「年収の壁」議論がにぎやかである。最もホットなのは所得税に係る「103万円の壁」だが、これはどうやら取り払われそうである。そうなると次なる壁は、社員数51人以上の企業で働くパートなどが、厚生年金・健康保険への加入義務が生じる「106万円の壁」だ。
ただ、この壁も撤廃する方向にあることが、11月15日の厚生労働省・社会保障審議会年金部会で示された。年収要件に加えて従業員数の要件もなくすが、労働時間が週に20時間以上という要件は残すとのことだ。年収の額に関係なく加入する仕組みに改める方針だが、保険料負担を嫌って週20時間を超えないよう働き控えする人は残る。これだと実質的に壁を撤廃したとはいえない。
そこで出てきたのは、労使が合意すれば、パート労働者が負担する年金保険料の一部を企業が肩代わりする特例(時限措置)を導入するという案である。
実現すれば、現在は労使折半である保険料が、A社では会社が7割負担・社員が3割負担、B社では会社が6割負担・社員が4割負担といった具合に、企業ごとに負担する保険料を変えられることになる。
ちなみにこの仕組みは健康保険法ではすでに認められており、実際、国が運営する協会健保は労使折半だが、企業が運営する健康保険組合のほうは、会社負担割合が多い組合がたくさん存在する。
社会保障審議会では賛否が分かれたが、議事録を見る限り、どちらかと言えば反対意見の方が優勢のようだ。反対意見には、次のようなものが上がっている。
「特例ができてしまった場合、今度はその特例を維持しよう、この特例の上限金額を上げようとなり、これが新たな壁となり、その中で就業調整すると男女の賃金格差が改善されない」
「常識的に考えれば、事業主負担割合を増やせるのは大企業になる。そうなると、同じ賃金の労働者でも、大企業だと本人の保険料負担が軽くなって、中小企業だと本人の負担は軽くならないという格差が生まれる。既に健康保険ではそのような状態も存在する」
「厚生年金に当てはめたとき、恐らく個々の企業ごとに比率を調整する仕組みになるかと思うが、負担率を上げられる中小企業が多いとはとても思えない。待遇格差を助長し、人材の流出を深刻化させるだけだと思う。また、社内で差をつけることなど、従業員の少ない企業ではあり得ない」
「一旦つくった特例はやめることがやはり難しくなると思う」
一方、賛成意見は以下の通りである。
「労使が社会保険料負担を交渉で調整するのは、健康保険組合同様に本来の社会保険制度であってもいいはず」
「事業主が被保険者の保険料負担を軽減する提案は、どの制度がベストかではなくて、今の支援強化パッケージとかよりはましだという話」
「就労調整の生じる可能性の高い収入層に限って、労使合意による使用者の負担割合の増加を許容する」
もろ手を挙げて賛成というよりは、消極的に賛成というスタンスが多いようだ。
実際、この制度が実現すれば、大企業への人材シフトはもとより、中小企業間での人材移動もこれまで以上に激しくなるだろう。反対意見にもあるように、中小企業(多分、大企業もだが)において、一定の社員にだけ保険料負担を減らすような仕組みを設けるのは、公平性の観点から難しい。ただ、全社員対象となると企業の負担増は相当なものとなる。また、負担率が全社員一律であれば、高収入の正社員ほど負担額が少なくなるのも、それはそれで不合理といえる。
会社負担の増える経済団体(特に中小企業の多い日商など)が賛成するとは思えないし、規模間格差が拡大することから労働団体も反発するだろう。
11月27日に開かれた会議では、この話は議題に乗っていなかった。どうやら「今後の検討課題」として、うやむやのうちに終わるのでは? というのが筆者の見立てである。