2022/9/25

職員のミスを給与カットで補填

 先日、茨城県常陸太田市で、職員のミスにより発生した損失を全職員の給与カットで補填するというネット記事を見かけた。どういった状況か、複数の記事をまとめると以下の通りである。

・今年4月に完成した水道工事で、稼働直後にマンホールから下水が噴き出すトラブルが発生。
・原因は、市の担当者の計算ミスによるポンプの能力不足。改修には約4億円が必要。
・すでに市長ら特別職3人が給与を減額、担当職員6人が減給の懲戒処分。減額分は580万円で工事費用に充填。
・さらに、1年半にわたって市長ら特別職は5%、一般職員は1~2%の給与を減額し、改修費用のうち、7,588万円を補填する条例改正案を市議会に提出。
・負担額は、平均して1人約13万円。
・内容について、市の職員組合とは合意済み。

 今後、市議会での審議があるとはいえ、民間企業では考えられない、というか自治体でも異例の対応だと思うが、市長は、「組織的体制が原因であり、市民への説明責任の観点からの措置と理解してほしい」と説明しているそうだ。

 さて、本件、民間でも同様に一社員のミスで生じた損失を、給与カットによって全社員に負担させることができるだろうか。

 給与の減額といった労働条件の不利益変更は、個別の同意を得るか、就業規則の変更によるもの、あるいは労働協約によるものでなければならない。

 このうち個別の同意については、同意する社員もいるだろうが、そうでない社員も出てくるはずである。同意には、「労働者の自由な意思に基づいてされたものであると認めるに足りる合理的な理由」が必要なので、十分な説明もなく、単にサインを求めるといった手法ではNGである。そう考えると、全社員の同意を得るのは相当に困難な作業となる。

 その点、就業規則の変更であれば労働者の合意は必要ないが、変更内容が合理的でなければならない。さらに、賃金等の重要な労働条件の変更には「高度の必要性」が求められる。損失が甚大で、企業の存続が危ういような状況ならともかく、関連部署意外に全社員に責任を負わせるようなやり方は無理があるといえる。

 労働協約も同様の観点から、労使合意は困難と思える。仮に合意できても、組合員以外には個別の同意が必要となり、その難しさは上記に述べた通りである。

 このように全社員の給与カットは困難だが、損失が業績に影響して賞与原資や昇給原資が少なくなり、結果として社員の収入減少につながるというのであれば、社員のモラールはともかく、法的には問題ない。

 もう1つ、ミスによって生じた損失を個人は補償しなければならないだろうか。

 公務員の場合は、国家賠償法第1条に次の定めがある。

「その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。
②前項の場合において、公務員に故意又は重大な過失があったときは、国又は公共団体は、その公務員に対して求償権を有する。」

 本件がこれに該当するかどうかは不明だが、ともかく、個人で補償しなければならないケースもありうるということだ。これに備えて、公務員賠償責任保険制度という民間保険があり、一部の公務員は任意加入しているそうだ。

 民間企業であっても同様に民法に基づき、個人で賠償義務が生じる可能性はある(参照ミニコラム「労働者の損害賠償責任」)。おそらく多くの企業の就業規則には、「故意または過失によって会社に損害を与えたときは、損害の全部または一部の賠償を求めることがある」との規定があるはずだ。もっとも、実際には、社員に全額賠償を求めるのは困難なのだが、この点は以前の記事を参照してほしい。

 さて、その後、常陸太田市の改正案がどうなったかといえば、「審議する時間が足りない」との理由で、12月の定例会以降での継続審査になった。まさか世間の注目を集めるとは思ってなかっただろうが、結果はどうなるか。

 このまま可決となると、ブラックな自治体との印象を世間に与えてしまう。一方で否決となれば、ムダな税金を使ったと職員は一部市民の厳しい視線を受けざるを得ない。筆者の予想は、『「職員全員に負担させることまでしなくてもいいのでは」との市民の声が多いことから、特別職だけをカットする』に1票である。       

 


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