マイナビの「【正社員1.8万人に聞いた】2026年夏ボーナスに関する調査」によると、「賞与が少ないことがきっかけで転職を考えたことがあるか」という質問に対し、42.9%が「ある」と回答している。そのうち58.2%は、実際に転職に至っている。賞与の低さが、社員の離職に一定の影響を及ぼしていることがうかがえる。
一方、「賞与が予想より高かった」ことで転職を思いとどまった経験がある人は16.8%にとどまる。低い賞与は離職のきっかけになりやすいのに、高い賞与が定着を促す効果は限定的である。なぜ、このような非対称性が生じるのか。心理学の理論を手がかりに考えてみよう。
1.人は得よりも損に敏感
プロスペクト理論によれば、人は得をした喜びよりも、損をした悲しみを強く感じる。たとえば、本人が「今年の賞与は60万円程度」と予想していたのに、実際には40万円であれば、20万円を失ったように感じる。反対に80万円だった場合、20万円の上振れはうれしいものの、その心理的影響は、同額の下振れほど大きくない。
したがって、予想より低い賞与は強い不満や離職行動につながりやすい一方、予想より高い賞与による満足は一時的なものにとどまりやすい。
2.金銭的報酬は不満要因にはなるが、満足要因にはなりにくい
ハーズバーグの動機づけ・衛生理論では、賃金や労働条件は「衛生要因」とされる。衛生要因は、不十分であれば強い不満を生じさせるが、十分に与えられても、満足を高めるとは限らない。一方、仕事の達成感、承認、成長、責任、昇進機会などは、満足につながる「動機づけ要因」とされ、衛生要因とは異なる作用を持つ。
この理論を賞与に当てはめると、低い賞与は退職を考える理由になりやすい。一方、高い賞与は不満を一時的に和らげることはできても、仕事内容、人間関係、上司、キャリア、働き方などに不満が残っていれば、社員が会社にとどまる根本的な理由にはなりにくい。
3.心理的契約の違反
社員が問題にするのは、賞与の金額だけではない。賞与は、会社からの評価を象徴するものでもある。予想より低い場合、「努力を認めてもらえなかった」「会社は自分を大切にしていない」「今後も昇給や昇進は期待できない」といった認識につながりやすい。
これは、会社と社員の間に暗黙に存在する「努力すれば相応に評価される」という心理的契約が破られたと受け止めるためである。心理的契約の違反は、会社への不信感や組織への愛着の低下、転職意向の高まりなどにつながることが知られている。
一方、高い賞与は、「自分が成果を上げたのだから当然だ」「会社の業績がよかっただけだ」と受け止められることもある。そのため、低い賞与が会社への強い不信を生むほどには、高い賞与が会社への愛着や忠誠心を高めない場合がある。
4.低い賞与が「最後の一押し」になる
離職は賞与だけで決まるわけではない。すでに仕事内容、長時間労働、人間関係、処遇、会社の将来性などに不満を抱えている社員にとって、低い賞与は「この会社に残る理由はない」と判断する最後の一押しになり得る。
これに対し、高い賞与が支給されても、それまで抱えていた不満がすべて解消されるわけではない。つまり、低い賞与は複数の不満を一気に顕在化させる強いきっかけになるが、高い賞与だけで複数の離職理由を打ち消すことは難しいのである。
以上から、賞与には「低すぎると社員が辞める。高くすれば社員が定着する」という単純な関係は成立しにくいと考えられる。
マイナビの調査では、賞与に関するフィードバックの有無が、支給額への納得感に一定の影響を与えることも示されている。企業に求められるのは、単に高い水準の賞与を支給することだけではない。支給額の根拠を説明し、評価について丁寧にフィードバックするなど、社員の納得感を高めるコミュニケーションが重要である。