2026/1/18

経団連の裁量労働制改革案

 裁量労働制は、労働時間制度の中でも導入が進んでいない制度の1つである。厚生労働省の令和4年就労条件総合調査によれば、裁量労働制の導入割合は、専門業務型が2.2%、企画業務型が0.6%にとどまっており、導入企業は決して多くないのが現状だ。1988年に施行されてから40年近く経つが、その活用は限定的である。

 背景には、対象業務が法令で厳格に限定されていることがある。企画業務型では企画、立案、調査、分析を行う業務に限られ、専門業務型では法令で列挙された20業務のみが対象となる。この枠組みは制度の濫用を防ぐ一方で、実態として高い裁量性を有する業務であっても対象外となるケースを数多く生んできた。

 こうした状況を踏まえ、経団連は昨年9月に公表した「2025年度規制改革要望」の中で、過半数労働組合との十分な協議、健康確保措置の徹底などを条件に、裁量労働制の対象業務を労使の合意によって決定できる仕組みを創設すべきだと主張している。いわば、「法令による一律規制」から「労使自治」への転換である。この提案は、働き方改革の次の段階を考えるうえで重要な論点を含んでいる。

 まず、期待される効果として挙げられるのは、業務実態に即した制度設計が可能になる点である。DX推進、新規事業開発、顧客ごとのソリューション設計など、従来の業務区分ではとらえきれない仕事が増えている。これらの業務は成果や判断の質が問われる一方、時間で管理することになじまない場合も多い。労使で議論したうえで対象業務を定められるようになれば、産業構造や仕事の変化に制度が追いつく余地が広がる。

 また、成果やプロセスを重視する働き方への転換を後押しする効果も期待できる。裁量労働制は本来、「何時間働いたか」ではなく「どのような成果を出したか」で評価するための制度である。対象業務の柔軟化は、形だけの時間管理から脱却し、自律的な働き方を促す契機になり得る。特に高度人材の確保やイノベーション創出という観点では、一定の合理性がある。

 さらに、労使自治の成熟という側面も見逃せない。対象業務の妥当性や健康確保措置について労使で議論を重ねる過程は、制度を導入すること自体ではなく、どう運用するかに目を向けさせる。裁量労働制が形式的に敬遠されてきた背景には、制度の難しさ以上に、運用への不信感があったとも言える。労使協議を前提とすることで、その不信を和らげる可能性はある。

 一方で、懸念も少なくない。最大のリスクは、裁量性の乏しい業務への拡大適用である。業務の進め方や業務量、納期が実質的に会社・上司によって決められているにもかかわらず、「裁量がある」と形式的に整理されれば、長時間労働の温存や残業代不払いを招きかねない。制度の柔軟化が、結果として労働者保護の後退につながる可能性は否定できない。

 加えて、日本の労使協定の脆弱性も課題である。労働組合が存在しない企業は多く、過半数代表が実質的な交渉力を持たないケースも少なくない。労使合意を前提とする制度設計が、必ずしも対等な合意を意味しない点には注意が必要である。

 健康確保措置についても、制度として整備されていても実効性が伴わなければ意味をなさない。裁量労働制は見えない長時間労働を生みやすい制度であり、業務量そのものをどう管理するのかという問題は残る。自己管理に過度に依存した制度運用は、メンタルヘルス不調の増加を招くおそれがある。

 総じて言えば、裁量労働制の対象業務を労使自治に委ねることは、成熟した労使関係とガバナンスを前提とすれば、有効に機能する可能性を持つ。一方で、その前提が欠けたまま制度だけを開放すれば、制度の趣旨とは逆の結果を招きかねない。

 裁量労働制を「柔軟な働き方の切り札」と位置づけるのか、それとも「慎重に扱うべき例外」と考えるのか。労使の対立点はそこにある。どちらも正論であるだけに、身動きが取れなくなっているのが現在の裁量労働制の立ち位置と考えられる。         

 


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