
労働安全衛生法の改正により、2026年4月から高年齢者の労働災害防止が企業の努力義務となる。高年齢者の労働災害防止については、これまで「エイジフレンドリーガイドライン(高年齢労働者の安全と健康確保のためのガイドライン)」というのが示されていたが、今般の法改正に伴い、このガイドラインを引き継ぐ形で「高年齢者の労働災害防止のための指針」が公示された。
内容を見ると、第1「趣旨」、第2「事業者が講ずべき措置」、第3「労働者と協力して取り組む事項」、第4「国、関係団体等による支援の活用」という構成である。
以下、第2「事業者が講ずべき措置」を中心に、企業実務で重要となるポイントを整理する。
本指針の特徴は、高年齢者の労働災害を「個人の注意力の問題」としてではなく、「組織的な安全衛生管理」と「作業・環境・配置の見直し」によって防止するという考え方を明確にしている点にある。したがって、事業者に求められる措置は、単発の設備改善ではなく、経営方針から現場運用までを一体化したマネジメントの構築である。
まず重要なのは、安全衛生管理体制の確立である。指針では、経営トップ自らが高年齢者の労働災害防止に取り組む姿勢を示し、安全衛生方針にその内容を明記することを求めている。また、担当組織や責任者を明確化し、安全衛生委員会等で定期的に議論する仕組みを整えることが必要としている。実務上は、高齢者対策を現場任せにせず、経営方針と組織体制に組み込むことが出発点となる。
次に、リスクアセスメントの実施が中核的な措置として位置づけられている。高年齢者の身体機能低下を前提に、災害事例やヒヤリハットをもとに危険源を特定し、優先順位をつけて対策を講じることが求められる。対策の優先順位としては、危険作業の廃止や設計段階での除去といった根本対策を最優先とし、次いで設備改善、作業手順の見直し、個人装備の順で検討することが示されている。つまり、高齢者自身の注意力に頼るのではなく、高齢者でも安全にできる仕事に変えるという発想転換が求められている。
職場環境の改善では、転倒・墜落・腰痛・熱中症など、高年齢者に多い災害類型を踏まえた具体策が示されている。例えば、照度の確保、段差の解消、手すりの設置、防滑対策などの基本的な環境整備に加え、重量物の補助機器やアシストスーツの導入、介護作業におけるリフトの活用など、身体負荷を軽減する設備投資が推奨されている。また、暑熱環境では休憩場所の整備や水分補給の徹底、ウェアラブル機器の活用なども挙げられており、近年の熱中症対策とも整合的な内容となっている。
作業管理面では、勤務形態や作業内容の見直しが重要視されている。短時間勤務や隔日勤務の導入、作業スピードに余裕を持たせたマニュアルの整備、複数作業の同時進行による負担の軽減など、高年齢者の特性に応じた業務設計が求められている。ここでは、同じ仕事をそのまま続けさせるのではなく、仕事の設計自体を変えることが基本方針となっている。
健康や体力の状況の把握も、重要な柱の1つである。定期健康診断の確実な実施に加え、結果の意味を丁寧に説明し、本人が健康状態を理解できるようにすることが望ましいとされている。また、体力チェックの継続的実施により、事業者と本人の双方が体力水準を把握し、適した作業に配置することが求められている。フレイルチェックや転倒リスクのセルフチェックなどの導入も例示されており、健康状態を前提とした配置・作業設計が基本思想となっている。
さらに、把握した健康・体力情報に基づき、個別の就業上の措置を講じることが求められる。例えば、基礎疾患の状況に応じた労働時間の短縮、深夜業の削減、作業転換などである。こうした措置は産業医の意見を踏まえて実施し、本人との十分な話し合いのうえで合意形成を図ることが重要とされている。また、個人差が大きいことを前提に、健康や体力に適合した業務とのマッチングを行い、継続就業を支援することも求められている。
企業実務の観点から見ると、本指針のポイントは3点に集約できる。1つは、経営方針・組織体制として高年齢者対策を位置づけること。2つ目は、リスクアセスメントを軸に、設備・作業・配置を体系的に見直すこと。3つ目は、健康・体力情報を基にした個別対応と業務マッチングを行うことである。これらを一体的に運用することで、高齢者に無理をさせない職場ではなく、高齢者でも安全に働ける職場を実現することが、本指針の実務的な核心といえる。
人材不足の折、高齢労働者を重要な戦力と位置付ける企業は増えている。その貴重な戦力をより有効に活用していくための考え方を、あらためて整理するものとして、本指針はタイムリーであると評価できる。