらえず、2013年4月2日からは65歳となる(女性は5年遅れで、現在は63歳、2018年4月2日から65歳)。つまり今年度は、特別支給の老齢厚生年金の定額部分が受給できる最後の年というわけである。
 一方の報酬比例部分は、2013年4月2日より61歳からの支給となり、その後、2025年まで段階的に引き上げられることになっている。この時点で、男性の特別支給の老齢厚生年金はなくなり、65歳からの年金支給の仕組みが完成する(女性は2030年)。
 このように、60歳になれば老齢厚生年金が受け取れるといっても、現在は報酬比例部分だけであり、これも今年度いっぱいである(※注1)。ちなみに、2009年のデータでは、老齢厚生年金の平均月額は15.7万円で、内訳は不明だが、大ざっぱに言って報酬比例部分が10万円、定額部分が残りの5.7万円といったところだ。 (次回に続く)

※注1)被保険者期間が44年以上ある長期加入者や3級以上の障害者等は、現在も60歳から全額受給できるが、厚生年金未加入が要件となっている。


(2012年6月5日)

 
 
60歳以降の給与を理解するために~その2 Column No.27
 
 60歳以降の給与を理解するためのキーワードとして、前回(No.26)では老齢厚生年金の説明をしたので、今回は在職老齢年金の説明をしよう。

●在職老齢年金

 60歳以上の厚生年金の被保険者が、企業に勤めながら老齢厚生年金を受給するときには、給与額に応じて年金額の一部または全部を支給停止される。このような調整を受けて支給されるのが在職老齢年金である。「それだけの給料があるのだから、年金は減らしますね」ということだ。(在職老齢年金の仕組みは共済年金等の他の被用者年金にもあるが、ここでは厚生年金を前提に話を進める)

 それでは、働きながら老齢厚生年金をもらうと、どれだけ支給が減らされるかをみていこう。仕組みとしては、60歳~64歳までの場合と65歳以上の場合との2つがある。

 まずは60歳~64歳までの場合で、支給停止額の計算方法は以下のとおり4パターンある。

 
年金月額
給与
(総報酬月額相当額)
計算方法
A
28万円以下
48万円以下
(年金月額+給与-28万円)×1/2
B
28万円超
48万円以下
給与×1/2
C
 28万円以下
48万円超
(48万円+年金月額-28万円)×1/2-(給与-48万円)
D
28万円超
48万円超
(48万円×1/2)-(給与-48万円)
 ※給与=総報酬月額相当額‥‥標準報酬月額+過去1年間の賞与の1月分

 ※で示した通り、給与は正確には総報酬月額相当額といい、過去1年分のボーナスを含むことに留意してほしい。単に月の賃金だけではないということだ。なお、1回の賞与の上限は150万円となっており、たとえば、夏季180万円、冬季200万円の賞与があったとしても、総報酬月額相当額は(150万円+150万円)÷12で計算する。
 また、額面の給与ではなく、社会保険料の基準となる標準報酬月額を使用する。このため、給与を少し下げることで、標準報酬月額が低額となり、社会保険料の減額と同時に支給停止額の減額も期待できるというわけだ。

 さて、4パターンもあることから、在職老齢年金は複雑との印象を受けるが、実は年金月額が28万円超というのは一部の高給取りの方で、ほとんどは28万円以内に収まる。また、60歳以降は雇用形態が変わることが多いため、給与も48万円以下となるケースが多く、結局のところ、ほとんどはパターンAを適用すればOKである。

 また、65歳以降の場合はもっとシンプルで、次の2パターンだ。


A
年金月額+総報酬月額相当額≦48万円
支給停止なし
B
年金月額+総報酬月額相当額>48万円
超えた額の1/2

 在職老齢年金の留意事項として知っておきたいのは、厚生年金に加入しなければ減額はされないという点である。
 在職老齢年金の対象となるのは、“厚生年金の被保険者”であり、週の労働時間を30時間未満にして厚生年金未加入となれば、どれだけ報酬があろうと年金は1円も減額されないのだ。
 ただし、厚生年金未加入には問題もある。最大のデメリットは、厚生年金とセットになっている健康保険に加入できなくなるため、国民健康保険に加入しなければならなくなることだ。また、配偶者が60歳未満であれば、配偶者の国民年金への加入も必要となる。どちらも、全額自己負担のため、保険料負担は確実に増えると考えた方がよい。

(2012年6月11日)

 

60歳以降の給与を理解するために~その3 Column No.28

 3回目は、60歳以降の給与を理解するためのキーワードの3つ目、高年齢雇用継続基本給付金を説明する。

●高年齢雇用継続基本給付金

 高年齢雇用継続基本給付金は雇用保険から給付されるもので、支給要件は次の3つの要件をすべて満たすことだ。

①60歳以上65歳未満の雇用保険の被保険者であること
②雇用保険の被保険者期間が通算して5年以上あること
③60歳以後の給与が、60歳到達時賃金月額(=「賃金月額」:到達時前6ヶ月の給与の平均額)と比べて75%未満に低下していること

 支給期間は、60歳に到達した月から65歳に達する月までである。
 ③の要件をみればわかるように、60歳以降の給与をある程度下げることにより、この給付金をもらえる可能性が出てくるということだ。

 給付金の計算方法は、各月の給与の低下率によって次の2パターンに分けられる。


 
低下率※
計算式
A
61%以下
給与×15%
B
61%超~75%未満
-183/280×給与+137.25/280×「賃金月額」(早見表あり)
※低下率(%)=支給対象月に支払われた給与額÷「賃金月額」×100

 パターンBの計算は複雑なので、ハローワークのパンフレットのP7にある早見表を参照するとよい。

 高年齢雇用継続基本給付金に関する留意点は以下の事項である。


①みなし賃金が算定される場合
 60歳以降の給与が次の理由で下がった場合は、その分は支払われたものとみなして低下率を計算する。
  ア.本人の非行等による懲戒が原因である減額
  イ.病気、負傷等による欠勤、遅刻、早退による減額
  ウ.事業所の休業による減額
  エ.妊娠、出産、育児、介護等による欠勤、遅刻、早退による減額

②支給限度額以上の場合
  ア.給与が支給限度額344,209円(H24年7月末まで)以上の場合は支給されない。
  イ.給与と給付金の合計が支給限度額344,209円(H24年7月末まで)を超える場合は、支給限度額と給与との差額を支給する。

③最低限度額以下の場合
 支給額が下限額1,864円(H24年7月末まで)以下の場合は支給されない。

④「賃金月額」の上限と下限
 60歳到達時の賃金月額は、算定した額が451,800円を超える場合は451,800円となり、69,900円を下回る場合は69,900円となる(金額はH24年7月末まで)。

⑤失業等給付を受給した場合
 失業手当をもらうと、雇用保険の期間がリセットされるため、高年齢雇用継続基本給付金はもらえなくなる。

 さて、この高年齢雇用継続基本給付金だが、年金とは別に全額もらえるかといえばそうはいかず、老齢厚生年金を受給しながら給付金を受けると、年金を減額される場合がある。併給調整による減額の計算方法は次による。

 ア.60歳以降の給与を標準報酬月額に変える
 イ.過去1年間の賞与は考慮しない
 ウ.60歳到達時賃金月額を60歳以降の標準報酬月額で割る

 これにより算定した低下率に応じて以下の2パターンがあり、その額が老齢厚生年金から減額される。

 
低下率
計算式
A
61%以下
標準報酬月額×6%
B
61%超~75%未満
標準報酬月額×低下率に応じた支給停止率(早見表あり)
  
 低下率が75%以上であれば減額はない。Bについては、上記のパンフレットP8に早見表がある。なお、高年齢雇用継続基本給付金が不支給となった月は、併給調整は行われない。

(2012年6月25日)

 

60歳以降の給与を理解するために~その4 Column No.29
 
 第4回目のテーマは加給年金だ。この加給年金を受給できるかどうかが、60歳以降の給与の命運を分けるといってもよかった。加給年金は全額もらえるか、全くもらえないかのゼロサムであり、金額も大きいからである。言葉を換えると、加給年金をもらえるように給与を設定するのが大きなポイントであったということだ。
 過去形で書いているのは、現在では、加給年金のメリットがそれほど期待できなくなったからで、その理由は次に述べる。

●加給年金

 加給年金とは、老齢厚生年金における扶養家族手当と考えればよい。支給額は、配偶者がいる場合で年約40万円である。
 受給の条件は次の5つ。

① 本人の厚生年金の被保険者期間が20年以上あること
② 生計維持している65歳未満の配偶者または18歳の年度末までの子を有すること
③ 配偶者や子のそれぞれの年収が850万円未満であること
④ 配偶者の厚生年金加入期間が20年未満であること
⑤ 報酬比例部分と定額部分の年金が支給されていること

 このように、条件は厳しいものではなく、受給可能な人は結構多い。ただし、気をつけなければならないのは⑤の条件である。
 老齢厚生年金のところで指摘したように、男性の場合、現在では定額部分は64歳にならないともらえないため、加給年金が受給できるのは64歳以降になるのだ。そして、2013年4月2日からは、65歳にならないと加給年金はもらえなくなる。女性の場合は、現在、62歳から定額部分ももらえるので、62歳から加給年金も受給できるが、夫が上記②~④を満たす例はあまりないだろう。
 それでも、加給年金を受給できるチャンスがあるのなら、できるだけもらえるようにしたい。少し考えて給与を設定すれば受給できるのに、もらえないケースがあるのだ。どういったケースかといえば、在職老齢年金が全額支給停止している場合で、上記⑤の要件を満たさなくなるのだ。このとき、給与を引き下げて、極端な話1円でも老齢厚生年金を受給できるようにすれば、加給年金も受給できるようになる。年金が一部でも支給されていれば、加給年金は停止にならないからだ。

●その他のルール

 今回は最終回ということで、これまで触れていなかったその他のルールも指摘しておこう。
①70歳以上の在職老齢年金
 70歳以上は厚生年金の被保険者でなくなるが、昭和12年4月2日以後生まれの者は在職老齢年金の対象になる。
②1人1年金制
 老齢厚生年金と遺族厚生年金、障害厚生年金は同時に受給できない。
③遺族厚生年金、障害厚生年金と給与との関係
 給与をもらいながら、遺族厚生年金または障害厚生年金を受給しても併給調整はない。ただし、遺族厚生年金は、年収が850万円以上の場合には支給停止となる。
④失業給付と老齢厚生年金の関係
 失業給付(基本手当)の支給を受けている間は、65歳未満に支給される老齢厚生年金は全額支給停止となる。
⑤給与以外の収入と年金の関係
 給与や賞与以外の収入、たとえば不動産収入などは年金に影響しない。
⑥厚生年金基金の場合の併給調整
 厚生年金基金加入の場合は、上乗せ分(=基金給付分)も含めて同様の併給調整を行うが、先に国の支給分で支給停止し、それを超える額について基金給付分で支給停止することになっている。

 以上、4回にわたって60歳以降の給与を理解するためのポイントを整理してきた。

 大企業はともかく、中小企業であれば、社員の個別の事情に合わせて給与を設定するのもそれほど困難ではないと思う。社員にとっても会社にとっても嬉しい給与の支払い方を、この機会にぜひ再考してみてほしい。

(2012年7月9日)

 

業績連動型賞与の指標の特徴 Column No.30

 業績連動型賞与を導入する企業が増えている。
 2008年の日本経団連の調査では、対象318社のうち147社(46.2%)が導入している。4年経過している現在では、大企業ではおそらく50%を超えていると思われる。
 業績連動型賞与を導入するにあたっての最大の関心事は、何を指標に採用するかだろう。今回は、主な指標の特徴を整理してみたい。

 特徴の説明の前に、あらかじめ指標を選ぶ際のチェックポイントを示しておく。これを確認しておくことで、各指標のメリット・デメリットがより鮮明になるはずだ。


 【チェックポイント】
① 経営目標や経営戦略等で、自社が重視している指標か?
② 社員に理解しやすいか?
③ 社員の職務や成果との関連が明らかで、納得性はあるか?
④ 測定の時期、把握・計算の容易性、安定性等から、賞与原資の指標として利用性は高いか?

 では、主な指標をみていくことにしよう。

(1)売上高
 売上高の最大の特徴は、指標として極めてわかりやすいことで、上記チェックポイントの②は、売上高が一番といえる。また、売上目標を立てない企業は存在しないと思うので、①も満たしている。ただ、30年前ならともかく、現代の企業は売上高よりも利益を重視する傾向にあるので、この点は後述の営業利益や経常利益に劣ると考えられる。
 売上高に重きを置く業種であり、社員が直接的に売上高に関与するケースが大きい、流通業やサービス業向けの指標である。

(2)付加価値

 付加価値は会社が産み出した価値の総額で、売上高から、他社から購入した価値を引いたもの、大ざっぱに言えば粗利益のことだ。付加価値は会社の経営成果であり、成果に貢献してくれた者に分配されることになる。つまり、社員には人件費、銀行には利息、行政には税金、株主には配当、役員には賞与、そして会社には利益留保である。ちなみに、付加価値に占める人件費の割合、つまり社員の取り分を示す比率が労働分配率である。
 メリットは、成果配分という性格を持つ賞与のベースとして、説得力があることだ。また、社員の報酬の源泉が付加価値にあることを意識づけ、価値の創出の重要性にあらためて目を向けさせてくれる点もある。
 一方デメリットは、付加価値を経営目標とするケースはあまりないこと、社員にはなじみが薄いこと、損益計算書に直接示される数値ではないので計算が必要なことなどである。また、販売管理費や一般管理費のコストダウンへのインセンティブは働かない。そんなこともあってか、建設業など、外注の効率活用が生命線となるような業種を除いては、それほど人気があるとはいえない指標である。

(3)営業利益

 営業利益は、非常にわかりやすいのが最大のメリットだ。また、経営計画の目標数値として間違いなくあげられるはずである。付加価値と違って、販管費にも社員の関心を向けさせ、コストダウンの動機づけを図れる。資金運用部門などを別にすれば、社員の業務に何らかの形で関連する。営業利益は企業の本業の成績なので、それを賞与の基礎とするのも納得性が高い。P/Lで示されるので入手は容易である。このように営業利益は、チェックポイント①~④のいずれもクリアする。業績賞与の指標として、もっともバランスがとれており、一番人気がある指標である。

(4)経常利益

 営業利益と同様に非常にわかりやすい指標である。経営計画でも目標となるはずだ。また、全社員の業務に関連づけができる点もメリットである。ただし、社員の努力の及ばない数値が入るので、やや納得性に欠ける面もある。このため、償却前の利益(減価償却費や引当金控除前)を使うこともある。営業利益の次に人気がある指標である。

(5)営業キャッシュフロー
 在庫管理や売上債権管理などについての社員の努力が個別の項目にはっきり表れるので、特定部門の社員の納得性は非常に高まる。上場企業であれば、決算書の1つとして作成するので、計算の必要はない。ただ、一般的に、経営計画で目標値として重視される指標ではないだろう。当期利益が使われるので、コストダウンのインセンティブとしては弱い。CFを理解していないと納得性を得にくい点もデメリットといえる。

(6)その他‥‥ROA、ROE、EVA等

 会社が戦略指標として活用していれば整合性は高く、①の面で優れている。また、P/Lだけでなく、B/Sの視点や株主の視点など、多面的な業績連動ができる。
 ただ、多くの社員にとってはほとんどなじみがなく、理解も得にくいことが最大のデメリットである。また、ROAやROEならまだしも、EVAは計算が複雑な点もやっかいだ。資本の有効活用に責任を持つ、管理職向けの業績指標である。

 実際の採用事例をわかる範囲であげておこう。内容は導入時点のものなので、現在は変わっている可能性がある。
コマツ
3.5ヶ月+(カンパニー営業利益+連結売上高営業利益率+総資産利益率)
富士通
4ヶ月+賞与支払い前単独営業利益9.3%
オムロン
4ヶ月+賞与支払い前単独営業利益7.4%
HOYA
基本給4ヶ月+カンパニー当期利益×(1-本社配賦比率)×30%
キヤノン
経常利益ベース
武田薬品
基本給5ヶ月+営業利益×15%±α(労使交渉)
田辺薬品
従来の固定部分に導入。直近二半期の単体経常利益ベース
日本農産工業
5.43ヶ月+0.03026×当期連結経常利益 (連結経常利益0~25億円のとき)

 以上はあくまで「一般論」であり、大切なのは自社に合った指標を選ぶということだ。「ウチは売上高が何よりも大事、売上高の拡大こそがすべて」という企業であれば、売上高を採用すればよい。そのような一貫性のあるスタンスは、社員の納得性を高め、業績連動型賞与の最大の狙いである業績向上にも貢献するはずである。


(2012年8月21日)

 

人事部門に求められる「情報収集力」 Column No.31

 人事部門の仕事には大きく、

1.制度や規則等の作成と運用業務
2.採用、賃金、福利厚生、安全衛生等、社員へのサービス業務

 の2つがある。これらを適切に遂行していくうえで重要となるのは、

①何が問題となっているのかを見出す問題発見力
②そこから適切な課題を設定する課題設定力
③具体的な制度を策定する創造力や計画力
④制度や事務を適切に運用・遂行していく事務管理力

 といった能力である。もちろん、前提として人事労務に関する専門知識も必須である。
 そしてこれらは、当然、人事部門における地位によって、求められるレベルが異なる。
 たとえば、部長クラスであれば、①>②>③>④であろうし、課長クラスであれば②=③>④>①、担当者レベルであれば④>③>②>①といったものになるだろう。
 いずれにしろ、求められるのは物事を理詰めできちんと進めていくタイプで、「まっ、こんなのでいっか」とアバウト・ナアナアに済ませていくというタイプではない。
 「能吏」とは公務員に対して使う言葉だが、企業の人事部員にもぴったりと当てはまる。

 ところで、人事部門に求められる能力には、もう1つ重要なものがある。これは上記①に関連するのだが、一言でいえば「情報収集力」である。
 つまり、問題発見のためには、その前提として現状に関する情報が必要なわけで、社員が仕事環境に関してどのような思いを抱いているかを知ることが、これからの人事政策を展開するうえでとても重要になるということだ。

 必要な情報の中でも、特に大切なのは社員のナマの声である。
 もちろん企業もそのことはわかっているので、人事のマネジャーなどが全社員と個別の面談をしたりする。
 これはこれで意義はあるのだが、ここでいうナマの情報とは、そのような公的な場で得られる「発言」ではなく、仕事中についついこぼしてしまうような愚痴である。さらに言えば、もっともっとドロドロした社員の本音である。
 評価、給与、昇進・昇格、福利厚生などの人事制度面に対する不満から、ムダな仕事の多さ、無意味な会議、無能な上司・部下、面倒な人間関係、絶望的な長時間労働など、挙げればきりがないが、仕事や組織に関する不満は山のようにあるはずだ。
 公式的な面談では、これら不満の氷山の一角しかつかめない。人事マネジャーがソフトに「気になることがあれば、何でもいいからおっしゃってください」と言っても、社員はどうしても構えてしまって、頭の中で整理された「格好のいい不満」しか耳にできない。
 だからといって、社内にスパイのような存在を放って、密かに情報を集めるというのも非現実的だ。

 そこで必要となるのが、社員の心の奥底に積もった不満を、日常的につかむことができる能力をもった人材である。
 いや、能力というよりは資質に近いかもしれない。そのような情報というのは、努力して集めるよりは、自然と集まってくるものだからだ。
 簡単に言えば、愚痴をこぼしやすい人、文句を言いやすい人で、どこの企業にも必ずいると思う。
 育児休業のことで電話があったのだけれど、「そういえば、この前箱根の保養所に行ったけど、スタッフの愛想が悪かったよ」など、ふと思いついたようなことをついでに言われてしまう人である。こういう、取るに足らない情報の蓄積が大切なのだ。
 ただ、得てしてそういう人は、能吏とは正反対のタイプなので人事部門には少ない。というよりは、人事に向かない人材として、遠ざけられているような気がする。

 最近では、人事は社員へのサービス部門という認識が高まってきている。良いサービスを提供するために、顧客の気持ちを理解することが重要となるのは言うまでもない。
 その意味で、顧客(=社員)の思いに直接数多く接することのできる、このような人材は、今後の人事部門に不可欠といえる。
 ある程度の企業規模で人事部員が何人もいるのなら、こういうタイプが1人いてもいいだろう。
 すでにいるのなら(ひょっとして使えないヤツと持て余していても)、貴重な情報を集めてくれるという視点で見れば大きな戦力となるはずである。

(2012年9月25日)

 

配置転換に伴う職務給の減額 Column No.32

 賃金の減額には、制裁措置によるもの、降格や降級によるものなどがあるが、職務給(職種別賃金)を採用している企業では、価値の高い業務から価値の低い業務に異動した場合にも起こりうる。
 職務給の考え方からすると、これはごく当然のことなのだが、職種ごとの賃金相場が確立しているアメリカならともかく、基本的に賃金が下がることのない職能給主体の日本では、配転によって賃金が変わることはほとんどなかった。頻繁なジョブローテーションによりゼネラリストを養成することを奨励した日本企業では、むしろそのシステムは好都合でもあった。そのせいか、配転によって賃金が下がるのは「あってはならないこと」と考えられているようだ。

 配転に伴う賃金減額についての代表的な判例である「デイエフアイ西友事件(東京地裁平成9.1.24)」では、次のような判断が示されている。

 配転と賃金とは別個の問題であって、法的には相互に関連しておらず、労働者が使用者からの配転命令に従わなくてはならないということが直ちに賃金減額処分に服しなければならないということを意味するものではない。使用者は、より低額な賃金が相当であるような職種への配転を命じた場合であっても、特段の事情のない限り、賃金については従前のままとすべき契約上の義務を負っている。


 また、これを踏襲していると思われるのが、以下の「西東社事件(東京地裁平成14.6.21)」だ。

 賃金額に関する合意は雇用契約の本質的部分を構成する基本的な要件であって、使用者および労働者の双方は、当初の労働契約およびその後の昇給の合意等の契約の拘束力によって相互に拘束されているから、労働者の同意がある場合、懲戒処分として減給処分がなされる場合その他特段の事情がない限り、使用者において一方的に賃金額を減額することは許されない。
 配転により業務が軽減されたとしても、配転と賃金とは別個の問題であって、法的には相互に関連していないから、配転命令により担当職務がかわったとしても、使用者および労働者の双方は、依然として従前の賃金に関する合意等の契約の拘束力によって相互に拘束されているというべきである。
 
 他にも配転に伴う賃金減額の判例はいくつかあるが、総じて使用者に厳しい判決を下している。

 賃金減額は素直に考えれば、労働条件の不利益変更にあたるので、安易な実施は禁物であることは理解できる。ただ一方で、同一労働同一賃金をうたう職務給制度のもとでの賃金減額には一定の合理性があるとも考えられる。

 前置きが長くなったが、今回は、職務給のもとでの配転に伴う賃金減額の法的な有効性を検討してみる。なお、ここでは、降格や降級を伴う配転ではなく、純粋に職種が変わることによる賃金減額をテーマとする。

 先の判例のポイントは次の2つだ。


(1)賃金の減額は、以下の場合以外は認められないこと
 ①労働者の同意がある場合
 ②懲戒処分としての減給処分である場合
 ③その他特段の事情がある場合
(2)配転と賃金は別の問題であること

 この2点を見る限り、職務給であっても賃金減額はNGという結論になりそうである。ちなみに③の「その他特段の事情がある場合」とは、労働者の適性・能力・実績が著しく劣っていたり、経営状態がひどく悪化していたりするようなケースと考えられるため、これを当てはめるのも無理がある。(2)に至っては、職種によって価値は異なるとする職務給の発想とは正反対ともいえる。

 ただ、判例を読む限りは、2例とも職務給制度は採用していない可能性が高く、職務給であれば多少は違った見解が見られたかもしれない。
 また、いずれも給与額が半分程度まで減額されているのも、減額を不可とした根拠になったと思われる。

 では、職務給の場合の賃金減額は認められないのか? 認めるとするなら、何を根拠とすればよいのか?


 根拠の1つと考えられるのは、上記の判例後に制定された労働契約法である。労契法第10条では、就業規則による労働条件の不利益変更は、下記の一定の要件を満たせば、労働者の合意がなくても認められることを示している。
 ・変更後の就業規則を労働者に周知させること
 ・労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであること

 
職務給制度は就業規則や賃金規定で明文化されているはずなので、職務給の仕組みや内容が妥当で、社員にも理解されていれば問題はないということだ。一方で、職種が変わることで、合理的な理由なく収入が半減するというような仕組みであれば、「労働者の受ける不利益の程度」が過大で「内容の相当性」も低く、不利益変更は認められないという結論になるだろう。

 職務給だからといって、給与に大きな差を設けるのは考えものということだ。どうしても差をつけたいのなら、賞与等によるのが適切だ。当然ながら、職務間異動のルールもきちんと定めておく必要がある。

 職務給を採用する企業では、給与額にレンジのある範囲職務給とすることで、賃金に変動が生じないようにしているところも多いと思うが、まったく減額が発生しないということはないだろう。その際には、ぜひ上記の点に気をつけ、できるだけクリアな制度となるようにしてほしい。

(2012年12月4日)

 

総額人件費管理の基本的枠組み Column No.33

 リーマンショックや東日本大震災の痛みからようやく立ち直ったかと思いきや、中国での騒動により日本経済は再び低迷してきた。
 雇用環境にも悪影響が出ており、つい最近も、シャープが約3,000人を希望退職させたことや、高収益企業として知られるロームが初の希望退職者募集を実施することなどがニュースとなった。また、中高年を本業から外し、“転職先を見つけることを新たな仕事に命じる”などの陰湿な退職強要があるとの雑誌記事も目にした。
 欧州危機やアメリカの財政問題、中国経済の失速など、世界経済も明るさが見えないことから、企業の収益環境は厳しいといわざるをえない。そのような中、企業は最大の費用項目である人件費管理には、ますます注目をしていく必要があるだろう。

 ただ、人件費というのは社員に直接的に関わる問題であり、やみくもに削減すればよいというものではない。そもそもムダがないところを削っていけば、企業の体力は間違いなく落ちていくし、ムダがあるにしても、どこにどのようなムダがあり、どれだけ、そしてどのように無くすかの検討なしに削っても効果は期待できず、弊害の方が大きいだろう。
 求められるのは、企業が成長していくために必要な人件費を適正にコントロールしていくことだ。本コラムでは、企業の適正な人件費管理・・・総額人件費管理について、どのように考えて取り組んでいけばよいかについて整理してみる。
 今回はその前半として、総額人件費管理の基本的枠組みを取り上げる。総額人件費管理にあたって、何を検討していけばよいかをざっくり示したものである。なお、執筆に際して、高原暢恭著「人件費・要員管理の教科書」(労務行政)が非常に参考となったことを付記しておく。

●総額人件費とは?

 前提として、総額人件費とはそもそも何かを体系的に整理しておこう。
 総額人件費とは、

 A:現金給与総額(所定内給与、所定外手当、賞与・一時金)
 B:(退職金、法定福利費、法定外福利費、現物給与、教育訓練費、その他)

 からなる。単に賃金として支給するものだけではなく、社員にかかる費用を広い概念でとらえる点がポイントである。
 ちなみに、所定内給与を1とすると、現金給与総額はその1.3~1.4倍、総額人件費はその1.6倍というのが大体の目安だ。
 また、現金給与総額を1とすると、総額人件費はその1.2倍といったところであり、総額人件費を1とすると、現金給与総額はその0.8倍だ(下記参照)。

所定内給与
現金給与総額
総額人件費
1.3~1.4
1.6
0.75
1.2
0.6
0.8

●総額人件費管理の基本的枠組み

 基本的な枠組みを理解するために、まず、押さえておきたいのは次の総額人件費の算出方法である。

 総額人件費=1人当たり人件費×要員数
 
 つまり、総額人件費の管理とは、

1.1人当たり人件費のコントロール
2.要員数のコントロール

 ということだ。では、以下それぞれについて内容を掘り下げていこう。

1.1人当たり人件費のコントロール
 1人当たり人件費のコントロールの対象となるのは次の5つである。

 (1)給与制度
 (2)賞与制度
 (3)退職金制度
 (4)福利厚生制度
 (5)雇用形態

 (1)給与制度は、①基本給の中身をどうするかといった仕組みに関する事項と、②ベア・定昇、昇給ルールといった賃上げに関する事項とに分けられる。①は給与制度の根本的な改革につながっていくことにもなる。
 (5)雇用形態とは、正社員にするか、パートタイマーや派遣労働者等の非正規社員にするかということだ。一般に正社員に比べて、派遣労働者は2分の1、パートタイマーは4分の1の人件費で済むといわれている。

2.要員数のコントロール

 要員数のコントロールとは、企業にとっての適正要員数を把握し、それを維持管理していくことだ。適正要員数を把握するには、次の3つのアプローチがある。

 ①財務アプローチ
 →目標利益から適正要員数を把握する
 ②業務アプローチ
 →必要業務量から適正要員数を把握する
 ③戦略アプローチ
 →経営戦略の視点から適正要員数を把握する

 イメージとしては、①②のアプローチにより各々要員数を把握し、③の視点から差異を調整して決定するというところである。

 以上、総額人件費管理を進めるにあたっての基本的な枠組みを示した。

 次回は、この基本枠組みのもと、どのようなことに取り組んでいけばよいかを考えていきたい。

(2012年12月17日)



総額人件費管理の取り組み課題~その1 Column No.34

 総額人件費管理をどのように進めていくか、今回は第2回として、取り組み課題を整理してみる。前回と同様、高原暢恭著「人件費・要員管理の教科書」(労務行政)を参照させていただいた。


 取り組み課題として挙げられるのは次の3つである。

1.人件費の分析
2.適正要員数の検討
3.1人当たり人件費の見直し

 前回も指摘したとおり、

 総額人件費=1人当たり人件費×要員数

 なので、1で現状および将来の人件費の問題点を把握し、2であるべき要員数に、3であるべき人件費構造に是正していくというイメージである。
 では、それぞれ具体的にみていこう
1.人件費の分析

(1)人件費の現状分析
 まずは現状の人件費の分析だ。これには、財務指標分析賃金水準分析の2つがある。

 ①財務指標分析

 ・付加価値率
 ・労働分配率
 ・労働生産性
 ・1人当たり人件費
 ・1人当たり売上高/営業利益/経常利益

 等について、経年・同業種比較・競合比較を行う。

 付加価値の計算方法には、加算法(日銀方式、財務省方式が代表的)と減算法(中小企業庁方式が代表的)があり、どれを使ってもよい。同業種比較をしたいのであれば、全国的なデータが入手できる財務省方式が適しているし、計算が簡単なのは日銀方式である。損益分岐点分析なども併せて行いたいのなら、減算法がよい。
 いずれにしろ、計算方法によって結構数値が変わる(特に減算法は加算法よりも付加価値が大きくなりやすい)ため、同じ方法を用いることがポイントだ。

 1人当たり人件費は、退職金や福利厚生費、教育訓練費といった現金給与総額以外の人件費にも着目する必要がある。単に1人当たり人件費の高低だけでなく、どの費目が高いのか低いのかまでつかんでおきたい。

 ②賃金水準分析

 ・年齢/勤続年数別の年収比較

 これについては、競合比較は困難と思われるので同業種比較を行う。データには、厚労省の賃金基本構造統計調査等がある。

(2)人件費の将来予測
 マストではないが、余力があれば将来的にどうなるかの予測にも取り組みたい。これは、次のステップで実施する。

 ①現状の社員構成の整理
 等級制度があるのならば、等級ごとの人員構成をまとめる。等級制度がなければ、職位(役職)別でもかまわない。

 ②今後10年間の社員構成の予測
 現状の昇格ペースを参考に、今後10年間に①の社員構成がどう推移するかをシミュレーションする。このとき、新卒採用と定年退職による社員の入れ替えも考慮する。ただ、新卒採用者数が予想できないときは、現状の社員数を維持する形で検討する。

 ③今後10年間の人件費の検討
 ②に等級ごとの平均給与(昇給込)を掛け合わせ、人件費がどう推移するかを試算する。

 ④損益予測
 ③で計算した人件費に基づき、経常利益がどうなるかを予測してみる。シミュレーションにあたっては、現在の売上が伸びた場合、同じだった場合、低下した場合など、いくつかのパターンを考える。

(3)問題点・課題の把握

 以上から、問題点の抽出と課題の把握を行う。財務指標分析は、やり始めると切りがなく、問題点が拡散しがちになるので、人件費に関連する事項に焦点を絞るよう留意したい。最大のポイントは、1人当たり人件費はどうか、従業員数はどうかである。

 ・・・当初の予定では2回のコラムで終えるつもりだったが、想定以上にボリュームが増えてしまった。取り組み課題の「2.適正要員数の検討」「3.1人当たり人件費の見直し」については、次の機会にまとめることにしたい。


(2012年12月24日)


出向先での賃金減額 Column No.35

 先日、ある企業から、出向している社員の賃金を引き下げることができるかという相談があった。今のところは自社(出向元)と同額の賃金を支給しているものの、出向先の業績が芳しくなく、先方から減額の打診を受けているとのことである。今回はこの件について検討してみる。


 まず整理しておきたいのは出向命令を出す際の留意点である。
 一般に理解されているのは、「出向を命じるには労働者の同意が必要であるが、それは就業規則による包括的同意でかまわない」ということだ。
 これは間違ってはいないが、その中身に注意する必要がある。判例で確立している考え方は、就業規則や労働協約に出向を命じうる旨の規定があり、なおかつ、出向によって賃金・退職金その他労働条件等の面での不利益が生じないように制度が整備され、出向が実質的にみて配転と同視されるような場合には、労働者の個別的同意がなくても出向を命じることができるというものである。単に、「社員を出向させることがある」といった規定では不足で、現状レベルの労働条件の保障が求められるのだ。

 この点については労働契約法にも、
 「使用者が労働者に出向を命ずることができる場合において、当該出向の命令が、その必要性、対象労働者の選定に係る事情その他の事情に照らして、その権利を濫用したものと認められる場合には、当該命令は無効とする(第14条)」
 と示されている。
 具体的には、業務上の必要性と出向者の労働条件や生活上の不利益とを比べ、労働条件が大幅に下がる出向や復帰が予定されない出向は、整理解雇の回避等、それを肯定する企業経営上の事情がない限りは権利濫用とされる。

 社員の出向に関しては、就業規則や出向規程で、「給与・賞与などの労働条件について不利な取り扱いをすることはない」旨を規定することが多い。相談を受けた企業では、それに加えて、「出向者の給与・賞与は、出向先が全額負担できない場合はその差額を自社が負担する」ことも明記していた。

 以上のことから、賃金の引き下げは困難であり、出向先の賃金を下げたとしても、出向元にて差額負担をしなければならないのは明らかである。

 なお、個別に労働契約を変更することで賃金を引き下げることも考えられるが、労働契約法第12条で、
 「就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分について無効とする。無効となった部分は、就業規則で定める基準による」
 と定めていることから、出向規程で賃金保障をしている以上、相談企業では労働契約変更による賃金減額も不可となる。

 それでも賃金減額をしなければならないとすると、考えられる手段は転籍である。
 転籍であれば、元籍会社の賃金保障などはなく、転籍先の賃金制度に従って支給を受けることが通常だからである。
 ただし、転籍は会社の命令で行うことはできず、原則として労働者の個別の同意が必要となる。
 同意を得る際には、当然ながら転籍後の労働条件等を説明する必要があり、このとき目先の給与・賞与だけでなく、退職金がどうなるかなど将来的な不利益も説明しなければならない。
 当然、社員の理解を得られる可能性は低いが、会社の事情も説明したうえで、新たな労働条件に納得をしてもらえれば、転籍により賃金減額は可能といえるだろう。

(2012年12月31日)

 

総額人件費管理の取り組み課題~その2 Column No.36

 総額人件費管理には3つの取り組み課題があり、前回(№34)は1つ目の「1.人件費の分析」を説明したところであるが、今回は「2.適正要員数の検討」「3.1人当たり人件費の見直し」について解説する。


2.適正要員数の検討

(1)3つのアプローチ

 適正要員数を検討するには以下の3つアプローチの仕方がある。

①財務アプローチ
②業務アプローチ
③戦略アプローチ

①財務アプローチ
 財務アプローチでは、目標利益を達成するためにはどれだけの人件費が許容されるかという観点から適正要員数を検討する。
 直近の損益データあるいは利益計画を用いて、目標とする経常利益を出すには、人件費がいくらであればよいかシミュレーションをする。もちろん、人件費以外の経費のコストダウンにより利益を増加させることも可能だが、問題が複雑化するのを避けるために、まずは人件費のみのコストダウンにポイントを絞る。
 許容人件費を算出し、これを1人当たり人件費で割ると、目標利益達成に必要な要員数が出てくる。
 部門別(本社・製造・営業等)の損益データがあれば、これを活用して部門ごとの適正要員数を算定することもできる。
 部門別損益を出していない企業でも、営業部門に本社・製造の費用を売上高や要員数に応じて適宜配賦することで、適正要員数の目安は策定可能である。

②業務アプローチ
 業務アプローチでは、全社員への業務調査を行って、業務ごとの適正労働時間数を試算し、これを所定労働時間で割ることにより適正要員数を設定するというのが正当な方法である。非常に手間暇はかかるが、業務の効率化につながるという実際的なメリットも期待できる。
 このような方法がとれない場合は、たとえば管理者へのヒアリングを通じて適正労働時間をつかむなど、より簡易な手法をとることになる。

③戦略アプローチ

 経営戦略の視点、長期的な成長の視点等から、一定要員数を確保する必要のある部署を検討する。たとえば、メーカーにおける研究開発部門や製品開発部門などは長期的な競争力の源泉となる部門であり、一律的なコストダウンにそぐわないともいえる。このような部門を、トップの判断で一種の聖域扱いすることも必要となる。

(2)適正要員数の決定
 ①~③のアプローチから、適正要員数を決定する。このとき、既存組織の枠組みだけでなく、組織の統廃合も視野に置きながら検討すべきである。たとえば、人事部の適正要員数が5.5人、総務部の適正要員数が6.5人となったのなら、人事総務部に統合をして12人とするなどである。

(3)適正要員数に是正していくにあたっての留意事項
 当然ながら、適正要員数が設定されたからといって、その人数に合わせるために社員を解雇すればよいというわけではない。退職者の状況を踏まえながら、ある程度時間をかけて進めていく必要がある。

3.1人当たり人件費の見直し

 1人当たり人件費の見直しの内容としては以下のものだが、分析を通じて課題となった部分にスポットを当て修正をしていくことになる。

(1)給与制度の見直し
 ①賃上げ(ベア・定昇)の見直し
 ②仕組み・昇給ルールの見直し
(2)賞与制度の見直し
(3)退職金制度の見直し
(4)福利厚生制度の見直し
(5)雇用形態の見直し

 このとき、注意しなければならないのは、特に(1)~(3)の場合は不利益変更を伴うケースが多いので、労働法的にも、また社員のモラール的にもなかなか実施しづらいことである。
 したがって、一般的には1人当たりの人件費の見直しよりも、適正要員数への是正を優先すべきといえる。
 もちろん、見直しの必要性が大きければ実施すべきではあるが、社員に対する説明をしっかりと行いながら、着実に進めていく必要がある。
 ~参考:高原暢恭著「人件費・要員管理の教科書」(労務行政)

(2013年1月9日)

 

職務給の基本事項 Column No.37

 ある中小企業(製造業)から職務給を導入したいとの相談があった。現在の職能給が年功的運用となっており、人件費の高騰化を抑制したいとのことである。

 なぜ職務給なのか、能力給や役割給、業績給等ではダメなのかの検証が必要となるが、とりあえず本コラムにおいて、職務給の基本事項を確認してみたい。
 今回は職務給の基本事項である。

 職務給とは、「職務そのものの難易度、責任の度合いなどを評価し、職務によって賃金を決める方式」(日本経団連出版「人事労務用語辞典」)である。具体的には、総務、人事、経理、秘書、営業、営業管理、製造ライン、生産管理、品質管理、研究開発等々、職務によって賃金額や賃金テーブルが異なる給与制度である。たとえば人事という職務を、人事制度運用、給与、採用、研修といった具合にさらに細かく分ける場合もあるが、アメリカのように職種ごとの賃金相場が確立していない日本では、事務職、営業職、生産職、研究開発職といった、より大きなくくりとする場合もある。

 職務給が企業にどれくらい導入されているかを調べたところ、職務給そのものではないが、“役割・職務給”という分類でのデータが日本生産性本部にあるのを見つけた(「日本的雇用・人事の変容に関する調査」)。2009年の結果は次のとおりである。

●管理職
職能給+役割・職務給+年齢・勤続給
16.2%
職能給+役割・職務給
31.2%
役割・職務給+年齢・勤続給
2.9%
役割・職務給
19.7%
職務給計
70.5%

●非管理職
職能給+役割・職務給+年齢・勤続給
23.7%
職能給+役割・職務給
13.9%
役割・職務給+年齢・勤続給
4.6%
役割・職務給
8.7%
職務給計
51.1%

 思ったより多いという印象だが、調査対象が上場企業というのも影響しているだろう。後で述べるが、職務給の導入や制度維持には手間暇がかかるため、ある程度の専門人材が求められるからだ。
 ところで、2007年の調査では、管理職合計は72.3%、非管理職合計は56.7%となっており、99年以降右肩上がりで増えてきた導入割合が2009年に減少していることに気づく。“行き過ぎた成果主義”の揺り戻しのせいか、賃金の職務給化は一段落という状況である。

 職務給のメリットは、

①同一労働同一賃金という合理性がある
②成果と賃金をリンクさせやすい
③年功的賃金から脱却により、人件費の抑制ができる

 などが挙げられる。一方、デメリットは、

①職務異動による賃金低下が起こりうるため、柔軟なジョブローテーションをしにくくなる
②職務調査・職務評価が必要で、導入やメンテナンスに手間がかかる
③単一給(シングルレート)だと基本的に昇給がないため、社員のモチベーションが下がる

 などである。このうち、特に問題となるのはデメリット①で、頻繁なジョブローテーションによる人材育成を特徴とする日本企業では、この点をクリアするのが最大のカギといえる。

 次回は、職務給をどのような体系にすればよいのか、具体的なモデルをいくつか検討していきたい。

(2013年1月29日)
 
 

職務給の具体的モデル~その1 Column No.38

 前回は職務給の基本について確認を行った。今回は職務給の具体的なモデルを、いくつかのパターンに分けて整理してみよう。整理にあたっては、「役割・貢献度賃金」(日本経団連出版)を参照した。

 賃金体系は、対象者が管理職か一般社員かによって大きく異なるので、次の3つに分けて検討する。

1.一般社員の定型的職務(一般事務職、現業技能職、販売職等)
2.一般社員の非定型的職務(企画職、調査職、営業職、研究開発職等)
3.管理職

 では、それぞれを説明しよう。

1.一般社員の定型的職務


(1)職務給(単一型)+習熟給(積み上げ型)(表1)
 定型的職務の内容は人によって大きく変動することがないため職務給をメインとし、仕事の量や質は習熟度によって異なることから、習熟度合いに応じて習熟給を支給するという考え方である。

 (表1)
等級
職務給
習熟給
合計
Ⅰ 
 150,000
10,000
160,000
11,000
161,000
 12,000
162,000
・・・・・・・
・・・・・
180,000
 10,000
 190,000
11,000
191,000
12,000
192,000
 ・・
・・・・・
・・・・・

 習熟給の昇給度合いは、習熟度評価によることになる。たとえば、習熟度をA~Dの4段階に分けて、Aなら3号俸アップ、Dなら据え置きといった具合である。

 なお、表2のように、習熟給の賃金表を作成せず、上限だけを設定しておいて、人事評価に基づく昇給額を示すという方法もある。

 (表2)
等級
職務給
習熟給
上限
人事評価
150,000
30,000
4,000
3,000
2,000
1,000
0
180,000
40,000
5,000
3,500
2,000
1,000
0

  また、今のご時世では定額の昇給が困難ということであれば、表3のように人事評価部分を指数方式にすることも考えられる。

 (表3)
等級
職務給
習熟給
上限
人事評価
150,000
30,000
4.0
3.0
2.0
1.0
0
180,000
40,000
5.0
3.5
2.0
1.0
0
※昇給基準額 1,000円 

 昇給基準額を毎年の業績に基づいて決定し、これに指数をかけることで習熟昇給額とするものである。ただ、昇給額がわからない、たとえ良い評価を得ても前年より少額となる可能性があるなど、社員の不満を高める要素もある。

(2)職務給(範囲型)(表4)

 (2)は、職務給に習熟度を含めて一本化したものであり、(1)と本質的には同じである。シンプルではあるが、わかりやすさからいえば習熟度を分離した(1)の方が適切だろう。

 (表4)
職務等級
職務給
1
160,000
2
161,000
3
162,000
・・
・・・・・
1
190,000
・・
・・・・・

(3)職務給(単一型)+習熟給(レベル別定額)(表5)
 (1)(2)の方式のネックとなるのは中途採用者への対応で、中途採用者は1号俸からスタートさせるか、適当なところに貼り付けざるをえないことである。このデメリットを解消するのが(3)の方式である。

 (表5)
職務等級
職務給
習熟レベル
習熟給
合計
150,000
0
150,000
5,000
155,000
10,000
160,000
15,000
165,000
20,000
170,000

 (3)は、習熟度のレベルを毎年評価し、レベルに応じた習熟給を支給するものである。中途採用者の場合は、想定される習熟度に見合った習熟給を設定すればよいことになる。 この方式は洗い替え方式のため、理論上は賃金が下がることもありうるが、習熟度というのは経験が重要となるので、よほどのことがない限り下がることはなく、経年とともに昇給していくことを想定している。難点は、習熟度の基準づくりが難しいことや、昇給が数年おきとなるため社員のモチベーションに問題が生じる点である。

 なお、これら以外にも年齢給や職能給との組み合わせも考えられるが、年功型賃金からの脱皮が求められているのが今日の大きな潮流との認識から、あえてそのようなパターンは除外した。


 次回は、一般社員の非定型職務および管理職の職務給のパターンを検討してみる。


(2013年2月5日)

 

職務給の具体的モデル~その2 Column No.39

 職務給の具体的なモデルとして、前回は1.一般社員の定型的職務を説明した。引き続き今回は、2.一般社員の非定型的職務3.管理職を解説しよう。

2.一般社員の非定型職務(企画職、調査職、営業職、研究開発職等)


 一般社員の非定型職務は、習熟度もさることながら本人の能力や仕事上のセンスがより重要となる。一方で、まだ育成段階にあるので、業績を厳しく問うというよりは、さまざまな職場でたくさんの経験を積ませることが大切である。とすると、基本となるのは、

(1)職務給(単一型)+能力給(範囲型)(表6)
(2)職務給(範囲型)

 である。能力給(範囲型)の設定の仕方は、前回1.一般社員の定型的職務で述べたように積み上げ型やレベル別定額がある。表6では積み上げ型を示した。

 (表6)

等級
職務給
能力給
合計
150,000
10,000
160,000
11,000
161,000
12,000
162,000
・・・・・・・
・・・・・
180,000
10,000
190,000
11,000
191,000
12,000
192,000
・・
・・・・・
・・・・・

 一般社員でも上位クラス(係長・課長補佐等)となり、能力発揮の側面が強く求められることになれば、職務給の割合を高めることや、業績給を加えることなども考えられるだろう。
 (2)職務給(範囲型)は、職務給に能力給要素を含めたもので、能力の発揮度合いに応じて昇給するというイメージである。事例は前回表4を参照してほしい。

3.管理職


(1)職務給(単一型)+業績給(積み上げ方式)(表7)

 管理職は、自ら課題を設定し、その達成が求められるポジションであるため、職務給+業績給を基本とするのが合理性がある。

 (表7)
等級
職務給
業績給
合計
Ⅳ 
300,000
10,000
310,000
12,000
312,000
14,000
314,000
・・・・・・・
・・・・・
400,000
10,000
410,000
12,000
412,000
14,000
414,000
・・
・・・・・
・・・・・


 業績給は、目標管理等による業績目標の達成度に応じて設定する以外にも、コンピテンシー等、成果を上げるための行動の発揮度によることも考えられる。過去の成績が蓄積されていく積み上げ方式では、当該期間の業績目標よりも、過去の努力の積み重ねともいえるコンピテンシー等のほうが合理的かもしれない。


(2)職務給(単一型)+業績給(洗い替え方式)(表8)


 (表8)

職務等級
職務給
業績レベル
業績給
合計
400,000
10,000
410,000
30,000
430,000
50,000
450,000
70,000
470,000
90,000
490,000

 業績評価に応じて給与額がドラスティックに変動する仕組みである。過去の実績はキャンセルされるので、業績給の設定は業績目標の達成度等、業績そのものによるのが適切である。
 業績によっては大幅に下がることもありうるので、管理職の中でもある程度高額の固定給が確保できる上位クラスに向いている方式である。課長クラスに導入する場合には、変動幅をあまり大きくしないなどの配慮も必要だろう。

(2013年2月18日)

 

65歳雇用延長の事例 Column No.40

 本年4月1日から高年齢者雇用安定法が改正され、高年齢者雇用確保措置として継続雇用制度を導入する場合、継続雇用の対象者を限定する基準を労使協定で定める仕組みが廃止される。
 改正法が施行される2013年3月31日までに、労使協定により継続雇用制度の対象者を限定する基準を定めていた企業には経過措置があるものの、60歳以上の社員の雇用モデルについて抜本的な対応が必要となるのは間違いない。企業には自社の特性に応じたモデル構築が求められるが、他社がどのような対応をしようとしているのかは気になるところだろう。そこで本コラムでは、新聞等に掲載された事例を紹介・整理したいと思う。

 まずは2013年2月8日付の日経新聞にて紹介された事例である。

トヨタ自動車
・定年後のハーフタイム勤務や毎月一定額を積み立てて定年後に受け取る退職金制度を検討
・健康などの問題で再雇用が難しい従業員に清掃・緑化等の業務を用意する制度を検討
日産自動車
希望した60歳以上の従業員を嘱託社員として再雇用する制度を01年から運用済み
パナソニック
定年退職者のうち、希望者全員を65歳まで再雇用する制度を01年から運用済み
JFEスチール
定年後に再雇用するリーダー(班長)クラスの賃金に月3万5千円を上乗せ
日本精工
定年後に減る年金額の5割にあたる月4万円弱を支給。希望者は65歳までフルタイム勤務に
NTTグループ
65歳まで継続雇用するため、40~50代などの人件費上昇を抑える制度を今秋に導入
IHI
・59歳時点で定年を60~65歳の間で選べる選択定年制を導入
・原則60歳前と同じ業務でフルタイム勤務
・賃金は徐々に下がるが、職分や評価に応じて金額を上乗せ
・退職金は60歳退職時の金額を定年時に受け取る
三菱重工業
60歳再雇用の際、定年後の業務や役割を賃金に反映させたり、定年後も能力に応じた業務を割り当てる仕組みを検討

 次にネットや雑誌等で調べた事例である。

サントリー

・65歳定年制の実施。給与は60歳時点の6~7割
・退職金は60歳退職時の金額を定年時に受け取る 

イオン
・65歳定年制を07年度から運用済み
・定年延長を選択した場合、60歳以降も同じ職位・職務・賃金
・パート社員も65歳まで働ける
大和ハウス
65歳定年制の実施。給与は60歳時点の6割前後で、現状の再雇用制に比べて1~2割増える
京阪電鉄
・65歳定年に段階的引き上げ。4月から61歳とし、3年ごとに1歳ずつ延長、2025年に65歳にする
・60歳までは現在よりも賃金上昇の割合を抑制するが、生涯賃金は原則として増やす
ヤマト運輸
・59歳時に、①定年を65歳にして正社員として働き続ける、②60歳以降はグループの人材派遣会社に所属しグループ会社で派遣社員として働く、③60歳で定年退職する、の3つから選択
・65歳まで定年延長した場合は、残業ありのフルタイム勤務、残業なしの8時間勤務、1日4~6時間勤務、といった多様な勤務形態を選べる
三菱電機
・55歳時点で56~60歳の間で定年退職時期を選択し、その時期に応じて最長65歳まで再雇用契約が結べる。定年退職時に、賃金は従来比5割程度に削減されるが、早く定年退職するほど長く再雇用契約が結べるという仕組み。56歳での定年退職を選択すれば、最長で65歳まで再雇用契約ができ、57歳定年の再雇用は64歳まで、58歳定年の再雇用は62歳まで。
・40歳時点で、ライフデザイン研修を実施し、今後のキャリアや生活をどう考えるかの早めの気付きを与える。2回目の50歳でのライフデザイン研修は、夫婦同伴で出席。
カゴメ
定年前と同様の働き方・給与となる「市場価値型」、勤務時間が6割となる「パートタイム型」、その中間の「フルタイム型」の3つから選択
高島屋
外商で顧客を持つなどの専門技能を有する「専門技能型」、勤務時間が5割となる「シェアード型」、その中間の「キャリア型」の3つから選択。評価次第でコースを転換することができる
川崎重工業
・63歳定年制
・給与は60歳で59歳時の75%、61歳で70%、62歳で65%

 これらをみると定年延長の事例もあるが、定年延長は確実に人件費の増大につながり、財務的な裏付けがなければ難しい。将来はともかく、現時点で定年延長に踏み切る企業はまだ少なく、基本は再雇用制だろう。日本生産性本部の調査でも、9割は再雇用制を選択するとの結果が出ている。そして、大半は経過措置を設けるものと思われる。

 ところで、雇用延長には人件費の問題とともに、社員のモチベーションの問題もある。これは、高齢社員だけでなく、高齢社員を”部下”として扱わなければならない若手社員の視点からも検討する必要がある。
 モチベーション問題に対応する事例としては、以下のものがある(出典は日経ビジネス2013年3月4日号)。

パソナ
管理ポストを交代制で務める
アルプス運輸建設
60歳以上は新規事業に従事する
田原屋
若手とコンビを組ませ、技能継承を図るととに各々の強みを発揮してもらう
タニタ
・継続雇用希望者は60歳で派遣子会社に転籍
・多くは経験済みの職場で勤務
・別会社とすることで、社員の意識転換を図り管理を容易にする

 65歳までの雇用が事実上義務化されることで、社員のモチベーションの問題は今後さらにクローズアップされるだろう。こういった事例を新聞等で目にする機会も多くなると思う。社員のモチベーションを高め、人件費以上の稼ぎを産み出してもらうことを理想に、自社の特徴に合った制度を考えてほしい。

(2013年3月11日)

 

役員に対する臨時報酬 Column No.41

 社員の給与や賞与と違って、役員に対する報酬は社長が自由に決めるわけにはいかない。特に、いったん定められた報酬の期間途中の増額は、いわゆるお手盛りを防ぐことや利益操作に使われないようにするために、会社法や税法で厳しい規制がある。
 では、特別な貢献のあった者への褒賞など、何らかの事由で期中に役員に対して臨時的な報酬を支給することができるだろうか?
 結論としてはYESである。ただし、クリアしなければならない課題がいくつかあり、また、税法上の問題もあることに注意する必要がある。以下、説明していこう。

 会社法では、役員報酬は定款で定めるか、株主総会決議によって定めることを規定している(361条)。定款の変更は、株主総会の特別決議が必要となるため、通常は総会決議で定める企業がほとんどである。

 さて、法361条では総会決議で定める事項として、

①報酬等のうち額が確定しているものについては、その額
②報酬等のうち額が確定していないものについては、その具体的な算定方法
③報酬等のうち金銭でないものについては、その具体的な内容

 の3つを挙げている。このうち②は業績連動型報酬のことであり、③は非金銭的報酬(たとえば社宅の提供やストックオプションの付与)なので、本件に関連するのは①となる。 つまり、①についてどのような総会決議をしているかだが、①の内容には、

ア.1年間の役員報酬総額の枠
イ.1カ月間の役員報酬総額の枠
ウ.1年間の役員ごとの個別額
エ.1カ月間の役員ごとの個別額

 等、いろいろなパターンがある。この中で、アの1年間の役員報酬総額を定めておき、個別役員への分配は取締役会に委任するというのが一般的である(さらに、取締役決議で社長に一任することもある)。
 アのような定め方をしていれば、今回の臨時報酬を含めた支給額が①の総額の枠内に収まるのなら、取締役会での決議により支給可能ということになる。
 もし、枠内に収まらなければ、株主総会の決議が必要となる。この場合の決議方法は普通決議である。

 このように本件は、取締役会あるいは株主総会の決議により支給は可能だが、留意しなければならないのは法人税法の定めにより、臨時報酬部分は損金扱いできないことである。

 法人税法で損金にできる役員給与・賞与は、

①定期同額給与
②事前確定届出給与
③利益連動給与

 の3つで、本件はこれに該当しないためだ。本件は、①の定期同額給与に上乗せされて支給する形となるので、損金不算入となる。
 唯一認められるのは、本件が会計期間開始の日から3ヶ月以内の改定で、臨時報酬分を残りの月数で割り、同額で支給するケースである。たとえば、3月決算の企業で、月額報酬100万円の取締役に50万円の臨時報酬を支給したいとき、7月分から105.6万円(100+50÷9)とするのである。これなら、①の定期同額給与ということで認められる。
 すでに3ヶ月を過ぎており、それでも損金扱いにしたいというなら、次期の役員報酬にその分を上積みし、月割りで定額支給するしかないだろう。「臨時報酬」という意味合いは薄れてくるが、法人税と所得税の二重課税を避けられるメリットはある。

(2013年4月1日)

 

採用面接の限界 Column No.42

 4月に入り、面接等の選考活動が解禁され、ビジネス街では着慣れないスーツ姿の学生を多く見かけるようになった。このところ2年続けて改善している内定率は、今年はさらによくなりそうで、学生にとって少しは明るい状況だろうが、バブル期のような売り手市場というわけにはいかず、就職活動が厳しいことに変わりはない。
 一方、企業側からすると、買い手市場だからといって、必ずしも自社にマッチする人材が獲得できているわけでもないようだ。厳選したはずの人材が、まったく使えなかったり、常識では考えられない言動を示したり、挙句にあっさりと辞めたりという話もよく聞く。
 結果として、企業はますます学生の選別に躍起となり、その手法に工夫を凝らす。特に充実を図ろうとするのは面接である。
 採用にあたっては面接を重視する企業が多い。2012年の経済同友会の調査でも、「新卒採用の選考で特に重視するもの」で、大学院卒から高卒まで、面接が圧倒的な1位となっている。ちなみに大卒/大学院修士修了の2位は適性検査(SPI等)、3位は学校での専攻分野/研究内容である。
 企業は人物本位とか人物重視という言葉が大好きで、それを面接で見分けようとするのだ。

 このように採用というのは面接を抜きにして考えられないわけだが、面接による選抜手法が優れているかといえばそうでもなさそうだ。組織心理学において、面接では次の5つのエラー・問題点が起きることが指摘されている(参考:「産業・組織心理学」山口裕幸他・有斐閣)。

①即時的決定
 面接の際、学生はあがってしまったり、不慣れであったりして、本来の自分を出せないことがあるが、人間は第一印象に影響される傾向があるため、その誤った情報を元に面接者が判断をしてしまうこと。
②確証バイアス
 履歴書や適性検査結果など、事前に得た情報から先入観や思い込みにとらわれ、その印象に応じた評価をしてしまうこと。同じような回答をしても、有名大学と無名大学では面接者の受け止め方が違う、というのは経験的にありうる。
③不都合な情報
 何かの間違いでダメな人材を採用してしまうのを避けるために、欠点や弱点をあらさがしするなど、学生にとって不都合な情報を重視してしまうこと。優れた長所を持つ学生も、たった1つの欠点で落とされてしまう。
④厳格化
 面接官は、過去の経験から積み上げた高い理想像・基準をもっているため、ほとんどの学生は基準以下となるなど、評価が激辛になってしまうこと。結果的にかなり優秀な学生でも、ふるい落とされてしまう。人を見る目に自信のあるベテラン人事マンなどによく見られる傾向。
⑤非言語的行動
 言語以外の、姿勢、身振り、表情、服装、容姿、化粧など、一般的に仕事に関する能力や意欲とは無関係な非言語的要素が評価に大きな影響を与えること。

 学生側からすると、これらを認識のうえで面接に臨むのが成功の秘訣となるかもしれない・・・。それはさておき、もちろん企業も、このような問題が生じないよう、面接での視点や合否基準を打ち合わせておくなどの努力を行っているが、結局のところ、面接官の好みが大きな基準となってしまうのは避けられない。

 人は自分と似たタイプを好むものだ。最終的に社長や役員の好みで決まった人材が、配属された現場で「?」となるのも仕方がない。数度の面接をクリアするということは、それだけいろいろな人に好かれるということで、これはこれで意味のあることかもしれないが、仕事の能力の中ではごく一部にすぎない。

 一定時間で、一定量を確保しなければならないという制約のもとでは、面接を過度に信頼するのは無理がある。せいぜい、その企業にまったく合わない人だけは排除する(それも本当かどうかはわからないが)システムという程度に考えておいたほうがよいのかもしれない。
 

(2013年4月15日)

 

65歳雇用延長に向けてやるべきこと Column No.43

 改正高年齢者雇用安定法が4月から施行され、継続雇用制度の対象者を限定できる仕組みが廃止となった。今回の改正を機に高齢者の雇用制度を再設計する企業も多いようだ。
 背景として、2006年改正時に設けた雇用延長制度で、60歳以降の社員を補助的業務の従事者として一律的に処遇したことにより、高齢社員のモチベーションが上がらず、受け入れ側としても戸惑いが生じ、結果として組織風土を悪化させたことがある。
 その反省から、この機会に見直しを図るのは基本的によいことだと思うが、安易に他社の事例を取り入れるような拙速な見直しは、ますます雇用環境を悪化させる危険がある。下手に制度を整えたことで、今度はそれが社員の既得権となり、簡単には変更できなくなる恐れもある。

 改正高齢者法への対応でポイントとなるのは、

①人件費の問題
②(高齢社員と受け入れ側社員の双方の)モチベーションの問題

 の2つであることは間違いない。
 ①と②は基本的にトレードオフの関係になるので、いかにそのバランスを図るかということだ。
 このポイントを踏まえ、高齢者雇用制度を再設計するにあたって「やるべきこと」を整理してみよう。

 やるべきことの第1は現状の把握で、押さえておきたいのは次の2点だ。

①現状の雇用延長制度

②該当者の状況(人数・部門・役職・ニーズ)

 ①の現状の雇用延長制度では、仕組み、問題点、課題などを再確認し、新制度に反映させる。

 ②の該当者の状況では、該当者が多数いるならば、本格的な制度設計が必要となるだろうが、該当者が数年間はいないならば、とりあえず法的に求められる最低限の仕組みだけをつくっておくという選択肢もある。
 また、該当者が数人であれば、該当者の個別の状況(部門・職務・役職・能力・本人のニーズ等)を考慮のうえ制度を策定することも考えられる。このときも、複雑・高度な仕組みは避け、後々変更できるようにしておく方がよいだろう。

 第2は再設計にあたって考慮すべき事項の整理で、以下の7つである。


①経営戦略/事業戦略
 既存事業をどう展開していくか、新規事業への取り組みはどうか、グループ会社経営はどうするか、といった事項の確認である。これらの展開次第で、高齢者をどう活用するかが変わってくる。たとえば、高齢者に原則的に新規事業を任せる企業も存在する。

②人員計画
 部門・部署・関係会社ごとの必要人員数および新卒・中途採用計画である。どの部門・部署・関係会社に何人くらい雇用可能かが把握できる。

③財務状況/人件費予算
 現在の財務状況と今後の財務計画、今後の人件費予算などである。端的に言えば、人件費はどれくらい増やせるか、あるいは増やせないかだ。サントリーが65歳定年に踏み切ったのは、今後の売上・利益の拡大が見込まれ、人件費が増えても問題ないとの判断があったからである。

④人事制度
 現状の等級制度、評価制度、賃金制度等の再確認である。現在の人事諸制度は活用できるか、 高齢者向けに新規に構築が必要か、が焦点となる。役割給や職務給などで年功的要素が完全に排除されているならば、現行制度を高齢者にも適用できる可能性がある。

⑤年齢別社員構成
 特定時期に高齢社員が増えることはないか、技能継承は進んでいるか、といった点がポイントなる。技能継承が課題となるのであれば、若手へのノウハウ伝授役として高齢社員は最適といえる。

⑥担当職務
 高齢者が担う職務として、どのようなものが想定できるかである。現に存在する職務を担当してもらう以外にも、スペシャリストやインストラクター、コンサルタントなど、専門機能に特化した職務も考えられる。

⑦企業風土
 企業風土には、家族的、官僚的、保守的、ベンチャー的、年功序列的、成果主義的等さまざまなものがあり、これらは社員のモチベーションに影響する。たとえば、家族主義的な雰囲気を重視するのであれば、高齢者に優しい制度を設けるのが常道といえるだろう。ただ、企業風土というのは能動的に変えていかなければならない場合もあり、あえて厳しい処遇をするという選択もある。そういった視点からの制度設計も大切である。
 以上、主要なものを示したが、これら以外にも各企業に重視すべきものがあるかもしれない。要は企業の特徴を踏まえた、高齢者の処遇が重要ということである。

(2013年4月30日)

 

業務調査による適正要員数の算定 Column No.44

 以前、総額人件費管理の課題について述べた(№33№34№36)が、その中で、適正要員数の算定が必要であること、算定方法の1つに業務アプローチがあることを指摘した。業務アプローチとは、業務の実態とあるべき姿を調査・検討することで適正人員を算出する手法である。本コラムでは、これについてのポイントを2回に分けて整理したいと思う。前回と同様に、高原暢恭著「人件費・要員管理の教科書」(労務行政)を参照させていただいた。

●業務調査による適正要員の算定とは?

 まずは、これが何かを確認しておこう。業務調査による適正要員の算定とは、売上高目標や利益目標などの経営計画を達成するために、必要な業務を確認し、その業務の質(内容)と量(所要時間)から要員数を求めることである。言い換えると、必要な業務をこなすのに何人の人員が求められるかを算定することだ。ここでいう「必要な業務」とは、お客様に満足を与え、かつ継続的な事業展開ができる仕事である。どちらかが欠けてはダメなことに留意したい。


●部署ごとの一律的な削減の危険性

 人員削減をする際、部署ごとに一律10%削減するといった方法がある。痛みを平等に分かち合うという公平感があり、何より手っ取り早いので、しばしば用いられる。

 しかし、このやり方には大きな副作用がある。人手が足りなくなった組織では、必ずやらなければならない定型業務で、締め切りがはっきりしている業務だけが行われ、本当に大切な問題解決型業務が行われなくなる危険性が高いのである。結果的に企業競争力が失われ、会社は弱体化する。
 したがって、やみくもに削減するのではなく、業務の実態を確認したうえで、それに見合った要員数を設定する手法が求められる。

●目的と効果

 業務調査の目的は、当然ながら適正要員数の設定(またはこれによる適正人件費の実現)ということになるが、業務調査を通じて以下のようなさまざまな効果も期待できる。これらは、顧客満足や社員満足につながるものであり、ひいては、経営計画の達成に寄与するものである。


<調査に伴って期待できる効果>
・業務の効率化
・労働時間の削減
・社員の改善意識の向上
・適正な人員構成(役職・等級)の実現
・人材育成ニーズの把握
・将来の業務量変動の予測

 次回は、業務調査の進め方と調査結果をどのように要員数の設定に活かすかを説明したい。

(2013年5月13日)

 

 
業務調査による適正要員数の算定~その2 Column No.45

 今回は、業務調査のステップと調査結果をどのように要員設定に活用するかを整理する。前回に引き続き高原暢恭著「人件費・要員管理の教科書」(労務行政)を参照させていただいた。

●業務調査のステップ

 業務調査のステップは次の3段階となる。

1)現状の把握
2)改善案の策定 
3)要員数の割り出し

1)現状の把握
 現状の把握とは、現在の業務量の棚卸しを行うことで、業務量棚卸しの方法には、代表的なものに以下の4つがある。

①思い起こし法
 部署ごとに業務項目を棚卸し、担当者がどれくらい労働時間をかけているかを想起して記録する方法
②実績記録法
 実際に行った業務の所要時間を記録していく方法
③ストップウォッチ法
 作業単位ごとにどれくらい時間がかかっているかをストップウォッチで測定する方法
④ワークサンプリング法
 一定期間の一定業務のサンプルを取り、統計処理をして業務量を推計する方法

 それぞれのメリット・デメリットをまとめると次のようになる。

方法
メリット
デメリット
思い起こし法
・業務すべてをデータ化できる
・短時間で調査できる
・正確なデータ収集のための準備が大変
・業務/社員によって不正確となりうる
実績記録法
・業務すべてをデータ化できる
・データの正確性は高い
・期間が長期(1年間)となる
・社員に負荷がかかる
ストップウォッチ法
・作業データは正確に収集できる
・工場等の作業的業務以外は利用困難
ワークサンプリング法
・定型業務が多い場合は効率的
・短時間で調査できる
・定型業務以外は利用困難
・季節変動業務に対応困難
・一定レベルの統計知識が必要
  
 適正人員を算定するという目的から、どうしても全社の業務量の棚卸しが必要であり、同時に時間や手間をなるべく少なくしたいため、思い起こし法によるのが実際的である。

 では、思い起こし法をどうやって進めるかだが、その手順は次のとおりである。


①業務体系表の作成
 業務体系表とは部署ごとの業務を大分類/中分類/小分類で示す帳票で、作成責任者は、各課長・室長・所長等である。一から分類していくのは大変なので、職務分掌規程や内部統制資料、業務マニュアルなどを活用して分類するのがよい。
②業務内容記録表の作成
 業務内容記録表は、小分類ごとに頻度・件数や所要労働時間などを記録する帳票である。作成責任者は各担当者となる。
③業務マップの作成
 業務マップは課ごとの業務量を集計する帳票で、作成責任者は各課長・室長・所長等、業務体系表の作成者となる。

 以上により、現状の業務量が労働時間ベースで算定される。


2)改善案の策定

 次は、この労働時間を「改善」によって削減していくことがテーマとなる。これにより、標準時間(=無理のない最もよいやり方で行った場合にかかる所要時間)を設定する。

(1)改善案策定の2段階
 改善案の策定には、大きく次の2段階がある。
①部門ミッション分析による改善(⇒マクロ視点からの改善)
 各部門の使命に照らして、その業務の重要性の高低を検討する分析手法である。大して重要でないのなら、とりあえず止めてみるという判断が求められる。やはり必要ということであれば、復活させればよい。特に会議や資料などが廃止の狙い目である。
②業務分析による改善(⇒ミクロ視点からの改善)
 業務内容記録表に記載された全業務について、次の観点から、最適な業務のやり方を発見・検討する分析手法である。
 ア.1つひとつの業務の目的や効果
 イ.目的達成のための方法や手順
 ウ.業務遂行者の要件(能力・経験等)

(2)改善後業務マップの作成

 改善案が実行された場合の業務マップを作成する。これにより、改善後の労働時間が導き出される。

3)要員数の割り出し

 改善後労働時間が以下のようになったとすると、改善後は、3.01人で業務遂行ができると考えられるので、要員数を4人から3人にするといった判断を下す。

 
Aさん
Bさん
Cさん
Dさん
現状労働時間(①)
2,000
2,100
2,000
2,300
 8,400
改善後労働時間(②)
1,600
1,600
1,500
1,600
6,300
人(②÷①)
0.80
0.76
0.75
0.70
3.01

 なお、3.5などの中途半端な人数が出た場合には、
①業務的に関連のある部署と統合する
②業務を再度見直す
③人員の能力レベルを高める
④非正規社員や外注を活用する
 といった方策を検討することになる。

●適正要員数の決定

 業務調査によって適正要員数を導き出したところで、これを財務アプローチによる適正要員数と照らし合わせる。基本的なパターンは次の2つだ。
①財務アプローチ要員数<業務アプローチ要員数
 財務アプローチ要員数が適正要員数となるため、さらなる業務改善によって、業務量を削減しなければならない。
②財務アプローチ要員数>業務アプローチ要員数
 業務アプローチ要員数が適正要員数となる。この場合は、目標利益よりも多い利益が見込めるという望ましい状況といえる。
 2つのいずれかに経営視点による政策的判断を加え、要員数について最終決定を行うことになる。

(2013年5月20日)

 

65歳雇用義務化に求められる2つのバランス Column No.46

 改正高年齢者雇用安定法が4月から施行され、企業は65歳まで働くことを希望する社員に雇用の場を提供しなければならなくなった。

  65歳雇用義務化への対応はいろいろな切り口でとらえることができるが、ここでは重要な課題を「2つのバランス」の観点から整理してみよう。
 
 1つ目は、人件費抑制と高齢社員のモチベーションとのバランスである。
 みずほ総研の試算では、今回の改正で日本の企業の人件費は1%上昇するとのことである。これは企業全体の数値で、すでに対応済みの企業も含まれているため、これから対応を講じる企業では、もっと高くなること考えられる。
 財務的な視点に立てば、人件費は抑えるに越したことはないが、高齢社員の立場からすると、極端な“買い叩き”に会えばやる気を失う。
 人件費と高齢社員のモチベーションとを軸にすると、高齢社員の雇用は次の3つに類型化できる。どの類型が適正かは企業の状況によるが、まずはバランス重視型が基本となるだろう。
 
雇用の類型
人件費
高齢社員のモチベーション
人件費重視型
抑制する
低くなる
バランス重視型
ほどほど
ほどほど
モチベーション重視型
高める
高くなる
 
 もちろん、高齢社員のモチベーションを左右するのは給与や賞与だけではないが、人件費が大きなウェイトを占めるのは間違いない。鉄鋼、造船などの労働組合からなる基幹労連の調査(第2回総合意識実態調査)でも、「60歳以降も働く際に重視する事柄」として、「仕事に見合った賃金水準である」がトップだった。
 高齢社員のモチベーション低下が問題なのは、高齢社員自身のパフォーマンスが低下するだけでなく、他の社員にも悪影響を与えることである。「愚痴ばかりで、こちらもヤル気がなくなる‥‥」「自分もあんなふうになるのか‥‥」。こういった嘆きが職場に増えれば、組織の活力は確実に低下していく。
 ポイントは、人件費の増大を抑制しながら、いかに高齢者の能力を発揮できる場の設定ができるかである。このとき、人件費にウェイトを置きすぎないことだ。
 2006年の改正時には、多くの企業が「人件費重視型」に走ったために、種々の問題を惹起させた。今回の改正はそれを教訓にしなければならない。必要なのは、バラエティに富む高齢社員のニーズや特性に対応できる処遇制度の設計である。

 2つ目は、高齢社員と若手社員との処遇のバランスである。
  高齢社員の「過度な優遇」は、若手社員の活躍の場を狭めるリスクもある。従来は後任に譲られたポジションが、引き続き高齢社員に占拠されてしまうようなケースだ。
 また、65歳雇用義務化のために若手社員の人件費が抑制される場合は、当然ながら感情的な反発も大きくなる。資料づくりもまともにできないのに、それなりの賃金をもらっていることに不満を持つ若手も多い。
 ポイントは、企業に貢献してもらうという姿勢を明確化し、貢献度に応じて処遇するしくみをつくることである。給与以上に貢献していることが明らかであれば、周囲は納得する。

 2つのバランスが欠けると、お荷物社員が増加するだけでなく、有能な人材が流出しかねない。65歳雇用義務化への対応は、組織全体に大きな影響を及ぼすことを肝に銘じておく必要がある。

(2013年6月17日)

 
 
2次評価者の役割と課題 Column No.47

 人事評価において、被評価者の直属の上司とその上の上司とが2段階で評価を行う2次評価制を採用している企業は多いと思う。


 2次評価の目的として考えられるのは、 

①1次評価者が気づかなかった点を評価することで、評価の客観性を高める
②同じ事実や行動でも違う視点や角度から評価することで、評価が偏るのを防ぐ
③2次評価者が複数の部署を評価対象とすることで、部署間のバラツキを少なくする

 などだ。要するに、評価の納得性と信頼性を高めることが目的といえる。


 このような目的を達成するために重要となるのは、1次評価者と2次評価者が各々の役割を理解し、果たすことである。2次評価のシステムは、単に評価者を2人に増やしたわけではないのだ。
 評価者の役割については評価に関する基本的な解説書などで述べられているが、これは一般に1次評価者のものだ。

 それでは、2次評価者に特有の役割というものは何だろうか。期待される役割として挙げられるのは次の3つだ。

1.1次評価が適切であるかどうかのチェック
①個別の評価項目の妥当性のチェック
 各評価項目の1次評価者の評価が、自己の観察から見た評価と比べてどうかである。2次評価者自身もきちんと評価を行うことが前提だ。「信頼するA課長の評価に間違いはない」といった考えは、2次評価者としての役割を放棄していることになる。
②総合的な評価の妥当性のチェック
 個別の評価項目とともに、総合的な評価の妥当性も確認する必要がある。1次評価者は、個別の評価項目の評価に注力するあまり、その積み重ねである総合評価には無頓着となるケースがあるからだ。この辺りは、大所高所からの評価を期待される2次評価者の重要な役割の1つである。
③エラー傾向に陥っていないかのチェック
 評価にエラーはつきものであるが、評価者自身は自分では認識しづらい面もある。第三者の視点から、エラー傾向がないかをチェックする。
 
2.1を踏まえた1次評価者へのアドバイス・意見調整
 評価制度の仕組みにもよるが、1次評価者と2次評価者とで評価が相違した場合は、話し合いをするのが一般的だろう。特に、評価が2レベル以上乖離している場合は、互いの評価の根拠を確認し合い、両者が納得のいく調整をする必要がある。単純に真ん中のレベルをとるといった安易な調整をしてはならない。 

3 .1次評価者の評価能力の開発・向上
 マネジメントスキルにおいて、メンバーを評価する能力というのは重要なウェイトを占める。1次評価者の評価能力を高めるのは、直属の上司である2次評価者の重要な役割ということになる。

 次にこれらの役割を果たすために、どのような取り組みが必要かを整理しておこう。課題となるのは以下の3点である。

1.被評価者をしっかり観察すること
 適正な評価の基本は、まずは被評価者をしっかりと観察することだ。2次評価者であってもそれは同じである。もちろん、1次評価者と違って、被評価者を直接マネジメントするケースは限られるだろうから、その機会は少なくなるかもしれないが、心がけ次第でチャンスはいくらでもあるはずだ。特に、トラブルが発生したときなどは、2次評価者が乗り出すことも多いだろう。このときの被評価者の対応ぶりなどをよく把握しておきたい。

2.1次評価者の評価傾向をつかんだ上で評価を行うこと
  全体的に評価が甘いとか、中間点が多いとか、1次評価者はさまざまな評価傾向をもっている。これをつかんだ上で、評価をすると1次評価者のバイアスを減少できる。もちろん、自分自身の評価傾向も認識しておく必要がある。

3.部署全体の視点から評価をすること
 当然ながら、2次評価者は1次評価者よりも広い管理範囲を有しているので、評価対象者も多い。複数の部署の2次評価を行うことも多いはずだ。そうすると、ある部署と別の部署との比較ができることになる。ある部署でA評価された事実も、他の部署から見ればB評価が妥当ということも十分にある。これらの判断ができるのは2次評価者ならではといえる。
 
 このように2次評価者には、2次評価者としての役割と課題がある。人事評価に直接的に影響を与えるのは1次評価者だが、その評価に責任を持つのは2次評価者である。何のために2次評価をするのかをしっかりと認識しておくことが大切となる。
   
(2013年7月1日)

 
 
降職に伴う賃金減額 Column No.48

 以前のコラム(No.32)で配置転換に伴う賃金減額について述べたが、今回は降職に伴う賃金減額を整理してみる。なお、降職とは部長から課長になるというように職位を引き下げることである。類似の言葉に降格というのがあるが、広義には職位の引き下げも含むものの、一般には資格等級の引き下げを意味する。職位と等級は密接に結びついているので、降職・降格が同時に行われることもよくある。ともあれ、ここでは降職という呼び方を使う。


 降職となれば、企業組織のうえでの役割や貢献度合が低下するのだから、その対価となる賃金も減額するのは当然といえる。ただし、当事者の立場に立てば、月に数万円、場合によっては10万円以上も給料が下がるのは我慢できない面もあるだろう。特に、懲戒による降職など、自分に非があることが明らかなら場合はともかく、「部長として期待される成果を上げられなかった」などのあいまいな理由では、納得のいかないケースもある。このため、人事部や各種の労働相談に苦情・相談を持ちかけたり、場合によっては訴訟を提起したりする例も見られる。
 このようなトラブルを避けるために、企業としてはどのような点に留意しておく必要があるのだろうか?
 
 降職に伴う賃金減額は、降職の妥当性賃金減額の妥当性の2つに分けて考えることがポイントとなる。
 
1.降職の妥当性
  降職には懲戒処分としての降職と人事権行使としての降職がある。
 前者であれば、懲戒処分の妥当性が問われることになる。これについては、「懲戒規定適用のポイント」を参照していただければと思う。
 後者の人事権行使としての降格は、就業規則等に明確な根拠規定がなくとも、使用者の裁量的判断によって行うことができるとされている。

役職者の任免は、使用者の人事権に属する事項であって使用者の自由裁量に委ねられており裁量の範囲を逸脱することがない限りその効力が否定されることはなく、就業規則などに根拠規定がなくとも、その人事権に基づく降格処分ができないとはいえない。(エクイタブル生命保険事件・東京地裁平成2年4月27日)

 ただし、当然のことながら人事権は無制限に行使できるものではなく、権利の濫用は認められない。その判断は以下の事情を総合考慮することになる。

(ア)業務上・組織上の必要性の有無及びその程度
(イ)能力・適正の欠如等の労働者側における帰責性の有無及びその程度
(ウ)労働者の受ける不利益の性質及びその程度
(エ)当該企業における昇進・降格の運用状況

 
言葉を換えると、会社側はこのような観点からきちんと説明ができるよう、降職を行うべきということだ。万一、権利の濫用となれば、降格処分は無効ということになる。

2.賃金減額の妥当性
 次に賃金減額の妥当性だが、一般に減額となる賃金は、①役職手当分の減額、②資格等級引き下げによる減額とに分けられるので、これに即して考える必要がある。

①役職手当分の減額
 降職に伴う役職手当の減額は、当該役職を外れることから、合理性があるとされる。もちろん、降職の妥当性については上記1のとおり別に検討しなければならない。

②資格等級引き下げによる減額
 判例では、職能資格等級の引き下げによる賃金減額は、労働者の同意がある場合を除き、就業規則等において、使用者が資格等級の見直しによる降格をなしうる旨の根拠規定が必要であるとしている。

使用者が、従業員の職能資格や等級を見直し、能力以上に格付けされていると認められる者の資格・等級を一方的に引き下げる措置を実施するに当たっては、就業規則等における職能資格制度の定めにおいて、資格等級の見直しによる降格・降給の可能性が予定され、使用者にその権限が根拠づけられていることが必要である。(アーク証券事件・東京地裁平成8年12月11日)
 
 したがって、賃金減額が、役職手当による減額以外に等級引き下げによるものが含まれるのであれば、就業規則等の根拠を明確にしておくことが重要となる。さらに、その定めが適正に運用されていることも求められる。
 なお、判例では「職能資格等級」としているが、他の資格制度であっても基本的に同じと考えればよいだろう。
 
 このように、降職の際の賃金減額で重要となるのは、降職そのものの妥当性と、降格の定めなど減額の根拠を明確化しておくことである。さらに言えば、これらの根拠となるのが適正な人事評価や日常の指導であることに留意しておきたい。

(2013年8月5日)

 
 
業績不振による賃金カットの留意点 Column No.49

 業績不振が長引いたり、その程度がひどかったりすれば、社員の賃金をカットせざるをえない場合も出てくる。言うまでもなく賃金カットは社員にとっては一大事であり、会社が一方的に実施できるものではない。

 賃金カットは、労働条件の不利益変更となるので、(1)労働者の個別の同意、(2)労働協約の締結、(3)就業規則の変更、のいずれかの手続きが必要となる。以下、それぞれを確認していこう。
 
 まず(1)の労働者の個別の同意だが、事後のトラブル防止の観点から、これが最も妥当な手続きとなる。ただし、1人1人の納得を得て、引き下げについての同意書を徴取するという手間のかかる作業が求められる。また、1人でも同意しなければ、変更できなくなるおそれがある。賃金カットの理由や程度にもよるが、会社が小規模で、カット期間が短期と予想されるのであれば、比較的同意は得られやすいので、(2)(3)よりも確実といえる。
  
 (2)は、労使関係が良好な会社であれば、割とスムースに進められるが、締結内容は原則として組合員しか拘束しないので、組合員以外は個別同意が必要になる。ただし、労働協約の適用を受ける組合員が事業場の3/4以上であれば、一般的拘束力として非組合員も拘束する。また、協約を結んでいない組合の組合員には一般的拘束力は及ばないので、これに対しては個別同意が必要になる。
 
 個別の同意を避けたいのなら、(3)による方法となる。この場合、変更後の就業規則を周知させ、かつ、就業規則の変更が、
 ・労働者の受ける不利益の程度
 ・労働条件の変更の必要性
 ・変更後の就業規則の内容の相当性
 ・労働組合等との交渉の状況
 ・その他の就業規則の変更に係る事情
  に照らして合理的である必要がある(労契法第10条)。なお、賃金に関しては高度の必要性に基づいた合理的な内容が求められることに留意しなければならない。
 また、就業規則の変更が適正に行われれば個別の同意は不要であるが、
 ・事後のトラブルを避けるため
 ・カット後の賃金を個別に明示する必要があり、手間はそれほど変わらないため
 できれば同意書を得た方がよい。あくまで“できれば”であるが、正当に就業規則の変更がなされていれば、賃金カット自体は成立しているので、同意というよりは確認に近いもので、社員の理解は得られやすいはずである。
 
 以上を整理すると、とるべき方法としては次のようになる。

1.個別の同意が得やすい⇒(1)個別の同意
2.個別の同意が少し難しい⇒(2)労働協約の締結
3.個別の同意が難しい⇒(3)就業規則の変更

 ただし、労使間で話し合ったという事実が大切なことから、組合があるのなら、2の労働協約は締結したほうがよいと思われる。その上で、1または3の方法を検討すべきである。

 どの方法を選ぶにせよ、事前に労働組合または社員への説明が不可欠である。その際、

①業績が低迷している理由
②自社の現状と賃金カットをせざるを得ない理由
③賃金カットの前段階としてどのような方策を実施したのか
④業績回復のためにどのような手を打とうとしているのか
⑤いつまで、あるいは業績がどこまで回復したら元に戻すのか

 
等を十分に説明する必要がある。これらの手間を惜しむと、結果的にもっともっと手間がかかるような事態に陥る危険性が大きい。


 最後に確認しておきたいのは、就業規則や賃金規程で賃金カットについて触れられているかどうかである。

 「会社の経営状況および業績等の変化により必要があるときは、賃金を改定することがある」
 「業績の著しい悪化がある場合には、賃金を減額することができる」

 等の定めがあると、これを根拠に賃金カットは進めやすくなる。
 こういった定めがなくても、上記の必要性や合理性があれば実施は可能だが、スムースに進めるためにあった方がよいのは間違いない。

(2013年8月26日)

 
 
住宅補助に対する課税 Column No.50

 現物給与は原則として給与所得であり、課税対象となる。現物給与の典型例に、社員への社宅・寮の提供があるが、このとき、家賃としてある程度社員に負担してもらっていれば所得税はかからないとの認識は、人事担当者であれば持っていると思う。ただ、細かい点はよくわからないというのが実態ではないだろうか。今回は、住宅補助に対する課税はどのようになっているかを整理してみる。

 
 社員に社宅や寮などを貸したときの課税の原則は、社員から1か月あたり一定額の家賃(=賃貸料相当額)以上を受け取っていれば給与として課税されない、というものである。
 この賃貸料相当額とは、次の①~③の合計額である。

①(その年度の建物の固定資産税の課税標準額)×0.2%
②12円×(その建物の総床面積(平方メートル)/3.3(平方メートル))
③(その年度の敷地の固定資産税の課税標準額)×0.22% 

 会社が所有している社宅や寮を貸与する場合だけでなく、他から借りて貸与する場合でも、この3つを合計した金額が賃貸料相当額となる。
 なお、社員に無償で貸与する場合には、この賃貸料相当額が給与として課税される
 また、社員から賃貸料相当額より低い家賃を受け取っている場合には、受け取っている家賃と賃貸料相当額との差額が、給与所得として課税される。 ただし、社員から受け取っている家賃が、賃貸料相当額の50%以上であれば、受け取っている家賃と賃貸料相当額との差額は、給与所得として課税されない
 多くの企業では、住宅補助に関して所得税を徴収していないと思うが、この要件に該当するからだ。言葉を換えれば、所得税を負担させないために、この要件を満たす必要があるということだ。

 以上のルールを事例で考えてみると、賃貸料相当額が1万円の社宅を社員に貸与した場合、
①社員に無償で貸与すれば、1万円が給与所得として課税される
②社員から3千円の家賃を受け取る場合は、賃貸料相当額である1万円と3千円との差額の7千円が給与所得として課税される
③社員から6千円の家賃を受け取る場合は、6千円は賃貸料相当額である1万円の50%以上なので、賃貸料相当額である1万円と6千円との差額の4千円は給与所得として課税されない
 ということだ。
 
 ここで気になるのは、賃貸料相当額とはいったいいくら程度になるかだろう。正確な金額は、「固定資産税の課税標準額」を物件の所有者に確認しなければならないが、目安としては、家賃の概ね5~10%というところらしい。まあ、10%を見積もっておけば間違いないだろう。
 たとえば、家賃10万円の物件であれば、

 10万円×10%×50%=5,000円

 これ以上を社員に負担してもらえば、税負担は回避可能ということだ。 一般的に社員負担は、1万円以上はあると思われるので、普通の社宅・寮であれば、まずはクリアできるはずである。

 最後に、住宅手当として現金で支給する場合や、社員が直接賃貸役契約をしている場合の家賃負担は、社宅の貸与とは認められず、給与所得として課税されるので注意していただきたい。

(2013年9月16日)

 
 






代表者:重本 由宇
経済産業省登録:中小企業診断士
社会保険労務士(有資格者)


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