2026/2/15

経営理念とワークエンゲージメント

 2月4日に日本生産性本部が公表した「上場企業の人的資本経営の浸透・従業員認知に関する調査」では、「経営理念の浸透」が「ワークエンゲージメント」や「心理的安全性」と相関していることが示されている。

 理念がよく浸透していると感じている従業員ほど、仕事に前向きに取り組み、職場でも安心して発言できているという傾向が確認されたのである。では、なぜ経営理念の浸透が、こうした心理状態を高めることにつながるのだろうか。

 まず、ワークエンゲージメントとの関係から考えてみたい。ワークエンゲージメントとは、仕事に対する「活力」「熱意」「没頭」といった前向きな心理状態を指す。単に忙しく働いている状態ではなく、仕事そのものに意味や価値を感じ、自発的に力を注いでいる状態である。

 このワークエンゲージメントを高める大きな要素となるのが「仕事の意味づけ」である。人は、自分の仕事が何に役立っているのか、どのような価値を生み出しているのかを認識できたときに、内面からの意欲が高まる。

 経営理念は、企業が何のために存在しているのか、どのような価値を社会に提供しようとしているのかを示すものだ。理念が浸透していれば、社員は自分の仕事を単なる作業ではなく、会社の理念を実現するための活動としてとらえられるようになる。その結果、仕事への熱意や没頭感が高まり、ワークエンゲージメントの向上につながる。

 また、理念は組織の判断基準を明確にする役割も持つ。会社として何を大切にしているのかが共有されていれば、仕事の優先順位や意思決定の方向性がわかりやすくなる。評価の基準も理解しやすくなり、「何をすべきがよくわからない」「上司によって言うことが違う」といった迷いが減る。こうした状態では、余計な不安や葛藤が減り、仕事そのものにエネルギーを注ぎやすくなる。これもワークエンゲージメントを高める要因となる。

 さらに、理念に共感できると、社員の中に「この会社の一員である」という意識が生まれる。自分の価値観と会社の価値観が重なってくると、会社の成長を自分のことのように感じられるようになる。このような組織への一体感は、仕事への主体性やコミットメントを高め、結果としてエンゲージメントの向上につながる。

 次に、心理的安全性との関係である。心理的安全性とは、「この職場では自分の意見を言っても大丈夫だ」「失敗しても不当に責められない」と感じられる状態を指す。近年、チームの成果を高める要素として注目されている概念である。

 経営理念が浸透している職場では、「何が望ましい行動か」「どのような価値観が重視されているのか」が共通言語として存在する。そのため、発言や行動の判断基準が共有されやすくなる。自分の意見や提案を、理念に照らして説明できるため、「こんなことを言ったらおかしいと思われるのではないか」という不安が減る。これが、安心して発言できる土台となる。

 また、理念が判断基準として機能するようになると、評価が価値観との整合性に基づいて行われ、人によるブレが少なくなる。上司の好き嫌いやその場の空気によって評価が左右される組織では、発言や挑戦には大きな心理的リスクが伴う。しかし、理念という共通の物差しがあれば、意見の対立があっても、どちらが理念に近いかという建設的な議論にしやすい。人格否定や感情的な衝突が起こりにくくなり、心理的安全性が高まると考えられる。

 さらに、理念が共有されていると、議論の焦点が「誰が正しいか」ではなく「会社の理念に照らして何が最善か」に移る。共通の目的があることで、対立が個人攻撃に発展しにくくなり、建設的な対話が生まれやすくなる。これも心理的安全性を支える重要な要素である。

 このように考えると、経営理念は単なるスローガンではなく、仕事の意味と行動の基準を同時に与える存在であると言える。仕事の意味が見えれば、社員は前向きに仕事に取り組むようになる。行動の基準が共有されれば、安心して意見を述べたり挑戦したりできるようになる。その結果として、ワークエンゲージメントと心理的安全性の双方が高まるのである。

 近年の人的資本経営の視点では、評価制度や報酬制度、柔軟な働き方といった仕組みに目が向きがちである。しかし、従業員の心理状態に直接働きかけるのは、むしろ理念や価値観の共有といったソフトのインフラである。理念を単なる額縁の中の言葉に終わらせず、日々の判断や行動に結びつけていくことが、活力のある組織に重要であることを再認識したい。         

 


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