2025/7/20

黒字での希望退職募集

 先日、パナソニックの希望退職募集が報じられた。対象は勤続5年以上の40~59歳の社員と64歳以下の再雇用者で、応募した社員には最大で数千万円を退職金に上乗せするとのことである。

 希望退職募集といえば、赤字決算などの業績不振に伴って実施されるのが一般的であった。今年の5月に、45歳以上の事務職を対象に行うとした日産自動車は、その典型例だ。だが、近年は、業績が特に問題なくても実施される黒字リストラが増えている。

 東京商工リサーチによると、2024年に「早期・希望退職募集」が判明した上場企業は57社(前年41社)で、件数は前年から39.0%増加している。内訳をみると、直近決算で黒字企業が34社と約6割を占めている。冒頭のパナソニックも2024年度決算は、営業利益1279億円、EBITDA2509億円と財務的に特に問題はないようだ。

 黒字リストラの背景・目的には、以下のものがある。

①技術革新や市場環境の変化に対応するため、成長分野へのシフトや事業再編を進めるため
②中高年層の人件費負担が大きく、賃金カーブの見直しや若手への世代交代を図るとともに、成長事業に必要なスキルとのミスマッチを解消するため
③黒字のうちに計画的な人員整理を行うほうが、制度設計や退職金上乗せなど社員への配慮がしやすく、組合との協議や再就職支援も比較的スムーズに行えるため
④短期的な黒字よりも構造改革を優先し、中長期的な収益性向上を重視する姿勢を示すことで、株主・投資家に経営効率化をアピールするため

 ①に関しては、米国の関税政策や中東の地政学リスク等から環境変化の不透明さは高まっており、黒字リストラの必要性は増していると言えそうだ。②は、単にコスト削減だけでなく、人的資本の充実が求められているということだ。

 また、③に関しては、人手不足が深刻化している現在、中高年層であっても以前に比べれば再就職しやすくなっており、社員の退職への抵抗感も小さいと思われる。④は、近年の外資アクティビストをはじめとする「物言う投資家」が増加していることが背景にあるのは間違いない。

 一方で、黒字企業が希望退職を募集する場合、以下のようなリスクがある。

①優秀な人材の流出
 好条件の退職金、転職環境は、企業が残ってほしい人材にも魅力的であり、そういった人材の流出が想定される。
②社員の士気低下・不信感
 黒字でも人員整理を行うことで、社員が「会社に将来性がないのでは」と感じ、不安や不信が広がる可能性がある。
③企業イメージの悪化
 外部から「人を切る企業」という印象を持たれると、採用や取引先との関係に悪影響が出る可能性がある。アクティビストはともかく、一般消費者が人員削減によいイメージを持つことは少ない。
④業務の混乱・一時的な生産性低下
 経験者の大量退職により、ノウハウが失われたり引き継ぎが不十分になったりして、短期的に業務効率が落ちる可能性がある。実際のところ、ベテラン社員が現場を支えているケースは多い。いなくなることの影響は予想以上に大きいかもしれない。

 昨今の経営環境を踏まえると、大企業では黒字リストラが加速しそうである。手遅れになってから実施するよりは望ましいが、人材・風土・ブランドの面で大きな代償を伴うリスクがあることは知っておく必要がある。         

 


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