リクルートマネジメントソリューションズ社の「2026年新卒採用 大学生の就職活動に関する調査」によれば、仕事に求めるもの(3つ選択)として「安定」が過去10年で最も高い水準(45%)となる一方で、「チャレンジ」「理想」「競争」といった、従来であれば対極に置かれがちな価値観の選択率も高まっていることがわかった(たとえば、「チャレンジ」は20卒15.3%→26卒22.0%)。一見すると矛盾しているように見えるこの結果は、近年の就活生の価値観を読み解くうえで重要な示唆を含んでいる。
まず、「安定」と「チャレンジ」は必ずしも相反するものではなくなっている点に注目すべきである。現在の就活生が求める「安定」とは、かつての終身雇用や年功序列といった制度そのものではない。雇用が突然失われないこと、生活が成り立つこと、失敗しても再起できることといった、最低限の生活的・心理的安全性が確保されている状態を指していると考えられる。その土台があって初めて、自己成長や達成感につながる「チャレンジ」に向き合えるという発想である。言い換えれば、彼らが求めているのは「不安定でもいいから挑戦したい」ではなく、「安心できる環境の中で挑戦したい」という姿勢である。
この背景には、環境不確実性の高まりがある。コロナ禍、物価上昇、地政学リスク、生成AIによる職業構造の変化などを通じて、将来が見通しにくいことを実感しながら学生時代を過ごした世代にとって、リスクを全面的に引き受ける挑戦は現実的ではない。また、親世代が経験した就職氷河期や成果主義の負の側面を間接的に学習していることも、「まずは安定を確保したい」という志向を強めている。
同時に、「専門性」志向が低下傾向(23卒18.4%→26卒14.4%)にある点も、この価値観と無関係ではない。就活生にとって専門性とは、深く尖る一方で、陳腐化した場合の逃げ場が少ないものとして認識されやすい。AI代替リスクや職種固定への不安を考えると、早期に専門へコミットすることは、むしろ不安定さを高める選択に映る。数年前までは、これからの時代、プログラミングスキルは必須と言われたが、今や生成AIの出現により、その必要性は一気に萎んでしまっている。まずは汎用性の高いスキルや幅広い経験を通じて選択肢を確保し、その後に専門性を選びたいという「選択の先送り・柔軟性志向」が強まっていると考えられる。
こうした価値観を持つ新卒者をマネジメントするうえで、上司に求められるのは、「安心」と「挑戦」を同時に設計する視点である。まず、評価や配置、失敗時の扱いといったルールを明確にし、不安定さを見える化して取り除くことが不可欠である。そのうえで、期限や成果が明確で、失敗しても回復可能な小さなチャレンジを段階的に与えていくことが有効となる。
また、競争についても、他者との比較ではなく、過去の自分との比較やスキルの到達度といった成長軸に翻訳する工夫が求められる。専門性については、早期に押し付けるのではなく、選択肢と入口を可視化し、自発的に踏み出せる余地を残すことが重要だろう。
「安定」と「チャレンジ」を併せ持つ価値観は、決して矛盾ではない。それは、不確実な時代において合理的に形成された、新しいキャリア観の表れである。この前提を理解することが、これからの採用・育成・マネジメントの出発点となる。