9月2日、部下に対するパワーハラスメント行為により懲戒免職処分を受けた消防職員の男性が処分の取り消しを求めた上告審で、最高裁は取り消しを認めた福岡高裁判決を破棄し、男性の逆転敗訴が確定した。
公務員、かつ、消防署員という特殊な労働者であるが、パワハラによる懲戒解雇の例として、民間企業でも参考になると思われるので、その内容を整理しておきたい。最高裁の判例から、経緯をまとめると以下の通りである。
・男性は、1993年4月に消防職員として採用され、2002年4月に消防士長に、2010年4月に消防司令補に昇任し、2017年3月当時、福岡県糸島市消防本部で係長を務めていた(筆者注:昇進スピードとしては標準的と思われる)。
・本件以外の懲戒処分歴はない。
・2016年6月頃に消防本部において実施された職場環境改善に関するアンケートでは、「パワハラがまん延している」「職場環境が原因で若手職員が退職した」「外部調査等の対処をしてほしい」などの回答が出された。
・2016年7月頃、糸島市長は、パワハラの実態調査要望する消防職員有志一同からの文書提出を受けた。これを受け、市長は消防職員に対する事情聴取を実施。
・2017年3月、消防長がパワハラを理由に男性を分限免職処分とした。
・男性が処分を不服として福岡地裁に提訴。
・2022年7月、福岡地裁は、懲戒免職は重きに失するとして取消しの判決。
・1審で処分の取消しを受け、消防職員66人が男性の職場復帰に反対する書面を提出。
・2024年1月、2審の福岡高裁も1審の取消判決を維持。
判例では、2003年頃から2016年11月までの間に男性が行ったハラスメントの具体的内容が、7ページにもわたって示されている。一部、抜粋してみよう。
・職員が参加する旅行で訪れた宿泊施設において、Dを呼び出し、「とりあえずそこで腕立て伏せしとけ」と命じた。同人が、約5分間、腕立て伏せをした後、部屋に戻ったところ、男性は、Dの携帯電話に電話をかけ、留守番電話に「ぶっ殺すぞ、お前」と大声でメッセージを残した。
・Hの身体を鉄棒に掛けたロープで縛った状態で懸垂をさせ、同人が力尽きて鉄棒から手を放すと、上記ロープを保持して数分間宙づりにし、更に懸垂をするよう指示した。
・潜水ボンベを1本ずつ両手の人差し指と中指に挟んで持たせた状態で、車庫内を往復させ、同人が潜水ボンベを地面に降ろすと、ペナルティとして、腕立て伏せをさせたり、同僚を担いで走らせたりした。
・「お前を恐怖で支配するけん」「宇宙は太陽が中心やろうが。ここでは俺が太陽たい。俺を中心に仕事をしろ」などの強迫的発言。
・訓練中に動きが悪くなったJに対し、「丈夫に産んでくれんやった親が悪い。残念やね」など、家族の中傷。
旧軍隊を彷彿とさせる陰湿な言動である。10~20年前のことで、今ほどパワハラに敏感でなかったとはいえ、このような言動を示す職員を長期間放置していたことにも驚かされる。上記に述べた通り、普通に昇進もさせている。
これに対する下級審の判示は以下である。
「被上告人がした各指導は、訓練やトレーニングとして通常行われる範囲を逸脱したものではあるけれども、逸脱の程度が特段大きいとまではいい難い。各発言についても、これにより精神的に苦痛を受けた者が相当数に上るものの、言い過ぎの面や、表現が適切でなく、口の悪さが現れたにすぎないところもある。被害を受けた職員に重大な負傷も生じていないことを踏まえると、被上告人がした非違行為による他の職員及び社会に対する影響が特に大きいとまではいえない上、被上告人が、本件処分以前に懲戒処分を受けたことがなく、訓練やトレーニングの際の指導等につき個別に注意等を受けたとの事情も見当たらないこと、被上告人が一定の反省の態度を示していること等をも考慮すると、懲戒の中で最も重い免職を選択した本件処分は、重きに失するものとして社会観念上著しく妥当を欠き、裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用した違法なものである」
という論旨で、懲戒免職処分を否定した。注目したいのは、「個別に注意等を受けたとの事情も見当たらない」の部分である。途中で注意・改善を促していれば、懲戒免職を認める判断になったかもしれない。普段、注意もせずに、いきなり解雇するのは後でもめる可能性がが高いということだ。
一方、最高裁は以下の判断を下した。
「部下に傷害を負わせるものであるか否かにかかわりなく、訓練やトレーニングに係る指示や指導としての範ちゅうを大きく逸脱するものというほかない。また、各発言には、部下に恐怖感や屈辱感を与えたり、その人格を否定したりするもののみならず、その家族をも侮辱したりするものも含まれている。このように、本件各行為は、部下に対する言動として極めて不適切なものであり、長期間、多数回にわたり繰り返されたものであることにも照らせば、その非違の程度は極めて重いというべきである。(中略)各指導を含む本件各行為が、部下に対する悪感情等の赴くままに行われた部分が大きかったことからしても、被上告人が本件各行為に及んだ経緯に酌むべき事情があるとはいえない。(中略)消防組織においては、職員間で緊密な意思疎通を図ることが職務の遂行上重要であることにも鑑みれば、本件各行為が及ぼす上記のような悪影響は看過することができないものである」
として、懲戒免職処分を肯定した。注目したいのは、被害者だけでなく、組織に及ぼす悪影響を指摘した点である。裁判官の補足意見として、「原審は、(中略)本件各行為が全体としてどのような悪影響をもたらすものであるかをも十分に評価すべきであった」ことも付記している。
パワハラをはじめとするハラスメント行為は、被害者個人のみならず、他の社員に与える影響も大きい。ハラスメント行為の処分にあたって、この点も考慮する必要があることを再確認できる判例といえる。