2026/1/11

70歳就業確保措置が進まない

 昨年12月に公表された令和7年「高年齢者雇用状況等報告」によると、70歳までの就業機会を確保する高年齢者就業確保措置を実施済みの企業は34.8%にとどまっている。

 2021年4月の制度施行から5年が経過したが、普及は緩やかである。労働力不足のなか、高齢者活用の重要性も高まっているはずだが、この数字をどうとらえればよいのか。単に企業の消極姿勢で単純に片づけてしまうのは適切ではない。そこには制度設計と企業経営の現実が交錯し、いくつかの構造的要因が横たわっていると考えられる。

 1つ目は、やはり努力義務という位置づけである。65歳までの雇用確保措置が義務であるのに対し、70歳までの就業機会確保は努力義務にとどまる。未実施であっても、是正指導や罰則、企業名公表といった直接的な不利益は生じない。その結果、「将来的な課題として認識はしているが、当面は見送る」という選択が合理的な経営判断として成立してしまう。法制度が強いメッセージを発していない以上、企業の動きが鈍くなるのは当然の帰結ともいえる。

 次に、人件費と処遇設計への不安が根強い点である。70歳までの就業を制度として位置づける以上、賃金水準や評価基準を一定程度明確にする必要がある。しかし、賃金をどこまで下げるのか、責任や役割をどう軽減するのか、若手・中堅とのバランスをどう説明するのかといった点は、どれも簡単ではない。処遇設計を誤れば、組織全体の納得感やモチベーションに悪影響を及ぼすおそれもある。そのため、恒久的に制度化するよりも、とりあえず個別対応にとどめたいという心理が働きやすい。

 3つ目に、制度イメージを描きにくい点がある。70歳までの就業確保措置は、継続雇用に限らず、他社での就業、業務委託、社会貢献事業への従事など、多様な選択肢が用意されている。一見すると柔軟な制度であるが、裏を返せば、どれを選ぶべきかわからない制度でもある。特に中小企業では、高齢者向けに職務を再設計したり、業務委託と雇用の線引きを整理したりする余力が乏しい。実施しようと思っても、制度設計の負担が重く感じられ、結果として先送りされやすい。

 「65歳」と「65歳超」の間に存在する心理的な壁も無視できない。以前に比べれば、60歳以上でも十分に働けるという認識は社会に広まっている。ただ、それも65歳までであり、65歳超の労働者に対しては、年金をもらえる年齢であり、基本的に労働市場から退くというのが一般的な認識だろう。働くにしても、せいぜい例外的・補助的な就業というイメージだ。そうすると、70歳まで働くことを前提に制度を組み立てることに対し、体力や健康状態の個人差、労災リスクへの懸念から慎重にならざるを得ない。この65歳超就業への抵抗感も、制度整備をためらわせる要因と考えられる。

 これらの要因に加えて、制度施行のタイミングも悪かった。施行後の5年間は、コロナ禍や物価高、賃上げ圧力といった経営環境の激変期と重なっている。企業にとっては、短期的な生き残りや人件費全体の見直しが優先され、中長期的な雇用制度改革に踏み込む余裕を持ちにくい時期であった。高年齢者就業確保が後回しにされた背景には、こうした外部環境の影響も大きい。

 個々の企業からすると、「他社がやっていないのだから、まだやる必要はない」「いずれ義務化されるのだから、その時に対応すればよい」という様子見が続いており、結果として、なかなか進まないのが実態といえよう。

 ただ、実施率は前年に比べて伸びてはいる。来年以降、これがさらに伸びれば、以後は加速度的な普及も想定される。良くも悪くも横並びを好むのが日本の企業。70歳就業確保措置に関して、その正の側面が現れることを期待したい。         

 


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