歩合制賃金の改定 |
歩合制賃金とは
歩合制賃金とは、売上高や契約実績等に応じて計算される賃金形態で、販売員や保険の外交員、タクシー運転手などの給与に多く取り入れられています。歩合給ともいいます。
歩合制賃金で気をつけなければならないのは、労働基準法第27条の「出来高払制その他の請負制で使用する労働者については、使用者は、労働時間に応じ一定額の賃金の保障をしなければならない」との定めに抵触しないようにすることです。保障額について法の定めはありませんが、通達では「常に通常の実収賃金をあまりへだたらない程度の収入が保障されるようにすること」と示されていることから、一般的に賃金の6割程度の保障が目安とされています。
中小企業の中には、このような規定を知らずに、賃金のかなりの割合を歩合給とするところもあります。これから述べる事例企業もその1つで、営業部の社員に完全歩合制を採用していました。
元々のクライアントのニーズは、歩合給の問題というよりは、給与の決定と社員への説明が大変なので何とかしてほしいとのことでしたが、ここでは主に歩合制賃金の改定という観点から説明をしていきます。
現状および問題点
クライアントの建設業Y社(社員数25名)では、営業社員(5名)の給与は、基本給+諸手当(営業手当、通勤手当等)で構成されています。このうち基本給は、
(半期の粗利益±経費等の調整)×20%÷6
という完全歩合制で半期に1回決定されており、これを期初に経営者が社員個々に提示・説明するという形にしていました。ただ、業績の変動が激しいため、額が大きくなったときは「貯金」をして、次期以降に繰り越すという運用もなされていました。
なお、賞与は支給していません。
これには、次の3つの問題点がありました。
① 月例給与として変動が大きすぎる
給与が受注状況によって大きく変動するため、社員にとって安定した生活の基盤がつくりづらくなります。また、企業にとっても、収益が不安定となり、経営上のリスクが高まることになります。
② 給与決定の際の経営者の負担が大きい
勘案したり調整したりする事項が多々ある上、社員への説明も必要となり、経営者に過大な精神的・時間的負担がかかっています。
③ 完全歩合制や既往労働分の繰り越し払いなど、法的に不透明な点がある
完全歩合制の給与となっており、少なくとも制度上は基本給ゼロもあり得ることから、「出来高払制の保障給」を定める労働基準法や最低賃金法に違反するおそれがあります。また、本来、所定の期の給与に反映すべき営業実績を次期以降に繰り越すのは、労基法の「全額払いの原則」に反するおそれがあります。
改定に向けての課題
以上の問題点を解決するための課題として、次の5つを掲げました。これらは、改定に向けての指針にもなりました。
① 合理性の確保
給与決定の際に考慮する事項を合理的に説明できるようにする。
② 安定性の確保
給与は、社員が安心して生活をするための基盤であることを踏まえ、一定レベルを確保するとともに激しい変動のないようにする。
③ 簡易性の確保
勘案事項や調整事項を整理するとともに、基準を明確化し、容易に給与決定ができるようにする。
④ 合法性の確保
労働法上の問題点をクリアし、労務リスクの発生を抑制できる制度にする。
⑤ 納得性の確保
以上により、社員の納得性を高め、意欲的に働くことのできる労働環境を確保する。
なお、課題を実践する上で、次の3点に留意しながら進めていきました。
① 既得権を考慮しながら実践すること
ア)現状の支給額をベースにする。
イ)過去の実績(持ち越し分)をうやむやにせず、何らかの保障対策をする。
② Y社の特性を考慮すること
一般的な賃金制度では、業績に応じた報酬額の変動は賞与で行いますが、Y社では賞与支給がないため、給与に賞与相当分が含まれると考え、ある程度変動性のある仕組みも可とする。
③ 現行制度のメリットは維持する
現行制度で、社員のモチベーション向上に役立っているなど、労務施策として機能していると考えられるものはできるだけ維持する。
具体的取り組み
以下のように、賃金制度を改定しました。
① 固定基本給の設定
・3年間の給与を平均した額を仮月給額とし、そのうちの6割を基本給としました。
・基本給は、1年に1回の能力評価に基づいて決定します。具体的には、評価によって基本給テーブル上を昇給/降給するようにしました。
② 変動成果給の設定
・残りの4割は、業績評価に基づく成果給としました。業績評価指標には、粗利益以外にも、品質管理、工程管理、安全管理、顧客管理等を取り入れました。
・成果給については、一般の賞与部分を含むと考え、大きく変動するようにしました。これにより、現行制度と同様に、利益に貢献すれば高報酬が得られるという仕組みを残しました。
③ 営業手当の見直し
・営業手当を時間外労働手当の見合いとして明確化するとともに増額しました。
④ 持ち越し分の精算
・貯金として持ち越されていた分は、一時金で支払いました。
規模が小さな中小企業では、経営者自らが給与決定をしているケースも多いと思います。その中には、一般的な手法とは異なるユニークな方法で決定している会社もたまに見かけます。もちろん、企業が独自の賃金決定をすること自体は構わないのですが、一方で、煩雑性や不透明性、違法性などの問題を抱えていることもあります。
上記の事例は、そのような企業がどう改定を進めていけばよいかの考え方を示したものでもあります。ぜひ、参考にしてください。