2020/10/19

非正規社員の待遇格差判決~その1

 
 今月の13日と15日に正社員と非正規社員との待遇格差に関して、経営者・人事労務担当者が注目する最高裁の判決が下された。13日は会社側の勝訴、15日は労働者側の勝訴と、事前に打ち合わせたわけではないと思うが、結果的にバランスの取れた判決となった。どちらか一方に偏れば、最高裁は「多くの会社をつぶす気か」あるいは「非正規に冷たい」との非難が高まったかもしれない。

 それはともかく、2つの裁判結果は今後の非正規社員の待遇(特に賃金)に大きな影響与えるので、ポイントを押さえておく必要があるだろう。まずは13日の判決である。

 13日に最高裁第3小法廷で行われたのは次の2件である。

1.大阪医科大学事件
 正職員に対して賞与を支給する一方で、アルバイトに対してこれを支給しないという労働条件の相違が改正前の労働契約法20条にいう不合理に該当するか

2.メトロコマース事件
 正社員に対して退職金を支給する一方で、契約社員に対してこれを支給しないという労働条件の相違が改正前の労働契約法20条にいう不合理に該当するか

 ●労働契約法20条
 有期労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件が、期間の定めがあることにより同一の使用者と期間の定めのない労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件と相違する場合においては、当該労働条件の相違は、労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない。

 結論としては、いずれも「不合理とは認められない」ことになった。以下、大阪医科大学の判決理由のポイントを整理してみよう。

・賞与は、その支給実績に照らすと、被告(=大学)の業績に連動するものではなく、算定期間における労務の対価の後払いや一律の功労報償、将来の労働意欲の向上等の趣旨を含むものである。
・教室事務員である正職員と原告(=アルバイト職員)の労働契約法20条の「業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度」(以下「職務の内容」)をみると、両者の業務の内容は共通する部分はあるものの、原告の業務は、その具体的な内容や原告が欠勤した後の人員の配置に関する事情からすると、相当に軽易であることがうかがわれる。
・教室事務員である正職員は、学内の英文学術誌の編集事務等、病理解剖に関する遺族等への対応や部門間の連携を要する業務又は毒劇物等の試薬の管理業務等にも従事する必要があり、両者の職務の内容に一定の相違があったことは否定できない。
・また、教室事務員である正職員は、人事異動を命ぜられる可能性があったのに対し、アルバイト職員は、原則として業務命令によって配置転換されることはなく、人事異動は例外的かつ個別的な事情により行われていたものであり、両者の職務の内容及び配置の変更の範囲(以下「変更の範囲」)に一定の相違があったことも否定できない。
・また,アルバイト職員には,契約職員及び正職員へ段階的に職種を変更するための試験による登用制度が設けられていた。
・正職員に対する賞与の支給額がおおむね通年で基本給の4.6か月分であり、そこに労務の対価の後払いや一律の功労報償の趣旨が含まれることや、正職員に準ずる契約職員に対して正職員の約80%に相当する賞与が支給されていたこと、アルバイト職員である原告に対する年間の支給額が平成25年4月に新規採用された正職員の基本給及び賞与の合計額と比較して55%程度の水準にとどまることを斟酌しても、教室事務員である正職員と原告との間に賞与に係る労働条件の相違があることは、不合理であるとまで評価できない。

 続いて、メトロコマースの判決理由のポイントである。

・退職金の支給要件や支給内容等に照らせば、退職金は職務遂行能力や責任の程度等を踏まえた労務の対価の後払いや継続的な勤務等に対する功労報償等の複合的な性質を有するものであり、正社員としての職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図るなどの目的から、様々な部署等で継続的に就労することが期待される正社員に対し退職金を支給するものといえる。
・売店業務に従事する正社員と原告(=契約社員)らの労働契約法20条の「職務の内容」をみると、両者の業務の内容はおおむね共通するものの、正社員は、販売員が固定されている売店において休暇や欠勤で不在の販売員に代わって早番や遅番の業務を行う代務業務を担当していたほか、複数の売店を統括し、売上向上のための指導、改善業務等の売店業務のサポートやトラブル処理、商品補充に関する業務等を行うエリアマネージャー業務に従事することがあったのに対し、契約社員は売店業務に専従していたものであり、両者の職務の内容に一定の相違があったことは否定できない。
・また、売店業務に従事する正社員は、業務の必要により配置転換等を命ぜられる現実の可能性があり、正当な理由なくこれを拒否することはできなかったのに対し、契約社員は、業務の場所の変更を命ぜられることはあっても業務の内容に変更はなく、配置転換等を命ぜられることはなかったものであり、両者の「変更の範囲」にも一定の相違があったことが否定できない。
・また、被告は、正社員等へ段階的に職種を変更するための開かれた試験による登用制度を設け、相当数の契約社員を正社員等に登用していた。
・契約社員の有期労働契約が原則として更新するものとされ、定年が65歳と定められるなど、必ずしも短期雇用を前提としていたものとはいえず、原告らがいずれも10年前後の勤続期間を有していることを斟酌しても、両者の間に退職金の支給の有無に係る労働条件の相違があることは、不合理であるとまで評価できない。

 以上である。両者ともに、制度の目的の確認、「職務の内容」の検討、「変更の範囲」の検討、「その他の事情」の検討という同様の論旨展開により、不合理とは言えないと判じた。その内容が妥当かどうかは学者などの専門家に任せるとして、非正規社員の賞与・退職金の不支給が不合理ではないとされたのは経営者にとって朗報となった。旧労契法での判決だが、それを継承した現在のパート有期雇用労働法でも同じ判断となるだろう。

 ただ、すべての非正規社員に賞与や退職金が不必要というわけではない。

 賞与に関しては、アルバイトという「職務の内容」や「変更の範囲」がかなり限定的な立場にあったことに留意すべきである。現に当該大学では契約職員には8割の額を支給している。

 退職金に関しては、その他の事情として、勤続期間が10年程度という点に留意すべきである。たとえば、これが20年・30年なら、違う判決が出た可能性もある。

 もう一つ、いずれも正社員への登用制度があったことが「その他の事情」として考慮されている点にも注目したい。努力次第で待遇の差を解消できる仕組みがあることは、待遇差を設けることに一定の説得力を持つと考えられる。

 次回は、15日の判決について整理してみたい。    
 

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