残業は業務委託にして、時間外割増賃金や社会保険料負担を減らす―。いろいろなことを考えつくものだと感心する。どこかのブラック企業かと思いきや、実は、政府が認めたアイデアだ。
「残業から副業へ。すべての会社員を個人事業主にする」。内閣府が、出向者を含めた全職員を対象に実施・募集した「賃上げを幅広く実現するための政策アイデアコンテスト」で優勝アイデアに輝いた2件のうちの1つである。
内閣府のHPに掲示されたスキームによると、
・残業を禁止する
・従業員は定時以降、個⼈事業主として残業相当分の業務を企業から受託する
ことにより、法改正や新たな財源なしに従業員の⼿取り額を増やすことができ、さらに企業のキャッシュフローも改善できるということだ。ついでに、副業にあたってリスキリングが不要なこともウリにしている。確かに副業といっても日常業務なのでリスキリングの必要性はない。
さらなる手取り額アップ要因として、『「有給休暇を取って、事業者として働く」という新たな選択肢が⽣まれ、仮に年10⽇分の未消化有給を委託業務にあてた場合、約20万円の年収アップとなる』ことも挙げている。有給休暇を使って会社の仕事をするという”斬新なアイデア”である。
いろいろと突っ込みどころのあるスキームだが、最大の問題は、労働契約と業務委託契約の違いをまったく認識していないことだろう。一連の社員の業務を、定時までは使用者の指揮命令に基づく労働契約で、時間外は基本的に業務を委ねる業務委託契約で、と都合よく切り分けられるはずがない。
もう1つの問題は、受注額から源泉徴収をされるし、さらに所得税・消費税の確定申告もしなければならないことだ。スキームではこの点が欠けており、受注額をそのまま受け取れるような認識となっている。
これらの問題から、企業側はともかく、社員にメリットがあるとは思えない。
当然ながら、このような内閣府の表彰に批判的な声が寄せられている。朝日新聞は、「労働法規制や社会保険料の支払い義務を免れるための“脱法スキーム”を推奨しているともうけとられかねない内容」と指摘。
日本労働弁護団も、「労働者の生命・健康等を保護するための労働基準法の労働時間規制、そして相互補助に基づく社会保険料の負担を免れることを目的とするもので大きな問題があります」と批判。
なぜこのような杜撰ともいえるアイデアが優勝となったのか疑問である。内閣府は、「応募アイデア総数の36件の中から、アイデアの新規性や詳細度、実現可能性の観点からの評価と、応募者からのプレゼンテーションにより」決定したとのことだが、新規性はともかく、実現可能性はゼロといってよいはずだ。
他に適切なのはなかったのかと、次点となる優秀アイデアを確認してみたが、こちらの方はまともで、むしろ「残業から副業へ」よりも優れているように思えた。あえて炎上ネタを優勝させたのか。それとも日ごろ規則にうるさい厚労省への当てつけなのか。
などと、原稿を書いていたところ、今日、HPをあらためて確認すると、「アイデアの概要については、一定の周知期間が経過し、個人情報が含まれること等を考慮の上、掲載を終了しました」とあった。さすがに公にしておくのはマズイとの判断が働いたようである。